平成8年
年次世界経済報告
構造改革がもたらす活力ある経済
平成8年12月13日
経済企画庁
第3章 アメリカ労働市場のダイナミズム
アメリカでは,80年代に貨金格差が犬きく拡大し,90年代に入ってからもその傾向は続いている。80年代以降の賃金格差の拡大は,①学歴の違いによる賃金格差,②経験の違いによる賃金格差,③同じカテゴリー内(性別など属性別に細かく分類した労働者のグループ)での賃金格差,で大きく現れているが,男女間格差は逆に縮小している。
アメリカの賃金格差の動向及び水準を他のOECD諸国と比較してみよう。各国の賃金分布において,賃金が上位10%のところにある労働者と,賃金が下位10%のところの労働者の賃金格差(D9/Dl)の推移をみると,アメリカでは79年から88年にかけて格差は拡大し,その後一時的に格差は縮小したものの91年以降再び拡大している。また,イギリスでは,79年以降格差は拡大を続けているが,アメリカに比べると格差拡大のテンポは緩やかなものとなっている。一方,フランス,スウェーデ゛ンでは格差はほぼ横ばいで推移しており,ドイツでは84年以降格差は縮小傾向にある(第3-2-1図)。
次に,各国の賃金格差の水準を比較すると,アメリカ,イギリスなどでD9/Dlが大きくなっていることが分かる。格差がもっとも大きいアメリカのD9/Dlは,もっとも格差が小さいノルウェーのそれの2倍以上になっている。
また,ドイツやスウェーデンなどの北欧諸国のD9/Dlは非常に小さくなっている。
学歴別の賃金格差をみると,一般的に学歴が高くなればなるほど収入も高くなるが,アメリカ,イギリスなどではその傾向が強く,学歴による賃金格差が大きくなっている。特に,アメリカでは,他の国に比べ高校卒の労働者と中卒以下の労働者の賃金格差が非常に大きくなっているのが特徴である (第3-2-2図)。
こうしたアメリカの賃金構造に変化をもたらした要因としては,①技術革新や輸入の増加などにより労働需要が高技術者へ相対的にシフトしたこと,②労働組合による賃金決定方式や賃金水準を保障する制度(最低賃金,失業保険給付)などの変化,が挙げられる。
ここではまず賃金格差の動向を性別,学歴別,経験別にみた後,労働者の属性別にみた供給の変化や労働需要の産業間・産業内での相対的な変化がどのように賃金格差に影響したのかを検討する。また,賃金格差や労働需要の変化に,技術革新の進展,製品輸入の増加,移民の増加が,どのような影響を及ぼしたのかを検討する。
アメリカ労働省の個票データを下にフルタイム労働者を様々なカテゴリーに分類し,カテゴリーごとの実質週当り賃金の相対変化(平均賃金に対する乖離率の変化)をみると (第3-2-3表),男女別では,1970年代から一貫して男性が低下(上方からの乖離幅の縮小)し,女性は上昇(下方からの乖離幅の縮小)している。また,教育年数の違いによる実質賃金の相対変化は,教育年数の長い階層で80年代から上昇(上方への乖離幅の拡大)しつつある。次に,人種別では,白人で低下し,黒人で上昇しており,その格差は縮小しつつある。人種別,性別を合わせてみると,高い賃金を得ていた白人男性は70年代から一貫して実質賃金が相対的に低下(上方からの乖離幅の縮小)しており,黒人男性では70年代に大きく上昇(下方からの乖離幅の縮小)した後はほぼ横ばいとなっている。一方,白人女性,黒人女性はともに上昇しているものの,黒人女性の上昇が著しい。男女間,人種間では賃金格差は縮小する方向にあるが,学歴の違いによる賃金格差は拡大の方向にあることが分かる。
まず,性別による賃金格差をみると(第3-2-4図①),70年代には女性の賃金は男性の約半分強であったものが,80年代には大幅に上昇し,最近では男性の70%程度の水準となっている。性別による賃金格差の動きを学歴別にみると (前掲第3-2-4図①),高校卒,大学卒ともに同じような動きを示しているが,女性の相対賃金は大学卒の場合70年代から上昇がみられるのに対し,高校卒では80年代に急上昇し,最近では大学卒,高校卒ともにほぼ同じ水準となっている。次に学歴別にみると (前掲第3-2-3表),70年代では高校卒(教育年数12年)以下の相対賃金が上昇し,短大卒(大学中退を含む教育年数13~15年)以上での相対賃金が低下している。しかし,80年代以降は高校卒以下,特に高校中退以下(教育年数11年以下)での相対賃金の低下が著しく,大学卒以上(教育年数16年以上)の相対賃金が大幅に増加しでいる。90年代に入っても基本的な構造は変わっていないが,短大卒の相対賃金は低下に転じている。この学歴の違いによる賃金格差の動き(大学卒と高校卒の賃金比率)を性別にみると (第3-2-4図②),男女とも70年代に賃金格差が多少縮小したが,その後拡大に転じ,95年には1.7倍程度になっでいる。また,全期間を通じて女性の方が男性より学歴別賃金格差が大きいことが分かる。
経験別の賃金格差では(前掲第3-2-3表),就業経験5年以下の層の相対賃金が70年代から最近まで一貫して低下してきている。一方,就業経験26~35年の層では70年代,80年代と相対賃金を高めてきたが,90年代に入ると伸びが止まっている。就業経験と学歴を組み合わせてみると,全期間を通じた場合には高校卒以上の学歴においては,経験年数の長い階層で相対賃金の上昇がみられる。高校中退以下においても,経験年数に関係なく相対賃金は低下しているものの,経験年数の長い方が小幅な低下にとどまっている。より細かくみると,80年代では経験年数の長い階層は短大卒以上の,経験年数の短い階層では大学卒以上の相対賃金が大きく上昇しているが,90年代には経験年数の長い大学卒以上だけが相対賃金を上昇させている。
就業経験でみた学歴別賃金格差を大学卒と高校卒との賃金比率でみると (第3-2-4図③),70年代に学歴別賃金格差は縮小するものの,その後次第に拡大し95年には1.75倍程度となっている。就業経験の違いでは80年代に5年以下の就業経験の層において賃金格差が急拡大している。学歴別でみた就業経験による賃金格差を,就業年数の違いによる賃金比率でみると(第3-2-4図④),70年代から一貫して経験年数の長い階層の相対賃金が上昇しており,高校卒での格差は大学卒に比べ大きなものとなっている。
これまでみてきたように,過去25年間においてアメリカの性別,学歴別,経験別,人種別の相対賃金は大きく変動しており,特に学歴別でみた場合の賃金格差が拡がっていることが分かる。こうした相対的な賃金の変化は,労働の供給側,需要側のどちらの要因で生じたのであろうか。ここではまず供給側の要因の変化をみることとし,性別,学歴別,経験別の相対的な労働供給の変化について検討する。
総労働供給に占めるカテゴリー別のシェアの変化で相対的な労働供給の変化をみると (第3-2-5表),性別では女性のシェアが1970年から最近まで上昇してきており,女性の労働供給が相対的に増加していることが分かる。特に80年代における女性の供給増加は大きなものがある。また,学歴別には高校卒以下でシェアが低下しており,短大卒以上が供給を相対的に増加させている。より詳しくみると70年代にはシェア自体の変動が大きく,高校中退以下から大学卒以上へとシェアがシフトしている。80年代以降はシェアの変動自体が小さくなり,その中で80年代には70年代と同様の傾向がみられるが,90年代に入ると高校卒から短大卒ヘシェアがシフトしている。
全期間を通してみると,前述したように,高学歴者と女性の相対的な賃金が上昇していることと,この労働供給の相対的な変化は一致した動きを示している。すなわち,供給の相対的な増加は賃金の低下を引き起こしていない。しかし,各時代に分けてみると,70年代には学歴別での賃金の動きは労働供給の動きとは逆になっており,供給の増加が相対賃金の低下を招いている。80年代以降はおおむね学歴別にみた相対的賃金と供給の変化の方向は一致したものとなっているが,90年代では供給の高まった短大卒での賃金の減少がみられている。
このことは70年代にはベビーブーマー世代の労働市場への参入から,全体に労働供給が増加し,そのうち短大卒以上のシェアの急速な上昇がその階層の賃金決定(相対賃金の下落)に大きな影響を及ぼしたものと考えられる。しかし,80年代は労働市場への新規供給の伸びが鈍化する中,短大卒以上でシェアが小幅ではあるが拡大したにもかかわらず,この階層の賃金は上昇している。
これは,経済構造の変化や技術革新から高学歴層への需要が増加したためといえる。90年代には,引き続き高校卒以下での賃金は下落しているが,短大卒以上では,短大卒の賃金が相対的に低下しているのに対し,大学卒以上の賃金は上昇を続けている。労働供給のシェアの変化をみると,短大卒以上の2つの階層ではともにシェアを拡大しているが,そのテンポは短大卒で速い。供給側では大学卒以上の労働供給の拡大が相対的に鈍る中で,より高度な教育水準の労働者を需要側が求めた結果,大学卒以上の階層において相対賃金が上昇したものと考えられる。
大学卒以上の高学歴者の相対的な賃金上昇を大卒プレミアムとして捉えると,70年代は供給の急増からプレミアムは低下し,80年代以降は高学歴者に対する需要が強まる中で,人口要因などから供給の伸びが鈍化したことが大卒プレミアムの上昇をもたらしたといえる。
次に,就業経験年数の違いによる労働供給の変化を同様にシェアの変化でみると(前掲第3-2-5表),70年代にはベビーブーマー世代の労働市場への参入から未熟練労働者のシェアが上昇しているが,80年代以降は低下し,ベビーブーマー世代の高齢化に伴い職歴が相対的に長い層のシェアが拡大している。この相対的な労働供給の変化と実質賃金の動きを合わせてみると,経験年数の短い層での実質賃金は70年代から一貫して低下している。これは,経験年数の短い層の労働供給が70年代では増加,80年代以降は滅少という動きであったにもかかわらず,労働需要が経験年数の長い層ヘシフトしたことが大きな要因として考えられる。一方,経験年数の長い層では70,80年代とも実質賃金は上昇し,80年代の伸びは大きい。しかし,90年代に入ると経験年数の長い階層の供給の増加から実質賃金は伸び悩んでいるが,ここでも大学卒以上では実質賃金は上昇しており,大卒プレミアムをみることができる。
これまでみたように労働供給の変化は,時期によっては賃金変動,賃金格差にも影響を及ぽしてきたといえる。そこで個票データを性別,学歴別,就業経験別に64のカテゴリーに分類し,相対的な労働供給の変化と相対賃金の変化との関係をみると(第3-2-6表上段及び 付図3-2-2),既にみてきた通り,70年代には労働供給の相対的増加が賃金を引き下げる関係にあるが,他の時期においてはこうした関係をみることができない。
ここで観測されている労働供給の動きは事後的なものであり,労働需要の動きに見合ったものとなっている。そこでトレンドを除去することで労働需要増大に伴う賃金上昇の要因を除くと (第3-2-6表下段),全での期間において労働供給と賃金は負の関係にある,つまり相対的な労働供給の増加はそのカテゴリーの労働者の実質賃金を低下させる関係が示されている。労働供給の変化も,供給の増加した学歴や職歴の賃金の相対的な低下を通じ,賃金格差にある程度影響を与えているといえる。
労働供給の変化が,賃金格差に及ぼす影響は大きなものではないことから,労働需要の変化が賃金格差拡大の大きな要因として指摘できる。労働需要の変化をみる場合,①産業構造の変化(産業間のウェイトの変化)によるものが,②同じ産業内でも資源配分比率の変化によるものか,に分けて考える必要がある。産業構造の変化に伴う労働需要の変化は,いわゆるサービス経済化といわれるマクロ的な需要構造の変化に伴う産業構成の変化,技術進歩の進展の差違による産業の盛衰,国際貿易による国内産業の変化などに基づく労働需要の変化であり,同一産業内での労働需要の変化は,特定生産要素を多く使用するような技術進歩の進展や生産要素の相対価格が大きく変化し,投入構造が変化することによって生じる労働需要の変化ということができる。
雇用者数の相対的な変化をみることで労働需要の変化をみることができる。そこで,性別・学歴別に産業別の雇用者シェアをみると(第3-2-7表),男性では高校中退以下の学歴は製造業雇用者に多く,約35%に及んでいる。さらに製造業の中ではロー・テクノロジー,ベーシック・テクノロジーといった比較的技術水準の低い部門での雇用シェアが高い。製造業における雇用のシェアは学歴の上昇とともに低下し,大学卒以上では20%となっている。これと同様の傾向は建設業,農林水産業及び鉱業においてもみることができる。医療・企業サービスではこれとは逆の動きがみられ,大学卒以上の雇用シェアが約30%を占めているに対し,高校中退以下では6%程度にとどまっている。また,教育及び社会福祉において大学卒以上で約16%と高いシェアとなっているほがは,学歴の違いによる産業別雇用者のシェアには大きな違いはみられない。
次に,女性についてみると,やはり高校中退以下の学歴の約40%が製造業で雇用されており,学歴の上昇とともにそのシェアは低下している。医療・企業サービスでは高校卒以上の学歴での雇用が多く,30%を超えるシェアとなっている。また,大学卒以上の学歴で教育及び社会福祉での雇用シェアが上昇しているのは男性と同様であるが,約40%と非常に高いものとなっている。男性,女性とも学歴の上昇とともにサービス業のシェアが高まっている。
職種別の雇用シェアについてみると,男性では高校中退以下の約90%,高校卒の約70%が生産・サービス労働者であるのに対し,大学卒以上では70%以上が専門家・技術者・経営者となっている。また,女性でも高校中退以下では約70%が生産・サービス労働者であり,大学卒以上の約80%が専門家・技術者・経営者という傾向に変化はないが,高校卒,短大卒の50%以上が販売員及び事務員となっており男性より高い比率となっている。
1970~95年の産業別・職種別雇用シェアの変化についてみると(第3-2-8表),産業別には製造業で,中でもベーシックでの雇用シェアが大きく低下しているのに対し,医療・企業サービスが大きくシェアを伸ばしている。この他の雇用シェアの動きをみると,農林水産業及び鉱業,建設業,公的部門でシェアがわずかではあるが低下しているのに対し,小売業などその他のサービス産業での雇用シェアが高まっており,労働需要がサービス産業ヘシフトしていることをうかがわせる。
次に職種別に雇用シェアをみると,専門家・技術者・経営者のシェアが大きく上昇しているのに対し,生産・サービス労働者でシェアが大きく低下している。シェアを拡大させている職種には高学歴者,女性の雇用シェアが高く,またシェアを低下させている職種では低学歴者,男性の雇用シェアが高い。産業別・職種別のシェアの変化から,高学歴者や女性に対する需要が相対的に増加していると考えられる。
労働需要の変化をみるために,相対賃金が変化しないと仮定した場合の労働需要の変化を産業間と産業内とに分けてみる(第3-2-9表)。まず,50産業×3職種の150カテゴリーに分け,カテゴリーごとの労働需要の変化が学歴別労働需要に与える影響についてみると,70年代から一貫して男性では大学卒以上,女性では短大卒以上の需要が相対的に増加しており,男女間では女性の需要が高まっている。次に,50産業での学歴別の労働需要の変化についてみると,男性では大学卒以上,女性では高校卒以上の需要が高まっており,ここでも女性の需要は高まっている。
全体の学歴別労働需要(150カテゴリー)の変化から産業間の学歴別労働需要(50カテゴリー)の変化を除いたものを産業内労働需要の変化とすると,これは同一産業内での職種別労働需要の変化をあらわすことになる。これを学歴別にみると,男性では大学卒以上への需要シフトが大きく,また,産業間よりも産業内での方がシフトが大きくなっている。しかし,女性でも同様に大学卒以上で需要が増加しているが,産業間のシフトの方が産業内よりも大きくなっている。
産業間での労働需要のシフトは,産業構造が製造業からサービス産業へ転換してきていることに対応して生じており,男性における低学歴層への相対的な需要の減少,女性への需要増加となって現れている。一方,高学歴の男性にみられる産業内労働需要の高まりは,情報化の進展や研究開発投資の拡大などの影響によるものといえる。
近年,情報通信化をはじめとした技術進歩には著しいものがある。こうした技術進歩は労働需要や賃金決定にどのような影響を及ぼしたのだろうか。経済社会の高度化,技術進歩の高まりとともに労働需要が高学歴者へとシフトし,高学歴者の相対的な賃金が上昇してきたことは既にみてきたところである。この関係からは労働需要における技術志向へのシフトが高学歴者への需要を増し,その相対的な賃金を引き上げたということができる。ここでは技術水準の変化と賃金の関係をより直接的にみていくことにする。
技術革新の最近の成果は情報通信化などのハイテク分野で生じており,産業ごとのハイテク資本比率の推移をみることで産業の技術革新の導入の度合をみることができる (付表3-2-4)。ハイテク資本比率は,技術革新が急速に進んだ80年代にほぼすべての産業で上昇している。特に,製造業では産業機械,電気機械,精密機械や化学製品といった産業で大きく伸びており,サービス産業では通信業,卸売業,銀行業,ビジネスサービスやヘルスサービスにおいて著しく上昇している。製造業とサービス業を比べてみるとサービス業においてハイテク投資が積極的に行われている。この傾向は90年代に入るとさらに強くなっている。次に,ハイテクの中でもコンピュータに着目して資本に占めるコンピュータの割合をみると,ハイテク資本比率とほぼ同じ傾向をみることができ,ここでもサービス業においてコンピュータの資本比率が高い。
研究開発投資の産業別動向をみると(ただし,研究開発投資のデ一夕は産業別の分類が粗くサービス業が含まれていないため,産業別に研究者・技術者比率を用いる)(前掲付表3-2-4),製造業では,産業機械,自動車,精密機械,化学製品や石油石炭で大きく増加し,サービス業では通信,電気ガスやビジネスサービスで増加が著しい。
学歴プレミアム(学歴の上昇が賃金を上昇させる効果)の変化をみると (付表3-2-5),70~80年ではそれ程変化を示していないが,80~90年では全ての産業で急速に上昇している。80年代に大きく学歴プレミアムが上昇した産業をみると,製造業では機械類,自動車,衣料品,化学製品,石油石炭などで,サービス業では通信,卸売業,銀行業,ビジネスサービスなどとなっている。この学歴プレミアムを大きく上昇させている産業は,先にみた技術革新に積極的に取り組んでいる産業とほぼ見合っている。学歴プレミアムと研究開発投資比率,ハイテク資本比率及びコンピュータ資本比率との関係をみると (第3-2-10表),いずれの比率の上昇も学歴プレミアムを引き上げるという結果が得られる。このことは設備投資において技術革新に積極的に取り組んでいる産業においては,高学歴労働者に対する需要が強く相対的に高い賃金を支払って求人していることを意味し,技術革新の進展が賃金格差を拡大する方向に働いている。
コンピュータの使用状況をみると(第3-2-11表),業務にコンピュータを使用している労働者の比率は,84年には17%であったが,89年には28%,93年には34%と時間の経過とともに増加し,9年間で2倍となっている。これを性別,学歴別,年齢別,職業別にみると,性別では,男性,女性とも84年からの9年間で使用比率は2倍となっている。特に女性の使用比率が高く,この3時点のいずれにおいても男性のほぼ2倍の水準となっている。これは,秘書,事務職など女性の就業比率の高い職種でコンピュータが多く使用されているためと考えられる。人種別にみると白人の使用比率が黒人に比べ3時点とも高くなっているが,84年からの推移をみると9年間で白人,黒人とも使用比率は2倍となっている。
学歴別では,どの時点においても学歴が高まるにつれコンピュータ使用比率は高くなっている。高校中退以下はどの時点でも3%前後の使用比率にとどまっているが,それ以上の学歴では時間とともに使用比率が上昇し,特に大学卒以上では93年には約60%がコンピュータを使用している。
また,年齢別では3時点とも25~39歳層のコンピュータ使用比率が一番高くなっているが,89,93年においては18~24歳層よりも40~54歳層の方が使用比率が高い。これは低学歴層(高校中退以下)での低い使用比率が大きく影響しているが,中高年層の旺盛な新しい技術獲得意欲もうかがわれる。
最後にホワイトカラー,ブルーカラーといった職種別にみると,どの時点でもホワイトカラーの使用比率が圧倒的に高い。93年にはホワイトカラーの約半分がコンピュータを使用しているのに対し,ブルーカラーでは約15%にとどまっている。しかし,ブルーカラーの使用比率もこの9年間で2倍半の伸びとなっており,すべての職種でコンピュータ使用比率が高まっている。
労働者のこうしたコンピュータ使用比率の高まり,言い換えるならば,コンピュータ使用可能な労働者への需要の増加は,賃金の動向にどのような影響を与えたのだろうか。賃金決定に及ぼすコンピュータ使用の有無の影響をみてみると(付表3-2-8),コンピュータ使用可能な労働者が約20%程度高い時間当たり賃金を得ていることが分かる。情報技術革新によるコンピュータの各産業,各職種での利用は,コンピュータ使用可能な労働者に対する需要を増加させ,そうした労働者の賃金を相対的に高いものとした。この結果,コンピュータの使用比率からも分かるように,コンピュータに代表されるような技術革新は高学歴労働者の相対的な賃金を引き上げ,賃金格差の拡大の要因となっている。
アメリカでは,80年代,ドル高,景気拡大などによる自動車,消費財,資本財の輸入の急増が,貿易赤字を大きく拡大させるとともに,雇用機会を奪うものとして議論されることが少なくなかった。また,近年,新興経済地域から急増する低廉な製品輸入は,労働基準を満たしていない劣悪な労働環境の下で安い賃金で生産されたものであり,労働基準を満たした比較的良好な労働条件の下で生産を行っている先進国の競合製造業を圧迫し,雇用機会を奪い,賃金格差の拡大の一因となっている,といういわゆる「貿易と労働基準」の問題が,アメリカを中心に議論されることが多い。ここでは製品輸入の増加がアメリカの労働市場にどのような影響を及ぼしているのかについて検討する。
アメリカの輸入の増加を産業別に国内生産に対する割合でみると (第3-2-12表),70年には国内生産の10%以上を輸入している産業は,自動車,玩具等にすぎなかった。80年になるとこれらの産業の輸入割合は20%を超え,新たに一次金属,電気機械,カメラ・時計,衣料品が10%を超え,輸入依存度を高めている。90年になると,玩具等が約55%,自動車,衣料品が約36%と輸入割合を更に高め,機械類でも20%を超えるなどほとんどの産業で輸入依存度が高まっている。
では,こうした国内生産に対する輸入割合の上昇は労働需要にどのような影響を及ぼしたのだろうか。まず,生産の滅少による雇用への影響はホワイトカラー,ブルーカラーという職種に関係なく一様に働くと仮定して,性別・学歴別に労働需要の影響を70~90年の20年間の変化でみると (第3-2-13表上段),女性は短大卒以下の学歴で,特に高校中退以下での需要の減少が著しいのに対し,男性はほぼ全ての学歴で影響はみられていない。わずかに80~90年において短大卒で微減となっている程度である。女性,しがも低学歴層においてマイナスの影響が大きいのは,この階層が製造業でも相対的に低い技術分野への就業割合が高く (前掲第3-2-7表),輸入品増加の影響を受けやすいためといえる。
次に,輸入による生産滅少の影響が生産部門従事者であるブルーカラーにのみ現れると仮定し,同様に70~90年の20年間の影響をみると(第3-2-13表下側),男性,女性ともに高校卒以下で労働需要の減少がみられ,特に女性の高校中退以下での影響が大きい。低学歴層は男性でも製造業の比較的技術水準の低い分野への生産労働就業割合が高く,女性と同様の結果となる。これは輸入増加の影響が全て生産労働者への需要の変化と仮定した結果であり,いわば最大限の効果をみたということができる。70年代からの製品輸入の増加は,製造業の低技術労働者に対する需要を,特に女性への労働需要を多少滅少させたと指摘できる。しかし,産業構造の変化や輸出の増加といった就業構造に大きく影響を及ぼす要因を考慮していないことから,この効果は限界的なものであり,製品輸入の増加が労働需要の変化や賃金格差拡大の大きな要因とは考えにくい。
アメリカの労働市場には移民の参入が多く,特に,80年代後半にはメキシコからの移民の流入は急増しており,労働供給に大きく影響したと考えられる。移民の推移をみると (第3-2-14表),70年には37万人であったものが,85年にはアジア系移民の増加により57万人となり,90年にはメキシコ移民の急増から150万人となっている。これを出生地別にみると,70年には北アメリカがら13万人,ヨーロッパから12万人,アジアから9万人とこの3地域がほぼ拮抗していたが,85年にはヨーロッパからの移民は減少したものの,北アメリカ,アジアからは増加を続け,特にアジアからの増加が著しかった。90年にはヨーロッパからも再び増加に転じ,アジアからも増加を続けているが,増加の大半は北アメリカからとなり,特にメキシコからの移民が約70万人と急増している。
次に,移民の就業状況をみると,就業できない移民の割合は70年,85年とも約60%と横ばいであったが,95年には移民数の急増にもかかわらず約40%にまで低下している。また,職種別にみると,70年には専門家の割合が最も高いが,85年には操作員,製作者,工夫やサービス業が専門家を上回った。90年にはこの傾向が一層強められるとともに,農林水産業の就業が増加している。
さらに,移民の増加がどの学歴層の供給の増加となったのかをアメリカの労働者に占める割合でみると (付表3-2-10),90年には高校中退以下で20%となっており,高校卒,短大卒の7%,大学卒以上の10%に比べて高い割合となっている。しかし,アメリカ以外で教育を受けた場合など,その学歴に見合った職業に就けない可能性があることから,流入してきた移民の職業を用いてその学歴別労働需要に与える影響をみると(第3-2-15表),低学歴層の,特に男性の労働需要を減少させる効果があったことが分がる。またその効果は,70~85年より85~90年の方が大きくなっており,ここでも,80年代後半のメキシコを始めとした途上国移民の急増や男性の就労比率が高い(移民は家族を連れて来るため)などの傾向が現れている。しかし,92年以降は移民の流入に対し上限規制が設定されていることから,メキシコを始め途上国からの移民が急減しており,現在では移民が労働需要に与える影響は小さくなっていると考えられる。