第1章 第2節 不透明感広がるアメリカ経済

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1 アメリカ:景気拡大は続くが,広がり始めた不透明感

アメリカ経済は,1991年3月からの約8年にわたる景気拡大局面にあるが,アジア通貨・金融危機に端を発した国際金融市場の混乱に伴い98年8月末に株価が急落,史上2番目の下げ幅を記録し,その後も一進一退を繰り返すなかで,先行きに対する不安材料も散見され始めている。

98年夏頃までは,アジア通貨・金融危機による影響はあまり大きくないと考えられており,むしろ,(1)労働需給逼迫による雇用コスト上昇がもたらすインフレ,(2)高水準な株価に支えられた高い消費の伸び,といった景気の過熱に対する懸念が今後の動向を考える上で注意すべき事項であった。しかしその後,世界経済をめぐる状況が大きく変化し,株価も大きく下げた。そのようななか,引き続きインフレ懸念は存在するものの,(3)株価の更なる下落による内需の縮小,(4)アジア通貨・金融危機などの影響による企業収益と株価の動向,(5)それらを通じた雇用・所得と消費,投資の行方,(6)国際的な金融市場の混乱に伴う国内の金融システム不安に大方の関心が移ってきている。

他方,低失業率と低インフレ率が長期にわたって共存しており,このことがアメリカ経済に長期の繁栄をもたらしている大きな要因となっている(これについては第3章第1節で扱う)。つまり,依然として,金利は低く,物価は安定しており,労働需要が旺盛であることも事実である。さらに,現在までの株価下落は,夏までに急ピッチで上昇してきた株価の適度な調整の域を出ておらず,大きな影響はないと考えることもできる。また,これらを背景として内需は引き続き堅調であり,ファンダメンタルズは悪化していない。したがって,経済動向が比較的安定している他の先進諸国とともに,アメリカ経済には引き続き世界経済の牽引役としての役割が期待されているといえる。しがしながら,上で述べたように,一部に存在する不透明感が広がり始めていることも事実である。そこで,以下では,この好調な内需の動向と今後のダウンサイド・スクについて検討し整理することとしたい。

(1) この1年間の景気動向

まず,最初に,97年央から98年後半にかけての景気動向をみておこう。97年7~9月期から98年4~6月期までを1年とした,前年(96年7~9月期がら97年47~6月期までの1年間)からの実質GDP成長率は3.9%増であった。需要項目別にみると,内需の伸びが大きく,個人消費の伸びは4.2%増(寄与度2.9%:以下同様に伸び率(寄与度)とする)となるなど,耐久消費財を中心に強い伸びを示した。民間設備投資は,低金利や情報化投資が好調なことなどを受けて12.1%増(1.4%)と拡大を続けた。住宅投資も低金利と堅調な所得の伸びなどに刺激されて5,5%増(0.2%)となった。住宅は,着工件数や販売件数ベースでみると,非常に高い水準となっている。他方,外需は引き続きマイナスとなり,赤字額は50.3%増(▲0.9%)となった。内訳をみると,輸出は,ドル高によるアメリカ企業の価格競争力低下とアジア通貨・金融危機などの影響による海外需要の落ち込みの影響を受け,特に98年に入り減少が目立つようになった。輸入は,ドル高やアジア通貨・金融危機等に伴う一次産品市況の低迷などを受けて,金額ベースでは98年に入り一進一退の状態となったものの,数量ベースでは依然として増加傾向である。経常収支赤字は拡大を続け,98年4~6月期には565億ドルの赤字(GDP比▲2.7%)と過去最高額を更新した。生産については,98年1月以降,前年同期比で伸びが鈍化しており,アジア通貨・金融危機などの影響がみてとれる。なお,98年6,7月については,ゼネラル・モーターズ社(GM)のストという一時的な要因もあった。在庫は,生産が強かったことなどもあり,98年の初頭にかけてやや積み上がったが,その後4~6月期には若干の調整が行われ,在庫投資は実質GDP成長率に対してマイナスの寄与となった。企業収益(製造業)は,GMストの影響やアジア通貨・金融危機などの影響により,一部の産業では足元で弱含んでいる。雇用は,非農業事業所部門では,サービス産業,技能労働者を中心に月平均で20万人台の新規雇用を創出した。失業率も4%台を維持する中で98年に入って一段と低下し,4,5月には4.3%と70年2月以来の低水準となった。このため,特にサービス業で雇用コストの上昇が顕著となっている。なお,9月には,好調に拡大していたサービス産業で伸びが鈍化したことなどから,雇用拡大のペースは鈍化し,失業率も若干上昇した。また,強い労働需要を反映して労働組合や労働者の発言力が増したことにより,GMのスト以外にも大型のストが相次いだ。他方,国際競争の激化などに伴い,マーケット・シェアの拡大などを目的としたM&Aなどに伴う大型解雇の発表も続いた。物価は,雇用コストの上昇などからインフレに対する懸念も存在するが,エネルギー価格の大幅な低下やドル高,アジア通貨・金融危機などを背景とした一次産品等の輸入品物価の下落などにより,安定的に推移した。97年の消費者物価(総合)と生産者物価(完成財総合)の前年比は,それぞれ2.3%,0.4%であり,98年に入ってからも安定的に推移している。

金利・株価の動向をみると,上述のように,インフレ抑制と景気拡大という良好なパフォーマンスを示しているアメリカ経済を反映して金利は低下し,30年物国債利回りは77年定期発行開始以来の最低水準を更新,株価(ダウ平均)は,98年7月には9,300ドル台の史上最高値をつけた。しがし,8月末に生じた世界的な金融市場の混乱に伴い,アジア諸国やロシア,中南米諸国などの海外に展開するアメリカの金融機関や当該地域との結び付きの強い製造業などの業績悪化が懸念され,株価は急落,その後も一進一退を繰り返した。

政策の動向をみると,好調な景気を背景とした税収の大幅な伸びに加え,政府支出増加の抑制により,連邦政府の財政収支は順調に回復を続け,98会計年度(97年10月~98年9月)には,29年ぶりに700億ドルの黒字(GDP比0.8%)に転換した。こうした財政の改善は,国債発行の減少などを通じ,長期金利の低下などをもたらすことが考えられるが,財政の改善が長短金利に与える影響を変数間の因果関係を解析するベクトル値自己回帰モデル(VARモデル:Vector Autoregressive Model)を用いて検定した結果,財政の改善は長期金利を低下させる影響を及ぼしたことが示される(第1-2-1図)。このことは,財政収支の改善によって,次に述べる金融政策の発動の余地を広げたものと考えられるだろう。金融政策は,好調な労働市場における労働需給の逼迫や国内最終需要の強さなど,インフレの顕在化が注視され,98年夏頃までは引締めバイアスで運営されていた。しかし,アジア通貨・金融危機に端を発した国際金融市場の混乱等がアメリカ経済に影響を与える可能性を考慮し,その影響を緩和するために,98年9月29日に開かれたアメリカ連邦公開市場委員会(FOMC:Federal0pen Market Committee)において,フェデラル・ファンド・レートの誘導目標水準を0.25%引き下げ,5.25%とすることが決定された。その後,10月15日にアメリカ連邦準備制度理事会(FRB:Board of Governors of the Federal Reserve System)は,公定歩合を0.25%引き下げ4.75%に,フェデラル・ファンド・レートの誘導目標水準を0.25%引き下げ5.00%にすることを発表した。マネーサプライ(M2)は,98年に入り対前年第4四半期(10~:12月期)比7~8%と高い伸びを示している。

アメリカ経済は世界で最大の経済であり,アジア通貨・金融危機に始まった国際金融市場の混乱等のなかで,その好調さが今後も持続するのかどうがが注目されている。以下では,今後の動向を考える上で重要と考えられる2つの点,(1)景気拡大を支えてきた内需の動向と,(2)今後のダウンサイド・リスクに着目して整理をする。

(2) 景気拡大を牽引してきた内需の動向

91年からの長期にわたる景気拡大を直接支えてきたのは,冒頭にも述べたとおり,(1)低金利,(2)物価の安定,(3)良好な雇用パフォーマンスによる所得の伸び,(4)活発な株式市場とこれらを背景とした好調な内需(個人消費,設備投資,住宅投資)であった。特に,GDPのうち約7割を占める個人消費は,91年以降,3%台(年平均伸び率)の強い伸びとなっている。また,民間設備投資は,情報化投資を中心に7%台(同)の伸びとなっており,民間住宅投資も,6%台(同)の伸びを続けている。上に挙げた内需拡大がもたらされたのは,80年代からの規制緩和や財政収支の改善,適切な金融政策といった経済政策や,経済の国際化・情報化とそれらへの柔軟な対応を可能とする産業構造や労働市場の変革が非常にうまくいったためであると考えられる。ここでは,今後の景気動向を考える上で重要と思われる内需のうち,景気変動どの関わりが深い個人消費,設備投資及び住宅投資についていくつかの観点からそのファンダメンタルズを検討する。

(個人消費:所得と消費性向の上昇)

91年以降の景気拡大局面において,個人消費が堅調な伸びを続けてきた理由は,所得が高い伸びを示してきていることに加えて,消費性向が上昇してきていることも重要である。後者の背景としては,(1)株高等の資産効果が生じていること,(2)低金利を背景に借入が増加していること,などがある。そこで,以下では,個人消費の堅調な伸びについて,所得面の要因及び2つの消費性向上昇要因を検討してみる。

なお,個人消費のうち耐久財消費については,好調な住宅投資に伴う家具や電化製品などに対する2次的な需要に伴うものも相当程度存在することも考えられる。また,消費性向の上昇に伴い,家計部門の貯蓄率は低下しているが,財政赤字の縮小によって政府部門のISバランスが改善してきていることから,マクロでみた粗国民貯蓄率は92年10~12月期の13.8%から98年4~6月期の17.2%へと上昇傾向にある。

(個人消費:堅調に推移している所得)

最初に,個人消費の好調さを支えてきた所得の動向について検討する。個人所得は賃金等が堅調な伸びを示したことから,安定した推移であった。この背景には,好調な雇用動向がある。すなわち,第3章第1節で述べているように,91年以降の景気拡大においては,専門家等の相対的に高所得の職業で多くの雇用が生じている。アメリカ大統領経済諮問委員会(CEA:Council of Economic Advisers)によれば,94~96年にかけて生じた職の約7割が,中間賃金(中位数)以上の賃金水準にある職で発生したとのことである(注1)。また,96~97年以降についてみると,労働需給がタイトになっているため雇用コストが上昇していることや,物価が安定していることを反映して,実質賃金も上昇している。このようなことを背景として,アメリカ・コンファレンス・ボードより発表されている,消費者の景気と雇用及び所得に対する現状認識と見通しを示す消費者信頼感指数をみると,月次調査開始(77年6月)以来最高水準を更新し続けた。98年7~10月には,国際金融市場の混乱等に伴い急落したものの,その水準はいまだ高い。したがっで,今後については,好調な雇用情勢の動向に注意する必要があるだろう。

さて,個人消費と所得の伸びを比較すると消費の伸びが所得の伸びを上回っている。そこで,次に,消費性向を高めている2つの要因について考えることとしたい。

(個人消費:株価の上昇による資産効果とそのリスク)

アメリカにおける株式市場の特徴の一つに家計資産に占める株式の割合が比較的大きいことが挙げられるが,この傾向は90年代以降更に強まっている。このため,個人消費が,いわゆる「資産効果」を通じて,株式市場の動向に左右されやすくなっている可能性がある。この株価を通じた「資産効果」については各国においてもおおむね観察されているところであり (コラム 1-1参照),実際,90年代以降のアメリカにおける個人消費の伸びは,株価の昂進とともに生じている(第1-2-2図, 第1-2-3図)。


《コラム1-1》 金融資産の資産効果について

個人消費に対する資産効果については,実物資産のそれと金融資産のそれとに分けることができるが,以下では,後者について,80年代後半の日本,スウェーデン,イギリスを例にみてみよう。日本の個人金融資産残高の可処分所得に対する比率をみると,80年から89年まで上昇している。金融資産の構成をみると,この間の株価の上昇を反映し,85年末に11.8%にすぎなかった株式の割合が,ピークの89年末には24.8%に達した後,91年末には16.2%まで低下した。同期間の家計消費の動向を消費性向でみると,85年の84.4%から90年の87.9%へと金融資産残高の伸びと同様に上昇し,その後は低下している。次に,スウェーデンの個人金融資産残高の可処分所得に対する比率をみると,80年代を通じて上昇しているが,金融資産の構成をみると,日本と同様,株価の上昇を反映し,85年末に20.1%であった株式の割合が,89年末には27.7%まで上昇した後,92年末には9.2%とシェアを落とした。消費性向は,85年の97.5%から88年には104.7%と消費支出が可処分所得を上回るところまで上昇したが,92年には92.3%に低下した。このように,株価の上昇を通じた金融資産の増加によって,消費性向が高まることが分かる。

他方,イギリスについてみると,個人金融資産残高の可処分所得に対する比率は,ほぼ一貫して上昇しており,他国とは異なり,消費性向の動きとパラレルではない。この間の個人金融資産の構成をみると,85年末に株式等の割合は11.3%であったが,89年末には13.6%,90年以降も株式のシェアは低下せず,97年末には20.2%となっている。一方,消費性向は,85年の89.3%から88年には93.8%と上昇し,92年には88.O%と低下した。イギリスでは日本やスウェーデンのような株式シェアの変動はみられないが,88年までの住宅価格の上昇等による資産効果が,当該期間における可処分所得の伸びを上回るような個人消費の高い伸びを支えた要因とみることができる。


(図表)

98年8月末には国際金融市場の混乱等に伴い大幅な株価の下落が生じたが,今後世界経済の動向などにより株価が持ち直さず,あるいは更に下落すれば,「逆資産効果」を通して個人消費を冷え込ませる可能性も考えられよう。そこで,本項では,このことについて検討することとしたい。

まず,株価の水準そのものについて考えてみる必要があるだろう。詳しくは第1章第5節にて述べるが,アメリカの株価は,ピークの98年7月からみれば10数%下落した10月現在においても,相当程度高いものと考えられる。例えばダウ工業株30種平均株価指数については,9月現在(約7,800ドル)においても,企業収益や金利から計算される推計値から約10%以上割高となっていると試算される。したがって,以下で株価下落の逆資産効果について検討することは十分意味のあることであろう。

金融純資産残高を取り込んだ簡単な計算を行ったところ,96~97年にかけての実質個人消費の伸び率3.4%における株価上昇の寄与度は0.6%,17.6%の寄与率となった(注2)。これは,同期間の実質GDP伸び率に対して0.4%の寄与度である。ただし,これは,株式の直接保有のみの効果であり,間接効果も含めると,1.6倍程度に大きくなる。この直接保有の効果を87年のブラックマンデ一時の個人消費の変化(86~87年)に対する寄与率▲3.3%に比べると,家計部門金融資産に占める株式の割合が高まっていることから,株価が消費に与える影響が大きくなっていることが分かる。傾向をつかむために91年の景気の谷から計算すると,同期間の実質個人消費の伸びに対して13.1%の寄与率となっている。このように,資産効果についでは,金融資産における株式のシェアに影響を受ける。そこで,家計部門における株式保有について詳細にみてみることとする。

家計部門における株式保有を詳細にみるため,(1)全世帯の金融資産に占める株式の割合,(2)株式を保有する世帯の割合の双方について調べてみる。まず,金融資産に占める株式の割合についてみると,87~97年にかけて,直接保有で11.7%から20.7%へと増加している(前掲第1-2-3図)が,年金基金や投資信託を通じた株式保有を含めた間接保有も含むベースでみると,16.4%がら33.6%へと更に増加している(注3)。これは,ベビーブーマー世代(1946~65年生まれ)を始めとして,人々が年金等の老後に向けた貯蓄を積み増しており,また,年金基金や投資信託が,低金利な他の金融資産より,リターンの高い株式に投資しているためと考えられる。このような形態の間接保有は,株価が下落した場合,国債などのより安定した金融資産ヘシフトする傾向があると考えられるが,純資産の目減りを通じて家計部門の消費に影響を与える可能性があるものと考えられる。また,将来における所得が減少するという不安により,家計のコンフィデンスを悪化させ,消費性向の低下(貯蓄性向の上昇)を通じて消費に影響を与える可能性も十分に考えられる。特に,次にみるように,中・低所得層においてこのような間接保有が増加しているため,このような経路を通じた影響も無視できないだろう(注4)。そこで,今度は,株式を保有している世帯の割合をみてみよう(第1-2-4表)。消費者金融調査(注5)の結果によると,95年において,世帯全体の約15%となっているが,この割合は年々低下傾向にある。他方,年金などを保有する世帯のシェアは高まっている。したがって,直接保有を通じた資産効果の影響は,年々小さくなっているといえよう。ただし,所得階層別にみた場合,やや低い層で,直接保有が高まっており,この階層における影響に注意する必要がある。間接保有については,いずれの所得階層についても増加しているが,中・低所得層において,水準は低いもののシェアが高まっている。このため,逆資産効果は単純に計算したものよりも高めになるものと想定される。

以上みてきたように,株価の下落を通じた逆資産効果については,株式の保有形態等が変化してきていることもあり,その影響の大きさを単純に計測することには困難が伴うものの,個人消費に相当程度のマイナスの影響があることも考えられる。例えば,現状の約8,000ドルから約7,000ドルに下落した場合(約12.5%の下落),実質個人消費の伸び率は1年間で約0.08~0.26%ボイントの低下,間接保有まで考慮すれば(注6),約0.12~0.42%ポイントの低下となる。さらに,約6,000ドルまで下落した場合(約25%の下落),個人消費は約0.15~0.52%ポイントの低下,間接保有まで考慮すれば,約0.25-0.84%ポイントの低下となる(注7)。したがって,株価が約7,000~6,000ドルまで低下した場合,個人消費のGDPに占めるシェアが約7割であることから,1年間のGDP成長率の下落幅は,約0.05~0.57%ポイント程度と見込まれる(注8)

さて,消費者信用残高が高水準となっているなか,個人破産の件数は97年には年間135万件と近年になく高い水準となっている。そこで,次に,家計部門におけるバランスシートと貯蓄率について考えることで,個人消費のサステイナビリティについて検討する。

(個人消費:貯蓄率の低下とバランスシートの悪化)

アメリカの家計部門の貯蓄率はもともと比較的低いが,前述のとおり,最近の株高などを反映してますます低下してきている(第1-2-5図)。他方で,低金利などにより借入れも大きくなっており,消費者信用残高の可処分所得に対する比率は前回の景気拡大期を上回っている(第1-2-6図)。このため,所得や金利,株価などの動向によっては,家計部門のバランスシート調整が生ずる可能性も指摘されている。実際,個人破産件数も歴史的な高水準となっている注9(第1-2-7図)。

消費者信用残高の前年同期比の推移をみると,94~95年には所得,消費の伸びを大幅に上回っていたものの,96年頃から伸び率が低下しており,現在は,消費の伸びを大きく下回り所得の伸びに近くなっている(第1-2-3図)が,年金基金や投資信託を通じた株式保有を含めた間接保有も含むベースでみると,16.4%がら33.6%へと更に増加している(注3)。これは,ベビーブーマー世代(1946~65年生まれ)を始めとして,人々が年金等の老後に向けた貯蓄を積み増しており,また,年金基金や投資信託が,低金利な他の金融資産より,リターンの高い株式に投資しているためと考えられる。このような形態の間接保有は,株価が下落した場合,国債などのより安定した金融資産ヘシフトする傾向があると考えられるが,純資産の目減りを通じて家計部門の消費に影響を与える可能性があるものと考えられる。また,将来における所得が減少するという不安により,家計のコンフィデンスを悪化させ,消費性向の低下(貯蓄性向の上昇)を通じて消費に影響を与える可能性も十分に考えられる。特に,次にみるように,中・低所得層においてこのような間接保有が増加しているため,このような経路を通じた影響も無視できないだろう(注4)。そこで,今度は,株式を保有している世帯の割合をみてみよう(第1-2-4表)。消費者金融調査(第1-2-8図)。これまでの景気サイクルにおける傾向をみると,消費者信用残高は消費や所得にやや遅れて推移していたが,96年以降については,所得と消費が伸びでいるにもかかわらず,伸びが低下している。この背景として考えられることは,(1)残高自(2)個人破産の破産法適用条項別内訳体の水準が高くなっているため借入れにブレーキがかかっていること,(2)株高等により金融資産が増加し,資産効果などによって借入れによらず消費が伸びていること,(3)94年以降金利が引き上げられたため,その後借入れが抑制されたこと,(4)銀行などの審査基準が厳しくなったことに呼応して借入れが抑制されたこと等である。次に,利払い費についてみると,低金利を反映して利払い費の対可処分所得比率は伸びていない。

このように,所得に対して借入れは大幅に伸びているとはいえないものの,残高は過去最高水準にあることから,家計部門のバランスシートが大幅に悪化している可能性もあり,今後の動向には注意が必要であろう。今後,低い金利が続き,株式市場や雇用情勢が良好な状態を保てば,バランスシート調整を通じて消費が抑制される可能性は低いものと考えられるが,株価が暴落し,金利も高まり,雇用情勢も悪化すれば,その限りではない。なお,貯蓄率の低下要因には,高齢化の進展も影響している可能性がある。そこで,消費性向(=1-貯蓄性向)について,高齢化要因を取り込んで推計を行ったが,これまでのところ,高齢化が貯蓄率低下の大きな要因となっでいるとはいえない(第1-2-9図)。

以上を踏まえると,個人消費は,現状をみる限り,総じてみれば,不健全な状態にあるとは考えられず,ある程度堅調な伸びを続ける可能性が高い。しかし,今後の株価や物価,企業収益の動向によってはその動向が大きく影響を受ける可能性もあるといえよう。

次に,個人消費とともに内需を牽引してきた設備投資についてみてみよう。

(設備投資:株価と企業収益の影響)

設備投資は,92年以降,低金利や好調な企業収益と株価などを反映して,強い伸びを示してきた。しかしながら,企業収益はアジア通貨・金融危機に始まる国際金融市場の混乱等に伴い悪化しているところもある。株価も98年8月には急落する局面があった。そこで,これらの要因がどの程度設備投資を牽引してきたかについて,設備投資関数を推計して,要因分解を行った(第1-2-10図,第1章第5節を参照)。

その結果,96年以降については,株価の上昇が,企業のキャッシュ・フローを潤沢にし,需要に対応した設備投資を可能としてきたことが分かる。また,企業収益の寄与率は,約3~4割程度と大きなものとなっている。このため,今後,業種別の動向に注意する必要があるものの,株式市場や企業収益,金利動向によっては,減速する可能性も否定できないと考えられる。

次に,設備投資の大宗を占めている情報化投資についてみてみよう。

(設備投資:情報化投資の行方)

情報化投資は,コンピュータやその周辺機器,通信機器等に対する設備投資のことである。この情報化投資の設備投資に占めるシェアは,81年の10.8%から97年には34.7%と拡大しており,設備投資の伸びに対する寄与率は81年の28.7%から97年には63.6%と高まっている。このように,設備投資の動向をみる上で情報化投資の動向は極めて重要である。他方,情報化投資は,景気変動の影響を受けにくい(独立投資化している)といわれており,アメリカ経済の長期拡大にも一役買っているとの指摘もある。ここでは情報化投資の景気変動からの独立性を確認し,情報機器等の技術革新のスピードが速いことが,その独立性の要因の一つとなっている可能性について考える。

まず,情報化投資が独立投資化しているかどうかについて検討したい。独立性を調べる方法には様々なものがあるが,ここでは,毎期における投資の成長率のばらつき具合(変動係数)に着目する。そこで,81年以降の景気サイクルについて,実質設備投資,実質情報化投資,情報化投資を除く設備投資(実質),情報化投資のうちコンピュータ関連投資(実質)について,変動係数を計算すると,情報化投資とコンピュータ関連投資のばらっきには大きな違いがみられず,変動幅は1%前後と小さくなっている(第1-2-11表)。他方,設備投資(除く情報化)については,変動幅が情報化関連投資の4~6倍となっており,ばらつきが大きい。このように,情報化投資の変動はそれ以外の設備投資よりも変動が小さく,景気変動の影響が小さいことが分かるだろう。

次に,情報化投資はなぜ変動が小さいのがについて考えたい。この理由の一つとして,コンピュータやソフトウェアの技術革新の速度が速く,次々と新製品が生み出されることが指摘されている。他方,激化する国際競争や逼迫する労働需給に対処するため,アメリカ企業はできるだけ新しい情報化装備を求めているものと考えられる。その場合,情報化やコンピュータ関連ストックの年齢(ビンテージ)が非常に若くなっているものと想定される。そこで,これらのストツクについてのビンテージを計算したところ,特にコンピュータ関連ストツクのビンテージが1年に近く,アメリカ企業における情報化(特にコンピュータ関連)投資に対する意欲が高いことがうががえる(第1-2-12図)。情報化に関する技術革新の速度は速くなることはあっても遅くなることは考えにくいことを考慮すれば,このような投資態度は今後大きく変化すると思われない

以上の事実を踏まえると,情報化投資は,設備投資をめぐる環境変化があったとしても,今後とも設備投資を牽引していく可能性が高いと考えられる。アメリカの企業における研修はコンピュータに関するものが非常に多くなっており,これからもアメリカ企業が情報化投資に意欲的であることがうががえよう。なお,直近の好調さには2000年問題対処のための更新投資が含まれており,この需要が一巡すれば,投資の伸びは落ち着く可能性もある。

次に,住宅投資について簡単に触れておこう。

(住宅投資)

好調な個人消費のうち,耐久消費財消費を支えているのが住宅投資である。

住宅投資は,(1)個人所得の順調な伸び,(2)歴史的低水準となっているモーゲッジ金利(98年9月平均6.7%),(3)年齢的に高所得者層を形成するようになったベビーブーマー世代による高額・大型住宅への買換え需要の高まりなどを背景として,拡大している。国民所得統計(NIPA)ベースの実質民間住宅投資をみると,97年全体では前年比2.5%増であるが,同年後半から拡大のテンポが速まっており,97年10~12月期前期比年率8.2%増となったのを始め,98年1~3月期同15.6%増,4~6月期同15.O%増と,2四半期連続で2桁台の伸びを記録している。

新規住宅着工件数をみると,97年は約147万件であったが,98年に入り平均約160万件(年率)と,大幅に増加している。住宅着工は毎月の振れが大きいことに留意した上で,形態別にみると,主力の一戸建,集合住宅ともに増加している。地域別にみても,趨勢としてはほぽ全域で増加している。このように住宅供給は活発であるが,住宅在庫は4か月台と低水準で推移しており,需要が非常に強い状態が続いている上,長期金利が引き続き低下傾向にあることがら,増勢はしばらく続くものとみられている。なお,今後については所得や金利の動向に注意する必要があるだろう。

近年,持家比率は近年上昇してきており,93年10~12月期64.2%であったが,98年4~6月期には66.0%となっている(付注1-1)。

(3) 今後のダウンサイド・リスク

以上みてきたとおり,アメリカ経済は,低金利や株高,好調な労働市場などに支えられて,内需を中心とした良好なパフォーマンスを示してきたが,株価を始めとした金融市場や,アメリカとのつながりの強い周辺諸国の景気動向など,様々な不確定要素を孕んだものであることもまた事実である。既にいくっかのリスクについては言及してきたが,以下で,今後を考える上で重要と思われるリスクについて整理しておきたい。

(周辺諸国経済の減速)

輸出入などを通じてアメリカ経済とつながりの深い,中南米経済やカナダ経済において,アジア通貨・金融危機に端を発した国際金融市場の混乱等や,次産品の価格下落などの影響により景気減速・悪化が次第に顕在化してきた。アメリカの輸出に占めるカナダ及び中南米経済向け輸出の割合は3割を超えている。これらの国の需要が減退すれば,アメリカがらの輸出が減少し,アメリ力企業の収益を縮小させ,設備投資や雇用にマイナスのインパクトを与える可能性がある。他方,アメリカの内需が好調であることから,経常収支赤字がより増加する可能性もある。また,中南米諸国を始めとする新興国市場の混乱は,アメリカの金融機関のバランスシートに悪影響を及ぼし,後述する金融システム不安を引き起こす可能性も否定できない(注10)。

(株価の推移)

先にみたように,株価の動向は,逆資産効果を通じて,個人消費や設備投資の後退要因どなる可能性がある。また,住宅投資についても同様の影響を受ける可能性がある。個人消費に与える影響は,逆資産効果を通じた直接的なものに加えて,消費者のコンフィデンスへの影響も大きいものと思われる。さらに,株式市場の低迷は,活発なベンチャービジネスなどを冷え込ませる可能性もある。既に,新規株式公開(IPO:Initiac Public Offering)を見送る動きも増えてきている。特に98年8月28日から9月22日までの期間は1件のIPOもないという事態が続いたが,これ(,よ70年の7月31日から8月31日までの1か月間の記録に次ぐものである(注11)。

(企業収益の推移)

アジア通貨・金融危機等に伴う輸出の低迷や輸入品価格の下落により,製造業では業績見込の下方修正を発表する企業が増えている。また,金融機関についても,国際金融市場の混乱に伴い大きな損失を出している。国民所得統計における企業収益(税引き後利益)は,非金融業,金融業とも98年4~6月期は前期比でマイナスに転じた。このような企業収益の悪化は,設備投資や雇用コストの抑制,人員削減などをもたらす。製造業についてみると97年央以降,賃金の伸びが低下傾向にあり,既に,このような兆候が現れているといえよう。

(金融システム不安)

98年9月末,大手ヘッジファンドの事実上の経営破綻に際し,ニューヨーク連銀は,民間の投資銀行・商業銀行に救済を呼びかけた。今回の対象企業が商業銀行などの連銀の監督下にある金融機関でないことなどから異例な措置とされているが,政府が直接資金投入を行う例ではないにせよ,このことはアメリ力金融市場のシステミック・リスクを中央銀行が認識したということを意味していると考えられる。こうした金.融機関の運用損失などが表面化するなか,金融市場では,リスク回避傾向が一段と強まり,それを反映した国債と社債との利回り格差拡大や株価の下落は,企業の資本調達コストの上昇につながっている。そのような状況のなか,98年7~9月期のアメリカ内における新規の株式発行と社債発行の合計額は,水準はいまだ高いものの,4~6月期の5,200億ドルから25%近く下落し,3,961億ドルとなっている(注12)。また最近実施されたFRBによる銀行の貸出し状況に関する調査によれば,今回の市場の動揺を受けて,大企業向け商工業の審査基準を厳しくした銀行の比率が上昇したとの結果も既にみられている。今後,新興市場の金融危機などの影響による金融機関の財務内容の悪化が深刻化することなどにより,信用収縮などによる問題も懸念される。

(インフレ懸念)

以上ダウンサイド・リスクについてみてきたが,一方で,労働需給は引き続き逼迫しており,サービス.業を中心として雇用コストが上昇している。ドル高等インフレを顕在化させていない一時的な要因が取り除かれると,物価上昇圧力が高まる可能性が高い(詳しくは第3章第1節参照)。また,9月29日のFOMCでは,特に海外経済の減速が将来的にアメリカ経済に対し,インフレを抑制する以上に大きなマイナスの影響を与える可能性が生じてきたことに対応し,予防的措置として小幅ながら利下げが実施された。さらに,その後,10月15日に,FRBは追加的利下げを発表した。今後,利下げが,海外経済や世界の金融システムの混乱に対して沈静化を促す手段としての役割に深くコミットするようになれば,過剰な金融緩和を通じて,インフレを招く危険性もある。今後の金融政策運営においては,国内のインフレ抑制と持続的な経済成長を目指した運営ばかりでなく,金融システム安定を強く意識した運営が求められている点で,政策当局は非常に困難な舵取りを要求されるであろう。

(おわりに)

現在,世界経済をめぐる状況は,金融・為替・株式市場等をみても,・昨日の状況が明日にはどうなるか分からないなど,日々の混迷を極めている。他方,このグワーバルな経済の動態は,経済システムが世界的なリンケージを深めてきていることの証左であるとも考えられる。アメリカ経済は,その規模・質にかんがみれば枢要な位置を占めていることは誰の目にも明らかであるが,だからといって,.このグローバルな経済システムはアメリカ経済だけが,その動きから独立であること-を許してはいない。実際,アメリカの輸入浸透度をみても,90年代半ば以降,急速に高まっていることがみてとれるし,逆に,アメリ力企業のリストラが他国に進出している工場などの人員削減を伴うこともある。いずれにせよ,世界全体の経済動向のなかでアメリカ経済を把握していく視点が,今後ますます重要になっていくものと思われる。

2 カナダ:インフレなき景気拡大続く

カナダの景気は,95年春の金融緩和政策実施以降,特に個人消費や97年には2桁成長となった民間投資など内需を中心とした拡大基調が続いた。98年に入ってからの実質GDP成長率は,98年1~3月期前期比年率3.4%,4~6月期同1.8%と依然として拡大基調にあるもののやや減速傾向にあり,さちに株価の下落や8月下旬の利上げ実施の影響など景気の先行きに対する懸念も一部で生じている。

需要項目別にみると,内需では,個人消費(98年1~3月期前期比年率0.6%,4~6月期同5,5%)7及び民間設備投資(1~3月期前期比年率2.7%,4~6月期同11.5%)が引き続き堅調だったのに対しミ民間住宅投資(1~3月期前期比年率▲0.6%,4~6月期同,▲6.4%)は2期連続のマイナス成長となった。一方,輸出は,アメリカの景気拡大やカナダ・ドル安などにより,自動車や工業製品・原料などを中心に拡大しているものの,今後アジア通貨・金融危機に伴う一次産品の需要縮小の影響が懸念されている。なお,経常収支赤字は97年7~9月期をピークにこのところ減少傾向にある。

物価は,景気拡大にもかかわらず引き続き安定している。消費者物価上昇率(前年同期比)は98年に入ってからも1.O%前後で推移している。

失業率は依然高い水準ではあるが,景気拡大に伴う雇用拡大により徐々に低下しており,97年平均の9.2%から,98年には,1~3月期平均で8.7%,さらに4月以降は8.4%と約8年前の水準まで改善している。

財政収支は,93年度に過去最高となる420億カナダ・ドルの赤字を計上した以降,補助金の見直し,連邦職員の削減,社会保障制度改革などの歳出抑制に加え,景気拡大に伴う税収の増加もあり,97年度(97年4月~98年3月)は財政均衡を実現した。さらに,カナダ大蔵省は99年度まで3年度連続で財政収支均衡を計画する98年度予算案を発表した。

(カナダ・ドル減価と金融政策)

カナダ・ドルは,97年秋以降,主要輸出品である資源関連の商品市況が,アジア通貨・金融危機の影響もあって悪化したことなどにより,対米ドルで減価基調が続き,98年8月末時点では97年9月末比で約12%減価した。この状況下,カナダ銀行は,インフレの顕在化を未然に防止する目的も併せ,通貨の安定化を図るため,97年は6月末以降4回,98年に入ってからは1月と8月の2回にわたる利上げを実施し,翌日物金利の誘導目標幅を一連の利上げ前の水準である2.75%~3.25%から,98年8月27日には5.50%~6.00%(公定歩合は同幅の上限である3.25%から6.00%)まで引き上げた。その後9月29日と10月16日にはアメリカの金融緩和に合わせ,各々0.25%の小幅な引下げを実施し,翌日物金利の誘導目標を5.00%~5.50%(公定歩合は5.50%)としたが,ここ2~3年の景気拡大は,金融緩和政策が大きく寄与してきたと考えられ,今後の民間投資や個人消費への影響など,8月までの一連の利上げによる影響が懸念される。

(依然として低下傾向にある家計貯蓄率)

好調なパフォーマンスを見せているカナダ経済において,堅調な家計消費と裏腹に,先行きの懸念材料として家計貯蓄率の低さが指摘されている。カナダの家計貯蓄率は,同様にその低さが懸念されているアメリカと比較すると,90年代初には,アメリカが5~6%程度だったのに対し,10%以上と比較的高かったが,93年以降急速に低下し,97年1~3月期にアメリカと同様な水準となり,その後も総じて低下を続け,98年4~6月期には▲0.7%と消費が所得を上回った。

こうした90年代の家計貯蓄率低下の要因を,消費関数の推計に基づく要因分解(1975年=0とした貯蓄率変動に対する寄与度)でみてみると,以下の点が指摘できる(第1-2-13図)。第一に,90年以降年平均で約10%上昇している株価などを背景とした家計純資産残高の増加によるいわゆる資産効果が,90年以降年々増大しており,これが貯蓄率低下に対し大きく影響していること。第二に,91年から93年まで消費抑制的に働いていた雇用不安などの失業率要因が,雇用市場の改善により94年以降消費促進的効果へ反転していること。第三に,財政収支の改善などもあり実質金利が94年をピークに低下しているため,実質金利要因の貯蓄促進的効果が次第に減少していること,などである。

こうした所得を上回る消費を可能とした背景には,消費者信用の利用拡大が挙げられる。家計における消費者信用残高の家計総資産に対する割合は,90年代初頭には低下してきたが,94年以降再び上昇してきており,97年末時点では家計総資産の4%を超え,このところ上昇速度を速めている。貯蓄率低下が将来的に民間の資本形成などに悪影響を与えるばかりでなく,個人破産などの問題も懸念される。

一方,貯蓄率低下に大きく寄与してきた資産効果は98年8月以降の株安により今後逆に作用する可能性があり,消費への影響が危惧される。

3 中南米:外的要因により景気は鈍化傾向

国連中南米カリブ経済委員会による中南米・カリブ海地域の98年見通し(98年9月発表)によると,域内のGDP成長率は平均3%となっている(97年のGDP成長率は5,3%)。同見通しでは,アジア通貨・金融危機の影響について,98年の平均成長率を1~1.5%引き下げたという試算結果を示している。

ここでは,,メキシコ,ブラジル,アルゼンチンについてとり上げることとする(第1-2-14図)。

(1) メキシコ:原油価格低下により歳出削減

94年12月の通貨危機(ペソ暴落)後,緊縮的政策などにより景気は悪化したが,95年央以降ペソ安とアメリカの景気拡大に伴う輸出゛増や投資の増加などに支えられ急速に回復した(実質GDP成長率は,95年6.2%減,96年5.2%増,97年7.O%増)。97年の実質GDPを産業別にみると,輸出企業が多い製造業,国内投資の活発化に伴い増加した建設業などを中心に高い伸びを示した。98年に入り,実質GDP成長率は1~3月期前年同期比6.6%増,4~6月期同4.3%増と,景気の拡大テンポは鈍化している。また,97年末頃から原油価格の低下傾向の影響が経済にも現れ始め,歳入が減少したことから(97年の歳入に占める石油関連の割合は約36%),政府は3回にわたり,合計363億ペソ(98年当初GDP見込み額の1%相当)の歳出削減を行った。

財政収支(直接,間接に予算管理を受ける公的機関を含む)は,97年に246億ペソ(GDP比0.77%)の赤字となった。98年の財政赤字の見通しは,GDP比1.25%と想定されている。

消費者物価上昇率は,96年に34.4%の上昇となったが,金融・財政引締め政策や為替が安定的に推移したことから低下傾向となり,97年は20.6%となった。98年に入っても,物価の低下基調は続いており,98年4~6月期は前年同期比15.1%となった。

貿易収支は,95年から黒字となっでいたが,97年後半から赤字に転落している。これは,アメリカ向け輸出は増加する一方,原油価格低下により石油輸出が大幅に減少していること(98年4~6月期前年同期比31.5%減)などを反映し,輸出の伸びは全体として98年1-3月期同12.5%増,4~6月期同8.9%増とやや低下しているのに対し,輸入は依然として高い投資需要などにより,98年1~3月期同27.4%増,4~6月期同15.8%増と輸出を上回って増加していることによる。

金融市場をみると,日本を含むアジア経済への懸念に加え,ロシア経済の混乱などに伴う中南米市場の下落傾向は,メキシコにも影響を与えており,株価の下落率は,8月末の対前月末比で29.5%となった。また,為替の動向をみても,このようなメキシコ株式市場急落の影響を受け,ペソはドルに対し減価している。9月2日,メキシコ中央銀行はペソ安によるインフレ懸念が高まったため,通貨供給量を削減(民間銀行からの預託により,総額250億ペソを回収する予定)する金融引締め策に踏み切った。

(2) ブラジル:アジア通貨・金融危機,ロシア情勢の影響により景気は減速

94年7月のレアル・プラン(通貨レアルを対ドルで固定,財政緊縮など)の導入によりインフレは鎮靜化し,安定的な成長を続けていた(実質GDP成長率は95年4.2%増,96年2.8%増,97年3.2%増)。

しかし,97年7月のタイの通貨危機,10月の香港株式市場の下落に端を発した世界的な株価下落に際し,ブラジル中央銀行は10月末,政策金利を2倍に引き上げ,通貨価値防衛を図った。さらに,11月に工業製品税や個人所得税増税などによる歳入増加,及び財政支出抑制や公務員削減などによる歳出削減を柱とする51項目にわたる財政健全化措置を発表した。こうした措置により,市場の混乱はひとまず収拾された。

一方で,実質GDP成長率は98年1~3月期前年同期比0.9%増,4~6月期同1.5%増と国内景気は減速傾向を示しており,鉱工業生産も,98年1~3月期前年同期比0.0%の横ばいの後,4~6月期同0,2%増にとどまった。また,国内乗用車販売が97年11月以降前年同月比で2桁の減少(98年8月は12.O%減)を示すなど,耐久消費財を中心に消費の動向にも影響が現れた。さらに,失業率の上昇もみられ,97年平均は5.7%であったものが,98年3月と5月には8.2%となった。

金利引上げにより市場が落ち着いたことから,金融政策は,97年末より段階的な金融緩和に転じており,金利は6月にはほぼ引き上げ前の水準となった。

消費者物価上昇率はレアル・プラン実施後の低下傾向が続いており,97年は6.0%となった後,98年4~6月期も前年同期比4.5%と落ち着いている。

貿易収支は内需の拡大による輸入の増加により,96年7~9月期以降赤字を続けていたが,98年4~6月には,4億9,000万ドルの赤字と,赤字幅は大きく縮小した6.この要因は,国内景気の減速傾向を反映した輸入の減少に加え,価格低下によ9一次産品の輸出は伸びなかったものの,自動車を始めとする工業製品の輸出が好調だったことによる(98年4~6月期の一次産品輸出の前年同期比10.7%減に対し,工業製品は同10.2%増)。経常収支赤字は,97年に334億ドル(GDP比4.15%)であったが,98年8月(97年9月からの12か月累計)には324億ドル(GDP比4.09%)とわずかに縮小している。

財政収支は,利払いを含むオペレーショナル財政収支で,96年IGDP比3.8%の赤字,97年は同4.3%の赤字となった。一方,利払いを含まないプライマリー財政収支でみても,96年GDP比0.I[%の赤字,97年同0.9%の赤字と,赤字幅は拡大した。プライマリー財政収支の悪化は,社会保障費の支払増や投資的・経常的経費の増大による中央政府の収支悪化(96年GDP比0.4%の黒字から97年同0.3%の赤字)によるところが大きい。98年7月には,ブラジルの電信電話公社であるテレブラスの競売が行われ,最低入札価格を60%以上も上回る落札額となった。テレブラスを始めとする公営企業売却により政府が受け取る民営化収入の.うち,一部は債務の削減に充てられると考えられ,財政収支の改善が期待される。

ブラジルにおいても,ロシアのルーブル切下げやベネズエラの為替切下げ不安により,株価は大きく下落している。BOVESPA指数は8月末の対前月末比で39.6%下落した結果,98年9月には97年のアジア通貨・金融危機時を下回る水準となった。株式市場の混乱などを受け,9月8日に政府は,40億レアル(GDP比0.5%相当)の歳出削減の実施を発表したが,株式市場の下落は続いており,一時取引停止となる事態もみられた。中央銀行は,海外への資金流出に歯止めをかけるため,銀行貸出金利上限を29,75%から49,75%に引き上げた。

また,ブラジルに対する国際的な金融支援を行う動きもみられ,IMFなどが総額200億ドルを上回る緊急支援を検討している。

(3) アルゼンチン:景気拡大が続く中,貿易収支は赤字基調

アルゼンチンは,メキシコ通貨危機の影響を最も強く受けた国であるといわれ,95年には景気が悪化したが,96年は投資を中心として回復し,97年も内需主導の高い成長を続けた(実質GDP成長率は95年4.4%減,96年4.4%増,97年8.4%増)。98年1~3月期の実質GDP成長率は前年同期比7.4%増となり,アジア通貨・金融危機の影響はそれほどみられていない。しかし,4~6月期は同6.9%増と景気拡大テンポはやや緩やかに7なっており,主要な貿易相手国であるブラジルの景気減速や世界需要の低迷による輸出の減少などから,今後は経済成長の鈍化も予想されている。

消費者物価上昇率は,固定相場制(1ペソ=1ドル)の下,96年0.2%,97年0.3%と低水準で推移してお.り,需要増加による物価上昇圧力の高まりはみられない。98年に入っても,1~3月期前年同期比0.6%,4~6月期同1.2%と,極めて安定している。

貿易収支の動向をみると,輸出は一次産品の価格低迷,ブラジルの景気減速傾向などにより98年4~6月期前年同期比5.5%増にとどまった。一方,輸入は活発な国内投資の拡大により,資本財中心に98年4~6月期同9.1%増となった。この結果,98年1~6月期の貿易収支は23億ドルの赤字と,前年同期に比べ12億ドル悪化した。また,経常収支赤字は96年の38億ドル(GDP比1.3%)から,97年には95億ドル(GDP比2.9%)と大幅に悪化した。さらに,98年1~6月期も57億ドルの赤字となり,貿易収支とともに赤字拡大が懸念される。なお,世界銀行によれば,96年の対外債務残高は938億ドル(GDP比31.6%),対外債務残高に占める短期債務残高の比率は,13.0%となっている。

財政収支(民営化収入を除く)は,97年は45億ペソ(GDP比1.4%),98年1~3月期は12億ペソの赤字となった。また,公的債務残高は,97年末で994億ペソ(GI)P比32.3%)と高水準にある。

98年2月1こはIMFにより期間3年,28億ドルの融資計画が承認されており,同計画の下で財政赤字の削減,経常赤字・貿易赤字の上限設定,税制改革,労働市場改革などに取り組んでいくこととなった。

アルゼンチンにおいても,他の中南米諸国同様,このところ株価は大きく下落しており,MERVAL指数は8月末の対前月末比で,39.1%の下落となった。このような情勢を受け,上記IMFからの融資枠に加え,世界銀行や米州開発銀行との間で融資交渉を行い,資金調達を図ることとしている。

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