第1節 景気の現状と前向きの動き

2002年初に始まった今回の景気回復局面は、輸出の増加が起点となって生産が回復したことを契機としている。この影響は、企業収益の改善や設備投資の増加に及んでおり、企業部門を中心に前向きの動きがみられる。さらに、そのような効果は徐々に雇用・賃金に及びつつあるが、まだ確かなものではなく、家計部門にはまだ動きがみられない。

以下では、底入れ後の景気動向について概観した後、景気持ち直しに向けた動きがどのように企業部門、雇用情勢、家計部門にみられるかについて、詳しく分析する。

1 底入れ後の景気動向

 底入れ後の持ち直しに向けた動き

日本経済は、2000年11月以降、世界的なITバブル崩壊の影響を受けて景気後退局面にあったが、アメリカ経済とアジア経済が回復に向かい、為替も円安となったことを受け、輸出が増加に転じたことを起点に、徐々に明るい動きがみえ始め、2002年1月には底入れをした(1)

底入れ後は、企業部門を中心に景気持ち直しに向けた動きがみられた。それは、輸出を起点として、生産の増加、企業収益の改善、業況判断の改善、設備投資の持ち直しといった企業部門での動きや、新規求人の増加等の雇用関係の動きに現れていった。このような動きが順調に持続すれば、いずれ雇用や賃金の増加をもたらし、所得環境の改善を通じて、家計部門での持ち直しの動きにつながるはずである。

 踊り場的な状況から持ち直しに向けて

しかし、2002年後半以降のイラク情勢の緊迫化とそれに続くイラク戦争の勃発、あるいは重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染者の増加、感染地域の拡大といったこともあり、これまで日本の主要な輸出先であったアメリカやアジア地域の経済が減速するに伴って、日本の輸出の伸びも鈍化していった。これを受け、企業部門でも、生産の伸びは止まり、企業部門における前向きの動きは緩やかになった。また、家計部門でも、個人消費が、ボーナスを中心に賃金が減少し、消費者マインドが悪化したことを受けて、2002年の暮れには弱い動きをみせ、その後も横ばいで推移した。

その後、2003年半ばにかけて、イラク情勢やSARS問題が終息に向かうとともに、不透明感が後退し、輸出も回復の兆しをみせている。企業部門における前向きの動きもはっきりとしており、景気は再び持ち直しに向けた動きをみせている。

 今回の景気回復局面の特徴

このように、底入れ後の景気回復力は一本調子では強まらず、むしろ2002年末から2003年初にかけて弱まる局面もみられた。

この点は、景気動向指数の推移にも現れている(第1-1-1図)。底入れを契機に50%を上回るようになったDIは、2002年12月と2003年4月にいったん50%を割り込んだ。しかし、その後は50%を上回って推移している。

同様に、2002年4~6月期以降の実質GDP成長率にも現れている(第1-1-2図)。実質成長率は、2002年4~6月期に季節調整済前期比で0.9%増となった後、7~9月期に同0.8%増、10~12月期に同0.6%増、2003年1~3月期に同0.6%増と伸びが鈍化した。しかし、4~6月期には1.0%増と再び持ち直している。

実質成長率の内訳をみると、外需の寄与度が高い。外需は、実質成長率が0.2%増であった2002年1~3月期に実質成長率に対する寄与度が0.5%ポイントとなった後、続く4~6月期にも0.4%ポイントとなった。その後も、7~9月期をはさんで10~12月期に0.4%ポイントとなった。この結果、2002年度の実質成長率1.6%増に対して、外需の寄与度は0.8%ポイントに達した。今回の景気回復局面が輸出主導によってもたらされ、景気の底入れとその後の動向においても、輸出の動向が重要であったことが分かる。

それでは、日本経済の景気回復力はどのような現状にあるのか。以下、この点について、企業部門と家計部門に分けてみていくことにしよう。分析の中で浮かび上がってくるのは、企業部門を中心に前向きの動きがみられる一方で、日本経済の抱える構造問題のために、景気回復に向けた好循環が力強く作動していないという姿である。

2 企業部門における前向きの動き

今回の景気回復は、輸出の立ち直りを起点に始まったものである。その効果は、徐々に企業部門に波及していった。その後、輸出が弱含みとなるに従って、生産も弱い動きを示した。しかし、企業収益や設備投資は改善を続け、輸出が持ち直しを示していることもあり、企業部門における前向きの動きは確かなものになってきている。

以下、項目別にみながら、こうした点を確認していこう。

(1)輸出の伸び鈍化

 輸出の動向

2002年はじめの景気の底入れと、その後の景気動向に大きな影響を及ぼしてきたのは、輸出の動向である。

輸出の動向を通関統計の輸出数量指数でみると、2002年1~3月期から増加を始め、同年4~6月期までは、過去2回の景気回復局面を上回るペースで増加を続けた(第1-1-3図)。この背景には、IT市況の回復に伴うアジア向け輸出の急増と、アメリカ向け輸出の回復があった。

しかし、同年7~9月期から増加テンポが緩やかになった。この原因は、(i)アジア向け輸出の伸びが2002年7~9月期から鈍化し、2003年4~6月期には減少したこと、(ii)アメリカ向け輸出が2003年1~3月期に大きく減少したこと、(iii)EU向け輸出も2003年4~6月期に大きく減少したこと、が挙げられる(第1-1-4図)。

 主要貿易相手地域の景気動向

このような輸出動向は、貿易相手地域の景気動向と深く関係している。このことは、日本の景気動向が、貿易相手国の景気動向により左右されることにつながる。このことは、日本のGDPと主要国のGDPとの相関関係が、最近、高くなっていることからも確認できる(付図1-1)。日本の輸出に占めるシェアをみると、アメリカ向けが約3割、アジア向けが約4割、EU向けが約15%となっている。そこで、これらの地域の景気動向についてみていこう。

貿易相手地域のなかでも、特にアメリカ経済の景気動向は重要である。アメリカ経済は、2001年11月に景気が回復局面に入って以降、2002年1~3月期には個人消費にけん引された年率5.0%の高い成長を遂げた(第1-1-5図)。しかし、その後、設備投資の回復が遅れ、成長をけん引してきた個人消費も、イラク情勢が緊迫化するのに伴い伸びが鈍化した。この結果、実質成長率も、7~9月期に4.0%の後、10~12月期には1.4%に鈍化した。さらに、イラク戦争の時期にあたる2003年1~3月期にも1.4%と2期連続の年率1%台の成長にまで鈍化することになった(2)

このようなアメリカ経済の動向は、アジア経済にも影響した。アジア経済はアジア危機後、内需が回復していた。しかし、アメリカ経済の成長鈍化によって対米輸出が鈍化してくるに伴い、アジア自身の経済成長も鈍化していった(第1-1-6図)。韓国などでは、相対的に対米輸出への依存度が低かったが、そこでは個人消費の引き締めなどが行われ、内需の伸びが落ちたことに起因する成長鈍化がみられた。

アメリカ経済の成長鈍化を補完したのは中国経済の高い成長である。中国経済は毎年7~8%の成長を続け、2003年1~3月期には前期比4.0%(年率17.0%)という高成長を遂げた。この結果、中国の輸入総額も増加し、1~3月期に前年比5割増の873億ドルとなった。アジア地域は、輸出の上で、中国への依存度を高めることになった。日本の中国向け輸出の輸出総額に占めるシェアも、2002年には第1位のアメリカの29%に次いで、16%(香港を含む)にまで高まっている。

しかし、2003年初からのSARSの流行は、中国をはじめとするアジアの多くの地域に大きな影響を及ぼした。中国でも、2003年4~6月期の実質成長率が前期比0.6%減とマイナスに転じたのをはじめ、シンガポールも4~6月期は同3.0%減を記録した(3)

EU経済は、おしなべて景気が低迷していた。国別にみると、ユーロ参加国はいずれも景気が減速しており、特にドイツは景気後退が顕著になった。また、非ユーロ参加国であるイギリスは比較的好調を維持していたが、次第に成長が鈍化していった。

このように、主要貿易相手国、特にアメリカ経済とアジア経済の経済成長が鈍化したことは、日本の輸出に対して大きな抑制要因になったといえる。

 為替レートの動向

さらに、地域別輸出動向については、為替動向も影響している。

特に、イラク情勢の緊迫化を背景に、米ドルが他の通貨に対して減価(ドル安)したことは最近の特徴であった(第1-1-7図)。対ドル円レートをみると、2002年4~6月期まで120円台で推移していたのが、7~9月期には110円台となった。このような為替動向は、日本の輸出競争力について、アメリカ向けのみならず、アジア向けに対して、弱める効果があった。アジア地域の通貨の多くが、何らかの方式で米ドルにリンクしているからである(4)

他方、ユーロは他の通貨に対して増価(ユーロ高)を続けた。対ユーロ円レートでみると、2002年10~12月期から円安となっている。これは、日本からのヨーロッパに対する輸出については、下支えの役割を果たしたと考えられる。

他方、各地域の為替レートを貿易相手国のシェアで加重平均した名目実効為替レートでみるとほとんど変化していない。輸出全体の動向に対して、名目実効ベースでみて、為替レートの動向が大きな影響を及ぼしていない可能性がある。

なお、2003年6月以降ユーロ安に転じたのに加え、9月後半には対ドルで110円程度になるなど、円高の進行がみられた。

 品目別輸出動向

輸出動向を品目別でみると、大きな寄与を示したのが、自動車(2002年の輸出に占めるシェア約17%)とIT関連財(同約22%)である(第1-1-8図)。

自動車輸出の動向は、アメリカ向け乗用車輸出の動向に大きく影響される(5)。そのアメリカ向け輸出の動向をみると、アメリカでも自動車販売がBIG3を中心としたゼロ金利キャンペーン等によって好調であった2002年前半には大きな伸びを示した。しかし、その後、販売が頭打ちとなるに伴い現地の在庫が積み上がり、在庫調整に入り、輸出も減少した。しかし、2003年に入り在庫も適正水準まで低下したため、今後は、アメリカにおける自動車販売の動向にあわせた輸出が見込まれる。

また、IT関連財では、半導体等電子部品、事務用機器、科学光学機器の伸びが著しかった。これらの輸出動向は、我が国との間で工程間分業関係が形成されているアジア向けが大きな比重を占めており、2002年前半における高い伸びもアジア経済の高成長に支えられていた(6)。しかし、アジア経済の成長鈍化に伴い、いずれも2002年には伸びが鈍化し、2003年1~3月期には大きく減少した。

 2003年第2四半期以降の動向

アメリカ経済もアジア経済も2003年4~6月期以降、再び景気回復の勢いが高まっている。アメリカの2003年4~6月期のGDPは、前期比年率3.1%増と、これまでの1%台から成長率を高めた。また、アジアでも、SARSが終息し、その影響から脱する動きがみられる。こうした動きは、今後の日本からの輸出にとっては、好ましい環境をもたらすことになる。こうしたことが日本経済の先行きにどのような意味を持つことになるかについては、第4節で検討する。

(2)鉱工業生産も増勢鈍化

輸出の増加を背景に、2002年初から鉱工業生産の増加が続いた。しかし、国内需要が力強く増加しないなかで、輸出の伸びが鈍化したため、2002年の末から生産の伸びも止まってしまった。鉱工業生産は、景気動向全体にとって要の位置を占めており、景気の持続的な拡大にとっては、これが順調に増加していくことが重要である。

 鉱工業生産の動向

輸出の増加を受けて、鉱工業生産も、2002年1~3月期に増加に転じた後、伸びが高まり、4~6月期には前期比2.8%増、7~9月期には同2.0%増となった(第1-1-9図)。この時期の伸びは、輸出と同様に過去2回の景気回復局面よりもかなり急速なものであった。しかし、2002年末から2003年初にかけて弱い動きがみられ、年央において横ばいとなった。

 増勢鈍化の原因

鉱工業生産のこうした動きは、輸出の動向に左右されているところが大きい。生産は出荷の動きを受けて行われるが、その出荷の内訳をみると、輸出向け出荷の伸びが高く、特に2002年1~3月期の出荷の伸びは基本的に輸出向けによってもたらされた(第1-1-10図)。その後は、輸出向けの寄与度は低下し、その代わりに国内向けの寄与度が大きくなってきたが、国内向けの中には、輸出向けに誘発された分も一部含まれると考えられることから、輸出の影響は依然として大きいと考えられる。また、品目別にみても、電子部品・デバイス、電気機器、情報通信機械等のIT関連財や輸送機械の寄与度が大きく、輸出の動向と一致している。

実際、輸出と生産の相関係数を計算してみると、2001年末以降0.9を超えており、輸出動向の影響の強さを示している(付図1-2)。

 在庫積み増しがみられない理由

ところで、現在の局面を在庫水準でみると、第1-1-11図のようになる。これによると、2002年1-3月期に在庫調整局面を終了し、7-9月期以降、在庫積み増し局面にある。しかし、出荷の伸びに対して生産の伸びはそれに見合っておらず、在庫水準は88年以来の低水準で推移し続けている。また、出荷は伸びが落ちてきている。この結果、在庫循環図の上では、あたかも在庫積み増し局面の終了に向かうような右斜め下の動きとなっている(第1-1-12図)。

なぜ在庫積み増しがみられないのであろうか。

在庫の決定要因としては、次のような要因が考えられる。まず、在庫を増加させる要因としては、(i)長期的な需要増に対しては、それに応え、品切れによる機会損失を回避するために在庫を持とうとすること、(ii)短期的な需要増が予想されるときに、生産を極力平準化して、生産ラインの調整コストを抑制するために、バッファーとして在庫を持とうとすること、が考えられる。

他方、在庫を極力減少させる要因としては、(i)金利等の在庫保有コストを削減し、資産効率を高めることを追求していること、(ii)デフレに伴う、在庫評価損を最小限に抑制すること(付図1-3)、が挙げられる。

加えて、企業の意図とは別に、需要予測の誤りによる在庫の増減もあることは言うまでもない。実際の出荷が予測を上回れば在庫は減少するし、逆に出荷が予測を下回れば在庫が増加する。在庫の循環的な変動をもたらす重要な要因でもある(7)

そこで、どのような要因が寄与しているかみるために、在庫の決定要因を計量的に分析してみよう(詳細は、付注1-1参照)。これによると、需要の期待成長率、期待物価変動率、予測誤差等の影響が有意に認められる。この結果を用いると、現状では予測誤差の影響が相対的に小さいのに対して、期待物価変動率の影響は大きい。このことから、今回の在庫積み増し局面における在庫動向を規定しているのは、デフレ期待に起因する在庫抑制動機であることが分かる。

 生産の伸びが高まるために

以上の分析結果から、今後の生産増加のための必要な条件も明らかになってくる。現在の生産が増加するためには、

第1に、輸出が回復することが必要である。特に、アメリカの成長率が高まり、それが世界経済全体に影響を及ぼし、我が国の輸出環境を改善することが必要である。

第2に、国内需要が大きく増加する必要もある。特に重要なのは、個人消費や設備投資が増加することによって、消費財や資本財の生産が誘発されることである。

第3に、在庫の積み増しが行われる必要がある。このためには、最終需要の増加によって需要予測が上方に修正されていくことが必要である。さらに、デフレが終息すれば、評価損への危惧からくる在庫抑制が緩和されることも期待できる。

このような条件が整ってくれば、生産の増加が持続的なものとなり、景気の回復を確かなものにできる。

(3)企業収益は改善を続ける

出荷が増加していることは、企業収益(経常利益)にとっては、増益要因として作用する。また、企業は収益力を高めるために、リストラに取り組んだ。この結果、企業収益は、2001年度の減益から2002年度には増益に転じた。しかし、デフレは企業にとっては、厳しい収益環境を意味する。また、大企業のコスト削減は、下請などの中小企業にとっては、収益悪化要因となる。業種や企業規模によって企業業績の在り方は異なった。

 企業収益をめぐる環境

2002年度の企業収益をめぐる環境は、以下のように整理できる。

第1に、デフレという環境の下で、売上高が増加しにくい状況にあった。売上数量では増加しても、売上単価が下落するため、売上高は抑制され、企業収益に対しては下押し要因となった。ただし、輸出依存度が高い場合、数量の伸びが高かったことに加え、全体としての売上げが増加することもあり得た。また、同じくデフレの影響で仕入れ単価も減少すれば、売上高の減少を補う効果もあった。

第2に、リストラの影響である。企業は、90年代末以降、固定費を削減すべく、リストラへの取組を強化してきた。それは人件費を始めとする、売上原価、販売管理費を削減するためのさまざまな工夫であるが、その結果として損益分岐点は低下し、売上高が伸びなくても利益が出る体質への転換が図られた。ただし、大企業のリストラは、下請などの中小企業には売上高の減少を意味した。

 大幅増益に転じた製造業

以上のような環境の下で、2002年度の企業収益はどうであったかを法人企業統計季報の経常利益でみてみよう。

企業全体でみると、企業収益(経常利益)は、2001年度の前年度比19.6%減から、2002年度には同7.2%増と増益に転じた(第1-1-13図)。しかし、内訳をみると、業種や企業規模によって内容は異なっている。

まず製造業は、2002年度において大幅な増益となった。経常利益は、2001年度の前年度比42.5%減益に対して、2002年度は同32.8%の増益となった。その要因をみると、次のようになる(第1-1-14図)。

第1に、売上高をみると、デフレ下にありながら大企業では前年度比1.9%増となった。これは、主として輸出が増加したことが背景にあった。他方で、売上原価は上昇したため、売上高によってもたらされる増益要因の一部を相殺した。しかし、全体としてみると、製造業大企業の場合、企業収益へのデフレの影響はある程度回避できたといえる。

他方、中小企業では、売上高が減少した。輸出依存度が低い上に、大企業のコスト削減努力が中小企業には厳しい受注につながったからである。しかし、その影響の一部は、売上原価がデフレやリストラの一環として進められたコスト削減努力の結果減少したことによって相殺された。大企業の場合ほどではないが、製造業中小企業の場合にも、デフレの影響は限定的であったと考えられる。

第2に、人件費が減少した。これは、リストラへの取組が強力に行われたことの結果である。特にこのような特徴が明瞭であったのは大企業で、ここでは、人件費に加え、販売管理費と「その他」(金融費用の減少)も増益に寄与しており、徹底したリストラが行われたことがうかがわれる。売上高が増加しているので、それだけでも収益は下げ止まるはずであるが、さらに企業収益を高めるためにリストラに取り組んでいると考えられるので、このリストラは「攻めのリストラ」と言えるであろう。この結果、製造業大企業の損益分岐点をみても低下しており、リストラが企業収益の押し上げ要因となっていたことが確認できる。

中小企業でも人件費は大幅に削減しており、リストラの取組が行われていた。また、損益分岐点も顕著に下がっている。しかし、売上げが減少しており、リストラは、その売上げの影響を相殺するための意味合いが強かった。その意味では、製造業の中小企業のリストラは「守りのリストラ」の性格を持っていたといえる。

 下げ止まりにとどまった非製造業

次に非製造業の経常利益は、2002年度には減益となった。同じく法人企業統計季報でみると、2001年度の前年度比1.3%の減益の後、2002年度には同4.6%の減益となった。

その要因を見ると(第1-1-15図)、第一に、売上高の減少の影響が大きかった。売上原価も減少しており、これは増益要因となっているが、売上高の減益への寄与が大きく、デフレの影響がみられている。

第二に、人件費と販売管理費は減少しており、リストラも進展した。損益分岐点は、大企業、中小企業ともに低下している。しかし、それは、売上高の減少による企業収益の減少を相殺するには至らなかった。

以上のような特徴は、中小企業において顕著である。ただし、中小企業の場合、売上高の要因が特に大きな減益要因となっている。これに対して、大企業の場合には、売上高の減少は小さい一方で、リストラへの取組はあまりみられない。この意味では、非製造業のリストラも「守りのリストラ」であったといえよう。

 当期利益も2年ぶりに黒字に転じる

経常利益に特別損益を加え納税額を除いた当期利益をみると、2001年度に2兆円の赤字となった後、2002年度は2.8兆円の黒字と、2年ぶりに黒字に戻った(第1-1-16図)。

この要因を特別損失の変化でみると、前年度まで多額計上されていた退職給付関係が減少したこと、また減損処理の前倒しも減少したことが挙げられる。これは、リストラが2001年度にピークを越えたことを示している。このリストラの効果が2002年度の経常利益に現れていたことは、先にみたとおりである。他方、有価証券の評価損は引き続きほぼ同じ規模で計上されており、株価下落が継続していることを表している。

このようなキャッシュフローの増加は、企業のバランスシート調整を進展させるのに寄与した。後にみるように、企業のキャッシュフローは設備投資を上回っている。設備投資以外のキャッシュフローの使途についてみるため、上場企業のキャッシュフロー計算書をみてみると、大部分は借入金の返済に充てられていることが分かる(第1-1-17図)。この背景には、過剰債務を削減しようという積極的な動きがある。この結果、企業の有利子負債残高も減少している(8)第1-1-18図)。また、自己株式の購入を行っていることも分かる。これは特に負債比率の高くない企業で顕著である。これは株式消却のほか、2001年10月に金庫株が解禁となり(9)、自己株式の購入が容易となっているためと考えられる。

 2003年度も増益続く

企業収益の改善傾向は、2003年度でも引き続きみられるものと見込まれる。法人企業統計季報でみると、2003年4~6月期の経常利益は前年同期比13.6%の増益となった。また、日銀短観の9月調査によって、経常利益の2003年計画をみると、全規模全産業で、2002年度の前年度比16.4%の増益の後、2003年度も前年度10.4%の増益となることが見込まれている。

(4)設備投資は増加

2001年以降、資本ストック調整の中にあった設備投資は、2002年前半、景気が底入れをするとともに減少局面から脱し、増加に転じた。稼働率の上昇、企業収益の改善等、それを支えていく要因は整っている。しかし、企業の先行きに対する見方が慎重であるので、設備投資の大幅な増加は考えにくい状況にある。

 2002年度に増加に転じる

四半期別GDP統計によると、実質民間設備投資は、2002年7~9月期に増加に転じた後、4期連続で増加となった(第1-1-19図)。これは、前回の景気回復局面とほぼ同様か、若干それを上回るペースである。他方、名目民間設備投資も、2002年7~9月期以降4期連続で増加しているが、その伸びは比較的緩やかなものにとどまっている。実質ベースでの設備投資の伸びの背景には、資本財の価格が下落したことや品質が向上したことによる設備投資デフレータの低下があったことが分かる。

名目設備投資の動きを法人企業統計季報でみると、2002年度は全産業で前年度比8.4%減となっているが、業種別にみると製造業の減少幅が大きく、同16.1%減となっている。これに対して、非製造業の減少幅は相対的に小さく、同4.6%減となっている。しかし、製造業と非製造業の内訳をみても、多くの業種で下げ止まりをみせていることが分かる(付図1-4)。

 製造業におけるストック調整の終了

2002年度において製造業の設備投資が増加に転じた背景には、ストック調整が終了したということがあったと考えられる。

企業の設備投資動向は、2001年後半から、資本ストックの水準を将来予想される需要水準に見合った水準に調整するためのストック調整過程に入った。それは、設備投資を抑制して資本ストックの増加を抑えるほか、設備の廃棄(除却)によって生産能力を減少させることによっても行われた。

この結果、資本ストックの伸びは徐々に鈍化し、望ましい水準への調整は進展していった。調整の進展にあわせて、(i)設備の稼働率が下げ止まり、2001年10~12月期を底に、その後は上昇に転じた。稼働率が上昇してくると、能力増強のための投資を行うインセンティブが高まってくる。また、(ii)これまで設備投資が抑制されてきた結果、設備の平均年齢は90年代前半の10年程度から最近では12年まで上昇していると試算されており、設備の老朽化が進んでいる。設備の老朽化は、更新投資需要が高まることを意味する。

一方、設備投資を促す要因も次第に顕在化してきた。(iii)企業の業況判断が改善を示し始めた。日銀短観の業況判断DIをみると、製造業は、大企業、中小企業ともに、2002年1~3月期を底に緩やかな改善傾向にある。これは企業が次第に景気について明るい見通しを持ち出していることを意味する。加えて、(iv)先述のとおり、企業収益も改善をみせ始めた。企業収益の動向は、本来設備投資の資金手当てとの関係で重要であり、それが改善することは、設備投資の増加要因となる。ただし、キャッシュフローを企業は債務の返済に優先的に充てており、企業収益の設備投資への影響は従来のようにはみられない(設備投資の資金制約については、第2章第1節参照)。

こうしたことを反映して、資本ストック循環図をみても、製造業の設備投資がストック調整を終了し、増加局面に入っていることが分かる(10)第1-1-20図)。

 非製造業における増加の背景

非製造業の場合にも、資本ストック調整というメカニズムは作用していると思われるが、ストック循環図でも分かるように、それほど明瞭ではない。むしろ非製造業の場合には、それ以上に各産業の抱える個別事情が大きく影響するようである。

例えば、2002年度については、(i)不動産業では、首都圏の大規模都市開発プロジェクトを中心に増加がみられたこと、(ii)小売では、スーパーやホームセンターの出店に増加がみられたこと、(iii)電力業では、90年代後半以降、経営効率化の一環として設備投資が抑制されていること、(iv)通信業では固定電話関連投資が減少していること、等が寄与したとみられる。

 2003年度に入っても増加

2003年度も設備投資は増加することが見込まれる。日銀短観9月調査でも、全規模全産業で前年度比2.2%増となっているが、これは9月調査時点としては、過去の設備投資回復局面である1996年度や2000年度の伸びに匹敵するものである。特に大企業製造業で大きな伸びが期待されており、非製造業や中小企業の場合にも比較的堅調に推移している(11)。ただし、以下の指標の動きからみて、当面は設備投資の大幅な増加は考えにくい状況にある。

投資需要に対する主要な供給側指標である資本財出荷をみると、ほとんど横ばいで推移している(第1-1-21図)。資本財出荷には輸出用も含まれている一方、出荷に含まれていないが設備投資に向かうものとして輸入資本財がある。これらを考慮した国内向け資本財総供給をみても、資本財出荷とおおむね同様の動きを示している(12)

次に先行指標としての機械受注と工事費予定額の動向をみると、機械受注は持ち直しの動きを示しているのに対して、建設投資の先行指標である工事費予定額についてはおおむね横ばいとなっている。後者については、首都圏の大型再開発プロジェクトの投資が一巡したこと等が大きく影響しているものと考えられる。

 設備投資の増加が持続するために

設備投資の増加が持続するためには、企業収益の改善が続き、資金制約が緩和されるなかで、将来の需要が堅調に増加すると期待できることが重要である。そのような状況にあってはじめて、企業は資本ストックの伸びを高めるための設備投資を行う。

しかし、現在、企業が期待する中期的な成長率はきわめて低い。内閣府の「平成15年度企業行動に関するアンケート調査」によれば、2003年1月時点で調査した、企業の向こう3年間の平均期待成長率は、0.7%増にすぎない。これでは、ようやく開始された設備投資の増加局面も短期間に終わってしまう可能性がある。企業の期待成長率が今後高まるかどうかが大きなポイントとなる。

3 厳しい雇用情勢にも変化

以上のように、企業部門は前向きの動きを示してきた。しかし、それは緩やかなものであり、リストラによる人件費等の削減を前提にしたものであった。このことは、雇用や賃金にとっては、厳しい環境が続いていることを意味している。しかし、その中にあっても前向きの動きは及んできている。以下では、この雇用と賃金の動向を分析する。

(1)雇用者数は増加傾向

雇用は、失業率が高水準で推移するなど、厳しい状況が続いた。しかし、求人に続いて、2002年末からは雇用者数にも増加がみられるようになった。リストラ圧力や雇用のミスマッチがあるなかで、このような動きが強まっていくのかどうかが注目される。

 完全失業率は横ばい

完全失業率は、2001年にそれまでの4%台後半から5%半ばまで上昇したが、2001年10~12月期以降は、おおむね5.3%から5.5%の間で推移している(第1-1-22図)。

このように失業率が高水準ながら横ばいとなっている背景には、(i)完全失業者数が季節調整値で360万人前後で横ばいとなっていること、(ii)就業者が同じく6300万人台で横ばいとなっていることがある。そこで、それぞれについて、少し詳しくみてみよう。

 完全失業者数が横ばいとなっている理由

完全失業者数がほぼ横ばいとなっている理由としては、倒産やリストラなどによる非自発的離職者が横ばいとなったことが大きい。非自発的離職者は、2001年に大きく増加した(第1-1-23図)。この時期に、倒産が増加するとともに、リストラ圧力が高まっていたからである。リストラ圧力の状況は、単位労働費用(ユニット・レーバー・コスト)の推移でもみてとれる(第1-1-24図)。これは生産1単位当たりの人件費の動きを示したものであるが、2001年を通して、生産が減少したこともあって上昇しており、企業にとって固定費である人件費が大きな負担になっていったことが分かる。日銀の雇用人員判断DIでも、過剰感が高まっていった。このため、リストラが強化され、人件費を削減するため、雇用者数の削減と賃金の抑制が行われた。また、倒産件数もこの時期に増加し、労働経済動向調査でも雇用調整の事業所割合が上昇した(第1-1-25図)。

しかし、2002年に入ると、倒産が減少に転じた。リストラの成果が現れてきたことと、生産が増加したことがあいまって、単位労働費用も低下に転じている。雇用過剰感も低下を示し、これに伴い、雇用調整の事業所割合も低下した。この結果、非自発的離職者も横ばいで推移するようになった(13)

この間、自発的離職者も横ばいで推移している。自発的離職者は若年層に多く、厳しい就職状況のなかでいったんは就職してみたものの、希望に合わず、離職する者が多いものと考えられる。特に、次にみるように求人動向に増加がみられ、労働需給に改善がみられると、このような自発的離職者が増加してくるものと考えられる(14)

 就業者が横ばいで推移している理由

就業者数はおおむね横ばいで推移しているが、その内訳をみると、変化がみられる。

第1に、雇用者数が減少基調から次第に持ち直しに向かったのに対して、自営業者・家族従業者は、高齢化等から、すう勢的な減少傾向をたどっている(第1-1-26図)。雇用者数は、景気が底入れをしてからもしばらく増加を示さなかった。これは、倒産やリストラの動きに対応しており、人件費抑制の動きの結果であると考えられる。しかし、倒産やリストラが一服するにつれて、雇用者数も持ち直し、その後、増加に転じている。

第2に、雇用者数の内訳をみても、これまで減少していた常雇が下げ止まりから持ち直しに転じ、逆にこれまで増加していた臨時・日雇の増加幅が縮小してきたことである。臨時・日雇はパートタイム労働者を含み、人件費抑制のために、増加してきた。しかし、先にみたように、人件費負担が減少し、リストラ圧力が減じているなかで、パートタイム労働者採用の動きも一服しているものと考えられる。

 非労働力人口の動向

完全失業者と就業者が横ばいで推移したことの背景には、「非労働力化」する動きもあった。非労働力化とは、就業者がいったん離職したまま求職活動を行わなくなることや完全失業者が求職活動を行わなくなることをいう。

男子の労働力率(15)は長期的に低下しているので、非労働力人口は増加傾向にある(第1-1-27図)。これは、高齢化に伴って、労働力率が低い高年齢層の比率が次第に増加していること等による(付図1-5)。

同時に、非労働力人口は景気動向にも影響されるといわれてきた。特に女性は、景気が上向きの時期には非労働力人口から労働市場への参入が、また景気が下向きの時期には労働市場から非労働力化する動きがみられるとされてきた。しかし、近年は、女子の労働力率も傾向的に低下している。これは男子と同様、高齢化が進展する一方で雇用者数の増加がなかなかみられなかったため、労働力化する誘因が弱まっていたものと考えられる。

 構造的失業率は上昇続く

先に雇用者数の増加が景気の底入れにかなり遅れたこと、また増加を始めたといってもまだ極めて緩やかであることをみた。このことは、労働需要がないことを反映しているようにみえる。しかし、新規求人の動きをみると、労働需要は存在する。新規求人は2002年1~3月期から増加に転じており、2002年を通して高い伸びを示した。2003年4~6月期には前年同期を10%近く上回る水準となった(第1-1-28図)。

このように新規求人が増加したにもかかわらず、失業率が高い水準にあることから、多数の未充足求人が存在することが考えられる。このことは、求人側と求職側とで、技能・資格、年齢などの条件面でミスマッチがあることを示唆している。このような観点から、現在の完全失業率のうち、どの程度がこの「雇用のミスマッチ」に相当する構造的失業率で、どの程度が労働需要の不足に由来する循環的失業率かをみてみよう。前掲第1-1-22図によると、現在の5%台前半の完全失業率のうち、約4%が構造的失業率で、残りの1%強が循環的失業率であることが分かる。

構造的失業率がこのように高いということは、景気が回復しても完全失業率はあまり低下しないということを意味する。このような状況は、失業者にとって苦痛であるばかりでなく、人的資源を十分に活かし切れていないという意味で社会にとっても大きな損失である。「雇用のミスマッチ」の問題をどう解決していくかは重要な問題である(この点は、第2章第4節においてより詳細にみていくことにする)。

(2)賃金も下げ止まり

賃金においても、これまでの減少傾向から横ばいへと変化がみられる。これは、生産や企業収益に連動する残業手当(所定外給与)が増加したり、ボーナス(特別給与)が下げ止まったりしているところが大きい。しかし、賃金体系の見直しの動きから、基本給(所定内給与)の抑制圧力は強いものと考えられる。

 賃金は下げ止まり

賃金の動向を現金給与総額でみると、2001年4~6月期に前年を下回って以来、減少を続けている(第1-1-29図)。特に、2002年7~9月期には、前年同期比3.5%減まで減少幅は拡大した。しかし、その後、緩やかに減少幅は縮小してきており、2003年4~6月期には前年同期比プラスに転じた。

賃金がこのように下げ止まるにあたっては、基本給、残業手当、ボーナスがそれぞれ寄与した。それぞれについて以下、みていこう。

 残業手当の増加に続きボーナスも下げ止まり

残業手当は、景気の動向に敏感に反応する。2002年4~6月期まで前年同期比減少で推移してきた残業手当は、7~9月期以降増加に転じている。これは、生産の動きに対応している。

また、日本の賃金の特徴は、ボーナスが企業収益の動向を反映して、大きく変動することである。ボーナス(16)の動向をみると、2002年夏のボーナスは、2001年冬のボーナスにおける減少幅を上回る前年比9.7%の減少となった。しかし、企業収益が改善に向かうのに伴って、2002年冬のボーナスは減少幅が縮小し、2003年夏にはほぼ前年並みとなっている。

 基本給も減少から横ばい

以上のような残業手当やボーナスに比べ、基本給はこれまで減少することはほとんどなかった。しかし、2001年7~9月期以降、基本給は減少に転じ、最も減少幅が大きかった2002年4~6月期には前年同期比1.6%減となった。その後、次第に減少幅は縮小に向かい、2003年4~6月期にはほぼ横ばいとなっている。

基本給の動向には、(i)一般労働者の基本給の変動と、(ii)パートタイム労働者の比率の変動が寄与していると考えられる(付図1-6)。まず一般労働者の基本給の変動を春闘賃上げ率の動向でみると、2000年、2001年にほぼ2%となった後、2002年、2003年には1%台半ばとなっている。定昇を含む賃上げ率が2%程度でないと、平均賃金を前年度並みに保てないとされており、2002年度に一般労働者の基本給が前年度を下回ったのは、こうしたことも影響しているものと考えられる。こうした動きは2003年度も続く可能性があり、注意していく必要がある。

他方、パートタイム労働者の比率は、先にみたように、2002年半ばまで上昇した後、一服している。したがって、基本給の減少幅が縮小し、ほぼ横ばいとなった背景には、パートタイム労働者比率が頭打ちとなったことも影響しているものと考えられる(17)

 賃金の今後

このところ賃金が下げ止まってきたのは、生産の増加、企業収益の改善、リストラの一服によってもたらされたものであった。

賃金の決定要因について、企業収益と失業率(循環的な部分)を説明変数とし、計量的な分析を行うと、賃金は、これらの影響を受けていることが確認される(詳細は、付注1-2参照)。また、基本給の在り方については、根本的な見直しが行われつつあり(詳細は、第2章第4節参照)、これは、賃金の伸びを抑制する効果を及ぼすだろう。賃金が増加を持続するためには、企業のリストラが早く終了した上で、生産が引き続き増加し、企業収益も改善を続けることが必要であると考えられる。

4 家計部門は底固い動き

企業部門における前向きな動きに比較して、家計部門の動きは鈍い。個人消費が増加してこないと、景気の自律的な回復は望めない。しかし、他方で、所得環境が厳しいなかで、底固い動きを示していることも事実である。以下では、個人消費の動向について分析する。

 個人消費は緩やかに増加

家計は、厳しい所得環境の中におかれてきた。雇用と賃金が減少したため雇用者報酬は減少を続けてきた。そのため、金利の受払いや租税・社会保険料の支払い等を考慮した可処分所得も減少した。物価変動分を考慮した実質可処分所得でみても、2000年以降、前年比減少が続いている(第1-1-30図)。

このようななかで、国民経済計算における実質民間最終消費支出は、1998年度以降、緩やかな増加を続けている。特に2001年度以降は、1%台半ばの増加となっている。

この結果、貯蓄率は低下している。国民経済計算ベースの貯蓄率は、2000年度の9.3%の後、2001年度には6.6%にまで低下しており、ドイツ、フランスを下回り、アメリカに近づいている。(第1-1-31図)。2002年度についても、さらに貯蓄率が低下していることが予想される(18)。かつて高貯蓄国といわれた日本の貯蓄率が、今大きく変貌しつつある(コラム1-1参照)。

 貯蓄率低下の理由

貯蓄率はなぜ低下しているのであろう。

消費をみる際の基本的な考え方は、家計は短期的な所得変動に合わせて消費水準を決定するのではなく、今後長期的に期待できる所得(恒常所得)を考慮して消費水準を決定するという「ライフサイクル恒常所得仮説」の考え方である。これによれば、家計は現在の所得減少を一時的であるとみなせば、消費水準を所得の減少に応じては調整せず、一定に保つことになる。その考え方を敷衍すれば、消費水準が増加しているのは、家計が現時点における減少は一時的であり、長期的には所得の増加を期待しているからということになる。

しかし、消費マインドの多くの指標が低水準で推移しているなかで、家計が長期的に所得の増加を期待しているという確証は見いだせない。家計調査をみても、勤労者世帯では可処分所得の減少に合わせて消費支出も減少しており、これはむしろ恒常所得が減少していることを示している(19)。以上のことは、全体の動きを恒常所得部分だけで説明することは難しいことを示唆している。現在の消費動向を検討するためには、他の要因も合わせて検討することが必要である。

それでは、貯蓄率の低下をもたらした他の要因としては何があるだろうか。

第一に、高齢化に伴う貯蓄率の低下である。ライフサイクル恒常所得仮説に基づけば、高齢者はそれまでの貯蓄を取り崩して生活しているはずであるが、このことは貯蓄率がマイナスになっていることを意味している。他方、その高齢者人口は、現在急速に増加している。したがって、マクロ的な貯蓄率は高齢化に伴って低下することになる。

コラム1-1 「国民経済計算」と「家計調査」にみる貯蓄率の違い

家計貯蓄率としては、「国民経済計算」(SNA)でみるマクロの数値と、「家計調査」でみる勤労者世帯(サラリーマン世帯)の数値とがある。貯蓄率の動向を前者でみると2000年は9.8%、2001年は6.9%となっている。他方、後者では2000年及び2001年は27.9%、2002年は26.9%となっている。SNAベースでは貯蓄率が低下しているのに対して、家計調査ベースでは貯蓄率はほぼ横ばいとなっており、しかも両者の水準の間には20%近いかい離がある。

両者の水準と動向の相違については、次の2点が主要な理由として挙げられる。

第1に、無職世帯の取扱いである。SNAベースの貯蓄率はマクロの数値なので、無職世帯も含まれるのに対して、家計調査ベースの貯蓄率はサラリーマン世帯の数値なので、無職世帯は含まれていない。無職世帯の貯蓄率については家計調査で別途調査されているが、それをみると低下傾向にあり、2002年はマイナス29.6%となっている。これを含むSNAベースの数値は、含まない家計調査ベースの数値より当然に低くなる。

第2に、帰属家賃の取扱いである。SNAベースの貯蓄率の計算に際しては、持ち家を所有している世帯は、持ち家を自分に賃貸していると仮想して、家賃収入があると同時に、自分に家賃を支払っているとみなしている。これによって、家計可処分所得と消費支出の双方が増加するが、その結果として算出されるSNAベースの貯蓄率は低くなる。

以上の点を考慮して、家計調査ベースの貯蓄率と無職世帯の貯蓄率との加重平均をとり、さらに帰属家賃の影響も加味したものを試算した(コラム1-1図)。これをみると、修正後の家計調査ベースの貯蓄率の水準はかなり低くなり、しかも最近はかなり低下しており、SNAベースの貯蓄率とかなり似通った動きになる。依然としてかい離は残るものの、上記2要因が大きな寄与をしていたことが確認できる。

なお、修正後の家計調査ベースは2002年まで試算できるが、これをみると2001年から更に低下している。このことから、SNAベースの2002年の貯蓄率も、同様に2002年にかけて低下するものと見込まれる。

実際、家計調査でみると、高齢無職世帯の貯蓄率はマイナスで、その幅は拡大している(第1-1-32図)。しかも、高齢無職世帯の全世帯に占める割合も上昇している。高齢化は、貯蓄率低下の要因の一つと考えられる。

第二に、デフレに伴う実質残高効果である。家計は毎年の貯蓄を通じて金融資産残高を増加させているが、その購買力がデフレによって高まるため、その一部が取り崩されて消費に回されている可能性がある。

名目金融資産残高をみると、長期間にわたって増加を続けてきたが、1999年度にピークを迎え、その後減少している(第1-1-33図)。その内訳をみると金融資産残高の大宗を占める現預金の増加幅が縮小しているのに加え、株式が取得額の減少と株価下落による評価損とによって減少していることが大きい。しかし、物価の変動を調整した実質金融資産残高でみると、ほぼ横ばいで推移している。実質金融資産残高が減少しない範囲で現預金の積み増しを抑え、消費に回しているものと考えられる。

年齢階層別の金融資産残高をみると、その額はグロスでもネットでも高齢者が一番大きい(第1-1-34図)。上記で述べた高齢無職世帯の消費はこのような効果を通じて上昇している面もあると考えられる。

 個人消費が増加を持続するために

以上でみたように、最近、貯蓄率が低下するなかで、個人消費は緩やかに増加してきた。個人消費の増加が今後も持続するためには、どのような条件が必要であろうか。

高齢化要因は引き続き作用することになるであろう。しかし、年金支給開始年齢の引き上げによって高齢者の所得が減少する一方、デフレからの脱却が進展することに伴う実質残高効果の緩和は、高齢者要因を抑制することにもなる。

やはり重要なのは、家計の将来展望を明るいものにし、家計が将来に期待する所得である恒常所得を引き上げ、それによって個人消費を喚起することである。

以上、景気が底入れした後の企業部門と家計部門の動きをみてきた。企業部門には前向きの動きがみられる。企業収益の改善や設備投資の増加はそれを代表するものである。これに対して、輸出、及びそれと関連の強い生産は、このところ伸びの鈍化がみられた。しかし、これらもアメリカの成長率が強まっていくと見込まれることから、今後持ち直していくことが期待される。輸出と生産が持ち直せば、企業部門の前向きの動きは後押しされる。また、企業部門の前向きの動きは、雇用や賃金にも徐々に波及しつつある。しかし、こうした動きは、家計部門における前向きの動きをもたらすには至っていない。もちろん、景気は、不良債権や過剰債務の問題を背景に依然として強い調整圧力の下にある。こうしたなかで、企業部門を中心にみられる前向きの動きが、今後景気をどのような方向に導いていくのかが注目される。このような問題意識に基づき、第4節で景気の先行きを論じることにしたい。その前に、第2節では、景気と表裏の関係にあるデフレの状況と原因について分析しておこう。