平成2年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


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I 1989~90年の主要国経済

第12章 中南米

2. ブラジル:正念場を迎えた「コロール・プラン」

(1)概  観

ブラジル経済は,実質GDPの伸び率が89年は前年比3.6%増と,88年のゼロ成長から大きく回復した。しかし成長の内容は,インフレの昂進による消費,投資の仮需が大きく寄与しており,実勢ベースでは低迷が続いたものとみられる。そのなかで,89年の消費者物価上昇率は,89年1月に導入された「サマープラン」が失敗に終わったことから,前年比1,319.6%と過去最高を記録した。

このため,90年3月には新任のコロール大統領の下,緊縮的な経済調整化策「コロール・プラン」(後述)が開始され,インフレは急速に鎮静化した。しかし,景気も後退し始め,90年上半期には実質GDPが前年同期比マイナス3.3%となり,経済は混迷を深めている。

唯一の明るい材料である貿易黒字は,89年も年間では161.1億ドルと高水準を続けたが,89年の下半期には黒字幅がやや縮小し,90年に入ってからも黒字幅の増加に伸び悩みがみられる。

累積債務問題については,事実上のモラトリアム状況が続いているが,IMFを中心とした交渉が精力的に行われている。

(2)需要・生産動向

89年の実質GDPは,前年比3.6%増と,88年のゼロ成長から大きく回復した(第12-6表)。これは,88年の経済パフォーマンスが悪過ぎたことの反動に加え,「サマー・プラン」が崩壊し,物価統制が緩和されたことによるインフレの再燃によって,消費,投資への仮需が発生したことが大きく寄与している。つまり,一般消費者がインフレを見越して買いだめを行ったり,企業がインフレヘッジを,設備投資や在庫投資および不動産投資の形で積極的に行ったことの反映であり,景気の実勢は弱いものとみられている。

また,一人当たりGDP(88年価格)は2,280ドル(前年比0.9%増)と,88年(2.4%減)からわずかながらも増加した。

一方,89年の鉱工業生産は前年比5.0%増となったが(88年3.5%減),その財別の動きをみると,消費の好調を反映して耐久消費財(前年比2.6%増),非耐久消費財(同3.9%増)ともに伸び,中間財(同2.7%増)も増加した(第12-7表)。一方,製造業稼働率は設備投資の増加による生産余力の拡大によって,89年は80.1と前年比横ばいとなった。小売販売量は89年前年比0.3%減と減少した。

90年に入ると,3月に開始さ庇た「コロール・プラン」の緊縮政策によって,鉱工業生産は1~3月期前年同期比4.1%増だったものが,4~6月期には同16.6%減と大幅な落ち込みを記録した。金融引き締め策の浸透による企業の資金調達難が影響しており,資本財から消費財に至るまであまねく不振となっている。また,ハイパー・インフレのために90年1~3月期に前年同期比16.2%と大幅減となっていた小売販売量も,4~6月期には同18.3%減とさらに大幅を落ち込みとなった。雇用情勢も悪化しており,失業率は89年には3.36%と,前年(3.85%)から改善した後,90年1~3月期には3.59%,4~6月期には4.98%と悪化の一途をたどっている。

こうしたなか,90年上半期の実質GDPは前年同期比マイナス3.3%となり,リセッション的色彩を帯びながら,ブラジル経済は混迷を深めている。

(3)国際収支

89年の国際収支動向(ドル建て)をみると,貿易外収支が対外債務の利払いの継続(89年7月まで)等から149.3憶ドルの赤字(88年143.9億ドルの赤字)となったものの,貿易収支が161.1億ドルと高水準の黒字(同190.9億ドルの黒字)を維持したため,経常収支は14.2億ドルの黒字(同48.9億ドルの黒字)となった(第12-8表)。また,資本収支は民間銀行団からの新規融資がストップしたことから償還が新規融資を上回り,41.3憶ドルの赤字(同29.2億ドルの黒字)となった。このため,総合収支は30.8億ドルの赤字(同69.8億ドルの黒字)となった。

89年の貿易動向(ドル建て)をみると(第12-9表),輸出(FOB)は,年前半には通貨の切り下げを主因として,88年の好調(前年同期比28.8%増)を持続したが,年後半にはインフレの昂進による通貨の実質的な切上げ,制度金融の縮小等によって,7~9月期前年同期比4.0%減,10~12月期同5.3%減と落ち込んだ。一方,輸入(FOB)は,88年には政府の輸入抑制政策の効果や原油輸入価格の下落もあって前年比2.4%減となっていたものが,89年に入ると,通貨の切り下げの遅れ,輸入規制緩和政策の実施に加え,インフレ・へッジを目的とした企業の在庫積み増しや個人の買いだめ需要もあって,4~6月期以降急速に増加した(89年全体では前年比24.4%増)。この結果,貿易収支黒字は89年下半期にかけて縮小し,年間では161.1億ドルと高水準ながらも,88年の190,9億ドルからは縮小した。

90年に入ると,輸入は,インフレがさらに昂進した1~3月期には前年同期比26.6%増となった後,「コロール・プラン」の輸入規制撤廃にもかかわらず,国内景気の落ち込みによって4~6月期同4.1%増,7~9月期同横ばいと増勢は大きく鈍化している。一方,輸出は鉱工業生産の不振による輸出余力の減退等によって,前年同期比で減少が続いている。この結果,貿易収支黒字幅の増加に伸び悩みがみられる。

90年8月の湾岸危機発生による原油価格の急騰は,原油依存度の高いブラジルにとっては貿易収支黒字の縮小要因となることは必至であり,景気の落ち込みによって混迷を深めている経済にとっての唯一の明るい材料にも暗雲が立ち込めている。

一方,89年の外貨準備高をみると,3月末の105.2億ドルから6月末には85.6億ドルと大幅に減少した(第12-9表)。このため政府は7月,緊急措置として外資系企業の利益,配当および資本等の対外送金を中央銀行の集中管理に置き,外貨の流出に歯止めをかけた。さらに,6月から始まったIMFとのスタンドバイ・クレジット(信用供与枠の設定)交渉が合意できず,予定されていた新規融資がストップしたため,政府は外貨準備高の不足を理由に,7月以降の対外債務の元利払いを停止し,事実上のモラトリアムに入った。このため,外貨準備高は90年6月末には101.7億ドルまで増加した。

なお,アメリカのブッシュ大統領は12月初,ブラジルを含めた中南米諸国の貿易自由化および投資促進を目的とした「中南米振興構想」を打ち出し,ブラジルに対し保護貿易措置の撤廃,企業活動の自由化,経済成長のための環境保護等を提唱した。

(4)物価動向

消費者物価上昇率は87年前年比213.3%,88年同581.9%と騰勢を増した(第12-10表)。このため,政府は89年1月,「クルザード計画」(86年2月),「新クルザード計画」(87年6月)に続く3度目のショック療法的経済措置である「サマー・プラン」を実施した。同プランには,過去2回の計画にはなかった財政赤字削減の具体策が盛り込まれた点が特徴となっていた。このため,消費者物価上昇率は,89年1月前月比70.3%から,同プラン実施直後の2月には同3.6%へと大幅な鈍化を示した。しかし,財政赤字削減のための諸政策が議会において否決されるなど,財政赤字削減が全く進まなかったことや,品不足,売り惜しみなど価格凍結による歪みが生じたことから,過去2回の計画と同様に同プランは失敗に終わり,89年の消費者物価上昇率は結局,前年比1,319.6%と過去最高を記録した。

90年に入ってからも,消費者物価上昇率は騰勢を強め,3月には前月比で84.3%と過去最高を更新した。このため,89年11月に29年ぶりの直接選挙によって選出されたコロール大統領は,90年3月に「コロール・プラン」を開始した。同プランの主な内容は,①物価,賃金を1か月間凍結した後,両者についての上昇率の上限を規制する,②通貨新クルザードをクルゼイロこ切り換える(デノミは実施しない)過程を通じて,銀行預金の一部凍結を図る,③国営企業の民営化,行政機関の統廃合,公務員数の削減,課税強化等を通じて財政赤字の黒字転換を図る,④中銀コントロールによる公定レートを廃止し,変動相場制を導入するとともに,輸入の非関税障壁の撤廃,輸入関税率の引き下げを行う,等となっている。同プランは,「サマー・プラン」が失敗した財政赤字削減の徹底化を図るとともに,預金凍結を初めて実施することによって,インフレ・マインドの鎮静化を狙ったものである。

消費者物価上昇率は,同プランによる物価凍結が行われた90年4月には前月比3.3%の上昇,生活必需品,公共料金等を除いて凍結が解除された5月には同7.9%の上昇となっていたが,6月同9.6%,7月同12.9%,8月同12.0%,9月同12.8%,10月同14.2%とかなり上昇率が高まっている。このため,インフレの鎮静化を主眼に置いている「コロール・プラン」は正念場を迎えている。

(5)累積債務問題

ブラジルの対外債務残高は89年末1,113億ドルと,依然世界第1位の座にある。累積債務問題については,88年には民間銀行団との新規融資と既存債務の金利引き下げおよび返済繰り延べ等での合意,公的債務についてのパリ・クラブ(債権国14か国で構成)との返済繰り延べ合意など,大きな進展をみせた。

しかし,89年6月に始まったIMFとのスタンドバイ・クレジット交渉が決裂したために,IMF等の国際機関,および民間銀行団からの新規融資がストップし,ブラジル政府は7月以降の対外債務の元利払いを停止,政府による宣言はないものの,事実上のモラトリアムに入った。

90年に入り,コロール政権はインフレの収束,財政赤字の削減等,経済の構造調整策を掲げ,IMFとの交渉を精力的に行ってきているが,未だにIMFからのスタンドバイ・クレジットを引き出すには至っていない。しかし,11月には世界銀行がブラジル向けの4.5億ドルの新規融資を承認しており,膠着状態にあった累積債務問題にも解決に向けての動きがみられるようになってきた。

もっとも,ブラジル政府が希望している新債務戦略(ブレイディ提案)の適用にはなお道のりが遠い状況である。

(6)財  政

89年1月から実施された「サマー・プラン」には,省庁の統廃合,国営企業の民営化の促進,公務員数の大幅な削減等が盛り込まれたが,主な財政赤字削減策が議会において否決されたこともあって,赤字削減の実効はほとんどあがらず,逆に社会福祉制度による財政支出増大,高金利政策による国内債務支払い負担の増加等によって,89年の財政赤字は88年のGDP比4.3%から,同6.9%に拡大した。

「コロール・プラン」では,「サマー・プラン」以上の財政赤字削減策を掲げており,当初の大統領案が議会の反対を押し切って採択された。しかし,公務員数の削減については行政府内での抵抗が強いこともあって遅々として進んでおらず,国営企業の民営化についても,民営化証券の強制割当を金融機関が拒絶しており,現在まで民営化は1件も行われていない状態である。政府は90年の財政収支の対GDP比をプラス1.2%にすることを目標としているが,実現は困難な情勢である。