平成4年

年次世界経済報告

世界経済の新たな協調と秩序に向けて

経済企画庁


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第3章 市場経済移行国の経済改革と世界経済への融合

第3節 中国の経済改革

中国では経済改革・対外開放政策を導入してから既に14年が経過しようとしている。この聞,共産党の指導の下,計画経済も市場経済も経済発展の手段であり,社会主義と資本主義を分ける目安ではないとの現実的な考えに基づき,市場メカニズムを経済発展のための一つの手段として積極的に取り入れてきた。実体経済をみても,中国経済は80年代より目ざましい高成長を遂げ,輸出も拡大してきている。88年末より続いていた経済調整(金融,投資の引締め)はインフレの鎮静化を受けて,91年末には終了した。旧ソ連の解体や中・東欧における経済改革の進展など世界の潮流が変化をみせる中,中国でも,国営企業の改革,価格の自由化などの面で積極的に改革が進められようとしている。

92年10月に開催された中国共産党の第14回全国代表大会においても,「社会主義市場経済体制」という新たな概念を導入し,現在の改革・開放路線をさらに進展させることにより,経済建設の発展を促すとの方針を提示するなど,経済改革に対する積極的な姿勢が示されている。しかし,中国の経済改革も決して順風満帆に進展しているわけではなく,以下で述べるように幾つかの課題も浮かび上がっている。

中国の経済改革の特徴としては以下の4点が挙げられる。まず,価格の段階的な自由化にみられるように,中国の経済改革はその進展が比較的緩やかである。中国では,農産物価格に比して,工業品価格,中でも生産財については価格の自由化の進展が緩やかである。第2には,所有制等の体制の根幹に係わる問題にはあまり触れずに,中央に集中した権限の分散により,各経営主体の生産力強化を促したことである。農業では各農家に土地の貸付と生産の請負制度を導入し,工業では国営企業の経営に係わる権限が強化され,これらの措置により経営者のインセンティブが高められた。第3には,郷鎮企業などの非国営企業の発展を促進してきたことが挙げられる。第4には,西側からの資本の導入,輸出の振興など外向きの経済発展を図ってきたことである。こうした改革は,対外開放政策と相まって中国の経済発展に犬きく寄与している。

しかし,計画経済と市場経済とが混在する現在の体制下では,経済の調節手段である価格,金利,労働市場等の調整機能が未だ効果的に働いておらず,マクロ経済の不安定さといった問題も顕在化している。また,国家の手厚い保護の下で,経営の効率アップを怠ってきた国営企業は,経営悪化から国家財政の負担を重くしている。このため,中国政府は92年の経済改革の重点として,国営企業の活性化を掲げている。しかし,国営企業の根本的な経営改善を行うためには,価格,金融,財政,社会保障制度といった各方面の制度改革も同時に進める必要がある。国営企業の改革促進により,中国の経済改革も今後は本格的な進展が求められているといえる。

また,経済の発展が進む一方で,最近では開発の地域格差,貧富の差も拡大している。広い国土を有する中国では,経済発展を図る手段として,まず沿海部の成長を促し,次第に内陸部へと開発を拡げていく「先富起来」(豊かになれる所から豊かにする)の方針を採ってきた。しかし,その発展メカニズムを内陸に波及させるべく,外資の優遇地区の設置範囲を拡大するなどの措置も採られるようになっている。

1 マクロ経済の管理体制

中国はこれまで何度かのインフレに悩まされてきたが,これは財政・金融によるマクロのコントロールが十分に機能していなかったことによる。従来,中国の財政,金融制度は中央の一元的な管理の下にあった。制度改革あるいは分権化により,財政,金融制度の見直しが進められているが,その一方で,これらの分野の制度改革は未だ不十分であり,このことが,現在のマクロの不安定さの要因ともなっている。

(金融制度の改革)

金融面では銀行の機能が強化された。中国人民銀行に中央銀行としての機能を特化させ,その管理の下に,工商銀行,農業銀行,中国銀行,建設銀行等の専業銀行が設立された。これら各専業銀行の貸付業務は人民銀行により規制を受けている。人民銀行は,各専業銀行に対して,年度ごとの貸出計画を査定・許可し,その計画に沿って各専業銀行の貸付限度額を設定する。専業銀行が,限度額を超える貸付を行うために人民銀行から資金を借りる場合は,限度額枠内の貸付金利よりも高く設定されたペナルティ・レートが課せられることとなっている。

また,国営企業の投資資金については,財政による直接的な支出から,銀行による貸出へと改められた。このため,人民銀行は,従来の運転資金貸付業務に加え,固定資産投資への貸付業務の管理も行うこととなった。この結果は,国営企業の資金調達の方法にも現れており,銀行借入を含む国内借入の項目のシェアが拡大しつつある(第3-3-1図)。このように,経済活動における金融システムの重要性は増大しつつある。

ここで,実際の貨幣集計量の動きをみてみよう。第3-3-2図に,1980年から91年までの貨幣集計量(現金流通残高と通貨供給量〈Ml〉)と,小売物価上昇率の推移を示した。小売物価上昇率の動きをみると,中国経済は改革以来,80年,85年,88~89年と3度に渡リインフレ過熱の時期があった。インフレ高騰の背景に過剰な流動性が存在していることは,グラフの現金流通残高などの貨幣集計量の動きからもみてとれる。総じていえば,過熱期に先立ってこれら貨幣集計量は急激に高まっているが,特に現金流通残高と物価の相関はきわめて高くなっている。85年の過熱期以後は,政府により金融政策は引締めへと転じ,金利の引上げや銀行融資の監視強化などの措置が採られたものの,これら貨幣集計量の動きをみると,増加率は86年以降もさほど抑制されておらず,88年からの再度の金融引締めを経て,ようやく鎮静化していた。ただし91年以降は再度増加の気配がみえ,インフレの上昇が懸念される。

この時期,金利はどう推移していたのか,第3-3-3図からみてみよう。改革前に低く抑制されていた中国の金利体系は,79年の個人預金金利の調整以後,水準の引上げが進められ,85年までは実質金利でみてもプラスの状態が続いた。85年には物価が上昇したため金利の引上げが実施され,86,87年も実質金利のプラスは維持された。しかし,小売物価が5%を越えて上昇を始めた87年には金利は引き上げられず,20%へ急騰した88年9月にようやく引締め政策の一環として金利の引上げが実施された。鎮静化をみせないインフレに対し,89年2月に再度引上げが行われたが,ともに引上げ幅は小さく,実質金利は88,89年とマイナスとなっており,十分な金融調節機能は果たせていなかった。

過剰な流動性の生じる要因としては,①金利による調節機能が充分に働いていない点に加え,②銀行が国営であるため,非効率な融資に対して十分なモニタリングが行われず,不良債権を抱えやすい,③各銀行に対する地方政府の監督権限が強く,銀行融資の決定に対しても地方政府の意向が反映されやすい,といった銀行の貸出態度に関する問題点も同様に挙げられる。物価の上昇には,価格改革に伴う価格水準の引上げや,賃金上昇による国内消費の拡大等の影響もあるが,同様に過剰な流動性の存在も大きいとみられる。

中国では所得の増大にともなって家計貯蓄も大幅に拡大している。都市・農村の家計貯蓄総額(残高)のGNP総額に対する比率をみると,81年の11.0%から90年には39.3%へと大きく拡大し,国家銀行預金総額に占める割合も,25.7%から60.4%へと上昇している。こうした家計貯蓄を中心に増大する貯蓄を,社会資本の整備等へ効果的に活用しうるよう,金融制度の整備を強化していくことが必要であろう。

(財政制度の改革)

財政面では,国営企業に対する利潤上納制から納税制への移行,地方政府への財政管理の権限委譲(財政請負制度の導入)等の措置を採っている。しかし,80年代に入り国営赤字企業への補填金が膨らむ中で,中央財政も赤字傾向が続いている。

まず,財政赤字の推移を第3-3-4図からみてみよう。中国の財政統計では,国内外の債務収入が歳入の中に入っているため,これを除いて収支をみると79年より一貫して赤字財政となっている。対GNP比では2%程度と水準は低いが,慢性化した赤字財政の解消は中国政府も重要な課題としている。また,債券を発行しながらもさらに赤字財政となっている中国では,赤字のファイナンスを人民銀行にも依存しており,これがマネーサプライの増大に繋がる懸念もある。

歳入面の動きを各項目ごとの対GNP比率でみてみると,まず,国営企業からの利潤上納額(中国の統計では「企業収入」がこれに当たる)は78年には15.9%と,歳入項目の最大のシェアを占めていたが,91年には0.4%へと大きく低下しており,歳入の大半を占める工商税収(所得税や間接税等を含む)は,78年の12.6%から90年には11.0%と伸び悩みがみられる。このため,歳入総額にも伸び悩みがみられ,歳入総額の対GNP比率は78年の31%から91年には18%へと大幅に低下している(第3-3-5図)。従来,国営企業は利潤上納制を採っていたが,83~4年より納税制への移行が進んでおり,この結果,85年を境に国営企業の政府上納金が急減している。代わって工商税収がそのシェアを高め,85年には対GNP比率で14.0%へと拡大したものの,税収への貢献度の高い国営企業の経営が低迷しているため,その後の工商税収も伸び悩んでいる。

一方,歳出面をみると,このような歳入が伸び悩む中で,歳出削減の努力がなされてきたが,経済建設資金や各種の補助金等で支出圧力が高く,今後の抑制はかなり困難であるとみられる。歳出の項目別のシェアをみたのが,第3-3-6図だが,建設投資費用や国防費で低下がみられるのに対して,文化・教育関連の支出や行政費では上昇している。中でも,最も上昇著しいのが,国営赤字企業に対する補填金である。価格補助金は,改革当初こそ農産物の買付け価格引上げ等で支出が拡大したが,価格の自由化にともなって81年をピークに以後はシェアを低下させている。一方で,国営企業への赤字補填金は,国営企業の経営悪化を背景に,85年よりそのシェアを高めている。今後,財政赤字の削減を図る上では,国営企業の経営を向上させ,税収を伸ばすと同時に赤字補填金を縮小していく必要があるだろう。

(まとめ―弱い歳入基盤)

経済改革の進展過程では,価格の自由化や,分権化による企業の意思決定の強化など,市場経済メカニズムの導入が進められてきた。しかし,それまで国営工業企業を基本的なタックス・ベースとしてきた租税体制の下では,このような経済システムの変化は,財政収入の大幅な滅少という困難をもたらす。この点では中国も例外ではなかった。まず第1に,中国の価格改革は,農産品価格に比して工業品価格ではその進展が比較的緩やかで,その結果,工業品の農産物に対する交易条件は低下し,国営企業の収益は低下した。第2は,郷鎮企業や外資企業が台頭する中で,改革の遅れた国営企業は相対的に良好な経営を維持することができなかった。ただし,郷鎮企業や外資企業も急速に成長してはいるが,低迷する国営企業の税収の肩代わりをするまでには至っておらず,国営部門に依存する財政構造には未だ大きな変化はみられない(90年で歳入の75%は国営部門に依存している)。そしてこれらの要因,を背景に,国営工業企業の利潤の滅少を通じた国家財政の基盤の脆弱性が表面化した。

このような国営企業に依存した歳入基盤が脆弱化する状況は第3-3-5図で確認できる。すなわち,78年の改革初期においては,全体の歳入はGNPに比して31.2%であったが,91年には18.1%へと大きく低下している。しかも,このような大幅な歳入減は,国営企業からの上納がこの間,納税制への移行に伴い,15.9%から0.4%へと低下する一方で,国営企業の経営不振を背景に税収が伸び悩んだことによる所が大きい。

このような状況の中で政府は歳出面の大幅な削減努力を行い,財政赤字をGNPの2~3%程度に止めてきた。しかし,これは真の財政赤字を反映していない面がある。すなわち,財政に裏打ちされた国家投資が相対的に減少する中で,国営企業の投資は金融機関のファイナンスにより実行されたのである。第3-3-1図に示した国営企業の資金調達手段の推移からもこのことが確認できる。国営企業を含めた広い意味での公的部門の赤字はさらに大きなものとなる。そして,これが88年前後のマネーサプライの急増とインフレの高騰という状況をもたらすこととになった。このようなインフレ発生のメカニズムは現在に至るも十分な改善はなされていない。

2 国営企業の活性化

社会主義体制を採る中国では,経済において国営企業がなおも重要な位置を占めている。国営企業の数は10万余社,従業員数は1億人余にのぼり,国家財政は,歳入の70%を国営部門からの収入に依存している。国営企業の中でも柱となるのが,大・中規模の国営工業企業(生産規模などで大・中・小に区分)であり,その数は僅か1万余社で全体の2.5%にすぎないが,石油・天然ガス・電力などのエネルギー部門や,鉄鋼,非鉄金属,といった重化学工業,交通などの基幹産業をほぼ抑えている。

しかし,最近では郷鎮企業などの非国営企業が成長し,国営企業に匹敵する生産を行っている。鉱工業生産額に占める国営企業のシェアをみると,79年には78.5%だったが,91年には52.8%へと低下している。一方で,郷鎮企業などの非国営企業が急速に成長している。郷鎮企業の鉱工業生産額に対するシェアは79年の9.1%から91年は30.8%へと伸びている。中国の国家統計局と国家計画委員会が共同運営する全国情報センターの報告では,今後国営部門は更に縮小し,2000年までに国営部門のシェアは約4分の1,集団所有部門(郷鎮企業も含まれる)は約半分,私有部門は約4分の1となるとしている。それでも,国営企業は基幹産業を担い,前にも述べたように,中央財政に対する影響税収,赤字補填金など)も大きく,国営企業の経営を改善することは,今後の経済発展のためにも必要不可欠である。

(低迷する国営企業の経営)

国営企業は従来より経営状況は芳しくなかったが,88年の経済調整期以降,経営の悪化が目立っている。調整期には,総需要抑制の観点から国内投資の圧縮,金融引締めが進められ,その結果売れ残り在庫は増大,企業の経営効率は低下し,経営赤字が拡大している。

また,この時期には資金難に陥った企業間での債務の焦げつき(「三角債」と称されている)が増大し,その規模は,90年3月末で2,000億元を超え,GNP総額の1割を占めるに至った。これらの債務は,資金調達の保障のないままに設備投資に着手した国営大・中型企業などを発端に広がった。政府はこれに対し,債務の発端である国営企業,主に生産財部門の固定資産投資ブロジェクトに対する未払い資金の清算を重視し,優先してこれらの支払いに銀行融資等を充てた。債務削減にあたる「三角債」清算指導小組の活動報告によれば,91年末で未払い金1,360億元の清算が終了しており,次第に債務は縮小しているといわれている。

国営工業企業の利潤総額は89年より滅少する一方,赤字企業の赤字総額は89,90年と目立って拡大し,国営工業企業全体に占める赤字企業数は,89年16.O%,90年27.6%と上昇している(第3-3-7図)。92年6月時点でも,赤字国営工業企業のシェアは32.5%に達している。業種別でみると,石油・天然ガス採掘業や炭鉱業などのエネルギー産業で赤字傾向が強い(付表3-6)。これらの赤字は中央財政の補填を受けるため,近年の国営企業の経営赤字拡大は財政負担を重くしている。

90年半ばより経済は回復に向かい,鉱工業生産の伸びも高まったが,市場の需要を無視した生産拡大を行う経営体制には改善がみられず,企業の経営効率は低迷が続いている。政府もこれに対して,「在庫圧縮,生産縮小」政策(売れ行きの悪い製品の生産停止,経営不振企業の閉鎖,合併,休業を促進)を実施するなど対策を講じているが,顕著な効果はみられない。

(国営企業の経営悪化の要因)

国営企業の経営を悪化させている背景には,国営企業の体制改革や,企業経営を取り囲む環境整備(価格体系,金融制度,社会保障制度など)が不完全であるという問題が挙げられる。これらの要因は,以下のように5つにまとめられる。

① 経営請負制の功罪

企業改革により,国営企業の自主経営権は企業側に移ったが,所有権は国に残されており,企業は各所轄官庁の管理下におかれる。中国の国営企業の場合,中央政府直属の企業よりも地方政府直属の企業の方が多く,ほとんどの国営企業は地方の監督官庁の所轄である。87年より「経営請負制」の導入が普及し,現在ほとんどの国営企業はこの制度を導入している。この制度では各企業は各所轄機関に対して,3~5年間の一定期間の経営を請負い,利潤上納や納税額などのいくつかの指標達成を契約することとなる。請負項目を達成すれば,企業は留保利潤の一部を従業員の賃金アップ,設備投資の拡大などに用いることができる。企業の経営上のインセンティブを高めることをねらいとした措置だが,企業の所有権が政府にある上,赤字経営でも国家財政の補助で倒産は免れるため(いわゆるソフト・バジェット・コンストレイント),企業の政府への依存体制は変わらず,経営上の責任の所在が不明確となっている。

また,請負期間が短期であるため,経営者が短期的な視野で経営を行い易いといった弊害も生じている。企業の留保利潤は企業の経営を長期的に考慮するならば設備投資に投入し,これによって生産効率の向上を図る必要があるが,中国の場合は賃金など従業員への支給に偏る傾向がある。例として,一人当たりの賃金上昇率と労働生産性の伸び率を,国営企業と集団所有制企業とで比較してみよう(第3-3-8図)。集団所有制企業では総じて賃金上昇率が生産性の伸びに見合った動きをみせている。その結果,単位労働コストも低下し,比較的良好な賃金配分がなされているとみられる。しかし,国営企業では賃金の伸びが生産性を上回っており,それに従って単位労働コストも上昇している。国営企業の賃金総額の内訳をみると,時間給よりも報奨金や手当てなどのシェアが高まっており(第3-3-9図),臨時的な支給の増発が賃金コストの上昇を引き起こしているとみられる。

② ゆがんだ価格体系

中国では価格の自由化が徐々に進んでいるものの,生産財などの重要物資の価格の多くは政府により統制されてきた。例えば,生産財を扱う重工業部門では製品価格が低く抑えられており,コストが上昇しても価格転嫁が困難なため,生産すれば赤字が増える構造となっている。付表3-6で示したように,石油,石炭などのエネルギー産業の膨大な赤字の原因は,価格体系の不合理に根ざす所が大きい。一方,軽工業部門では製品価格が比較的自由に決定できるため,重工業に比べ利潤率が高い。このような状況下,軽工業の生産の伸びは重工業のそれを上回っている。反面,慢性的な原材料・エネルギーのひっ迫が生じており,このような相対価格のゆがみに基づく重工業の不振が,工業全体の成長の制約条件ともなっている。

③ 重い財政負担

国営企業に対しては,83年より法人所得税の導入が進められた。現在の国営企業への課税は,売上に対する産品税などの間接税と,間接税納税後の利潤を対象とする法人所得税,調節税に大分できる。法人所得税は,国営大・中型企業は55%(小型企業は8級の累進課税制で10~55%)と,外資企業,郷鎮企業よりも税率が高い。さらに,国営企業に対しては調節税が課税される。この税率は各企業の経営状況により異なるが,平均15%程度とみられる。また,納税後の留保利潤に対しては,別途に各種基金の負担(エネルギー交通重点建設基金,国家予算調節基金)が課される。留保利潤を設備投資や賃金へ用いる際は,投資方向調節税,賃金調節税などを負担する必要がある。このように国営企業の担う財政負担は非国営よりも重くなっている(付表3-7)。今後,国営企業が経営活性化を図るためには,非国営企業よりも不利な現在の競争条件を是正することも必要であろう。ただし,その一方で,経営赤字が生じても国家財政の補助を受け,倒産は免れるといった,政府と企業との相互の依存関係の存在にも留意する必要がある。

④ 安易な資金調達

金融制度改革により,資金配分における銀行の機能は次第に高まっている。

国営企業も資金調達の手段としてこれら銀行からの借入れに依存する所も大きい。しかし,前述のように,銀行が融資案件に対する十分な審査能力を持たず,安易に資金貸出を行う現在の状況下では,国営企業の経営も非効率的になりやすい。

⑤ 企業の社会負担の存在

国営企業では終身雇用制度が普及するとともに,経営状況に関係なく従業員の生活が保障されている。加えて,こうした保障は従業員のみならず,その家族や,年々増大する退職者にまで及び,企業コストを引き上げている。企業改革により,経営者に対して従業員の解雇制度も導入されているが,失業者対策が十分に整っていない状況下では,失業者の増大は社会不安を招くとの懸念もあり,効果的に用いられていない。しかし,現在国営企業の余剰人員は全体の15~20%に達するともいわれており,これら従業員に関する経費負担を増大させている。

(中国政府の掲げる対応策)

国営企業の活性化については中国政府も重要視している。92年春の第5回全国人民代表大会,また,92年10月の中国共産党第14回全国代表大会においても,今後の経済体制改革の重点として国営企業の改革が掲げられるなど,90年代に入り,国営企業改革に対して積極的な姿勢がみられている。

① 国営企業の生産停止,閉鎖措置を実施

中国では,88年に「企業破産法」が公布されたが,子女の教育から住宅,退職後の生活保障に至るまで従業員の生活が国営企業に大きく依存している現体制下では,国営企業の倒産は実施が難しく,公布後もほとんど破産例はみられなかった。しかし,91年10月,35の大中都市の各政府に対して年内に経営状況の悪い国営企業を最低10社閉鎖するよう通達が出された。閉鎖された企業の従業員は,他の企業に配置替えとなるか,もしくは賃金の6~7割の失業手当てを支給される。この通達に従い,現在各地で企業の閉鎖が行われている。

② 国営企業の経営メカニズムの転換

92年春の全国人民代表大会で掲げられた,国営大・中型企業の経営メカニズム転換を促進するとの方針に基づいて,92年6月に,「国営工業企業経営システム転換条例」が国務院会議で承認された。この条例は,企業改革の基本法である「全人民所有制(国営)工業企業法」(88年施行)の基本原則に基づき,政府と企業の機能分離の確認と強化を打ち出している。当条例の施行を受けて国務院の関係官庁,地方政府は実施規定を設けることができ,広東省など各省政府でも細則の作成が進行している。

③ 企業負担の軽減

高い法人所得税や多種多様な政府に対する拠出金など,国営企業の負担が重くなっている点についても見直しがなされている。具体的には,国営企業に対する拠出金の徴収免除(エネルギー交通建設基金,国家予算調節基金の2つ)と,法人所得税の減税が掲げられている。これらい措置は,今後3年をかけて,次第に全国営企業へと普及させていく方針であり,法人所得税の税率は現在の50%から33%へ引き下げられ,郷鎮企業や外資企業などと同程度の水準となる。税率引下げにより,財政面では減収となる(92年予算では,拠出金免除で40億元,所得税減税で10億元,各々減収となるとみている)が,国営企業の経営自体が活性化されれば,税収の増加と赤字補填金の縮小にもプラスの効果が期待できるであろう。

④ 失業保険制度の整備

「企業破産法」を有効に行うためには,企業の倒産後の従業員に対する生活保障制度の確立が,特に大量の従業員を抱える中国では不可欠となる。よって失業保険の設置など,失業対策の整備が必要となる。失業者の受皿作りは80年代半ばより次第に進み,各企業で賃金コストの1%を拠出し,基金を設けるなどの対策もとられつつある。最近の国営企業の整理が進む中,失業者も増加し,92年に入って既に約100万人が離職した。うち4分の3は再就職したが,元の企業へ戻る例もあり,硬直化した労働市場の改善は困難とみられる。政府は,今後も失業保険基金の拡充に努めるととに,労働者の契約制度の導入を進め,労働市場の整備を図る方針を示している。

従業員への住宅供給も,国営企業にとって負担となっており,従来の低家賃,無償分配を改め,公有住宅の家賃引上げ,集合住宅の整備,住宅資金の融資体制の確立などを進め,住宅の商品化を促進する方針を示している。

⑤ 政府の管轄機関の整理

政府の各管轄機関の国営企業に対する経営干渉も,企業の経営活性化の妨げとなっている。市場経済の導入が進む中では,改革前のような政府各部局が企業に対して微細な指示を示す管理手段は,結果として企業の生産意欲を削ぎ,成長の妨げとなる。今後さらなる経済発展を果たすには,政府は重要事項のみ指示を出し,企業が市場メカニズムの下,自己裁量で経営を行いうる下地を整備していくことが必要となろう。中国政府も92年に入り,行政機構の整備を進めつつある。6月には,91年創設の生産弁公室は廃止され,生産と国内外の流通を所掌する機関として「経済貿易弁公室」が創設された。朱鎔基副首相が主任に就任し,国内の貿易,投資等に関する総合的な政策立案や調整業務を中心に管理する。

⑥ 価格の自由化

中国の価格体系は,政府の決定する「指令価格」,基準価格と変動幅を設定した「指導価格」と,企業等が自由に決定する「市場価格」とに分けられるが,中国では,価格改革により「市場価格」のシェアが徐々に高まっている。

農産物の販売価格では78年に92.4%だった「指令価格」のシェアが90年には25.2%へ低下した。消費財の販売価格でも同様に,「指令価格」のシェアは90年には29.7%に落ちている。一方,生産財価格は規制が厳しく,90年でも44.4%は「指令価格」となっていた。しかし,92年にはその遅れていた生産財価格の自由化が進展しており,7月の石炭の「指導価格」の自由化に続き,9月には593種の生産財などの自由化が実施されることとなった。この措置により,91年末には737種だった価格統制品は89種へ縮小した(うち,「指令価格」の対象は34種)。原油・石油製品の価格も政府の計画を超過生産した分については価格が実質自由化されることとなり,従来赤字経営の要因の一つとなっていた価格の不合理性も改善が進みつつある。

また,国営企業の株式化も次第に進む方向にある。90年,上海,深しんに設立された証券取引市場での上場もみられるが,現時点では,株式化は企業の資金調達の一手段として捉えられる面が強く,政府もその点を評価して国営企業の株式化導入を進めている。

3 対外面の経済改革

国内の経済制度についての改革が進展する中,対外経済面の改革も90年代に入り,さらに進展がみられる。

(対外開放地域の拡大)

経済特区に代表される対外開放地域は,80年代を通して広東,福建省を始点として設置が進んだ。これらの地域では,インフラの整備,所得税減税など優遇措置を設けて外資を誘致している。80年に広東,福建の4地区に設置された経済特区の成功を受けて,84年には沿海の14都市が対外開放され,さらに85年には,長江,珠江流域のデルタ地域,福建省南部の三角地帯が経済開放区として対外開放することがが決定された。また,88年には,新たに海南島が第5の経済特区として指定されるとともに,遼東半島,山東半島の周辺が経済技術開放区として認定された。このように,対外開放地域も,設置範囲に拡がりが出ると同時に,それぞれの開放地区の規模拡大も進んでいる。90年には,上海の黄浦江東岸に位置する浦東地区(350km2)の開発計画が開始された。既存の経済特区についても,91年には抽頭,92年には珠海,深しんが特区の面積を拡大している。

(輸出企業の独立採算制導入)

中国の貿易業務は,従来は中央政府の対外貿易部とその所管する中央専業輸出入総公司,及び上海等の貿易都市に設置された総公司支店にのみ扱いが認められていた。しかし,79年より貿易制度改革が次第に進み,貿易業務の権限も各地方政府や輸出入公司以外の企業に対して広げられていった。85年には,政府が貿易業務の管理から経営まで一括して行う体制が改められ,政府は貿易公司の指導・管理等のみを扱い,実際の貿易業務は輸出入公司等,企業の管轄となった。これらの輸出入公司は,貿易業務の権限を持たない国内の生産企業と輸出入の契約を行い,貿易業務を代行している。

輸出入公司に対しては従来より独立採算制の導入が進められてきたが,91年からは公司に対する輸出補助金を廃止し,独立採算制の全面的な導入が実施されることとなった。また,貿易業務の権限を持つ企業の整理も進み,経営に問題のある企業の合併を行う一方で,一部の企業に対して貿易経営権の付与も進められた。91年以降の輸出状況は好調に推移しており,貿易業務の活性化としての目的は十分に果たしたとみられる。

(外貨の保有制度の改善)

中国の外貨管理制度も,中央政府の計画に沿った外貨集中制から,外貨を獲得した地方政府,企業に対して一定の外貨保有を認める外貨留保制へと移行している。現体制下では,地方政府,企業は各々中国銀行(外貨を取り扱う専門銀行)に口座を開き,留保した外貨が必要な時に政府の認可を受けて口座から引き出すシステムとなっている。留保比率は,当初は地方別,業種別に決定され,一般には中央配分が75%,地方配分(地方政府と生産企業,貿易業務を請け負った貿易公司で分配)が25%とされていたが,経済特区では100%が地方配分とされる等,優遇措置が採られていた。また,業種別では,地方配分の比率も一次産品では低く,加工製品では高く設定され,機械,電気製品が50%,紡績製品が70%,電子機械製品では100%となっていた。

しかし,91年の制度改革により留保比率は全国統一となり,中央配分,地方配分とが等しく50%に設定された。中央配分の50%のうち,30%は貿易公司,生産企業の有償上納で構成されており,外貨を獲得する企業の競争条件が均等化されると同時に,外貨収入の貿易公司,生産企業への配分が拡大した。

(公定レートの調整)

中国には現在,国家外貨管理局の管理する公定レートと,各地の外貨調整センターで決定される市場レートの2種類が存在する。公定レートは91年4月より固定制から管理フロート制へ移行し,相次いでレートの微調整が行われている。91年末の対ドル・レートは5.4342元で,調整前の91年3月末時より4.1%切り下がっている(第3-3-10図)。今回の管理フロート制への移行は,人民元の為替レートの一本化をねらっての措置とみられる。外貨調整センターでは,貿易業務で外貨を獲得した企業が外貨取引を行っており,ここでのレートは公定レートよりも元が安く設定されているが,公定レートの相次ぐ切下げで,公定レートと市場レートとの格差は縮小に向かっている。だが,輸入拡大に伴う企業の外貨需要の増大から,市場レートが92年3月より元安(1ドル=平均5.8元だったレートは9月には7元台)で推移するなど,為替の一本化も進展もはかどらずにいる。なお,92年9月時点では,市場レートは1ドル=7元台で推移しており,公定レート(9月は5.5元台で推移)とは約27%のかい離がみられる。

(通貨の交換性が一部回復)

国内での外貨の取引は,外貨調整センターで行われる。この外貨調整センターは85年,深しんで初めて開設された後,各地で導入が進み,現在全国で90か所以上が開設されている。当初は取引は企業間にのみ限定されていた。91年の改革により,個人も外貨調整センターへ参加できることとなった。現行制度では,外貨調整センターでのレートに従い,銀行で外貨を売買することが可能となっている。これにより,人民元の交換性は部分的ではあるが,回復することとなった。

中国は対外開放政策の下,急速に対外貿易を拡大させている。世界貿易に占める中国の比重が次第に高まりつつある一方で,より国際貿易慣行に則した貿易活動が望まれるようになっている。中国にとって重要な貿易相手国である米国も,中国に対し,輸入制限の廃止や不透明な貿易制度の明確化などを要求している。前で述べたように,輸出企業の独立採算制導入,外貨保有規制の緩和,通貨の交換性の一部的な回復など,中国でも制度改革が進展しつつあるが,高い関税や,輸出入の対象品目を政府が規制する現行制度の見直しなど,課題は多い。これに対する中国政府の姿勢は,92年1月に対外経済貿易部の示した方針からもうかがうことができる。ここでは,①関税一般税率のGATTで規定された開発途上国レベルへの適宜引下げ及び,輸入調節税の廃止と為替レートの単一化,②外国貿易法,アンチダンピング法の制定,③輸入許可証制度の管理品目の縮小,④GATTの規定に基づいた輸入管理の実施,⑤輸入管理に係わる諸規定の公開,といった5つの措置が掲げられている。中国は,86年よりGATT加盟交渉を続けているが,加盟を促すためにも,これらの体制改革は不可欠であり,今後も市場開放はさらに進展するとみられる。

また,中国は対外関係でも積極的な面をみせている。中国では,友好国である北朝鮮に対する配慮上,韓国と国交を断絶していた。しかし,対外開放政策を進める中,中国と韓国との間接貿易,投資などの交流は次第に強くなっており,91年には相互に貿易代表部が設立された。さらに92年8月には韓国との正式な外交関係が樹立された。