平成4年

年次世界経済報告

世界経済の新たな協調と秩序に向けて

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第2章 景気調整下の先進国の構造問題

第1節 アメリカの金融緩和とバランス・シートの調整

アメリカでは,現在,再三の金融緩和措置の実施にもがかわらずマネーサプライの増加率は著しい伸び悩みを示しているほか,最終需要の盛り上がりも従来の緩和局面に比べて緩慢なものにとどまるなどの状況がみられる。こうした事態の背景には,80年代を通じて進んだ金融部門の資産内容の悪化,企業・家計の債務の増嵩等の影響が存在するものとみられる。各部門のバランス・シートの悪化という状況は,アメリカのみならずイギリス,オーストラリア,北欧諸国等,程度の差こそあれ,他の国々でもみられ,今後の世界経済の回復に対する懸念材料のひとつとなっている。本節ではこうした認識を背景に,まず各国に先んじてバランス・シートの悪化を経験するとともに,その脱却状況においても最も先行しているとみられるアメリカの状況を詳しくみる。

1 80年代のバランス・シートの悪化

アメリカにおける各部門のバランス・シートの悪化は,基本的には80年代に進行した金融の自由化に対する金融部門の過剰反応,M&Aの盛行,レーガン政権下での消費促進的な税制の効果等が相乗的に作用して生じたものと考えられる。すなわち,金融自由化の進行のなかで資金調達コストの上昇やマーケットの縮小に見舞われた金融機関の新たな収益機会への投資の拡大と,企業の資金需要の高まり,家計の消費意欲の増大等が相亙に影響を及ぼし合ったものとみられる。以下では,まず各部門のバランス・シートの悪化が進行した状況について概観する。

(金融部門の不良債権の増大)

金融部門は,80年代を通じ不良債権の増大によってバランス・シートを悪化させてきた。こうした事態を招くに至った背景としては以下のような点が指摘できる。

金融部門は,80年3月に始まった預金金利の段階的自由化を契機とする一連の金融自由化により,経営環境の大きな変化にさらされることとなった。すなわち,①銀行間の競争の激化を背景に,預金金利が上昇したため,資金調達コストが上昇したこと,②利ざや確保のために貸出金利を高めに設定せざるを得ず,大企業を始めとする非金融部門の資本市場への資金調達面でのシフトが進んだこと,③業務分野の規制や州際業務規制等の対象外となっているノン・バンクの台頭,等である。こうした環境変化への対応として,銀行は,不動産関連融資,LBO(レバレッジド・バイ・アウト)関連融資,途上国向け融資等の収益性は高いがリスクも高い貸出を積極化した。こうした債権は「3つのL」と呼ばれ,その多くは82年の中南米の累積債務危機の勃発,80年代後半の不動産不況,89年以降の企業収益の低下等に伴って次々と不良債権化していった(付図2-1)。

(企業部門の財務体質の脆弱化)

企業部門は,80年代を通じ,負債の伸びが資産の伸びを著しく上回る状況が持続した。このため,正味資産の総資産に対する割合は,80年の70.3%から91年には54.3%にまで低下するなど,財務体質が脆弱化した(付図2-2)。こうした資産,債務の動向を名目GDP比で相対化してみると,以下の点が指摘できる。まず,総資産の名目GDP比は,80年から90年までの間に26.9%ポイントも低下している。一方,総負債の名目GDP比は同期間に11.8%ポイント上昇しており,双方の要因が相まって正味資産の名目GDP比の大幅な低下を招いていることがわかる。総資産の内訳をみると,金融資産ではほとんど変化がないのに対し,実物資産で大幅に低下している。とりわけ工場・設備の低下が著しく,この時期名目GDPの成長率に比して設備投資が不活発であったことが,企業の資産の蓄積の鈍化に影響していることがわかる。一方,負債の動向をみると,社債,銀行借入れを中心とする市場性負債の増加が総負債の増加に影響している。こうした債務の増大の背景には,この時期にジャンク・ボンドの発行を伴うLBO形式のM&Aが増大したという事情がある。LBOは買収先企業の資産を担保とするため,自己資金の小さい企業が大企業を買収することも可能となり,こうした買収を実行した企業の債務は膨らむこととなった(第2-1-1表)。

また,M&Aと企業の財務体質の悪化に関しては,以下のような関係も指摘されている。すなわち,企業は買収されるリスクに備えるため,負債によって調達した資金で自社株を市場から買い入れ,自社の株価を高く維持する行動を盛んに行った。80年代の非金融企業部門の信用市場からの資金調達動向をみると,84~89年にかけて負債性資金の調達が顕著に増加している反面,新株発行は84~90年にかけてネットでマイナスとなっている(第2-1-1図)。こうした行動は,負債の増加,自己資本の縮小の両面で企業の財務体質の悪化につながることとなった。

(家計部門の債務の増大)

家計部門においても,80年代を通じ,負債の伸びが資産の伸びを上回る状況が持続し,資産に占める正味資産の割合は低下した(付図2-3)。こうした資産,負債の状況を非金融企業部門と同様,名目GDP比で相対化してみると,以下のような点が指摘できる。まず,80~90年にかけては総資産の名目GDP比率がほとんど上昇していないにもかかわらず,総負債はこの間17.8%ポイントの上昇を示している。すなわち家計部門の場合,正味資産の名目GDP比率の低下は,負債の増加テンポの加速化によって発生したと考えられる。総資産の内訳をみると,実物資産の名目GDP比が土地・住宅での低下を主因に低下している一方,金融資産では生命保険・年金,政府証券等を含む市場性資産の上昇を主因に上昇している。また,負債の内訳をみると,80~85年にかけて消費者信用で上昇した後,85~90年にはモーゲージ借入れが大幅な上昇を示している。モーゲージ借入れが増加しているにもかかわらず,土地・住宅が増加していないのは,①80年代後半の不動産不況による土地・住宅価格の下落,②不動産担保で資金使途自由なホーム・エクイティ・ローンでの借入れがかなり増加したこと,等が影響したものとみられる(第2-1-2表)。

こうした借入れの増加については,ベビー・ブーマー世代(1946~64年生まれ)がこの時期青・壮年期に達し,マクロ的な消費性向を高めたという要因のほか,①81年の税制改革で所得税率の引き下げが実施され,消費が刺激されたこと,②住宅価格の上昇によって家計の担保能力が増したこと,③住宅ローン,消費者信用等全てのローンに対する利払いは所得控除の対象として認められていたこと,等が影響したものとみられる。また金融機関の側でも,利ざやが厚く,債権の証券化によって固定化リスクの回避も可能な消費者信用を推進する姿勢を取り,こうした二―ズの高まりに積極的に応じた。

このうち,消費者信用に対する利払いの所得控除は86年の税制改革で91年にかけて段階的に廃止されることが決定されたため,消費者信用の残高の増加ペースは86年以降鈍化した。しかしながら,モーゲージ・ローンに対する利払いの所得控除は継続されたため,ホーム・エクイティ・ローンの借入れが,消費者信用からの借換を中心に87年以降急増することとなった(注1)。

このように家計部門の債務が増加する一方で,制度面からの貯蓄促進策はこれまでのところ十分に進められているとは言いにくく,家計部門の正味資産比率は90年まで低下を続けた。

2 金融緩和とバランス・シートの調整

アメリカでは,90年12月から92年9月にかけて7度にわたって公定歩合が引き下げられ,低下幅は合わせて4.0%に達している。またこの間,フェデラル・ファンド・レートの低め誘導は実に14回にも及び,短期金利はほぼ30年ぶりの低水準となっている。しかしながら,こうした再三の金融緩和にもがかわらず,マネーサプライの増加率は91年後半から伸び悩みをみせており,M3は92年2月以降,またM2は同4月以降それぞれFRB(米連邦準備制度理事会)の定めた増加目標圏を下回る伸びにとどまっている。また,最終需要の増加も従来の緩和局面に比べて緩慢なものにとどまるなど,金融政策の実態経済への波及効果が弱まっている。この背景には,前項で述べたバランス・シートの悪化に対して,以下のような調整過程が進行しているという事情があるものとみられる。すなわち,現在各部門では,①不良債権の整理,負債の圧縮,②利子収入の増加,利払いの圧縮等を目的とする資産,負債の入れ替えといった動きがみられるほか,③負債圧縮のインセンティブが強まるなかでフローの収入の改善努力も実施されている。この結果,金融緩和の効果が部門ごとの調整に吸収され,従来のような各部門で相乗的に景気を回復させていく回路が弱まっているものとみられる。

(1) マネーサプライの伸び悩みとバランス・シートの調整

ここでは,マネーサプライの伸び悩みについて検討することによって,各部門の調整の結果,金融機関を通じた資金循環が細っており,金融機関の貸出を通じた金融緩和効果の波及が弱まっていることをみる。

(マネーサプライと実体経済のかい離)

第1章第1節においてみたように,このところアメリカでは,マネーサプライと実体経済の関係が崩れているようにみえる。

81年第1四半期から89年第4四半期までの期間を取り,短期金利と所得を説明変数とする単純な通貨需要関数を推計してみると,この間のM2の推移はこれらの要因によってかなりの程度説明できる。しかしながら,同じ推計式に実績値を外挿することによって得られた90年第1四半期以降のM2の推計値は,実績対比過大となっており,特に91年以降はそのかい離幅が大きなものとなっている(第2-1-2図)。すなわち,特に91年以降のマネーサプライの状況は,実体経済活動および短期金利の変化のみによっては説明がつきにくい。そこで以下ではマネーサプラ不を様々な側面から検討することによってこのところの伸び悩みを招いている要因を探ってみる。

(前回の緩和局面との比較)

前回の緩和局面と今回の緩和局面を比較してみると,フェデラル・ファンド・レートは,ほぼ同程度の低下幅を示しているのに対し(第2-1-3図),マネーサプライはM2,M3とも前回の緩和局面に比べて著しく停滞している(第2-1-4図)。この原因を検討するため,マネーサプライを金融機関の資産サイドと負債サイドの両面からみると,以下のような点が指摘できる。

まず資産サイドからみると,今次緩和局面では銀行貸出の伸びが停滞している。前回は景気のピーク後3四半期目以降は順調な増加を示しているのに対し,今回は3四半期目以降,ほとんど増加していない(第2-1-5図)。通常,中央銀行によって市場へ供給されたハイパワード・マネーは,金融機関の貸出を通じた信用創造によってマネーサプライの増加をもたらす。今次局面でも緩和に伴い,ハイパワード・マネーは十分供給されているにもかかわらず,それがM2,M3の増加に結びついていない状況をみると,金融機関による預金創造機能の低下がマネ―サプライの停滞に大きく影響していると考えられる。

一方,負債サイドからみると,今次局面では小口定期預金(M2構成要素),大口定期預金(M3構成要素,ただしM2には含まれない)の減少が目立っている(第2-1-6図)。定期預金を除いたベースでM2とM3を前回と比較してみると,今次局面でも前回に比べてほぼ遜色ない伸びを示している(第2-1-7図)(注2)。

以上のようにみると,今次緩和局面でのマネーサプライの停滞については,銀行の資産サイドでは貸出の低迷,また負債サイドでは定期預金の減少による影響が大きいと判断される。こうした状況は,資金の供給側である銀行,および需要側である企業・家計の双方の事情を反映したものと考えられる。

(銀行のバランス・シートの調整)

貸出の停滞と定期預金の減少に関して,資金供給側である銀行の行動をみると,次のような点が明らかとなる。まず,貸出の低迷に関しては,銀行の貸出姿勢が慎重化していることが挙げられる。銀行の貸出基準を,FRBの融資実態調査によってみると,銀行は90年を通じて厳正化してきた基準を91年以降も92年8月までほとんど緩和していないことがわかる(第2-1-8図)。このような銀行貸出基準の慎重化は,金利面からもうかがえる。すなわち,銀行の預金金利と貸出金利のスプレッドは90年第2四半期以降91年第3四半期にかけて急速に拡大しており,その後も92年第2四半期までその水準を維持している(第2-1-9図)。このことは,銀行が金融緩和局面において貸出金利の低下幅を預金金利の低下幅以内に抑えてきたことを意味する。

一方,定期預金の減少に関しては,こうした貸出の伸びの抑制に対応し,銀行が預金による資金調達に対して積極的でないことがうかがわれる。通常,銀行が預金による資金調達を積極化しようとする局面では,競合的な資産に対する預金の有利性を維持する観点から,預金金利をその他の市場性資産の金利よりも高めに維持する必要性が生じる。しかしながら,預金金利と市場金利のスプレッドの推移をみると,91年以降ほぼ一貫して縮小しており,銀行がそのようなビヘイビアを取っているとは考えにくい(第2-1-10図)。

以上のような銀行行動は,資産内容の悪化に対応した銀行のバランス・シート調整の結果である側面が強い。銀行の資産運用動向をみると,このところ運用資金を貸出から政府証券を中心とした証券ヘシフトさせていることがわかる。また,貸出は商工業向けや個人向けを中心に全体として圧縮するなかで,不動産担保融資のウェイトが高まっている(第2-1-11図)。これは,国債等安全資産のウェイトを高めることによって資産の健全性を高めることを意図したものと考えられる。

(企業のバランス・シートの調整)

資金の需要側である企業の行動をみると,以下のよう状況がみられる。

まず,企業の資金調達動向をみると,91年以降負債性資金の調達を抑制しており,特に銀行借入れついてはネットで返済している。その一方で,社債による資金調達が依然として活発であるほか,株式発行による資金調達も90年にネットでプラスに転じた後,91年には大幅な増加を示している(第2-1-12図)。このことは,企業が,91年以降,社債や株式の発行によって調達した資金で銀行貸出を返済していることを示している。特に,債務の返済を目的とした株式の発行はレバレッジド・エクイティと呼ばれ,91年の発行実績は総額253億ドルに上るとの調査もある(注3)。この動きは,80年代とは逆のパターンであり,このところ企業が自己資本比率向上を図っていることを示すもの考えられる。こうした企業の資金調達パターンの変化も貸出の伸びの鈍化に影響を与えているとみられる。

次に企業の資金運用動向をみると,91年第4四半期以降,特に定期預金からの資金流出が増加しており,国債への投資が増加している(第2-1-13図)。これは,定期預金金利の低下と国債利回りの高止まりを背景とした運用ポートフォリオの入れ換えによるものとみられるが,国債はマネーサプライの構成要素には含まれないため,こうした動きは定期預金の滅少としてマネーサプライの押し下げ要因となる。

このようにみると,企業部門においても,資金調達面での自己資本比率の向上を意図した活動,また運用でのポートフォリオの入れ換えといったバランス・シートの見直しがマネーサプライの停滞に影響していることがわかる。

(家計部門のバランス・シートの調整)

家計部門の信用市場からの資金調達動向をみると,消費者信用の借入れは91年にネットでマイナスに転じ,92年の第1四半期もほとんど増加していない。一方,住宅担保借入れは依然かなり増加しているものの,増加幅は91年には大幅に鈍化した(第2-1-14図)。これは,住宅等の需要は根強いものの,不要不急の消費を借入れによって行う動きは抑制されつつあることを示しているものとみられる。一方で,依然金利が高止まっている消費者信用から,相対的に金利が低く,利払いが税額控除の対象となるホーム・エクイティ・ローンへ借換えることを通じて利払い負担および税負担の軽減を図る行動がみられたことも,こうした資金調達動向を一部説明するものと思われる。

一方,資金運用面では,企業と同様に金利収入の増加を目指した資産の入れ換えが活発化している。特に家計の場合,金融負債に比べて金融資産の残高が大きいため,金融緩和は利払いの減少よりはむしろ,利子収入の減少を通じたフローの収入の減少要因として働く度合いが大きい。このため,家計は91年以降資金を定期預金から公社債投信や株式投信,株式等ヘシフトしている(第2-1-15図)。投信や株式はマネーサプライの構成要素ではなく,ここでも定期預金の減少がマネーサプライの減少要因として働いているものとみられる。

(貯蓄金融機関の定期預金の減少)

最近におけるマネーサプライの伸び悩みの最後の要因としては,S&L(貯蓄貸付組合)をはじめとする貯蓄金融機関(Thrift Institutions)からの預金の引き上げが活発化していることが指摘できる。貯蓄金融機関の定期預金残高の推移をみると,商業銀行を含めた金融機関全体の定期預金残高を上回る大幅な減少を続けている(第2-1-16図)。これは,87年以降著しい業績悪化に見舞われた貯蓄金融機関から預金者が定期預金を引き上げる動きが活発化したためとみられる。

S&Lを始めとする貯蓄金融機関は80年代に入り,金融自由化に伴う資産運用規制の緩和やエネルギー開発ブームを背景に不動産向け融資や商工業貸付を大幅に増加させた。しかしながら,86年の逆オイル・ショックやその後の不動産不況によって業績を悪化させ,87年以降倒産が相次ぐなど危機的な状況に陥っていた。

(2) 最終需要の停滞とバランス・シートの調整

ここまでは,各部門の調整が金融機関の仲介による金融緩和効果の波及を弱め,マネーサプライの停滞をもたらしていることをみたが,以下では,バランス・シートの調整に対するインセンティブの高まりが,フローの収益改善の圧力となって最終需要の停滞を招いている点を指摘する。

(企業の収益改善努力)

企業の業績動向をみると,現在,景気の停滞を背景に売上が停滞を続けている。一方で,前項でみたように,企業は現在80年代とは反対に自己資本比率を高め,財務体質を強化するインセンティブを高めている。自己資本比率を高めるためには,債務を圧縮するとともに内部留保を厚くする必要がある。売上が停滞するなかで内部留保を厚くするためには,経費削減等によって収益率を向上させ,経営効率を改善することが必要となる。アメリカの企業は,91年に入り,GM,IBMを始め,多くの企業で人員削減を中心とする中長期的な合理化策を相次いで発表した。こうした動きは,近年のアメリカ企業の生産性の停滞に対応するものであると同時に,收益体質の改善を目指す側面を持つものと考えられる。

アメリカの実質GDP成長率は91年第2四半期以降プラスに転じており,92年第2四半期まで5四半期連続のプラスとなっている。一方,雇用動向をみると,この間の非農業事業所雇用者数は累計で34万人の増加となっているものの,うち民間企業では5千人のマイナス,特に製造業では30.5万人のマイナスとなっており,実質GDP成長率の伸びが緩慢なものにとどまっているなかで,雇用の停滞は著しい。また,失業率はこの間に6.6%から7.6%と1%ポイントの上昇となっている。こうした状況は,労働市場への労働力の参入は増加しているものの,企業側が製造業を中心に雇用を抑制していることを示している。

また設備投資動向をみると,増加しているものの過去の景気回復局面と比べると低い伸びにとどまっている上,増加しているのはコンピューター関連投資に限られている。これは,企業が負債の増加を抑制していることや,償却負担による収益の圧迫を回避する行動を取っていることを一部反映したものとみられる。

企業収益動向をみると,こうした人件費削減策や前項で述べた利払い費の圧縮努力を反映した内容となっている。すなわち,非金融企業部門の業績をみると92年に入って,売上は第1四半期前期比0.9%増,第2四半期同1.2%増と緩慢な増加にとどまっているものの,税引き前利益はそれぞれ同8.4%増,同10.3%増と大幅な増加を示している(第2-1-17図)。

更に,配当性向の動きをみると,92年に入って急速な低下をみせており,企業が内部留保の積増しを図っていることがわかる。すなわち,91年中は企業収益が低迷を続けるなかで,ほとんど毎期税引き後利益のうち90%を超える配当を実施していたものの,92年第1四半期には税引き後利益が増加したにもかかわらず配当を減らしており,配当性向は78.1%と急速に低下した。また,第2四半期もこうした傾向は続いており,配当性向は77.4%と更に低下した(第2-1-18図)。

以上のような動きは,短期的には企業収益を改善させ,内部留保を厚くして財務体質を改善するのに資するものの,最終的に売上が増加しない限りは縮小均衡にとどまる。その意味では最終需要の最大の担い手である家計の動向が重要となる。

(個人消費の伸び悩み)

個人消費の動向をみると,91年に実質でマイナス0.6%となった後,92年第1四半期には,前期比1.2%増とやや盛り返したものの,第2四半期には同0.1%減と再び停滞している。こうした個人消費の伸び悩みについては,企業の合理化に起因する個人所得の伸び悩みが大きく影響しているものとみられる。

家計部門においても,債務圧縮に対するインセンティブは高まっているとみられる。家計部門では,財務体質は悪化したといっても正味資産の総資産に占める比率は高い。しかしながら,家計部門における資産は持家や,老後のための蓄えといった意味合いの資産が多いとみられ,資産の処分によって債務を圧縮するといった行動を大規模に行うことは困難であると考えられる。こうしたなかで財務体質の改善を図るには,①フローの収入が増加する,もしくは②消費を抑制する,というどちらかの手段で貯蓄率を高めるほかない。にもかかわらず,家計のフローの収入は,企業の合理化行動を背景に,最大の収入項目である賃金・給与が伸び悩んでいる上,配当収入も企業による配当性向の引き下げの影響を受けざるを得ない。加えて,前項で述べたように,家計の場合は金融負債に比べて金融資産の残高が大きいため,金融緩和は利子収入の減少を招く。名目家計所得の動向をみると,91年以降伸びが停滞している。所得の内訳をみると,賃金・給与の増加寄与が小さくなっていることに加え,配当収入も91年にはほとんど所得の増加に寄与していない。更に,92年に入って,利子収入も金利低下を反映して前年同期比でマイナスの寄与となっており,個人所得は政府等からの移転収入の増加に依存する度合いが高まっている状況にある(第2-1-19図)。

以上のような雇用不安を背景とした賃金・給与の先行き不透明感,および利子・配当収入の停滞といった状況のなかで,債務削減を行うためには支出を増加させることは困難であり,これが現在の個人消費のもたつきに影響しているものとみられる。

3 バランス・シート調整の進捗状況

以上みてきたように,金融緩和による短期金利の低下の効果は金融機関の利ざやの拡大,企業,家計の利払いの減少というかたちでそれぞれの部門に恩恵をもたらしているものの,バランス・シートの調整圧力の下での貸出の伸び悩みやフロー収益の改善圧力を伴っているため,各部門で相乗的に景気を上昇させる回路が弱まっている。こうした状況から脱却するには,現在進行中のバランス・シート調整が終了することが不可欠である。そこで以下では,ここまで述べてきたような調整努力によって各部門の調整がどの程度進行しているかをみる。

(金融部門の収益体質の改善)

金融部門のバランス・シートの改善状況を総資産利益率でみると,このところ上昇しており,経営効率がかなり向上しているようにみえる。しかしながら,その主たる要因は主として預貸金利のスプレッドの拡大によるものであり,バランス・シートの本格的な改善には,今しばらく時間を要するものとみられる(以下の叙述については,付注2-2をあわせて参照されたい)。

連邦預金保険機構加盟の商業銀行の総資産利益率をみると,90年には0.48%であったが,92年上半期には0.91%となり,ここ数年にない高まりをみせている。改善の内訳をみると,金利低下を反映して資産の運用利回り(注4)も低下しているものの,負債の調達利回りがそれ以上に低下している結果,ネットの収益率が改善していることがわかる(第2-1-20図)。すなわち,貸出金利の低下を抑える一方,預金金利を大幅に低下させることでネットの利ざやを拡大したことが奏功したものとみられる。ただし,金融部門のバランス・シートの悪化動向のうちで最大の問題とも言える不良債権の動向をみると,依然として楽観はできない状況にある。金利収入から貸倒れ償却を差し引いて求めた資産運用利回りと償却前の運用利回りを比較することによって,不良債権による資産運用利回りの押し下げの程度をみると,以下の点が指摘できる。すなわち,92年上期においては,不良資産による資産運用利回りの圧迫の度合いは0.75%程度とみられ,金融機関のバランス・シートの悪化が深刻化した90,91年と比べると縮小している。ただし,それ以前と比較すると,ラテン・アメリカ向け債権の大量償却が実施された87,89年を除けばそれほど小さいとはいえず,必ずしも経営が正常化したとはいえない(第2-1-21図)。更に,不良資産による運用利回りの圧迫の度合いを不良資産比率と不良資産残高に対するその期の償却額の割合に分解してみると,92年上期における圧迫度合いの軽減が,主として貸倒れ償却額の減少によるものであり,不良資産比率は90,91年の水準からはやや低下したものの,依然として高水準にあることがわかる(第2-1-22図)。

貸倒れ償却額が滅少していることは,不良資産残高が今後減少することを見越した動きとみられるが,92年に入ってからも抵当流れの取得不動産は依然として増加を続けている。また,後述するように,本年から銀行監督当局は自己資本比率の程度によって業務内容の範囲に格差を設ける等の新施策を打ち出しており,自己資本の充実に対するインセンティブも高まるものとみられる。このようにみると,金融部門の体質はかなり改善しつつあり,最悪期は脱したとみられるものの,現状では調整は未だ途上にあるものとみられる。

(収益率の改善がみられる企業部門)

企業部門のバランス・シートの動向をみると,株式市場の活況を背景とした株式発行の増大や内部留保の増加を主因に自己資本が増加している。ただし,92年第1四半期には,社債の発行が増加しているほか,CPによる資金調達が90年第3四半期以来5四半期振りにネットでプラスとなるなど,負債も再び増加傾向を示している。自己資本比率の低下傾向にはやや歯止めが掛かりっつあるとみられるものの,依然として水準自体は低く,金利の上昇に弱い財務体質が払拭されたとは考えにくい。

一方,フローの収益の動向をみると,雇用抑制,新規借入れの抑制,株式発行による銀行借入れの返済等の一連の合理化が奏功し,かなりの改善がみられる。非金融企業の税引き前利益産出高比率をみると,92年に入り,急速な上昇がみられる。これは,主として人件費,利払いの減少によるものである。人件費産出高比率は92年第2四半期には,90年第4四半期のピーク時対比0.9%ポイント低下し,66%となっている。また,ネット利払い費の産出高比率も89年第2四半期のピーク時から0.9%低下し,4.2%と,87年第4四半期以来の水準となっている(第2-1-23図)。

しかし,こうしたフロー収益の改善面でも問題がないわけではない。まず,前述したように,こうした収益体質の改善のかなりの部分が,合理化によってなされている点である。人件費の削減や,利払いの削減は重要であるが,そうした収益改善には自ずと限界がある。特に,一斉に実施される雇用削減はやがて雇用者所得の減少を通じて売上の滅少に跳ね返ってくる。また,マクロで見る限り,収益体質の改善は進んでいるが,企業規模や業種別にはかなりばらつきがあるとみられる。特に,中小企業においては,資本市場にアクセスできないため,資金調達を銀行借入れに依存する割合が高く(付表2-1),こうした企業は銀行の厳格な貸出基準の維持等によって債務の借換による利払い軽減が遅れている可能性がある。

(困難な家計のバランス・シートの改善)

家計では,消費者信用を中心とする債務の圧縮や低金利の債務への借換により,可処分所得に占める利払いの比率がかなり低下するなどの改善がみられる。また,91年については支出抑制を背景としてわずかながら貯蓄率の向上もみられ,金融資産の蓄積がかなり進んだことから,資産に占める正味資産の割合も82年以米の上昇に転じた。しかしながら,可処分所得対比の総負債残高は89年95.3%,90年98.7%,91年99.4%と上昇を続けており,依然残高ベースの増加は持続している。また,当面こうした債務残高の増加を抑制するのには困難な要素も多い。たとえば,家計の借入れの大宗を占めるモーゲージ・ローンについては,金利負担の軽減を意図した借換に伴う中途返済の増加がモーゲージ金利の再上昇につながり,その後の借換を抑制する方向に働く。また,企業の体質改善に伴う雇用抑制が給与所得の伸び悩みに直結していることに加え,資産運用面では入れ換えを行っても金利低下に伴う利子収入の減少を相殺するまでには至っておらず,フローの所得は伸び悩んでいる。こうしたなかで,家計の債務状況の改善が急速に進展するとは考えにくい。

4 アメリカ政府の対応

アメリカでは,こうしたバランス・シートの調整をサポートするべく,特に金融部門の調整に関していくつかの政策対応がなされた。以下では,金融部門,なかんずくS&L(貯蓄貸付組合)の預金者救済のために作,られた整理信託公社の制度と91年に採択された金融制度改革法案について概観する。

(1) 整理信託公社

89年8月,成立後まもないブッシュ政権は,80年代以降深刻化したS&Lの経営危機に際し,預金者保護と金融システムの秩序維持という観点から,S&Lの破綻が他の銀行に波及することを未然に防ぐことを目的として,「1989年金融機関改革救済執行法」を成立させた。同法には,預金保険基金の再編成等のスキーム,規制・監督体制の整備や業務規制の強化等を含む新たな規制体系の確立などの内容が盛り込まれたほか,破綻した貯蓄金融機関の円滑な整理を図るための機関として,RTC(整理信託公社)の新設を定めた。

RTCによる清算スキームの概要は以下の通りとなっている。基本的には,整理対象機関を定め,RTCの管理下に組み入れた後,他機関による買収や清算等によって整理する。この際,実際の運営は破綻銀行の管理ノウハウを持つFDIC(米連邦預金保険公社)にかなりの程度ゆだねられる。また,,清算に伴い,①破綻S&Lの保有資産売却に伴って発生する損失の償却費用,②償却資金や破綻S&Lの資産を買い入れて売却するまでの間のつなぎ資金,③①および②のファイナンスに伴う金利費用,④RTCの一般経費等の資金が必要となる。

注目すべきは,こうした資金の一部を財政支出でまかなっていることである。こうした資金の調達方法は大別して以下の3通りとなる。すなわち,①損失償却費用としては,財務省資金,REFCORP(整理資金調達公社,救済資金調達のために新設された機関で,連邦予算外機関)によるREFCORP債の発行代わり金,FHLB(連邦住宅貸付銀行)からの拠出金,②金利費用としては,破綻S&Lの資産売却代わり金,FHLBからの拠出金,財務省資金,③つなぎ資金の原資としては,買い入れ資産の85%+保有現金+REFCORP債の未発行残高の合計を上限とする財務省からの借入れ,である。このうち,連邦予算外機関であるREFCORPからの資金,FHLBからの拠出金,破綻S&Lの資産売却代わり金以外は財政赤字の拡大要因となる。本来,預金者保護は預金保険機構がその任にあたることとなっている。しがしながら,今回のS&Lの破綻の規模がが大きかったため,預金保険の残高が枯渇に瀕したことや,預金者保護の重要性に鑑み,こうした財政支出による支援が必要とされたのである。

破綻S&Lの整理・清算は,RTCの資金不足やS&L資産の大宗を占めるモーゲージ・ローンや担保不動産が不動産不況を背景に簿価を大きく下回っていること等から難航しており,これに伴う財政支出の額も巨額なものとなりっつある。ちなみにRTCの支出は89年度の92億ドルから90年度には465億ドルへと大幅に増加した後,91年度には508億ドルに達している。

(2) 金融制度改革法と新しい監督基準

金融制度改革法は,当初,疲弊した金融部門の活性化を眼目に,銀行・証券分離規制,州際業務規制等の規制を取り外すなど,大幅な自由化を含む内容となっており,「1933年銀行法」制定以来,およそ60年振りの包括的な制度改革として期待された。しかしながら,審議の過程で次第に大規模な改革は見送られることとなり,最終的には①預金保険機構への財政資金による追加資金供給,②当局による監視体制の強化,早期経営介入の是認,等の部分的な内容を盛り込むにとどまった。しかしながら,この改革に基づき,各監督当局では自己資本比率を基準とした新しい監督体制の導入に踏み切ったことが注目される。内容的には,自己資本比率をベースに銀行を5段階にグループ化し,比率の高いグループに属する銀行ほどより自由な業務展開を認めるというがたちとなっている。基本的な発想としては,競争メカニズムを利用しつつ,自由化の進んだ金融市場のなかで,いかに金融システムの健全性を維持するかに留意したものとなっており,こうした考え方は,今後各国で金融自由化が進行するなかでの金融システムの維持が検討される際に,多くの示唆を与えてくれるものとみられる。

(まとめ)

以上みたアメリカにおけるバランス・シートの調整動向は,次のように要約できよう。

第1に80年代におけるバランス・シートの悪化は,その後の調整プロセスにおいて,景気回復への制約や預金保険コスト増等を通じた財政赤字の拡大等のかなりの痛みを伴うものであったことである。

第2にバランス・シートは,これまでの各部門の努力によってある程度改善されてきているが,現在のところその効果は各部門内にとどまっており,各部門間で相乗的に景気を上昇させる段階に至るまでには,今しばらくの時間が必要であるということである。

アメリカ経済が再び安定的な成長路線へ復帰するためには,今後も調整努力が継続されなければならないが,その際留意すべき点は,基本的には調整は市場メカニズムの枠内で行うべきであるということである。アメリカの金融部門についてみれば,経営内容の不芳な金融機関は倒産をまぬがれず,その意味で過去の負債は,原則的に当事者の自己責任に基づいて市場メカニズムの枠内で処理されてきている。ただし,その一方でそうした金融機関の整理・清算の円滑化や預金保険機構の維持等を眼目に,公的資金による支援が実施されていることも事実であり,当局には,金融システムの維持,預金者保護の観点からある程度の公的資金の導入はやむを得ないとの判断があったものと考えられる。

しかしながら,アメリカの各部門におけるバランス・シートの悪化を生み出したきっかけの一つが,金融自由化に伴う環境変化への金融部門の反応のあり方にあったことを考慮すれば,こうした市場の自己修正能力を無視して安易な公的部門による支援を行うことは,新しい環境への市場の適応を不十分なままに終わらせてしまう可能性がある点に留意しておく必要があろう。

この点に関連して,現在,米国の金融部門においては,金融機関の大量破綻といった経験に鑑み,先に述べた金融制度改革法のプログラムに則った上で,モラル・ハザードの発生を防ぎつつ,預金者保護と市場の効率化を同時に追求する努力が始まっている。~今後は,こうした方策を柱の一つとしながら,健全な経済活動を基本とする安定的かつ効率的な経済システム(特に金融システム)の構築を目指して制度の再編を進めていくことが重要である。