平成8年

年次世界経済報告

構造改革がもたらす活力ある経済

平成8年12月13日

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

第2章 公的部門の役割の見直し

第5節 高齢化に向けた先進各国の取組

第1節で見たように,先進各国では,今後高齢化に伴って政府の年金支出,医療支出などの膨張が懸念されている。これに対処するため,多くの国では,社会保障制度における構造的な改革が進められている。社会保障制度の改革においては,市場原理を活用する政策がみられる一方,高齢者の増加に伴う社会的な負担を社会全体でどう分担していくかという観点も重要になっている。

1 先進各国の医療制度改革の動向

多くの先進国では,医療支出が増大しており,今後も増大が続くと予想されている(第2-5-1図)。こうした状況を踏まえて,多くの国で医療制度改革が進められている。次項で見る年金制度改革においては,高齢者の生活を保障するための負担をいかに分担していくか(政府と民間で,世代間で,世代内で,など)が焦点となっているのに対して,医療制度改革の場合には,経済全体での医療費負担そのものを抑制することにより,一般政府の医療支出を間接的に抑制するという点に政策の重点が置かれている。医療費負担を抑制するにあたっては,第4節で見たような,市場の競争原理を促進する政策が,医療の分野でも見受けられるようになってきている。

(1)国によって大きく異なる医療保障制度

先進各国の医療保障制度は,国によって大きく異なっている(第2-5-2表)。

イギリス,イタリア,ニュージーランドなどでは,一般財源によって医療サービスの現物給付が行われており(保健サービス方式),公的医療保険制度は存在しない。日本と同様に公的医療保険制度のある国でも,国民皆保険が実現されている国は少ない。アメリカでは,公的医療保険としては,高齢者などを対象とする医療保険(メディケア)が存在するだけであり,メディケア対象外の者が医療保険に加入しようとする場合には,民間保険会社の提供する医療保険を購入することになる。ドイツにおいても,自営業者や公務員などが公的な医療保険への加入義務を免除されているため,国民皆保険とはなっていない。

(2)医療支出増大の要因

医療支出のGDP比を見てみると,福祉国家のあり方が問い直され始めた70年代後半以降も,なお増大を続けている。この要因としては,①高齢化によって,医療ニーズの高い高齢者の割合が増えたことの他に,②医療サービスの需給に市場メカニズムが働きにくいため,必要以上の量の医療サービスが供給されたり,サービスの単価が抑制されにくいことが挙げられる。

医療サービスの需給に市場原理が働きにくい理由としては,次の2点が挙げられる。第一に,医療サービスの需要者・供給者のいずれにも,医療支出を抑制しようとするインセンティブが働きにくい。需要者(患者)は,医療対価の大部分が保険や政府財政から支払われるので,高額または過剰な医療サービスを処方されても負担感が小さく,供給者(医師・病院など)も,診療報酬の支払い方式が出来高払い制となっている場合には,診療すればしただけの対価が支払われることが事前に約束されるため,高額または過剰な医療サービスを処方しがちである。第二に,医療サービスの需要者と供給者の間に情報の非対称性が存在する(例えば,患者は,自分の処方される医療サービスが優れたものかどうか,判断しにくい)ため,医療サービスの供給者が,需要者から比較,選別されるという状況にさらされていない。

(3)先進各国における最近の医療制度改革

医療費を抑制しようとする各国の取組は,いくつかの類型に整理できる (第2-5-3表)。ここでは,様々な医療制度改革の事例と,それぞれの問題点などを検討する。

1)患者負担の引上げ

これは,医療サービスの需要者である患者の負担を増やすことによって,患者のコスト意識を高め,政府の医療支出を抑制しようとする政策である。医療費の負担方法を変えることにより,世代間,世代内の医療費負担のあり方を見直すことにもなる。患者負担を増やす政策には,医療サービスの利用について,患者の自己負担を導入あるいは引き上げる政策(cost sharing)や,特定の医療サービスを医療保障の対象からはずす政策(de1isting)などがある。

2)医療供給能力の規制

ドイツやフランスなどでは,医師や病床の数を抑制することによって医療費を抑制しようとする政策が採られている。経済学的に考えると,供給が過剰になれば価格が下がるはずであるが,医療サービス市場においては,「供給が需要を生む」といわれることもあるように,過剰な医療供給能力を抱えた医療機関が過剰な検査や治療を行っても,患者側にコスト感覚が乏しいため,これらの医療機関が淘汰されにくくなっている。そこで,多くの国は,供給能力を抑制することによって,過剰検査や過剰治療を抑制し,医療費を抑制しようとしてきた。ただし,アメリカでは,74年に実施された病床規制が86年には廃止されている。

3)診療報酬体系の見直し

これは,医療サービスの供給者である医師や病院の診療報酬に一定の上限を設けることによって,コスト削減のインセンティブを与え,医療費を抑制しようとする政策であり,具体的には,①出来高払い制(feeforservice)から定額払い制(capitation system)への移行,②病院予算制度の導入,③医療費伸び率の上限設定などがある。なお,諸外国の公的医療保障においては,病院と開業医とで異なる診療報酬体系が適用されており,両者を区別していない日本の公的医療保険とは大きな違いがあることに注意する必要がある。

アメリカのメディケアの入院保険(パートA)では,入院患者を,数百にわたる疾病分類(DRG:Diagnostic Related Groups)のいずれかに分類し,実際の入院日数や処方された医療サービスの多寡に関係なく,各分類ごとにあらかじめ定められた診療報酬を病院に支払う方式(PPS:Prospective Payment System)が83年に導入された。

ドイツの公的医療保険では,まず病院については,かつて入院患者1人1日あたり定額の入院療養費を病院に支払う「入院療養費日額制度」が採られていたが,92年に成立した医療構造法に基づき,96年からは,アメリカのPPSに類似した方式に移行し,かつ,技術的に高度な医療行為については別途個別に評価されることになった。なお,開業医については,疾病金庫(日本の健康保険組合にほぼ相当)の連合会から保険医の協会に診療報酬があらかじめ一括して支払われ,この診療報酬総額の中で,保険医協会が各保険医に診療報酬を配分する制度が,78年から採用されている。92年の医療構造法では,病院に対する診療報酬と,保険医協会に対する診療報酬総額の伸び率を,93年~95年の間,賃金上昇率以下に規制することが決定された。

フランスでは,公的病院について,年間予算総額をあらかじめ限定することによって病院に医療費抑制インセンティブを与える政策が84年に導入された。

また,出来高払い制となっている開業医の診療報酬についても,開業医団体と医療保険者との間で毎年締結される医療行為ごとの診療報酬協約における診療報酬全体の伸び率を規制することが,92年に決定された。さらに,95年11月にジュペ首相が発表した社会保障改革案では,96年以降,病院・開業医ともに,診療報酬の上昇率を物価上昇率以下とする目標が提示された。

4)医療制度への競争原理導入

上で見てきたような医療制度改革は,確かに医療費を抑制する効果を持つと考えられる。しかし,一方では,医療提供機関がコストを切り詰めようとするあまり,必要な医療サービスが供給されなくなったり,医療サービスの質が低下したりする可能性も考えられる。こうした背景から,医療制度の中に競争原理を働かせることによって,医療サービスの質を維持しながら医療価格を抑制しようとする政策が注目されつつある。具体的には,医療費を支払う者(保険者や国)に医療機関を選別させるシステムが拡がっている。日本では,公的医療保険の適用対象となる医療機関は都道府県知事によって指定されるが,幾つかの先進国では,医療費を支払う者に契約医療機関を選択させ,医療サービスを,専門知識を持つ医療費支払い者の選別の目にさらすことにより,医療機関相互の競争が促されている。

(ニュージーランドの93年医療制度改革)

ニュージーランドでは,かつては,各地域ごとに設置された「地域保健委員会」と呼ばれる保健省管轄の公的機関が,公立病院を所有,運営し,地域住民に対して医療サービスを提供していた。93年の医療制度改革では,この地域保健委員会を,①公立病院を所有,運営する公的企業である国立保健機構と,②それぞれの公立病院に予算を割り当てる地方保健局とに分割することにより,病院間の競争促進が図られた。地方保健局は,公立病院や私立病院などに予算を与え,病院側は,その病院を訪れた住民に対して,一定範囲の医療サービスを提供することを約束する。地方保健局が各病院に予算を与えるにあたっては,各病院の医療サービスの価格と質が調査比較されるため,それぞれの公立病院は,他の公立病院や私立病院と競争を強いられることになった。この改革の後,比較的緊急度の低い外科手術などにおいて,価格と質の両面ですでに改善がみられている。ただし,ウェイティング・リストと呼ばれる公立病院の長期手術待ち患者の問題が社会問題として残っている。

ニュージーランドのように,政府が公立病院を通じて一般財源で医療サービスを提供している国では,公的部門の中に,医療サービスを供給する機関とこれを購入する機関とが対立する状況(内部市場)を意図的に作りだす手法が多くみられる。90年のイギリスのNHS(National Health Service)改革や,スウェーデンにおいて一部の県で95年がら実施されているストックホルム・モデルでも,内部市場が活用されている。もっとも,これら3つの国の医療保障は,いずれも社会保険ではなく,一般税収で賄われているため,日本などの公的医療保険とは,根本的に制度が異なっている。そこで次に,医療保険制度を持つアメリカやドイツなどにおいて,医療の分野にどのように競争原理が導入されているかを見てみよう。

(アメリカの競争的な医療供給システム)

アメリカには,全国民に適用される公的な医療保険制度というものが存在しない。国民皆保険が実現していないことについては多くの弊害が指摘されている。また,アメリカの国民医療費上昇率は,過去長期的に他の先進国と比べて高い水準となっている。こうした中,アメリカにおける医療サービスの供給方式は,医療費抑制に向けた1つの方向性として,注目を集めている。

アメリカでは,ニクソン政権下の73年に,企業が従業員に医療保険を提供するに際して,HMO(Health Maintenance Organization,コラム2-5 参照)と呼ばれる形態の医療保険を選択肢として用意することが義務付けられた。80年代に入ると,医療費負担抑制に向けた民間企業の取組が本格化するとともに,公的医療保険であるメディケアにおいても,医療プログラムの提供をHMOに委託する方式が導入され,HMOは急速に普及,93年には,HMO加入者数がアメリカ全人口の13~14%に達した。また,HMOに類似する保険組織への加入者も,このところ急速に増加している。アメリカの94年の医療費は前年比6.4%増と,ここ30年来の低い伸びとなったが,その要因として,保健・福祉省はHMOなどの普及を挙げている。また,HMOは,医療機関に医療費抑制のインセンティブを与えるだけでなく,複数のHMO間の競争を通じて,医療サービスの質の低下を避けることができる。この点は,上述1)~3)の医療制度改革が医療の質を低下させるおそれがあるのに比べて,大きな特徴と言えよう。最近ではHMOの数が600近くに達し,HMO間の会員獲得競争も激しくなってきている。


《コラム2-5》 アメリカのHMOの仕組み

HMOは,医療保険者である個々の民間企業に対して,その企業の従業員のための医療サービス・プログラムを販売する医療保険組織である。このプログラムの中には,各企業がそれに加入した場合に,その企業の従業員が検査・治療を受けることのできる病院のリスト・や検査・治療の対象範囲が明示されている。企業がHMOの医療サービス・プログラムに加入した場合には,その企業の従業員が受ける検査,治療のうち,そのプログラムでカバーされる部分については,医療機関への支払いは,企業ではなくHMOが負担する。従って,各企業は,一方で保険者として,自社の従業員に対して医療保険を提供し,他方で被保険者として,医療保険提供を専門とするHMOから医療保険を買うことにより,従来自らが負っていた医療費増加のリスクを,HMOに転嫁することになる。HMOにとっての利益は,企業から受け取る会費から,実際に医療機関に支払った医療費を差し引いた部分である。この利益を大きくするために,HMOは,提携医療機関にコストの削減を促し,あるいはコストの低い医療機関を選別しようとする。つまり,HMOは,医療機関に対する交渉力や専門的な情報という,個々の民間企業に欠けているノウハウをもって医療機関にサービス改善を迫り,その付加価値を各企業に売って利益を得るビジネスであると言える。なお,各企業の従業員が,HMOのプログラムでカバーされない医療機関で,またはプログラムでカバーされない範囲の検査・治療を受けた場合には,その医療費は従業員が負担することになる。


(ドイツの93年医療保険制度改革)

ドイツでも,医療制度に競争原理を導入しようとする政策が進められている。

ドイツでは,企業ごと,業種ごと,地区ごとなどに疾病金庫が設立されており,公的医療保険に加入する者は,いずれか1つの疾病金庫に所属する。93年に行われた医療保険制度改革では,すべての被保険者に,どの疾病金庫に所属するかを選択する権利が認められた。その狙いは,被保険者の確保・獲得を巡る疾病金庫間の競争を促し,より安い保険料率,より良質な医療給付サービスの提供を求めることにあった。そこで,93年改革では,疾病金庫の合併に関する規制を緩和し,疾病金庫の経営合理化が進みやすい環境も整備された。現在ドイツでは,各疾病金庫がテレビで自らのPRを行うなど,競争が進んでおり,93年に250余りあった地区疾病金庫は,95年には十数庫まで整理統合された。

アメリカでは,医療機関間の競争や,医療機関を選別するHMO間の競争が生じているのに対し,ドイツの93年改革は,被保険者個人に保険者を選択させるものとなっており,同様の改革は92年にオランダでも実施されている。ただし,現在ドイツではさらなる医療制度改革が検討されており,95年11月に政府が議会に提出した法案では,疾病金庫が医療機関を自由に選択できる制度の導入が提案されているなど,今後,医療サービス市場における競争がさらに促進される可能性がある。

(競争促進政策の問題点)

医療市場に競争原理を導入しようとする政策には,次のような問題点もある。

第一に,患者が医療機関を選択する自由が制限されることである。多くの国では,医療機関を相互に競争させるにあたって,医療費を支払う者(国や保険者,HMOなど)に医療機関を選別させる方策が採られているが,このことは,裏を返せば,患者自身に与えられた医療機関選択の幅が小さくなることを意味する。医療の世界では,患者と医師との個人的な信頼関係が重要であるから,行きつけの診療所が,ある日突然保険の対象外になったりすれば,患者にとっての不便は大きい。ただし,アメリカでは,HMOよりも加入者の選択幅を広くした保険形態 (付注2-5-1参照)が普及してきている。また,各企業は,自社の従業員に対して,HMOなどの医療サービス・プログラムを2つ以上用意することを義務付けられており,各従業員は,その中から任意の医療サービス・プログラムを選択することができるようになっている。

第二に,保険者間の競争を促進すると,保険者が商業ベースで被保険者を選別するようになるため,国民皆保険が実現されていない場合には,低所得の高齢者などが保険に加入できなくなるおそれがある(「クリーム・スキミング」の問題と呼ばれる)。アメリカの個人医療保険市場では,民間保険会社が被保険者の病歴などに応じた保険料設定を行うようになっており,病歴のある低所得者が医療保険に加入しにくいという問題が生じている。ただし,HMOについては,被保険者が個人よりも企業である場合が多く,被保険者が企業であるHMOにおいては,クリーム・スキミングは生じにくいと考えられる。また,被保険者たる個人と疾病金庫との間の自由契約を認めたドイツにおいても,地区ごとに設立される疾病金庫は加入希望者を受け入れなければならないこととし,医療保険に加入できない者の発生を防いでいる。その代わり,低所得者が多く加入している地区疾病金庫の存立を維持するため,各疾病金庫に属する既存被保険者の所得・年齢などを考慮して財政調整を行い,疾病金庫間の競争条件の平等化が図られている。

第三に,各医療機関に関する情報が,医療機関を選択する者に十分供給されないと,医療機関の選別が十分に行われない。この点については,次にみるように,アメリカなどで医療機関の評価および情報開示の制度が整えられつつある。

(医療機関の情報開示制度)

医療機関の情報開示には,医療機関自らによるものと,第三者によるものとがある。医療市場における競争を促進する上では,第三者による中立的な情報の公開がより効果的と考えられる。医療機関の第三者評価とその情報開示が最も進んでいるのはアメリカである。

アメリカでは,51年に医療関係施設認定合同委員会(JCAHO:Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations)という民間非営利の病院評価機関が設立され,現在では全米の病院の8割以上について評価を行っており,94年12月からは,その評価結果を5段階方式で公表している。

JCAHOは,95年7月に日本で設立された日本医療機能評価機構のモデルにもなっている。一方,アメリカの各州では,独自に医療機関を評価し,その結果を公表する動きが生じている。例えば,ペンシルバニア州では外科手術による死亡率が,ニューヨーク州では心臓欠陥バイパス手術による死亡率が,それぞれ医師別に公開されている。ただし,単純に死亡率だけを公表すると,手術の難しい重症患者を病院が避けようとする傾向が生じかねないため,ペンシルバニア州では,手術前の患者の状態などから予測される死亡率を明らかにすることによって,重症患者を受け入れる病院が不当に低く評価されないよう配慮されている。こうした医療機関評価システムが拡がる一方で,アメリカでは,HMOを評価するシステムも定着しつつある。HMOを認定する民間非営利組織である全国質保証委員会は,95年2月以降,各HMOの医療サービス・プログラムに評点を付した報告カードを公表している。

なお,アメリカ以外の国でも,医療機関のパフォーマンスを評価する機関が設立されてきている(82年オーストラリア,87年スウェーデン,89年フランス,91年イギリスなど)。

(4)各国医療制度改革の評価

これまで紹介した様々な医療制度改革のうち,患者負担の引上げは需要サイドからの政策,その他の政策は供給サイドからの政策と位置づけることができよう。先進各国で医療費が上昇し続けている理由が需給両面に存在することを考えると,両面からの政策を併せて検討していくことが必要と考えられる。また,患者負担の引上げは,高齢化に伴って増加する医療費負担を国全体でどう分担していくかという公平性の観点からも,重要な問題である。

供給サイドからの政策の中で,医療供給能力の規制と診療報酬の見直しは,医療費抑制に一定の効果を持つと考えられる反面,医療サービスの質を低下させるリスクがある。昨今多くの先進国で,医療市場に競争原理を導入する政策が導入されつつある背景としては,こうしたリスクも指摘できよう。医療市場に競争原理を導入する政策には,4)で指摘したような課題も存在するが,一方でそうした課題を克服するための方策も試みられている。今後,医療制度の在り方を考えていく場合には,各国で進められている競争原理導入政策の内容とその成果を十分検討し,参考にすることが有用と考えられる。日本でも,96年6月に医療保険審議会が行った報告(「今後の国民医療と医療保険制度改革のあり方について」)の中で,①保険者と保険医療機関との直接契約制,②被保険者による保険者の選択制,③医療の質の評価システム,④保険者による医療機関に関する情報の提供,などが提言されている。

2 先進各国の年金制度改革の動向

(1)先進各国の現行年金制度の概要

公的年金制度には,老齢年金・障害者年金・遺族年金など複数の制度が存在するが,以下では,このうち最も主要な制度である老齢年金について,その概要と最近の動向を見る。

先進各国の公的年金制度は,国によって制度が異なっている (第2-5-4表)。定額給付の基礎年金と報酬比例給付の上乗せ年金とからなる2階建ての公的年金制度を採っているのは,G5では日本とイギリスだけである。アメリカ,ドイツ,フランスの公的年金は1・2階の区別がなく,報酬比例給付が基本となっている。日本の代行制度(一定の要件を備えた企業年金に,厚生年金の一部代行を認める制度)と類似する制度としては,イギリスの適用除外制度(一定の要件を備えた私的年金に加入した者について,国の年金の2階部分への加入義務が免除される制度)がある。

多くの国の公的年金は賦課方式(または修正賦課方式)かつ給付建てで運営されている。

(2)先進各国における最近の年金改革

多くの先進国では,高齢化に伴って,公的年金支出の増加が見込まれており,現行制度の維持可能性が懸念されている。OECDによる,今後保険料率引上げや給付の変更などの制度改正が行われない場合のG7各国の公的年金の収支見通しによると,いずれの国においても,今後長期的に年金財政が逼迫することが見込まれており (第2-5-5図),2070年までに予想される公的年金制度の赤字累積額と現時点での積立金との差額を現在価値に割り引いて算出される公的年金純債務残高をみると (第2-5-6図),ドイツやフランス,日本では,一般政府純債務残高よりも,公的年金純債務残高の現在割引価値の方が大きくなっている。もちろんこの推計は,前提の置き方によって結果が大きく異なるし,各国の公的年金制度の詳細をどの程度織り込んだものか不明な部分もあるため,幅をもってみる必要があろう。しかしながらここで示された数値は,各国公的年金の財政負担が,一般政府の財政負担に劣らず重大な問題になりつつある可能性を示唆している。なお, 第2-5-6図における公的年金純債務は,多くの国の場合,上のシミュレーションの仮定の下で,将来発生すると推計される収支不足を反映したものであって,現時点で実際の債務が発生しているわけではないため,現在の一般政府債務の内訳には含まれていない。

高齢化が進む中でも公的年金を長期安定的に維持していくため,ほとんどの先進国は,年金制度の改革を行っている(第2-5-7表)。改革の内容は国によって様々だが,ここでは最近多く見られる方向性として,1)年金支給開始年齢の引上げ,2)私的年金の促進,3)掛け金建て年金の導入の3つを取り上げる。

1)年金支給開始年齢の引上げ

多くの国では,年金支給開始年齢が引き上げられている (前掲第2-5-7表)。

年金支給開始年齢に関連して注目されるのは,ドイツやイタリアなどで,かつて高齢者の早期退職を促して若年者の雇用促進を図るために導入された早期年金支給制度が,最近見直されつつあることである。例えばドイツでは,一定の条件を満たす加入者に対して,法定の年金支給開始年齢である65歳よりも早く年金受給を開始することを認める「弾力的退職年齢制度」が72年に導入されたが,92年には,この制度を21世紀初頭にかけて段階的に廃止することが決定された。さらに96年には,制度廃止にかかる移行期間の短縮が決定された。またイタリアでは,公的年金への加入期間が35年を超える者に対して,法定の年金支給開始年齢より早く年金受給を開始する権利が認められているが,95年8月に成立した年金改革法では,年金受給開始の要件を今後段階的に厳格化することが決定された。

なお,オーストラリアでは,96年3月に誕生したハワード政権が8月に発表した財政方針の中で,年金支給開始年齢を,現行の65歳から,主要先進国の中で初めて70歳まで引き上げる方針が示さhた。

2)私的年金の促進

年金制度における官民の役割分担を見直し,私的年金制度を活用しようとする動きは,多くの先進国に見受けられる。なお,本節では,政府が運営する年金を公的年金と呼び,民間企業が運営する年金を私的年金と呼ぶことにする(コラム2-6参照)。

イギリスでは,85年に発表されたグリーン・ペーパーにおいて,公的年金の2階部分を廃止し,代わりに強制加入の企業年金を創設することが提案された。この提案自体は各方面からの反対を受けて取り下げられたものの,翌86年に行われた年金改革では,適用除外制度の対象となる私的年金の範囲が拡大されるとともに,適用除外者に対して,従来通り公的年金保険料の一部を免除することに加えて,さらに補助金を給付する制度が創設され,公的年金の2階部分から私的年金への乗換えが奨励された。

税制上の優遇措置を活用して私的年金を促進している国も多い。例えばアメリカでは,78年の内国歳入法改正によって,掛け金建ての企業年金(俗にいう401kプラン)に優遇税制が適用され,企業年金が大きく促進された。さらに96年8月には,従業員100人以下の中小企業向けに,401kと類似する制度(SIMPLE; Savings Incentive Match Plan for Emp10yees)を97年1月に創設することが決定された。また,フランスでは94年に,自営業者の払い込む個人年金掛け金を所得控除の対象とすることが認められ(マドラン法),以後,個人年金契約が急増している。95年夏に成立したイタリアの年金改革も,私的年金に対する優遇税制を含んでいる。

また,85年にはスイスで,92年にはオーストリアとメキシコで,それぞれ強制加入の企業年金制度が導入されている。


《コラム2-6》 公的年金と私的年金

公的年金と私的年金という分類は必ずしも明確ではない。ある年金制度が公的か私的かを判断する主な基準としては,①その年金制度が強制加入か,任意加入か,②その年金制度を運営しているのが政府か民間企業か,という2つの視点があり得る。この2つの視点から各種の年金制度を分類してみると,下表のようになる。

図表

ただし,実際には,上の表のどこに分類すべきか,明確でない年金制度もある。例えば,日本の厚生年金基金の代行部分や,イギリスで適用除外を受けている企業年金・個人年金を,強制加入と見るか,任意加入と見るかは,用語の定義によって異なってくるであろう。また,民間が運営する年金でも,加入が義務づけられている場合には,多分に政策的な意図を有していると考えられる。


3)掛け金建て年金の導入

(掛け金建て私的年金の促進)

最近,多くの国で掛け金建ての年金制度が拡がりつつある。掛け金建ての年金制度は,まず私的年金の分野において,アメリカやイギリスで80年代から普及した。

アメリカでは,上述のように,78年に掛け金建ての401kプランが導入され,以後,掛け金建ての企業年金が伸びている。97年1月に創設されるSIMPLEも掛け金建ての年金制度である。

イギリスでは,86年に,個人年金と掛け金建ての企業年金が適用除外の対象として追加的に認められた。個人年金はすべて掛け金建てであるから,結局86年の年金改革は,掛け金建て年金の普及を促進するものであったといえる。

また,先に紹介したスイス,オーストラリア,メキシコの強制加入企業年金制度も,すべて掛け金建てである。

(掛け金建て私的年金はなぜ普及したか)

多くの国で掛け金建ての私的年金が普及した理由としては,次のような点が考えられる。第一に,企業経営者にとって,給付建ての企業年金の下では,新規加入者の減少や運用利回りの下振れなどに伴って会社の拠出負担が増えるリスクがあるのに対し,掛け金建ての年金は,将来にわたって会社の拠出負担を予測できるという面で魅力があった。第二に,従業員にとっても,掛け金建ての年金は,ポータビリティ(企業年金の加入者が転職をする場合に,それまで勤めていた企業の年金制度で獲得した年金受給権を,転職先企業の年金制度に移管できること)が高いこと,ペナルティさえ払えばいつでも現金で引き出せることなど,自由度の高さが魅力となっている。第三に,私的年金を促進することによって公的年金の負担を軽減しようとする各国政府が,上のような企業経営者や従業員のニーズに応える私的年金制度を促進する政策を採ったことも大きな要因である。

(公的年金の掛け金建て化:①イタリア)

公的年金の分野でも,最近イタリアやスウェーデンで,従来給付建てで運営されてきた公的年金制度を掛け金建てに移行する動きが生じている。

イタリアでは,95年8月に年金改革法が成立し,公的年金制度を給付建てから掛け金建てへ移行させることが決定された。ただし,従来通り賦課方式による運営が続けられる(コラム2-7 )。

新制度の下では,年金保険料率は,長期的に維持可能な水準で固定される。新制度はあくまで賦課方式であるから,勤労世代の各個人が各期に払い込む掛け金は,その期の高齢者世代への年金支給に充当され,積立金は生じない。ただし,会計上は各個人の掛け金が個人別に管理され,一定の収益率で運用されるものと想定され,その想定運用収益と払い込まれた掛け金元本の累積総額に基づいて老後の年金受取額が決定される。想定収益率としては,イタリアの場合,名目GDP成長率(5年移動平均)が採用された。なお,賦課方式で行われている以上,想定収益率が高すぎる場合や高齢化率が現在の水準より高くなった場合には,収支が悪化する可能性が考えられる。なお,公的年金の掛け金建て化は,1996年から2035年までかけて行われる。(注2-3)


《コラム2-7》 掛け金建て=積立方式?

「掛け金建て」と「給付建て」という分類は,「積立方式」と「賦課方式」という分類とは,別個の分類である。

「掛け金建て(defined contribution)」とは,各加入者ごとに個人勘定が設けられ,加入者が拠出した掛け金や,事業主がその加入者のために拠出した掛け金が,その個人勘定に割り当てられ,掛け金の累積総額とその運用収益によって将来の年金受け取り額が事後的に決まる制度のことをいい,「確定拠出型」とも呼ばれる。掛け金建ての年金制度では,掛け金額の算定方法があらかじめ確定されていることが多い(例えば,各個人について給与の一定割合という形で)。一方,「給付建て(definedbenefit)」とは,個人別の勘定を持たず,まず年金給付額の算定方法が確定され(例えば,各個人について従前所得の一定割合という形で),これに基づいて,制度全体で将来必要となる年金給付額が予測され,それから年金数理的計算によって勤労世代の掛け金額が逆算される制度をいい,「確定給付型」とも呼ばれる。

これに対して,「積立方式(funded)」か「賦課方式(pay-as-you-go)」かは,その年金制度が積立金を持つかどうかによる分類である。現実には,部分的な積立金を持つ制度(修正賦課方式)も多い。

掛け金建ての年金は通常積立方式であるが,95年のイタリアの年金改革では,賦課方式を維持しながらも,各個人が老後に受け取る年金額を,その個人が勤労期間中に払い込んだ保険料額に基づいて決定する方式が導入された。本文では,このような制度も含めて,広い意味で「掛け金建て」と呼んでいる。このような観点に立つと,掛け金建てか給付建てか,積立方式か賦課方式か,という2つの観点から,年金制度を4つに分類することができる。

図表


(公的年金の掛け金建て化:②スウェーデン)

イタリアの95年年金改革は,スウェーデンの年金改革案にヒントを得たものと言われている。スウェーデンでは,これまで給付建てかつ賦課方式で運営されてきた2階建ての公的年金制度を,97年以降,掛け金建ての単一制度へ移行させ,かつ部分的に積立方式を導入する方針が,94年6月に与野党間で合意された。具体的には,年金保険料率を労使折半の計18.5%で将来にわたって確定させ,うち2%は積立金として市場で運用し,残り16.5%はその期の高齢者への年金給付に充てる。一方,各加入者が老後に受け取る年金給付額は,①2%部分について実際に運用した後の元利金累積額と,②16.5%部分について各加入者別に賃金上昇率で運用したと想定した場合の元利金累積額との和によって決まる。

なお,基礎年金がなくなっても,年金保険料を十分収められない低所得者が老後に最低水準の年金給付を受けられるようにするため,全国民に対して最低水準の年金給付を保証することが併せて提案されている。また,この改革の実施については,今なお慎重な検討が続いている。

(3)21世紀に向けた年金制度の方向性

1)官民の役割分担の見直し

(変化する公的年金の必要性)

公的年金が必要となる理由として一般に挙げられるものには,①高インフレが生じても年金支給額の実質価値を維持できるようにするためには,年金制度が給付建てでなければならないこと,②逆選択 (注2-4)を生じさせずに終身年金を提供するには,強制加入制度が必要なこと,③個人の短視眼的な行動を防止し,多くの人に十分な老後の備えをさせるためには,強制加入制度が必要なこと,などがある。しかし,先進各国では,公的年金制度が創設されてから何十年という年月が経過しており,制度発足時に公的年金の必要性として認識されていたものの中には,その後事情が変わってきているものも少なくない。例えば,①については,株式,インフレ連動債など,インフレ・リスクの少ない投資対象が増えた一方,先進諸国の物価は,オイルショックの後おおむね安定している。②についても,確定年金保険(年金支給期間をあらかじめ確定させた年金保険)については民間保険会社による供給が伸びているため,公的年金の支給開始年齢を引き上げて,退職時から公的年金支給開始年齢までの所得保障は民間の確定年金保険に任せるという「つなぎ年金」構想も,検討の余地が拡がっていると考えられる。さらに②と③に共通する点として,強制加入の年金が必ずしも公的年金である必要はないという考えが一部の国で生じている。前述の通り,スイス,オーストリア,メキシコでは,強制加入の企業年金制度が導入されている。最後に,経済のストック化とともに高齢者の資産保有や資産所得が増加したり,介護保険制度が普及したりすると,高齢者が安心して老後を送るために必要な年金給付水準自体も,かつてとは変化してくる。オランダやデンマークでは,公的介護保険制度の導入に合わせて公的年金の給付水準が切り下げられている。

(積立金運用の効率化・透明化)

年金制度が積立て方式または修正賦課方式で運営される場合には,年金積立金が蓄積される。私的年金も含めた年金積立金の規模は,各国経済にとって無視できない大きさになりつつあり,その運用如何によって各国の経済は大きな影響を受けるようになってきている。従って,21世紀に向けて,年金積立金の運用効率向上に向けた各種規制の見直しや,運用の透明性を高めていくことが重要になると考えられる。例えば年金積立金を政府が運用する場合には,公共部門への資金投与が過大になったり,運用の意思決定が不透明になったりする弊害が生じやすいということが世界銀行によって指摘されている(コラム2-8 参照)。公的年金の積立金は,もともと政策的ニーズ(例えば,公共財供給のための財源調達ニーズ)があって集められた資金でないにもかかわらず,政府の意思で運用されるため,いわば,市場に対する政府の意図せざる関与を生じさせることになる。年金運営における官民の役割分担を見直し,私的年金を促進すれば,こうした意図せざる関与を抑制することができる。


《コラム2-8》 世界銀行の提案

世界銀行は,世界各国の年金制度改革の指針として,抜本的な改革案(以下,「世銀案」)を94年に提示している(世界銀行″Averting the Old AgeCri-sjs″,94年10月)。この世銀案は,途上国だけでなく,先進国をも対象としたものであり,上で紹介したイタリアやスウェーデ゛ンの年金改革でも部分的に採り入れられた他,95年5月発表のIMFの″World Economic Out100k″の中でも,魅力ある案として紹介されている。ここで,この世銀案の内容を簡単に見てみよう。

世銀案は,3階建ての年金制度である。

1階部分は,給付建て,賦課方式,定額給付の公的年金である。この部分は,いわゆるソーシャル・ミニマムを保障するための所得再分配を目的とし,保険方式を採らず,一般税収を財源とする。

2階部分は,掛け金建て,積立て方式,強制加入,報酬比例給付の私的年金である。企業年金でも個人年金でもよい。掛け金建てを採る理由は,2階部分における所得移転を避けるためである。積立て方式を採るのは,経済全体の貯蓄増強を図るためである。強制加入とするのは,個人の短視眼的な行動によって老後の備えが十分行われないリスクを避けるためである。私的年金とする理由としでは,公的年金にすると,積立金の運用が政府によって行われるため,公共部門への資金投与が過大になったり,運用の意思決定が不透明になったりするという点が挙げられている。

3階部分は,任意加入の私的年金であり,企業年金でも個人年金でもよい。企業年金の場合,掛け金建てでも給付建てでもよく,事業主負担の有無も自由とされている。


(私的年金を促進する場合の課題)

私的年金を促進する場合には,以下の点に注意が払われる必要がある。

第一に,私的年金制度の下では,一般に最低年金が保証されないため,最低限の老後の生活が保証されない可能性がある。所得が低く,勤労期間中に十分な保険料を払えない個人にも最低限の年金給付を保証するためには,公的年金から私的年金への移行を促進する一方で,イギリスやスウェーデンのように,最低限の年金給付を保証するための配慮が必要であろう。

第二に,私的年金を促進する手段としては,規制緩和や,私的年金制度の多様化などの方策がある。アメリカ,イタリアなどでは私的年金に対する優遇税制が,またイギリスでは補助金制度が活用されているが,こうした方策は,財政負担を伴うことに留意する必要がある。私的年金を促進する手段としては,例えば,私的年金の事務取扱機関・運用受託機関の拡大,私的年金の制度設計の弾力化,インフレ連動債の導入などが考えられる。

第三に,産業構造の変化の下で労働移動の増大などに対応するために,企業年金については,老後の所得確保の観点から,そのポータビリティーを高めることが求められる。

第四に,企業の栄枯盛衰が激しくなる中,企業年金基金の母体企業の倒産などに備えて,加入者の年金受給権を保護する制度の整備が重要である。イギリスでは,「新聞王」として知られていた故ロバート・マックスウェルが,所有企業の企業年金積立金から4.5億ポンドもの資金を流用していた事実が92年に発覚し,企業年金の安全性に対する懸念が高まった。これを受けて,企業年金の安全性向上を主な目的とした「95年年金法」が95年7月に定められ,①最低積立金保有の義務化,②企業年金監督官の設置,③支払い不能となった基金の加入者を救済するための補償基金の創設などが決定された。

2)世代間の公平

国際連合の予測によると,勤労世代一人に対する高齢者の人数(高齢者扶養率)は,G7全体(加重平均)で,1995年の0.5人から2040年には1.1人まで上昇すると予測されている。こうした状況を踏まえ,世代間の公平をどのように確保していくかが重要な問題となっている。ここで,世代間の公平という観点から年金制度を考えてみよう。

(公的年金制度における世代間の公平)

世代間の負担の移転は,年金制度を通じてだけでなく,私的分野においても生じうる(高齢者の私的介護や教育費の私的負担など)。ここではまず,公的年金制度の中での世代間の公平を考えてみよう。

賦課方式の公的年金制度は,世代間扶養の制度であるといわれる。各世代は,上の世代へ所得を移転し,下の世代から所得移転を受ける。しかし,この結果,ある世代が下の世代から受け取る所得と,その世代が上の世代へ移転する所得との差(その世代の純転所得)がゼロにならないとすれば,公的年金制度の中で世代間の純所得移転,つまり世代間の負担格差が生じていることになる。もちろん,高齢化の進行に伴い,高齢者を扶養することは公的にしろ私的にしろ必然的に増加することなどから,公的年金制度の幅だけで世代間の公平を考えることは適切ではないことに留意する必要があるが,世代間で所得を移転させる制度としての公的年金制度の大きさを考えると,高齢化を控え,給付と負担のバランスを確保し,将来世代の負担を過重なものとしないことが重要である。

(私的負担も含めた世代間の公平)

世代間の所得移転は,私的負担を通じても生じうる。高齢者を私的に介護すれば,勤労世代から高齢世代へ所得が移転されるし,逆に,子の教育費用を親が負担すれば,親から子へ所得が移転される。従って,公的年金制度の中での世代間の公平を確保するだけでなく,私的な負担まで含めて世代間の公平を確保することが重要である。そのためには,社会的に恵まれない高齢者の生活を支える最低限のシステムを確保する一方で,裕福な高齢者に対しては,高齢者自身の自助努力を促すことが必要になる。

高齢者の自助努力を促す政策としては,①高齢者就業の促進,②高齢者の所有する不動産を流動化して,生活費に充てることを可能にする制度(リバース・モーゲジ制度)の促進,③裕福な高齢者に対する税・社会保障負担の要請,などが考えられる。③の例として,フランスでは,社会保障の財源として,資産性所得・社会保障給付をも課税ベースとする包括的な税が,91年と96年に導入された(91年にはCSG:Contribution Sociale Genera11see,96年にはRDS:Remboursement de laDette Sociale)。

3)各国年金改革の評価

先進各国における年金改革の評価としては,次のような点が指摘できよう。

第一に,国民負担率の上昇を抑えながら公的年金制度を維持していくという観点から考えると,年金支給開始年齢の引上げや給付水準の引下げなどの改革は,望ましいものと考えられる。高齢化が進むなかで公的年金制度の維持可能性を確保していくには,①年金支給開始年齢の引上げや年金給付水準の引下げなど,公的年金の守備範囲を縮小する方法と,②保険料率を引き上げる方法がある。しかし,中長期的に後者に重点を置いて対応していくことは,税・社会保障負担率を過度に高め,資源配分の歪みをもたらすことから (第2節参照),経済全体の活力を喪失させ,公的年金制度の安定性にも問題を生じる。

第二に,私的年金を促進しようとする方向性は望ましいが,私的年金促進の方法としては,さらに規制緩和や制度の多様化が検討される必要がある。また,企業年金加入者の年金受給権を保護するための政策が,後手に回りがちとなっている。

第三に,私的負担も含めて世代間の公平を確保していくためには,年金制度の改革だけでなく,各世代の自助努力を促すような政策が必要であり,今後,年金制度のあり方を,雇用政策や租税政策などと併せて総合的に検討していくことが重要になろう。