平成2年

年次世界経済報告 本編

拡がる市場経済,深まる相互依存

平成2年11月27日

経済企画庁


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第3章 ソ連・東欧経済の現状と経済改革

第4節 東欧の経済改革の現状と課題

89年秋からの政治体制の変革によって,東欧諸国における経済改革は,その性格を中央計画経済の改善から市場経済への移行へと変化させた。各国の改革の内容は,そのスピードと拡がりにおいて異なる面はあるものの,基本的な要素については,次のような共通点がある。

ここではまず,各国の改革の状況の詳細をみた後,共通の問題点,今後の課題を論じる。

1. 改革の現状

ポーランドとユーゴスラビアでは,新政権が89年以前の部分的な改革の行きづまりを打開するため,抜本的かつ早急な改革の実施に踏み切っている。90年下半期になって,チェコ・スロバキアでも,包括的な改革が打ち出されている。

また,ポーランド,ユーゴスラビアでは,89年以前の部分的な改革がともに大幅なインフレを招いたため,最近では強力な経済安定化政策を導入しながら,同時に市場指向型の経済改革を推し進めようとしているという点が,その特徴である。

(1)ポーランド

89年,9月に発足したマゾビエツキ内閣は,早期の経済安定化と,市場経済システムへの移行を緊急課題として掲げ,急進的な路線を選択した。特に,前政権が実施した食料品価格の自由化,賃金上昇の物価リンクによって引き起こされたハイパーインフレへの対策を重視した。

89年10月に発表された「経済プログラム」(通称「バルセロヴイッチ・プラン」)は,移行期の負担を軽滅するべく,2年間での市場経済への移行完了を企図した,典型的な急進的改革案であった。

その主な内容は,①通貨ズロチの切下げとそのレートの維持(1ドル=9,500ズロチ),②懲罰的税制による,賃金のインデクセーションの抑制,③補助金削滅,課税厳格化による財政赤字の削減,④企業への貸出抑制と利子率の引上げ,⑤価格自由化,⑥付加価値税の導入,個人所得税の合理化による税制改正,⑦国営企業の民営化,⑧破産及び労使関係に関する法律の修正,⑨株式市場の創設,等である。

以上のうち,①~④はインフレ抑制のための安定化政策といえ,⑤~⑨は市場経済化への改革といえる(①,③,④は双方の色彩を帯びている)。

以上の改革によっでインフレは大幅に鎮静化したが,生産が前年比2~3割の減少と大輻に減少し,大量の失業者が発生し(失業率4~5%),実質所得も低下した。とのように,年初来の安定化計画で,過度に減退した国内需要を喚起することを主眼に,政府は7月6日,計画の一部見直しを発表した。

主な内容は,(1)財政政策の転換,(2)貸出金利の引き下げ,(3)賃金抑制の見直し,といった安定化計画の見直しと,(4)外国投資の自由化,(5)関税,輸入税引き下げによる輸入振興,の新たな市場化である。

(1)では,③の改革によって,90年上半期,財政は18兆ズロチの黒字に転換したが,これを下半期は8兆ズロチの赤字として,財政支出を拡大する゛とともに,通貨供給を増やす。

(2)では,④によって,企業・家計の上半期の銀行借入れが,物価上昇率を大きく下回ったことから,貸出金利の引き下げを行う。

(3)では,賃金上昇の消費者物価上昇に対する上昇幅の上限を,現行の30%から,7月は100%,8,9月は60%に変更する。

(4)では,利益の海外送金規制の緩和とともに,公認外国為替業者の海外銀行との取引が認可された。

(5)は,原材料,生産財を中心とする2,500品目の関税削減,撤廃によって,国内の独占企業に競争環境を与えて,国内価格を国際価格に近づけることが意図されている。

また,9月1日から,最低賃金を従来の3倍の35万ズロチに引き上げることも発表された。このように,ポーランドでは,市場指向型の経済改革とインフレ抑制のための安定化政策が同時に実行され,安定化政策については,引締めが効いてインフレは鎮静化したが,生産の大幅滅少,失業増加という代償を伴った。このため,ストライキが発生する等国民の一部には,改革に対する不満も出てきている。他方,市場指向型経済改革については,価格の完全自由化,企業の予算制約の強化が図られているが,国営企業の民営化は法制の整備が主となっており,まだ現実化していない。こうしたなが,7月に引締めの見直しによって,今後産業構造の調整が進み,失業がますます増大するとみられることから,徹底的な市場原理の促進に対する抵抗も強まってくるものとみられる。経済改革の先行きは,なお予断を許さないものがあるといえる。

(2)ユーゴスラビア

ユーゴスラビアでは,89年12月に,マルコビッチ首相によって,安定化政策と市場化政策が導入された。

安定化政策としては,90年1月似降,①1/10000のデノミを実施して通貨を新ディナールに切り換える,②新通貨の外貨交換性を回復(1西独マルク=7新,ディナール)し,その交換レートを維持することにより,自国通貨に対する信認を取戻し,③赤字企業5の補助金供与のため9通貨増発を抑制する,④賃金を89年12月15日のレベルで90年6月まで凍結する,⑤公典料金と,鉄,非鉄金属,医薬品等工業製品の25%の価格を90年1月から1年間凍結する(これ以外については自由価格を維持する)等が導入された。

また,市場化政策としては,①完全な市場経済を導入する,②所有形態の多様化を容認し,法的にも平等の地位を与える,③社会有部門の所有権を明瞭にする,④国内経済を国際経済へとリンクさせる,⑤各経済主体の独立化,⑥市場経済化に適した経済政策手段を創設する,の6つの原則が導入された。また,90年2月には,証券取引所が第2次大戦後初めて再開された。

これらの政策によりインフレは急速に鎮静化したが,ポーランド同様,生産の減少が著しく,大量の失業者が出たため,6月29日,マルコビッチ首相は第2段階の経済改革計画を明らかにした。おもな改革点は以下の通りである。①投資と生産の活性化のため,利子率を引き下げる。②内外資本導入により生産性を向上させる。③賃金上昇を賄える好収益企業には,賃金凍結を部分的に解除する。④私的所有を導入し,企業の私有化,資本市場整備への道を開く。⑤各共和国の公共支出を約18%削減する。特に④については,社会有企業の最高70%の株式を,実勢価格の60%程度,一般労働者の年給3年分を超えない価格で労働者に売却する計画が発表されている。

ユーゴスラビアのハイパーインフレの収束については,ポーランドとの類似点がみられる。すなわち,金融面での引締め,賃金抑制に加えて,自国通貨をハードカレンシーであるマルクにリンクさせたことである。ユーゴスラビアでは,国民の外貨保有が極めて大きいため,通貨の切下げは自動的にマネーサプライを増加させ,これがハイパーインフレの主因となっていた。

こうした改革政策は,結果として,連邦政府の権限強化をもたらしたが,主権宣言を行っているクロアティア,スロベニア共和国等はこれに強く反発しており,連邦政府との対立が続いている。今後の情勢によっては,改革政策にも影響が及ぶものと思われる。

(3)ハンガリー

ハンガリーでは,68年から比較的コンスタントに市場経済化への改革が進められており,価格の自由化,金融制度の改革,対外取引の自由化にも早い段階から取り組んできた。90年春の自由選挙で成立した新政権も,これまでの流れに沿った漸進的な改革を行うとしている。しかし国内には,経済の不振が続くことへの苛立ちも出始めている。また,これまでの改革の中でかなりの価格自由化が行われたが,ポーランド等のようなハイパーインフレを招かなかったため,ポーランド,ユーゴスラビアのような緊縮政策は採用されていない。

90年以降の改革の中で,主要な位置を占めているものの一つに,国営企業の民営化がある。ハンガリーでは,国営企業の民営化が証券市場を通じて,進められる予定である。しかし,社会主義国企業の資産評価は困難で,恣意性が加わる恐れもあることから,90年3月国営企業の資産処分を管理する国家資産庁が設置された。国家資産庁は,各国営企業の民営化計画や,企業資産の譲渡に対し,社会利益に反すると判断した場合には,その民営化を差し止めることが出来る。政府は90年9月末,国堂部門の経済に占めるシェアを現在の90%程度から,95年には40%程度にまで引下げるととを目指す民営化プログラムを発表した。同プログラムでは,まず最初に民営化すべき20企業が指定されている。

国内の資本蓄積が十分でない現状で,民営化を大規模に進めていくためには,外資の導入が不可避と考えられ,政府も直接投資導入を柱とする外資導入政策を推進しているが,ハンガリー企業に対する外国資本のオーバープレゼンスも懸念されており,民営化プログラムの先行きは楽観できない。

こうした情勢下,政府は,9月26日,今後3年間の経済改革の優先事項を示した「国家再生計画」を発表した。計画は,国際収支の安定と,年率30%を超えているインフレの抑制を当面の目標とした上で,国営企業の民営化,規制撤廃,通貨フォリントへの交換性付与等を優先事項として掲げている。民営化に当たっては,買収する事業家に対して,買収資金が「E(EXISTENCE)ファンド」から優遇利率で融資される予定である。また,外国投資への管理手続きと輸出免許制度の簡素化や,輸入関税のGATT勧告水準への引き下げが計画されている。税法,予算配分,破産制度,社会保障,銀行業,労働市場,郵便サービス,鉄道・河川輸送,兵役等,様々な分野についても改革案が示されているほか,燃料,牛乳,日用品への価格補助金や,鉱業,鉄道への補助金は撤廃,農業助成金は削減される予定である。

(4)チェコ・スロバキア

チェコ・スロバキアは,東欧諸国の中でも経済は安定しており,上記の3か国のような多額の対外債務もなく,国民生活も東欧諸国の中では比較的豊かであった。このため,89年の変革では,改革は規制の強かった政治面に集中しており,90年に入って部分的な改革はなされたが,全般的な改革戦略は,自由選挙後の新政権によって,93年までの市場経済移行を目標とする「経済改革のシナリオ」が発表されるまで待たねばならなかった。

総選挙後の第2次チャルファ内閣によって,「経済改革のシナリオ」が閣議決定され,9月4日に公表された。

その内容は,大きく7つの部分に分かれている。

このようにチェコ・スロバキアの場合,改革プログラムの策定は,その他の東欧諸国に比べ遅れたが,その内容は,価格自由化,民営化を含む本格的なものである。チェコ・スロバキアは,物価上昇の落ち着き,対外債務の少なさという好条件があることから,改革を進めていく上で他の東欧諸国に比べて有利である。実体経済がそれほど悪くないだけに,生産減,失業増という構造調整の苦痛にどれだけ耐えられるかという問題があろう。

(5)ブルガリア,ルーマニア

プルガリアでは,90年6月の自由選挙でも旧共産党が政権党に選ばれ,選挙後,激しい抗議行動が起きた。また,ルーマニアでも,救国戦線が90年5月の自由選挙で政権党となったが,旧共産党貝の政権への参加等に対して激しい抗議が続き,政府側による弾圧を招いた。こうした政治上の混乱から,両国の経済改革は東欧諸国のなかでやや取り残された感があったが,90年下半期に入り,抜本的な改革への新たな動きが現れ始めている。

ルーマニアでは,90年2月,市場経済化の第1段階として小規模の私営企業(従業員20人以内)が認可された。私営企業は製品価格を自由に設定でき,外国貿易も直接行うことが可能で,以後2か月で約2,000件が認可された。さらに,株式会社の認可も予定され,従業員数も100人程度まで増やされる予定となっている。

7月31日,国営企業の民営化法案が可決された。同法は,国営企業資産の30%を,新設の国家民営化庁に移管し,同庁から債券あるいは株式の形で国民に分配される,と定めている。細則については今後決定され・るものとみられる。

また,鉄道,鉱業,国防産業等の基幹産業は半官半民的な企業に再編される。

政府は,10月1日,中東危機による石油価格高騰等を理由に,国内エネルギー消費の8割以上を占める工業部門へのエネルギー補助を停止し,エネルギー消費に対する新税の導入を発表した。これらの措置による,国営企業のエネルギーコスト増は,これまでの4倍程度に達するものとされている。

ブルガリアでは,90年2月,野菜・果物価格の一部自由化(主要17品目を除く)を実施し,3月には19種類の商品・サービスの価格自由化が決定された。

8月1日に,ムラデノフ前大統領の後任として,民主勢力同盟のジェレフ議長が選出された。9月19日には,ルカノフを首相とする社会党単独政権が発足した。

政府は,10月10日,国営企業民営化,競争強化,通貨・金融・銀行制度の刷新等を柱とする,経済改革計画を国会に提出した。この計画によるど,民営化については,まず最初の段階として小規模な民営化が計画されており,中小の国営企業は年内に,内外の事業家に売却される予定である。また,経済活動への政府規制も,「禁止されていないことは,全て許容される」との原則に沿って緩和され,外国銀行の支店開設認可や,91年1月を期した新税制の導入も予定されている。基幹生産財を除いた価格自由化や,賃金交渉の自由化もうたわれている。また,経済改革に関連して,国有・私有両部門の平等の保障等,憲法改正への着手も計画のなかで提起されている。

2. 共通の問題点,今後の課題

(インフレへの対応)

改革に伴う価格の自由化がインフレに結びつくことに対する懸念が時として表明されるが,価格の自由化による物価の上昇は一回限りのものであり,これが継続的な物価上昇に結びつくかどうかは,マクロの経済環境(マネーサプライ,需給の状況等),経済主体のインフレ心理の有無等によって決められるものと考えられる。

ポーランド,ユーゴスラビアでは,価格の大幅な自由化とあわせて,財政金融面の引締め政策,賃金抑制策が採られ,企業や家計のインフレ心理も抑えられたことから,ハイパーインフレの収束につながっている。したがって,今後,他の諸国においても価格自由化がインフレにつながらないよう,十分な配慮が必要である。

(国有企業の民営化)

市場経済を担う自立した経済主体を作るためには,国有企業の非独占化,民営化は不可欠である。その意味で,どこの国の改革プログラムでも,国有企業の民営化がうたわれているが,これらは,①国内の資本蓄積が小さいこと,②国有企業の経営内容,資産価値の評価の問題,③資本市場がないが,未発達の状況下で株式の売買をどのように行うがという問題,④元来国有資産であったものを,どのような原則で私人の手に渡すかという問題があり,その解決は容易ではない。チェコ・スロバキアでは,クーポンを利用したシステムが考えられているが,どの程度実行可能性があるのかについては疑問も多い。さらに,より根本的ともいえる問題は,たとえ民営化されたとしても,この企業の経営者が市場経済にふさわしい行動原理で競争できるがという点である。戦後40年以上も社会主義体制下にあって,その中で育った人々が企業家精神を持った経営者となれるかという疑問である。

この民営化があまり進まないままに,価格の自由化が先行して行われれば,国営企業はいずれもその財の生産で独占的な供給者であることから安易な価格引上げが行われ,価格の自由化が資源配分の効率化に資するという意義は大きくそがれることとなろう。第3-4-1図でポーランドの実質賃金の推移をみると,上昇,急落を繰り返している。これは,名目賃金の上昇が物価上昇を招き,実質賃金の低下を招く,そのため,名目賃金が更に引き上げられ,一旦実質賃金は上昇するが,再び物価上昇により,実質賃金は下がるというプロセスを繰り返しているからとみられる。このようなことが起こるのは,そもそも企業にコスト意識がないことから,名目賃金の引上げによるコスト増を安易に価格に転嫁する行動をとることによるものとみられる。価格の自由化は,企業がこのような行動をとることを一層容易にさせるものである。したがって本来,価格の自由化は,国営企業の民営化等により企業にコスト意識を持たせるようにした後ないし同時に行うべきである。

(移行期の経済停滞が改革を中途半端なものとする危険性)

市場経済への移行により,既存の産業構造,生産構造は大きな転換を迫られることになる。この過程で生産減,失業増は不可避であり,国民の生活水準も一時的には低下するものと考えられる。

このため,衰退産業への補助金,安易な賃金引上げの承認,統制価格の復活といった改革に逆行する政策が打ち出される危険性がある。政権基盤が不安定な国では,特にこのリスクは高いものと思われる。中南米で過去何回か繰り返されたように,経済改革が試みられても,そのつど改革に伴う経済的苦痛から改革の内容が骨抜きにされ,結局失敗するという経験を繰り返さないためにも,東欧諸国においては,徹底した経済改革を貫き通す必要がある。西側諸国としても,東欧諸国の改革が市場経済の一層の拡大という意義を有することに鑑み,このような改革を行う東欧諸国に対し,積極的に経済支援を行うべきである。


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