平成3年

年次世界経済白書 本編

再編進む世界経済,高まる資金需要

経済企画庁


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第3章 世界の資金循環の変化

第1節 世界の経常収支の変化

アメリカ,日本,ドイツの対外不均衡は,90年には一段と縮小した。さらに91年上半期には,ドイツの経常収支は赤字に転じ,アメリカでは一時的な要因もあって黒字となっている。一方,途上国の経常収支は,地域的には相違がみられるものの,90年後半の石油価格の上昇等により全体としては赤字基調を続けている。本節では,三大国,途上国それぞれの経常収支の動向を概観する。

1 三大国の対外不均衡の縮小

アメリカ,日本,ドイツの三大国の経常収支の不均衡は,82年頃から87年まで大きく拡大し,世界経済の不安定要因となった。しかし,その後89年にかけて,アメリカの赤字と日本の黒字は縮小に転じ,ドイツの黒字はほぼ横ばいとなった。しかし,90年以降はドイツの黒字も縮小を始め,三大国の経常収支不均衡は総じて一段と縮小した (第3-1-1図)。

90年の経常収支額を名目GNP比でみると,アメリカの赤字は1.7%(ピーク時の87年では,3.5%),日本の黒字は1.2%(同86年4.3%),ドイツの黒字は2.9%(同89年4.8%)といずれもピーク時と比べて大幅に低下している。91年上半期には,日本で経常黒字が前年の水準を上回った一方,ドイツの経常収支が赤字に転じた。また,アメリカでは,湾岸危機に関連した拠出金の受取といった一時的な要因が寄与して,経常収支は黒字となった。以下では,国別に,90年以降の経常収支不均衡の調整過程についてみていくこととする。

(1)アメリカ

アメリカの経常収支の赤字は,ピーク時の87年には1,600億ドルに達した後,88年からは縮小傾向を続けた (第3-1-1表)。これは主に,プラザ合意以降のドル高修正が続く中で,輸出が増加基調に転じた後好調な伸びを持続したことによりもたらされた。貿易赤字が縮小を続けたことに加えて,貿易外収支の黒字が拡大を続けたことも経常赤字の縮小に寄与した。90年に入ると,経常赤字は,年後半に石油の輸入価格が上昇したにもかかわらず,景気が後退に向かったことから更に縮小し,921億ドル(89年1,063億ドル)となった。91年上半期には,輸出が堅調を続ける一方で,国内景気の後退と石油価格等の下落により輸入が減少したので,貿易赤字がさらに縮小した。さらに,湾岸危機関連の拠出金収入という一時的な要因も加わったため,経常収支は黒字に転じた。しかし,91年の後半に入ると,国内景気が回復してきたことを反映して輸入が数量ベースで増加し,また,石油等の輸入価格も上昇に転じたために,アメリカの貿易赤字は再び拡大する兆しを示している。

なお,アメリカの貿易外収支の内訳をみると,85年以降88年までの期間については,投資収益の黒字が縮小する一方,旅行収支の赤字が縮小し,特許収支の黒字は拡大している。その結果,貿易外収支の黒字は,85年以降150億ドル程度で推移した。しかし,89年に入ると旅行収支が黒字に転じ,90年には投資収益の収支が前年に比べ100億ドル近く改善したことから,89年から90年にかけて貿易外収支の黒字幅はさらに拡大した (第3-1-1表)。90年にみられた投資収益収支の大幅な改善は,主として,石油価格の一時的な高騰を背景にアメリカの海外における石油関連子会社の収益が急増(前年比30%増)し,これを本国に送金したことが大きく寄与している。また,アメリカの国内景気の減速により,在米外国企業の収益が低下したことも投資収益の改善に影響した(付図3-1(1))。一方,移転収支の動向をみると,90年まで赤字がすう勢的に拡大していたが,91年の上半期には,湾岸危機関連の拠出金収入(91年1~3月期227億ドル,4~6月期116億ドル)という一時的要因が発生したために収支尻は黒字に転じた。

(2)日  本

日本の経常黒字は,87年には870億ドルでピークを記録した後,88年以降縮小傾向を辿り,90年には358億ドルまで縮小した(第3-1-2表)。これは,プラザ合意以降の円高の下で内需主導型の経済成長が持続し,製品輸入を中心に輸入が高い伸びを続け,輸出の伸びを上回ったために貿易黒字が急速に減少したことが大きく影響している。また,この円高を背景として海外旅行ブームが起こり旅行収支の赤字が大幅に拡大したことも経常黒字の縮小に結びついている。

ただし,90年における貿易黒字の縮小については,湾岸危機による石油価格の上昇が輸入を金額ベースで押し上げたことや奢侈停品,投資用金の輸入の増加といった特殊な要因も大きく影響している。これらを除いた貿易収支でみると,黒字はわずかな縮小にとどまっており,88年以降の黒字の縮小傾向に鈍化がみられた。91年に入ると,主に特殊要因のはく落や円高による価格要因などから,貿易黒字は前年の水準を上回って推移している。

なお,貿易外収支のうち,投資収益の収支は,80年代初から黒字を拡大してきたが,90年にはほぼ横ばいとなった。これは,国内金融の引き締まりを背景に,中長期のユーロ円インパクトローン等による海外からの資金の取り入れの増加や,89年中の居住者外債の発行増により,これらに対する利払いが増加したことなどが主な原因となっている(付図3-1(2))。一方,移転収支の赤字幅は,湾岸危機関連の拠出金(91年1~3月期90億ドル)を支払った影響で,91年上半期には大きく拡大した。

(3)ドイツ

ドイツの経常黒字は,85年以降もマルク高にもかかわらず拡大を続け,89年には1,076億マルクまで拡大した。しかし,90年に入ると東西ドイツの統一により国内需要が急増したことにより貿易黒字は急速に縮小し,経常黒字も大きく縮小した。91年には,貿易黒字の縮小傾向が続き,4~6月期には7億マルクの赤字に転じた。また,経常収支は,湾岸危機関連の拠出金を支払ったこともあって1月以降赤字を続けた。その結果,91年上半期の経常収支は約200億マルクの赤字となった(第3-1-3表)。

なお,ドイツの貿易外収支の動向をみると,旅行収支の大幅な赤字を投資収益収支等の黒字である程度相殺する形で推移している。貿易外収支は87,88年に赤字となった後,89年以降黒字を続けているが,これは投資収益収支の黒字が大きく拡大していることによる。この背景としては,目前に迫っているECの市場統合に備えて,EC域内向けの直接投資や借款が増加し,その結果収益の受取が増えていることがあげられる (付図3-1(3))。一方,移転収支は,90年には,対ポーランドの債務免除や湾岸復興のための物資援助がら,赤字が拡大した。91年に入ると湾岸危機関連の拠出金支払(91年1~3月期101億マルク)が移転収支の赤字拡大に大きく寄与した。

(今後の見通し)

以上のように三大国の経常収支不均衡は,90年以降縮小傾向を辿った。特に91年上半期には,アメリカは黒字,ドイツは赤字を計上するまでに不均衡の調整は進んだ。しかし,この縮小傾向には,アメリカ経済の減速などの循環的要因,ドイツの統一といった特殊な要因に加え,湾岸危機関連の拠出金の移転という一時的要因が大きく寄与していることに注意しなければならない。今後の見通しについて,IMFによると,91年全体では,アメリカの経常赤字は縮小を続け,ドイツの経常収支は赤字に転じると予想されている。また,92年にはそれぞれ反転し,アメリカは経常赤字が再び拡大し,ドイツは再び黒字となるものと予想されている。これは,アメリカについては,91年後半以降,景気が回復することにより,輸入が再び増勢をみせるものと予想されるがらであり,ドイツについては,92年以降は東独地域を再建するための需要も一服するものと予想されるからである。なお,日本については,91年上半期の経常収支の黒字は前年の水準を上回って推移している。

2 途上国の経常収支の動向

(途上国全体の経常収支)

IMFによれば,途上国全体の経常収支は,アジアNIEsの輸出が急増した87年を除き,80年代を通して赤字基調で推移した。最近の動きをみると,途上国全体の経常赤字は89年の208億ドルから90年には290億ドルへと拡大した (第3-1-2図)。90年の湾岸危機による石油価格の上昇は,非産油途上国で経常収支を悪化させた一方,産油途上国で経常収支の大幅な黒字をもたらし,途上国全体としては赤字縮小要因となった。91年には石油価格の低下が途上国全体としては赤字拡大に作用したとみられる。また,アジアNIEsやアセアンでは内需の好調を背景に輸入が大幅に増加したこと等から途上国全体の経常赤字はさらに拡大するものとみられる。

(途上国の地域別経常収支)

アジアの途上国は,第2次石油危機で大きな打撃を受けたが,83年以降は輸出が堅調な伸びを示し,86年には石油価格が大幅に下落したこと等から,経常収支の赤字幅は次第に縮小し,87年には202億ドルの黒字に転じた。しかしその後は,2アジアNIEs等の景気拡大に伴って輸入が急速に増加して経常黒字は縮小した。89年には再び赤字に転じ,90年には赤字が増大した。91年に入ってからも,アジアNIEsとアセアンの経済成長率は高く,経常収支の赤字幅は拡大している。

70年代に石油危機で巨額の資金を手にした中東では,貿易収支の黒字は83年にかけて急速に縮小し,経常収支は赤字となった。その後,経常収支は89年まで赤字基調をたどった。90年には湾岸危機による石油価格の上昇を受けて経常収支は138億ドルの黒字に転じたが,91年には,石油価格の下落,湾岸危機での拠出金支出により再び赤字に転じるものと見込まれる。

巨額の累積債務を抱えている中南米は,貿易収支の黒字を債務の利払いにあてており,その結果,経常収支は80年代を通して赤字基調で推移している。経常収支は,84年,85年には一時的にほぼ収支均衡にまで近づいたが,その後はほぼ100億ドル程度の赤字で横ばいで推移している。

最後にソ連・東欧の経常収支の動向を交換可能通貨建て取引についてみる。

東欧の経常収支は,83年以降基調として若干の黒字で推移していたが,90年には28億ドルの赤字となった。これは市場経済への移行を目指して,対外的に開放政策がとられたことに加え,石油の輸入をソ連から西側ヘシフトさせたこと等から輸入が増加したためと考えられる。またソ連の経常収支は,88年まで黒字基調で推移していたが,89年には輸出が伸び悩む一方,輸入が大幅に増加し,赤字となった。90年には輸入が引き続き高い伸びを示したことから,経常収支の赤字幅が拡大した。