平成3年

年次世界経済白書 本編

再編進む世界経済,高まる資金需要

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第1章 世界経済の現局面とその特徴

第1節 各国経済の景気局面の乖離

1 世界経済

(減速から脱しつつある世界経済)

世界経済は,現在22.7兆ドル(90年,名目GNP)の規模に達している。その中で,アメリカは5.5兆ドル,ECは6兆ドル,日本は3兆ドルと三極で世界経済の3分の2を占めている (第1-1-1表)。途上国では,アジアNIEsのシェアが高まってきているが,0.5兆ドルと日本の6分の1程度の規模である。

世界経済の成長の推移を概観すると,88年に4.4%と高い成長を遂げた後,89年3.3%,90年2.2%と減速が続いた。これは基本的にはアメリカをはじめとした先進国で,88年から89年にかけて景気の過熱に対応して金融引き締めが行われたことによる。さらに90年夏にはイラクのクウェイト侵攻を機に石油価格が急上昇し,家計・企業の心理も悪化したことから,景気後退に入る国も現れ,世界経済はさらに減速した。91年に入ると石油価格は湾岸危機が発生する前の水準まで低下したが,前半までは減速が続いた。しかし,年央からは,それまで景気後退にあった一部の国で回復に向かうなど,世界経済は全体として減速から脱しつつある。

先進工業国では,それぞれ景気の循環局面が異なっており,それが90年から91年にかけての世界経済の大きな特徴となっている。90年はドイツ,日本で堅調な成長がみられたものの,アメリカ,イギリス,カナダ,オーストラリアでは景気後退に入った。このため,90年における先進国の経済成長率は,89年の3.3%から2.6%へと低下した。景気後退に入った国では,概して不動産市場の大幅な悪化がみられ,特にアメリカではそれに伴う金融機関の経営悪化が顕著にみられた。また,90年央の湾岸危機の発生は,石油価格の上昇を通じ多くの国で物価の上昇要因となったほか,消費者及び企業の先行き不透明感を増大させ,成長にマイナスに働いた。しかし,90年末から石油価格は下落し,アメリカをはじめ先進国の物価は落ち着きを取り戻した(第1-1-2表)。ただし,ドイツでは統一ブームを背景に物価上昇圧力は高まった。こうした状況を背景に,アメリカ,イギリス等は金融緩和を進めた一方,ドイツは金融引締めに動いた。国際収支面では,黒字国では景気の拡大により輸入が増加した一方,赤字国では景気の減速により輸入が減少したことから,国際収支の不均衡は総じて縮小した。

91年前半においては,アメリカ,カナダでは景気は底入れし,フランスでは緩やかな拡大となった。また,日本,ドイツでは引き続き堅調な成長がみられた。他方,イギリスは景気後退,イタリアは景気の減速が続いた。しかし,91年央からは,アメリカ,カナダで景気は回復に向かう一方,ドイツでは景気は減速に向かった。

発展途上国では,経済成長率は89年の3.2%から90年は1.0%に低下した。地域別にみると,アジアでは,アジアNIEs諸国が,香港を除き内需の好調を主因に経済は順調な拡大を続けるとともに,アセアンでもフィリピンを除き海外直接投資の増加により引き続き高い成長となった。また,中国でも経済引締め策の見直しにより経済は回復に向かった。中南米においては,メキシコで堅調な成長がみられたものの,ブラジル,アルゼンチン,ペルーでは,景気後退と物価の高騰が続いている。中東諸国では,湾岸危機によりイラク,クウェイト,ヨルダン等で大幅に経済が悪化しており,90年,91年と成長率は低下している。

東欧諸国をみると,90年には市場経済化に向けた改革が本格化するなかで経済情勢は大幅に悪化した。価格改革に伴って物価は高騰し,緊縮政策の実施とコメコン貿易の崩壊により生産は落ち込み,大量の失業者が発生した。しかし,他方で,企業の民営化が進められる中で小規模の民営企業が生産を伸ばす等の動きもみられる。また,ソ連においても,90年には経済情勢は急激に悪化し,公式統計上はじめてマイナス成長となった。さらに,91年に入ってからは,共和国で主権の拡大や独立を目指した動きが活発化するなどの政治的混乱も加わり,経済悪化が加速している。

(世界貿易)

世界貿易をみると,90年は,前年に比べて伸びはやや鈍化したが,引き続き経済成長率を上回る伸びとなった。

90年の世界貿易を数量ベースでみると(GATT,91年3月発表),同年8月の湾岸危機を契機に,世界的に経済成長が鈍化したことを受けて,世界貿易の伸びは前年比5.0%増と89年(同7.0%増)よりやや鈍化した。ただし,その伸びは引き続き経済成長を上回るものとなった。このように,世界貿易が比較的堅調な伸びであった主な理由としては,①原油価格の高騰が比較的短期間であったため,石油消費国へのデフレ効果が小さかったこと,②ドイツ統一による需要拡大効果が世界貿易の伸びを下支えしたこと,③アジア地域が高成長を維持し,輸入が引き続き高い伸びを示したこと,特にアジアNIEsとタイ,マレーシア,インドネシアで高い伸びであったこと等があげられる。しかし,ソ連を中心とする旧コメコン諸国間では,コメコンが解体し貿易が大幅に縮小している。

主要国・地域の輸出を金額(ドルベース)をみると,ECが前年比21.4%増,世界輸出(前年比14.4%増)に対する増加寄与度(以下,寄与度という)がプラス8.3%と目立っている(注1)。このうち,EC域内貿易の寄与度がプラス5.4%とドイツ向けを中心に大幅に増加した。また,アメリカも前年比8.2%増(寄与度プラス1.1%)とEC,アジアNIEs向けを中心に堅調であった。他方,日本は前年比4.8%増(寄与度プラス0.4%)にとどまった。91年1~6月期までの主要国・地域の輸出動向をみると,アメリカ,日本は堅調であり,アジアNIEsも高い伸びが続いている。他方,西独地域では,旺盛なドイツの国内需要に生産が追いつかず,輸出余力が低下していることから,伸びが大きく低下し,91年4~6月期は前年同期比3.3%減となった (第1-1-1図)。

90年の主要国・地域の輸入を金額(ドルベース)でみると,ECが前年比21.9%増(世界輸入に対する寄与度プラス8.7%),このうち,域内貿易の寄与度がプラス5.2%であり,特に西独地域が寄与度2.5%とその中心となっていた。また,アジア地域では引き続き高い伸びとなり,日本が前年比12.3%増(寄与度プラス0.9%),アジアNIEsが前年比13.8%増(寄与度プラス1.1%),アセアンが前年比29.4%増(寄与度プラス0.7%)となった。なお,アメリカは前年比4.9%増(寄与度がプラス0.8%)と経済の減速を反映して伸びが低下した。

91年1~6月期までの主要国の輸入動向をみると,西独地域では,増加が続いており,アジアNIEsも高い伸びが続いている。他方,日本では伸びの鈍化がみられる。アメリカでは景気後退と輸入価格の低下から1~6月期前年同期比2.3%減となったが,その後は景気の回復を反映してやや増加している。

なお,GATTウルグアイ・ラウンドは90年12月のブラッセル閣僚会議後交渉期限が延長され,91年7月の先進国首脳会議ではウルグアイ・ラウンドの最終合意を目指し繊維,熱帯産品,セーフガード及び紛争処理等合意間近の分野の最終合意に向けて努力するとともに,市場アクセス,農業,サービス,知的所有権の交渉が進展するよう努力することで合意した。

2 先進国経済

先進国経済は83年頃より長期にわたる景気拡大を続けてきたが,90年に入り,主要国の景気局面の乖離が目立つようになった。景気局面により各国経済を大きく分類すると,①88年頃に景気拡大のピークを迎えた後,90年に景気後退期に入り,91年半ばには回復の兆しがみられるアメリカ,カナダ,イギリス,オーストラリア,②90年まで堅調な成長を続け,91年には緩やかに減速しつつあるドイツ,日本,③88年をピークに90年まで拡大テンポが減速傾向にあったものの,91年に入ると増勢が緩やかに回復しつつあるフランス,イタリアの3つのグループに分けることができる(第1-1-2図)。

第1-1-3図は,先進国の製造業の稼働率及び消費者物価上昇率の推移を示したものである。この図から,アメリカ,イギリス等では88年に稼働率がピークとなる一方,物価上昇率にも高まりがみられるなど,88年頃に景気が過熱したことがわかる。また,ドイツ,日本では,90年まで稼働率の上昇が続く中で,物価上昇率は低水準ながら伸びを高めてきたが,景気の過熱には至らなかったことがわかる。他方,フランス,イタリアでは,89年から90年にかけて稼働率は頭打ちとなっているが,物価は顕著には上昇していない。以上みたように,アメリカ,イギリス等90年に景気後退に入った国は,いずれも他の国に比べ,景気のピークが早い時期に到来している。このようにアメリカ,イギリス等で景気の過熱が早く生じた背景として,ここでは85年以降の金融政策の緩和基調の下で各国ごとにインフレ圧力に相違があったこと,しかもその相違の生まれた要因として為替レート及び住宅等不動産市場の状況に相違があったことが挙げられる。以下では,これらの点について検討を行うこととする。

まず,80年代後半の各国の金融政策の運営についてみることとする。84年秋以降アメリカでは他国に先駆けて緩和政策がとられ,85年には西欧でも慎重ながらも緩和気味の政策運営が行われた。85年9月のプラザ合意から半年ほどたった86年3月にはドルの急落と世界経済の減速を防ぐことが求められるなかで,主要国による利下げが行われた。しかし,86年夏以降は景気が順調な拡大過程をたどったこと,及びマネー・サプライが増勢を持続したことから,もう一段の金利引下げに関し各国とも慎重姿勢をとるようになり,アメリカでは87年9月に公定歩合の引上げが行われた。その後,87年10月の株価の急落を受けて,各国の金融当局は流動性の供給を弾力的に行い,再び緩和気味の政策に移行した(第1-1-4図)。このように,一時期金融引締めを行った時期もあったものの,85年以降87年まで概ね緩和基調の金融政策を維持したことは各国の景気動向に大きな影響を与えた。特にアメリカ,イギリスなどのインフレ圧かが大きかった国にとって,緩和基調の金融政策は景気を過熱させ,物価上昇率の高まりをもたらした。こうした国においては88年に入ると強い金融引締めを行わねばならず景気へのマイナスの影響は大きかった。一方,ドイツ,日本,フランス,イタリアにおいても金融緩和が行われたが,インフレ率の上昇はそれほど見られなかったため,88年以降の金融引締めも,景気後退に入った国にくらべ比較的緩やかなものにとどまり,景気後退には至らなかった。

では,このように各国で87年まで金融緩和政策が取られたにもかかわらず,インフレ圧力に差が生じたのは何故であろうか。要因の一つに,為替レートの変化が挙げられる。 第1-1-5図は各国の為替レートの推移を示したものであるが,日本,ドイツなど景気後退には至らなかった国では,85年以降為替レートの大幅な増価がみられる。このような為替レートの大幅な上昇は,自国通貨建てで安価になった輸入を増加させるとともに輸出を抑制したので国内需給を緩和させ,インフレ圧力を弱める方向に働いたものと考えられる。一方,その後に景気後退を迎えた国のうち,アメリカでは,ドル安が進展したために輸出が好調となり,輸入品も値上がりするなど,80年代前半のドル高時代とは逆のパターンになった。その他の国ではイギリスを除き為替レートは概ね横ばいで推移しており,為替レートの変化がインフレ圧力を和らげる要因として働かなかったと言える。なお,イギリスは海外取引において自国通貨の決済比率が高いことから,対ドルレートの上昇はインフレ圧力の緩和にそれほど繋がらなかったものといえる。

インフレ圧力に差が生じたその他の要因としては,不動産ブームの相違が挙げられる。 第1-1-3表により不動産向け融資の状況をみると,アメリカ,カナダ,イギリスで急速に不動産向け融資が増加していることがわかる。このような不動産向け融資の活況に対応して住宅価格の上昇がみられた。85年から87年にかけてニューヨークでは住宅価格は60%上昇し,ロンドン,トロント,シドニーなどでも軒並み住宅価格が上昇した。こうした価格上昇は,キャピタル・ゲイン狙いの投機的な投資をさらに増加させたとみられる。不動産向け融資が急増した背景として,金融緩和政策がとられていたことの他に,税制上の優遇措置,不動産金融への新規参入の増加等が挙げられる。例えばアメリカでは,81年の経済再生租税法により不動産投資の加速度償却が認められたことが挙げられる。また,イギリスでは,80年代初の住宅金融面での規制緩和により,銀行が住宅金融市場に参入することができるようになったことにより,住宅金融における競争が激化したことが挙げられる。一方,住宅価格の急騰は,担保価値の上昇を通じて家計部門の借入による消費を増やすとともに,家計の資産を増加させることにより家計の支出を促進させる効果(資産効果)があることにも留意する必要があろう。つまり,アメリカ,イギリス,カナダ,オーストラリアでは,不動産投資が直接及び間接のメカニズムを通じて,景気の過熱に寄与した点が特筆できる。しかし,88年以降,不動産の大幅な供給過剰が発生し,不動産価格は横ばい又は低下傾向となった。このため,不動産市況はそれまでとは逆方向に作用し,経済にマイナスに働いたものと考えられる。つまり,これらの国では,不動産投資は景気の山を高くし,谷を深くする要因として作用したと考えられる。日本でも不動産向け融資は大きく増加し,地価も86年頃から大都市圏等を中心に急上昇したが,そのことが経済全休の過熱やインフレを引き起こすという状況には至らなかった。しかも,不動産市場が調整局面に入ってからも,賃貸料は下がらず地価も大都市圏等を中心に高水準を維持している。すなわち,アメリカ,イギリス等でみられるようなオフィスビル等の供給過剰は生じておらず,景気への影響はあまり顕著にあらわれていない

一方,ドイツ,フランスでは,不動産向け融資は大きくは伸びておらず,不動産市場の好・不況が景気動向を左右する事態は生じなかった。

(1) 景気後退から緩やかな回復過程に入りつつある国

① アメリカ経済ー緩やかな景気回復過程

アメリカ経済は82年11月を底に長期拡大を続けていたが,90年7月以降景気後退に入り,92か月間続いた平和時としては戦後最長の景気拡大に終止符が打たれた。実質GNPの推移をみると,90年7~9月期にはプラス成長となったものの,10~12月期以降は3四半期連続してマイナス成長が続いた (第1-1-4表)。

今回の景気後退の要因としては,第一に88年以降,金融が引き締められていたこと,第二に不動産が供給過剰となりストック調整過程が始まったこと,第三に金融機関の収益が悪化し,90年春以降金融機関が貸出態度を厳しくしたこと,第四に90年8月の湾岸危機により原油価格が急騰し,消費者及び企業家の景気に対する信頼感が低下したこと等が挙げられる。

91年1月にはイラクに対する多国籍軍の武力行使が始まり,湾岸危機の早期解決期待が高まったことから原油価格は急落し,同危機が終結した直後の3月には消費者及び企業家の心理も大きく改善した。2月以降は民間住宅着工件数及び乗用車販売台数に回復の兆しがみられ,4月には鉱工業生産が増加に向かうなど,景気回復の様相が現れ,現在,緩やかな回復過程に入っていると考えられる。

(個人消費の伸び悩み)

個人消費は,83年以降好調に推移してきたが,89年には前年比1.9%増と前年(同3.6%増)に比べ伸びを鈍化させた。90年に入ると耐久財及び非耐久財の減少により(第1-1-6図),同0.9%増とさらに伸び率は低下した。四半期毎にみると,90年7~9月期前期比年率2.7%増の後,10~12月期同3.4%減,91年1~3月期同1.5%減,4~6月期同2.5%増となった。90年後半から,91年前半にかけての消費不振の背景としては,90年8月以降の原油価格の高騰による物価の上昇が実質個人可処分所得を低下させたこと,また,すでに弱含んでいた消費者心理が急速に悪化したこと等が考えられる。まず,実質個人可処分所得の推移をみると7~9月期以降3四半期連続して減少している。これは,物価上昇率が上昇したことのほか,賃金上昇率の鈍化及び雇用者数の減少によりマクロの名目賃金所得が低い伸びに止まったこと,また,90年11月初に成立した包括財政調整法により91年1月以降社会保障税等の増税が実施されたこと,により税の支払いが増加していること等によるものである。なお,80年代初めに7%台であった個人貯蓄率は,80年代後半には4%台に大きく低下したが,91年に入って可処分所得の伸びが低下するなかで再び低下傾向をたどっている。しかし,91年に入ってからの低下は個人消費を80年代前半のように力強く押し上げるほどの効果はなかったものとみられる。一方,消費者心理の悪化は乗用車などの耐久財消費にマイナスの影響を及ぼした。乗用車販売台数は,90年7~9月期前期比1.9%増の後,10~12月期同7.7%減,91年1~3月期同8.3%減と急速に低下した。90年秋以降の金融緩和措置にも関わらず自動車ローン金利が下がらなかったこと,消費者の債務残高が高いことから債務負担能力が低下していること等も乗用車販売の減少につながっている。

しかしながら,91年1月に始まった多国籍軍による湾岸での武力行使が2月末に多国籍軍の勝利で終結すると,消費者の心理が急速に好転し,乗用車販売が増加するとともに,住宅建設の増加に合わせて家具等の住宅関連財の支出が増加し,耐久財を中心に個人消費支出に明るさが出始めた。ただし,実質個人消費の伸びは4~6月比前期比0.6%,7月前月比0.6%,8月同0.2%減と依然力強さに欠け,その伸びは緩やかなものに止まっている。

(回復に転じた民間住宅投資)

民間住宅投資は,83年以降急増をみせるなど,80年代の景気拡大の先駆けとなった。この住宅投資ブームの背景としては,81年の経済再生租税法により不動産の加速度償却が認められたことにより,貸家の建設が増加したこと,同法で実施された減税により可処分所得が増加したこと,及び金利が低下したこと等を挙げることができる。この住宅投資ブームの結果,空き家率(賃貸住宅)は82年の5.3%から87年の7.7%に上昇するなど80年代後半には供給過剰となった。このため88年以降,住宅投資は減少に転じ,その後,マイナスで推移している。四半期毎の推移をみると,90年4~6月期以降4四半期連続して減少を続けている。今回の景気後退が始まった90年7月頃には,住宅着工件数は82年以来の低い水準まで低下し,住宅価格も弱含みで推移していた。また,空家率は90年に入ると緩やかな低下傾向(90年7.2%)を示していたものの,依然として高い水準にあった。

しかし,91年に入ると集合住宅は依然低下しているものの,一戸建て住宅に改善がみられ始め,4~6月期には前期比年率1.6%増のプラスとなった。これは,住宅投資がすでに低水準になっていたこと,金融緩和措置の効果が現れはじめ住宅向けの貸出金利が低下したこと,住宅投資に対しては金融機関の貸し渋りがそれほどみられなかったこと,91年春以降消費者心理が好転し始めたこと等によるものと考えられる。

(回復の遅れる民間設備投資)

民間設備投資は,89年以降減速し始め,90年には企業のキャッシュ・フローの悪化も加わり前年比1.8%増と鈍化した。特に90年後半以降伸び率の低下傾向は顕著となり,7~9月期前期比年率8.9%増の後,10~12月期同0.1%増,91年1~3月期同16.3%減,4~6月期同1.4%増となっている。内訳をみると,情報化関連投資は比較的堅調に推移しているものの,構築物,機械設備投資で減少している。90年の産業別動向をみると,特に企業収益の悪化が著しい自動車産業をはじめとする耐久財産業において急速に冷え込んでいる。しかしながら,民間設備投資の先行指標である非軍需資本財受注の91年に入ってからの動きをみると6月は前月比4.4%増の後,7月同25.3%増(航空機・同部品を除いた非軍需資本財受注では6月同4.6%減,7月同4.8%増)と大幅に上昇し,8月は反動減で同15.5%減(同2.0%減)となったものの,9月は同0.7%の微減に止まり,変動の大きい航空機・同部品を除けば7.9%の大幅な増加になる等,このところ上向きはじめている。但し,商務省の民間設備投資調査によると,全産業の設備投資(実質)は90年前年比4.5%増(実績)の後,91年には1.6%増(計画)になると見込まれるなど,回復テンポは遅いものと見込まれる。なお,民間設備投資のうち構築物については,オフィスの空き室率が80年の4.6%から90年6月には18.5%にまで上昇するなど供給過剰が著しいため,依然明るさがみられない。

(堅調に推移する輸出)

対外面をみると,輸出は80年代中頃からドル安の効果により高い伸びで推移している。90年には貿易相手国の景気減速に伴い輸出の伸び率は鈍化したものの,堅調な伸びを維持し,輸出等は前年比6.4%増となった。一方,輸入は,80年代後半においても経済成長率を大幅に上回る堅調な伸びを示してきたが,90年には国内景気が減速するなかで伸び悩んだことから,輸入等は前年比2.8%増の伸びに止まった。その結果,純輸出の実質GNPへの前年比寄与度は,88年プラス1.1%,89年プラス0.5%の後,90年もプラス0.5%となった (第1-1-7図)。

91年に入ると,輸出等は1~3月期前期比年率0.5%増,4~6月期同4.5%増,7~9月期同0.1%増となる一方,輸入等は1~3月期同8.8%減の後,4~6月期同17.7%増,7~9月期同12.9%増の大幅増となった。この結果,寄与度は,1~3月期プラス1.5%,4~6月期マイナス1.9%,7~9月期マイナス1.9%となった。

90年の貿易動向(通関ベース)を地域別にみると,輸出面では,カナダ向け,EC向け,日本向け,アジアNIEs向けなどほとんどの地域で増加を続けた。一方,輸入面では日本やアジアNIEsからの輸入が減少した。その結果,収支尻では前年から黒字に転じていた対ECの黒字幅が拡大するとともに,対カナダ,対日本,対アジアNIEsに対する赤字幅も大きく縮小した(第1-1-8図)。

なお,石油輸入(通関,数量べース)については,90年は前年比2.3%増の低い伸びにとどまった。90年7~9月期にはイラクのクウェイト侵攻の影響により在庫の積み増し需要が発生したため前年同期比で微増となったが,その後はサウジ等の産油国で増産する一方で,国内景気の後退と暖冬を反映して国内需要が弱まったこと等から10~12月期以降減少基調で推移している。石油の輸入依存度は,86年以降上昇傾向にあり,90年には42.2%となっている。

(低水準で推移する在庫率)

今回の景気後退期には,在庫の積み上がりはそれほどみられない。実質GNPの前年比増加率に対する寄与度でみると,89年の在庫投資は0.0%となった後,90年は同マイナス0.7%となった。景気後退期に入ってからも,前期比年率寄与度は7~9月期マイナス0.5%,10~12月期マイナス3.0%,91年1~3月期プラス0.1%,4~6月期マイナス0.8%と概ねマイナスの寄与で推移している。在庫残高をみると,10~12月期以降3四半期連続して取り崩しが進んでいる。今回の景気後退期では最終消費の低下と歩調を合わせるように在庫が調整されたのが特徴であり,特に,耐久財部門の製造及び小売段階での在庫調整が速やかに行われた。在庫率の推移をみても,90年第4四半期から91年の年初にかけて一時的に高まりがみられたものの,2月以降低下傾向にある (第1-1-9図)。

(調整が早かった生産,雇用)

今回の景気減速,後退過程では,生産,雇用の調整が速かったことが特徴といえる。国内需要が89年後半に減速に向かうのに伴い,生産が鈍化した。90年の後半に入ると,湾岸危機の影響等による個人消費の低下に合わせて,鉱工業生産指数は耐久財を中心に急速に低下し,90年10~12月期前期比1.8%減,91年1~3月期同2.5%減となった。特に低下が大きかったのは自動車及び同部品であり,同産業の生産は90年10~12月期に前期比13.8%減となり,稼働率は67.2%の水準にまで落ち込んだ。しかし,減産体制を素早くとったため91年に入ると他の産業に先駆けて在庫減を積み増すための生産増がみられた。こうして自動車及び同部品での生産増が牽引力となり,一次金属等の関連産業にも誘発効果が広がり,鉱工業生産は4月以降増加傾向を辿っており,4~6月期前期比0.6%増,7~9月期同1.5%増となった(第1-1-10図)。

次に,非農業雇用者数の推移をみると,90年7月に景気後退に入るとともに減少に転じているが,製造業の雇用者数は景気後退に入るよりかなり前の89年第2四半期以降減少し始めていた (第1-1-11図)。これは,企業が過剰な雇用を抱えることによるコスト増を恐れて雇用調整を進めるという減量経営を行ったためと考えられる。また,非製造業では製造業部門より遅れて,90年第3四半期以降,雇用者数が減少しはじめた。その後,非農業雇用者数は,91年5月以降,回復の兆しがみられる。

(落ち着いてきた物価)

消費者物価上昇率(総合)は,90年に入ると寒波の影響でやや高まったものの,その後総じて落ち着いた動きで推移した(第1-1-12図)。その後,同年8月に湾岸危機が発生し,8~11月にかけてエネルギー価格の上昇を主因とする物価上昇率の高まりがみられた。しかし,12月以降はエネルギー価格が下落に転じたことから,物価は落ち着きを取り戻している。食料・エネルギーを除いたコア・インフレをみると,91年1,2月には,タバコ,アルコールなどの連邦税の引き上げによりやや高めに推移したものの,91年に入ってからは概ね安定的に推移している。これは国内景気の弱さを背景に,エネルギー価格の上昇が他の財・サービスの価格には波及しなかったこと,名目賃金の上昇率が消費者物価の上昇率を下回っていたこと等によると考えられる。しかし,消費者物価のうちサービスの価格をみると伸びは低下傾向にあるが,医療サービスを中心に依然として高い伸び率で推移している。

② カナダ―後退から緩やかな回復ヘ

カナダでは,87年から88年にかけて景気過熱の懸念と,インフレ圧力の高まりを背景に,88年以降金融引き締めが行われた。その結果,89年以降,消費,住宅投資等の内需が鈍化するとともに,アメリカの景気減速等から輸出も不振となり経済は減速した。90年に入ると内需はさらに落ち込み,90年の第2四半期から4四半期連続して前期比がマイナスとなり,景気は後退局面に入った。

しかし,91年に入ると住宅,乗用車販売が回復をみせ始め,91年4~6月期には成長率が前期比1.2%増と緩やかに回復し始めている。また,雇用者数も4~6月期には,前期比0.3%増と3四半期ぶりにわずかながらもプラスの伸びとなった。このように91年春から景気は回復過程に入っているとみられる。

(住宅投資が景気の振幅を拡大)

個人消費は,90年には高金利の影響等から耐久財消費が伸び悩み前年比増加率は1.3%にとどまった。91年1~3月期には前期比2.0%減と低迷したが,4~6月期には同1.9%増となった。乗用車販売台数は90年には前年比10.5%減と大きく落ち込んだが,91年1~3月期は前期比9.4%増,4~6月期には同4.1%増と回復に転じている。

設備投資は,高金利の長期化,企業収益の悪化等から90年の第2四半期以降,3四半期連続で前期比減となり,90年全体では前年比3.2%減となった。

しかし,91年1~3月期には前期比0.3%増,4~6月期には同0.2%増と回復の兆しがみられる。

住宅投資の動向をみると,85年の金融緩和を契機に新規住宅着工件数は急増し,87年までの3年間は毎年の増加率が20%を越えるブームとなったが,88年以降の金融引き締めを受けて着工件数は88年から90年まで3年間連続して減少した。ちなみに,この間の空き家件数は85年末の8,700件から90年の26,100件まで増加した。90年の空き家件数は,この年の新規住宅着工件数の17%に相当する(第1-1-13図)。

輸出も,カナダ・ドル高やアメリカの景気減速の影響等を受け,90年の第3四半期から3四半期連続して減少を続けた。しかし,91年4~6月期には前期比5.1%増と増加に転じた。

このように,今回の景気後退の要因としては,第1に景気の過熱とインフレ圧力に対処するために金融引き締め政策がとられたこと,第2に住宅投資についてストック調整が行われたことがあげられる。景気が過熱に至る過程においては住宅投資の急増が特徴的であったが,高金利を引き金とした景気後退の過程では住宅投資は逆に大きく落ち込んでおり,住宅投資の動きが景気の振幅を大きくしたといえよう。

(財貨・サービス税導入により物価は高まる)

物価をみると,消費者物価上昇率はエネルギー価格の上昇等から90年の第4四半期にやや高まったものの90年全体では前年比4.8%と比較的落ち着いていた。しかし,91年に入るとエネルギー価格は低下したが,1月にこれまでの連邦製造者売上税に代えて,財貨・サービス税(GST・注2)が導入されたため前年同月比は6.8%に上昇した。その後,6%台の高い伸び率が続いていたが年央よりやや落ち着きをみせている。

③ イギリスー景気底打ちの兆し

イギリスでは,88年に景気が過熱し金融が引き締められた。このため,89年以降内需の伸びが鈍化し始め,90年7~9月期には成長率がマイナスに転じ,景気後退局面に入った。成長率はその後もマイナスを続け,91年4~6月期には前期比0.5%減と4四半期連続のマイナス成長となっている。内需の内訳をみると,90年に入り個人消費が大きく鈍化したほか,設備投資及び住宅投資が減少しており,91年上半期にもこの傾向は続いている。貿易の動向が国内総生産(GDP)に及ぼした影響をみると,輸入の伸びが90年第2四半期以降91年第1四半期まで前期比減が続くなか,成長への寄与はプラスで推移した。91年第2四半期には輸出の伸びがやや高まり,成長への寄与度もやや高まった(付表1-4)。一方,インフレは,90年には高率の賃金上昇と共に高進し,第3四半期には2ケタの上昇率を記録した。政府は90年10月,ECの為替相場調整メカニズム(ERM) (注3)に参加した。これにより金融当局は,インフレ抑制に対する市場の信頼感を得ることができたとみられる。政府は,その後,インフレ抑制に配慮しつつ8度にわたり政策金利を引き下げたが,依然内需は弱く,91年央には景気底打ちの兆しがみられるものの,いまだ本格的な回復に到っていない。91年に入ると,インフレ率は低下を続け,8月には約3年振りに4%台となった。,その反面,失業者は景気の悪化と共に90年央より増加に転じ,91年8月には約240万人,失業率は8.5%に達している。

(冷え込んだ個人消費と民間投資)

実質個人消費は,90年第3四半期に急激に低下した。91年上半期には,3月に付加価値税引き上げ前の駆け込み需要があったものの,マイナスを続けた。

小売売上数量(乗用車を除く)は全般的に低迷しており(91年上半期の前年同期比1.2%減),新車登録台数も,91年上半期前年同期比24.6%減と大幅に低下している。一方,実質個人可処分所得は,90年3.3%増,91年上半期1.4%増(前年同期比)と伸びを続けたが,住宅価格の低下,家計の負債比率の上昇等により,家計の資産・負債ポジションが悪化したことから,消費拡大に結びついていない。

民間投資も,90年に入り急激に低下した。実質製造業固定投資をみると,90年前年比2.0%減の後,91年1~3月期前期比10.2%減,4~6月期同6.2%減と著しく低下している。これは,景気後退による企業収益の悪化と,企業が債務残高を高めていたことなどから依然高い金利が企業の投資意欲を減退させているためである。

一方,87~88年にブームを迎えた住宅投資(実質)は,90年には前年比14.5%減,91年1~3月期前期比4.5%減,4~6月期同6.3%減と大幅に低下した。

(住宅投資ブームの経過)

住宅投資ブームを招いた要因としては,①80年以降の金融の自由化(80年に商業銀行は住宅金融市場への参入を認められた。)が金融機関の住宅貸付競争を激化させ,個人の住宅資金借入を容易にしたこと,②人口構成上,住宅取得年齢層が増加していたこと,③財政赤字削減のため80年代後半以降,公営住宅の払い下げが行われるとともに,政府による住宅供給が減少したこと,④87年10月のブラック・マンデー以後の金融緩和は住宅ローン金利の低下を招いたこと等をあげることができる。さらに,88年央に住宅ローン金利支払の所得控除が制限 (注4)されることとなり,住宅ローンの借り急ぎを招くという一時的な要因も加わったために,住宅投資ブームに拍車がかかった (第1-1-14図)。住宅投資(実質)はピークの88年には,前年比で12.2%の増加を記録した。これに伴い住宅借入に係る負債残高の個人可処分所得に対する比率は,82年約40%程度であったものが,88年には70%台にまで高まった(第1-1-15図)。

88年央には,景気が過熱の様相を呈し,インフレが徐々に加速を始めるとともに,国際収支も悪化しはじめたため,政府は,88年5月には7.5%であった政策金利を,1年半ばかりの間に11回引き上げ,89年10月には15.0%とした。

これに伴い住宅ローン金利も上昇し,88年6月には平均9.78%であったものが,ピーク時(90年4月)には同15.26%となり,住宅投資は鎮静化した。89年からは住宅価格上昇率が低下を始め,90年には住宅ローンの延滞が急増するようになった。このことは金融機関の経営悪化の一因となり,金融機関の貸付態度も慎重になっているが,アメリカにおけるような貸し渋りの様相は呈していない。これは,イギリスの金融機関が総じて,BIS(国際決済銀行)の自己資本比率規制を満たす程度の健全性を維持していたことがその理由と考えられる。

(今後の見通し)

政府は,景気悪化のなかでもインフレ抑制の政策スタンスを堅持している。

90年10月のERMへの参加は,金融当局のインフレ抑制に対する信頼性を高め,賃上げの抑制にも効果を表しはじめている。これは,ERMに参加したことによって,賃上げによる労働コスト上昇が国際競争力に及ぼす悪影響を,ポンドの切下げで緩和することが難しくなったことから,企業や労働組合が安易な賃上げを行いにくい環境となったことによる。また,昨年4月導入の人頭税の影響が一巡したことなどから,インフレはこのところ低下の傾向にあり(消費者物価指数は,90年7~9月期前年同期比10.4%から91年7~9月期には同4.8%。),消費者心理はやや上向いて来ている。小売売上等もこのところ上向いてきており,政府が今後も節度ある金融政策を採りつつ金融の緩和を進めていくならば,個人消費を中心とした景気の回復が期待できよう。

④ オーストラリア―景気後退続く

83年央以来,長期にわたり拡大を続けたオーストラリア経済は,88年後半からの金融引き締め政策により減速し,90年第2四半期には景気後退局面に入った。90年1月には金融政策は緩和に転じたが,91年も内需不振が続き,景気後退から脱しきれていない。

実質GDPは,87年から89年前半にかけて内需が過熱気味に推移するなか,高い成長を達成した。しかし89年後半には金融引締めの効果があらわれ,住宅・設備投資がマイナスになるなど内需が落ち込んだ。90年1~3月期には消費および輸出等の伸びに支えられて成長を維持したものの,4~6月期以降10~12月期まで,内需が減少するなか,3四半期連続のマイナス成長となった。91年も内需の不振は続いており,景気後退から脱しきれていない (付表1-5)。内需の不振が続くなかで,失業率が91年9月には10.2%と83年9月以来の高水準となるなど雇用情勢も悪化している。

貿易収支は,内需の過熱にともなう輸入の大幅な増加により,88年12.8億豪ドル,89年50.7億豪ドルと大幅な赤字を記録した。90年に入ると内需の減少にともなう輸入の伸びの鈍化により,0.8億豪ドルの赤字と急速に改善し,91年1~8月期には33.6億豪ドルの黒字となった。

(不動産ブームとその反転)

内需が過熱に至る過程では,アメリカ,カナダ,イギリスと同様にオーストラリアにおいても不動産ブームが生じた。オーストラリアの不動産ブームは,87年後半からの金融緩和及び,87年9月の賃貸住宅建設に有利な税制 (注5)の導入が引き金になった。さらに87年10月の株価暴落後,株式市場の資金が不動産市場へ流入し,さらに海外から投機的な資金が流入したこともブームに拍車を掛けた。住宅許可件数をみると,87年度の12万戸,88年度15万戸,89年度19万戸と急増した。住宅価格も急上昇しており住宅市場の過熱ぶりがうかがえる(第1-1-16図)。また,住宅ばかりでなく,高水準の企業収益,オフィス需要の拡大等を背景に,オフィスビル等の構築物に対する投資も活発であった。しかし,88年後半からの金融引き締めの効果が浸透するにつれて,不動産ブームは急速に沈静化した。

(2) 景気拡大を続けた国

アメリカ,イギリス等の経済は,90年中頃から景気後退に入ったが,ドイツ,日本では堅調な景気拡大を続けた。ドイツでは,90年に東西統一の効果が現れ,高成長となった(経済統合は90年7月,政治統合は10月)。日本は消費,投資等内需が好調であり,高い成長を達成した。しかし,日本では90年下半期以降,ドイツでも91年夏以降,景気の拡大に減速傾向がみられるようになっている。

① ドイツ―西は景気減速,東は経済安定化の兆し

(i)西独地域

83年初めからの西独地域の景気拡大は,91年には9年目に入った。特に90年には4.5%の成長と76年(5.6%増)以来の高成長を記録した。これは90年のドイツ統一によるところが大きい。ドイツ統一は西独地域において東独地域がらの需要増大,将来の生産増を見込んだ投資の増加をもたらしたほか,89年秋がらの大量の移民流入を通じて住宅需要を増加させた。しかし91年に入り,インフレの高まりにより,金融が引き締められる一方,統一のコスト等を賄うため増税が行われる(91年7月)なかで,年央より成長のテンポは減速しはじめた。

(経済成長は減速へ)

西独地域では,89年に内需と輸出に牽引されて3.8%増と高い成長を達成した後,90年には内需主導型の高成長(4.5%)を実現した。90年の国内需要をみると,前年比5.1%増と,経済成長率(同4.5%増)を上回る高い伸びを記録した。需要項目別にみると,個人消費は年初の所得税減税を背景に前年比4.3%増と高い伸びを示し,設備投資ど建設投資も89年の好調を持続した(各々12.9%,5.2%の増加)。他方,貿易が景気に与えた影響をみると,輸入の伸び(前年比11.8%増)が輸出の伸び(同9.7%増)を上回ったために,純輸出(輸出ー輸入)は,経済成長率に対して0.4%のマイナス要因に転じた(89年はプラス1.2%)。

90年7月の経済統合は,西独製品への大幅な需要の増大をもたらした。このため製造業稼働率が高水準で推移するなか(90年89.7%),国内生産は主として国内需要に振り向けられて輸出が減少した。製造業新規受注数量を国内分と輸出分に分けてみると,90年4~6月期以降,資本財,消費財で国内分(東独地域分を含む)が急速に増加した反面,輸出分が大きく低下している(第1-1-17図)。また東独地域で西独製の中古車販売が伸びたことから,西独地域では保有車を売って新車を買う動きが強まった。この結果,乗用車新規登録台数は90年7月の経済統合以来急増し,91年1~3月期には前年同期比25.5%増,4~6月期同29.9%増と大きく伸びた。

91年に入っでも,統一ブームは続き,上半期は実質GNPで,前年同期比4.5%増と高い伸びを続けた。しかし91年4~6月期には経済成長はマイナス(前期比0.6%減)となるなど,減速しはじめている。その要因として,急増した需要が一巡したこと,91年2月以降の金融引き締めの効果が現れてきていること,所得税・法人税への付加税(それぞれ7.5%)や鉱油税の引上げの効果があらわれること等が考えられる。雇用情勢は90年中は景気拡大が続くなかで改善が続き,失業者数は低下を続けた。しかし91年4月以降,失業者数は増加している。

物価は,90年後半に,石油価格の急騰もあって高まった。91年に入り石油価格が低下した後も,財市場,労働市場の需給が引き締まるなかで上昇率が高まった。91年7月には鉱油税の引上げにより上昇率が大幅に高まり,前年同月比4.4%の上昇となった。このようなインフレ圧力に対処し,マルクの内外での価値の安定を図るため,ドイツ連銀は8月中旬,公定歩合を1%,ロンバート・レートを0.25%引き上げた(引き上げ後は各々7.50%,9.25%)。

(ii)東独地域

90年の東独地域経済では,ドイツ統一により通貨が1対1の比率で交換されたことや西側製品との品質の格差が大きいこと等を背景に,東独製品に対する需要が激減し,大幅な賃上げによる生産コストの上昇等がみられた。このため,生産,受注,小売などが大幅に減少するなど大きな打撃を受けた。また失業者や操短労働者の増大等,雇用面も急速に悪化した。しかし91年春以降,建設受注で回復がみられ,雇用情勢の悪化も頭打ちとなるなど経済情勢に安定化の兆しがみられる。

(生産は底打ち,建設受注は回復へ)

鉱工業生産(原数値)は,90年7月の経済統合を機に大幅に減少し,90年下半期は前年同期比で半減となった。91年に入っても減少傾向が続いたが,91年半ばにはほぼ底を,打ったとみられる (第1-1-18図)。また建設受注は91年初来,活発な復興需要を反映して好調に推移しており,91年4~6月期に前期比72%増となった後も好調を維持している。新規事業の登録も,毎月2~3万件のペースで進んでいる。

信託庁を通じた企業の民営化については,91年8月末までに旧東独国営企業9,000社のうち3,378社が民営化された(民営化に伴う売却益は125億マルク)。

(雇用情勢の悪化はやや頭打ち)

90年7月以降,東独企業の生産の大幅減少,経営悪化等を背景に,失業者,操短労働者(政府による雇用保障の下で一日数時間しか働いていない短時間労働者のことであり,実質的には失業者とみなされる)の数は急速に増加した。操短労働者を含めた実質的な失業者の数は,90年7月の92.8万人から90年12月には243.6万人へと急速に増加した。これは東独地域の労働力人口の約4分の1に相当する。しかしその後,91年4月の285.6万人をピークに次第に減少し,9月には236.1万人となった(第1-1-19図)。このように雇用情勢はやや落ち着きがみられる。その背景には,経済活動の回復という要因もあるが,財政支出による雇用の支持政策もかなり作用している。ドイツ政府による雇用創出プログラムにより,91年8月末までに26万人の雇用が確保された。その後,30億マルクの追加支出により91年末までにさらに12万人の雇用確保が見込まれている。また職業訓練を受けている人の数は,91年9月時点で53万人程度に達している。

(iii)ドイツ全体の対外収支

(貿易収支,経常収支とも赤字へ)

統一による需要拡大は,国内の稼働率が既に高水準に達して供給制約が強まっていたことも手伝って,周辺諸国からの輸入を大幅に増加(対独輸出を大幅に増加)させた。その結果,91年に入りドイツの貿易収支,経常収支とも赤字になった(第1-1-20図)。

統一ドイツ・ベースで貿易収支をみると,商品輸入は,90年7月の経済統合以降伸びが高まり10~12月期前期比7.6%増,91年1~3月期同4.3%増となったが,4~6月期は同0.3%増と伸びが鈍化した。一方,商品輸出は,国内向け出荷が優先されたことを反映して90年10~12月期に前期比横ばいの後,91年1~3月期同0.8%減,4~6月期同4.3%減と減少を続けた。この結果,貿易収支(季調値)は90年10~12月期149億マルクの黒字,91年1~3月期69億マルクの黒字の後,4~6月期には7億マルクの赤字に転じた。経常収支,(原数値)は,90年7~9月期以降黒字が縮小し,91年1~3月期には湾岸支援に伴う拠出(101億マルク)等から93億マルクの赤字に転じた後,4-7-6月期にも旅行収支赤字の増加等から107億マルクの赤字へと赤字幅は拡大した。

② 日  本―緩やかに減速しつつ拡大を持続

日本経済は,86年11月以来,長期の拡大を続けているが,90年下半期以降,拡大のテンポは緩やかに減速してきている。

90年の日本経済は,引き続き設備投資,個人消費の好調に.より内需主導型の経済成長を続けた。貿易面では,輸出の増勢が鈍化した一方,輸入が大幅に拡大したことから貿易黒字は縮小した。90年の実質GNP成長率は5.6%となり,89年の4.7%よりも高めの成長となった。内外需別の寄与度をみると,国内需要は5.8%と引き続き着実な寄与度を示す一方で,外需(輸出等ー輸入等)の寄与度は,大幅な輸入の増加を反映しマイナス0.2%となった。このように内需が堅調であったのは,技術革新,省力化等により依然設備投資が高い伸びを示したこと,雇用拡大と賃金の着実な上昇に伴って消費支出が堅調な伸びを示したことによる。

91年に入ってからは,個人消費は堅調に推移しているものの,設備投資の増勢にやや鈍化の兆しがみられるなど,内需の拡大テンポはやや減速している。

91年1~3月の実質GNP成長率は前期比2.7%と高い伸びとなった後,4~6月期の実質GNP成長率は前期比0.5%と,緩やかな伸びとなった。

90年においては,株式等の資産価格の大幅な下落がみられた。こうした株価の下落は個人消費を90年前半の高い伸びから減速させるとともに,設備投資資金の調達を難しくするといった効果があったものと考えられる。さらに91年に入ってからも株価の水準には回復がみられないことから,保有株式の含み益が縮小した銀行は,自己資本比率に関するBIS規制を充たすため,貸出しに慎重になっているのではないかと考えられる。

また,86年頃から大都市圏を中心に高い上昇率がみられその後全国に波及した顕著な地価上昇も,90年後半からは地方圏の一部を除きほぼ全国的に鎮靜化しつつあり,不動産取引の停滞により不動産業の活動は低迷している。日本の場合,アメリカ等と比較してオフィスビルや,住宅等の過剰供給は生じておらず,地価高騰によりコスト面から新規建設の採算が悪化していると考えられる。日本では,大都市圏等を中心に地価が高水準にとどまっていることが経済政策上の問題となっている。

(貿易収支黒字は前年を上回る水準で推移)

貿易収支黒字は,90年には前年比で縮小したが,91年に入ってからは前年を上回る水準で推移している。90年における輸出入の動向をみると,輸出は90年前半においては金額ベースで前期比減少を続けた後,円安の影響などにより年央からやや強含みで推移した。主な輸出先をみると,アメリカ向けが減少した一方,東南アジア,EC向けが伸びを高めた。また,輸入は国内需要の堅調さを背景に製品類を中心に金額,数量とも増加を続けたことに加え,湾岸危機により石油価格が上昇したことや奢移品,投資用金の輸入の増加といった特殊な要因も大きく影響したことから金額では大幅な増加となった。このため,貿易黒字は89年の770億ドル(GNP比2.7%)から90年には640億ドル(GNP比2.1%)へ縮小した。しかし,91年に入ると,主に特殊要因の剥落や円高による価格要因及び輸出がEC,アジア向けを中心に好調であったことなどから前年を上回る水準で推移している。

経常収支の黒字額は貿易黒字の縮小を反映し,90年は360億ドル(GNP比1.2%)となり,89年の570億ドル(GNP比2.0%)から大幅に縮小した。これは,移転収支の赤字拡大や貿易外収支の赤字幅の拡大も寄与している。91年に入ってからは,貿易収支の動き及び貿易外収支の赤字幅の縮小を反映し,前年を上回る水準となっている。

(3) 景気拡大のテンポが減速した国

① フランス―減速から徐々に脱却

フランスでは,90年中頃から成長の減速が次第に明らかとなり,10~12月期にはわずかながらマイナス成長となった(付表1-8)。これは主に,ドイツ統一などに伴うドイツ金利の上昇が,ERM(ECにおける為替相場メカニズム)を通じて波及し,内需が減退したことと,アメリカ,イギリスなどの景気後退およびフラン高により輸出が減少したことによるものである。しかし,91年に入ると,ドイツの需要拡大の効果が顕著となってきており,自動車を中心とするドイツ向け輸出が急増し(4~6月期前年同期比23.7%増),対ドイツ貿易収支は16年ぶりに黒字(4月)となった。この効果で鉱工業生産は緩やかな増加に転じ,実質GDP成長率においても91年1~3月期前期比0.2%増の後,4~6月期同0.7%増とやや高まった。この間,消費者物価上昇率は落ち着いた水準で推移しており,6月には18年ぶりにドイツの物価上昇率を下回り(フランス3.3%,ドイツ3.5%),その後も低水準で推移している。

その反面,失業者数(求職者数)は91年9月に277万人と過去最多を記録している。しかし政府は,ECの通貨統合への対応を図りつつインフレ抑制などの観点から,緊縮的な財政・金融政策を堅持するとしており,内需の弱さはしばらく続くものとみられる。また,輸出面でも,ドイツの増税実施(7月)による需要の減少に加え,アメリカなどの景気回復が緩やかであることから,今後,伸びの鈍化が見込まれる。このため,91年の成長は緩やかなものになるとみられる(91年実質GDP成長率政府見通し1.4%)。

(鈍化する消費と減少する設備投資)

個人消費は90年後半以降伸びが鈍っている。実質個人消費は90年下半期には前期比0.6%増の後,91年上半期同0.7%増と低水準で推移している。高金利の影響などもあって,耐久消費財の売れ行きが落ち込んでいるが,なかでも,自動車の販売不振が深刻である。新車登録台数は,90年10~12月期以降減少を続け,91年上半期は前年同期比15.5%減となっている。

設備投資も,高金利と景気の先行き不透明感から減少している。実質民間設備投資は91年上半期には前期比1.8%減となった。国立統計経済研究所(INSEE)の調査(91年7月発表)によると,91年の企業設備投資(工業部門)は前年比6%減となる見通しで,国際競争力が比較的弱い資本財(5%減),中間財(13%減)部門で減少となっている。一方住宅投資は,やや明るさが見え始めており,住宅着工件数は,91年4~6月期には,一年振りに前年同期の水準に回復している。

(輪出増加と生産の緩やかな増加-ドイツの需要拡大効果)

ドイツ統一による需要拡大効果により,自動車をはじめとするドイツ向け輸出が大幅に増加した。ドイツ向け輸出の伸び率を見ると,91年1~3月期前年同期比11.8%増,4~6月期同23.7%増となり,91年上半期のフランス全体の輸出を2.8%押し上げる効果があった。この結果,91年上半期におけるフランスの輸出は他の主要地域向けが減少したにもかかわらず,全体で同0.8%増となった。一方,輸入は内需の鈍化から減少傾向を示しており,貿易赤字は91年に入り縮小した。

鉱工業生産は外需の伸びから,自動車製造業を中心に,91年1~3月期前期比0.4%増,4~6月期同1.3%増となった後,7~8月平均でも5~6月平均比0.9%増と,緩やかに増加している。

(インフレの低下と失業者の増加)

90年から91年にかけて,湾岸危機による石油価格の上昇期を除くと,物価は落ち着いた推移をたどった。消費者物価上昇率は,91年6月には18年ぶりにドイツを下回った。かつてフランスで「構造的」といわれたインフレが低下したのは,ERMの中でフランの価値を維持するため,緊縮的な財政・金融政策を保ったこと,賃金上昇率が過去数年にわたって低く抑えられてきたことが大きく効いている (第1-1-21図)。しかし,物価が落ち着く一方で失業率の改善が遅れ,91年に入るとむしろ悪化するようになった。失業者数も91年1月以降増加を続け,5月には過去最多の水準を記録した。ただし,この背景には,景気減速による大企業のレイオフ(一時解雇)のほか,移民層,若年層,の職場不適合という構造的要因があることから,政府は失業対策としては,職業訓練などの構造改革をより重視する方針である。

② イタリア―景気の基調は弱い

イタリアの経済成長はそれまでの金融引締めの効果により88年4.1%の後,89年には3.0%に減速した。90年には,5月に公定歩合が1%ポイント引き下げられたものの内需の鈍化は続き,成長率も前年比2.0%(うち内需寄与度1.9%)と83年以来最も低い伸びとなった。91年に入っても第1四半期前期比0.2%増の後,第2四半期同0.3%増と景気の基調は弱い。

(内需の鈍化)

内需の動向をみると,個人消費は90年には鈍化し,90年の成長に対する寄与度も前年比1.7%にとどまった。特に乗用車販売台数は,90年第2四半期より前年同期比マイナスの伸びが続いた。また投資は,成長の鈍化期待と収益の悪化,高金利により90年には機械設備を中心に伸びが鈍り,消費と共に成長減速の要因となった。機械設備,建設投資のいずれも89年に比べ伸びが鈍化した。

91年に入ってもこうした内需の鈍化傾向が続いている。

一方,物価をみると,生計費上昇率は依然高水準にある。90年前半は高水準ながらもやや落ち着いていたが,後半に入り石油価格の上昇等から再び6%台と高まり(90年前年比6.1%),91年に入っても高い上昇は続いている(91年1~6月期前年同期比6.7%,7~9月期同6.4%)。

金融政策をみると,90年に入り内需等が鈍化したことから,景気の浮揚を図るため90年5月に,財政赤字削減措置の決定を受けて公定歩合が引き下げられ,91年5月にも再度,公定歩合が引き下げられた。

財政赤字は,依然多額に上っており,GDP比は89年10.1%の後,90年には10.8%となった。91年の予算では,赤字額を90年の141兆リラから132兆リラに抑制することを目標としたが,内需不振で税収が伸びないことなどから,その達成は困難となり,91年9月末,141兆リラ(GDP比10.0%)に上方修正された。

(輸出の成長への寄与は低下)

実質輸出は,90年にはドイツの景気拡大により,ドイツ向けの輸出が増加したことから比較的好調を維持した(前年比7.5%増)。輸出を地域別にみると,他のEC諸国向けは前年比5%未満の増加であるのに対し,ドイツ向けは17%の増加となった。しかし91年に入ると実質輸出は,第1四半期前期比0.4%減の後,第2四半期同2.8%減と低下した。一方輸入は,90年は内需が鈍化したため伸びが鈍り(前年比6.7%増),91年第1四半期前期比1.1%増の後,第2四半期は前期比2.0%増とやや高まった。なお,実質GDPの成長に対する純輸出(輸出一輸入)の寄与度は84年から89年までマイナスを続けていたが,90年はO%となった。91年第1四半期以降は再びマイナスとなっている。

3 アジア途上国経済

1990年におけるアジアの途上国の成長率は,前年比5.3%と前年に続き5%台の伸びとなった。世界景気が鈍化したことに加え,湾岸危機により石油価格が上昇したこと等は,アジアの途上国経済にマイナスの要因として作用した。しかし,第1-1-1表(前掲)にみられるように,アジアは,世界のどの地域に比べても高い経済成長を示し,アジアが世界経済をリードする姿に変化はみられなかった。

91年に入り,湾岸での武力衝突が早期に解決したことから,世界経済の不確定要因の一つが払拭されることとなった。石油価格の安定化,企業心理の回復は,アジア経済にも良い影響をもたらしている。

(1) アジアNIEs一内需を中心に拡大続く

アジアNIEsの成長率は,90年に前年比6.7%と89年(6.4%)より僅かながら高まりをみせた (付表1-10)。香港を除き,91年に入っても,内需の好調持続を中心に,経済は概ね順調に拡大している。90年央の石油価格の高騰等により高まりをみせていた物価上昇率は,91年に入り石油価格が安定化してきたことを背景に落ち着きを取り戻しつつある。ただ,貿易収支は,内需の好調等を背景とした輸入急増により悪化している。

韓国では,90年の成長率は前年比9.0%と89年(6.8%)より目立って高まった。輸出は前年に続き不振であったものの,内需の消費,投資がともに大幅に拡大したことが成長率の高まりに大きく寄与した。91年も建設投資等,内需の好調が続き,成長率は1~6月期前年同期比9.1%と高めの成長を維持している。物価は高水準の上昇率が続いている。貿易収支は,大幅な赤字となっている。政府は,91年年間の成長率を,年後半に内需がやや鈍化することを見込んで前年比8.7%と見通している。

台湾では,90年は株式,不動産市場の不振に伴う消費の鈍化,地域内の投資環境の悪化による民間投資の減少に加え,輸出も元高,賃金上昇による国際競争力の低下から不振であったため,成長率は前年比5.0%と鈍化した。91年は,輸出の回復と,それに伴う工業生産の増加,及び公共投資の拡大から,成長率も4~6月期は前年同期比7.1%と高まっており,年全体でも目標の前年比7%に達するとみられている。

香港では,90年の成長率は前年比2.8%と,89年に続き低い伸びとなった。

しかし,中国相手の中継貿易の拡大を主因に経済は回復傾向にあり,91年全体の成長率は前年比4%とみられている。物価上昇率は労働需給のひっ迫に伴う賃金上昇の影響等から,90年前年比9.7%の上昇の後,91年も引き続き2桁台の高い伸びが続いている。輸出は,中国相手の中継貿易の回復を主因に90年後半以降伸びを高めている。湾岸危機の影響から落ち込んでいた観光客数は,91年第2四半期以降徐々に回復しつつある。

シンガポールでは,90年の成長率は前年比8.3%と高成長を続けている。91年も年前半の観光客の減少が個人消費にマイナス効果をもたらしたが,湾岸危機の輸出面への影響はほとんどみられなかった。このため政府は91年の成長率見通しを,年初に公表した3~6.%から6~8%に上方改訂した。産業別に90年のGDPの動向をみると,金融業が引き続き好調であり,製造業も高い伸びとなった。観光客は湾岸危機の影響から90年後半以降増勢が鈍化し,湾岸での武力衝突後は前年を下回っていたが,91年5月には前年並に回復した。輸出は,近隣アセアン諸国の経済拡大に伴い,90年前年比17.9%増と引き続き好調である。輸入も90年同29.0%増と引き続き大幅な増加を続けている。

(2) アセアン―フィリピンを除き,高成長続く

アセアンでは,フィリピンを除き,海外からの直接投資を契機に建設,生産が好調に推移し,90年も高成長を続けた。消費等内需が好調で輸入が大幅に伸びたことから貿易収支は悪化した。フィリピンでは,90年後半以降,経済成長が低下し,91年上半期にはマイナス成長を記録した。

タイでは,成長率は90年も10.0%の2桁成長を記録した。湾岸危機は物価上昇率を高めたが,成長への影響は予想よりも小さくてすんだ。91年は輸出面で先進国を中心に世界の景気減速の影響が現れるこどと,金融引締めの効果からやや成長率が低下するものとみられるが,依然高成長を維持する見込みである。87年以降の高成長の契機となった直接投資は90年以降減少傾向にあるが,なお高水準にある。他方,国内需要も経済成長の原動力としての役割を高めてきているが,建設,消費を中心に過熱気昧に推移している。経済活動の急拡大に伴いインフラ整備の遅れ,熟練労働力不足等のボトルネックが深刻化している。物価も経済拡大と石油製品価格上昇の影響等から上昇している。貿易収支赤字は90年さらに拡大した。

マレーシアでも海外からの直接投資の増加を主因に拡大を続けており,89年前年比8.7%に続き,90年も同10.0%の成長となった。91年も上半期で年率8.5%の成長となり,高成長を続けている。直接投資は台湾,日本,シンガポール等からを中心に増加している。また,国内企業の投資も活発であり,実質民間投資は30.3%増と前年に続き大幅に増加した。輸出は電子・電気製品の他,原油も大幅に増加し,90年は前年比17.4%増となった。輸入は資本財を中心に高い伸びが続いており,90年同28.7%増となった。貿易収支は,輸出を上回る輸入の伸びから91年1月以降赤字に転じている。

インドネシアでは,海外からの直接投資を梃子に,製造業の生産拡大及び工業品輸出の拡大がみられ,90年の成長率は7.4%と高い成長となった。海外からの直接投資は,日本及び韓国,台湾等のアジアNIEsを中心に非石油・ガス部門で大幅に増加しており,91年1~6月期累計で投資認可額は前年比39.2%増となった。物価上昇に対応して91年初には,強力な金融引き締めが行なわれたが,物価上昇にやや落ち着きがみられるようになったため,91年7月以降金融引締め措置も緩和されている。91年も海外がらの投資を主因に高成長が維持される見通しである。90年の輸出は,非石油部門の増加に加え,湾岸危機により8月以降石油輸出も増加し,前年比15.9%増となった。一方,輸入も資本財を中心に,90年前年比27.6%増と輸出を上回るペースで増加した。この結果,貿易収支は黒字幅が縮小し,91年3月には1.3億ドルの赤字に転じた。

フィリピンでは,海外からの投資の減少に加え,湾岸危機による悪影響も大きく90年の成長率は前年比3.7%となり,前年の同5.7%から低下した。さらに・91年は火山噴火の効果等が追い討ちをかける結果となり,91年上半期の成長率は前年比マイナス0.2%となった。海外からの投資は,政情不安定や電力不足等のインフラ整備の遅れ等から91年に入っても減少が続いており,1~5月期累計で前年同期比28%減となった。政府は6月に,外国企業の100%出資を認める「1991年外国投資法」を実施することを決定したが,政情不安定は解消されておらず,今後,海外からの投資が増加すると期待することは困難である。

また,物価は90年9月及び12月のガソリン等の価格の引き上げ以降一層上昇率が高まっており,消費者物価上昇率は91年4~6月期前年同期比18.9%となっている。なお,ピナツボ火山噴火は,農作物に対する被害と観光客の滅少をもたらした他,在比米軍基地交渉に大きな影響を与えた。クラーク空軍基地については返還することで合意した(91年7月)が,基地関連の産業への影響及び基地使用に対する補償の減少により,財政の逼迫がさらに深刻化する恐れがある。

(3) 中  国-90年半ば以降経済は回復へ

中国では,89年末以降,停滞した経済を刺激するため,金利引下げ,重点部門への融資強化等,経済の引締めが一部緩和されてきている。この結果,90年半ば頃より投資,消費の伸びが高まり,経済は回復しつつある。成長率をみると,90年は前年比5.2%と89年より増勢を強め,91年上半期も前年同期比6.1%となった。

鉱工業生産は工業向けの資金貸付け増,国内消費の回復等から,90年10月より軽工業を中心に10%台の伸びを続けている。投資は,基本的には引き続き抑制策を採りつつも,重点産業部門への投資強化から拡大しており,91年上半期の基本建設投資は前年同期比23.2%増となった。消費は,90年半ばに増加に転じた後,次第に伸びを高め,91年も10%台の伸びとなっている。小売物価上昇率は,90年は前年比2.1%の上昇と落ち着いた動きとなったが,消費の回復,価格改革に伴う主要商品の価格引上げ等から91年春頃より伸びが高まりつつある。特に,都市部では公共料金の値上げも加わって高まっており,35都市の生計費上昇率は91年半ばには前年比で10%を越える伸びとなっている。

貿易面をみると,90年には,為替レートの大幅引き下げ等の影響から輸出が好調に伸びる一方,輸入が国内消費の減退,家電製品等の輸入抑制策の実施から減少し,貿易収支は83年以来初めて黒字となった。91年に入ってからも,輸入が経済の回復に伴う原材料,工業部品等の需要増から伸びを高めているものの,輸出の伸びが上回り,貿易収支は黒字を続けている。

なお,91年5月中旬より,安徽省,江蘇省を中心に大規模な洪水が起き,中国全体の農地の20%が被害を受け,夏期収穫作物は前年比1.9%減となった。

しかし,政府は91年全体の食糧生産については洪水の影響をさほど受けず,4億トンを越えて,過去最高だった前年に次ぐ豊作となるとみている。

(4) 南西アジアーインドで外貨不足が深刻化

南西アジア諸国では,成長率が89年前年比4.9%に続き,90年は同4.6%となった。これは,農業,製造業が比較的堅調であったことによるものである。しかし,湾岸危機以降,中東からの送金の減少と,石油代金の支払増加から外貨不足が深刻化するとともに,石油製品の価格引上げ緩和のための財政補助を通じて財政赤字が拡大している。

インドの成長率は90年前年比4.3%となり,農業,製造業を中心に経済は回復基調にある。しかし,物価は,90年10月以降の石油製品の価格引上げや石油製品への付加税の導入等から上昇圧力が高まっている。卸売物価上昇率は91年1~3月期には前年同期比12.9%となり,消費者物価上昇率も91年2月は前年同月比14.8%となった。湾岸危機の後遺症として,外貨準備高は91年6月末現在で11.9億ドルと前年比69.0%減となっている。輸入代金の支払増加に加え,観光収入と中東出稼ぎ労働者からの送金が減少し,深刻な外貨不足の原因となっている。このように外貨不足が深刻化してきたため,91年3月から輸入制限を強化し,7月には2度にわたるルピーの切下げを行った(対ドルで約2O%減価)。90年度(90年4月~91年3月)の財政赤字は,91年1月11日現在で約80億ドルとなり,既に年度当初予想の倍以上に膨らんでいる。このため石油製品の価格引上げをはじめ財政負担の軽減措置を行なわざるを得ない状況になっている。また,対外債務は,利払いだけでも92年には10億ドルに達するとみられている。このような経済的な困窮を緩和するために,IMFによる融資が行われている。

パキスタンの成長率は90年度(90年7月~91年6月)には前年度比5.6%となった。内訳をみると,農業が天候に恵まれて好調で,90年度は前年度比5.1%と,89年度(同2.7%)を大きく上回った。製造業も5.7%と堅調であった。

また,輸出も湾岸地域での市場喪失があったにもかかわらず,米,綿,綿製品を中心に前年度比23.8%増と好調であった。物価の上昇率は,石油製品の引上げ等から,90年度には前年度比12.7%と89年度の6.0%から大幅に高まった。

湾岸危機の影響はかなり大きく,石油製品の高騰に加え国際収支への悪影響も生じた。国際収支への影響は,①中東労働者からの送金減,②中東向け輸出の減少,③パキスタン人のクウェイトからの帰還費用であり,7.9億ドル(対GDP比2.0%)の損失が生じたとされている(パキスタン政府発表)。

バングラデシュの成長率は89年度(89年7月~90年6月)には前年度比5.5%となった。内訳をみると,農業が好天に恵まれ,前年度比7.7%となり,洪水による被害が大きかった88年度の同マイナス0.3%から顕著に回復した。製造業も輸出の拡大により7.2%と好調であった。輸出も湾岸地域での市場喪失があったにもかかわらず,米,縫製品を中心に前年度比18.5%増と好調であった。しかし,90年度の成長率は湾岸危機の影響と91年4月のサイクロンによる被害により,3.0~3.5%に低下すると予測されている。湾岸危機の影響をみると,石油製品の高騰に加え,中東労働者からの送金減と輸出への影響等により,6.4億ドル(対GDP比3.0%)の損失が生じたものとみられる(バングラデシュ政府発表)。

4 ラテン・アメリカ経済ー総じて経済の不振続く

ラテン・アメリカは70年代に年平均5.9%の実質GDP成長率を記録し,高めの成長を遂げた。しかし82年の累積債務問題の顕在化以降成長率は大幅に鈍化し,81~85年の実質GDP成長率は年平均0.4%となった。その後86~87年には主要な輸出先であるアメリカの高成長もあって一時的に良好なパフォーマンスを示したものの,88年以降は再び低迷を続けている。90年の実質GDP成長率は,ラテン・アメリカ全体で前年比マイナス0.3%と83年以来の前年比マイナスを記録した。

(一部の国に明るさ)

ラテン・アメリカでは,総じてみると経済の低迷が続いている (付表1-11)。特に非石油輸出国の減速が著しく,成長率は89年の1.5%増から90年には2.3%減となった。一方,石油輸出国では湾岸危機を背景とする原油価格の上昇もあって景気が改善しており,90年の成長率は89年の1.5%減から3.0%増へと高まった。

国別に成長率の動向をみると,プラジルは89年に前年比3.2%増の後90年には同4.0%減とマイナスに転じたほか,ペルー,アルゼンチンでも88年以来3年連続のマイナス成長となっている。一方メキシコでは前年比3.9%増と84年以来の高成長を記録したほか,ベネズエラ,コロンビアでも高い成長を示すなど,一部の国で明るい兆しが見え始めている。

(物価動向)

消費者物価上昇率は,ラテン・アメリカ全体で90年には前年比522.1%と89年の345.8%から更に悪化した (付表1-12)。

国別にみると,ペルー,プラジル,アルゼンチン等で4桁の上昇率を記録したほか,多くの国で89年を上回る物価上昇を示している。一方,メキシコ,コロンビア,チリ等では緊縮政策が奏効し,相対的に安定した推移となっている。

(貿易動向)

貿易動向をみると,90年はラテン・アメリカ全体で輸出が1,264億ドル(前年比3.2%増),輸入が999億ドル(前年比7.3%増)となった。この結果,貿易黒字は89年の292億ドルから90年は265億ドルヘ縮小した (付表1-13)。

国別にみると,石油輸出国ではベネズエラで原油価格上昇を主因に黒字幅が拡大している。一方,メキシコでは原油を中心に輸出が増加したものの,好調な内需を背景に輸入も大幅に増加したため,赤字幅が拡大している。

非石油輸出国では,アルゼンチンは緊縮政策を背景に輸入が減少する一方,穀物を中心に輸出は増加したため,黒字幅が拡大している。またブラジルでは輸出が減少する一方,輸入は関税率引き下げ等の自由化措置もあって増加したため,黒字幅が縮小した。チリでは良好な経済動向を背景に輸出入とも増加するなか,黒字幅はほぼ横ばいとなっている。