平成2年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

I 1989~90年の主要国経済

第10章 アジア・中東

4. サウディ・アラビア:経済はようやく安定基調へ

(1)概  観

サウディ・アラビア経済は,82年以降の石油市況の悪化による長い停滞の時期を脱して,近年ようやく安定を取り戻してきた。88年の経済をみると,実質GDP成長率は石油部門の生産がプラスとなったことに加えて,農業,製造業等の非石油部門が好調を続けたことから高い成長を記録した。石油収入が86年代初に比べ著しく低水準となった結果,貿易収支黒字は大幅に減少しているが,政府が,経済基盤の多様化を目的として,石油化学をはじめ農業開発,製造業等の非石油部門に力を入れてきた結果,これらの部門では高い成長を遂げてきている。また,物価は輸入物価の上昇から高まりがみられたが,90年に入りやや低下している。財政は歳入の大部分を占める石油収入の減少により緊縮路線を続けなければならず,赤字補填のための国債発行がなされる状態にある。湾岸危機の発生により石油収入は増大したが,国防費も増大し,財政赤字の拡大が懸念されている。また,政府は石油市況の変動があっても安定的な石油収入が得られるよう販路を確保するため,石油部門の再編を進めている。90年にスタートした第5次開発5ヵ年計画では経済の多様化や人的資源の開発のために民間部門の発展,産業の効率化および教育の改善等に力点が置かれ,今後5年間のGDP成長率を年率3.2%と見込んでいる。

(2)生産活動

実質GDP(生産ベース,輸入関税を除く)は,原油生産の減少から82年以降マイナスを続けたが,86年に前年比5.7%の増加に転じ,87年には同2.2%減となったものの,88年は同6.4%増と高い成長を記録した。これは,石油部門の生産が増加したことに加えて,非石油部門の生産が好調を持続したことによるものと推測される(第10-4-1図)。

実質GDPの内訳をみると,石油部門は81年以降マイナス成長を続けた後,86年前年比40.3%増と大幅なプラスとなったが,87年には同9.9%減と再びマイナスとなった。これは,87年上半期に実質的にOPECのスウィングプロデューサー役を果たすなど,おおむね国別生産枠を遵守するかたちで減産したためと考えられる。88年については具体的な数字が明らかにされていないが,88年後半からOPEC内でのシェア争いに加わり増産を行ったことから,88年の石油部門の生産は大きく伸びたものと推測される。なお,現地筋の情報によれば,実質GDPに占める石油部門のシェアは,経済基盤の多様化の進展にともない64年の約60%から88年には25%程度に低下しているものとみられる。

次に,非石油部門をみると,86年前年比3.3%減の後,87年には同0.7%増に転じた。さらに,88年も産業別には製造業前年比8.5%増,農業同10.8%増,公益事業同5.0%増となっており,好調が持続しているものとみられる。とりわけ,好況を呈しているのは石油化学部門で,国策会社であるサウディ・アラビア基礎産業公社(SABIC)が中心となってジュベールおよびヤンブーの工業地帯などに計15のプラント(製鉄を含む)を建設・操業しており,石油製品市場の好調もあって好収益をあげている。SABICグループの生産量,売上高は84年にそれぞれ278万トン,12億リヤルであったものが,88年には915万トン,38億リヤルに拡大しており,世界70か国以上に輸出された。

さらに近年の傾向として,非石油部門の中でも特に民間部門が高い成長をみせている。89年末の財政省の発表によれば,非石油部門の名目GNPは88年の前年比1.9%増に対し89年は同4.6%増,民間部門については88年の同2.8%増に対し89年は4.4%増とといずれも伸びが高まっている。民間部門の中でも特に成長が著しいのは農業および製造業部門である。政府は,長期計画の柱の一つとして経済基盤の多様化を掲げ,これまで農業部門と製造業部門に力を入れてきており,上記の高成長にみられるように両部門で相当の成果を挙げつつあるといえる。まず,農業部門は89年に前年比11.3%増と高い成長を示したが,その成長は小麦生産の飛躍的増加と輸出の拡大,野菜生産の増加等に顕著にみられる。小麦については,84年に自給を達成し,88年には生産量約280万トン,さらに89年は300万トン以上に達しており,88年には200万トン以上を近隣アラブ諸国,ヨーロッパ等へ輸出した。このような生産量の飛躍的な増加は,政府の全量買上げと市場価格を大きく上回る買上げ価格(2000リヤル/トン),低利融資等政府の助成の効果によるものである。この政府による非現実的な価格での小麦の買い上げは財政上大きな負担となっており,政府は6大農業公社に対する政府買上げ価格の引き下げ(86年8月)等,助成策の見直しを進めている。また,近年政府は大麦生産の拡大に力を入れており,大麦への助成を拡大することにより小麦から大麦への作付け転換を奨励しており,この結果85年に1万トンであった大麦生産は88年には約30万トンに増加した。さらに野菜生産についてみれば,政府の助成により温室栽培が積極的に行われている結果,年間約200万トンが生産され,その一部は近隣アラブ諸国,ヨーロッパ等へ輸出されている。次に,製造業部門は食品加工,自動車組み立て,電気機械,建築資材,化学品などの輸入代替,輸出促進産業を中心に89年に前年比10.3%の高成長を果たした。現在までに約2千の工場が稼働しているが,このうち約400は外国企業との合弁である。サウディ・アラビアは技術蓄積に乏しく,生産技術は先進諸国に依存していることから,今後の工業開発に当たっても外国企業との合弁事業に期待が寄せられている。この点に関し注目されるのは,米・英とのオフセット(見返り)計画で,特に,88年秋のイギリスからの武器購入契約に対し,その25%に当たる金額(10億ポンド程度といわれている)をイギリス側が今後10年間にわたり再投資するという合意については,その規模の大きさからみて,将来のサウディの工業化に大きな影響を与えることとなろう。

政府部門の活動は,石油収入の減少から財政支出が削減され,82年度以降マイナスを続けていたが,87年は0.5%増とプラスに転じた。88年については明らかにされていないものの,88年度の財政支出が前年比で大きく減少していることからマイナス成長になったものと推測される。

(3)石油生産

原油生産をみると,89年については,前半はOPECの生産協定で定められた国別生産枠をおおむね遵守して減産となったが,後半は2度にわたるOPEC生産枠の引き上げで増枠された国別生産枠を上回る水準で推移し,特に10月以降日量550万バーレル程度の大幅な増産を行ったことから年平均では同500万バーレルとほぼ前年並みの水準となった(88年同495万バーレル)。90年に入っても,おおむね同年の国別生産枠日量538万バーレルを超える生産が続き,1~6月平均同550万バーレルとなった。しかし,8月の湾岸危機の発生により石油需給の逼迫が懸念されたことから,OPECは8月下旬の閣僚監視委員会で必要に応じて自主的に増産することを表明した。この結果,9月以降の生産量は700万バーレルを大きく超える水準まで増加している(10月同765万バーレル,1~10月平均同590万バーレル)。

一方,石油収入については,89年は原油生産量は前年並みの水準だったものの,年初からの原油価格の回復(アラビアン・ライト,スポット価格,88年平均バーレル当たり13.42ドル→89年同16.07ドル)により234億ドルに増加した(88年205億ドル)。90年は1~6月で231億ドル(年率換算)と前年並みの水準となっていたが,8月以降の湾岸危機にともなう原油価格の高騰(アラビアン・ライト,スポット価格,11月バーレル当たり28.50ドル,1~10月平均同20.24ドル)と増産によって大幅に増加するものと見込まれる(第10-4-2図)。

サウディ・アラビアは86年以来,石油市況の変動があっても安定的な石油収入が得られるよう販路を確保するため,石油製品部門へ進出し,原油生産から石油製品販売までの一貫した体制づくりを目指すなど石油部門の再編計画を進めてきている。88年11月には国営サウジアラビア石油会社を設立するとともに,同会社とテキサコ社がアメリカでの石油精製,販売の合弁事業協定に調印し,89年より同事業「スターエンタープライズ」が開始された。これにより消費国下流部門に対する直接参入が実現した。また,サウディ・アラビアはは欧州,極東においても同様の合弁事業を実施したいとの希望を表明している。また,88年12月には,これまでペトロミンとその系列子会社が行っていた精製・流通・販売の諸活動を引き継ぎ一元管理するSamarec(SaudiArabian Marketing and Refining Co.)を設立し,一部は活動を開始している。

(4)物価動向

消費者物価は,82年以降,財政支出の抑制による内需の低迷や補助金の支出による国内財・サービス価格の低下等から低下を続けてきたが,86年以降サウディ・リヤル減価(実質的にドルにペッグ)に伴う輸入物価の大幅な上昇からその低下率は縮小し,88年には交通・通信部門をはしめとして全般的に価格の上昇が目立ち前年比1.0%の上昇となった。89年は引き続き輸入物価の上昇がみられるなか,交通・通信,食料および医療部門などの上昇から前年比2.4%と伸びが高まった。しかし,90年に入ると1~3月期前年同期比△0,6%,4~6月期同△1.0%とやや低下している(第10-4-1表)。

(5)国際収支

88年の国際収支をみると,まず貿易面では,輸出(FOB)は911億リヤル(前年比5.1%増)と,前年(867億リヤル,同16.4%増)に比べ伸びが鈍化したものの2年続けて増加した。これは,輸出の大部分を占める石油輸出が原油価格の低迷にともない伸び悩んだ(前年比1.0%減)ものの,石油外輸出が経済の多様化政策の下,石油化学製品,プラスチック等の工業品を中心に急増した(同50.0%増)ことによるものである。また,石油輸出についても輸出額全体に占める石油製品のシェアが急激に上昇してきており(82年6.9%→88年27.2%),輸出品目の高付加価値化が進んでいる。

輸入(FOB)は,輸出減少を受けて83年以降削減が続けられ86年にはピーク時の約半分まで落ち込んだが,輸出と同様に87年以降増加に転じており,88年は経済活動の回復やドル減価に伴う輸入物価の上昇により自動車,基礎金属,機械等が増加したことから742億リヤル(前年比8.3%増)と輸出の伸びを上回った。この結果,貿易収支黒字は87年182億リヤルの後,88年は169億リヤル(約45億ドル)とやや縮小した。

貿易外収支(移転収支を含む)をみると,受取り額が投資収益の減少等から480億リヤル(前年比3.7%減)となった一方,支払い額はサービス支払いの減少により903億リヤル(同13.2%減)と大きく減少したことから,貿易外収支の赤字は86年の540億リヤルから88年は423億リヤル(約113億ドル)に縮小した。以上の結果,経常収支赤字は,87年の358億リヤルから88年は254億リヤル(約68億ドル)に縮小した。

一方,資本収支をみると,石油部門の資本収支及び非石油部門の直接投資収支の計が98億リヤルの出超となったが,その他資本収支(誤差・脱漏を含む)が352億リヤルの入超となったため,全体では254億リヤルの入超となった(第10-4-2表)。

(6)経済政策

金融面をみると,マネーサプライ(M3)の増加率は,87年に政府支出の増加から5.4%増となった後,88年は現金が10.3%減となったものの,要求払い預金が11.1%増となったほか,主要通貨に対するサウディ・リヤルの減価から居住者の外貨預金が28.4%増と大きく伸びたことから全体では5.3%増とほぼ前年並みの伸びとなった。89年は主として現金,要求払い預金および貯蓄性預金の増加から1~7月期で3.6%増(年率換算)となっている。

サウディ・リヤルについては,ドルに対して安定的に推移させる政策がとられており,86年6月以降1ドル3.745リヤルとなっている。しかし,実質的にドル・ペッグをとっているサウディ・アラビアにとり,85年以降のドル大幅減価は,輸入価格を上昇させ,貿易収支の悪化要因となったほか,ドル建ての石油収入とドル建て資産の実質価値の目減りをもたらしている。

財政面をみると,財政収支は石油収入の大幅な減少により83年度以降赤字を続けてきており,,88年度(87年12月~88年12月)の実績については,原油価格の低迷にともなう石油収入の大幅減から歳入が予算対比19.7%減(前年度実績比18.5%減)の846億リヤルにとどまった一方,歳出が同4.5%減(同22.3%減)の1,349億リヤルとなった結果,当初予算(359億リヤル)を大幅に上回る503億リヤルの赤字となった(前年度実績比約195億リヤルの赤字縮小)。89年末に発表された90年度予算(89年12月~90年12月)は,歳入1180億リヤル,歳出1430億リヤルで250億リヤルの赤字予算となっている。歳入の内訳は石油収入,非石油収入とも公表されていないが,全体で前年度予算比1.7%増と小幅増にとどめた一方,歳出は前年度予算比1.4%増の緊縮財政となっており,前年度と同様に国防,人的資源開発および保険・社会福祉への支出に重点が置かれている。また,開発事業には合計494億リヤル(歳出の34.5%)が見込まれ,そのうち93.6億リヤルは157件の新規プロジェクトに支出さ,れる予定となっている。国防費については前年度比で少なくとも40億リヤル増の518.9億リヤル(138.6億ドル,歳出の36.3%)と見込まれている。しかし,8月以降の湾岸危機の発生にともない,10月末時点で米軍への施設と物資の提供で約10憶ドル支出したのをはじめ,米軍の派兵費用負担や周辺国への援助等で計100億ドルもの支出増になるとみられているほか,アメリカからの180~230億ドルにものぼる大量の武器購入を決定したとも伝えられており,国防費の大幅な増大は避けられないものとみられる。なお,88年度以降,政府は赤字補填のために国債を発行しているが,90年度についても,前年度と同様,赤字の全額を国債発行(上限250億リヤル)で補填することとしている(第10-4-3表)。

(7)第5次開発5ヵ年計画

89年末の閣議で第5次開発5ヵ年計画(90年度~94年度)が決定された。同計画では,今後5年間の政府支出を7530億リヤルとしており,内訳は軍事支出2550億リヤル,非軍事支出4980億リヤルとなっている。また,非軍事支出のうちの3580億リヤルはサウディ産業開発基金等の政府系金融機関による貸出予定額370億リヤルとともに開発部門への支出(計3950億リヤル)とされ,人的資源開発に1400億リヤル(構成比35.4%),社会資本整備に1160億リヤル(同29.4%),経済資源開発に730億リヤル(同18.5%),保険・社会福祉に660億リヤル(16.7%)が配分される予定となっている。

さらに,今後5年間のGDP成長率を年率3.2%,そのうち石油部門については同2.7%,非石油部門については同3.6%と見込んでいる。特に,農業部門年率7%,製造業部門同7.5%,石油化学同8%の成長等を達成することで,非石油部門GDPへの生産部門の寄与度を89年の38.5%から94年には43.3%に高めることを目指しており,生産部門の強化を通じた経済の多様化の方針を強く今回の計画の重点目標としては,①非石油収入の増加,②国内プロジェクトへの資本投資推進,③サウディ国民に対するより大きな雇用機会の保証,④輸出促進と国産品による輸入代替,⑤民間部門の活用による経済基盤の多様化,⑥国内全域にわたるバランスのとれた発展の6つが挙げられている。また,一般目標としては,①イスラムの原理・価値の保全と信仰・国家の擁護,②人的資源の開発,7③石油依存の低下,④民間部門の効果的参加の促進,⑤全地方における均衡した開発達成とGCC諸国との経済・社会的統合の5つが挙げられている。