平成2年

年次世界経済報告 本編

拡がる市場経済,深まる相互依存

平成2年11月27日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第4章 一体化進む世界経済の課題

第1節 貿易・直接投資による各国経済の統合と構造調整

1. 貿易の拡大とその意義

貿易は経済成長の原動力として機能してきた。また他方で,貿易は各国の経済成長に伴い拡大してきた。このように貿易拡大と経済成長は相互依存関係を強めつつ進展してきた(第4-1-1図)。80年代前半には貿易数量の伸びが鈍化したが,後半には大きく高まり,70年代の伸びを上回って,60年代の伸びに近づいている。貿易のGNP弾性値も60年代後半の2と並ぶ大きさとなっている。

80年代の貿易の顕著な特徴をみると,第1に製品貿易の拡大をあげることができる。世界貿易に占める製品のシェアは80年に56%であったが,88年に73%に高まっている。しかも,その中心は先進国間の貿易で途上国のシェアは低下している(第4-1-2図)。第2に,サービス貿易の拡大である。サービス貿易は70年の572億ドルから88年には5,900億ドルと約10倍に拡大し,財貿易の19.4%の規模を有する。サービス貿易の内容は,運輸,通信,金融,保険,エンジニアリング,コンサルタント技術料,労働所得,旅行等であり,近年目覚まし,く拡大している。その推移をみると,運輸サービスは70年の245億ドルから88年の1,800億ドルへと7倍以上に増加した。サービス貿易の拡大は,こうした財貿易の拡大に伴う付帯的サービスだけではない。旅行サービスは70年の180億ドルから88年の1,800億ドルへと拡大し,先進国で9倍,途上国では14倍(いずれも受け取りベース)に拡大している。また,その他民間サービス(運輸,旅行以外のサービス貿易)は70年の146億ドルから88年の2,300億ドルへと16倍に拡大し,特に最近では,国際的な金融,証券取引拡大等により先進国間のサービス貿易のウエイトが高まっている(第4-1-3図)。

貿易の拡大が各国経済にもたらす意義としては次の3つが考えられる。第1に各国が比較優位商品の生産に特化することで,より効率的な生産が可能となり,資源配分の効率性が高まる。第2に,貿易による市場の拡大は,生産の拡大を通じて,規模の利益による価格低下をもたらすとともに,多様な商品の生産を可能とする。このため消費者はより安価でより多様な商品の購入が可能となり,消費者の厚生が高まることになる。第3に,輸入品の流入は競争圧力を高め,物価の引下げ圧力を高める()。

このように,貿易の拡大は各国経済に多くの利益をもたらすが,その反面として,産業構造の調整が促される。競争力の強い産業は生産が増加する一方,競争力の弱い産業は生産が縮小し,失業を生む。日本,米国,西独の繊維,一次金属(鉄鋼等),機械について,75年以降の貿易と産業構造との関係をみると(付図4-1),いずれの国においても繊維は純輸入が増加するなかでGDPに占めるウエイトを低下させている。米国は一次金属,機械も純輸入が増加するなかでGDPに占めるウエイトが低下している。このように外国との競争にさらされ,生産が縮小しつつある産業において,しばしば外国製品の輸入増が政治問題化し,たとえば輸出国の自主規制のような妥協策がどられることが多くなっている(第4-1-4図)。しかし,そのような政策は必要な産業構造の調整を遅らせるだけで真の解決とはならず,むしろ,輸入国の消費者に対し,価格上昇というツケを負わせることになる。その代表的な例である81年にはじまる日本車の対米輸出自主規制は,米国の自動車メーカーの収益率を高めたが,国内販売は伸びず,米国車の市場シェアも81年の78.2.%から71.9%に低下した。このように保護主義は産業競争力の強化には決して結びつかない(第4-1-5図)。

86年秋に開始されたGATTの新多角的貿易交渉(ウルグアイ・ラウンド)は保護主義的な動きに抗し,貿易の拡大を通じて世界経済の成長を促すための重要な意義を有する。ウルグアイ・ラウンドでは関税・非関税措置,繊維,農業のような市場アクセス分野,サービス貿易,知的所有権の貿易関連側面,貿易関連投資措置等の新しい分野が交渉対象となっている。このうち農業については,先進国による補助金付輸出競争をはじめ各国の保護政策により,過剰生産が生じ,国際商品市況の低下を生み出した。さらに,輸出農産品と国内農産品との価格差を政府が負担すること等により財政負担が増大する等,先進国において様々な問題が生じているほか,途上国を含む農産物輸出国の輸出機会も奪われているという意味で大きな問題が生まれている。繊維貿易についても,MFA(繊維製品の国際貿易に関する多国間取極)に基づき,途上国の先進国向け輸出は厳しく管理されており,これをGATTに統合することは,途上国の輸出拡大にとって,大きな意義を有する。新分野ではサービス貿易が前にみたように拡大しているが,各国ともなお規制が多く,今後運輸,金融,通信等のサービス分野の効率化を促進することが重要である。この分野の交渉については先進国の関心が高い。したがって,ウルグアイ・ラウンド全体の成果が先進国,途上国双方にとってメリットがあるものとするために,先進国にとって関心が深い分野とともに,途上国にとって関心の深い他の分野で十分な成果をあげる必要がある。日本としても,自由貿易のメリットを十分に享受して急速な発展を遂げた国としてウルグアイ・)ウンドに積極的に参加し,その成功に向けて建設的な役割を果たしていく必要がある。

2. 直接投資の拡大とその意義

企業の国境を超えたグローバルな活動はこれまで先進国相互の水平貿易の進展や途上国の工業化の進歩に大きく貢献してきた。この企業のグローバル化の進展を最も端的に示しているのが直接投資の動きである。80年代の直接投資の急速な拡大は,企業のグローバル化の加速を通じて,各国経済ひいては世界経済に様々な影響を及ぼしていくこととなろう。

(1)直接投資拡大の長期的な動向

(直接投資フローの推移)

世界の直接投資の推移をフロー面からとらえると(第4-1-6図),世界の対外直接投資は,70年の121.7億SDRから88年には1,094.3億SDRへ18年間で約9倍,年率にして13.0%増加している。対外直接投資の場合,そのほとんどは先進国からのものであるが,第2次石油危機を背景とした世界経済の不況から80年代初頭に伸びが低下した後,世界経済が回復を始めた83年以降増加に転じて88年にかけて年率で31.0%の大幅な増加を遂げた。その間,最大の投資国であるアメリカの伸びが先進国全体の伸びに比べて緩やかなものとなっており,代わってヨーロッパや日本等他の先進由の伸びが著しいものとなっている。他方,途上国の対外直接投資は70年代から80年代を通じてほぼ横ばいで推移している。

直接投資受入れについては(第4-1-7図),77年以降増加し始め,82年~85年にかけて伸び悩んだものの,86年以降急増している。特に83年以降をみると,先進国で急増する一方,途上国では逆に減少している。したがって,同時期に先進国の対外直接投資が急増していることと照らし合わせると,増加する先進国の直接投資は主に先進国に振り向けられており,80年代に入って先進国相互の直接投資が活発化したことを意味している。もっとも,先進国の対途上国向け直接投資は,全体では依然停滞しているものの,86年以降アジア地域向けの直接投資が急増している。また,86年以降先進国全体の伸びがアメリカの伸びを上回っているが,これは,92年のEC統合への対応,経済の順調な拡大等からヨーロッパの直接投資受入れが活発化していることを示している。

(直接投資ストツクの動向)

次に,ストツクとしての直接投資の動向をみてみる。世界全体の直接投資残高の統計がないため,国際収支ベースでみた70年以降の対外直接投資累計額で代用すると(第4-1-8図),大きな特徴として世界に占めるアメリカの比率が著しく低下する一方,日本やイギリスの比率が高まっている。アメリカのシェアは75年の52.0%から80年45.8%,88年28.2%と低下している。この間に日本は6.1%から5.8%,12.0%へ拡大し,イギリスは16.1%から18.0%,19.4%へと拡大している。途上国のシェアは70年以降常に1~2%程度に過ぎない。

一方,70年以降の世界の直接投資受入れ累計額の推移をみると(第4-1-9図),アメリカが直接投資受入れ国としてそのシェアを高めている。世界全体の受入れ累計額に占める米国のシェアは,75年14.3%,80年23.0%,88年35.0%と,,この間,2.4倍に拡大している。これに対し,他の先進国は次第にそのシェアを低めてきている。途上国のシェアは70年代初めの20%から緩やかに拡大し,84年にはピークに達したが,その後縮小に転じ,88年には23.0%となっている。途上国における地域別には,中南米のシェアが,70年12.9%から80年に13.6%に拡大したが,その後88年には9.1%と縮小したのに対し,アジアは75年の5.3%から,88年には6.7%とシェアを拡大させており,近年のアジアNIEs,ASEANなどアジア諸国に対する外国からの直接投資の活発さを反映している。

(サービス産業への投資の増加)

直接投資の対象となる産業部門別の動向をみると,先進国では,従来,石油・非鉄金属など天然資源開発のための直接投資が多かったのに比べて,近年では製造業や商業,金融,保険といったサービス産業での直接投資が急速に増えている。特に,このところサービス産業への投資増加が顕著となっており,国連多国籍企業センターの推定によれば,85年末の対外直接投資残高の約40%がサービス産業への投資となっている。先進国の直接投資フローに占めるサービス産業のシェアをみると(第4-1-1表),イギリスを除き,各国で75~80年から81~85年にかけて対外,受入れともシェアを高めているが,特に対外で日本,西ドイツ,アメリカ,受入れでカナダ,イギリスの伸びが著しい。アメリカの場合,50年代から大規模なサービス産業ぺの投資を行っているが,その構成はかつての運輸,通信から最近は金融,保険部門が中心となっている。金融・保険部門の対外直接投資の急増は日本,西ドイツでも同様であり,金融自由化を背景に,貿易・投資,資金運用などの面で企業の海外事業活動を支えるものとして拡大してきたことを示している。

途上国については,従来から資源開発や一次産品分野での直接投資受入れが中心となってきたため,サービス産業では,観光,オフショア金融センターや便宜置籍船といった分野での投資受入れが中心で,世界のサービス産業投資に占める割合は小さい。

(直接投資拡大の要因)

直接投資フロー及びストツクの動向から,80年代に入って世界の直接投資は急速に拡大し,とりわけ80年代後半にアメリカ向けを中心に先進国相互の直接投資が大幅に拡大したことがわかった。それでは,このような急速な拡大をもたらした要因は何であろうか。

第一に,基本的には,70年代以降,主要国で資本移動に関する規制が緩和されてきたことが挙げられる。日本で73年に例外5業種を除き,対内直接投資の自由化が行われ,さらに80年の外為法および外資法の廃止により,許認可制から届け出制に移行し,原則自由に行えることとなった。また,アメリカでは74年に対外直接投資規制が廃止され,フランスでも76年に対外直接投資規制が一部緩和された後,86年には在仏企業の対外投資が全面的に自由化された。さらに90年7月,ECの資本移動がほぼ自由化された。このような一連の投資規制の緩和の動きは,それ自身直接投資の増加に貢献しただけではなく,以下の要因による直接投資の増加を加速させる役割を果たしたものと考えられる。

第二に,70年代後半以降,先進国間の貿易で輸出自主規制や輸入制限などの貿易制限的措置がとられるようになったことや近年の保護主義の高まりが挙げられる。企業は,規制や貿易摩擦を回避しつつ,現地での販売の確保を目的として,現地生産の拡大や販売拠点の整備といった対応を行っており,この過程で,当初は資本財輸出が伸びるものの,徐々に輸出は現地生産に代替される。

例としては,70年代末以降の日本企業によるアメリカでのカラーテレビの現地生産があげられる。

第三に,企業のグローバル化が進んでいることも重要な要因と考えられる。

70年代の激しい市場競争を通じて国別,産業別に優劣が明確化し,世界的な産業秩序の再編成が進んだ。その過程で,企業は世界戦略の再構築を行い,研究・開発,生産,販売,資金調達での最適配置を行うグローバル化を進めている。こうした企業のグローバル化は,従来のよう,な生産・販売拠点のみならず,研究開発拠点,金融子会社等海外投資の目的を広げ,その形態もM&A(合併,買収),企業提携,資本参加による方法等多岐にわたっている。

このほか,80年代,後半のアメリカ向けの直接投資の急増については,85年以降ドル安が継続する中,外国資本によるアメリカの経常収支赤字ファイナンスの投資対象が証券投資から直接投資にシフトしてきていることいった要因もあるものと考えられる(アメリカの対内直接投資が急増した要因については,次項のアメリカの直接投資の箇所で詳しく述べる)。

(2)直接投資の意義

(直接投資がもたらす経済的な影響)

経済理論によれば,自由な国際資本移動は資本等の生産資源の効率的な配分によって世界全体の生産能力を高め,各国の経済的厚生を高めるものとされている。

こうした全体的な効果がもたらされる過程で,雇用,付加価値,貿易等の面で具体的な変化が起きることとなる。そしてそれらの経済的な影響は,貿易と同様に直接投資が2国間の行為であるため,ホスト・カントリー(直接投資を受入れる国)左ホーム・カントリー(対外直接投資を行う国)で異なった形であらわれる。まず,ホスト・カントリーへの影響としては,次のような影響が考えられる。一つめは雇用創出効果である。現地での製造施設や販売施設の新規設立によって,労働者が雇われる。これは,現地での雇用の増大をもたらすこととなる。二つめは技術および経営ノウハウの移転の効果である。さらに,海外直接投資によって,より高い技術を収得した労働者がホストカントリー内で養成され,その技術がより広範に伝播する可能性が生じる。こうした技術のスピルオーバー効果は生産性の向上を通じてホストカントリーの生み出す付加価値を高めることとなる。また,逆に投資国にとっては海外直接投資を行うことによって海外の優秀な技術及び市場等の情報に接することができる。三つめは,貿易面に及ぼす影響である。海外からの直接投資によって,ホスト・カントリーでは,①輸入が現地生産に代替される,②現地生産された製品が輸出される,③現地生産のために資本財や部品が輸入される,といった影響が考えられる。このうち,①と②は貿易黒字の拡大(赤字の縮小)をもたらす。③の場合は短期的には輸入が増加し,①②と逆の効果となるが,生産の立ち上がり時期の資本財需要の一巡や現地部品調達の増加から徐々に影響度が低くなっていくと思われる。

次に,ホーム・カントリーではその産業構造に与える影響が考えられる。ある産業が生産力代替あるいはアウトソーシングの目的で生産力を海外に移転すれば,国内における当該産業の雇用の減少,資本の遊休化は避けられない。このような現象の広がりから,国内産業の空洞化をもたらすといった見方がある。しかしながら,比較劣位産業の場合,その衰退は海外直接投資に限らず貿易面でも輸入の増大を通じて表れてくることであり,その意味では世界経済の一体化の進展過程では必然的なものとも考えられる。むしろ,貿易と同様に各国の構造調整を促進させる要因として捉えるほうが適切であろう。また,比較優位産業においても,多くは企業がグローバルな事業展開を強化していく過程で,生産の効率化や海外市場へのアクセス,世界的なネットワークづくり等を目的として海外進出するものと考えられ,必ずしも国内の生産規模の全面的な縮小に結びつくわけではない。ただし,海外直接投資が産業構造に与える影響としては,急激な生産能力の海外移転,そしてそれに伴う産業構造の変革は地域経済レベルでは大きな調整コストを強いること等に留意する必要がある。また,海外直接投資がホーム・カントリーの貿易面に与える影響については,ホスト・カントリーの貿易面での影響と対照をなしており,長期的には貿易黒字の縮小に寄与していくものと考えられる。

(先進国の海外直接投資の比較)

先進国相互の直接投資の拡大は,世界経済の一体化を一層進展させるものであり,市場での競争を通じて,各国経済の構造調整,効率化に資するものと考えられる。このような動きは企業のグローバル化や多国籍企業の無国籍化を通じて,ますます活発化していくものと予想される。

しかしながら,経済環境や市場の成長性の差,制度面での規制等の経済的要因に加えて,国家間の歴史的結びつきといった非経済的側面から,現在のところ直接投資の進展度は国によって異なっている。主要国について,直接投資残高の対GNP比率をみると(第4-1-10図),まず対外直接投資では,オランダが30.9%,イギリスが22.8%とこの2か国が極めて高く,次いでカナダ(11.3%),西ドイツ(8.4%),アメリカ(7.1%),フランス(5.9%)の順となっており,日本は3.9%とまだ欧米主要国の水準には達してはいない。しかしながら,86年以降の対外フローの急増ぶりはGNP比に表れており,88年に1.2%と,イギリスの3.3%には遠く及はないものの,アメリカ(0.6%),西ドイツ(0.9%)を上回るまでになっている。直接投資受入れのGNP比をみると,オランダ(18.4%),カナダ(18.2%),イギリス(14.2%)と対外投資のGNP比率の高い国が並んでいる。このことは,直接投資の進んだ先進国では,その拡大が対外,受入れ双方向に表れていることを示している。対外投資国としての日本は欧米主要国の水準に接近しつつあるといえるが,投資受入国としての日本をみると,0.4%と国際的にみて極めて低い水準となっている。この背景としては,円高の定着によるコスト高,土地価格の高騰等から日本への投資の期待収益率が魅力的な水準に達していないとみられることに加えて,株価の水準が欧米よりも高くM&A(企業の合併,買収)が活発化していないことが考えられる。しかし,情報面での外資系企業ゆえのハンディ,株式の相互持ち合いといった日本市場の閉鎖的な側面を指摘する声もあることから,今後日本がバランスのとれたグローバル化を進めるためにも,外国からの直接投資を受入れやすい環境づくりを通じて,対日投資を促進することが望まれる。

3. 貿易・直接投資の推進による各国経済の構造調整

次に,貿易と直接投資が各国経済の相互依存を強め,それぞれの経済調整にどのように寄与しているかを具体的にみるため,(1)アジアNIEs,アセアン,(2)アメリカ,(3)ヨーロッパの3つの国・地域をとりあげ,より詳しくみることにする。

(1) アジアNIEs,アセアン

貿易と直接投資の拡大は,輸出志向の工業化を進めるアジアNIEs,アセアンの経済発展に大きな役割を果たしてきた。ここでは,目覚ましい発展を遂げてきたアジアNIEsとアセアンの貿易と直接投資の動向を振り返る中から,各国・各地域の工業化努力を概観し,あわせて,各国・各地域の経済の現状をみることで,それらに求められている構造調整の方向牲を明らかにする。

(高度成長をもたらしたアジアNIEsの輸出志向の工業化)

アジアNIEsは,経済自立化に向けて早くから工業化にのり出した。当初は,輸入代替を目的に重工業を中心として,国内産業を保護する方向で工業化を進めた。しかし,これら諸国はおしなべて資源に恵まれず,また,国内市場の狭隘さや資本・技術の不足に悩む状況であったため,こうした内向きの工業化は困難をきたした。こうしたことから,国によって違いはあるものの,おおむね60年代には労働集約型の製造業を中心として,輸出志向の工業化に方向を転換していった。輸出企業に対する金融支援や税制上の優遇措置等,輸出振興策が採られた結果,貿易は飛躍的に拡大した。

アジアNIEsの貿易依存度の変化を輸出の対GNP比によって70年と89年で比較してみれば,韓国では9.3%から28.4%へ,台湾では26.3%から44.1%へと著しく上昇している。また,中継貿易地,あるいは自由貿易港としてもともと,対外依存度の高かった都市経済型の香港,シンガポールでは,それぞれ,81.6%から116.1%へ,75.6%から149.7%へと極めて高い依存度を示すに到っている。第4-1-11図によってアジアNIEsの工業品貿易をみると,80年代をとってみても工業品貿易は輸出入ともに大幅に拡大していることが分かる。また,アジアNIEsの輸出商品構成をみると,石油精製工業の立地から石油製品の輸出比率が高いシンガポールを除き,輸出の9割以上が工業品によって占められるようになっている。しかも,その内訳をみると機械・輸送機器のシェアの高まりが顕著であり,こうした面からも工業化の進展が見て取れる。

アジアNIEsの輸出入地域構成をみれぱ(付図4-2参照),アジアNIEsは輸出指向の工業化を進める中で,対米輸出を地やす一方,工業化のための資本財,輸出品製造のための中間財を日本からの供給に負うといったパターンが定着し,そうした構図が輸出入構造に反映される形になっている。このため,対米貿易では黒字,対日貿易では赤字を計上するといった不均衡が生じた。しかし,対米貿易摩擦の深まりは,アジアNIEsの対米輸出拡大を次第に難しくしており,その分,内需中心の経済成長を続ける日本への輸出拡大,あるいは,最近同様の成長パターンを取っているアジアNIEs域内,あるいはアセアン等,アジア太平洋地域での取引拡大が目立つようになっている。,こうしたことがなければ,後に述べる外需不振はさらに深刻化していたかもしれない。

産業構造の変化についてみれば,輸出志向の工業化は産業構造の高度化を促している。第4-1-12図はアジアNIEs経済の中心が第1次産業から第2次産業へ,第2次産業から第3次産業へとシフトしていることを示している。都市経済型の香港,シンガポールでは,製造業の発展はピークに達し,土地や労働力の問題から製造業が周辺のアセアンや中国大陸に進出して,製造業の衰退現象も指摘されるようになっている。こうした所では,国際金融センター,あるいは,周辺地域に散らばる子会社を統括する地域本部の設置に象徴される,サービス産業の興隆が目覚ましい。また,韓国,台湾においても,工業化による所得水準の向上が消費市場を急速に拡大させ,それに伴って,第3次産業の発展も目覚ましい。

(急拡大後,一段落したアジアNIEsへの直接投資)

アジアNIEsは,基本的に高金利政策を採ってきた台湾を除き80年代半ば頃まで貯蓄不足の状況にあった(平成元年度版年次世界経済報告,付図3-8参照)。したがって,アジアNIEsの対外直接投資受け入れは,当初は工業化の資金の不足を補うことに主眼があったとみられる。しかし,輸出志向の工業化の方向が次第に鮮明化する中で,国際競争力を高めつつ輸出を伸ばしていくためには,技術や各種ノウハウの導入が不可欠となり,直接投資の受け入れもそうした面での重要性が高まった。50年代に早くも台湾で,また,60年代初には韓国で外資法が制定され,その後,逐次法改正が行われるとともに,外資に対する規制緩和や各種優遇措置の実施で授資環境が整備された。これに伴い,これら地域に対する直接投資も次第に増加した。特に,80年代央以降,企業活動のグローバル化や為替調整にともなう国際的な産業構造調整の進展が直接投資の流れに大きなインパクトを与え,世界経済の中でも潜在力に富むアジアNIEsへの直接投資が飛躍的に高まった。アジアNIEsへの直接投資を累計額でみれば,韓国は62~89年で70.8億ドル(認可ベース),台湾は52~89年で92.2億ドル(同,華僑投資を除く),シンガポールでは残高ベースでみると86年末に6.4億ドル(製造業のみ)となっている。特に,86,87年には,日本やアメリカからの直接投資が目立って増加した。しかし,88年頃を境にアジアNIEsへの直接投資は,これら地域で賃金コストが大幅に上昇し,また現地通貨もそれまでとは逆に増価しているため,一段落の様相をみせている(第4-1-13図)。ただ,台湾では,外国人投資条例の改正(89年5月,ポジティブ・リストからネガティブ・リストへの移行等)や化学品,ホテルへの大型案件があったこともあって,89年には88年の不振を盛り返した。90年上半期の直接投資額は,前年同期比で韓国が4.8%増,台湾が7.5%増と僅かな増加に止まっている。いずれにしても,アジアNIEs経済における外国企業の役割は,市場開放の進展もあって高まっているとみられる。例えば,外国資本の現地化政策が採られなかったシンガポールでは,地場輸出に占める外国企業の割合は84%(89年)と極めて高く,また,香港においても29%(85年)を占めるに到っている。

(内需中心の経済成長をみせるアジアNIEs)

80年代後半には,世界経済が長期拡大を続け,世界的に需要が高まる中で,原油安,自国通貨安,低金利といった経済条件に恵まれたアジアNIEsは,相対的低賃金もあって国際競争力を高めた。この結果,アジアNIEsはアメリカ市場を中心に輸出を急速に拡大させ,経常黒字を累積させるまでに到った。輸出の好調は輸出関連部門を先導に設備投資を大幅に拡大させ,これが成長率を押し上げるとともに,成長率が高まれば国民の所得水準も自ずと向上して,これが民間消費を拡大させるといった経済の好循環を形成して,成長率は著しく高まり,遂には二桁の高度成長を続けるまでになった。

しかし,大幅な対米貿易黒字の累積は「双子の赤字」を抱えるアメリカにとって次第に耐え難いものとなり,貿易不均衡問題となって貿易摩擦を激化させた。85年のプラザ合意以降大幅に減価していたアジアNIEs通貨は,切り上げ調整を強いられると同時に,アメリカはアジアNIEs商品に対するGSP(特恵関税)の適用を89年初より停止した。また,欧米諸国はアジアNIEsからの大幅な輸出拡大に対して輸入数量規制の強化やダンピング提訴等,保護貿易主義的な動きを強めた結果,アジアNIEsの輸出環境は急速に悪化していった。さらに,高度経済成長の実現は,賃金の引き上げ等,国民の所得分配要求を高めた。特に,社会の民主化が進展した韓国,台湾においては労働運動が高まり,これに伴って賃金は生産性を上回る程に上昇したことから,低価格を武器とした労働集約型のアジアNIEs商品の国際競争力は目立って低下した。こうして,88~89年頃を境に,韓国,台湾を筆頭にアジアNIEsの輸出額は押しなべて伸び悩むようになっている。

輸出の伸び悩みにともなって,経済成長率は鈍化した。もっとも,所得水準の向上は,アジアNIEsにおいても耐久消費財を中心に消費需要を急速に拡大させており,外需が足を引っ張る中で,消費を中心とした内需が大幅に拡大することにより成長率の急激な鈍化は免れている。第4-1-14図にみられるように,アジアNIEsの国内最終需要は,中国の経済情勢の変化の影響を大きく受けた香港を除き,おおむね高まりをみせている。経済の継続的拡大に伴い,アジアNIEsの雇用は順調に増加し,失業率も低水準で推移するなど,労働需給は引き締まりをみせている。特に,最近では,サービス産業の急成長から同部門での雇用吸収力が高まっているため,製造業等では熟練労働力を中心に次第に雇用確保が難しくなっている。これが賃金コストの上昇とあいまって,企業の自動化投資を活発化させたり,他方で,企業の海外進出を促している。

生産性を上回る賃金の大幅な上昇はコスト面でのインフレ圧力をもたらしているが,消費や建設投資等,内需の過熱化は需要面からもインフレ圧力を増大させている。すでに,韓国,香港で消費者物価が10%近くの高騰をみせており,台湾,シンガポールでもインフレ傾向は否めない。したがって,アジアNIEsにとり,インフレ鎮静化が経済の持続的成長を図り,ひいては先進国の仲間入りを果たしていく上で最大の課題になっているといえよう。

(急拡大するアジアNIEsの対外直接投資)

アジアNIEsの対外直接投資は,台湾が50年代末から,また,韓国では60年代後半からと,比較的早くから開始されていたが,その規模は小さく,本格的に対外直接投資が展開されるようになったのは,極く最近のことである。対外直接投資残高は,例えば,韓国では89年末で14.4億ドル(全産業,対GNP比0.7%),台湾では89年末で5.9億ドル(全産業,対GNP比0.5%)と日本や欧米諸国に比べて未だ小さい (第4-1-10図参照)。しかし,最近のアジアNIEsの対外直接投資の拡大には目をみはるものがあり, 第4-1-15図 に見られるように,韓国,台湾の対外直接投資は88年,89年と急速に拡大している。アジアNIEsの対外直接投資が著しく増加している背景には,①外貨事情の好転に伴う資本規制の緩和,②賃金コストの上昇や自国通貨の上昇等により国際競争力を失ってきた労働集約型の輸出産業が生産拠点をアセアン等に移転させていること,③貿易摩擦激化に伴い,現地生産化を図る等,貿易摩擦回避22型の投資が増えていること,④アジアNIEs企業も先進国企業同様,企業のグローバル化の要請が強まっていること,等があげられる。

こうしたことは,直接投資の地域・業種構成に端的に反映されており,最近22の対外直接投資を地域でみればアメリカとアセアンに対し,業種でみれば製造業への伸びが大きい。アジアNIEsの対外直接投資が北米地域に大幅に増えているのは,③,④の要因が強く働いている。例えば,韓国の鉄鋼業(アメリカ),自動車(カナダ),電気・電子(アメリカ)等の大型案件があり,また,台湾でも電気・電子(アメリカ)の大型投資がある。さらに,台湾等では,OEM生産により自社ブランドの普及が遅れた企業が販売網やブランド・イメージを獲得すべくM&Aにより欧米諸国のブランド企業を買収する動きも措摘されるようになっている。②については,韓国の履物企業の対インドネシア投資,台湾の玩具・雑貨企業の対中国大陸投資等が好例である。中国大陸への直接投資は,中国の外資受入れの積極化と労賃が相対的に安いこともあって,顕著な伸びを示している。特に,台湾では,同一民族である利点を生かし,対中国大陸投資の積極的な展開を図っている。台湾の対中国投資は,中国側の統計によれば,1989年末で10億ドル余,件数で約千件となっている(89年だけで4億ドル余,約500件)。こうした中,台湾の中小のプラスチック製雑貨加工企業が大挙して大陸進出しているのを後追いして川上産業のプラスチック製造企業の大陸進出問題(総額約60億ドルの投資といわれる)が起きており,台湾産業の空洞化を招くとの議論を呼び起こすまでに到っている。

(高付加価値産業の育成に腐心するアジアNIEs)

世界の成長センターとして注目される西太平洋地域では,日本,アジアNIEs,アセアン,中国等がそれぞれの比較優位を生かしながら,動態的国際分業を行うことでダイナミックな経済発展を遂げている。そうした中,アジアNIEsが厳しい国際競争の中で生き残り,持続的な経済発展を図るためには,衰退方向にある労働集約型の産業や付加価値の低い部品組立産業から技術集約型・高付加価値型の産業へと構造転換を進めることが急務となっている。このため,アジアNIEsは先進国からの技術導入を更に加速化させるとともに,自らの研究開発投資をも著しく高める必要がある。すでに,韓国等では研究開発投資への資金援助や税制上の優遇措置といった政策がとられ,また,現在,海外からの直接投資への税の減免等,各種優遇措置を縮小する方向にある中で先端技術分野への直接投資を引き続き優遇する等の政策もとられている。

アジアNIEsの技術貿易をみると,例えば,韓国では技術輸入は62~88年末累計で29.5億ドル,件数で5,400件余,他方,技術輸出は78~88年累計で1.1億ドル,件数で100件余と圧倒的に入超状態にあり,技術の対外依存傾向が強い。

また,研究開発動向をみると,研究開発費の対GNP比では,韓国が80年の0.58%から87年の1.78%へ,台湾が80年の0.72%から1.16%へといずれも高まりをみせているが,日本や欧米諸国が2%台の後半を示しているのに比較して未だ低水準にある。韓国では,研究開発投資の対GNP比を90年代央には3~4%に高める方針が打ち出されている。

(アジアNIEsを追跡するアセアン)

アセアンも工業化の方向性に関してはアジアNIEsとほぼ同様の軌跡をたどっている。ただ,アセアンはアジアNIEsと異なって天然資源に比較的恵まれていたことと,第1次産業のウエイトが極めて高かったため,工業化の進行速度は相対的に遅く,国際価格や需要動向に大きく左右される一次産品依存のモノ,カルチャー的経済構造から容易に脱皮することができなかった。アセアンの工業化が本格化し,工業部門の比率が目立って高まったのは80年代も半ぱを過ぎた頃からである。

アセアンは,アジアNIEsの成功に触発される形で,70年代初から80年代にかけて内向きから外向きの工業化を志向するようになっていった。そして,一次産品価格の下落や需要低迷の影響等で経済困難を経験した80年代前半の時期を経て,80年代央には,工業品輸出の比率を高めることで輸出所得の安定化を図ろうとした。このため,外国からの直接投資によって輸出産業を振興すべく,投資優遇措置の実施や各種規制緩和等,投資環境の整備が図られた。折から,日本ではプラザ合意以降の円高で,競争力を喪失した輸出企業の海外進出が加速速した時期と重なり,また,世界的にみても企業のグローバル化が進展して,労働コストの低いアセアン等に労働集約的な生産工程を移転する動きが活発化した結果,アセアンへの直接投資は急増した。さらに,最近では,すでにみたようにアジアNIEs企業が日本等,先進国企業が経験したと同じ動機から対アセアン投資を増していることもアセアンの直接投資急拡大の要因をなしている。 第4-1-16図 は,近年のアセアンの直接投資受け入れをみたものであ る。いずれの国でも大幅に増加している。ただ,対アセアン投資も一様に増え ているのではなく,流れとしては,当初,タイに向かっていた投資が,インフ ラ面でのボトルネックや労働コスト,不動産価格の上昇等の問題に直面し,マ レーシア,次いでインドネシア,フィリピンといったコストの低い方向に流れ る傾向があることは注目されよう。

(工業品輸出を拡大させるアセアン)

アセアンの工業化が本格化するに従って,工業品輸出も目立って増加している。第4-1-11図によってアセアンの工業品貿易をみると,いずれの国も資本財や中間財,さらには消費財の輸入等もあって工業品貿易は入超状態にある。しかし,輸出産業の発展から工業品輸出は86年以降一様に高まり,特に,海外からの直接投資が最初に集中したタイにおいて工業品輸出の著しい拡大がみられることは注目される。アセアンでは,アジアNIEsに比べ,輸出に占める工業品の比率は未だ低い。しかし,それでもエネルギー資源を殆ど持たないタイ,フィリピンでは50%を越えて,おり,また,いずれの国も工業品輸出比率が高まっている。インドネシアでは,87年度以降,非石油・ガス輸出か石油・ガス輸出を上回り,その差が拡大していることから,輸出に占める工業品のシェアもさらに高まっているとみられる。

(成長を加速させるアセアン)

直接投資の活発化とそれに伴う輸出の拡大は,アセアンの成長率を加速化させており,第4-1-14図にみられるように経済成長率は,1985年を底に,いずれの国でも高まっている。アセアンについては,輸出が大幅に拡大しているにもかかわらず,投資の活発化から輸入がそれを上回るテンポで拡大するなど,外需の成長寄与度は必ずしもプラスに寄与しているとは言い難い。他方,設備投資(総固定資本形成)と民間消費の内需は好調に拡大しており,国内最終需要はアジアNIEs同様,成長の柱となっている。

直接投資の活発化を背景とした投資ブームは,港湾や道路,電力,通信等,インフラ面でのボトルネックを顕在化させている。そして,労働面でも熟練労働力や管理部門の労働力の不足等を惹き起こしている。また,アセアンにおける賃金も,その水準は依然低いものの着実に上昇しており,こうした動きが対アセアン投資の熱を冷ます恐れも無しとしない。したがって,アセアン諸国は,こうした問題に迅速に対応すべく,例えば公共セクターへの外資の参入許容等によってインフラの改善を進め,教育訓練への投資拡大,外国人労働力の部分的利用,各種規制緩和等を行うことで,ボトルネックの緩和を進めている。

(2) アメリカ

① 80年代の貿易・産業構造の変化

(貿易収支赤字の拡大と貿易構造の変化)

アメリカの貿易収支赤字(国際収支ベース)は80年代に入って急速に拡大した。80年に255億ドルであった赤字は,その後拡大のテンポを速めて87年には1,595億ドルに門した。その後,88年1,270億ドル,89年1,149億ドル,90年1~6月期977億ドル(年率換算)と縮小してきているものの,依然その水準は高いものとなっている。

財別の貿易収支をみると(第4-1-17図),食・飲料,資本財は80年代初めにそれぞれ約200億ドル,約400億ドルの黒字を生んでいたが,86年から87年にかけてゼロ近くに落ち込み,一方で自動車及び同部品や消費財の入超が急速に拡大した。88年から90年1~6月期にかけては輸出が急増していることから,資本財をはじめとして,ほとんどの財で収支は緩やかに改善してきている。

主要な国・地域別にみると(同上),87年にかけてほぼ全域に対して赤字が拡大したが,88年以降は縮小している。特に,ECに対しては86年後半から赤字が急速に縮小し,90年1~6月期には69億ドル(年率換算)の黒字に転換している。また,アジアNIEsに対しても,87年に348億ドルの赤字が90年1~6月期には年率換算で183億ドルの赤字と大幅に縮小している。日本については,86年時点で対日輸入金額が対日輸出金額の約3倍と大きかったこと(不均衡縮小の初期条件の差が大きい)により,他の地域に比べて縮小のテンポが緩やかであるものの,87年の570億ドルの赤字が90年1~6月期には年率換算で414億ドルへと縮小している。

貿易構造の変化をみるために,アメリカの財別の特化係数(貿易収支を貿易額(輸出+輸入)で除したもの)の推移をみると(第4-1-2表),80年以降航空機・同部品を除く資本財で,85年以降食・飲料で急速な低下がみられ,自動車及び同部品,消費財でマイナス幅が拡大しており,国際競争力が全般的に急速に低下したことがうかがわれる。また,89年の代表的な輸出・入超過品目をみると,輸入超過品目では,衣料・靴,鉄鋼のように,途上国に比較優位が移っている品目のほか,自動車,通信機器,電機機械等の先進国が競争力を有する品目でも大きな入超となっている。一方輸出超過品目をみると,農産物,木材・パルプ,鉱石等の途上国優位型の品目と航空機,化学品および科学機器等のアメリカが技術的優位を有するハイテク先進型品目の両極端な構造となっている。

(貿易収支赤字拡大の要因)

80年代に貿易収支赤字が拡大したのは,需要・供給両面に原因がある。需要側では,レーガン政権の経済政策が大幅な財政赤字,家計部門の過剰消費をもたらし,貯蓄・投資の不均衡を拡大させた。

供給側の原因としては,アメリカの国際競争力が低下したことが挙げられる。競争力低下の要因としては,マクロ面では,80年代前半のドル高に加えて,国内設備投資の伸び悩みによる生産性の伸びの鈍化やR&D支出の伸びが競争国に比べて低いことが指摘されている(第4-1-18図)。更に,ミクロ面では大量生産システム等に代表される時代遅れの戦略,短期業績主義,教育訓練の軽視,敵対的労使関係といった企業行動に原因があるといわれている。このミクロ要因により,コンピュータやエレクトロニクスなどの先端的な技術や新素材,医薬品などの基礎技術開発で先行していたものの,製造技術,商品化技術で遅れをとり,工業品分野における国内産業構造の高度化がはがれなかった。そして,このことが競争力を有する品目の両極端化を招き,全体的な競争力低下を招いたともいえる。

また,60年代以降の米系多国籍企業のアウトソーシングを目的とした海外進出の動きは,80年代前半に製造業全体では低調となったものの,電気,電子産業についてはアジア地域の途上国向けに盛んに行われた。こうした動きは生産能力の海外移転を促し,供給力の拡大を抑制してきたものと考えられる。

(産業構造の変化)

先にみたように,80年代以降,アメリカは国際競争力の低下が続くながで貿易構造を変化させてきた。さらに,その変化は産業構造にも及んでいる。

まず,アメリカ国内における製造業の地位をみると(付図4-3),全産業に占める製造業の企業収益のシェアは,80年代後半のドル安によって幾分回復したものの低下傾向にある。また,雇用面でも製造業のシェアは一貫して低下している。GNPに占める製造業付加価値のシェアも低下傾向にある(もっとも,製造業付加価値のシェアは,実質では安定した推移を示している。これは,製遣業の中でもコンピュータ,通信・情報関連機器といったハイテク分野の割合が高まり,この分野での価格の低下が顕著なためである。)。こうしたことから総じてみれば,アメリカ経済のサービス化が進展する中で,アメリカの製造業は国内面,貿易面でそのウェイトを低下させてきたといえる。また,先に述べた米系多国籍企業の輸出代替,アウトソーシングの動きも,こうした傾向の1つの要因となっている。

次に,製造業内での構造変化を雇用の面からみると(第4-1-19図),輸出比率の高い航空機の伸びが目覚ましいほかは,各業種の雇用者数は85年以降概して減少している。特にコンピュータ,半導体は輸入比率が高まった85年~86年頃から雇用者数が急速に減少している。また,輸入比率の高い衣服では一貫して雇用の減少が続いている。こうしたことから,製造業の国際競争力の強弱とその結果としての輸出入比率の高低は,主に雇用の面に色濃く反映されているといえる。

② アメリカの直接投資の拡大とその影響

(80年代の直接投資の拡大とその要因)

アメリカの直接投資は,80年代に対外・受入れとも大きく変化した。第2次石油危機を契機とした世界経済の不況により,アメリカの対外直接投資フローは80年から84年にかけて低迷したが,その後の世界経済の順調な回復によって,85年以降伸びが高まった。一方,85年以降のドル安が契機となって直接投資受入れフローが急増した。このため,ネット・フロー・ベースでは,81年以降受入れ超過が続いている。この結果,ストツク・ベースでは,80年には対外直接投資残高が2,154億ドルと直接投資受入れ残高830億ドルの2.6倍もあったのに対し,89年には対外直接投資残高3,734億ドルに対して直接投資受入れ残高が4,008億ドルと初めて上回った。

アメリカの対外直接投資フローは(第4-1-20図),85年から87年にかけて順調に拡大したが,88年には,アメリカ国内での事業拡大やリストラクチャリングに必要な資金を海外子会社からの利益送金で補ったこと等から前年比47.8%減の162.2億ドルと大きく落ち込んだ。しかし,89年には,海外金利の上昇により海外子会社の利益再投資が増加したほか,92年のEC統合に向けて企業のグローバル化の動きが一層活発化したこと等から前年比95.6%増の317.2億ドルと再び増勢を取り戻している。この間,主要被投資国別には,先進国ではヨーロッパのシェアが高い。89年末の投資残高でみると,主要被投資国別には先進国が74.5%を占めており,うちヨーロッパが47.3%,カナダが17.9%となっている。また,日本のシェアは5.2%と80年代に入って急速に伸び゛を高めている。途上国では中南米のシェアが16.4%と高い。業種別には,製造業(41.7%),金融・保険・不動産(26.0%)のシェアが高く,フローでのこのところの伸びの高さを反映している。

アメリカの直接投資受入れはドルの下落が始まった1986年以降急増した(第4-1-21図)。この間,先進国からの投資がほとんどを占めており,イギリス,日本,オランダ等の伸びが著しい。業種別には,このところ日本からの投資を中心に製造業が急増しており,金融・保険,不動産,卸・小売も堅調な伸びを示している。89年末の投資残高でみると,主要投資国別には,残高全体に占めるヨーロッパのシェアが65.4%と依然高いものの,近年日本の対米投資の伸びが著しいことからそのシェアは前年の16.8%から17.4%に拡大し,イギリスの29.7%に次ぐ規模となっている。業種別には,製造業がこのところの急増により40.0%となっているのが目を引く。また,サービス業も卸・小売(17.8%),金融・保険(13.4%),不動産(8.9%)の伸びが顕著であり39.0%と高いシェアを維持している。

80年代後半に直接投資受入れが急増した要因としては,①企業のグローバリゼーションの強化と国際的な産業リストラクチャリングの動き,②アメリカの巨大市場のポテンシャルが依然として高く,投資環境として優れていたこと,③貿易摩擦回避のための製造業の現地生産への転換,④金融,保険のアメリカ市場への本格進出,⑤州・地方政府の外国企業誘致活動,等が考えられる。85年以降のドルの大幅な下落も支配的な要因と考えられるが,ドル安以前の86年代前半から直接投資受入れの増加が既に始まっていたこと,ドル安の下でも対外直接投資の急増が続いていることから,むしろ促進要因としての意味が大きいと思われる。

(対外直接投資の貿易への影響)

対外直接投資が貿易に及ぼす影響をみるために,アメリカの多国籍企業の海外子会社の取引状況をみることにしよう。なお,アメリカ商務省では,多国籍企業(MNl=Multi-National Counpany)の海外子会社をアメリカの非銀行部門が10%以上の株式を保有しているかそれと同等の支配力を有する非銀行部門子会社と定義している(以下ではMNC子会社と呼ぶ)。そのうち株式保有が50%を超えるものについては特にMOFA子会社(Majority-Owned ForeignAffi11ates)と呼んで区別しており,それぞれ個別に統計を発表している。そこで,ここではそれぞれの海外子会社の取引実態をみてみる。第4-1-22図は,アメリカの全輸出入に占める海外子会社との取引の割合の推移を示している。輸出総額に占めるMNC子会社への輸出の割合は,全産業,製造業のいずれにおいても77年から82年に低下した後,88年にかけては上昇している。一方,輸入総額に占める海外子会社からの輸入の割合は,全産業で77年から88年にかけておおむね低下傾向にあるのに対して,製造業では逆に着実に上昇している。このことから,製造業の海外子会社は,他の産業に比べて,近年アウトソーシング的性格を強めていることがうかがわれる。MOFAの場合においても同様の傾向がみられる。

次に,製造業貿易の構造をより詳しくみるために,MOFA子会社に絞って検討してみよう(第4-1-3表)。アメリカの対MOFA子会社の貿易収支は77年の75億ドルの黒字から88年には55億ドルの黒字に縮小している。業種別にみても,化学製品,自動車等一部の業種を除き全般的に悪化している。特に,コンピュータ・事務機器を含む一般機械(77年18億ドルの黒字から88年の7億ドルの赤字),電気・電子機器(77年2億ドルの赤字から88年の17億ドルの赤字),一次金属及び金属加工(77年2億ドルの黒字から88年の6億ドルの赤字)等の悪化が著しい。次に,MOFA子会社の販売の仕向地のうち,アメリカ向けの販売比率をみると,製造業子会社全体では,77年の9.1%から88年には12.7%へと上昇している。さらに業種別でみても,電子部品,食品を除くほとんど全ての部門にわたって,アメリカ向け販売比率の上昇がみられる。特に,コンピュータ・事務機器を含む一般機械(77年7.6%→88年12.6%),電気・電子機器(77年11.6%→88年23.2%),一次金属及び金属加工(77年4.9%→88年10.O%),繊維・衣類(77年1.7%→88年10.2%)といった貿易収支が大きく悪化した業種で顕著となっている。また,貿易収支は悪化していないものの,自動車でも77年の18,7%から88年には25.4%に上昇している。以上のことから,従来現地市場指向的であった製造業の海外子会社が徐々に本国市場指向的に変化してきた結果,海外子会社からの輸入が輸入全体の伸びを上回って増加し,輸入全体に占める割合を高めたと考えられる。更に,このことはアメリカ製造業の対外直接投資がアウトソーシング的性格を強めてきたことを意味している。

(直接投資受入れの急増とその経済効果)

直接投資受入れの増加によって,マクロ面では以下の2つの経済効果が期待される。一つは,競争力のある外国企業の参入により,アメリカ国内での競争圧力が高まることである。この結果,アメリカ市場は効率化することとなる。

いま一つは,直接投資の外部効果として,科学技術,生産技術だけでなく経営技術をも含んだ広義の技術が国内へ伝播していき,結果としてアメリカ国内産業の生産性向上と競争力の向上がもたらされることである。

こうした効果がどれだけ大きくあらわれるかは,直接投資が被投資国経済の中でどれだけのウェイトを占めているかによる。そこで,アメリカの直接投資受入れの急増を直接投資残高,雇用,付加価値の面でとらえると(第4-1-4表),直接投資残高がアメリカ国内企業の資産残高に占める割合が高まるにつれて,雇用,付加価値の比率も高まっていることがわかる。特に製造業における外国企業のウェイトが全産業のそれを大きく上回っている。こうしたことは,製造業において,より大きな経済的効果が期待されることを意味している。

また,直接投資受入は被投資国の貿易面にも影響を与える。製造業の直接投資受入れの増大は,短期的には立ち上がり時期における資本財,部品等の輸入が増大し,アメリカの貿易収支赤字を拡大させる可能性がある。しかし,中長期的には現地部品供給業者の養成にともなう現地調達比率の上昇や投資国の部品供給業者の現地進出の動きは貿易収支赤字の縮小に寄与し,更には,その生産能力がアメリカの国内需要を上回った場合,製造業子会社は投資国への逆輸出や第3国への輸出を通じてアメリカの貿易収支黒字へ貢献するものと考えられる。

(外国企業のアメリカ子会社とアメリカ多国籍企業の行動比較)

しかしながら,アメリカ経済の中での外国企業の比重が高まるにつれて,アメリカ国内では外国系企業の子会社がアメリカ企業と異なった行動をとっており,それがアメリカ経済にとってマイナスの影響を及ぼすのではないかという懸念が生じている。そこで,貿易,付加価値と給与,研究開発費の面から外国企業のアメリカ子会社とアメリカ多国籍企業の親会社とを比較することで,企業行動に違いがあるかどうか検証してみる。全産業の場合,アメリカ全体の産業構成と外国企業のアメリカ子会社の産業構成が異なり比較は不適切であるため,ここでは比較可能な製造業のみを対象とする(第4-1-5表)。

貿易についての比較をみると,雇用者1人当たりの輸出額において両者はほぼ同レべルであるのに対して,同輸入額では外国企業のアメリカ子会社がアメリカ多国籍企業を大きく上回っている。このように輸入性向が高いのは,①海外子会社が輸入性向の高いマーケティング部門や物流部門を合わせ持つ場合も製造業として分類されるため,実際より輸入額が高くなるといった統計上のテクニカルな要因,②製造業への直接投資は近年急速に伸びたことから製造業子会社の多くは立ち上がり時期にあるとみられ,現地調達比率がまだ低く輸入に依存する割合が高いこと,等が考えられる。①の要因はともかく,②の要因の場合,海外子会社がより成熟すれば,供給先を現地に求めて現地調達比率は上がっていくことから,輸入性向は下がっていくことになる)。しかしながら,そうした段階に到達するまでは,低い現地調達率の問題は政治的な摩擦の原因となる可能性がある。

他方,雇用者1人当たりの付加価値,給与,研究開発費の比較では,外国企業のアメリカ子会社はアメリカ多国籍企業より若干高いものの,特に企業行動を特徴づけるような明確な差は見られない。特に,研究開発費の動向からは,外国企業がアメリカ国内より自国に研究開発機能を置くことで技術の伝播を妨げているとの主張(いわゆる本社効果)を裏付けるような兆候は全くみられない。

以上から,輸入性向が高いことを除けば,外国企業のアメリカ子会社とアメリカ多国籍企業の行動には特徴的な差異はないものと考えられる。

(投資摩擦の発生と今後の課題)

85年以降,ヨーロッパや日本からアメリカ向けの直接投資が急増するなかで,特にハイテク企業の買収や不動産投資の増大に対して米国民の反発心理が生じた。その中で,日本が著名不動産を買収したことは日本のオーバープレゼンスの象徴として批判を浴び,感情的な反応を引き出した。こうしたなかで,議会においては投資規制の動きが高まり,88年の包括通商法にエクソン=フロリオ条項(国家安全保障上からの米国企業買収規制)が盛り込まれ,今後もブライアント法案(企業内容開示)等にみられた投資保護主義の動きが継続する可能性がある。また,最近,在米子会社の所得水準が不当に低い(親会社からのトランスファープライス(移転価格)が高い)として,子会社への課税強化のための情報提示・保持の義務の強化・拡大といった新しい問題も生じつつある。

こうした投資摩擦が生じている過程で,とりわけ日本に対して批判が高まっている理由としては,①86年以降,不動産への直接投資が急増していること,②近年製造業への直接投資の伸びが著しいものの,製造業が直接投資残高全体に占める割合が依然としてヨーロッパ企業より低い水準にあること,等の要因が考えられる(付表4-2)。しかしながら,直接投資残高,在米外資系企業の総資産,雇用のいずれの面においてもヨーロッパ企業が大部分を占めている上に,そもそも外資系企業全体の雇用は全体の4.1%(88年)にすぎず,日本がオーバープレゼンスであるという主張の根拠は薄い。加えて,先に述べたように,日本を含む外国全業のアメリカ子会社とアメリカ企業の行動については輸入性向を除き特徴的な差異はない。さらに,日本企業の子会社は他の外国企業の子会社と比べて輸入割合が高いという差はあるが,その企業行動は基本的には同質である。また,輸入割合が高いことも一時的な性格のもので,今後子会社が成熟していけば相当程度現地調達率は高まっていくと予想され,この面でも総じて問題はなくなっていくものと思われる。

むしろ,先に述べたように,アメリカへの直接投資は,特に製造業分野においてアメリカ国内での競争圧力を高め,市場の効率化に貢献し,アメリカ製造業の国際競争力を高める要素として経済的な好影響を与えるものと考えうれる。

今後,アメリカが対外不均衡の着実な縮小の道を歩むには,財政赤字の削減とともに製造業の国際競争力の回復が必要である。そして,そのためには,日本をはじめとする外国の製造業の資本,技術,経営ノウハウの流入に期待されるところは大きいと思われる。従って,受入れ国であるアメリカは,産業界の自助努力に加えて,保護主義に陥ることなく自由な貿易・投資のための環境整備をすることが望まれる。一方,日本をはじめとする外資系企業は現地化の徹底,製品や部品の相互融通を通じてアメリカに受け入れられる努力を続けると同時に,アメリカからの直接投資の受入れ機会を拡大することが望まれる。

また,投資摩擦や親会社(ボーム・カントリー)と子会社(ホスト・カントリー)間の利益配分といった問題は,多国籍企業の無国籍化,市場一体化などの動きによって経済のボーダーレス化が進んでいる過程で生じた問題として位置づけられる。今後,企業のグローバル化はますます加速すると予想され,経済のボーダーレス化,さらには世界経済の一体化に向けての動きが急速に進んでいくこととなろう。したがって,こうした問題に対処するための公正な国際的なルールが必要であるし,更に将来的には,後述するように,世界的な経済構造の調和が必要になっていくと考えられる。

(3) ヨーロッパ

ヨーロッパにおいては,近年貿易及び直接投資が活発化してきている。その背景としては,1992年のEC統合の現実化が挙げられる。近年のEC統合への動きは,EC産業全体が,アメリカ,日本に対して競争力を低下させ,世界経済における地位が低下したことが直接的な契機となっている。ここでは,EC統合への動きを背景としたヨーロッパの貿易,直接投資の活発化とその特徴について述べ,それらがEC経済にどのような影響を及ぼしてきたかに言及する。

(最近のヨーロッパにおける貿易の活発化)

ECの域内貿易シェアは,年々高まっている(第2-3-1図参照)。1983年には,輸出54.1%,輸入51.6%だったが,1989年には,輸出60.O%,輸入58.1%へと高まった。これをEC各国別に見てみると(第4-1-23図),西ドイツ,フランスでは,域内貿易比率が頭打ちとなっているのに対し,スペイン,ポルトガルでは比率は依然上昇傾向にあり,EC全体の域内貿易比率の上昇に寄与している。ECの原加盟国,である西ドイツ,フランスでは68年のEC関税同盟の設立により域内貿易比率を高めたが,最近はその余地が乏しくなったこと,一方86年にEC加盟したスペイン,ポルトガルでは,域内貿易へのシフトが生じていることが要因と考えられる。特にEC内の後進国であるスペイン,ポルトガルは,ECからの地域開発援助資金の受入れにより,EC加盟後はEC平均を上回る経済成長を実現し,これがEC諸国との貿易及びEC市場の拡大に大きく寄与している。

一方,EFTAは,EC同様の自由貿易地域であり,設立当初は域内貿易比率が高まったものの,その後は伸び悩み,むしろECとの貿易比率を高めている(第2-3-2図参照)。EFTA域内貿易は83年輸出13.9%,輸入13.O%から,89年輸出14.6%,輸入13.4%と伸び悩んでおり,逆に対EC貿易は,83年輸出52.O%,輸入53.6%,89年輸出56.6%,輸入59.5%と増加している。EFTAはECとはすでに自由貿易を行っており,またEC統合を背景にEC市場が拡大していることが要因と考えられる。このように,ヨーロッパでは統合を控えたECを中心に,EFTAをも巻き込んで域内貿易が活発化してきている。

一方,92年EC統合を目指した動きはサービス貿易の活発化にも結びついている。ECの財貿易が86~88年に年平均で輸出14.3%増,輸入13.2%増となったが,サービス貿易も86~88年に年平均で輸出16.3%増,輸入18.0%増と財貿易とともに大きな伸びを示している(付図4-3)。EC主要国の動きを見ても,86~88年には同様の傾向が出ており,年平均でイギリスは輸出14.4%増,輸入14.4%増,フランスは輸出14.4%増,輸入14.8%増となっている。特に顕著なのは,西ドイツであり,同期間に輸出20.6%増,輸入24.5%増と大幅な伸びを記録している。このようなEC地域におけるサービス貿易の大幅な伸びは,EC統合の一環として,資本移動の自由化等金融面での自由化,規制緩和の動きが活発化していることが背景にあると考えられる。

(ヨーロッパにおける貿易構造面の変化)

ECの域内貿易,EC-EFTA貿易の業種別の特徴を84年と89年(但し,1~9月)の比較によってみると(第4-1-24図),ECの域内貿易では特に大きな変化が見られないものの,原油価格の低下から鉱物性燃料のシェアが84年の13.0%から89年には3.7%へ低下し,機械・輸送機器のシェアが84年の27.4%から89年35.4%と上昇したのが特徴といえる。またEC-EFTA貿易の特徴は,時系列的に業種構成に大きな変化が見られないことである。しかし,機械・輸送機器では,ECの輸出は84年の32.5%から89年36.5%へと上昇するとともに,ECの輸入も84年の18.9%から89年26.5%と大幅に上昇し,この分野で水平貿易が進展していることがわかる。

EC諸国はEC域内において,棲み分け的な産業内分業を行っていることが指摘されている。このような棲み分けは,EC各国の産業保護政策や各国の規制の相違といった非関税障壁の存在を背景としており,この結果競争が制限され,EC産業の域外諸国に対する競争力の低下に結びついた。しかし,最近のEC貿易には構造変化が次第に表れつつある。

EC業種別域内貿易特化係数によってみると(付図4-4),最近は各産業でEC各国の特化係数の格差,すなわち競争力の格差が拡大する傾向にあることがわかる。化学部門ではあまり変化が見られないものの,一般機械,電気機械,乗用車部門ではEC主要各国間で格差が拡大してきており,総じて西ドイツが競争力を増し,イギリス,フランス,イタリアとの格差が広がりつつあることがわかる。このように今まで指摘されてきたEC内の棲み分け的な産業内分業は,徐々に崩れ始めていると言える。

EC統合を目指した各種非関税障壁の除去により,各国企業は,製品輸出や直接投資を通じて,他国市場への参入が容易となる。このため,EC産業内の同業企業同士の競争が,域外での競争と同様に激しくなり,EC企業は真の競争力を問われる時期にさしかかっているのである。

こういった状況を背景に,従来から輸出競争力が強い西ドイツ企業が優位に立ちつつあると考えられる。最近のEC域内の貿易状況を見ても,西ドイツのみが大幅な黒字を計上し,イギリス,フランス等は赤字が続き,域内不均衡が解消されていない。EC統合による貿易面の効果は,域内不均衡の拡大となって表れているが,次項で述べる直接投資がさらに進展すれば,域内不均衡は縮小に向かっていく可能性が高まるものと思われる。

(ヨーロッパにおける直接投資の変遷)

EC統合への動きを背景にヨーロッパで活発化しているもうひとつの動きが,直接投資である。

ヨーロッパにおける直接投資は戦後1960年代前半まではアメリカによるEC向け直接投資が中心であった。当初はイギリスに投資が集中したが,その後,ヨーロッパ大陸諸国において,経済復興により生産や流通に必要な社会資本が整備されたことから,イギリス以外にも拡大し,アメリカの対ヨーロッパ投資は大幅に増加した。アメリカの対ヨーロッパ投資の中心は,製造業投資であり自動車,電機,機械,石油化学等の技術集約的分野に集中した。

1960年代後半以降は,西ドイツ,フランス,オランダ等ヨーロッパ大陸諸国の対外直接投資が増大した。しかし,ヨーロッパ大陸諸国の対外直接投資は,主として周辺のヨーロッパ諸国に向けられた。成長する欧州市場の中で,いかに市場シェアを確保するかが,この時期のヨーロッパ大企業の主要な関心であったからである。

1980年代以降は,ヨーロッパ諸国の対外直接投資は増大したが,主な投資先はアメリカであった。それまでアメリカからの直接投資の最大の受入地域であったEC諸国は,アメリカに対する最大の投資国になった。とりわけ,イギリス,オランダ,西ドイツ,フランスが中心となっており,これら4カ国でヨーロッパからアメリカへの投資の90%を占めた。この時期にアメリカへの対外直接投資が活発化した背景としては以下が挙げられる。

    ①かつて,技術,経営面で圧倒的優位にあったアメリカがヨーロッパ諸国の経済成長によって格差が縮小し,直接投資に逆の流れが生じ始めたこと。特にアメリカで開発された技術が資源多消費型であったのに対し,ヨーロッパの技術は資源節約的な傾向があり,石油危機により,ヨーロッパがアメリカに対して相対的優位を強めたことである。

    ②アメリカで,サービス部門の自由化,規制緩和が展開されたこと。それにより,直接投資の流れは,石油,製造業からサービス部門へとシフトしてきた(そして,この傾向は他の先進国へも波及,現在も続いている)。

(最近のヨーロッパにおける直接投資の特徴)

80年代の後半になるとヨーロッパを舞台とした直接投資の展開は一変した。EC諸国内での双方向の直接投資が活発化してきたのである。EC主要国の対外,対内直接投資の推移(第4-1-25図)を見ても,対外,対内直接投資とも86年以降急激に伸びていることがわかる。

ヨーロッパ諸国が,力強い経済成長を再開し,ヨーロッパ各国市場の魅力が増したことが要因として挙げられるが,それには,86年に調印された「単一欧州議定書」において,92年末までのEC単一市場の完成が明示され,ヨーロッパ企業にコストの低減,規模の経済の追求の必要性を痛感させるとともに,予想される競争の増大に対処するため新規投資の実施を促したことが大きく寄与している。また,EC主要国の直接投資に対する政策姿勢の変化も影響を及ぽしている。

イギリスは,サッチャー政権下で,市場競争原理の浸透を狙い,規制緩和を進めており,対内直接投資についても基本的に歓迎する姿勢を示している。イギリスは法人税率が低く,企業が進出しやすい土壌がある上,ビッグバンに象徴される証券市場改革や国営企業・事業の民営化の推進といったサービス市場の自由化が対内投資を加速させた。そのため,EC域外からは,経済,社会,文化的な繋がりからアメリカからの対内直接投資や,欧州との貿易摩擦の回避を狙った日本からの対内直接投資が集中した。しかし,最近のイギリス向け直接投資については,フランス等EC諸国からの投資も大幅に増え,イギリスの対外直接投資もヨーロッパ大陸諸国へ重点をシフトしつつある。

フランスは,初期のミッテラン政権下で対外直接投資は奨励する一方,対内直接投資は基本的には歓迎せず,自国産業と競合する分野については,産業保護的な動きが見られた。対内直接投資自由化の方向性は80年代半ば頃から進められたものの,もともと進展が遅れていたこともあり,フランスへの対内直接投資もあまり進まなかった。しがし,最近はEC統合の積極推進との立場から,国内経済改革を進めるため,対内直接投資への政策姿勢にも変化がみられるようになっている。88年9月に外資による新規対内投資に関する事前許可制を廃止し,その後も対内直接投資の推進のための規制緩和や環境整備を続けている。また,これらの改革とともに,税制面では企業の内部留保に係る法人税率の引き下げによる間接的効果もあり,フランス向けの直接投資もイギリス,オランダ等から大幅に増加,国境を越えたM&Aも増えている。

西ドイツは投資保護主義的な動きに反対し,基本的に対内直接投資を歓迎しているが,法人税負担や労働コストの高さ,マルク高といった経済的要因により,外国企業の進出が難しくなっている。また,西ドイツは株式会社数が少なく,株式市場の規模が小さいこと,西ドイツの銀行が企業経営に強い影響カを持っていることから,外国からの企業買収も容易ではない。加えてサービス部門は自由化,民営化が遅れており,国外からの投資を誘因する土壌が育っていなかった。このため,88年までは西ドイツ向けの直接投資は,採算面等から撤退する企業が増加し,停滞していた。しがし,最近は,各州政府レベルで,地域振興,地域間格差といった構造問題解決に向け,外国企業誘致に積極的に取り組んでいる。また,東欧の改革により,西ドイツは東欧を含めて東西ヨーロッパの経営戦略上の重要拠点として見直されてきており,今後も対内直接投資の増加が見込まれる。また,西ドイツの対外投資は,ヨーロッパ全体のネットワークづくりを目指す金融機関がM&Aを通じて行うものと製造業投資において活発になっている。

(域外国のヨーロッパに対する直接投資の動向)

統合市場のメリットの享受を狙い,ヨーロッパに拠点を確保すべく,日本,アメリカ等域外諸国もEC諸国内への投資を拡大させた。EC諸国への直接投資の活発化を日本,アメリカの統計データにより分析する。第4-1-26図は,日本からヨーロッパ及びECへの対外投資額,シェアの推移を表しているが,フローベースで86年以降EC(8カ国)への投資額が急増,89年度には140億ドルと85年度の8倍に達し,日本の対外直接投資に占めるEC向けのシェアも85年度の14.2%から89年度には20.4%へと増加した。また,アメリカからのヨーロッパ向け直接投資の推移(付図4-6図)を見ても増加傾向があらわれ,特にアメリカの対外直接投資に占めるECのウェイトが85年36.7%から89年40.2%へと高まっている。これをEC内の国別に見ると(第4-1-27図),フローベースでイギリスが67.6%と圧倒的ではあるが,その他EC諸国へは,ほぼ均等に投資が行われている。

次に,ヨーロッパ向け直接投資の業種別の特徴を見ると,まず,日本からヨーロッパへの投資では(第4-1-28図),フローベースで見ると,86年度以降銀行・保険が増加しはじめ,88年度以降製造業及び不動産業の投資の急激な増加が目立っている。しかし,ストックベースでは,銀行・保険が89年度213億ドル(シェア47.2%)と圧倒的である。,アメリカからヨーロッパへの投資では(第4-1-29図),ストックベースでは製造業投資が大きなシェアを占めているが日本と同様に銀行・保険業の投資が89年に活発化しており,フローベースで89年88億ドルと製造業を上回った。

EC向けの直接投資で,銀行・保険業が増加している背景としては,①イギリスでの金融サービス部門での自由化,規制緩和,1986年の証券取引所規制の改革(ビッグバン)のほか,EC市場統合の現実化の刺激もありフランス,西ドイツでの金融,証券部門での改革が進展していること,②EC銀行指令(単一銀行免許制度と金融サービスの自由化を主眼として金融機関の活動を規定)の採択への動きにより(89年12月に採択),92年までのヨーロッパでの拠点づくりを目指した域外金融機関の投資活動が活発化していることがあげられる。

(ヨーロッパにおける産業再編成)

ヨーロッパにおける直接投資の活発化は,92年EC統合を控え,各国企業がスケールメリットを追求するとともに,競争の増大に対処するため,企業が活動範囲を国内規模から欧州規模へ拡大を図りつつある,ことが要因であるが,産業の欧州規模での再構築,再編成を短期間で行う必要性から,新規設備の建設よりも既存の経営資源を一括取得するM&Aか活発化している。

EC域内のM&Aの状況を見ると(第4-1-30図),EC企業を対象に行われたM&A件数は,89\5,013件と85年の4.6倍となっている。85年は,EC内のM&Aの80%は,イギリス企業同士のものであり,イギリス以外のEC諸国が買手どなったものは僅か9%にすぎなかった。しがし,89年では,イギリス企業同士のM&Aは36%に低下,その他EC諸国が買手となったものは51%を占めるに至った。特に西ドイツ,フランス企業を対象としたものが,大幅に増加し,西ドイツは85年の29件から89年は1,135件と39倍,フランスも85年の25件から89年842件と34倍に拡大している。さらに一件当たりの金額も大型化してきており,85年11百万ポンドから89年には16百万ポンドへと高まった。従来は,ヨーロッパではイギリス国内及びイギリスのアメリカに対するM&Aが多かったが,最近はEC統合を背景として西ドイツ,フランス等も積極的にM&Aに取り組み,イギリスもM&Aの対象をアメリカからEC諸国へとシフトさせてきている。

ヨーロッパにおけるM&Aの形態としては,スケールメリットの追求,市場シェアの確保・拡大等の理由から同業による水平合併が多い。EC金融統合に対応した金融機関同士の合併や,食品業界,航空業界,武器産業の再編が多くみられる。しかし,最近は異業種との多角的合併を指向し,ヨーロッパに一大企業グループを形成する動きも見られる。

EC委員会が最近発表した「EC産業の概観」と題する報告書では,EC産業の現況および展望が述べられているが,それによると,成長が見込まれる分野として,化学,機械,航空機,金融サービス等が挙げられ,成長が見込めない分野として,エネルギー,鉄鋼,鉱業,鉄道車両,建設,造船等が挙げられている。さらに,今後一層の業界再編が進む分野として,食品・飲料・タバコ,繊維・皮革・衣料,電気・電子機器,輸送機械,商業サービス等が挙げ,られている。EC委員会側も化学等伝統的に競争力のある産業の見通しは明るいものの,輸送機器,電気・電子工業等の分野は今後とも産業再編が促進されるとみており,EC統合を控えてM&Aはますます活発化するものと見込まれる。

(EC経済への影響)

戦後のアメリカからのEC向け直接投資及びEC域内での域内直接投資は,EC経済に多大な貢献をしてきた。EC域内には石油を中心に,自動車,化学分野等に外資系企業が多数存在し,EC経済を支えてきた。

第4-1-6表はEC主要国における外資系企業の売上,雇用,投資の全体に占めるシェアを表しているが,イギリス,西ドイツ,フランスとも売上,投資は20%前後,雇用でも15%前後を占めている。特にフランスではシェアが高く86年の売上が26%,雇用が21%となっている。また,イギリスにおいては,現在,製造業生産の20%以上を外資系企業が占め,また自動車産業の60%,化学産業の3分の1を外資系企業が占めている。また,95年までには,外資系企業の割合が製造業部門において,40%に達するとの見方もある。イギリスにおいては,外資系企業は輸出や技術開発の他,現地企業との競争を通じて経済全体の活性化にも貢献したとされる。イギリスの例のようにEC経済において,外資系企業は重要な役割を果たしてきたと言える。

現在,活発化している国境を越えたM&Aも,EC全域での競争を促進し,EC企業の競争男を高めることにより,ヨーロッパの一層の発展に資するものと考えられる。しかし,M&Aは,産業再編を促すと同時に,競争相手の数を減じる効果もあり,それによって各産業で過度の独占状態が形成された場合には,経済的にはデメリットとなる可能性も否定できない。このため,現在行われているM&Aが真にヨーロッパの経済発展に資するものとなるよう,ECレベルで競争法等の適切な政策運営を行うことが重要な課題となろう。

一方,EC域内のみならず,域外の日本やアメリカからのEC向け直接投資も活発化しているが,とりわけM&A形態ではなく,工場建設型の投資は,今後とも雇用面や技術面で,被投資国経済に大きく貢献すると見込まれる。

4. 各国の経済構造の調和

貿易,直接投資を通じて世界経済の一体化が進むにつれて,各国の経済構造の相違がより先鋭に意識されるようになり,しばしば国際的な摩擦の原因ともなっている。日米間で設けられた日米構造問題協議などの二国間の協議では,自らの制度を正当化しがちである。そこでより広い視野の下,多国間で相互の制度を相対化しつつ比較することが有益であると考えられる。本節では,米,日,欧の経済構造の相違を±に企業の資金調達方法,労使関係,市場の競争性等に着目して相互比較し,各国でどのような特徴があるのか論ずる。最後に,各国がそれぞれの経済構造を互いに調和あるものにする必要があることを述べる。

(日米欧の経済構造の比較)

① 企業の資金調達方法

ここでは,各国の金融・資本市場の規模についての概観を行い,企業の資金調達方法の特徴をみる。

第4-1-7表は,各国の金融・資本市場の規模を示したものである。アメリカ,イギリスでは資本市場の比重が高く名目GNPの2倍から3倍の規模に達しているのに対し,西ドイツでは金融市場の比重が高く,資本市場は名目GNPと同額程度にとどまっている。日本は,1980年末の時点では西ドイツと同様に資本市場の規模は小さかったが,近年のエクイティファイナンスの活発化による株式発行数の増加及び株価の上昇等によりその規模が拡大した。このような相違は,企業の資金調達方法にもあらわれている。貸借対照表の資本負債勘定を各国について比較すると(第4-1-8表),アメリカ,イギリスでは自己資本比率が50%程度になっているのに対し,日本,西ドイツでは低くなっている。これは,アメリカ,イギリスでは企業が株式発行等を中心として資金調達を行ってきたのに対し,日本,西ドイツでは銀行からの借入を中心として資金調達を行ってきたことを示している。日本の銀行借入に対する依存度が高いのは,高度経済成長期における企業の旺盛な資金需要を企業内部の手元資金だけでは賄いきれなかったことに加え,株式市場が十分に発達していなかったためであると考えられる。近年は株式,転換社債,ユーロ市場での新株引受権付社債による調達が盛んに行われるようになってきており,資金調達手段の多様化がみられるが,普通社債発行については適債基準,社債発行限度額,受託制度等の諸規制・諸慣行が依然として存在しているといった問題点も指摘されている。一方,西ドイツでも銀行借入が中心であるが,その理由としては,上場手数料が高いことや,株式,転換社債の発行額面に1.O%の会社税が課されることなどから直接金融による調達が制度上不利となっていること,また企業の同族的色彩が強く,調達時の財務内容の公開を嫌うことなどが挙げられる。

② 企業間の結びつき

ここでは,株式の保有シェアを通じて各国における企業間の結びつき及び銀行との関係について概観し,それが各国におけるM&Aにどの・ような特徴番をたらしているか述べる。また,配当性向(=配当/当期利益)の比較を行い,企業経営の相違にふれる。

第4-1-9表は各国の株式保有シェアの部門別比率を示したものである。特徴としては,第一にアメリカでは個人株主の保有シェアが高いこと,第二に日本と西ドイツでは,個人株主の保有シェアは約2割と低く,非金融法人のシェアが高くなっていること,第三にイギリスでは機関投資家のシェアが高いことが指摘できる。こうした部門間の株式保有シェアの違いは各国の金融機関と企業,ある,いは企業間の関係の一端を表していると考えられる。日本及び西ドイツの非金融法人の保有シェアの高さは,日本では企業間で株式を持ち合うことにより,また,西ドイツではコンツェルン内での上位会社の下位会社株式の所有により,グループ関係を維持していることを示している。また,日本においては銀行の保有シェアが他国に比べて高く,長期的な取引関係を有する企業に対して銀行が安定株主としての役割を果たしている。一方,西ドイツについては銀行による保有シェアは表面上低いが,三大銀行を始めとする銀行は資本参加会社などを通じて間接的資本参加を行っていることに加え,監査役を関係会社に派遣したり,多くの一般投資家から預託された株式をもとに議決権を行使したりする(代理議決権行使)ことにより,経営を通じ企業に対して強い関与を行っているものと考えられる。

このような企業間の結びつきは近年頻繁に行われているM&Aの形態にも影響を与えている。各国のM&Aの件数をみると,アメリカ,イギリスにおいてはM&Aが盛んに行われているのに対し,日本,西ドイツでは近年着実に伸びているもののアメリカに比べなおその数は少ない(第4-1-10表)。アメリ力でM&Aが日本に比べ盛んな理由は,アメリカの企業では株価,配当牲向が重視されていることから,短期的な業績をあげるため,成長分野での企業買収,不採算部門の売却が容易に行われることである。一方日本では,企業そのものを市場で売買することが必ずしも一般化していない。これは,日本の企業では経営者,従業員が長期間にわたり会社組織に従事し,長期継続的に会社を構成する重要な主体となっており,会社運営が株主の利益だけではなく,経営者,従業員の意見を反映してなされていること等の企業経営に対する考え方によるものと考えられる。また,アメリカ,イギリスでは敵対的買収が増加しているが,日本,西ドイツではそれほど多くはないといわれている。これは,日本では敵対的買収に対し心理的な抵抗が依然として強いことの他,安定株主対策が進んでいるため浮動株式数が少なく,第三者による株式の大量取得が事実上困難であること,また,安定株主は株価が値上がりしても売却しないため,株式の公開買付け(TOB)が行われにくかったこと等のためである(但し,,TOBについては今般の証券取引法の改正により機動的に利用できるよう,制度の改善が行われた)。特に西ドイツについては銀行が企業に対して強大な影響力をもっていることが敵対的買収を行うことを事実上困難にしている。一方アメリカ,イギリスにおいては株式保有の機関投資化現象が生じており,こうした機関投資家は収益率を上げるため株価の変動に対し敏感に株式を売買する傾向にあるため,株価を吊り上げることによりTOBを行い易くなっていることも一因と考えられる。

最後に,各国の配当性向を比較すると日本の配当性向はアメリカ,西ドイ ツ,イギリスに比べかなり低い水準で推移している( 第4-1-11表 )。これ はアメリカでは,企業の株式による資金調達が活発であり,また配当収入を目 的として株式を保有する度合いが高いために経営者にとっては配当額を上げる ことが重要な経営目標であること及び企業は株主の所有物とする考え方が強 く,利潤は還元すべきであるとの認識が強いことと関係がある。このような経 営者の行動あるいは企業観は短期業績主義を生む背景にもなっている。一方, 日本では企業は1株当たりの配当金を目安として額面に対する配当率を一定に 維持する傾向が強く,個人投資家は株式売買によるキャピタル・ゲインを得る ことを重視している面もあることから,配当性向水準は低くなっている。また 企業は経営者あるいは従業員のものとの意識が強く,配当などで株主に還元す るよりは業務拡大のための内部留保を積極的に行うためである。これらは長期 的視点に立った企業経営を行うことを可能としていると考えられる。

③ 労使関係及び労働市場の柔軟性

ここでは,まず各国の労働組合の形態について触れ,各国の労使関係が協調的か対立的か等について述べる。次に,労働市場の柔軟性の一つの尺度として各国の失業者数に占める長期的失業者数の比率等についてみることとする。

イギリスは最も早く労働組合が発生した国であり,組合交渉も複雑なものとなっている。職業別組合,一般組合,産業別組合,ホワイト・カラー組合などの複数の組合が存在しているため,組合交渉は複雑になる傾向がある。一方,アメリカ,西ドイツでは産業別組合を中心として労使交渉が行われるのに対し,日本では企業別組合を中心とする。

第4-1-31図は労働組合組織化率の推移を示したものである。これによると西ドイツの組織化率は安定的に推移しているのに対し,他の3か国の組織化率は徐々に低下している。一方,組織化率の水準ではイギリスが約50%と最も高く,ついで西ドイツ,日本,アメリカの順になっている。概して欧米では組織化率の低下に加え,近年労働組合が賃金上昇率のみならず雇用の安定を重視するようになってきたこと,及び国際競争が激化し,生産性の向上,競争力の強化の必要性が広く認識されるようになってきたことから,労使間の対立的関係は一般的に薄まる傾向にある。特にアメリカでは,基幹的産業の国際競争力の低下に基づく輸入増や規制緩和に伴う競争の激化等により,労使間の力関係は大きく変化し,これを反映して労働争議による労働損失日数は低下傾向にある( 付表4-2 )。同様にイギリスにおいても80年代始めの深刻な不況による組織率の低下及び政府による労働組合への規制の強化等から労働組合運動は弱まる傾向にあるが,労働損失日数は他の3か国に比べて高く労使関係には依然対立的関係が残っていると考えられる。また,西ドイツでは労働組合組織化率が高いが,労働損失日数は非常に低くなっている。これは企業の監査役会のメンバーに従業員の代表を選出することになっていることから(共同決定法),労働者側の要求は事前に監査役会で協議が行われ,監査役会で解決される可能性が大きいためである。日本の場合も労働損失日数は低い。これは,終身雇用制を採用していることや不況に際しては配置転換等により対応し極力解雇を避けようとすること等から従業員の企業に対する共同体的意識が強く,労使関係が協調的であること,欧米に比して経済情勢が良好に推移したこと,及び労使協議制が普及していること等が背景として考えられる。

今回の景気拡大局面で雇用需要が増大する中で,失業率の推移は各国によりばらつきが見られる。各国で相違が生じた原因の一つとして,労働市場の柔軟性の相違が挙げられる。

第4-1-12表は失業者に占める長期的失業者の比率を示したものである。この表からわかるように,失業期間が6か月以上である失業者数の比率はアメリカでは1割,日本は4割前後で推移しているが,西ドイツ,フランス,イギリスでは6割に達している。このように西ドイツ,フランス,イギリスにおいて雇用増が続いているにも関わらず,長期的失業者数の比率が高いことの要因としては,労働市場において,労働組合に守られている既存の労働者と新規の労働者との間で十分な競争が働いていないため,このような失業者の存在が賃金を引き下げる圧力として働かず,賃金が硬直的になりがちであること,地域間の労働移動が少ないことなどが考えられる。また,失業期間中の所得保障が西ドイツ,フランス,イギリスではアメリカと比較して高額であり,こうした高額の給付が労働のインセンティヴを弱めている可能性もある。こうした長期的失業率の増大は,失業期間中に技術,技能が衰えること,企業の選好が失業期間の短い者に向かうこと等から,より一層失業期間の長期化を進めるおそれがある。

次に第4-1-13表は,国内はおける人口の移動状況を示したものであるが西ドイツ,イギリス,フランスでは,アメリカ,日本よりも人口の流動性が低い。地域による雇用のミスマッチを和らげるためには,失業率の高い,地域の雇用機会を創出するとともに,失業率の高い地域から低い地域に対する労働者の移動を活発化させることが重要である。アメリカにおける労働市場の地域的な流動性の高さは,地域間の雇用のミスマッチを改善するなど労働市場の効率性に寄与しているものと考えられる。このような人口の流動性に影響を及ぼしている要因として,失業率が低い地域において不動産価格が上昇すること,移動の主要な動機となる地域的な賃金の格差が小さいこと等が挙げられる。たとえば,イギリスについては家賃の統制により借家の充分な供給が妨げられたことに加え,労働需給のひっ迫した南部で住宅,土地等の価格が高まったことが労働者の南部への移動を妨げる要因となっている。

また,日本については,円高等の環境変化に対して,配置転換,職種転換等を行うことにより,速やかに新しい生産形態,職務形態の変化に対応してきた。また,新技術の導入に際しても,教育訓練を継続的に行うことを通じて,労働者の円滑な技術習得や適応が可能となる一方,労使がコミュニケーションを図りつつ協調的に対応を行ってきた。こうした例は,企業内における労働力の配置の柔軟性として指摘されている。

④ 市場の競争性

ここでは,各国における企業規模について言及し,また日本で輸出競争力の高い乗用車及び家電製品について,市場の競争度合を比較することとする。

まず,第4-1-14表は従業員数の規模ごとの企業数のシェア及び従業員のシェアについてみたものである。アメリカ,西ドイツでは,企業数全体のわずか1%程度しが占めない1,000人以上の大企業で従業員数全体の約40%程度が働いている。一方,日本,イギリスでは1,000人以上の大企業で働く従業員数は全体の205に満たず,中小企業で働く従業員シェアが大きい。このことから,アメリカ,西ドイツでは,少数の大企業への経済力の集中が日本あるいはイギリスよりも進んでいることがわかる。

次に,日本における代表的な輸出品目である乗用車及び家電製品について市場の競争度合をみることとする。第4-1-15表によると乗用車については,アメリカでは3社が国内生産の約9割を占めており(日本は7割),かなりの寡占化が進んでいる。また,家電製品については(第4-1-16表),西ドイツの寡占化が進んでいるが,日本,イギリスはかなり競争的な市場を形成していることがわかる。このように,乗用車,家電製品における日本の輸出競争力の強さは,国内市場において競合するメーカーが欧米に比べて多く,活発な競争が行われていることから生まれている。

⑤ 企業と家計の関係

ここでは,民間部門に焦点をあて,民間部門の国民所得が家計と法人企業との間でどのように分配されているのか調べることとする。

第4-1-32図は,民間部門の国民所得(個人企業所得を除く)に占める家計の雇用者所得,家計の財産所得及び法人企業所得の比率をあらわしたものである。国際比較を行う場合,各国の就業構造,制度上の違いもあり,厳密な比較は困難であるが,日本の民間部門の国民所得に占める雇用者所得比率はアメリカ,西ドイツと比べやや低くなっている。財産所得(個人企業及び非営利団体の財産所得をも含む)を含めて考えるとこの傾向はより鮮明になる。また,法人企業所得の比率は日本の場合アメリカ,西ドイツよりも高い。これは日本では企業が収益の配分を配当より内部留保の増加として企業内に留める傾向にあることも反映していると考えられる。その反面,日本の企業はその従業員に福利厚生面について社宅,保養所等の提供という形での配分も行っているが,このような慣行は欧米ではあまりみられない。

なお,企業と従業員の関係について,日本の労働時間をみると,アメリカ,西ドイツと比べ200~500時間長くなっている(製造業生産労働者,1988年)。

これは,欧米に比べ完全週休二日制の普及が遅れていること,年次有給休暇取得日数が少ないこと,及び所定外労働時間が長いことによる。こうした長い労働時間は,豊かさを実感できない要因の一つとなっている。

⑥ 研究開発に対する国の関与

近年,経済のグローバル化が進展し,国境を超えた競争が激化していく中で,各国政府は自国の産業競争力を強化すること等を目的として,研究開発に対し様々な政策を講じている。ここでは,研究開発に占める公的負担割合を比較することにより,研究開発に対する各国政府の関与について検討を行うこととする。

第4-1-17表は,国防研究費を除いた研究開発費用に占める政府支出の割合を示したものである。この表から西ドイツ,アメリカでは公的負担比率が高く,研究開発費全体の3割程度に上っているのに対し,日本,イギリスでは2割に満たないことがわかる。一方,研究開発投資の対GNP比では日本,西ドイツ,アメリカが比較的高いことから,日本では他国と比べて多額の民間主導型の研究開発投資が行われでいることがわかる。

(各国による構造調整の必要性)

ここでみたのは,各国の経済構造を構成するいくつかの限られた側面に過ぎないが,それでも米,欧,日それぞれ特徴があり,一概にどの国の構造が正統的であるとは決められないことがわかる。たとえば,資金調達の面では間接金融主体の日本と西ドイツ,直接金融主体のアメリカ,イギリスという特徴があり,労働市場の柔軟性では,アメリカ,日本が西ドイツ,イギリスに比べ柔軟であるという特徴がある。しかしながら,経済のグロ-バル化が進む中で,各国の経済構造の相違がより先鋭に意識されはじめ,経済構造の相違は経済の一体化への阻害要因となり始めている。このような状況の下,例えばOECDの場で行われているような構造問題に関する多国間の論議は互いの経済構造をより広い視野の中に位置づけることができ,建設的な議論を行えることから,今後,一層積極的に取り組む必要がある。その際,互いの経済構造について理解を深め,その相違が貿易や資本の自由な交流を妨害しないよう必要な対応策,国際的なルールのあり方について幅広い検討を行っていくことが望まれる。言うまでもなく,制度,慣習等で国民の文化的,歴史的背景を有するものであっても,経済合理性が低いものは,他国からの指摘を待つまでもなく,自ら改めるべきであり,また一概に不合理と断定できないものについてもできる限り透明性を高め,誤解を与えないように努めることが重要である。