平成2年
年次世界経済報告 各国編
経済企画庁
I 1989~90年の主要国経済
第12章 中南米
メキシコでは86年にマイナス成長となった後,景気回復のテンポは遅く,87,88年と実質GDP成長率は前年比1%台の低いものとなった。しかし,89年には同2.9%と成長率を高め,90年上半期も前年同期比で2.1%と,経済の拡大が続いている。
また,89年の消費者物価上昇率は,88年12月に開始された「経済安定・成長協約」による物価抑制政策がとられていることから,前年比20.0%と,79年(同18.2%)以来の低い上昇となった。90年に入ってからも,前年同期比25%前後の比較的安定した推移となっており,かつての高インフレは克服された。
ただ貿易収支に関しては,89年に6.5億ドルの赤字と,81年以来の赤字に転落した後,90年入り後も上半期は13.1億ドルの赤字となっており,唯一の不安材料となっている。
累積債務問題については依然厳しい状況が続いているが,89年に適用された新債務戦略(ブレイディ提案)による債務削減,利払い軽減,新規融資等の債務救済策が具体化きれるとともに,対内直接投資の促進も進んでおり,債務問題解決に向けて大きく前進している。
また,国の財政収支も政府の緊縮政策,国営企業の民営化等によって,着実に改善している。
メキシコでは経済の構造調整策がここへきて進展をみせており,かつての輸入代替型経済から輸入自由化措置を通じた輸出志向型経済への移行,民営化や規制緩和等によって政府の役割を縮小させ,市場指向型経済への移行をはかるといった,いわば「静かな革命」が進展してきている。
メキシコの実質経済成長率の推移をみると,70~89年平均6.6%,81年8.9%とかつては高い成長を達成していた。しかし,82年に債務危機が顕在化してマイナス成長となった後は,84,85年に2~3%台の比較的高い成長を記録したほかは,おおむね低調で,87,88年は1%台の成長にとどまった(第12-1表)。
89年の実質GDPは前年比2.9%増と,比較的高い成長となった。これを業種別にみると,農林水産業(前年比3.1%減),鉱業(同0.9%減)がマイナス成長となったほかは,おおむね高い成長となり,製造業,電力業,運輸・通信業では6~8%台の高い成長がみられた。
また需要項目別にみると,内需面では,物価上昇率の低下にともなう実質賃金の上昇による購買力の向上から,国内消費が前年比6.5%増と好調だったのをはじめ,設備投資も88年に引き続き旺盛であり,国内投資は前年比3.5%増となった。一方外需面では,輸出等は前年比3.1%増にとどまったが,輸入等は,輸入関税率の引き下げ等,輸入自由化が引き続き進められたことや,生産設備近代化のための需要増から資本財輸入が大幅に増加していることから,同20.7%増と著増した。
また,一人当たり実質GDP(88年価格)は,86年から88年まで3年連続で前年比マイナスとなったが,89年には1,954ドル(同0.8%増)と,わずかながらも前年比プラスとなった。
90年に入り,上半期の実質GDPは前年同期比2.1%増と,引き続き経済が拡大している。特に,建設業(前年同期比5.2%増)や電力業(同6.2%増)が好調であった。
89年の製造業生産は前年比7.2%増加したが(88年同2.9%増),その財別の動きをみると,資本財(89年前年比8.1%増),中間財(同6.3%増),消費財(同7.6%増)とあまねく高い伸びを示した(第12-2表)。また,こうした生産の増大は,労働市場にも好影響をもたらしており,失業率は88年の3.5%から89年は2.9%に低下した。
90年に入ってからも,業種によるばらつきはあるものの製造業生産の拡大は続いており,1~3月期は前期比2.0%増,4~6月期は同1.7%増となっている。
89年の国際収支動向(ドル建て)をみると,貿易収支が6.5億ドルの赤字と,81年(マイナス38.5億ドル)以来の赤字となり,旅行収支が5.5億ドルの黒字どなったものの,対外債務の利払いの増加等によって,貿易外収支が54.8億ドルの赤字となったため,経常収支は54.5億ドルの赤字と88年(マイナス24.4億ドル)から赤字幅が大きく拡大した(第12-3表)。一方,資本収支は中長期債務元本返済額が36.5億ドルとなったが,対内直接投資の増加および外国逃避資本の還流等によって,全体では30.5億ドルの黒字となった。このため,総合収支では88年(マイナス71.3億ドル)の大幅赤字から89年は2.7億ドルと小幅ながらも黒字となり,外貨準備高も89年末68.6億ドル(88年末65.9億ドル)と小幅の改善となった。
89年の貿易動向(ドル建て)をみると,輸出(FOB)は,工業品輸出が125.3億ドル(前年比8.7%増)となったのをはじめ,原油輸出も輸出価格が堅調に推移したことから72.9億ドル(前年比23.9%増)と大幅増となったため,全体では前年比10.7%増の227.7億ドルとなった。一方,輸入(FOB)は輸入関税の引き下げ,事前輸入許可の撤廃等の輸入自由化措置が引き続き進められたことに加え,通貨ペソの切り下げ率が小さかったことを背景に,旺盛な国内消費から消費財が前年比82.1%増となったのをはじめ,民間部門の設備投資意欲等もあって,全体では234.1億ドル(前年比23.9%増)に著増した。この結果,89年の貿易収支は88年の16.7億ドルの黒字から6.5億ドルの赤字に転落した。
90年に入ると,輸出は1~3月期前年同期比15.3%増の後,原油輸出が低迷したことから,4~6月期は同9.9%の減少となっている。一方,輸入は1~3月期前年同期比1・8.7%増,4~6月期同14.5%増i依然大幅な増加が続いている。この結果,貿易収支は,90年上半期13.1億ドルの赤字と,厳しい状態が続いている。もっとも,8月の湾岸危機発生にと,もなう原油価格の急騰によって,メキシコの原油増産余力は小さいながらも,原油輸出金額は増加が見込まれている。
なお,メキシコ政府は従来,包括的な貿易協定については消極的な姿勢をとってきたが,90年1月のサリーナス大統領訪欧以降この姿勢に変化がみられ,6月には米墨自由貿易協定の交渉開始について合意に至った。また,同協定はブッシュ米大統領が提唱している「中南米振興構想」の一役を担うものとして期待されている。
89年の消費者物価上昇率は,前年比20.0%(88年同114.1%)と大幅に改善した(第12-5表)。これは,88年12月に政府,労働組合,経営者,農民の4者間で締結された「経済安定・成長協約」が実施されたことが奏効したもので,消費者物価上昇率の前月比でみると,89年はおおむね1~2%台で推移した。同協約の内容は,基本的には87年12月から開始された「経済連帯協約(旧協約)」を踏襲するものであるが,賃金や公共料金の凍結を幾分調整する方式を採用したほか,為替レートについては,対ドル・レートを毎日少しずつ切り下げるクローリング・ペッグ方式を導入した点が旧協約とは異なっている。
一方,89年の製造業の名目平均賃金は前年比28.1%増となり,同年の消費者物価上昇率は上回ったものの,88年の同111.3%増からは大きく低下した。これは「経済安定・成長協約」による賃金抑制政策によるもので,最低賃金(名目)も88年の前年比87.6%増から89年同24.9%増に低下した。
90年に入ってからも,最低賃金が1~3月期前年同期比16.7%増,4~6月期同16.7%増と比較的低い増加にとどまるなど,賃金抑制政策が引き続きとられていることもあって,消費者物価上昇率は前年比25%前後の比較的安定した推移となっている。
このように,メキシコの物価は安定的に推移しており,かつての高インフレは克服された。このため,政府はこのほど,「経済安定・成長協約」を91年12月まで継続することを決定した。
メキシコはブラジルに次ぐ世界第2の重債務国(債務残高89年末956億ドル)であり,同国にとって累積債務問題は依然厳しい状況が続いている。
この債務問題の打開のために89年初,先進国側から新債務戦略(ブレイディ構想)が発表され,89年7月にメキシコがその最初の適用国として,民間銀行団との合意に至った。90年2月には,同合意に基づいて民間債務約485億ドルを対象とした債務削減策が具体化され,①約200億ドルについては元本の35%削減,②約225億ドルについては金利を6.25%の固定金利に軽減,③残る約60億ドルについては,融資残高の25%を限度に新規融資が行われることになった。メキシコ政府と民間債権銀行団のコミュニケによれば,これにより70億ドルの債務削減と毎年15~16億ドルの金利負担が軽減されるものとみられる。
こうした債務削減と並行して,現サリーナス政権下で加速化された外資規制の緩和措置が効を奏して,メキシコの対内直接投資は着実に伸びており,同残高は84年以来年平均で2桁の増加を示し(88年15.1%増,89年10.4%増),89年末に(よ266.0億ドルにのぼっている。対内直接投資の増加は,雇用機会の創出,輸出の増加,技術移転等の面でプラスの影響が期待される一方,自国経済への信任の回復を通じて,債務問題の一因となっている逃避資本の還流につながるものと考えられる。
しかしながら,ようやく端緒の見え始めた債務問題の解決をより確実なものにするためには,より一層の投資環境の改善を行う一方,財政赤字の削減,インフレの抑制といった構造調整を着実に進めていくことが必要である。
89年の国の財政赤字は,対GDP比で88年の12.7%から5.9%に大幅に縮小し,85年(9.6%)以来の一桁となった。これは,政府の緊縮政策による歳出削減が進んだことが主因であるが,課税対象を拡大した税制改革にともなって税収が大幅に伸びたことや,インフレの鎮静化にともなう名目金利の低下によって,利払い費が軽減されたことも要因となっている。加えて,83年以来行われてきた国営企業の民営化が89年も継続されたことも,国の財政収支を改善させる結果となった。82年末には1,200社近くあった国営企業は,89年末には200社を割るレベルになっている。
このように国の財政は,政府の緊縮政策等による自助努力もあって着実に改善している。