平成3年

年次世界経済報告 資料編

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

I 世界経済白書本編(要旨)

おわりに

報告書のむすびとして,世界経済の問題点を市場経済の特徴と限界という観点から横断的に整理し,その中で各国と日本が果たすべき役割について述べることとする。

(市場経済の特徴と限界)

ソ連の中央指令型の計画経済体制は,91年8月の政変を最後の節目として完全に崩壊するに至った。戦後の世界を二分してきた市場経済体制と計画経済体制との間の競争は,前者が圧勝したと言える。しかし,市場経済の優位性を誇るだけでは,もはや何の役にも立たない。今後の政策運営に役立てるためには,近年における世界経済の経験を踏まえて,市場経済の特質とその限界を改めてよく理解し,教訓を引き出すことが必要である。

市場経済の基本的な特徴は次の2つにある。ひとつは,生産手段の私有が認められていることであり,他のひとつは,生産,流通,分配の決定は競争的な価格メカニズムによることである。市場経済が良好な成果を挙げるためには,金融・財政制度,貿易制度,独占禁止制度などの制度的な支柱が必要である。

市場経済では,このような制度の下で,企業は利潤原理に基づいて生産活動を行い,消費者は自らの好みに応じて消費を行うが,市場での競争を通じて供給体制は消費者のニーズに見合ったものに調整される。

一方,市場経済では,マクロ的にみた経済活動の水準が,過大となってインフレを引き起こしたり,過小となって不況になるという不安定性が内在している。さらに近年においては,為替レートが各国経済のファンダメンタルズから乖離して推移し,また,株価や地価でいわゆる「バブル」が発生するなど,経済の変動を大きくする現象がみられる。

また,基礎研究や環境の保全など,いわゆる外部経済効果を有する活動については,市場メカニズムだけでは供給量の調整を適切に行えない。さらに,市場経済メカ二ズムには,所得や資産の著しい格差を是正するという機能は備わっていない。

(市場経済における政策課題)

市場経済の特微とメカニズムを以上のように理解すると,市場経済に依拠している各国が政策的に克服すべき課題は,次の3つに分けてとらえることができる。

第一は,各国の経済発展段階に応じて競争制限的な規制をできる限り緩和あるいは撤廃することである。市場経済では,競争が活発であるが故に,競争を回避しようとする圧力も強い。生産,輸入,流通あるいは消費の各段階における規制は絶えず見直されるべきであり,出来る限り緩和あるいは撤廃することが望まれる。このような規制緩和政策は,海外からの競争を国内経済の活性化に役立てる上でも重要な手段となる。また,中南米等の公営企業のウェイトが大きい経済では,民営化あるいは民間企業の参入を図ることが重要である。

第二は,マクロ経済の運営を適切に行うことである。さらに,経済規模の大きい国は,マクロ政策の運営に際して,対外不均衡が著増しないように十分配慮する必要がある。

80年代前半のアメリカで採用されたレーガノミックスでは,財政収支と経常収支の赤字が増大した。家計部門と企業部門の負債比率の大幅な上昇,銀行部門の経営状態の著しい悪化,不動産部門の過剰投資による不況の深刻化等は,租税制度と金融制度の改革が直接の契機となっているが,マクロの政策が不適切であったことも重要な背景になっている。これらの赤字要因は,いずれも90年代に負の遺産として引き継がれ,アメリカの景気回復の足どりを重くしている。巨額な経常収支の赤字は,世界の資金を吸引しているほか,日本等に対米輸出の自主規制を求めたり,相互主義による制裁を持ち出すなど,アメリカの貿易政策を自由主義の精神に反する先鋭なものとしている。

我が国においても80年代中頃以降,地価が大幅に上昇するなど大きな後遺症がもたらされた。85年以降に採られた金融の大幅な緩和政策を背景として,東京への経済活動の一極集中や投機的取引の活発化等の要因が複合して,地価の高騰を招くこととなった。その後の金融引締め措置や不動産に対する貸出し総量規制,土地税制の改正,土地取引規制などにより,地価は一部の地域では下落しているが,総じてみると大都市圏等を中心に高どまっている。今後においても,我が国の経済運営については,内外の経済情勢等を注視しつつ,マクロの経済運営を適切に行う必要がある。

第三は,先進国および発展途上国は,それぞれの経済発展段階と経済力に応じて,世界経済の円滑な運営に協力することである。国際間の経済活動は,貿易,資本取引および途上国等への援助に分けてとらえることができる。先に説明した「市場経済の特徴と限界」「市場経済を支える制度」は,話を簡単にするために国民経済を念頭においたものであるが,国際的な経済活動についても同様の説明が可能である。戦後,西側世界の経済成長を支えてきた代表的な国際機関としては,GATT,IMFおよび世界銀行をあげることができる。これらの国際機関は,日本やヨーロッパなど加盟国に多大の経済的利益をもたらしてきた。

GATTについては,現在進行中のウルグアイ・ラウンドは,91年内の終結をめざしているものの交渉は難航している。加盟各国は,世界の自由貿易体制を守るために互恵の精神で相互に協力することが望まれる。ウルグアイ・ラウンドを成功に導くことは,各国の保護主義的な貿易政策やEC,北米自由貿易協定などにみられる域外国に対する排他的な措置を牽制し監視する上でも重要な意味を持っている。我が国はこのようなブロック主義的な傾向に対してはGATT違反であるとの主張を明確にすべきことは勿論であるが,自らの主張が説得的であるためには,ウルグアイ・ラウンドで積極的な役割を演じる必要がある。

国際間での円滑な資本取引は,各国間の資金過不足を調整するとともに,世界経済の効率を向上させるという意義を有する。ただし,市場原理によって動く民間資金は,リスクが高く,収益率の低い分野には流れないので,南北問題を是正するためには公的資金の投入が必要となる。今後の世界の主要な国や地域の資金需要を展望すると,世界的な資金不足が生じることが懸念される。世界全体の資金不足額を大胆に試算すると,92年,93年には約1,000億ドルの大きさになると見込まれる。このような資金不足の状況を放置すると,世界的な高金利が出現する恐れがある。高金利は,一方で資金の効率的な利用を促すという側面もあるが,他方で発展途上国等における生産的な投資を閉め出すとともに,債務途上国を一層の苦境に追い込むという弊害をもたらす。このため,貯蓄の増強を図ること,例えば,非生産的な支出を抑制することによる財政赤字の削減が重要である。91年9~10月にアメリカ,ソ連,NATOで軍縮提案が次々と打ち出されていることは,世界の安全保障問題だけでなく経済問題を解決していく上でも歓迎すべきである。これら軍縮が確実に実施され,財政赤字の削減に貢献することが望まれる。我が国としては,武器輸出国に対して輸出の抑制と国連への登録制度の確立を呼びかける努力を引き続き行っていく必要がある。

世界的な資金需給のひっ迫を避けるためには,貯蓄を有効に活用することも重要である。先進国の金融・資本市場を一層効率化するとともに,途上国においても金融・資本市場の育成を図る必要がある。また,途上国では海外からの直接投資を促進するために,受け入れ体制を整備する必要がある。日本の金融・証券市場は,世界のマネー・センターとして益々その役割を高めていくことが期待されているので,市場取引の透明性を確保するなど一層の効率化と自由化を推進する必要がある。

また,我が国の直接投資の動向をみると,海外への投資は着実に増大している。海外直接投資は,生産技術や経営上のノウ・ハウを相手国に移転し,また現地での雇用や生産活動を促進する効果が大きいので,今後とも増大することが望まれる。

(対ソ支援について)

ソ連経済は70年以上にわたって社会主義体制の下で運営されてきた。このため,市場経済への移行に当たっては,まず,新しい政治的,経済的な枠組みが必要となる。さらに,市場経済を支える金融制度,財政制度など様々な制度や法律の整備,企業家精神を持った経営者の育成が必要となる。また,安定的な取引関係や卸売市場,労働市場も市場経済が円滑に機能するために不可欠の要素である。しかし,このような諸条件を整備することは,短期間では不可能であり,しかもソ連自身の自助努力による他はない。中長期的な視点に立った西側の支援に関し,第2章第4節では戦後のマーシャル・プランの例を紹介した。

今回のソ連への支援を当時と比べた場合,支援する国はアメリカ国ではなく多数の先進国であり,関係する国際機関も多様化している。対ソ支援を有効に行うためには,支援する側で密接な情報交換と円滑な調整が必要である。ソ連側では援助の受け皿を早急に確立する必要がある。マーシャル・プランでは,受け皿となった欧州経済協力委員会がその後現在のOECDへと発展した。ソ連側が支援の受け皿を創設すれば,現在進められている共和国間の同盟体制の整備が促進される効果も期待できよう。

本報告書の第4章では,中国の改革の歩みや局地経済圏の発展をみたが,中国で採られた農村改革や経済特区等を通じた対外開放政策は,ソ連にとって有益な教訓を含んでいる。また,欧州におけるEC,そしてアジアにおける局地経済圏の発展をみるとき,対ソ支援を推進するためには,地理的,歴史的な関連という要素も活用する必要があろう。

日本の役割については,IMF,世界銀行,欧州復興開発銀行などの国際機関へ出資するという形の協力を引き続き進めるとともに,2国間ベースで具体的な協力を行うことが期待されている。我が国では既に食料援助,医療援助,貿易保険の供与等,総額25億ドルの支援策が決定されている。石油生産の合理化,流通部門の改善といった分野での技術支援もソ連側と協議が行われつつある。また,日本が戦後の経済発展の過程で積み重ねた経験や政策を踏まえて,知的な協力を行うことも考えられる。さらに,日本は2国間ベースにとどまらず,アジア・太平洋地域における活発な経済活動と地域的な結びつきの中で貢献することも可能である。特に,シベリア,極東地域を中心とした経済開発は,アジア・太平洋地域全体にとっても意義がある。

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

アメリカの経済力と指導力が相対的に低下し,米ソ間の冷戦が終結したという国際情勢の中で,経済大国である日本が果たすべき国際的役割は今後益々大きくなると考えられる。こうした役割を果たしていくためには,世界情勢と日本の進路についての冷徹な認識がまず何よりも重要であり,同時に,国民各層の十分な理解を得ることも大切な条件となろう。


[目次] [年次リスト]