平成2年
年次世界経済報告 各国編
経済企画庁
I 1989~90年の主要国経済
第9章 オセアニア
オーストラリア経済は83年央に景気回復に転じて以来景気拡大を続け,89年も住宅及び設備等の民間投資を中心に内需が力強い伸びを続け,89年前半にかけて一時過熱気味に推移した。このような内需の拡大に伴う輸入の増加から,外需は88,89年にマイナスの寄与度となり,経常収支も悪化した。こうした状況を踏まえ,金融当局が88年央以降金融引締めを行ったことから,89年以降経済成長が鈍化し,90年4~6月期には景気後退局面に入ったとみられる。
消費者物価は89年までは依然高い水準で推移していたが,90年に入ると多少落ち着きがみられる。また,雇用情勢は89年後半以降悪化しており,失業率も上昇している。こうした中,金融当局は景気の減速を懸念して90年1月以降金融緩和政策に転じ,合計6回の金融緩和措置を行っている。
89年の実質成長率は,88年4月以降の金融当局に上る金融引締め政策にもかかわらず,前年比4.6%増と民間住宅投資,民間設備投資を中心に内需主導型の高い成長を示した。しかし,それまで過熱気味に推移していた民間投資は,金融引締め政策の効果により89年7~9月期前期比2.4%減,10~12月期同4.7%減とマイナスの伸びに転じ,成長率も7~9月期同0.7%増,10~12月期同0.5%減と景気にかげりが出始めた。90年に入ると1~3月期は個人消費の伸びを主因にGDP成長率は前期比1.9%増と堅調な伸びを示したものの,その後は4~6月期同0.4%減,7~9月期同1.6%減と2四半期連続してマイナス成長となるなど景気は後退局面に入っている。一方,外需をみると,89年には内需の伸びとともに輸入が急増し,外需の寄与度はマイナスとなったが,90年第1四半期は輸出が増加したこと,また,第2四半期は内需の鈍化を反映して輸入が減少したことから,外需の寄与度はプラスとなった。しかし,第3四半期には,輸入が大幅に増加したことにより再びマイナスとなった(第9-1-1表)。
実質個人消費をみると,88年後半以降,実質可処分所得が強含みで推移したため消費も大きな伸びを示していたが,89年後半になると金融引締めの効果が出始めたため実質可処分所得が伸び悩み,消費の伸びに鈍化傾向がみられる。一方,家計貯蓄率は実質可処分所得の推移におおむね連動して推移しており,88年央以降上昇傾向にあったが,90年に入ると低下している(90年第3四半期,6.7%)。新車登録台数は,88年4月の輸入車に対する関税引き下げにより急増し,90年4~6月期には85年の水準に達したが,その後弱含んで推移している。また,名目小売売上高は89年半ばには高い伸びを示したが,最近は低下傾向にある(第9-1-1図)。
実質民間設備投資は,88年半ば以降の金融引締めのなかで,法人税率の引下げ(88年7月実施)もあり,89年前半までは力強い伸びで推移し景気を牽引してきたが,89年後半には金融引締め政策の効果が出始めたことから急速に冷え込み,マイナスの伸び率で推移している。
実質民間住宅投資は,87年以降の不動産ブームの中で急拡大し,88年には前年比23.0%増となったが,住宅ローン金利の上昇から89年後半以降大きく落ち込み,89年10~12月期以降4四半期連続して前期比マイナスの低い伸びとなっている。民間住宅建築許可件数は89年1~3月の1.48万件(月平均)をピークに減少傾向にある。
経常海外余剰は88,89年ともマイナスの寄与度となった。これは金融引締めの継続にもかかわらず,民間設備投資の続伸及び根強い個人消費等を背景に機械,輸送機器等の輸入が増加した反面,輸出が低調な伸びにとどまったことによる。90年の第1四半期は輸出が輸入の伸びを大きく上回って増加したことがら,また,第2四半期には,輸出は伸び悩んでいるが,内需の鈍化傾向を反映して輸入が減少したことから,貿易収支の赤字額は縮小している。
生産の推移を,農業部門,非農業部門にわけてみると,農業部門では振幅を伴いながらも比較的高い伸びで推移しているのに対し,非農業部門では89年後半から次第に弱含んでいることがわかる。農業部門では90年7~9月期に大幅な減少となったが,これは4~6月期に羊毛生産が大幅に増加した反動により,生産が減少したためである(第9-1-2図)。
88/89年度(88年7月~89年6月)の生産の動きを産業別にみると,鉱業,農林水産業,金融・不動産の業種で比較的高い伸びを示しており,建設業,運輸・通信業製造業で低い伸びを示すなど,業種によりばらつきがみられる。鉱業については,オイル・ショック以降の石油から他の代替的エネルギーへの需要のシフトを反映して,産品の多様化を図っている。88/89年度は金の生産量が前年度比44.4%増と急増したのを姑め,銅,天然ガスの伸びが高く,高い伸びとなった。天然ガスについては,89年に日本の商社等が出資したプロジェクトが完成し,日本に向けて輸出された。天然ガスの輸出は初めてであり,今後他のアジア諸国への輸出も期待されている。また,建設業については,87年10月株価暴落後,金融緩和政策がとられ,住宅部門における慢性的な供給不足も加わり,89年前半にかけて住宅投資を中心とした建設ブームが起こった。また,主要都市ではオフィスビル需要が拡大する一方,金融自由化の流れのなかで不動産投資信託が急拡大したことにより,商業用不動産建設も同様に増大した。こうした動きを反映して建設業の生産は88/89年度には前年度比8.8%増の高い伸びを示した。しかし,88年にとられた金融引締め政策への転換により,89年後半には住宅需要が冷え込むとともに,不動産価格が下落し,多くの不動産業者が倒産する結果となった。89/90年度の生産は同0.2%増と大幅に低下している。こうした中,90年7月には住宅ローンを中心に貸付を行っていたビクトリア州最大の非銀行系金融機関である住宅金融共済組合が倒産した(第9-1-2表)。
雇用情勢をみると,雇用者数は88/89年度には内需の強さを背景に前年度比4.1%増とサービス産業を中心に堅調な伸びを示し,89年末には失業率は5.9%に低下した。しかし,90年に入ると,景気の鈍化を反映して失業者数は増加し(90年7~9月期前期比13.4%増),失業率は11月には8.2%になるなど(89年11月,5.9%),雇用情勢は顕著に悪化している(第9-1-3図)。
89年の消費者物価指数は,消費者物価指数に含まれている住宅ローン金利の上昇及び果物,野菜価格の上昇により前年比7.6%増と高い上昇率となった。
90年には,4月に発生した洪水の影響による生鮮食品価格の上昇及び8月初のイラクのクウェイト侵攻による石油製品価格の上昇により依然高い上昇率となっているものの,90年1~3月期前年同期比8.6%増,4~6月期同7.7%増の後,7~9月同6.0%増と,景気の悪化を反映して上昇率は低下している。なお,8月には石油価格の調査を行うため21日間の石油価格凍結措置を行った(8月9日実施)。
賃金は,89/90年度は名目上昇率を6.5%程度に抑え,一方で個人所得税減税を実施することによって賃金抑制策に対する不満に対応するという政策がとられた。具体的には熟練労働者には週給15豪ドルか3%増のいずれか高い賃金の引上げを認め,その他の労働者については熟練度の度合いにより格差をつけて定額の引上げを行うこと,また6か月以内に労働生産性の上昇に応じて2回目の引上げを行うというものであった。その結果,89/90年度の週給賃金上昇率の前年比は6.4%となった。90年1~3月期は前年同期比6.5%増となっており,89年7~9月期同7.5%増をピークにその後の雇用情勢の悪化を反映して弱含みで推移している。また,実質賃金上昇率は88年から89年にかけて低下率が小幅になっていたが,上述のような賃金抑制策により,89年後半から賃金上昇率が鈍化していること及び消費者物価上昇率が依然高い水準で推移していることから,89年後半以降マイナス幅が拡大している。
また,政府は,12月3日,インフレの抑制等の観点から賃上げの上限を6.25%に抑えることを条件に来年1月から所得税の減税を実施することで労働組合と合意に達した。減税の規模は,すでに予算に織り込まれた減税と合わせると,平均で一人当たり週10.8豪ドルの規模になる。
89/90年度の貿易収支は,機械,輸送機器等の製品輸入が前年度に引き続き増加した一方,87~88年にかけて上昇していた羊毛の国際価格が89年以降急速に下落したことにより輸出が伸び悩んだことから,前年度の39.7億豪ドルの赤字に引き続き,33.2億豪ドルの赤字となった。しかし,90年に入ると内需の鈍化傾向を反映して輸入が弱含みで推移していることから,貿易収支の赤字は縮小傾向にある。貿易外収支は,巨額の対外債務に対する利払い費が増加し投資収益収支の赤字が拡大したこと,及び国内線パイロットのストの影響で観光収入が減少したこと等により,赤字額は拡大した(88/89年度140億豪ドル,89/90年度178億豪ドル)。このため,経常収支は88/89年度の179億豪ドルの赤字から89/90年度の212億豪ドルの赤字に拡大した(第9-1-3表,4図)。
次に,89/90年度の相手国別の輸出入動向をみると,輸出総額の約4分の1は日本向けであり,日本のシェアは徐々に低落しているものの第1位の輸出相手国である。その他,韓国及びアセアン向けの輸出が近年伸びており,それぞれのシェアも高まっている。輸入ではアメリカが第一の輸入相手国であり,全体の4分の1を占めている。次いで,日本,西ドイツ,イギリスの順となっている。
対外債務残高は経常収支赤字の継続を背景に増加傾向にあり,90年7~9月期の対外純債務は1245億1000万豪ドルと前期の1227億7000万豪ドル,前年同期の1160億1000万豪ドルをいずれも上回った。
金融面をみると,88年7月以降,内需の伸びに伴う経常収支の悪化,インフレ率の上昇等から金融政策をそれまでの緩和政策から引締め政策に変更し,再割引金利(公定歩合に相当)は引き上げられていた。しかし,89年後半以降,景気が減速に向かったため,金融当局はインフレの動向を注視しつつ,90年1月に再割引金利を18.0%から17:3%に引下げたのを始めとして,合計6回の金融緩和を行った(12月現在,12.6%)。豪ドルの動きをみると,90年に入り金利差が縮小したものの,今後ある程度の金利差が維持ざれると市場が判断したため,豪ドルは概して強含みで推移した(第9-1-5図)。
財政面をみると,89/90年度の財政黒字は80億3000万豪ドルにとどまり,当初目標額81億2200万豪ドルを下回る結果となった。これは主に昨年8月下旬から実施された国内線パイロット組合の全面ストで打撃を受けた航空会社や観光産業に財政支援を行ったことによる。8月218,連邦政府は90/91年度予算を発表した。今年度の黒字は81億700万豪ドルとしており,4年連続の黒字を見込んでいる。経済成長が減速する中,歳入,歳出ともにGDP比で減少し,また,公的部門全体で貯蓄投資はバランスするとしている。
また,政府は国内産業の国際競争力強化を目指してミクロ経済改革を実施するとしており,90年9月24日,労働党特別会議で,国内,国際航空会社,及び電話会社の民営化を決定したほか,労働市場については職能別組合から企業別組合への転換を行うなど労働組合制度を中心とした改革を行うとしている。
90/91年度予算の前提条件となった経済見通しでは,実質GDP成長率は2.0%と前年度実績の3.3%に比べ低くなっており,経済は減速するとみている。
民間住宅投資,民間設備投資がマイナス成長率となる一方,内需の低迷を反映して輸入がマイナスの伸びとなるとしており,外需(民間航空機を除く)の寄与度を2.0%と予測している。また,経済の減速に伴い,物価も落ち着きCPIは年度平均で6.5%となるとしている。