平成4年
年次世界経済報告
世界経済の新たな協調と秩序に向けて
経済企画庁
第1章 世界経済の現況とその特徴
90年から本格化した中・東欧諸国の経済改革もほぼ2年を経過し,一部の国には経済に明るい兆しも見られ始めているが,全体としては厳しい状況が続いている。
ポーランド,チェコ・スロバキア,ハンガリーの3国は,西欧向け輸出の好調に支えられた形で,このところ工業生産の減少が下げ止まり始めており,チェコ・スロバキアでは失業者数にも減少の動きが見られている。また,物価の上昇も鎮靜化しており,実質賃金も概ね前年比横ばいで推移している。しかし,ポーランド,ハンガリーでは,国営企業からの税収に依存した歳入構造の改革や徴税機構の整備が十分な進展を見せていないことによる歳入不足,また失業増大による社会保障支出の拡大から,財政赤字の規模が拡大しており,今後の経済安定に対する大きな課題となってきている。
ルーマニア,ブルガリアでは,コメコン解体の影響から,輸出入とも大きく減少しており,このため工業生産の減少,失業の増加が続いている。物価は,91年に実施された価格自由化による急速な上昇からは脱したものの,なお鎮静化には至っていない。なお,旧ユーゴスラビアにおいては,紛争が続いており,インフレが年率2万%に達するなど経済は大きな混乱に陥っている。
中・東欧諸国では,総じて,緊縮政策による国内需要の落込みや91年のコメコン解休による輸出の減少により,91年も工業生産の滅少が続いた。しかし,ポーランド,チェコ・スロバキアでは,西欧向け輸出の好調などから,92年に入り工業生産に下げ止まりの動きがみられており,ハンガリーでも滅少傾向に鈍化がみられてきている。これに対して,ルーマニア,ブルガリアでは,新しい市場への進出が順調に進んでおらず,92年に入っても工業生産は大幅な減少が続いている。
上記のような生産の落ち込みに加え,補助金削滅や金利上昇による資金難,貿易自由化による海外企業との競争等から,中・東欧諸国の主要産業は強い調整圧力を受けている。この結果,殆どの国で失業率が上昇を続けており,殆どの国で10%を超えており,なお上昇を続けている。これに対し,チェコ・スロバキアでは,92年に入り夫業率がやや低下し始め,92年4月末には6.0%となっており,特にチェコ共和国では92年6月末の失業率が2.7%と極めて低くなっている。
92年に入り,多くの国では消費者物価上昇率が前年に比べて低下しており,各国とも,緊縮政策の実施や賃金上昇の抑制により,91年までに導入された価格自由化による物価上昇からは脱することが出来たと見られる。特にチェコ・スロバキアでは,92年6月の上昇率が前年同月比5.6%となるなど鎮静化が顕著になっている。これに対し,ルーマニアでは92年に入ってもなお高率の物価上昇が続いている。
賃金上昇は,手段の違いはあるものの,各国で抑制されてきた結果,91年にはブルガリアを除く全ての国で,実質賃金は90年のレベルを下回っている。しかし,92年に入ると,他の国が横ばいないし減少傾向を続ける中で,労働組合の力が強いポーランド,ハンガリーでは上昇に転じている。
従来,中・東欧諸国の通関制度はほとんど国営企業のみを対象としていたため,民間企業による貿易業務が拡大するにっれて,通関統計が貿易の実態と食い違いを生じるようになり,コメコン制度の廃止による制度の大幅な変更も加わって,ポーランド,ハンガリーでは通関統計の発表が一時中止された。このため,この2国の貿易動向は,中央銀行等によって発表が続けられた交換可能通貨建で国際収支統計によって見る必要がある。これによると,両国とも91年後半から92年第1四半期にかけて輸出は前年同期比で増加を続けており,輸入はポーランドでは91年第4四半期から減少に転じ,ハンガリーでは増加傾向に鈍化が見られてきている。これは,EC等西欧諸国への輸出の伸長と,緊縮政策による国内需要の伸び悩みを示すものといえる。この結果,ポーランドの同ベースの91年の貿易収支は0.5億ドルの黒字,ハンガリーは1.9億ドルの黒字となった。92年に入ると,両国とも黒字基調となっている。
チェコ・スロバキアでは,通関統計によると,輸出は91年第4四半期から前年同期比で増加が続いており,輸入は91年後半から減少傾向にある。これはポーランド等と同じ傾向を示すもので,貿易収支は交換可能通貨建てでは91年は赤字となったものの,全通貨ベースでは9.3億ドルの黒字となっており,92年に入っても全通貨ベースでは黒字が続いている。
ブルガリアでは,通関統計によると,91年は輸出入とも大幅な減少となったが(輸出前年比44.1%減,輸入同73.1%減),緊縮政策による国内需要の落ち込みが大きかったことから,貿易収支は全通貨ベースでは90年の18.7億ドルの赤字から,6.3億ドルの黒字に転じた。
ルーマニアでは,通関統計による輸出入は減少傾向が続いており,貿易収支も,全通貨ベースで91年14.8億ドルの赤字となった後,92年に入っても赤字が続いている。
交換可能通貨建て経常収支をみると,ポーランドでは91年は13.6億ドルの赤字となったが,四半期でみると91年後半から黒字が続いており,92年第1四半期は1.3億ドルの黒字となっている。この結果,外貨準備高は91年は前年比減少となり,92年に入り増加に転じ,6月末には前年同月比1.7%増の39.7億ドルになっている。ハンガリー,チェコ・スロバキアでは,交換可能通貨建て経常収支をみると,91年はそれぞれ黒字(2.7億ドル,3.7億ドル)となり,92年に入っても黒字基調が続いている。外貨準備高は,ハンガリーが91年末39.4億ドル(前年267.9%増),チェコ・スロバキアが同31.9億ドル(前年同月比189.5%増)と大幅に増加し,92年に入っても急速な増加が続いている。
ブルガリア,ルーマニアは,ともに交換可能通貨建て経常収支は91年には赤字(8.9億ドル,10億ドル)となった。外貨準備高は,ブルガリアが4億ドルと統計の発表され始めた91年3月末の0.7億ドルから増加しているのに対し,ルーマニアでは,91年末3.8億ドル(前年比27%減)と減少しており,92年に入っても減少傾向が続いている。
チェコ・スロバキアでは,財政は90年から小幅ながら黒字が続いており,92年に入っても黒字が続いているが,その他の国では赤字が拡大している。
ポーランドでは,91年の財政収支赤字は,企業不振による歳入減と社会保障費用を中心とする歳出増により,当初見込みの4.3兆ズロチ(約4億ドル)を大きく上回り,31兆ズロチに達した。92年も4月末時点で11.5兆ズロチと赤字拡大が続いている。ハンガリーでも,91年は当初見通しの780億フォリントの赤字を大幅に超過し,1,142億フォリントの赤字となった。また92年に入っても,6月末には1,081億フォリントの赤字と拡大が続いている。
ブルガリア,ルーマニアでは,91年の財政収支はそれぞれ66.5億レバ,410億レイの赤字となっっており,特にブルガリアでは大幅な赤字となった。
ロシア連邦(以下ロシア)では,92年に入っても依然として経済の低迷が続いている。旧ソ連と同様にロシアにおいても90年から経済はマイナス成長に陥り,実質NMP(物的純生産)は90年には前年比5%減,91年にはマイナス幅が更に拡大して同11%減となった(第1-2-2表)。92年初から価格自由化等の急進的改革が開始されたが,生産の低下傾向は止まらず,92年1~6月期には,実質NMPは前年同期比で18%減と,生産の低下傾向が更に強まっている。このため,国民の消費水準は,特に食料消費を中心に著しく低下している。価格自由化により,半年で消費者物価は10倍となる一方,賃金は4倍となり,急激な物価上昇による現金通貨の不足は,企業間の未払い債務の増大や賃金の支給の遅れをもたらした。以下では,91年末のソ連崩壊の後,92年から本格的な改革に踏み出したロシアについて,その経済状況を中心に述べ,改革の内容及びその影響については第3章第2節で述べる。
実質工業総生産は92年1~6月期前年同期比13.5%減で,一部を除いて大半の品目が減少を示している。この傾向はロシアの全工業部門に表れており,1~6月期前年同期比で,非鉄・冶金23%減,食品工業22%滅,機械,化学・石油化学12~14%減等となった。原油の生産は,1~6月期で2億200万トンとなり,前年同期比で3,200万トンの滅少(13%減)となった。消費物資の生産動向をみると,食料品(加工食品)のうち,肉製品が27%減,ソーセージ製品が37%減,乳製品が48%減等と大幅な減少を示している。また,非食料品(一般消費財)の生産も9%減とかなりの減少を示している。これらの結果,実質の小売商品販売量は,1~6月期前年同期比で42%の大幅減となった。特に,食肉,ソーセージ製品,魚,砂糖,動物性油は52.6~62.5%の減少,鳥肉,マーガリン,ジャガイモ,野菜は66.7~83.3%の減少,という大幅なものであった。投資も滅少しており,1~6月期前年同期比で実質46%の滅少となった。
国家予算からの投資により1~6月期に稼働が予定された378件(うち291件は最重要物件)のうち,実際に稼働を開始したものはゼロであった。
農業生産をみると,畜産部門においては肉類(屠体ベース)が1~6月期前年同期比23%滅,ミルク同18滅,卵同11%減等と大幅な減少を示しており,国家による買上げ高も肉類同30%減,ミルク同27%減と低下している。これらの農産物の生産低下は,加工食品の生産滅少につながっている。農作物部門においては,私的生産の割合が徐々に拡大しており,ジャガイモでは全生産量に占める私的生産の割合が73%(前年は68%),野菜では同52%(同46%)となっている。ただし,自営農家の創設テンポは緩やかになりつつあり,92年2~4月には月間1万7千戸で゛あったが,5月には1万戸,6月には8千戸となっている。6月末時点で自営農家は戸数12万8千戸,総面積520万ヘクタールであり,1戸当たり平均40.6ヘクタールとなっている。
92年1月2日の価格自由化による影響が,物価・賃金の動向にも強い影響を与えた。消費者物価は92年6月には前年12月比で10倍に上昇した。1月の価格自由化の時点では統制を維持した主要食料品の価格も,その後漸次自由化されていったため,これらの価格も上昇を強め,6月の前月比でパン類42,%,乳製品20.6%,植物性油10%,砂糖10%の上昇となった。国家による農産物の買上げ価格は,92年1月に前月比で3.5倍に引き上げられ,その後は月平均で2%程度の上昇となった。工業部門の卸売価格は92年1~6月期には前年同期比で14.6倍に上昇した。貨物輸送料金は,1~6月期には同8.4倍となり,うち,鉄道料金は11.3倍,パイプライン輸送(石油,天然ガス等)と水運料金は7.9倍,トラック輸送料金は8.6倍となった。こうした物価の上昇に比べ,賃金の上昇はそれを下回った。労働者・職員の名目賃金月額は,92年6月で4,400ルーブルであり,前年12月の1,100ルーブルに比べて4倍の上昇であった。また,労働者・職員の名目最低賃金月額は,前年12月の180ルーブルから92年1月に342ルーブルヘ,4月に900ルーブルヘ,更に8月に1,320ルーブルへと引き上げられたが,物価水準の高騰に伴う支出の増加に追いつかない状態である。
就業状況をみると,92年1~6月期の労働力人口は8,670万人(ロシア連邦の人口の約60%)で,この半年の間に約100万人が解雇により職を失った。92年6月末時点で国家が運営する職業斡旋所に77万9,900人が登録されている。
このうち,20万2,900人が失業者となっており(前年末時点では5万9,370人),うち10万7,800人が失業手当の支給を受けている(同1万1,654人)。
貿易をみると,92年1~6月期で,輸出は154億ドル(前年同期比35%滅),輸入は149億ドル(同24%減)で,貿易収支は5億ドルの黒字となった。輸出では,石油が2,400万トン(前年同期比18%減),天然ガスが437億立方メートル(同4%減),石炭が810万トン(前年同期並み)となった。輸入では,冷凍肉が前年同期比42%減,鶏肉が同46%減,ジャガイモが同55%減,柑橘類が同79%滅,コーヒーが同53%減,茶が同56%減,綿布が同72%減,家具が同83%減等となった。一方,穀物の輸入は同52%増となった。
ルーブルの為替レートは,92年7月1日より従来の数種類から1本化さFL,ロシア中央銀行により同日現在で1ドル=125.26ルーブルに設定された。その後,・ルーブルの対米ドル相場は大幅に下落し,10月末現在で1ドル=398ルーブルとなっている。
ロシア以外の旧ソ連諸国においても,生産の減少とインフレの高進はみられるが,国によってその度合いはかなりの違いを示している。92年9月のIMFの報告によれば,91年の生産で最も落込みが大きいのはグルジアの23.O%減であり,同年後半の激しい武力衝突を伴う政治闘争が影響したものとみられる。
次に生産の大きな落込みを示した諸国をみると,リトアニア13.6%減,エストニア13.4%減,モルドバ11.9%減,アルメニア11.8%滅,ウクライナ11.2%減,カザフスタン10.0%滅,ロシア9.0%減,タジキスタン8.7%減,トルクメニスタン5.9%減の順となっている。他方,生産の落込みの小さい諸国をみると,ウズベキスタン0.5%減,アゼルバイ?ヤン0.7%減,キルギスタン2.0%減,ベラルーシ3.0%滅,ラトビア3.5%減となっている。
92年以降め主要国の経済状況をみると,ウクライナは1~6月期の生産が前年同期比で12.3%減となり,依然として生産の低下傾向は改善していない。国営の小売商店や飲食店の民営化は予定より遅れており,地方によってはほとんど民営化が進展していないところもある。カザフスタンの1~6月期の生産は前年同期比で12.1%減となった。消費財生産も同14%減となり,小売商品販売量は更に落込んで前年の半分の水準となっている。同期間に民営化された企業は全国営企業の4%程度であった。政府は生産部門の民営化促進を図っているが,すでに民営化された企業の9割は非生産部門の企業とされる。ウズベキスタンの1~6月期の生産は前年同期比で8.7%減,ベラルーシは同11.7%減,タジキスタンは16.1%減,トルクメニスタンは16.5%減,キルギスタンは18.1%減となっており,更に,モルドバは26.5%減,アルメニアはアゼルバイジャンとの戦争の影響から51.3%滅と大幅な滅少を示している。
アジア地域では,91年の成長率が前年比5.8%と90年(5.6%)とほぼ同程度の伸びとなった(付表1-10)。世界経済が伸び悩みをみせる中で,この地域は引き続き他地域と比べ高い成長率を維持している。これは従来と同様,NIEs,アセアン,中国等の地域での投資等の内需と輸出の大幅な伸びに支えられた結果である。
92年に入ってからも,NIEs,アセアンではインフレが低下傾向にある中で,経済は堅調に推移している。中国では経済の一層の拡大が見込まれ,インド等でも改善の方向にある。
NIEsの成長率は,91年に前年比7.3%と90年(6.8%)より僅かながら高まりをみせた。92年に入ってからは,総じて安定した成長となってきている。物価上昇率は92年に入り概ね落ちついた推移を示している。輸出は総じて高水準の伸びが続いている。
韓国では,91年の経済成長率が前年比8.4%と90年(9.3%)に比べやや鈍化した。これは物価の上昇と貿易収支の赤字をもたらした過熱ぎみの経済に対し,91年央から政府が引き締め政策をとったためである。92年に入ってからも,政府の引き締め政策は続けられたため,投資を中心に内需が鈍化してきており,成長率は92年上半期前年同期比6.7%と安定した動きとなっている。一方,物価は92年に入ってから低下傾向となっており,貿易収支は輸出の増加,輸入の鈍化から赤字幅が縮小している。政府は92年の成長率を前年比7.0%と見込んでいる。
台湾では,91年の成長率は輸出の増加,低迷していた民間投資の回復と「国家建設6か年計画」実施に伴う公共投資の増大から前年比7.2%となった。しかし,92年は,内需は引き続き堅調なものの,輸出が第2四半期より伸び悩み,第1四半期前年同期比6.9%の後,第2四半期同6.3%と鈍化の兆しがみられる。また,92年の見通しは前年比6.4%とされ,「国家建設6か年計画」の目標(7%成長)を下回るとみられている。物価は,92年に入り食料品価格の上昇を受けて一時高まったものの,落ち着いた動きとなっている。貿易収支は,輸出の鈍化から黒字が縮小しつつある。
香港では,経済は89年の落ち込みを底に回復し,91年の成長率は前年比4.2%となった。92年に入るとさらに成長テンポは速まり第1四半期は前年同期比4.7%となった。92年の成長率見通しは前年比4.6%とみられている。物価は,91年に前年比12.O%上昇した後は次第に上昇率が低下しており,92年は同9.5%の上昇にとどまるとみられている。貿易収支は,輸入の伸びが高く依然として赤字傾向が続いている。
シンガポールでは,91年の成長率は,前年比6.7%と90年の8.3%から伸びは鈍化した。四半期別の推移をみると徐々に成長のテンポは緩やかになっている。消費者物価上昇率は,92年は2%台で推移しており引き続き落ち着いている。輸出は,91年前年比10.9%増と引き続き2桁の増加を示したが,92年上半期には,前年同期比2.2%増と低調である。輸入は国内の景気の減速から91年は前年比8.3%増の後,92年上半期も前年同期比2.2%増にとどまった。貿易収支は赤字傾向が続いている。91年の失業率は1.9%と依然,労働需給は逼迫している。
アセアンでは,総じて経済の過熱感が和らぎ,堅調な拡大を示している。成長のテンポはやや緩やかになったが,輸出は好調を持続し,物価も比較的落ち着いている。経済不振のフィリピンは,最悪期から脱しつつあるものの基調は弱い。
タイでは,88年から3年間2桁の成長を続けていたが,91年の成長率は8.2%と高成長ながら伸びはやや鈍化した。消費者物価上昇率は92年に入り4%台で落ち着きがみられる。輸出は繊維製品や電気機器等の好調から,91年前年比22.5%増と引き続き順調に拡大した。一方,輸入は同15.1%増と高水準ながら成長率がやや鈍化したことから,増勢のテンポは緩やかであった。貿易収支は赤字傾向が続いている。なお,92年5月には軍・警察と反政府デモとの衝突が勃発したが,国王の意向を踏まえた事態収拾が図られ,アナン元首相が暫定首相に就任した。その後,9月に行われた総選挙で旧野党勢力が過半を占め,第1党となった民主党の党首チュアン氏が首相に就任した。92年の見通しでは国家経済社会開発庁が,当初見通しの7.9%から7.6%へと下方修正した。
マレーシアでは,91年の成長率は8.6%と経済の拡大が続いている。92年上半期の成長率も8.8%と金融は引き締め基調にあるものの,依然,経済の拡大が続いている。消費者物価上昇率は92年も4%台で推移しており落ち着いている。輸出は91年前年比17.7%増と引き続き2桁の増加を示した。輸入も同27.1%増と輸出を上回る伸びとなった。このため,貿易収支は赤字に転じた。
インドネシアでは,91年の成長率は6.6%と高成長ながら90年の7.4%を下回った。これは91年後半の金融引き締めと産業用電力供給の削減から経済が減速した結果である。拡大してきた海外からの直接投資は,電力供給の不安等インフラ面での不備等から,92年に入り低調である。このため,政府は92年4月に100%の外国法人の出資も認める新外資法を制定した。消費者物価上昇率は,金融引き締め下にありながら92年に入っても9%台の上昇が続いている。輸出は,91年石油・ガス輸出が前年比1.6%の減少となったものの,同13.5%増となった。輸入は,経済の滅速を反映して18.5%増と90年の33.5%増から大きく鈍化した。貿易収支は黒字ながらやや縮小した。
フィリピンでは,GDP成長率は91年0.9%減の後,92年上半期は0.4%減と最悪期から脱しつつあるものの,基調は弱い。消費者物価上昇率は91年前年比17.7%の後,92年に入り9%台に落ち着いた。91年の輸出は,前年比7.5%増に対し,輸入は国内の景気停滞から同2.2%の滅少となった。このため,貿易収支は赤字が続いているものの,赤字幅は縮小した。
中国では,88年末から引締め政策が採られていたが,90年春以降は金利の引下げ,融資総量の拡大等,次第に緩和が進んだ。この結果,経済は90年半ばより成長テンポを次第に速め,91年の成長率は前年比7.3%となった。92年も上半期は前年同期比12%と高い成長を遂げ,拡大テンポはさらに高まっている。
鉱工業生産は,エネルギー部門は低調ながら,自動車や家電製品等を中心に増勢は強く,92年上半期では前年同期比18.2%増となった。投資は,引締め政策の緩和につれ,地方政府の管轄する投資プロジェクトを中心に伸びを高め,92年上半期の固定資産投資総額(名目)は同28.5%増となった。消費も旺盛で,社会小売総額(名目)は92年上半期で同14%増となった。また,物価は,引締め政策により鎮静化した後,91年は消費の回復や価格改訂(5月の穀物等の販売価格引上げや都市部の運賃引上げ等)の影響もあり,再び上昇率が高まりつつある。小売物価上昇率は92年上半期で前年同期比4.9%の上昇となり,サービス価格を含む35都市部の従業員生活費用指数はさらに高く,上半期で同10.6%の上昇となった。92年には生産財価格の自由化も進んでおり,今後のインフレ上昇が懸念される。
貿易面をみると,輸出は人民元の対ドル・レ―トが低下する中で増勢を強め,92年も上半期で同17.3%増と好調に推移し,一方で輸入は輸出産業関連の原料・部品等を中心に伸びを高め,同23.4%と輸出を上回る伸びとなった。このため,90年より黒字が続いていた貿易収支は,輸入の増勢が強まった91年より黒字幅を縮小させつつある。
南西アジアでは,インドは成長率が鈍化したが,輸入抑制策等により外貨危機を脱し,安定化の方向にある。パキスタンでは,農業生産の回復や輸出の増加から湾岸危機の影響を脱し,安定した成長を示した。
インドでは,成長率は低下しているものの,外貨不足が緩和し,経済は安定化の方向へ動いている。91年度(91年4月~92年3月)の成長率は前年度比2.6%増(90年度5.8%増)と低下した。農業生産(種子ベース)は91年前年比1.5%減と不振であった。製造業生産も91年は前年比1.5%増と90年の同11.O%増から大きく鈍化した。これは,旧ソ連との貿易が縮小していることや外貨危機に伴い,91年4月から輸入制限が行われているため,輸入原材料が不足したことに加えて貸出金利の引き上げ等引き締め政策が採られたことによる。91年の消費者物価上昇率は13.9%と前年の8.9%から上昇した。輸出は2.4%減と旧ソ連向けの減少を主因に90年までの2桁の伸びから一転してマイナスとなった。輸入は外貨危機に伴う輸入制限から前年比10.3%減と大きく減少に転じた。貿易収支は輸入の落ち込みから赤字幅は縮小した。92年第1四半期には輸出が回復したことから,貿易収支はわずかながらも黒字に転じた。外貨準備は,IMFや世界銀行及び先進国の新規融資に加え,輸入抑制等が効を奏し91年6月に11.9億ドルにまで低下したが,92年4月には56億ドルにまで回復し外貨危機を脱した。
パキスタンでは,輸出の増加等からほぼ湾岸危機の影響を克服し,成長率は高まっているものの,物価は上昇している。90年度(90年7月~91年6月)の成長率は5.6%と,前年度の4.6%を上回る成長となった。これは農業が2.7%増から原綿,小麦の生産増により5.1%増へと回復したことによる。消費者物価上昇率は,91年度には12.3%と前年度の6.0%に比べ上昇した。これは恒常的な財政赤字からくるインフレ圧力に加えて,湾岸危機に伴う石油製品価格の引き上げや為替切り下げによる輸入物価の上昇,鉄道,電力等の公共料金の引き上げによるものである。90年度の輸出は綿糸,米の増加から22.7%増と大幅な伸びとなった。一方輸入は6.8%増にとどまった。このため貿易収支の赤字傾向は続いているが,赤字幅は前年度の25億ドルから19億ドルへと縮小した。
ラテン・アメリカ経済の動向をみると,成長率の好転,インフレの低下等が広くみられ,全体として明るさが見え始めている。経常収支は,貿易黒字の縮小を主因に大幅な悪化を示したものの,こうした経済状況の好転に加え,一部の国での国営企業の民営化の進展もあって海外からの資本流入も大幅に増加した結果,比較的順調にファイナンスされた。また,92年には,ブレイディ・プランにもとづく債務削減計画がアルゼンチン,ブラジルに適用されることが決定されるなど,債務問題にも進展がみられた。
こうした経済の好転については,ここ数年に各国でみられた改革政策により,経済の休質改善が徐々に進展しつつあることを反映したものとみられる。
すなわち,ラテン・アメリカ諸国では,このところ物価,賃金の抑制,財政・金融の引き締めによるインフレの抑制等といったマクロ調整策とともに,①貿易規制の緩和,外資規制の緩和等の経済の自由化や,②政府機構の合理化,国営企業の民営化等といった一連の構造調整策を実施しており,徐々に経済の効率化を実現しつつある
91年のラテン・アメリカ全体の実質GDP成長率は3%程度に達したとみられ,前年の0.3%から改善した。また,一人当たりの実質GDP成長率も0.9%となり,4年振りに前年比増加に転じた。
主要国の成長率の動向をみると,ベネズエラやメキシコでは前年に引き続き高い成長率を記録した。また,アルゼンチンでは,インフレの改善を背景に生産が回復し,前年のマイナス成長から91年には4.5%と力強い回復がみられた。更に,80年代後半を通じておおむね安定的な成長を遂げてきたチリも90年の2.0%から91年には5.0%と成長ペースを加速させている。一方,ペルーでは生産がやや回復を見せ,2.O%成長と87年以来の前年比増加となったものの,依然強力な引き締め政策が持続するなかで需要の停滞が続いている。またブラジルでも,90年にマイナス4.O%と大幅な後退を示した後,91年も1.2%成長にとどまるなど,景気の基調は弱い(付表1-11)。
91年のラテン・アメリカ全体の消費者物価上昇率は,前年比200%程度にとどまり,依然として高水準ではあるものの,前年の1,200%程度からは大幅に改善を示した。こうした改善は,このところ各国で実施されている緊縮財政,賃金抑制等の一連の安定化政策を反映したものとみられる。特に,ブラジル,アルゼンチン,ペルー等,4桁に達するハイパー・インフレーションに悩まされていた国々では,物価・賃金の凍結,預金凍結等ショック療法的な引き締め政策がとられた結果,91年には大幅な改善がみられた。
他方,チリ,メキシコ,コロンビア等,中程度のインフレ国でも,年間20~30%台のインフレ率を維持している(付表1-12)。
91年のラテン・アメリカ全体の経常収支は194億ドルの赤字となり,赤字幅は前年の42億ドルの5倍弱にまで拡大した。こうした赤字の拡大はほとんどが貿易黒字の縮小によるものとなっている。
91年のラテン・アメリカ全体の貿易動向をみると,輸出が多くの国で停滞したことから,前年比0.5%減と86年以来の前年比減少となる一方,輸入は一部の国の内需の活発化を背景に同16.6%増と大幅な増加を示した。この結果,ラテン・アメリカ全体の貿易収支は,118億ドルの黒字にとどまり,黒字幅は前年の298億ドルから大幅に縮小した(付表1-13)。輸出の減少は主としてアメリ力をはじめとする世界経済の停滞を背景に,輸出品の価格が低下したことによる。また,石油輸出国では原油価格の低下も輸出の減少に大きく影響した。一方輸入の拡大は,メキシコ(前年比25.9%増),アルゼンチン(同14.1%増),ベネズエラ(同60.7%増)等,内需の好調な国々での輸入増加が地域全体の増加の大部分を占めている。この結果,貿易収支,および経常収支の悪化もこれらの国に集中してみられることとなった。
ラテン・アメリカへの純資本流入は,90年210億ドルの後,91年387億ドルと急速に増加しており,91年には経常赤字が大幅に拡大したにもかかわらず,外貨準備高が186億ドルもの増加を示した(付表1-14)。
こうした資本流入は,メキシコ,アルゼンチン,ベネズエラに集中している。こうした国々への資本流入は主として直接投資の増加や,国営企業の民営化に伴う証券投資の増加による。特にメキシコでは,NAFTA(北米自由貿易協定)の成立をにらんだ直接投資が91年には活発化したこともあり,直接投資のみで48億ドルの純流入があった(付図1-8)。
こうした事情のほかに,このところ経済状況の好転を背景に,債務危機発生前以来の国際資本市場への復帰を果たす国が増え始めていることもラテン・アメリカへの資本流入の増加の一因となっているとみられる。国際資本市場でのラテン・アメリカ諸国の起債動向をみると,90年まではメキシコのみが起債を実施していたが,91年以降は,チリ,コロンビア,ブラジル,アルゼンチンなどが相次いで起債に踏切るなどラテン・アメリカ勢による起債が増加している(付図1-9)。
91年末のラテン・アメリカの対外債務残高は4,330億ドルに達したと見込まれ,前年末をやや上回った(付図1-10)。これは,アメリカとラテン・アメリ力7か国による2国間公的債務の削減合意等による減少を延滞利子の累積,国際資本市場からの借入れ等による増加が相殺したことによる。また,91年は輸出が前年比減少したこともあり,デット・サービス・レシオは31.5%と前年の27.3%からやや上昇した(付図1-11)。
ただし,92年に入り,債務削減交渉についてはいくつかの国で進展がみられた。ブラジルは,実施中の構造調整策に対する評価を背景に1月にIMFのスタンド・バイ・クレジット供与が決定した後,2月には日米欧の債権国政府で構成されるパリ・クラブとの債務交渉において,公的債務210億ドルのうち110億ドルの債務繰り延べに合意を取り付けた。更に,4月にアルゼンチン,7月にブラジルに対してそれぞれブレイディ・プランの枠組みにもとづく民間債務削滅が適用されることが決定した。ベネズエラ,メキシコに続いてブラジル,アルゼンチンにブレイディ・プランが適用されることが決定したことにより,債務残高上位4か国の債務削減交渉は一応の決着をみたこととなる。
以上にみたように,91年のラテン・アメリカ経済は構造調整策の奏功もあり,明るさが見えてきている。今後についてもNAFTAをはしめ,複数の地域経済圏が構想されているなど,この地域をめぐる経済の動きは活発化していく方向にあるとみられる。しかしながら,構造調整そのものは完了したわけではなく,未だその途上にある。インフレの抑制については,以前のショック政策の効果がいずれも一時的なものにとどまったことを考えれば,現下の鎮靜化傾向をもってこの地域に根づいたインフレ体質が完全に払拭されたかどうがは判断できない。また,輸出についても,工業製品の輸出が増加しつつあるとはいえ,依然として一次産品への依存度は高い。
現在実施されている構造調整策は,強力な引き締め政策によるインフレ抑制を柱としており,初期には需要の停滞,賃金の抑制等多くの痛みを伴う。経済パフォーマンスの改善が遅れている一部の国々では,国民の不満も高まりつつある。しかしながら,この地域の国々が現在も巨額の対外債務残高を抱えていることを考慮すれば,中長期的に安定した経済成長を実現できる経済体質を確立することは重要であり,現在進みつつある調整を完了させることは不可欠である。