平成10年

年次世界経済報告

アジア通貨・金融危機後の世界経済

平成10年11月20日

経済企画庁


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第2章 アジア通貨・金融危機と世界経済

第1節 アジア通貨・金融危機の要因と特徴

(高まる国際資本移動と通貨・金融危機)

近時の世界経済における特徴の一つに,この時期,東アジア諸国の資本市場規制緩和や中・東ヨーロッパ,CIS諸国の世界経済への統合などにより,発展途上国や市場経済移行国への資本流入が急増したことが挙げられる。これら諸国に対する銀行債権残高の伸び,及びこれら諸国に対する直接投資,ポートフォリオ投資,その他長期・短期の投資を含めた資本純流入について,過去10年程度の伸びを名目GDP,貿易量の伸びと比較してみる(第2-1-1表)。

この資本流入を詳細にみてみると,1990年代に入ってからは,先進国から発展途上国及び市場経済移行国(以下,「発展途上国等」,という)に対する資本流入が急速に増加したことが分かる。発展途上国等に対する資本純流入は70年代には年平均約160億ドルであり,これは発展途上国等のGDPの1%にも満たなかった。特に直接投資純流入については約36億ドルであり,G;DP比でみれば0.1%に過ぎなかった。80年代になっても状況は大きく変わらず,資本純流入はGDP比率で1.1%であった。しかし,90年代に入って,発展途上国等への資本純流入は急速に増加した。90年には710億ドルであった資本純流入は91年には1568億ドルと倍以上の伸びを示し,それ以降も資本純流入が増大し,96年の資本純流入は2408億ドルと,これら諸国のGDP合計の3.4%に達した(注1)。

90年代におけるこれら資本純流入の増加の背景としては,まず,東アジア諸国を中心に貿易・投資の自由化を進め,直接投資と輸出を原動力として経済成長を図る輸出主導型の経済発展戦略を採用する国が増加したことが挙げられる。中南米諸国においては,80年代初頭からの累積債務危機による,いわゆる「失われた10年」の間に進めていたマクロ経済調整政策が一定の成果を収めたことで海外の投資家の信認が回復されるとともに,それまでの高関税・輸入制限措置による輸入代替化を中心とした経済発展戦略を見直し,貿易・投資の自由化に着手した。また,中・東ヨーロッパにおいては市場経済への移行に伴い,企業の民営化や投資の自由化などにより資本流入が進んだことが挙げられる。また,これら諸国においては外貨管理の自由化を中心とした投資面での規制緩和が進んだことも資本流入の加速につながっている。

資本の送り出し手である先進国においても,これら発展途上国等の外向きの政策を受けて,これら諸国を巻き込んだ生産ネットワークの拡大を進めたことに加えて,これら諸国の市場での運用を行う投資信託の拡大にみられるように,金融における技術革新の進展により,これらの市場への投資機会が拡大したことも資本流入増加に寄与している。

こうした資本の流入は,発展途上国等の経済成長と経済構造の高度化に寄与する。発展途上国等の経済成長上の制約として,国内における投資機会に比べて貯蓄が十分でなく,また,資本財などの輸入に必要な外貨収入が十分でないことが挙げられるが,このような資本の流入は,国内貯蓄や外貨収入の制約を補うことで投資の拡大に寄与し,経済成長を加速させる効果があるものと考えられる。また,特に,直接投資については,国内貯蓄・外貨不足を補う原資になることに加え,生産技術や経営管理のノウハウの移転などを通じて,投資先国の経済構造の高度化にも寄与する。特にアジアの途上国は海外からの資本,特に直接投資を呼び込むことによって高い成長を遂げてきた。80年には,GDP比で1.6%にすぎなかったアジアへの長期民間資本純流入は96年には5.6%にまで高まった。また,アジアへの直接投資純流入のGDP比は80年の0.2%から96年には3.1%へと急速に高まっている(第2-1-2表)。このように,他の発展途上地域よりも速いスピードで外国からの資本流入が増大するながで,アジアは他の発展途上地域よりも高い成長を遂げてきた。

反面,大量かつ急速な世界的資本移動の流れを受け入れることは,とりわけ経済規模の小さな発展途上国等を中心に,その経済の不安定化要因ともなり得る。特に,短期資本流入に顕著にみられる特徴として,外国人投資家がこれら諸国の経済的ファンダメンタルズや今後の成長見通しに懸念を抱いた時には,急速な投資引上げ・資金流出が発生し,その結果通貨の切下げ圧力や流動性の急速な減少がもたらされ,通貨危機や金融危機を引き起こす可能性も存在することが挙げられる。

これまで,発展途上国において,このような外国投資家の資金引上げがきっかけとなって発生した通貨・金融危機の一例として,94年12月からのメキシコ危機が挙げられる。今回は,このような資本の流出が直接の引き金となった通貨・金融危機が東アジア地域で発生した。97年7月のタイ・バーツ大幅下落に端を発し,通貨・金融危機は,韓国,インドネシア,マレイシアを始めとする東アジア諸国にも波及し,為替の大幅な減価や金融市場の混乱を引き起こした。

このアジア通貨・金融危機の広がりと深まりは,国際資本移動が急速に高まるなかで,東アジア諸国のみならず,一部発展途上国経済に対するコンフィデンスの揺らぎを引き起こし,その後,一次産品依存度が高い国を中心に,中南米や中・東ヨーロッパ,CIS諸国の為替・金融市場でも混乱が発生している(国ごとの詳細は第1章で概観した)。

(アジア通貨・金融危機の要因)

今回の危機における直接の引き金は短期資本を中心とする資本の急激な流出であったが,今回の危機は,単に資本流出だけにその原因があるわけではない。そもそもかかる急激な資本流出をもたらした原因は,近年の東アジア諸国の経済上の問題であり,それが現在に至るまで,東アジア諸国の経済に対して大きな打撃を与えている基本的要因でもあることに留意すべきである。

80年代前半の中南米,90年代の一部EMU諸国やメキシコなど,世界経済は幾度かの通貨・金融危機を体験してきた。これら危機にほぼ共通する背景としては過剰消費,財政赤字,インフレ率の昂進などのマクロ経済上の不均衡が指摘されてきている。これに対して,東アジア諸国においては,高い貯蓄率,おおむね健全な財政運営,低いインフレ率など,基本的なマクロ経済状況は比較的良好であったにもかかわらず,今回の危機が発生した。このような危機が発生した要因については,様々な議論が展開されてきているが,特に重要と考えられるのは以下の点である。

①実質的な対ドル固定為替相場制の維持

80年代半ば以降,多くの東アジア諸国では自国通貨を実質的にドルにペッグさせる制度を採用してきた。しかし,近年,ドル高の進展やアメリカとのインフレ率の格差などの要因により,実質実効為替レートでみて増価が進み,96年以降の半導体市況の低迷などとあいまって,輸出が減速し,経常収支赤字が増大する傾向にあった。

②大幅な経常収支赤字と短期資本流入の急増

今回の危機に見舞われた諸国においては,上記①で述べたような経常収支赤字の拡大傾向に対して,そのファイナンスは長期ではなく短期の資本流入に依存するという傾向が強まっていた。このような短期資本流入は,これら諸国の高金利(アメリカなどとの金利差大)により促進されていた。また,実質的な対ドル固定為替相場制により,投資家にとっては為替変動のリスクも少なく,高いリターンを期待できた。しかし,海外投資家がこれら経済の先行きについて懸念を持ち,短期資本が急速かつ連鎖的に海外に逃避したことが,今回の通貨・金融危機の直接の引き金になっている。今回の危機の影響を強く受けた諸国においては,経常収支赤字幅,累積債務額が大きく,また,特に近年,対外債務における短期資本の割合が高まっていたことが共通している(第2-1-3図)。

短期資本の割合が高まっていたということは,ある意味で,これら諸国への投資に伴うリスクが高まってきていると市場が考えるようになっでいたことを意味する。すなわち,大きな経常収支赤字を持続しながら実質的なドルペッグを継続することはますます難しくなってきている,あるいは国内における資産価格の上昇は維持可能でなくなってきていると市場はみるようになっていたということであろう。こうした状況下で,長期の借入れは難しくなっていったと考えられる。

③金融システムの脆弱性

上述したように,今回の危機により大きな影響を受けた東アジア諸国では,短期資本を中心とした資本流入が拡大したが,それと国内経済をつなぐ金融システムの基盤が脆弱であったことも危機発生の要因となっている。これら諸国に流入した短期資本は,その使途が必ずしも生産的な用途には向けられず,製造業の過大な設備投資に向けられたり,また,少なからぬ部分が株式や不動産に対するバブル的な投機に向けられた。これら諸国においては,金融機関に対する規制・監視体制が十分ではなく,また,金融機関も不十分なリスク評価に基づく融資の拡大を行ったことから,このような非生産的な投資が助長され,更なる経常収支赤字拡大と短期資本流入を招いたことも危機発生の要因に挙げられる。

金融機関の経営についても,中央銀行から商業銀行に対する優遇金利での貸出しなど,各種の保護政策が与えられてきたことから,これら金融機関のリスク管理などの経営の健全化努力が不十分なものになっていた(注2)。また,政治的な要請などから,過去にも経営が立ち行かなくなった銀行を救済してきた例も散見されるが,このような保護政策が経営に対するモラル・ハザードを発生させていたことも指摘されている。

これら3つの要因については,域内各国全てに共通して当てはまるわけではなく,程度の違いにより,危機の影響度合いは大きく異なっている。特に,中国,台湾,シンガポールにおいては,影響は比較的小さなものにとどまっているが,これら諸国においては累積債務比率及び対外債務における短期債務の比率が比較的低く,経常収支も黒字を維持してきたという点が共通している(第2-1-4表)。

(アジア通貨・金融危機の特徴)

これまでも世界経済は各種の通貨危機,金融危機を経験してきたが,今回のアジア通貨・金融危機の特徴としては以下の点を指摘することができる。

    ①80年代の中南米の累積債務危機,94年末のメキシコ危機など,途上国でこのような危機が発生する場合,財政赤字の拡大が主因となって経常収支赤字が拡大することが多かった。すなわち,これまでの危機の主役は途上国政府であることが多かったが,今回の危機では経常収支赤字の拡大をもたらし7たのは,主として民間の投資超過拡大であり,設備投資のみならず不動産や株式といった非実物セクターも含めた民間の投資需要の急増が背景にあった(第2-1-5表)。

    ②上記①とも関連するが,今回は通貨危機と金融危機がほぼ同時に発生した。今回の危機においては,まず,対外的な側面として,経常収支赤字の拡大などによる通貨切下げの思惑などからこのような短期資本を始めとした急速な資本流出が引き起こした通貨危機という側面がある。さらには,国内的な側面として,短期資本の流出は国内金融システムの混乱による金融危機も同時に引き起こした。それまでは,短期資本流入が民間部門の投資拡大を支えていたが,この流れが急速に逆転し,資金が流出することで,民間部門の投資ファイナンスが困難になった。また,このような短期資本の流入がみられた株式・不動産市場の価格も下落し,多くの債権が不良債権化した。これらが国内金融機関に対する信用不安を中心とした金融危機につながっている。

    ③今回の危機は東アジア域内全体に影響が急速かつ大規模に伝播した。97年に入ってからのタイの通貨切下げ圧力に端を発し,同年7月以降,タイのみならず,マレイシア,インドネシアを中心にまずASEAN諸国に波及した。その後,いったん収束の気配を見せたが,10月以降香港や韓国にも波及し,さらに引き続いて,ASEAN諸国にも再び影響が及んだ。これまで,東アジア諸国の経済発展を支えてきたとされる貿易・投資の経済的相互依存関係の深まりが,今回の危機では負の連関を強める役割を果たした格好となっている。

    ④これまで「世界の成長センター」として,将来にわたる成長の潜在力が高く評価され,また,大多数の人々がそれを信じていた東アジア諸国が,今回の危機により予想もしなかった経済的低迷に落ち込んだことは,中南米や中・東ヨーロッパ,CIS諸国などのいわゆるエマージング(新興)市場に対する先行きの不安や不透明感をもたらした。これより,これら市場への投資を近年増大させていた外国人投資家などが,投資先の再検討や資本の引上げなどを行い,エマージング市場における為替,金融,資本市場での混乱を引き起こした。このように,東アジアの通貨・金融危機が資本移動のグローバル化が一層進展するなかで,世界的規模で影響を与えたことも,今回の危機の特徴に挙げられる。

(アジア通貨・金融危機後の為替減価と資本流出)

今回の危機により,短期資本を中心とした資本流出,為替相場の下落,株式相場の下落などが発生し,これらが引き金となり生じた経済的混乱の結果,東アジア諸国もこれまでの高成長から一転し,経済の収縮を招いている。

まず,東アジア諸国の為替市場をみると,危機以降,既に第1章第5節でみたように,各国の対ドル名目為替レートは大幅に減価している。さらに,対ドル名目為替レートのみならず,各貿易相手国とのインフレ格差や貿易量を考慮した実質実効為替レートでみても,これら諸国のインフレ率が,主たる貿易相手国である日本や欧米のインフレ率よりも高かったことを反映して,名目為替レート程ではないものの,やはり大幅減価となっている(第2-1-6図)。

また,東アジア地域における民間資本純流出入の動向をみると,国際金融協会(IIFHnstitute6HnternationaIFinance)の推計では,影響が大きかった東アジア5か国では,96年には938億ドルの純流入であったのが,97年(推計値)には60億ドルの純流出となっており,この2年間の差引きの資金フローは,これら東アジア5か国の97年名目GDP合計の1割近くに相当する額となる。特に,外国商業銀行からの貸付は96年には583億ドルの純流入であったものが,97年(推計値)には290億ドルの純流出に転じておりまた,株式・債券に対するポートフォリオ投資も96年には116億ドルの純流入であったが97年(推計値)には一転して68億ドルの純流出となった(第2-1-7表)。

また,既に第1章第5節でも概観したが,株式市場をみると,97年後半の急落以降,98年に入ってからは徐々に値を戻しつつある時期もあったが,同年8月のロシアのルーブルの実質的切下げ以降,再度株価の動揺がみられる。また,それまでのピーク時の株価水準には這かに及ばず,資産価格の低下が相当程度大きいことがみて取れる。