平成2年

年次世界経済報告 本編

拡がる市場経済,深まる相互依存

平成2年11月27日

経済企画庁


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第2章 ドイツ統一とヨーロッパ統合の進展

第1節 ドイツ統一の過程とその影響

1990年10月3日,統一ドイツが誕生した。東独市民の民主化要求や大量出国を背景に89年11月9日にベルリンの壁が崩壊,その後わずか1年足らずで,人口7,787万人(EC第1位,世界第12位),面積35.7万Km2(EC第3位,世界第58位〔日本に次ぐ〕),名目GNP13,051~13,956億ドル(EC第1位,世界第3位〔ただし,共産圏は除く〕)の統一国家がヨーロッパの中央部に成立し,これにより東西ドイツ成立以降41年間続いてきた分断の歴史は終わった(統一前の東西ドイツの基本的計数については,付表2-1を参照)。

本節では,まずベルリンの壁崩壊から統一ドイツ誕生までの過程を概観した後,統一によって生じるドイツ経済への影響を整理し,ECや東欧等の周辺諸国,更には世界への経済的な波及効果を考察する。

1. ドイツ統一の過程

(詳細は付表2-2を参照)

第2次大戦での敗北により,ドイツは戦勝国である米・英・仏・ソ4か国の共同管理下に置かれ,主権を奪われると同時に,国家と民族の分断を強いられることになった。ドイツの戦後史は,米ソを中心とした東西両陣営の枠組みのなかでの主権回復の歩みであると同時に,国家と民族の再統一を目指す歴史であったといえる。

ベルリンの壁の崩壊(89年11月9日)とドイツ統一へ向けた動きは,当事国である東西両ドイツの動きだけでなく,周辺の東欧諸国の政治改革,米ソ間の協調の進展等による東西間の緊張緩和とも密接な関係をもっていた。ドイツ統一へ向けたプロセスとしては,東西両独2国間での合意に始まり,戦勝4か国を含めた6か国(「2プラス4」)外相会議での合意を経て,この「2プラス4」の結果をCSCE(欧州安保・協力会議)外相会議で報告する,という手順で進められた。

(1)経済の統一

ベルリンの壁開放前後から,東独市民の西ドイツへの人口流出が急増し(第2-1-1図),大量の労働力の流出は東ドイツの経済活動に打撃を与えただけでなく,受入れ側の西ドイツにも,住宅不足,財政負担増大等の問題を発生させた面があり,両国経済の大きな不安定要因となっていた。このような状況下,東独マルクを西独マルクに交換・代替させる通貨同盟は,両独統一後の生活に不安を抱いている東独市民に安心感を与え,東ドイツにとどまらせる最も効果的な方法として打ち出された。

90年7月1日,「両独通貨・経済・社会同盟創設に関する国家条約」(付表2-3)が発効したことで,経済の統一が達成された。

同条約の柱の一つをなす通貨同盟では,西独マルクが東西両ドイツ共通の通貨となり,懸案となった交換比率については,①賃金,地代,家賃,年金については等価,②その他の資産負債についてはl西独マルク対2東独マルク,③居住者の現預金については,年齢別に3段階の金額(14歳以下2,000マルク,15歳から59歳まで4,000マルク,60歳以上6,000マルク)を設けることで対応された。また金融制度・政策については,西ドイツの金融制度を東ドイツに導入し,西独連銀が東ドイツの金融政策を運営し,責任を負うことになった。他方の柱である経済・社会同盟については西ドイツの社会市場経済原則を東ドイツに導入し,財政制度を含め原則として西ドイツの現行法が全て東ドイツに適用されることとなった。

これによって,東ドイツの経済主権の西ドイツへの委譲と市場経済への全面的な移行が行われることとなった。

(2)政治の統一

西ドイツの法的粋組みとして機能してきたボン基本法は,両独統一の方法として,同法23条による東ドイツの西ドイツへの編入と同法146条により統一憲法制定後に両独対等の立場で統一,という2つの統一方式を定めていた。

90年7月に発効した「両独通貨・経済・社会同盟創設に関する国家条約」では,その前文で,東ドイツが州制度に移行した後(付図2-1)の「国家的統一の達成」を宣言し,23条方式による東ドイツの西ドイツへの編入を採用した。

90年9月29日,「両独統一条約」(付表2-4)が発効したことで,政治・経済の両面で統一に関する法的手続・きが完了した。これにより統一へ向けた国内的な枠組みが確立した。10月3日,ボン基本法23条に基づき東ドイツが西ドイツに編入されることで,政治の統一が達成された。

(3)国際的な承認

90年10月1,2日にニューヨークで開催されたCSCE(欧州安保・協力会議)外相会議では,参加35か国(アルバニアを除く全ヨーロッパ諸国と米国,カナダによって構成)によって東西両ドイツの統一が歓迎された。

ドイツ統一の対外的な問題に関しては,国境問題と安全保障問題が議論の焦点となっていたが,前者については90年6月に東西両独議会が,ポーランドと東ドイツの国境であるオーデルナイセ線を統一ドイツが恒久的に受け入れる旨の決議を採択し,後者については7月の独ソ首脳会談で,ゴルバチョフソ連大統領が事実上統一ドイツのNATO加盟を容認したことで決着がついた。9月12日の第4回6か国(「2プラズ4」)外相会議では,これらの問題を含め,戦勝4か国の留保権の消失や東独地域の非核化等を定めた「ドイツに関する最終規定条約」が署名され,対外的な問題が解決された。このようなソ連側の歩み寄りの背景には,7月のNATO首脳会議において,「新しい時代」に対応してNATO自身が変化するとともに,東側と「新たなパートナーシップ」を構築していくことをアピールしたこと,及び西独が6月末に50億マルクの対ソ政府保証融資,9月には東独地域からのソ連軍撤退に関する費用として150億マルク(30億マルクの無利子融資を含む)の資金供与を決定したこと等が考えられる。

2. ドイツ統一とドイツ経済

東ドイツの西ドイツへの編入は,必然的に東独経済の西独型経済への移行という構造調整を東ドイツ側にもたらすとともに,東独製品に対する需要減退等による生産低下,それにともなう企業の倒産と大量の失業を発生させることになった。一方西ドイツにとっては,西独製品に対する需要増による消費の好調,東独地域再建に要する資金の供与による財政負担の増大,東独地域への財供給増による他国への輸出の減少とそれによる貿易収支黒字の縮小,東独地域復興のための資金需要による金利上昇等の経済的な影響がもたらされることになる。

総じてみると短期的には統一のメリットよりも経済的なコストの側面が目立つが,中長期的には統一による潜在成長力の上昇および規模の利益等のメリットが,ドイツ経済にとってプラスの影響をもたらすとみられる。

(1)東独地域経済への影響

東独地域経済の特徴としては,西独地域と比較して,①第2次産業の就業比率が高いこと(第2-1-2図),②大規模企業の割合が高いこと(付図2-2)等が挙げられる。

産業構造(88年)については,第2次産業の就業比率が機械,輸送機器,軽工業等を中心に47.1%と大きく,第3次産業の42.1%を上回っている(西独地域は第2次産業就業比率が38.3%)。また企業の規模については,1,001人以上の企業は,企業数では4分の1(西独地域では1.1%)となっているのに対し,従業員では4分の3(西独地域では37.6%)を占めている。このような就業構造の相違は,ドイツ統一によってもたらされる構造調整を経ることで,西独型経済へと移行するものとみられる。

東独産業の存続維持に関しては,クラウゼ東独首相府次官が5月10日,「東独企業のうち自力経営できるのは32%,外資導入と国家補助により経営可能なのが54%,倒産が避けられないのが14%である」と発言しているが,東ドイツの産業別の生産性は西ドイツと比較して(付表2-5),電気・電子機器で約2分の1,化学・建設資材で約4割,冶金,機械・輸送機器,軽工業,食料品で約3分の1であり,総合では4割程度とみられる。

ドイツ統一の東独経済への影響としては,①西独製品の流入による東独製品に対する需要の減退,②需要減退による生産の低下,③生産の低下による企業倒産・失業の発生,という経路で,当初の予想を上回る大きな影響が現れている。

(西独製品の流入と生産の低下)

東独地域では,ベルリンの壁が崩壊した89年11月以降,生産の伸びがマイナスに転じた(第2-1-3図)。この理由としては,①西側の良質で安価な製品が東独市場で流通し,東独製品に対する需要が減退したこと,②壁崩壊前後からの大量の人口流出による労働力の減少,③生産に要する原材料の不足等があげられる。なお西側の良質で安価な製品の流入は東独製品の価格低下を促し,東独地域の90年7月以降の消費者物価上昇率は89年平均水準と比べて7月5.5%,8月5.1%,9月3.4%それぞれ低下した。このことは東独企業の経営をさらに圧迫し,一層の生産減を招いていると考えられる。

東独製品に対する需要の減退は,東ドイツの生産減につながり,通貨同盟発効直後の7月の東ドイツの生産は,前年同月比で冶金60%減,食料品58%減,繊維と軽工業で51%減となり,総合で42%減と大幅に落ち込んだ。

(企業倒産と大量の失業の発生)

通貨同盟の発効により,企業の負債は2,317億マルクから1,158億マルクへと従来の半分に縮小しその面では負担は軽減されたが(付表2-6),生産性の上昇がないまま賃金は90年5月1日の額で1東独マルク対1西独マルクの等価交換とされ,さらに以下のような賃金上昇があったため賃金コストが上昇し,東独企率の経営が圧迫された。東独企業の生産性は西ドイツの4割程度,賃金水準は西ドイツの3~4割だったのに対して,保険産業で50%,化学産業で35%,金属産業労組(東独IG-Metall)で22~26%の賃上げがそれぞれ認められたことから,生産性に見合わない高賃金を支払わなければならなくなった東独企業の経営は苦境に立たされた。通貨同盟の影響で倒産した企業は,8月央には120社に達したとされている。大量の失業の発生に対して東独政府は,短時間労働を奨励する一方,7月から9月までの3が月間は,国家補助により賃金の65%を支給して,職業訓練プログラムを受けさせることで対応した。

東ドイツの雇用情勢は,7月以降急速に悪化し,失業者数は7月末の27.2万人の後8月末36.1万人,9月末44.5万人と急増し,失業率も7月3.1%の後,8月4.1%,9月5.0%と大きく上昇した(第2-1-4図)。また,実質的な失業者とみなされる操短労働者の数も,農業,繊維・衣類,機械,電気産業部門を中心に増加し,7月末65.6万人の後8月末150.0万人,9月末172.9万人と急増した。

(農業の不振)

通貨同盟の発効により,政府の補助金を打ち切られた東ドイツの農産物価格が上昇する一方,西側の農産物の流入により東ドイツの農産物に対する需要は予想外に落ち込んだ。8月央には80万人を雇用している農業組合の半分が実質的に倒産したとされ,このような農業の不振に反発して農民によるストライキも発生し,ついには農相の解任という事態にまで発展した。

また実質的な失業者とみなされる操短労働者のうち,農業部門が最大の割合(7月12.6%)を占めている。

(比較的落ち着いた消費行動)

当初,通貨同盟発足により,東独市民がハードカレンシーを手にすることで,従来抑圧されていた西側の耐久消費財に対する需要が一気に解放されると予想されていたが,実際には失業の不安があることによって贅沢品に討する消費が抑えられる一方,生活必需品が補助金の廃正により値上がりし,家計支出における割合が高まったことなどにより比較的落ち着いた消費行動がみられる。

東ベルリン応用経済研究所とライプチッヒ市場経済研究所の共同アンケート調査によれば,これまでの消費行動をみると,野菜,果物,菓子類,化粧品等で消費が増加している一方,国家からの補助金が廃止されたことで価格が上昇した肉,パンなどの基礎食料品や電気・ガス・暖房などの光熱費および映画鑑賞,新聞・雑誌,本などの教養・娯楽費についての支出を控えるという行動がみられる。また今後の消費計画については,東独全世帯の10%にあたる63万世帯が自動車の年内購入を予定しており,購入予定世帯の40%が新車,60%が中古車の購入を計画しているとされている。また約50%の東独市民が,年内に旅行や大型商品の購入を予定しており,高齢層になるほど旅行を希望,若年層は車,カラーテレビ,ステレオ,洋服などモノ志向が顕著である。

しかし,原則的には,東独市民の貯蓄意識は高く,西独マルクを節約して使うと回答した世帯は85%に及んでいる。

(一時的急上昇による価格の調整)

従来,東ドイツの物価は公共料金や基礎食料品の価格が補助金の支給により安価に抑えられる一方,主として輸入によって賄われ供給不足となっていた嗜好品や西側の優れた技術を要する電気製品等の価格は高価となっていた。需給を反映した競争原理によって価格が決定されるというメカニズムが存在せず,価格体系が歪んでいたため,西独経済との一体化による価格の自由化は自ずと価格体系の調整を伴うことになった。

通貨同盟発効直後の7月の消費者物価は,前月比で公共料金(郵便が230%上昇),基礎,食料品(パンが122%,肉・が40%上昇)が補助金の廃止によって顕著に値上がりした一方,嗜好品(コーヒーが57%,果物が52%,チョコレートが35%低下),電化製品(テレビが40%低下)は供給不足が緩和されたことで値下がりし,総合では前月比7.5%と大きく上昇した。しかし,8月には,前月比で,燃料が11.7%の上昇,映画・演劇・スポーツなどの教養・娯楽費が27%の上昇となった一方,食料品(ジャガイモ・野菜が8.6%,パンが6%,ミルク・乳製品・卵が5.6%低下)が値下がりし,総合では前月比0.4%の上昇と,7月に比べ物価上昇は急速に鎮靜化した。9月には;前月比で,衣類・靴が7.5%上昇,教養・娯楽費が4.7%上昇,食料品が0.4%低下となり,総合では前月比1.8%の上昇となった。

(2)西独地域経済への影響

西独地域経済は83年初から景気拡大を持続しており,90年に入ると,年初の所得税減税,雇用拡大,移民流入等から個人消費が堅調に伸び,内需の力強さが増している。

ドイツ統一の西独地域経済に対する影響は,①西独地域製品に対する東独地域からの需要増により,消費,小売売上,生産が好調を持続すること,②西独地域の供給余力が乏しいなかでの東独地域再建のための財供給の増加等により,西独地域の輸出の伸びが鈍化する一方で輸入は大幅に増加し,貿易収支黒字が縮小すること等内需型の経済成長をさらに促す変化をもたらした。さらに,③東独地域再建のための財政負担の増加など統一にともなうコストも挙げられる。

(好調な消費の伸び)

西独地域の内需が好調であるのに加え,東独市民の西独製品に対する需要増により,7月の小売売上高(実質)は,前年同月比で乗用車・同部品が30%増,電気製品が26%増,繊維・衣服,靴,皮革製品が12%増となり,総合で14%増と大きく増加した。乗用車に関しては,7月の新規登録台数が前年同月比21%増と大きく伸びたが,この要因としては,西独製の中古車に対する東独地域の需要が高まっていることから西独製の中古車価格が上昇,このため西独市民が自家用車を高値で売却し新車を購入するインセンティブが発生したことから,新規登録台数が増加したことが作用したとみられる。

(貿易黒字の縮小)

西ドイツの貿易収支は,従来EC諸国向けを中心に大幅な黒字を計上していた。しかし今後は,稼働率が高水準に達している西独地域に供給余力が乏しいことから,東独地域の再建のために輸出が東独地域向けに振り向けられるとともに,資本財等の輸入が増加しよう。西独経済省は,このような東独効果によって,今後数年間にわたり輸出が減少する一方輸入が増加し,貿易収支黒字,経常収支黒字はともに縮小が進むとみている。

実際に7月の貿易収支は,前月比で輸入の伸び(5.5%増)が輸出の伸び(4.0%増)を上回り黒学幅は83億マルクと前月の87億マルクから縮小した。

8月も前月比で,輸出が1.8%増と緩やかな伸びとなったのに対し,輸入は4.4%増となったため,黒字幅は73億マルクと大きく縮小した。

(マネーサプライの増加とインフレ圧力)

通貨同盟の発効により,東独マルクは西独マルクに置き換えられた。これにより,マネーサプライは約15%増加したとされている。しかし経済の統一によって,西独地域の約10%に相当する米独地域の経済規模が加わったことから,このマネーサプライの増加分は結果的に生産力の増加分とほぼ見合っているといわれている。消費者物価上昇率は,4~6月期前年同期比2.3%の後,7月は前年同月比2.4%と落ち着いた動きとなっており,当初懸念されていた通貨同盟によるインフレ圧力は発生していないとみられる。

(財政負担の増大)

中期的には,東独地域への財政支援として,西独側は巨額の財政負担を強いられる。90年度予算をみても,経済状況がますます悪化する東独地域に対して援助を行う必要性から3次にわたって補正予算が組まれている。90年度については東独地域援助として,第1次補正予算(2月)で58.1億マルク,第2次補正予算(5月)で47.5億マルク(東独市民の失業保険に20億マルク,年金保険に7.5億マルク,残りの20億マルクは次に述べるドイツ統一基金への拠出),第3次補正予算(10月)で177億マルク(うち,社会保障給付に89億マルク)が決定された。このように東独地域への財政支援は,時を経るにつれて増加している。また7月に閣議決定された91年度連邦政府予算案では,東独地域支援として総額90億マルク(失業・年金保険30億マルク,ドイツ統一基金への拠出に40億マルク,統一債の利払い・元本償還に10億マルク等)が計上されている。

西独予算の枠外でも,東独の財政赤字の3分の2を補填するための措置として「ドイツ統一基金」(94年までに総額1,150億マルク)が創設され,200億マルクは西独連邦政府支出で,950億マルクは連邦と州が半額ずつ資本市場で調達して賄うとしている。

90年度の統一ドイツの純借入れは,西独第2次補正予算後の316億マルク,西独第3次補正予算による追加分258億マルク(歳出増201億マルク,歳入減約58億マルク〔西独地域で税収等の増加8億マルク,東独地域で税収等の減少66億マルク〕)及び東独政府の純借入れ100億マルクの合計668億マルクに達するとみられている。これは89年度実績(192億マルク)の3.5倍の規模であるとともに,当初見込みの269億マルク(90年度西独予算,89年12月議会通過)を大きく上回る。

他方,地方政府,社会保障基金を含む東西ドイツの公的部門全休の資金需要に関しては,7月の時点では,社会保障基金の黒字分を差し引いたネットの額では,90年の660億マルクから91年には860億マルクへと拡大し,その後次第に資金需要が減少するとみられていた(第2-1-1表)。しかし上述のように,西独政府の第3次補正予算において純借入れが増加(258億マルク)したことから,90年の公的部門全体の資金需要は,7月時点の見通しの660億マルクから918億マルクに拡大することになり,91年以降も見通しを上回ってさらに拡大する可能性もある。東独地域経済の再建の進展如何で,この資金需要は大きく影響を受ける。いずれにしても,89年に比べ極めて大きな公的資金需要が発生することから,今後金利上昇圧力が高まることも懸念されている。

(3)統一ドイツ経済の課題

(産業の合理化と民間投資の必要性)

産業の合理化と再編という構造調整の過程では韓争力のない企業の倒産は避けがたい。その際,政府による産業の保護は過渡期のショックの緩和に限定すべきであり,企業の倒産を減少させるために政府が国内産業の過度の保護を図ることは,かえって産業の国際競争力を低下させ,中長期的な経済の弱体化をまねく危険性もある。また生産性に見合わない高賃金の支払いを認めることは,東独地域の企業の競争力を低下させるだけでなく,束独地域に進出を図る外国企業にとって投資先としての東独地域の魅力を低め,東独地域にとって必要な外資導入の妨げにもなる。したがって,たとえ企業倒産,大量の失業の発生という犠牲を払っても,産業を競争にさらして合理化を行い,賃金上昇を抑えながら構造調整を進めて経済体質の強化を図ることが,東独地域の今後の経済発展にとって必要であると考えられる。

このように,できるだけ民間主導で投資を行っていくことが東独地域の経済復興の鍵であると考えられる。東ドイツの生産の拠点であった国営コンビナートは信託公社(トロイハント・アンシュタルト)によって財産管理・民営化が進められ,約7,900社の信託財産会社が誕生した。また90年6月までにジョイント・ベンチャーが2,800件(うち,95%が西独企業)生まれたほか,西独機械工業連盟(VDMA)加盟企業3,000社のうち東独地域の企業との協力を予定している企業は3分の1を超えており,7月末までに300件の契約が調印された。

今後,西側企業がジョイント・ベンチャーを中心として民間レベルでの技術移転を進め,投資を行っていくなかで,構造調整を経て生き残った企業を軸に東独地域の経済復興が達成されていくことが期待される。

(インフラ整備の必要性)

東独地域への西側からの民間投資を抑制している大きな要因の一つとして,インフラの未整備という問題がある。

東独地域のインフラの状況をみてみると,道路は1960年以降480kmしが建設されておらず(西独地域では6,OOOkm以上),ドイツ運輸省によれば「東独地域の交通網整備には1,270億マルクが必要」との見通しもある。鉄道は25%しが電化されておらず(西独地域は40%),老朽化が進んでいる。電信については,電話等ビジネスに最低限必要な通信網の整備が急務である。,東独地域では電話の普及率が約10%と非常に低く,このことが企業進出を抑制している一因となっている。東独地域では「テレコム2000計画」の下,97年,に西独地域の水準(普及率98%)に到達することを目標にしているが,そのためには年間100万台の電話の新規設置が必要となる。

また東独地域再建の重要な要素として,エネルギーと環境に関する問題がある。東ドイツは世界最大の褐炭の生産国であり,西ドイツの2割弱の価格で入手できたため,エネルギー消費の約7割を褐炭に依存していた。褐炭を火力発電等に使用する時に発生するSO

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(二酸化イオウ)の年間排出量は520万トンに及び大気汚染の主因となっているほか,河川も化学肥料や水銀による汚条が深刻である。工場等の民間設備についても,東独地域の生産設備は全般的に老朽化しており,汚水処理等の環境保護の設備をもたず,環境汚染の元凶となっていた。西側企業が進出し,生産を開始するに際しては,これらの環境保護設備の整備と生産ラインの全面的改廃が必要であり,これに要するコスト負担が企業の進出を鈍らせる結果となっている。

東独地域のインフラ整備に要する費用については,各種機関の予測に差があるが,道路と鉄道に2,000~3,000億マルク,通信に300~5,000億マルク,エネルギー・環境に1,0007~3,000億マルク,住宅・都市基盤に2,300~16,000億マルク等,全休として2~4兆マルクが必要とみられている。

(投資環境の整備の必要性)

東独地域への投資が民間主導で進んでいくためには,東独地域を魅力的な投資先にする必要がある。それにはまず,前述のような企業進出の前提となるインフラの整備が必要である。第二に,インフラの整備にともない企業が進出する際の所有権の明確化,すなわち所有に関する法の整備が必要である。「両独通貨・経済・社会同盟創設に関する国家条約」(前述)の補足規定では,東ドイツの農地や企業に対する旧所有権者からの返還要求について,旧所有権者からの請求を受け付け,審査のうえ返還もしくは金銭補償をするとされたが,すでに居住している東独市民には借地・借家の占有権を認めるこどで対応された。

このように複雑な権利関係が企業進出を鈍らせている一因でもある。第三に,企業進出のコストを引き下げることが必要である。都市部を中心に値上がりしている地価等不動産価格の上昇を抑えること,さらには投資の優遇措置として法人税の軽減等財政面での支援を行うことも必要であろう。東独地域に対する投資促進措置としては,90年度第1次補正予算でERP(欧州復興計画)特別財産を用いた中小企業設立援助貸付金60億マルクの利子補給(4億マルク)が講じられたほか,90年7月から投資補助金(90年7月1日から1年間は一定の財の調達・製造原価の12%,91年7月1日から1年間は同8%)が実施されている。連邦政府は民間投資に対する優遇措置として,今後5年間にわたって年30億マルク,計150億マルクを補助金として拠出するとしており,このような財政面での投資環境の整備も重要である。

(工業を中心とした産業のリストラクチャリングの必要性)

構造調整の過程では,大量の失業者の発生が避けられない。大量め失業者の雇用吸収を図るために,雇用吸収力の大きいサービス産業を振興することが当面検討に値しよう。東独地域には,ライプチッヒ,ドレスデンなど名所旧跡を有する都市があり,88年には150万人の観光客が訪れている。これらを観光都市として発展させることで美術館,ホテル,レストラン等で観光収入が期待できる。このようなサービス産業の振興は,短期的には東独地域の開発と雇用吸収を進め,中長期的には経済成長の下支えの役割を果たす点で重要である。しかし先にみたように,東独地域の経済体質を強化するためには,競争を通じて合理化と構造調整を進め,工業を中心とした産業のリストラクチャリングを行うことが不可欠である。

東独地域には,機械,輸送機器,電気機器等の製造業を中心に工業の基礎があることに加え,社会主義体制下で国民の基礎的な教育,職業訓練も制度化されていたため,労働力の質も比較的高い。今後これに西側の技術と資本を組み合わせることで国際競争力をもった工業化を実現することは可能であるとみられる。したがって今後東西間で,機械,輸送機器,電気機器等をはじめ各業種で,技術協力を中心に人,物,資本の活発な交流を進めることが東独地域にとって発展の基礎になると考えられる。

3. ドイツ統一と世界経済

(1)需要の拡大と対外不均衡縮小

ドイツ統一が世界経済に及ぼす実物面の影響としては,統一に伴う,ドイツの需要の拡大が輸入増加を通じて周辺EC諸国経済及び世界経済に波及する効果がある。既にみたように,東ドイツには膨大な再建投資需要とともに,国民の西独製品に対する強い消費需要がある。このような東ドイツの消費・投資需要の高まりは,これまでのところ,大部分西ドイツからの供給で賄われている。最近の実態をみると,東ドイツの西ドイツからの財・サービスの輸入は,89年以降顕著に拡大し,89年前年比11.2%増,90年1~6月で前年比17.1%増となっている。一方,東ドイツのコメコン諸国からの輸入は,90年1~6月で同16.4%減,西側先進国と途上国からの輸入は同15.7%減と停滞している。しかし,西ドイツでは,設備稼働率が非常に高水準で,供給余力には限界がある。こうした中での追加需要は,西ドイツの輸入の増大を招いている。中でも,国別には,フランス,イタリアを初めとするEC諸国から(付図2-3),また財別には,自動車,及び電気機器等の資本財の輸入が増加している。このような輸入の増大傾向は,統一後ますます強まるものとみられ,他国,特にEC諸国にとっそ景気拡大に寄与するものといえる。

他方,輸出については,89年後半以降輸出受注が鈍化していることに加え,供給余力に限界がある状況で,東独地域の需要拡大に対応しなくてはならないことから,今後輸出の伸びは鈍化すると考えられる。その結果,西独地域の貿易黒字は縮小し,他国の西独地域に対する貿易不均衡(多くの場合赤字)は,今後しばらく縮小の方向に向かうことが考えられる。IMFの見通し(90年10月)によれば,西独地域の経常収支黒字は,89年554億ドル,90年489億ドル,91年384億ドルと縮小すると見込まれている。

(2)国際金融・資本市場への影響

ドイツ統一により,東独地域再建のための投資需要等膨大な資金需要が生じることが予想されているが,そのファイナンスのためにドイツの金利上昇,ひいては世界的な金利上昇圧力が高まることも懸念されている。

① 金利と為替

長期金利は89年秋以来インフレ懸念とドイツ統一に伴う資金需要増大の期待から上昇していたが,90年2月上旬から3月にかけて,両独通貨同盟による過剰流動性懸念から,7%台後半から9%台へ急上昇した。しかしその後,通貨同盟の内容が明らかとなり,行き過ぎたインフレ懸念も薄らいだため,ほぼ8%台後半で高どまって推移している(第2-1-5図)。

他方,マルク相場の動きをみると,88年以来,弱含んでいたが,マルク安の原因となっていた利子源泉課税が廃止されたこと(89年7月),88年7月以来,数度にわたり政策金利が引上げられたこと,上述の長期金利の上昇等を背景として,89年10月を底に反騰した。さらに,ドイツ統一,東欧諸国の市場志向型経済改革が進展する中で,マルク需要の高まりが期待され,マルクはおおむね強含みで推移している(第2-1-6図)。

② 資金の流れ(長期資本収支の動向)

以上みたような為替レートの動きは,西ドイツにおける内外の資金の流れを反映している。ここでは,89年初からの長期資本収支の動向をみてみる。

88年後半以来の長短金利の上昇の中で,89年7月の利子源泉課税の廃止を受けて資本流出に縮小がみられ,長期資本収支は89年初の大幅赤字から,89年4~6月期にはほぼ収支均衡,7~9月期には小幅赤字で推移していた。89年後半から年末にかけて,東ドイツと東欧の経済改革への期待が高まったのに伴い,国内投資家による外国債の購入が減少するとともに,外国投資家の西独証券の購入が増大したことから,10~12月期には長期資本収支はかなりの黒字となった(第2-1-7図)。特に,ドイツ統一への展望がドイツ企業の成長拡大への期待を強めたことがら,外国資本によるドイツ株の投資が顕著に拡大した。また,西ドイツへの直接投資も増大した。

89年末から90年初にかけては,両独通背同盟の進展に対する不透明感から,外国投資家が西独債購入を減らし,直接投資も手控えるとともに,西ドイツの資本流出も拡大したため,90年1~3月期の長期資本収支は大幅な赤字となった。その後4~6月期には通貨統合の内容が明らかとなり,そのような不透明感が薄らいだため,資本流出が縮小し,長期資本収支の赤字は縮小している。なお,西ドイツに対する外国投資家の投資は,EC諸国が中心となっている(付図2-4)。

(3)EC財政への影響

ドイツ統一に伴い,旧東独地域もECに編入されることとなった。社会資本の著しく立ち遅れた東独地域は,後開発地域に対する構造基金予算の適用を受けることになり,EC財政において新たな負担が生じることになる。この追加負担は,既に東独地域の再建のために,財政支出,債券発行等により多額の資金を負担している西独地域のみで全て賄うのは困難であるため,他のEC加盟国の拠出負担が増大することになる。また,東独地域への支出は,今まで構造基金が主として適用されてきた加盟国内の後発地域に対する資金配分を圧迫する可能性もある。このように,東独地域の編入は,ECの財政,資金配分に少なからぬ影響を与えるといえよう。

90年8月のEC委員会では,東独地域の経済復興支援のために,農業分野で,91年7~12.5億ECU(10月14日編入を前提),92年10~12億ECU,構造政策分野で,91年~93年で計30億ECU,その他の政策分野(研究開発,環境,エネルギー,運輸・通信等)に91年1.5億ECU,92年1.5億ECUが必要と示された。

91年については,EC予算から20億ECUの追加支出がなされることが決定された。この追加支出は,大部分は旧東独地域からの拠出金(約15億ECU)で賄われる予定であり,ECのネットの財政負担は5億ECU(=約6億ドル)程度にとどまる。EC委員会では,92年にはネットの財政負担が10億ECU程度に達するが,93年以降は,東独地域の経済復興による拠出金が着実に増加することから,追加コストは減少するとみており,参加国への追加負担は単に一時的なものであると表明している。このような追加負担は,東独地域経済の復興のペースにかかっており,今後の成り行きが注目される。

(4)マルク圏の拡大

現在既にドイツマルクは,各国の外貨準備保有量において,世界第2位の準備通貨であり,EMSのアンカーの役割を担っている。東西欧州の経済交流の進展の中で,西ドイツは従来ソ連・東欧諸国との経済関係が強かったという優位性を発揮し,マルク経済圏は拡大することが予想される。先ず最近のマルクの地位の上昇をみる(第2-1-8図)。国際金融・資本市場において,83年と最近(89年または90年1~3月期)を比較すると,公的準備,非銀行の預金,フローの銀行資産及び負債,ユーロ債,対外貸付においてマルクの比重は顕著に増大している。このように,マルクはドルとの対比で相対的に国際通貨としての地位を高めてきている。特に,以下にみるように,ソ連・東欧との取引において,マルクの地位が顕著に高まることが予想される。

(ソ連・東欧との関係強化)

① 対ソ連・東欧資産

ソ連・東欧諸国との関係をみると,90年に入り,西ドイツはソ連・東欧諸国に対する貸付,授資,貿易を拡大し,マルク建て資産を増加させている。

BIS報告銀行の対東欧資産について,83年と88年で通貨別構成比を比較すると,マルクは18.5%から26.3%へと大きく上昇し,米ドルは51.7%から36.3%へと大きく低下した。

西ドイツの銀行が,対ソ連・東欧資産をどの程度蓄積してきているかをみると,89年以降,ソ連,ハンガリー,ブルガリアを中心に,資産が顕著に拡大している(第2-1-2表)。また,BIS報告銀行の対ソ連・東欧資産に占める西ドイツのシェアは高く,殆どの国で2割程度に及んでいる。こうした西ドイツの銀行の旧計画経済圏(ソ連,東欧,その他)に対する資産のうち,9割近くがマルダ建てである。

② 対ソ連・東欧宜易

西ドイツのソ連・東欧諸国に対する貿易は拡大している。88年に輸出が前年比11.0%増(対世界7.6%増),輸入が同1.3%増(対世界7.3%増)の後,89年は輸出同24.5%増(対世界13.0%増),輸入同20,2%増(対世界15,2%増)と顕著に増加し,90年1~3月も輸出同14.3%増(対世界8.1%増),輸入12.5%(対世界9.9%増)と対世界を上回る増加を続けている。

このような貿易拡大を反映じて,ソ連・東欧の貿易相手国としての西ドイツの地位は高まっており,ソ連・東欧の西側諸国との貿易の2~3割は西ドイツを相手国としたものである(89年,付表2-7)。西側諸国との貿易の拡大を志向するコメコン諸国にとって,西独地域はこのような取引関係の蓄積を有しており,今後一層重要な貿易相手国となろう。その結果,ハードカレンシーの取引通貨としてのマルクの需要が一層高まることが予想される。

③ ソ連・東欧の資金調達

国際金融・資本市場におけるソ連・東欧諸国の資金調達を89年以降についてみると,特にソ連,ハンガリーにおいて,マルク建て借入,マルク建て債券の発行が多いことがわかる(付表2-8)。

このように,ソ連・東欧に対して,マルク建て債権,貿易,信用供与が増加しており,今後マルクの流通性が一層高まりマルク通貨圏が東に拡大することが予想される。

以上,ドイツ統一は,東独地域再建のためのコストが大きいことなど,様々な不透明な要素はあるものの,統一ドイツの高い成長力に着目した証券投資,直接投資は今後も増大し,諸外国の資金が流入し,マルクの需要は高まるものとみられる。また,ソ連・東欧諸国との経済関係の強化はマルクの通用範囲を広げ,マルク圏の拡大につながる。さらに,ドイツでの需要拡大は,ECを中心として諸外国に波及し,新たな成長機会を提供するといえよう。