平成6年

年次世界経済報告

自由な貿易・投資がつなぐ先進国と新興経済

平成6年12月16日

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

第2章 経済自由化で活性化する新興経済

第3節 金融市場の効率化と国際化

本節では,新興経済の特徴である投資の活性化,生産性の向上を促進している要因として,金融市場の役割をとりあげる。途上国の金融市場の問題点と金融改革の目的について整理したあと,証券市場を含む国内金融市場の発展,市場経済移行国の金融改革の進展,国際資金フローの活性化を検討する。最後に金融改革における政府の役割を考察する。

1 金融改革の目的

途上国の金融市場においては過剰な政府介入が問題となっており,金融市場における規制の緩和・撤廃(=金融自由化)を中心とする金融改革は,途上国の構造調整政策の重要な課題と,なっている。

(金融市場への政府介入)

途上国においては,政府による金融市場への様々な介入や厳しい規制がしばしばみられるが,こうした介入や規制は,以下のような問題を生じている。

第一に,金利規制による低金利政策が,投資を抑制したり,金融機関の非効率なプロジェクト選択を助長する。金利規制によって,預金金利や貸出金利(以下,預貸金利という)が市場均衡金利(規制がなければ成立するであろう金利水準)よりも低く設定されている。しばしば金利規制に高率のインフレが加わり,実質金利が大幅なマイナスとなる事態が生じる。このように金利水準が規制によって低く抑えられるなど,政府の介入で金融市場の機能がゆがめられている状況は,一般に「金融抑圧(Financial Repression)」と呼ばれる。

金利規制による低金利政策は,企業の借り入れコストを低く抑えて投資を奨励することを目的としているが,逆に,①預金金利も低く抑えうれるため,家計の貯蓄インセンティブを損ねて金融資産の蓄積を阻害し,投資水準が低下する。また,②利鞘が制限されるため,金融機関の側に,より収益性の高いプロジェクトヘ融資を行い,効率的資金配分を図るインセンティブが働かないという弊害が生じうる。

第二に,信用割当が非効率な資金配分をもたらす。金利規制の結果として生じた信用割当は,経済開発の優先分野等へ重点的に資金配分を行い,経済成長を促進することを目的としている。しかし,.主として,国有金融機関を通じて融資が行われることもあって,資金調達コストやプロジェクトの収益性が十分に考慮されず,非効率な資金配分が行われやすい。

第三に,国有金融機関等による寡占構造を生じ,経営が非効率となりやすい。これは,業務規制や参入規制により金融機関の競争が制限され,また国有金融機関が優遇され民間金融機関の発達が遅れるためである。

このように,金融市場への政府介入は,金融市場の発展を阻害すると同時に,市場メカニズムによる効率的な資金配分を妨げる。IMFの調査によれば,高い成長を遂げている途上国では,実質金利がプラスになっている場合が多く,逆に成長率の低い途上国では,実質金利がマイナスになっている場合が多い(第2-3-1表)。このことは;途上国の金融市場における政府介入が成喪を抑制する場合が多いことを示している。つまり,高インフレを回避するとともに,金利規制を緩和・撤廃し,実質金利がプラスになれば,金融資産の蓄積が進んで投資が拡大する。また,信用割当の必要がなくなり,より収益性の高い投資プロジェクトが選択される。その結果,成長が加速されるのである。

(金融改革の目的と手段)

金融改革の目的は,国内的には,金融市場の整備を通じ,未組織金融(いわゆるヤミ金融)市場や金,外貨等で運用されていた国内貯蓄を,預金等の金融資産の形で国内金融市場に集め,その資金を生産性の高い投資に効率的に配分することである。また対外的には,海外からの資金の円滑な導入を図り,国内貯蓄を補完することである。その結果,収益性の高い投資が促進され,経済成長を加速する(第2-3-2図)。このような金融改革の目的とその手段については,以下のように整理することができる。

(目的1)金融資産の蓄積

国内の金融市場の厚みを増し,金融仲介機能の向上を図るためには,国内貯蓄率を引き上げるとともに,国内貯蓄を金融市場に集める必要がある。そのためには,①金利規制を廃止して市場均衡水準まで金利を上昇させ,金融資産への貯蓄インセンティブを高めること,②業務規制や参入規制の緩和を通じて金融機関の預金獲得競争を促進すること,が重要である。

(目的2)効率的な資金配分

次に,蓄積された金融資産を効率的に配分していくことが重要である。そのため,信用割当の廃止,民間銀行の参入による競争の促進を通じて,投資効率の高い投資プロジェクトに対して資金配分を行っていかなければならない。また,証券市場の整備・育成を通じて,長期資金の供給体制の整備を図っていくことも重要である。

(目的3)海外貯蓄の活用

国際的な資本移動が不完全であれば,投資水準や成長率は国内貯蓄の大きさによって制約される。従って,国際的な資本移動の自由化を図り,海外貯蓄を活用するため,外資参入規制,利益送金規制,外国銀行の参入規制等を緩和・撤廃し,金融市場の対外開放を進めることが重要である。

なお,金融自由化によって市場メカニズムが適切に機能するためには,効率的で安定的な金融機関の経営の基盤となる近代的金融制度を確立していくことも重要である。そのためには,決済制度の整備,銀行の健全経営を確保するためのバランスシート規制(自己資本規制その他)の導入や監査・監督制度の整備,公正な証券取引を確保するための様々な証券取引規制の導入などを図る必要がある。また,企業サイドでは会計基準の統一,経営内容の開示を推進する必要がある。

2 金融改革による金融市場の効率化

東アジア成長経済の急速な経済成長の要因として,金融抑圧が軽微であった(つまり政府規制による金融のゆがみが小さかった)ことが指摘されている。

総じてマクロ経済が安定していた東アジア成長経済では,金融改革の進展もあって金融抑圧が比較的緩やかであったため,貯蓄率や投資率が高まり,経済成長が促進されたと考えられる。東アジア成長経済以外の新興経済においては,従来しばしば厳しい金融抑圧が生じていたが,マクロ経済の安定化や金融改革が進むとともに,金融抑圧は緩和された。新興経済における金融改革は,どのようにして金融抑圧を緩和し,どのような経路で成長の加速に寄与しているのであろうか。以下,では,近年,金融改革が進展しているASEAN,中南米をとりあげ,まず途上国の金融仲介の大宗を占める銀行部門の金融改革の効果を分析し,次に証券市場の整備について検討する。

(1) 金融自由化と貯蓄率・投資率

(ASEANと中南米の金融自由化)

ASEANのうち,タイを除く国々では,金融部門が70年代半ば頃まで厳しい規制の下に置かれており,各国経済活動における「未組織金融」の役割が大きくなっでいた。しかし,ASEAN各国において70年代後半から80年代前半にかけて,預貸金利の自由化が推進され,80年代後半には参入規制や業務規制の緩和も進められた。一方,タイでは70年代,80年代を通じて厳格に金利が規制されるなど,その金融制度は,ASEANの中では最も規制色が強かった。タイで金融自由化が本格的に進展したのは80年代末になってからであり,それ以降,預貸金利規制や業務規制の緩和が積極的に進められた。

中南米でも,マクロ経済の安定化を早期に実現したチリでは,70年代に預貸金利の自由化をはしめとする金融自由化政策を推進し,70年代末には業務規制の緩和も含め自由化が大きく進んだ。また,メキシコでは,マクロ経済が安定化してきた80年代後半から金融自由化が進展をみせ,預貸金利の自由化が進んだ。93年には20年ぶりに民間銀行の設立が認められるなど,業務規制の緩和も進展している。アルゼンチンでも,70年代半ば以降,一時中断はみられたものの,預貸金利規制や業務規制の緩和を含む金融自由化政策が進められている。

(プラスに転じた実質金利)

実質金利(ここでは預金金利から消費者物価上昇率を引いたもので計測)の動向をみると,74年,79年の2度の石油ショックによって,ASEAN,中南米の大半の国でインフレ率が上昇し,70年代後半を通じて実質金利はおおむね,イナスで推移した。しかし,インフレが収束するとともに,80年代に入ってから預貸金利の自由化や銀行業への参入規制の緩和等の金融自由化が進展し,名目金利が市場メカニズムに基づき,期待インフレ率等を反映して柔軟に決定されるようになると,実質金利がプラスに転じる国が多くなった(第2-3-3図)。

例えば,インドネシアでは,83年6月の金利規制撤廃以降,金利が大幅に上昇し,実質金利がプラスに転じた。また,金融改革が早期に行われたチリでは80年代以降,メキシコでも89年の金融改革以後,実質金利がおおむねプラスで推移している。

ASEAN諸国と中南米諸国の実質金利の動向を,長期的な観点から比較すると,インドネシア,マレイシア,タイとチリの実質金利が,おおむねプラスで変動が小さいのに対して,チリを除く中南米諸国やフィリピンの実質金利は,おおむねマイナスで変動が激しい。すなわち,比較的高い成長を持続している国では,マクロ経済が安定化する中で金融自由化を推進した結果,実質金利がプラスとなりその変動も小さくなっている。この実質金利のプラス化,安定化が,国内の貯蓄・投資に好ましい影響を与えていると考えられる。

(プラスの実質金利と貯蓄率・投資率の関係)

70年代,80年代,90年代の実質金利,貯蓄率,投資率(ここでは国民総貯蓄率,国民総投資率)を平均値で比較してみると,アジアNIEsでは70年代以降,ASEANでも80年代以降,実質金利の上昇に伴っ゛て,フィリピンを除くすべての国で貯蓄率,投資率が上昇してと)る=中南米でも,チリでは実質金利がプラスで推移する中で,貯蓄率,投資率が高まっている。しかし,メキシコやアルゼンチン,フィリピンのように,財政赤字が比較的大きく,また物価上昇率が高水準で変動も激しかった国では,金利規制が行われていたこともあって,実質金利が大きく変動しており,実質金利と貯蓄率,投資率の間にはっきりとした相関はみられない(第2-3-4表)。

投資率,貯蓄率には成長率や人口構成などの様々な要因が影響を与えるため,ここでの分析から明確な結論を導くことは困難であるが,金融自由化により実質金利が上昇する過程では,投資率,貯蓄率と実質金利水準との間には,おおむね正の相関があるといえよう。

(実質金利の変動と貯蓄率・投資率の関係)

金融自由化を実施してきた国々において,貯蓄,投資のパフォーマンスに違いがみられる原因としては,マクロ経済の不安定性があげられる。高インフレ経済では,インフレ率の変動も大きく予想が困難であり,また政府の金利規制の下では名目金利の調整が遅れるため,実質金利の変動が大きくなる。その結果,資本コストや資産の価値に不確実性が生じるため,投資家は長期の投資を控え,また貯蓄にも悪影響を及ぼす。

70年代後半以降についてみると,インドネシアやマレイシアでは,インフレが比較的穏やかであったことに加えて,金融自由化が進展していたため,名目金利がインフレ率の変動に対し速やかに調整され,実質金利は安定的に推移してきている。一方,金融自由化の進展が遅れたり,あるいは激しいインフレを経験したメキシコやフィリピンでは,実質金利の変動が大きかった(前掲第2-3-3図)。

実質金利の変動と貯蓄率,投資率の関係をみると,実質金利が安定しているほど,貯蓄率や投資率が高いことがわかる。アジアNIEs,タイ,インドネシア,マレイシア,チリなどは実質金利の変動が小さく,相対的に高い貯蓄率,投資率を実現している。一方,フィリピン,メキシコでは実質金利はプラスになったものの,その変動が大きく,貯蓄率,投資率が相対的に低い。すなわち,インフレの抑制におおむね成功し,そのうえで金融改革を実施した国では,概して貯蓄率,投資率が高いといえる(第2-3-5図)。

このようにに,マクロ経済が安定化し,それを背景として金融自由化が進展すると,実質金利が上昇するとともにその変動が小さくなるため,投資率や貯蓄率が高まると考えられる。したがって,投資率や貯蓄率を高め,成長を促進するためには,まず,①インフレを抑制するための安定的なマクロ経済政策の運営が重要であり,それに加えて,②金融自由化を推進し,物価上昇率の変動等に対して,自由な市場を通じて名目金利の調整が速やかに行われるようにする必要がある。

(2) 金融の深化と投資効率の改善

金融自由化は,従来,未組織金融市場等で運用されてきた金融資産を,銀行等の組織金融市場へ吸収し,より効率的な金融仲介と資金配分を実現する効果を持つ。

(金融深化の進展)

金融市場が拡大し,金融資産の蓄積が進む現象は「金融深化」と呼ばれている。金融深化は,新興経済の多くの国において,実質金利が安定化,プラス化するのに伴って進んでいる。また,金融深化の指標としてのM2の対GDP比(M2/GDP)と,経済発展の指標としての一人当たりGNPの動向をみると,金融深化の進展と,経済発展の間に密接な関係があることがわがる(第2-3-6図)。

ASEANでは,金融改革の結果,80年代に入って実質金利がプラスとなり,各国で金融資産の蓄積が急速に進んでいる。例えば,インドネシアでは,80年代半ば以降の金融改革の結果,M2/GDPが急速に上昇している。

中南米でも,金融改革を契機として金融深化が進んでおり,チリについては80年代に入って,メキシコについても89年以降,それぞれ金融深化の進展が顕著となっている。例えば,メキシコでは,89年以降サリナス政権のもとで金利自由化,預金準備規制の緩和,国営商業銀行の民営化,政府系金融機関の改革などの金融改革が行われ,またマクロ経済も安定化した。その結果,88年から89年にかけて,実質金利はマイナス50%からプラス16%に上昇し,金融資産に対する需要も回復して,M2/GDPは11%から19%に急上昇した。その後も金融深化が進み,M2/GDPは92年には29%に達した。

このように,金融資産の蓄積と実質金利の間には密接な関係がみられ,特に実質金利が大きなマイナスからプラスに転じた場合に,金融資産の急激な増加がみられる。逆に,メキシコ,チリは,いずれも70年代に激しいインフレを経験しており,実質金利が大幅にマイナスとなって金融資産への需要が減退し,チリでは70年代前半,メキシコでも70年代後半に金融深化の後退がみられた。

また,金融改革直前のメキシコでも,87年,88年の激しいインフレと金利規制の結果,実質金利が大きなマイナスとなり,金融機関から資金が流出して,M2/GDPは88年には11%まで低下していた。

(金融改革と投資効率の改善)

上でみたように,金融深化と並行して経済は成長しているが,金融深化は経済成長を促進するのであろうか。金融深化と経済成長の強い相関関係は,むしろ経済成長が金融資産の蓄積を促す結果生じたのかもしれない。また,銀行部門における技術革新のような,経済成長と金融深化に対する共通のショックが,経済成長と金融深化の相関関係を高めたのかもしれない。

最近の研究(R.G.Kingand R.Levine,“Finance and Growth:Schumpeter Might Be Right”,August1993,Quarterly Journa1 of Economics)は,金融深化が経済成長に先行して生じており,現在および将来における中長期の経済成長に寄与することを明らかにしている。また,金融深化は,資本ストックの蓄積や投資効率の改善との間に正の相関関係を持っていることを示しており,金融深化が経済成長を促す経路を示唆している。つまり,金融自由化が進んで金融が深化し,金融市場に集積された資金が,信用割当ではなく市場金利に基づいて配分されるようになると,金融機関のリスク管理や投資主休のプロジェクト選択が厳格となる。その結果,生産性の高い投資主体へ信用供与を促す効果が働いて投資が効率的に行われ,経済成長を促進する。また,金融自由化が進み,業務規制や参入規制等が緩和されて金融市場が競争的,効率的になれば,投資が促進されて成長が高まる。

第1節でみたように,ASEANでは70年代以降,限界資本生産比率(ICOR)が低い(つまり生産性が高い)水準で推移しているのに対し,中南米のICORは80年代には高かったが,90年代にはいってから低下(つまり生産性が向上)している。こうした投資の生産性の動向には,ASEANや中南米において金融自由化が行われ,金融市場の効率性が高まったことも寄与していると考えられる。

また,金融市場の効率性ないし競争条件の指標として,預金金利と貸出金利のスプレッドの大きさを比較すると,アジアNIEs,ASEANでは,中南米に比べて相対的に小さい。さらに,ASEAN,中南米のいずれにおいても,金融自由化以降,預貸スプレッドが縮小しており,金融市場は従来より競争的となって効率性が高まっていることが示唆される(第2-3-7図)。

このようにASEAN諸国や中南米諸国では,インフレ抑制と金融自由化を通じて,実質金利が上昇し安定化するとともに,貯蓄と投資が促進された。また,これまで未組織金融市場に漏出していた国内貯蓄が金融市場に集積し,金融が深化した。さらに,金融深化による国内資金のアベイラビリティーの高まり(利用可能な資金量の増大)により,金融市場を通じた効率的な金融仲介,資金配分が促進された。その結果,投資の効率化が進み,新興経済の一層の経済発展につながったと考えられる。


戦後日本の「人為的低金利政策」は,成長を促進したか?

戦後日本の高度成長期においては,「人為的低金利政策」が実施され,高度経済成長に貢献したと言われる。「人為的低金利政策」とは,最終的な借り手である企業,特に高度成長を担った重化学工業部門の企業を育成するため,金利を規制して資金調達コストを引き下げ,さらにこれらの企業に重点的に資金を配分するという政策を指している。

しかし,このような評価は,必ずしも十分な実証的根拠に基づくものとは言えない。例えば,堀内の実証分析によれば,日本の高度成長期の金利水準(名目,実質ともに)は,主要国の当時の金利水準と比べぞも,また高度成長期以降の日本の金利水準と比べても,低かったとは必ずしも言えない(Horiuchi,A.“The Low Interest Rate Policy and Economic Growth in Postwar Japan”;,The Developing Economies(Tokyo:Institute of Deveioping Economies,December1984)。

さらに,高度成長期には,銀行は借入企業に対して,借入の一定額を預金(拘束預金)として留保するよう求めたため,企業の実質的な資金調達コストは契約上の貸出金利を上回っていた。大蔵省調べによれば,拘束預金の借入額に占めるシェアは,1964年から66年の平均で,都市銀行では9.4%,地方銀行では17.2%にのぼっていた。また,堀内は,理論的分析から仮に金利が低水準に抑えられていたとしても,それが経済成長を促進する効果を持っていたかどうか,疑問であるとしている。

こうした分析等に基づけば,戦後日本の高度成長において,金利規制で金利水準が均衡レート(規制がなければ成立していたであろう金利水準)よりも低かったことは事実であるが,その差は小さかったと考えられる。「人為的低金利政策」が,日本の高度成長に貢献したというよりも,むしろ金融抑圧の程度が非常に緩やかなものであったために,高度成長が実現したと言えよう。

優良貸出金利の国際比較


(3) 証券市場の発展と課題

(躍進する株式市場)

新興経済の証券市場に目を転じてみると,80年代後半以降の東アジア成長経済や90年以降の中南米等において,株式市場が活況を呈している。国内資金に加えて,先進諸国におけるカントリー・ファンド(特定の国での株式投資を目的に設立された投資信託)の設立や,途上国サイドの株式投資に関する規制の緩和によって,株式市場へのアクセスが向上したことを背景に,国外からの資金の流入も活発となった。また上場企業数も増加して,時価総額は飛躍的に増加した。このように,新興経済の株式市場は近年その発展が顕著である(第2-3-8図)。一方,新興経済の債券市場については,株式市場の成長に比べれば総じて市場の発展に遅れがみられたが,多くの国で,徐々に市場の整備が進んでいる。

(証券市場の発展過程と今後の課題)

東アジア成長経済,中南米の証券市場は,銀行部門に比べかなり遅れて発展してきた。これは,①調達サイドからみると,株式や債券の発行によって資金を調達できるような優良企業(その多くは国営・公営企業)は,優先的に有利な条件で資金を調達することが可能であり,証券市場で資金を調達する必要性があまりなかったこと,②運用サイドからみると,国内の機関投資家や中産階級層が未成熟なため,証券市場での資産運用を行う主体が育っていなかったことによるものであった。また,債券市場の発展が遅れた一つの要因としては,リスクが小さく市場での指標となる国債の発行,流通が低迷していたことがあげられる。これは,東アジアにおいては財政赤字が小さかったため国債発行の必要があまりなかったためであり,また中南米においては財政赤字のファイナンスを中央銀行による国債引き受けや,外国からの借款に頼っていたためである。

これらの国では,①民間企業の成長による資金調達ニーズの多様化,家計の金融資産の蓄積の進展による資金運用の多様化を背景に,国内の運用・調達の両面からのニーズが高まってきたこと,②マクロ経済の安定とこれに伴う経済成長により,外国資本にとっても資産の運用対象として魅力を増してきたこと,③各国において,証券市場の整備・育成が進められていることなど,証券市場発展の素地が整ってきた。このような状況のもと,各国の証券市場は,特に株式市場を中心として,急速な発展を遂げることとなった。

しかし,アジア諸国,中南米諸国ともに,ごく一部の国を除いて,①証券市場で安定的な資産の運用を行いうるような機関投資家が十分育っていないこと,②市場での取引に必要な物的インフラの整備や投資家保護のための情報開示制度等に関する法的整備が遅れていること,③外国人の証券取得の規制は近年緩和されてきているものの依然として厳しい,といった多くの課題が残っている。証券市場の信頼性・安定性の向上を図り,さらなる発展を目指すためには,今後もこれらの課題に対応すべく証券市場の整備・育成を図っていく必要がある。

3 市場経済移行国の金融改革

中国・ベトナムや東ヨーロッパ等の市場経済移行国においても,より自由な金融市場を通じた効率的な資金循環システムの確立が目指されている。ここでは,中国,ポーランドをとりあげ,市場経済移行国の金融改革の進展とその課題を検討する。

(1) 中国の金融改革とその課題

(金融機関の整備)

中国では,改革・開放政策に着手した78年以前は,預金・貸付業務や通貨発行,外国為替の管理等大半の金融業務が,中央銀行である人民銀行に集中していた。これらの金融業務は中央政府の管理,指導の下に置かれていたため,中央銀行としての独立性は弱く,人民銀行の金融調節機能はほとんどその役割を果たしていなかった。そこで,人民銀行の中央銀行としての機能を強化するため,まず中央銀行業務と商業銀行業務が分離された。79年以降,各種の国有銀行(農業銀行,中国銀行,工商銀行等)の設立が進み,従来人民銀行が持っていた商業銀行業務を,これらの銀行に移した。そして,84年より人民銀行は,各銀行の管理・監督と金融政策の舵取り等の中央銀行業務に特化することとなった。また,都市部には「城市信用社」,農村部には「農村信用社」と呼ばれる信用組合が多数設立され,家計の貯蓄を吸収しつつ,地元企業への融資業務を手掛けている。

(金融資産の蓄積と金融仲介機能の強化)

改革・開放期以前の中国では,金利の水準は低く抑制されていたため,金融機関への金融資産の蓄積が進んでいなかった。そこで,金融機関への資金吸収を図るため,78年より預金金利を段階的に引き上げた。このため実質金利(1年物の個人預金)も79年~84年はおおむねプラスで推移した(第2-3-9①図)。なお,85年,88~89年,93年と経済が過熱化し物価上昇率が高まった時期には,実質金利はマイナスとなったが,政府が物価上昇率にあわせて適宜金利水準を調節した結果,実質金利はおおむねプラスに保たれた。この結果,金融機関の整備の進展や高成長下での個人所得の増大ともあいまって,金融機関への家計貯蓄の蓄積が次第に進み,国有銀行の貯蓄残高は拡大している。個人貯蓄残高の対名目GDP比は,高インフレを背景に実質金利がマイナスとなった85,88,93年には,伸びが鈍化したものの,78年より一貫して上昇している(前掲第2-3-9①図)。

また,金融機関への金融資産の蓄積が進む一方で,金融機関を介した資金供給も増大している。基本建設投資総額(国有部門の投資総額のうちの新規建設,拡張工事等)の資金源をみると,国家財政からの資金供給のシェアが次第に低下し,金融機関からの借入が増大している(第2-3-9②図)。

(証券市場の育成)

80年代より中国でも証券市場が整備され,資金調達・運用の多様化が進みつつある。

中国では84年より株式会社の設立が相次いでおり,株式化された企業は,93年で約4,000社にのぼる。90年には上海,91年には深しんに証券取引所が開設される等,流通市場の整備も進んでおり,株式市場への上場企業数も増大している。91年からは外国人投資家向け株式であるB株の発行が始まり,94年には,国内投資家向けのA株の取引についても,外国人投資家の参入許可を検討する等,市場の規制緩和も進みつつある。

なお,拡大した財政赤字を補填するため,81年に国債の発行が再開された。

また,従来禁止していた債券の流通を認め,88年には都市部で国債の市場取引が開始される等,流通市場の整備も進められている。

(中国の金融改革の課題)

中国では,金融改革の進展がみられるものの,一方では,①中央銀行の一層の機能強化,②国有銀行の経営の効率化,③証券市場の整備等の課題も残されている。

まず,人民銀行については,84年より中央銀行業務への特化を図ったとはいえ,依然として預金・貸出業務を行っており,商業銀行業務の分離が明確になされていない。また,中央銀行の金融政策手段も,各国有銀行の融資限度枠の調節に大きく依存し,公定歩合や公開市場操作といった市場を介した調節手段を活用する段階には至っていない。各銀行の融資限度枠の規制にしても,実際は各銀行を管轄している地方政府の方針に左右されるため,中央銀行の方針の徹底が困難となっている。

国有銀行については,融資審査能力がまだ弱く,企業の経営状況等の審査が十分になされずに融資が行われやすい。このため,金融機関を介した資金供給が増えているとはいえ,企業のコスト意識を高め,その経営効率を向上させるといった効果が現れるまでには至っていないと考えられる。

証券市場については,全国的に統一された法律や企業会計制度等の整備が遅れているため,不公正な証券取引の防止,上場した企業の財務情報の公開等が十分に行われていない。また,株式化された企業の大半は従業員の持ち株制であり,一般向けに上場公開される企業はまだ少なく,株式市場の発展のためには一層の企業の株式公開が求められる。

今後,中国がより効率的な資金循環を促すシステムを確立していくためには,これらの点でさらに金融改革を進展させていくことが必要である。

(2) ポーランドの金融制度整備とその課題

(中央銀行業務と商業銀行業務の分離)

計画経済時代のポーランドでは,①農業銀行,外為銀行等の4つの国立専門銀行が商業銀行業務に携わるとともに,②中央銀行であるポーランド国立銀行も商業銀行業務を行っていた。しかし,国立専門銀行とポーランド国立銀行の商業銀行部門は,不良債権が生じても,中央銀行による救済が保証されていたため,国営企業に対して無審査に近い放漫な融資を行っていた。その結果,国営企業の財務規律は緩やかで,非効率な経営が助長された。

ポーランドでは,90年から本格的な市場経済への移行政策を開始したが,その前年の89年には新銀行法が制定され,金融制度の本格的な改革が始まった。

ポーランド国立銀行が中央銀行業務に専念する一方,その9つの地方局は独立し,それまでポーランド国立銀行が行っていた商業銀行業務を引き継いだ。また,民間商業銀行の設立が認められ,90年から91年にかけて民間銀行の新規設立が急増した。さらに,91年10月から,国立銀行の民営化に向けて株式会社化が始まり,商業銀行の競争環境の整備を進めている。

(預金拡大と民間企業への融資増加)

89年以降,価格自由化や賃金インデクセーションによりインフレが急速に高まった。また,ポーランドでは大規模な国立商業銀行が寡占的に金利を決定し,他の銀行がそれに追随していた。そのため,金利は事実上規制されており,名目金利はインフレ動向に合わせ引き上げられたが,その調整はインフレの進行に比べ大幅に遅れた。実質金利は89年後半以降,インフレの急進に伴って急速にマイナス幅を拡大し,厳しい金融抑圧が生じた(第2-3-10図)。

しかし,90年からの本格的な市場経済への移行政策の下で,マネーサプライの増加が抑制され,インフレが収束してきた。インフレの収束とともに90年後半から,実質金利は上昇に転じたが依然として小幅なマイナスが続いており,金融抑圧が解消されていない。ただし,実質金利の上昇に伴って,家計部門を中心にズロチ建て預金のシェアが上昇し,家計からの預金吸収,ズロチの信認回復が進んだ。

一方,商業銀行貸出も,緊縮政策のため抑制されていたが,91年後半以降増加している。内訳をみると,非効率な国営企業への貸出が減少する一方,民間企業への貸出が伸びており,成長部門への資金供給が拡大している(第2-3-10図)。

政府は,銀行による金融仲介機能を高めるため,93年11月にはポーランド投資銀行を創設し,中長期的な投資に対する貸出増加を図り,また小口預金の安全性を高め預金の拡大を図るため,預金保険機構の創設を検討している。

(証券市場の整備)

ポーランドでは,民間企業の設立や国営企業の民営化に伴い,証券市場の設立が急務となり,91年4月にワルシャワ証券取引所が開設された。ワルシャワ証券市場では,①ポーランド経済の成長,②売買益に対するキャピタルゲイン課税がなく,税制上有利なこと,③株式数が少なく供給不足であること,④欧米機関投資家の資金が流入したことなどから,93年に株価が急騰した。しかし,94年3月に,米国金利の上昇を契機として,欧米機関投資家の資金が流出したため株価は大幅に下落し,新興株式市場の不安定さを露呈した。政府は株式の供給量を増やすため,93年末に上場規制を緩和する一方で,インサイダー取引の監視メカニズム,情報開示制度等の整備を進めている。今後は,大規模民営化法(93年5月)に基づく民営化が計画され,既存の民営化企業の増資が予定される等,国内株式市場はさらに拡大することが期待される。

(健全な金融制度確立への課題)

ポーランドの金融改革は始まったばかりであり,①金融深化の遅れ,②不健全な銀行経営,③証券市場の厚みの欠如など問題点が多い。

貨幣供給量(M2)の名目GDP比は大きな上昇はみられず,93年に35%と低い水準にとどまっている(なお,タイ,マレイシアでは同比率は,70~80%となっている)。消費者物価上昇率は,94年中も依然年率30%を越えていることから,今後,物価安定を通じてプラスの実質金利を維持し,銀行部門への資金の吸収を図る必要がある。

また,新設の民間銀行を中心に,銀行の放漫な融資が続いた結果,不良債権が増加した。そのため,92年以降,リスクの小さい政府への貸出が増加して,成長が期待される民間企業への資金供給が圧迫されている。政府は,国立銀行への増資などを通じて銀行の経営基盤を強化し,銀行による自主的な不良債権の整理を進めている。また,政府は,不良債権増加の背景にある不健全な銀行経営を改善し,効率的な資金供給を実現するため,小規模民間銀行の合併,再編成や国立銀行の民営化を進めている。健全な金融制度は,企業の財務規律の強化を通じて,経済全休の効率的運営につながるものであり,早急な整備が求められる。

4 国際金融市場へのアクセス高める新興経済

各国金融市場の自由化や累積債務問題の改善を背景として,新興経済は国際金融市場におけるプレゼンスを高めつつある。今後とも比較的高い経済成長が見込まれるなか,投資資金を円滑に調達していくために,新興経済にとって国際金融市場へのアクセスはますます重要となる。本項では,中南米諸国,ASEAN諸国を中心に,新興経済の資金フローの現状を概観し,海外からの資金流入を確保する上での今後の課題について検討する。

(1) 新興経済の信用力の高まり

(中南米の累積債務問題の好転)

82年8月にメキシコが外国民間銀行に対し,公的債務の元本返済猶予(モラトリアム)を要請したのを始めとして,中南米諸国は次々に債務の利払い停止やリスケジュールを行い,国際金融市場における信用力は急速に低下していった。80年代後半には,中南米諸国への海外からの民間資金の流入は落ち込み,さらには自国の資金も海外に逃避するなど,投資資金の不足が経済成長の大きな足かせとなっていた。しかし,90年代に入ってからは,マクロ経済の安定化などから信用力が回復し,資金流入も増加している。

中南米諸国の債務指標の推移を,累積債務問題が深刻化する前の80年,累積債務問題が深刻化し資本流入が停滞していた89年,累積債務問題の改善がみられた92年の時点で比較すると,対外債務残高(公的・公的保証付き債務,民間無保証の長期借款,IMFクレジット,短期借款の合計)の対GNP比は,89年にかけて上昇し,その後おおむね低下している(第2-3-11図)。債務残高の対GNP比が最も改善したのはアルゼンチンで,89年には100%近くあったものが,92年には30%程度にまで低下している。また,89年を境に各国で「デット・サービス・レシオ」(対外債務の元本・利息支払い額/財・サービス輸出額)が総じて低下傾向にあるほか,「インタレスト・ペイメント・レシオ」(対外債務の利息支払い額/財・サービス輸出額)も低下しており,中南米諸国の債務状況は,80年代後半の危機的状況から大きく好転している。

一方,こうした中南米諸国とは対照的に,ASEAN諸国の場合,フィリピンにおいて80年代前半に対外債務が急増し,83年10月に対外債務のモラトリアムが実施されたが,他のASEAN諸国では累積債務問題を経験することがなかった。このため,フィリピンを除くASEAN諸国においては,海外から資金が順調に流入し,対外債務残高のGNP比はむしろ上昇傾向にある。

90年代に入り中南米諸国の債務状況が好転した要因としては,まず国内の経済的要因として,①財政赤字の削減やマネーサプライの抑制を柱とするマクロ安定化政策が推進され,高率のインフレが収束したこと,②企業の民営化や金融自由化等を通じて,国内経済の構造調整が進み,経済の効率化や輸出競争力の向上が図られたことがあげられる。また,外部的な要因として,①ブレイディ提案の具体化により債務元本の削減や利払いの減免が行われたこと,②主要国金利が90年後半から低下したことにより,利払い負担が軽減されたことなどがあげられる。

(新興経済の信用力の高まり)

こうした中南米諸国の債務状況の好転により,中南米諸国のカントリーリスクは低下しており,投資対象国の投資適格度を評価した信用格付けも上昇している。94年7月に新通貨レアルを導入するまでは高率のインフレが続いていたブラジルを除いて,90年以降中南米諸国の信用格付けは上昇した。低迷していたアルゼンチンの格付けも,高率のインフレが収束した93年を境に上昇し,ブラジルをしのぐ水準にまで高まっている(第2-3-12図)。一方,ASEAN諸国の信用格付けは,フィリピンを除いて総じて高い水準で推移している。なかでもタイ,マレイシアの信用格付けは,94年においてポルトガルやニュージーランドを上回っており,極めて高い評価を得ている。なお,中国の信用格付けも堅調な経済成長を背景に高まっている。国際的な信用力は海外からの資金調達の可否,および条件に大きな影響を与えることから,海外から有利な条件で資金を調達するためには,今後とも,マクロ経済の安定を図って高い信用力を保っていくことが重要である。

(2) 新興経済の資金フローと今後の課題

(新興経済をめぐる資金循環)

新興経済の国際的な信用力の高まりを背景に,新興経済への活発な資金の流入がみられる。中南米諸国では,80年代には,債務問題が悪化したため,資本収支(ここでは直接投資,ポートフォリオ投資,非銀行民間部門借款の収支の合計)は赤字基調が続いていたが,80年代末以降黒字に転じていった。一方,ASEAN諸国では,高い経済成長が続くなか,80年代を通じて,資本収支はおおむね黒字で推移している。特に89年以降は高水準の資本収支黒字が続いている。

新興経済への資本流入を加速させた制度的な要因として,外資規制の緩和があげられる。すなわち,ASEAN諸国では80年代後半以降,また中南米諸国でも80年代末以降,直接投資規制や外国人による証券投資への制限の緩和決済手続きの改善,税金や取引費用の軽減などが進み,海外からの資金の流入が促進された。

(流入資本の変化)

新興経済へ流入する資本の構成をみると,中南米諸国では,企業の民営化や,債務の証券化等の影響もあって証券投資が急増している。一方,ASEAN諸国では,直接投資資金の流入が活発で,流入資本の中で大きな比重を占めている。93年には,世界的な金利低下や株式市況の活況,また,新興経済のパフォーマンスの高まりを背景に,海外の債券市場での債券発行や,新興経済の株式市場への先進国からの投資が拡大するなど,証券形態による新興経済への資金流入がさらに進んでいる。

また,長期債務の動向を民間無保証長期借款(公的機関による債務保証の付いていない民間部門の対外長期借款)と,公的・公的保証付長期借款(中央政府等の公的部門の対外長期借款,及び公的機関による債務保証の付いた民間長期借款)に分けてみると,中南米諸国では,89年以降,民間無保証長期借款の増加がみられる(第2-3-13図)。また,ASEAN諸国においても,フィリピンを除いて民間無保証長期借款の増加が顕著である。このように新興経済においては,経済の成長とともに民間部門への長期資金の流入が活発となり,海外貯蓄を活用して民間部門が成長した結果,経済成長が加速した。

(証券投資流入の拡大と新たな市場)

新興経済の株式市場へ資金流入が拡大している要因の一つに,カントリー・ファンド(特定国の株式を投資対象とする会社型投資信託)の増加があげられる。カントリー・ファンドは,専門の資産運用者が投資を行っていることから,新興経済に専門的な知識のない一般の投資家も比較的容易に投資でき,新興経済に対する株式投資資金の裾野を広げ,投資資金受入国の株式市場の成長に寄与する効果がある。同時に,投資受入国でカントリー・ファンドが設立された場合には,設立に参加した先進国の資産運用者から,投資受入国の資産運用者に,株式投資技術や市場調査手法の移転が進むなどの効果も期待できる。

また,新興経済の国際債券市場における起債が活発化したなかで,ドラゴン債と呼ぱれる債券の起債も増加した。ドラゴン債とは,日本を除くアジア市場で,募集,値決め,組成される債券で,香港,シンガポール,台湾市場のうち少なくとも2つの市場に上場され,かつアジア地域で売買される債券の通祢である。ドラゴン債市場拡大の背景には,東アジアの新興経済,とくにアジアNIEs諸国では金融資産の蓄積が進み,それら経済が資金の供給先として重要となったことがある。債券発行体の所在地に近い市場において起債が可能となることは,発行体の信用が比較的得られやすいため,調達コストの低減に寄与するものと考えられ,アジア新興経済の新たな資金調達手段としての,ドラゴン債市場の更なる発展が期待される。

(安定的・効率的な資金調達のための課題)

今後とも旺盛な資金需要が続くと予想される新興経済では,安定した外国資本の流入が,経済成長を持続させるために重要である。新興経済に共通して求められることは,まず①国際信用力を維持するため,マクロ経済の安定を重視した経済運営に努めること,②一層の構造調整を進め,経済の効率化を図ることである。それに加えて,一層の金融改革を進め,③国内金融市場の整備に務め,外国資本にとって魅力的な投資の受け皿作りを進めること,また,④外資規制の緩和を進め,新興経済への投資を行いやすい環境を作ることが大切である。

特に,中南米諸国に対しては,90年代に入り順調な資金の流入がみられているが,91,92年のメキシコとブラジルにおける資本流入の大部分は証券投資によるものであった。証券取引は売買が容易であることから,投資環境の悪化に対し投資家は証券を容易に売却することができる。そのため,証券投資資金は必ずしも長期的に安定的なものとはいえず,今後は直接投資資金の獲得が求められる。そのためにも,マクロ安定化,構造調整を進めるとともに,直接投資受け入れの基盤となる法制度,インフラなどの投資環境整備が望まれる。

5 金融改革における政府の役割

本節では,新興経済の金融改革の進展と,それに伴う金融環境の変化をみてきたが,その特徴は,以下の3点に要約される。

    ①金融自由化の進展を背景として,金融資産の蓄積と金融仲介の量的拡大,ならびに金利機能を通じた効率的な資金配分が実現されるようになった。

    ②証券市場の育成が図られた結果,特に株式市場が著しく成長し,長期低コスト資金の調達と資金運用の多様化が可能となった。

    ③外資規制が緩和され,海外からの資金流入が増加するとともに,国際金融市場での資金調達・運用が活発化し,金融面での国際的な相互依存関係が深まった。

途上国の金融市場が国際金融市場に統合されていくにつれて,その市場整備のありかたにも変化がみられる。

まず,国際金融市場との統合は,国内金融市場の一層の自由化を促している。例えば,金利規制と信用割当が機能するためには,資本取引規制を課して内外資本移動を制限する必要がある。しかし,こうした措置は国際的な資本移動を阻害するため,金融が国際化するに伴って金利規制や信用割当を維持することは困難になった。外国金融機関の参入規制の緩和についても,国内金融市場の規制が強く競争的な環境が整備されていない場合には,参入した外国金融機関が単に独占的な利潤を得るにすぎず,金融市場の競争と効率性を促進する効果は限られたものになる。従って,外国金融機関の参入規制の緩和は,国内金融市場の規制緩和を伴うものでなければならない。

また,金融の自由化と国際化が進展する一方で,それに伴うリスクに対処するため,銀行や証券会社の健全な経営の確保や投資家保護などが求められている。そめため,国際的な金融システムとの調和を図りつつ,銀行の自己資本比率規制や,インサイダー取引規制等の制度的インフラストラクチャーを構築することが必要となっている。途上国においても,バーゼル委員会や証券監督者国際機構(IOSCO;International Organization of Securities Commissions)で進められている銀行や証券会社の国際的な規制の統一基準作りとの調和を図ることが求められている。

金融環境が変化するなかで,途上国政府は,①金融市場が効率的に機能するよう,金融市場の一層の自由化を実施すること,②金融機関の健全な経営や,証券取引の公正さを確保するための制度インフラの整備を行うことが求められている。