平成3年

年次世界経済白書 本編

再編進む世界経済,高まる資金需要

経済企画庁


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第4章 市場経済の拡大と再編

第5節 地域的結びつきの合理性と問題点

世界の相互依存関係は,均一な密度ではなく地域的な濃淡を伴って進んでいる。欧州ではECを中心とした市場統合の動きがみられ,北米では自由貿易協定締結に向けた交渉が進み,南米では自由貿易地域の設立(または構想)が相次いでいる。アジアでも華南経済圏等の局地経済圏が注目を浴びてきている。

これらの地域的結びつきはいずれも市場経済の合理性を拡大していこうとする共通の要素がみられ,政治的意義も認められる。

他方,コメコン諸国の貿易体制やソ連邦各共和国の結びつきは,一義的には政治的な思惑で形成されたものであり,分業体制や価格体系は人為的に定められていた。このような不自然な結びつきは今や崩壊しつつあり,市場原理の下での再編成を余儀なくされている。

地理的に近接した国々が経済関係を強化することは,それ自体自然であり,非難するにはあたらない。しかし,それがブロック化し,域外国との間で障壁を高めるようなものであってはならない。そのような動きは対抗的なブロック化を生み,世界貿易の縮小につながりかねない。グローバルな自由貿易体制であるGATT(関税及び貿易に関する一般協定)を強化し,GATTに対する信頼性を高めることは,このようなブロック化の進展への歯止めとなり得る。

GATT・ウルグアイラウンドは,このような観点からも成功させる必要がある。

1 地域的結びつきの合理性とその再編

本章第1節以下に述べてきたような世界各地での経済の活性化や地域経済の再編の動きをみると,いずれにも市場経済の合理性を活用していこうとする共通の要素がみられる。こうした市場経済的な合理性を追求する方法については,次のような二通りの方向性がうかがえる。

一つは,GATT等の場を通じて多国間での自由貿易体制を強化し,市場機能の活用を図ろうとするものである。戦後の世界経済の発展は,こうしたGATTに基づくグローバルな自由貿易の進展によるところが大きい。しかし,こうしたグローバリズムを支えようとする動きは,GATT・ウルグアイ・ラウンド交渉の難航にみられるように,リーダーであるアメリカの経済力が相対的に低下し国際的な指導力も弱まってきたこと等により,このところ必ずしも力強いとは言えない。

もう一つは,地域主義(リージョナリズム)の動きである。これまでにみたように,最近,世界各地で近接する地域間で経済的な結びつきを強めようとする動きが活発になってきている。各国が,為替レート,賃金,生産技術等の経済的与件の変化に対応して,近接する地域との間で貿易,直接投資を通じて経済関係を深めていくことは,市場経済的な合理性に沿うものと言える。しかし,他方ではこうした地域的な結びつきを強める動きが,域外国に対して排他的なブロック化につながるのではないかという懸念が生じてきている。

以上のグローバリズムとリージョナリズムという二つの考え方については,相互に背反するという立場からの議論がされがちである。しかし,いずれもその基礎には市場経済原理の活用があり,相互に補完するものとして位置づけることは十分可能である。現に,本章第1節で述べたように西太平洋地域の結びつきは,市場機能を有効に活用しようとする自然発生的な動きであり,GATTのグローバリズムと何ら抵触するものではない。

もちろん,地域的結びつきがブロック化につながる可能性は排除できない。

域内各国の構造調整に伴う苦痛を避けるため,外に対して障壁を設けようとする政治的誘惑も現実には必ず存在する。しかし,ブロック化は永続きしないということは歴史の教えるところである。1930年代の欧米諸国のブロック化は,世界貿易のスパイラル的な縮小をもたらし,ついには第二次大戦に結びついた。

したがって,市場原理に従い地域的な結びつきを強めること自体は非難されるべきものではないが,それがブロック化するリスクに対しては常に警戒する必要がある。各地域において,リージョナリズムがグローバリズムを補完するような望ましい関係を育てていく努力が必要である。

以上のような観点から,ここでは世界経済における主要な地域的結びつきをとりあげて,その経済合理性と問題点を指摘しつつ評価を行う。

(EC統合)

ECにおける経済統合への動きは1950年代末にはじまり,60年代に関税同盟の完成など今日のECの骨格が固まった。その後,70年代の停滞期を経て,80年代後半に域内市場統合白書により92年末の市場統合目標が設定されたのを機に,経済統合の動きはさらに加速している。さらに,90年に入ると,経済的な結びつきの強化だけにとどまらず,政治的な結合をも標榜するようになっている。

EC諸国間では,もともと経済的な結び付きは強く,古くから域内における貿易が発達していた。市場統合の動きは,こうした域内の結びっきを基礎に,市場の拡大による規模の経済性と競争の活発化による欧州経済の競争力の強化を図ろうとするものである。その限りでは,より市場経済的な方向を目指すものであると言える。

しかし,他方でECは共通農業政策(CAP)のような市場原理に沿わない政策を維持している。これは域内の農産物に対する価格を国際価格からかい離させ,過剰生産をもたらしている。このCAPは,GATT・ウルグアイ・ラウンドにおいてECとアメリカが鋭く対立する争点の一つとなっている。また,CAPがあるために,東欧諸国の望む農産物のEC向け輸出が阻害され,東欧諸国との間で摩擦が生じている。このようにCAPは域外国との貿易摩擦をもたらしているだけでなく,CAPを維持するための財政負担が増大しており,EC加盟国にとっても無理が生じてきている。一方,92年末に予定されているECの市場統合についても,地域における各種の非関税障壁等については,加盟国間で調整がかなり進展しているが,域外に対する差別的な障壁を高めようとする動きがみられる。この差別的な障壁は,半導体等のハイテク分野に集中しており,日本が主な対象国となっている。このような排他的な差別的措置は,域外国の経済に打撃を与えるだけでなく,中長期的には域内経済にも大きくマイナスに作用する懸念がある。技術進歩の著しい域外からの競争を遮断すると,域内産業の国際競争力が次第に衰退するからである。

(アジア局地経済圏)

アジアにおいては,東西冷戦構造の終焉,中ソ対立の緩和等の政治情勢を背景としつつ,華南経済圏,インドシナ経済圏,成長の三角地帯,環日本海経済圏等の局地経済圏の発展の動きがみられる。こうしたアジアにおける局地経済圏では,本来,地域的な近接性,資源賦存の相互補完性からみて,地域的な結びつきを強め,いわゆる雁行形態的な発展をめざすことは経済合理性にかなうものであった。しかし,これまでは政治的な制約からその発展が限られていた面が強く,近年における経済関係の緊密化は,経済的な動機による自然発生的なものと言える。アジアにおける局地経済圏では,ECのようなあまりフォーマルな枠組みはなく,実態的な貿易,投資面の交流に主眼が置かれている。また,各国とも輸出主導型の経済発展をしていることから市場を広く世界に求めており国内市場を開放する方向に向かっていることから,排他的なブロックとなる可能性は小さい。このような開かれた地域協力を続けることが,市場経済のメリットを活かす上で重要である。

他方,この地域では,日本は80年代中頃から既に内需主導型の経済に転換しているが,韓国,台湾においても高成長の結果,国内市場が大きくなり,内需主導型の成長に移行しつつある。域外に対して開放的なアジア的な経済発展を続けていくためには,発展段階がより進んだ国が,市場を一層開放するように構造調整を進める必要がある。成長に伴って生じる必然的な構造変化のなかで,自国市場の開放に消極的となる動きもみられるが,これはアジア地域におけるこれまでの好ましい発展のメカニズムを阻害する試みであるといえよう。

日本をはじめ他のアジア諸国においては,域内外の国に対して一層広く市場を開放していく必要がある。

(米墨加自由貿易協定)

北米では,従来の米加自由貿易協定を拡大してメキシコを含めた3国による新たな自由貿易協定の締結交渉が開始されている。米墨加自由貿易協定が成立すれば,3ヵ国でGNP総額6兆2千億ドルというECを上回る巨大な統一市揚となる。もともと米・加及び米・墨間においては貿易,投資を通じて互いに密接な経済関係にあった。今回の自由貿易協定の締結は,こうした地域間の取引を制度的に保証することで,更なる貿易の発展を図り,保護主義の台頭を防ごうとするものである。こうした点を評価すれば,北米における自由貿易圏の創設の動きは,それなりの経済合理性にかなったものと言える。反面,ECのブロック化傾向に対するアメリカの政治的な牽制としての意味合いも強く,北米自由貿易圏の創設が域外国との貿易を阻害するのではないかという懸念も示されている。また,日本などの第三国がメキシコに直接投資をして,その製品をアメリカに輸出するような活動に対しては,有効な規制を加えるべきであるとする差別的な動きも一部にみられる。世界最大の経済規模を誇り,GATT,IMFというグローバリズムの世界経済体制を主導してきたアメリカがブロック化の行動に出た場合には,他国に与える影響は極めて大きく,報復的措置がくり返される中で,世界貿易は縮小均衡に向かいかねない。北米自由貿易圏の創設が,域外国に対する障壁を高め,ブロック経済の構築につながることにならないように,アメリカに対して強く求めていく必要がある。

(中南米自由貿易圏)

北米において自由貿易協定の締結が検討されている中で,中南米においても,ブッシュ大統領の提唱した米州自由貿易圏構想に沿うような形で新たな自由貿易圏が構想されている。例えば,ブラジル,アルゼンチン,ウルグアイ,パラグアイの南米4ヵ国は,南米共同市場(通称メルコスール)を発足させること,及び94年末までに域内の関税を撤廃することで合意した。こうした南米における自由貿易圏の創設は,域外国からの投資の促進と貿易の活性化を図ることで債務危機を打開しようとするものである。しかし,実際には,ブラジル,アルゼンチンが数百項目もの関税撤廃の例外措置を要求するなど,十分に市場経済機能を活用しているとは言えない面もある。このため,今後は更に例外措置を削減するとともに,インフレの抑制に努めるなど自由な取引ができる環境を整備する必要がある。これらの自由貿易圏は,当面,域内の貿易拡大に主眼があり,域外に対しブロック化するリスクはあまりないものと考えられる。

2 地域的結びつきとGATT

(世界貿易の統合化と自由貿易圏構想)

現在GATTには世界の多くの国々(103ヵ国)が加盟しており,加盟国には,自由,無差別の原則が義務づけられている。GATTでは加盟各国に対して無差別の原則が適用されるが,自由貿易圏では最恵国待遇は域内の国にのみ適用されることになるので,この点ではGATTの原則に違反している。しかし,自由貿易圏は関税同盟と並んで条件 (注5)付きでGATTの例外措置として認められており,GATT第24条の規定においても認められている。自由貿易圏の存在理由を積極的にみると,交渉のまとめ易いグループから自由貿易を実現し,それが徐々に域外諸国に拡がっていくならば,グローバリズム実現の第一歩として評価できる。しかし,自由貿易圏には,域外に対して差別的な障壁を設定して保護主義的な性格を強める可能性も内在している。したがって,自由貿易圏に対しては,GATTを中心に十分な監視が必要である。

(GATTウルグアイ・ラウンド)

世界貿易の順調な発展を図っていくためには,グローバルな自由貿易体制が最も重要である。しかし,現実には,既にみたように地域的な結びつきが世界各地で強まっている。こうした地域的結びつきは,必ずしもグローバリズムに背反するものではないが,ブロック化のリスクは常に存在している。このリスクを回避するためにはGATTの役割が重要である。すなわち,GATTが有効に機能し,自由貿易体制への信頼性が強化されれば,自由貿易圏等の地域的結びつきがブロック化する傾向を抑えることが期待できる。その意味で現在進行中のGATTウルグアイ・ラウンド(以下URと略す)を成功に導くことが極めて重要である。

URは,90年12月のブラッセル閣僚会議後交渉期限が延長され,91年7月の先進国首脳会議でURの年内終結を目指すこととなった。繊維,農業のように,これまでのラウンドでは本格的に取り上げられなかった個別分野が,今回のURでは交渉の重要な対象として取りあげられている。また,近年生じている貿易摩擦の中心的なテーマとなっているサービス,知的所有権,貿易関連投資措置等の新しい分野も交渉の重要な対象となっている。さらに,相次ぐ自由貿易圏構想の具体化によって,GATTの形骸化の懸念が高まってきたことからGATTのルール作りに関する交渉もその機能強化を図る上で非常に重要性が増している。万一,URが失敗に終わったとすると,世界各地でみられるブロック化等の保護主義的な動きは歯止めなく拡がる恐れが多分にあると懸念される。

我が国としてもGATTのURを成功に導くため,相互に協力しつつ,主要国間の交渉促進に主導的,積極的な役割を果たすことが重要である。また,自由貿易体制を維持,発展させるためには,URにおけるルール作りに貢献するだけでなく,我が国の輸入についての実態の上でも世界貿易の拡大に資するため,一層の輸入拡大を図ること,そのために経済構造の調整を更に促進することが必要である。


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