平成2年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


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I 1989~90年の主要国経済

第7章 東ヨーロッパ:90年下半期以降緊縮政策を緩和

1. ポーランド:90年下半期以降緊縮政策を緩和

(1)概  観

89年2月の円卓会議(党・政府,「連帯」各代表者総勢58名)の結果,自由選挙による上院の設置,上下両院が選出する大統領の設置,6月の自由選挙の実施等の政治改革案が合意された。本合意に沿って,6月4山こ行われた戦後初の自由選挙では「連帯」が圧勝し,9月12日マゾビエツキを首相とする大連立内閣が発足,大統領にはヤルゼルスキーが選ばれた。12月には国名が「ポーランド共和国」へと変更された。90年秋にはヤルゼルスキー大統領は辞意を表明し,11月25日の大統領選挙には,ワレサ,マゾビエツキがともに立候補し,「連帯」は分裂した。選挙はワレサが勝利を収めたが,彼の選挙中の言動は政治・経済改革の遅れ,不徹底を指摘することにとどまっており,具体的な政策は曖昧なままであった。このため,マゾビエツキ内閣が総辞職した後ビエレツキ新内閣が発足した現在も,これまでの改革路線がどの程度引き継がれるのかはなお不明瞭となっている。また,ワレサの勝利はこれまでの改革に対する国民の不満の大きさを表すものともいえる。苦しみながらも経済安定化と市場経済化への道を着実に歩みつつあったポーランド経済が,大衆受けを狙った政策に転換する可能性もあり,その場合には市場志向経済改革が不徹底なものになってしまう恐れがある。

89年のポーランド経済は,前年比244%という高率のインフレに悩まされた。

このため,マゾビエツキ内閣は,90年1月に「市場経済化政策」(バルセロビッチ・プラン)を導入した。その内容は,急進的な市場経済化改革と,インフレ抑制のための緊縮政策(緊縮的財政金融政策,所得抑制策,通貨ズロチの大幅切り下げとドルへのリンク)であり,90年上半期のポーランド経済は,この政策,特に緊縮政策によって大きな影響を受けた。金融引き締めと補助金削減による生産部門の引き締めに加え,厳しい賃金抑制によって消費需要も大きく減退したことから,工業生産は消費財を中心に大幅に減少し,大量の失業を呼び起こした。また,コメコン向け輸出が大幅に減少したことも,輸出向け機械等の生産を減少させた。

しかし,こうした国内需要減少は,高率のインフレを急速に鎮静化させ,同時期に実施された価格の完全自由化は物不足解消をもたらした。また通貨ズロチの大幅な切り下げとドルへのリンクは,対西側輸出増大,輸入抑制に資するとともに通貨の安定にも寄与した。

下半期に入ると,政府が緊縮政策を緩和したことも手伝い,工業生産の対前年比減少幅も縮小し始めた。対外面では関税引き下げによる交換可能通貨建て輸入の増加が現れ始めたが,同輸出も増勢を保っており,同ベースの貿易収支はなお黒字を続けている。

イラクのクウェート侵攻に端を発した中東危機は,ポーランド経済にも大きな影響を与えた。中央統計局は,中東危機による90年の被害額は約25億ドルに達するものと予測している。

(2)生産・雇用

工業総生産をみると(第7-1図),89年は前年比2%減(社会化セクター3.4%減,私有セクター約26%増)と小幅な減少にとどまったが,90年に入ると,1月から施行されたバルセロビッチ・プランによる国内需要引締めと,コメコン諸国,特にソ連への輸出減少から,生産は前年比で大幅な減少となった。1~3月期前年同期比30%減の後,4月前年同月比30.8%減,5月同28.6%減(前月比0.3%減)と減少を続けた。5月について業種別にみると,軽工業,食品業が特に大きく減少した。これに対し,金属,燃料・エネルギー,電子・機械等は比較的落ち込みが小さい。

上半期は結局前年同期比29.7%の減少となったが,下半期に入ると7月前年同月比23。8%減,8月同18.7%減と前年比減少幅は縮小し始めた。業種別にみると,食品業(前年同月比7.2%減)の復調が大きく寄与している。また,9月は前年同月比21.7%減となった。9月の生産を業種別にみると,繊維(同40.2%減),石炭(同31.4%減)が大きく減少した。90年の生産動向を四半期前期比でみてみると,1-3月期前期比7.4%減,4~6月期同1.1%減の後,7~9月期は同2.9%増加しており,下半期の回復は一層明瞭になる。

一方で,生産統計に含まれていない民間部門は拡大を続けており,全部門売上に占める民間部門の割合は,昨年第3四半期の7,5%から今年第3四半期には10.5%に上昇した。

また農業では,89年の農業総生産は2%増(うち穀物生産10%増)であった。90年に入り,政府の家畜買上量が前年比で横ばいないし減少する一方で,国営流通網外で売買される家畜の量は前年より大きく増加している。また90年は穀物,野菜が豊作となり,穀物生産が前年比1.6%増,じゃがいもが同1.5%増となり,ビートも平年の7%増の収穫を上げることができた。

非農業部門の失業者数は,1月末に5.6万人を記録した後,2月末15.2万人,3月末26.7万人,4月末35.1万人,5月末44.5万人,6月末57万人と急速な増加を続けており,6月末の非農業部門の失業率は4.2%となった。90年後半に入っても失業者数は増加を続け,7月末69.9万人,8月末83万人,9月末に93万人,10月末には100万人を突破した。これは全労働人口の5.5%に当たる。

(3)賃金・物価

消費者物価は,89年8月の食料品価格自由化を機に急速に上昇し,89年は前年比244.1%の上昇となった。その後,バルセロビッチ・プランの実施により伸び率は急速に低下している。前月比上昇率をみると(第7-1図),90年1月78.6%,2月23.9%,3月4.7%,4月8.1%,5月5%,6月3.4%と伸び率低下が続いており,インフレは鎮静化した。下半期に入ると,7月前月比3.6%,8月同1.8%の後,9月同4.6%,10月同5.7%と,9月から伸び率がやや高まっている。これは緊縮政策緩和や石油価格高騰の影響が現れ始めことによるとみられる。

これに対し賃金の動向を,国営主要5業種(鉱工業,建設,運輸,通信,商業)平均賃金(手当てを含む)にみると(第7-1図),上半期は3月を除いて,消費者物価で測った実質賃金が各月とも減少しており,厳しい賃金抑制をうかがうことができる。しかし,下半期に入ると賃金抑制が緩められたことを反映して実質賃金は増加に転じ,7月以降前月比平均7.3%上昇した。こうした実質賃金の上昇は消費需要と価格上昇を喚起することとなり,9,10月の消費者物価上昇の一因となったと考えられる。

(4)対外貿易

対外貿易では,上半期,交換可能通貨建て輸出が大幅に拡大する一方で,同輸入は国内需要の冷え込みにより大きく減少した。またルーブル建て貿易は輸出入とも大幅に減少した。下半期に入り,交換可能通貨建て輸出の増勢とコメコン貿易の縮小は続いているものの,関税が広汎な品目について引き下げられ,国内需要引締めが緩和されたため,交換可能通貨建て輸入が伸び始めている。交換可能通貨建て輸出は,1~10月期前年同期比で28.9%増(87億),10月単月では同72.1%増(10億)となった。一方,輸入は1~10月期同19.1%減(50億),10月単月同32.1%増(8億)となった。交換可能通貨建て輸出入の動向を前月比増減率でみてみると(第7-2図),輸出は7,10月を除けば2月から増加を続けており,輸入は7月以降高率で増加し続けていることがみてとれる。交換可能通貨建ての貿易収支は1~10月累積で37億の黒字となり,90年全体では年後半からの輸入の増加により35憶,程度と見込まれている。

ルーブル建て貿易は,1~10月期,輸出が前年同期比11.3%減,輸入が同40.1%減,10月単月では輸出同32.6%減,輸入同37.3%減となっており,年初来の傾向が続いていることが分かる。一特に輸入の大幅な減少は,ソ連からの石油供給削減によるところが大きい。1~10月の同ベースの貿易収支は,34億振替ルーブルの黒字となっている。

(5)経済政策

90年のポーランドの財政・金融政策にとって最大の目標は,インフレ鎮静化,経済安定化であったといえる。特に財政面では,これまで赤字が常態化していた財政を均衡させ,中央銀行の無利子融資による赤字のファイナンスを止めることが,安定化政策の根幹ともいえる重大な要素であった。

1~9月の一般政府ベースの収支をみると,そうした目標はかなり達成されていることが分かる。同期間中の収入は117.2兆ズロチ,支出が108兆ズロチで,収支は9兆ズロチの黒字となっている。また,中央政府の支出に占める補助金の割合も,89年の46.4%から18.2%へと大幅に削減されている。収入面では,これまで主力となっていた売上税収が国内景気の冷え込みによって23.6%へとそのシェアを下げたのに対し,西側の法人税に近い利潤税収が42.2%を占め,新たな主力となるといった変化があった。また,過度の賃金上昇の抑制を目的として導入された「懲罰」税の税収は,僅か1.7%に止まっている。財政黒字は6月末には18兆ズロチにのぼっていたが,7月に導入されたバルセロビッチ・プランの一部修正によって,これを10兆ズロチに削減して通貨供給を増加させることとなっている。

金融面では,公定歩合の引き上げと,貸出抑制が行われた。公定歩合の推移を消費者物価上昇率と比較してみると(第7-1図),3月から6月は実質金利がプラスとなっており金利の上での引締めがきつくなっていたことがうかがわれる。ただし,7月からはマイナスになっており,金融緩和に転じているとみることもできる。

民営化では,9月20日に政府経済委員会から民営化に関する報告書が出された。それによれば,小規模企業では急速に民営化が進展しており,8月1日までに1.5万(全体の25%)の商店が民営に移行した。また,新規企業の設立も27.7万社(うち15.1万社が貿易業)と目覚ましい速さで進んでいる。不採算企業のうち,90年上半期までに破産手続きを採ったのは37社で,うち4社は破産宣告を受けた。90年末までには10~12社の大企業が民営化される予定であり,91年には400社が予定されている。11月30日には,第1弾として,拡声器メーカーのトンシルやガラス製品のクロスノ等優良企業5社の一般向け株式購入の申込が始まった。


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