平成5年
年次世界経済報告
構造変革に挑戦する世界経済
平成5年12月10日
経済企画庁
第2章 持続的成長及び市場経済化の条件
中南米諸国における80年代は,累積債務の重圧下,大幅な財政赤字や高インフレを抱えた低成長の時代であった。債務危機が起こった82年がら89年にがけての実質GDPの年平均成長率は1.3%にとどまり,4~7%の成長が可能であった70年代に比較し,「失われた80年代」と呼ばれている。
しかし,近年,一部の国を除いて状況は好転している。国連によると中南米地域の90年から92年にかけての実質成長率は年平均2.3%であり,ブラジル,ペルー他数か国を除くと5.0%になる。消費者物価上昇率もブラジルを除けば,80年代の高インフレから91年は49%,92年は22%と低下してきている。
本節では好転の要因として,まず,金利低下などの国際金融環境の変化による対外負担の軽減をみた後,チリ,アルゼンチン,ブラジルの3か国を取り上げ,インフレ抑制を中心に経済改革への取り組みを整理し,課題を検討する。
近年の回復は,世界的な金融環境の変化によりもたらされたところが大きい。第1は,世界的な金利低下による債務の利払いの軽減である。第2は,新規資本の流入が起こったことである。
第1の変化をみると,ロンドン銀行間出し手レート(LIBOR,6ヶ月物)は84年平均で11.29%であったのが,92年平均では3.90%へと大幅低下した。これを反映して,対外債務の利払い額は,84年の353億ドルをピークに91年は271億ドル,92年は更に218億ドルに減少したとみられる。この結果,対外債務負担の動向を利払い額/輸出等額比率でみると83年の29.8%から低下傾向にあり,91年15.9%の後,92年は12.1%となったとみられる。このように対外的な負担は大きく軽滅された(第2-6-1図)。
この背景には国際的な債務軽減努力の効果もある。中南米においては,ブレイデイ提案により,現在までに額面にして102億ドルの債務が削減された(注)。民間部門の新規借入れの増加等から債務残高(短期及び公的・民間長期債務の合計)は滅少していないものの,対GNP比はピークの87年に64.9%であったものが,91年は41.4%に低下し,92年には37.6%まで低下したとみられる。
第2の変化をみると,米州開発銀行に加盟する中南米諸国25か国の資本収支の黒字は,90年の170億ドルから91年には363億ドルに増加している。これは当該地域の経済状況の好転を背景に直接投資や証券投資が増加したためである(第2-6-2表)。国連ラテン・アメリカ・カリブ経済委員会の推計によると,92年も570億ドル(91年392億ドル)と大幅な資本流入があったとみられる。国別ではメキシコが233億ドルと4割を占め,ブラジル101億ドル,アルゼンチン93億ドル,チリ27億ドルとなっている。ただし,これには先進国の金利低下を背景に,利回り格差をねらった投機的な投資も含まれると考えられる。
国際的な金融環境の好転は,債務残高の規模,変動金利債務の割合の差によって違いはあるものの,累積債務国に好影響を与えるものである。しかし,チリ,アルゼンチン,ブラジルの80年代以降の3か国の経済パフォーマンスの変化をみると相違がみられる(第2-6-3表)。(メキシコについては平成3年度世界経済白書参照)
チリは債務危機後,最も経済パフォーマンスの改善した国の一つである。実質GDP成長率は82年14.1%減,83年0.7%減のあと9年間連続してプラスであり,92年は10.4%(91年6.0%)となった。失業率は82年に19.6%に上昇した後は一貫して低下傾向にあり,92年は4.4%となった。また,消費者物価上昇率は81年以降10~30%の間で推移している。財政収支の対GDP比は83年に3.7%の赤字であったが,87年以降黒字に転じており,91年は1.6%の黒字となっている。輸出等の対GDP比は82年の19.1%から上昇傾向にあり,91年には35.7%となった。
アルゼンチンの経済をみると,実質GDP成長率は80~89年に年平均で1.2%減のあと,90年からプラスに転じ,91年は8.9%,92年ほ8.7%の成長を遂げている。失業率は,90年8.6%と上昇した後,92年は6,9%となった。また,消費者物価上昇率は89年にピークの3079.8%を記録した後,91年171.7%,92年24.9%と急激に低下している。財政収支は対GDP比で82,83年とも15.1%の赤字であったが,その後赤字幅は縮小し,91年には0.7%の赤字となった。輸出等の対GDP比は82~89年まで10%から20%の間で推移している。なお92年の貿易収支は,一次産品の価格低迷等により,12年振りに17億ドルの赤字(前年は46億ドルの黒字)となった。
ブラジルの実質GDP成長率は80~91年に年平均で1.4%と低い成長にとどまり,92年は0.9%減とマイナス成長となった。失業率は84年に7.1%と上昇した後,80年代末にかけて低下した(89年3.4%)が,90年代に入り再び上昇傾向にある。消費者物価上昇率は一時鈍化したものの,92年は883.0%(91年481.5%)と高率の上昇となっている。財政収支の対GDP比は82年の16.6%の赤字以降,年々悪化し,89年は83.1%となり,90年も26.9%の赤字となった。輸出等の対GDP比は,82~89年まで10%前後で推移していた。
以上80年代以降の各国の経済パフォーマンスをみたが,インフレについてはチリの好転に比べて,アルゼンチン,ブラジルで89年に高インフレが発生した。それぞれマクロ経済安定化と構造調整を組み合わせた政策が採られたが,91年以降アルゼンチンがインフレの抑制を持続しているのに対して,ブラジルは成功していない。成長率は,90年以降についてはチリ,アルゼンチンが堅調である一方で,ブラジルでは不振である。財政収支は,チリ,アルゼンチンで改善した一方で,ブラジルは悪化している。このように,国際的な金融環境の好転は,3か国に同様の結果をもたらしてはいない。その原因を探るため,次に各国で大きな差のみられるインフレ問題についてみる。
3 インフレ高騰につながった財政赤字増大とインデクセーション(物価スライド制)
3か国の経済パフォーマンスの中でも特にインフレ問題の解決に大きな差がみられる。ここでは,中南米においてインフレ抑制を困難にしてきた要因と考えられている財政赤字とインデクセーションについてみてみることにする(第2-6-4図)。
対外債務の内で公的債務が大きな割合を占めている中南米諸国においては,債務危機以後その利払いが財政赤字増大の大きな要因となった。債務危機以後,政府支出及び対外債務の利払いを,新たな国外からの借入れによりファイナンスすることが困難になった状況下において,政府は財政赤字を国債の発行ないしは中央銀行による通貨の増発によりファイナンスした。また,対外債務支払いに必要な外貨を得るために貿易収支を黒字にする必要があるが,このために行われた為替の切下げにより自国通貨でみた対外債務利払い額の増大がおこり,これが一層の財政赤字の悪化につながった。とりわけ,民間部門で主に黒字が発生したブラジルでは,通貨や国債の発行を通じて民間部門の外貨を吸収し支払いに当てなければならながった。この結果,国債の財政赤字に占める割合が増大した(この対外債務返済の過程における国内債務の増大は,外債がら内債へのトランスファ一問題と言われている)。
財政構造上の問題として,徴税システムの不備による税収の低さという歳入面での問題と,高い人口増加率や貧困者層の存在のため雇用促進や社会保障などの社会関連支出が多いこと,また産業全体に矢きな割合を占める非効率な国営企業に対し多額の支出をしなければならず,歳出削減が困難であったことなどの歳出面の問題が存在している。特にブラジルでこの問題が顕著で,世銀開発報告(93年)によると,中央政府の総経常収入に占める税収の割合は91年で28.2%となっている。これはアルゼンチンの91.2%,メキシコの92.4%と比べると非常に低い。また,ブラジルの財政赤字に占める州および地方政府,公企業の割合は依然大きい。
中南米においては,財政赤字のファイナンスを中央銀行による国債の引受け,通貨の発行により安易に行う傾向があったため,財政赤字を歳入,歳出の健全化によって改善するという取組みが遅れた。
三の点に関し,ブラジル以外の主要国では,近年,状況改善のための努力がみられた。チリでは89年に新中央銀行法が制定され中央銀行の独立性が保証された。アルゼンチンでは92年の中央銀行法の改正により中央銀行の連邦政府からの独立が強化され,金融機関への資金供給禁止や市場価格の国債購入を除く連邦,州政府へのファイナンスの禁止などが定められた。
インフレが更に財政赤字を拡大し,それがまたインフレを高進させるメカニズムが働いた。国債発行によって,資金を集めるためには実質金利をプラスに維持する必要があり,これが名目金利上昇により国債利払いを増大させ財政赤字を拡大し,更にそれを補填するために国債を発行するという悪循環をもたらした。また,ブラジルでは国債の財政赤字に占める割合が増大したため,国債に対する信頼性は失われることとなり,国債がオーバーナイト市場で取引されるようになり,国債が流動性の高い準貨幣的な性質を帯びるようになった。このことは,流動性の増大を招きインフレ圧力を高めた。また,通貨の増発および,国債の発行による財政赤字の補填によるインフレの高進は,為替の減価をもたらし,それが更に自国通貨建てでみる対外債務利払い額の増大を招いて財政を悪化させる結果ともなった。
インフレを悪化させた要因として各種のインデクセーションがある。賃金インデクセーションは特定産業部門の価格上昇が全産業部門の賃金を上昇させ,労働コストの上昇から生産物価格の上昇が広範化する。この生産物価格の全般的上昇は,当初の特定分野での生産物価格の上昇よりも一段上のインフレを引き起こす。国債等ヘインデクセーションが適用された場合には,財政赤字の拡大につながる。また,インデクセーションの適用により,国内の相対価格が硬直的なものとなり価格調整が困難になる。
チリは,82年の段階で賃金インデクセーションを廃止している。アルゼンチンにおいては,90年のボネックス・プランの実施と同時に,為替,物価,金利,賃金等も自由化し,また,その1年後にインデクセーションの廃止を決定した。ブラジルのインデクセーションは,64年の通貨価値修正付きの国債(ORTN)の発行に始まり,その後,賃金,価格,債務等にも適用されるようになった。ブラジルでは,これまでに幾度かインデクセーションの廃止が行われてきたが,長続きせず短期間で復活している。91年の第2次コロル・プランでも賃金のインデクセーションが廃止されたが,インフレの高進が続いており,議会等でもインデクセーション復活の動きがみられている。
ハイパーインフレに陥った国では,総需要抑制政策等のインフレ抑制策だけではインフレ期待がおさまらず,賃金,物価等を凍結するショック政策が実施されることが多い。しかし,ショック政策だけでは,ゆがんだ価格体系および財政部門の問題等を本質的には解決しない。それと組み合わせて実施される価格体系および財政構造等の変革への政策に対する信頼性が,インフレ期待低下のためには重要である。構造改革の信頼性は,財政赤字の慢性化要因にどのように対応しているかに依存する。それは前述のように中央銀行がどの程度の独立性を確立しているか,財政の歳入,歳出の両面から健全化がどの程度進んでいるか,国営企業の民営化・貿易の自由化により市場を効率的にする努力が行われているかの3点である。以下この3点に注意しながら各国の経済政策の実際の流れをみる。
財政政策については,70年代のピノチェット政権時に,既に財政改革が進められ,80年時点で財政黒字を達成していた。しかし,82年以降,債務返済の拡大に加え,銅の国際価格が低下したことにより財政が悪化した。そのため,82年以降,新たに財政収支改善策が講じられた。すなわち,a)一時的な輸入関税引上げ,b)歳出削減策の実施(特に公務員の賃金上昇を物価上昇率以下に厳しく抑制した),c)債務削減策の実施(88年以降,公共部門の債務削減に成功し,利払い支出が抑制された),d)銅の輸出収入の財政赤字削減への使用,e)年金制度の改革などである。この結果,財政収支は安定的に推移している。
また,チリでは82年までに公的部門の多くが既に民営化されていたが,80年代後半,チリ開発公社の傘下の国営企業を中心として,再度民営化が本格化した。その際,株式は外国資本はも売却され,デット・エクィテイー・スワップ(注)等により,対外債務が大幅に削減された。為替政策については,82年6月には変動為替相場制に移行した。83年12月以降現在まで銀行間等の公式市場では,中央銀行の公示相場の指示により内外のインフレ格差に応じてペソを切り下げるクローリング・ペッグ制(平価の小幅変更制)が採られている(非公式市場では自由参加で需給関係に応じたレートとなっている)。
貿易政策については,債務危機後,関税が引き上げられていたが,85年以降,貿易収支が好転したことから再び段階的に引き下げられ,91年には11%となった(85年35%)。輸出促進政策としては,86年3月に,非伝統産品に対し,85年にさかのぼって関税払戻制度等が実施されている。
① ショック政策
83年から89年までのアルフォンシン大統領の時代に4度にわたり価格及び賃金の凍結などのショック政策により経済の安定化が図られた。この政策は財政赤字削減及び中央銀行による国債引受けの禁止等の構造的改革を含むものだった。しかし,国営企業等の赤字削減が進まず,中央銀行が金融機関の預金を高金利で強制的に吸収し国及び州立銀行に低利で融資するという手段が残されていたため,政策に対する信頼性を失わせ,一時的なインフレ鎮静化後,再度インフレは高進した。この時期には,対外的環境も悪化しており,輸出の減少により税収が減少したこと,貿易収支の悪化により為替切下げ期待が生じ資金の対外逃避が起こったことも,政策の信頼性の喪失につながった。このため,89年のメネム大統領就任時は激しいインフレの最中であり,また,中央銀行の高金利による預金の吸収は,中央銀行の負債を増大させ,国内債務の中でも中央銀行の負債が大きな影響を与えるようになっていた。この国内債務償還圧力に対処するため,90年1月のボネックス・プランの実施により,通貨流通量の3割弱に達する定期預金を封鎖し,そのうち100万アウストラルを越える分を10年満期のドル建て国債に強制的に移し替えた。このような措置を実施したことにより,流動性は大幅に-滅少したが,通貨への信頼性は大幅に低下し,金利は上昇した。この通貨の信頼性の低下に対処するため,91年3月の通貨自由兌換法( 4月実施)により外貨準備高にリンクするように為替は固定された。これにより通貨に対する信頼は回復され,需要が高まった。為替レートの固定は,ボネックス・プラン後のインフレの鎮静化を維持するのに有効であった。
② 構造改革
メネム政権は,財政収支改善の取組みの一環として91年以降付加価値税の対象を拡大し,税率を引き上げるとともに徴税強化を図った。財政支出削減のため公職を減らし,民営化も進めた。民営化についてはアルフオンシン政権時代はあまり進展してはいなかったが,89年8月に制定された国家改革法に基づいて,公営企業の民営化が次々と実施されており,92年までの3年間で50社以上が民営化された。その結果,財政収支は改善している。
金融政策については,ボネックス・プランの実施に伴い,中央銀行による高利の預金吸収策とそれを用いた公的部門への融資が廃止された。また,金融・資本市場の手数料の自由化,社債発行にかかる規制の緩和等の金融・資本市場の整備を進めている。
貿易政策も基本的に自由化の方向にある。輸入については,92年にはブラジルからの輸入が急増したため,一時的な措置として輸入統計税(実質的な関税)を引き上げたものの,91年1月以降,最高輸入関税率引下げなどの輸入自由化が実施されている。輸出については,輸出税が徐々に撤廃され,一部の品目(油糧種子等)を除き廃止されている。
① コロル政権の経済改革
ブラジルでも,アルゼンチン同様に価格統制を含むショック政策が何度も導入されてきた。86年就任のサルネイ大統領の時代には4度にわたりショック政策が採られた。コロル大統領の時代にも,90年3月の第1次コロル・プラン,91年の第2次コロル・プランで,それぞれ価格凍結と賃金凍結が行われ,また,賃金のインデクセーションが廃止された。しかし,インフレ抑制の効果は長くは続かなかった。
財政改革については,コロル政権になって初めて本格的に実施さ,れた。90年3月には,証券取引税の引上げ,一時的な金融取引税の強化等,増税が行われた。また,徴税強化,公共料金の引上げ,補助金の廃止等が行われた。この結果,90年の財政収支はプライマリー収支(利払いと通貨価値修正分を除いたもの)でみると黒字に転じた。民営化についてもコロル政権下において進められ,91年10月にウジミナス製鉄所が民営化されたが,依然として民営化の進展状況は芳しいものではない。
貿易政策は自由化の方向にある。第1に75年以来,実施されてきた1,200近くの禁止品目リストの撤廃,第2に輸入関税の削減と標準化が90年に行われた。また,為替レートは90年3月のコロル・プランで変動制に移行された。
② イタマル政権の経済政策
コロル大統領を継いだイタマル政権は93年4月24日付けで次のような経済政策を発表した。a)マクロ経済安定政策としては,銀行間のオーバーナイト取引について,当月のインフレ率を上回る金利水準にすることを禁止する,b)財政改革については,重要なプロジェクト以外について,歳出を合計140億ドル削減し,国営企業の支出についても一律10%削減する,c)更に,税金滞納についても年内に支払った場合には罰金を軽減する,d)民営化プログラムは継続・拡大し,外資による100%保有が可能となるように必要措置を講ずる等である。しかし,歳出削減を唱えながらも一方で,農業,建設,自動車製造業を助成する政策も計画されていることから,結果的には,削減額以上に支出が増大する懸念がある。
以上,3か国の対応の違いをまとめると以下の通りである。
チリにおいては,財政面については早くから構造改革が進められ,比較的良好な状態を示しており,また,国営企業による外貨獲得の安定化が図られている。中央銀行の独立性も比較的早い段階で確立しており,国家の政策に対する信頼性は当初から高かった。このため,インデクセーションの廃止と為替レートの調整が的確に行われることが,インフレ抑制の要件であった。アルゼンチンにおいては,ショック政策によるインフレの低下が図られた後,為替の固定や,インデクセーション廃止によるインフレ圧力の抑制が行われた。また,財政面の構造改革としては,中央銀行の独立性の強化,歳入の増加と国営企業の民営化による歳出の削減が実施され,政府の政策に対する信頼性は高まっている。しかし,通貨価値の安定を図るための為替の固定は通貨の過大評価をもたらしている。為替切下げ期待が高まるならば,かつてのように資本の対外逃避が生じる可能性もあり,為替の固定が可能なうちに一層の構造改革を進める必要がある。
他方,ブラジルは,ショック政策によるインフレの抑制,賃金インデクセーションの廃止などインフレ圧力の減少に努めている。しかし,徴税制度の不備による歳入に占める税収の低さや,中央銀行の独立性が確立されていない状況から,政府の長期的な構造改革に対する信頼性は高いとはいえない。また,歳出の削減を唱えながらも,民間部門への支出を増加させようとしている点や為替レートの減価が債務の利払いを増大させる点を考慮すると,今後の財政赤字の減少は困難が予想され,インフレ期待を抑制することは難しいと考えられる。
以上の3か国の比較から,インフレの抑制等経済の安定化には,健全な財政制度の確立,中央銀行の独立性の確保,市場の効率化の追求が必要である。更に,今後,経済の安定化を超えて持続的成長を実現していくためには,割安な為替レートに過度に頼らない工業品の競争力の強化を図るとともに,外国がらの直接投資を引きつける安定的で魅力的な投資環境整備が重要であろう。既に経済の信頼の回復とともに中南米への直接投資が増加傾向にあり,一層の改革努力が望まれる(第2-6-5図)。