平成2年

年次世界経済報告 本編

拡がる市場経済,深まる相互依存

平成2年11月27日

経済企画庁


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第1章 世界経済の持続的成長と石油価格急騰

第5節 アメリカの財政赤字と貯蓄金融機関問題

アメリカ政府の財政赤字の削減が叫ばれてから久しい。しかし,貯蓄金融機関の経営悪化に伴う整理・清算費用の支出が巨額に上るなど,その削減は容易ではない。90年度の財政赤字は2,200億ドルに達しており,財政収支均衡法の目標額である1,000億ドルを大幅に上回る結果となった。アメリカの経常収支赤字を縮小するためにも,また前節でみたように発展途上国やソ連・東欧の経済発展に必要な資金の調達のためにも,財政赤字の縮小はアメリカ政府が取り組むべき喫緊の課題である。

本節ではまず,アメリカの財政赤字の最近の動向および赤字縮小を困難にしている要因等について検討を行う。

次に,財政赤字の増加の主因となっている貯蓄金融機関問題について述べる。この問題は,貯蓄金融機関業界の経営問題にとどまらず,アメリカ経済の各分野に極めて大きな影響を及ぼしている。

1. アメリカの財政赤字の動向

アメリカの国民経済に占める財政規模はイギリス,西ドイツに比べると小さく,「小さな政府」という点では評価できるものの財政赤字の絶対額は依然大きい。ここではアメリカの財政赤字の最近の動向,赤字縮小を困難にしている要因について検討を行い,最後に今後の動向及び課題について触れることとする。

(最近の動向)

一般政府の民間部門純貯蓄に対する財政収支の比率を主要先進国について比較すると,アメリカの財政赤字は民間部門貯蓄の約6割に相当し,これは他国と比べても格段に高い比率である(第1-5-1表)。このためアメリカ国内の資金需要圧力はかなり強いものとなっている。

アメリカ連邦政府の財政赤字は83年度にGNP比6.3%の赤字を記録して以来,89年度には3.0%となるなど改善傾向にあったものの,90年度の収支は財政均衡法で規定されている1,000億ドルの目標額を大幅に上回る2,204億ドルの赤字となり,前年度に比べ700億ドル近く悪化した(付表1-11)。要因としては歳入面では①景気減速により,法人税収が減少する一方,個人所得税収の伸びが鈍化したこと等により,歳入が見込を大きぐ下回ったこと,歳出面では②貯蓄金融機関の整理・清算費用が見込より増大し,465億ドルに上ったこと(当初は23億ドルしか見込んでいなかった),③高金利の持続により利払い費用が増加したこと等が挙げられる。更に,91年度についてはこのまま何の措置も講じなければ赤字額は約2,950億ドルに達すると見込まれている。

第1-5-1図 アメリカ連邦政府の財政赤字の推移

(財政赤字拡大の要因)

アメリカ連邦政府の歳入,歳出の対GNP比の70年代以降の推移をみると(第1-5-2図),歳出の対GNP比は徐々に高まっているのに対し,歳入の対GNP比は安定的に推移していることがわかる。特に80年代前半に歳出比率は大きく拡大しているのに対し,歳入比率は弱含みで推移しており,両者のかい離幅は拡大している。80年代後半には歳出比率は低下し,歳入比率は緩やかに高まっているが,依然両者のかい離は大きく,財政赤字がなかなか縮小しない状況がよみとれる。

この要因として,主に以下の点が考えられる。まず,歳出面では第一に①他の主要先進国と同様に社会保障,メディケアをはじめとする移転支出が高齢化及び医療技術高度化の進展に伴い不可避的に拡大する傾向にあること(付図1-5,社会保障,メディケアが支出額に占める比率は89年度には28%に達している)及び②財政赤字の継続による連邦政府債務の増大と高金利を反映して,利払い費が増大し,89年度には全支出に占める比率が14.8%と徐々に増加する傾向にあること(第1-5-3図),などから支出に占める義務的経費の割合が増加しており大幅な歳出削減が困難であること,第二には,国防費の負担は近年抑制されているものの他の先進諸国に比べると依然として大きいこと(第1-5-1表)が挙げられる。

一方,歳入面では第1に81年の経済再建税法でとられた減税政策により,税収が増加しにくい構造となっていることである。まず,税収の4割を占める個人所得税収の個人所得に対する比率は大幅所得減税により81年度をピークに下落した(第1-5-4図)。また,85年以降インフレによる増税を回避するため税率適用所得区分,基礎控除額及び課税最進限をインフレ指数に基づいて調整を行う方式に改めたため,インフレに伴う増収を見込めない構造となった。これらの結果,個人所得税収の所得弾性値は74~81年度には平均1.3であったが,82年以降は0.9に下落している。第2に,財政収支見通しの前提となる経済見通しが実績からかい離することが多く,収支見積もりに実績との誤差が生じることである(第1-5-2表)。

他方,制度上の問題点も多い。具体的には,財政収支均衡法は年度当初においては歳出削減への効果があるものの,年度途中での歳出の増加,あるいは歳入見積もりの誤り等による赤字拡大には何ら効果をもたないことから,年度当初には財政収支均衡法の目標額に達していても,実績ではこれを常に上回っている。この点については,91年度の予算教書でも改善を要する点として指摘されていたところであるが,91年度予算審議の過程でも議論された結果,年度途中に法律の変更を伴う新たな歳出増があった場合,それが裁量的支出の増加である時は規定された支出額の上限に収まるよう一律削減がなされ,またそれが義務的支出の増加である時は他の義務的支出を減らすあるいは歳入を増やすことより相殺しなければならないなどの一定の制限が加えられることとなった。

さらに今後の財政赤字の潜在的要因として連邦政府が行っている貸付,保証等の信用供与,政府後援機関を通じて行っている種々の信用供与が増加しており(付表1-12),これらが将来多額の焦げつきを起こした場合,貯蓄金融機関への整理・清算費用の増大にみられるように財政に大きな負担を及ぼしかねないという問題も指摘できる。

(91年度予算の動向及び今後の課題)

91年度予算については5月ブッシュ大統領の呼びかけにより,政府と議会与野党のトップによる予算協議が開かれ,多年度にわたる赤字削減,経済成長の確保,予算作成過程の改革,赤字削減合意に達しない場合の経済的悪影響の回避等4項目にわたって合意を目指すこととなった。また,ブッシュ大統領はそれまで増税なしとの基本姿勢を貫いてきたが6月末「赤字削減のためには税収増が必要である。」との声明を発表するな′ど増税を含めて検討を行う用意があることを示した。その後,予算協議は断続的ながら粘り強く続けられ,9月30日に基本的な合意が得られた。しかし大幅な医療給付の削減(5年間で600億ドル)及びガソリン税の引き上げ(同450億ドル)等を含んでいた合意案は議会の同意が得られず,合意内容を盛り込んだ予算決議案は下院で否決された。その後,削減策をめぐって民主党と共和党との調整が行われ,10月27日上下両院本会議で初年度(91年度)に431億ドル,5年間で4919億ドルの赤字削減を行う内容の包括財政調整法案が可決された。同法案では,歳入面においては①個人所得税の最高税率を31%に引き上げ,税率区分を15%,28%,31%の3段階とする,②所得税の人的控除額を所得額に応じて段階的に縮減する,③キャピタルゲインに対する税率を28%に据え置くことにより軽課措置を取る,④医療保険税の課税限度額を現行の51,300ドルから125,000ドルに引き上げる,⑤ガソリン税を90年12月から1ガロン当たり5セント引き上げる(同250億ドル)等により1,466億ドルの増収を図る一方,歳出面においては,①国防費等裁量的支出の削減(同1,824億ドル),②メディケアの削減(同441億ドル)等社会保障関係費の削減,③農業補助金の削減(同149億ドル)等Gとより,3,453億ドルの支出削減を目指している。

なお,同法案には財政収支均衡法の改正も盛り込まれている。主な内容は①財政収支均衡法の適用期間を95年度まで延長する,②裁量的支出について,当初3年間はその内訳の国防費,国際関係費及び国内関係費について上限額を設け,94,95年度についてはその総額に上限額を設定し,これを超えた場合には一律削減を行う,③新たな義務的支出の増加あるいは歳入の減少は,他の義務的支出を減らすあるいは歳入を増やすことにより相殺しなければならない,④社会保障信託基金を財政収支均衡法の赤字目標額がら除外する(整理信託公社(RTC)費用は同目標額に含まれている)等である。今回の改正は,従来よりもより厳しい制限を課したものであるが,これを厳格に実行することにより赤字削減を着実に進めていくことが必要である。

赤字削減のためには多くの困難が伴うが,財政赤字の削減は世界経済に対する大きな貢献となる。そのためには,多年度にわたり,継続的に赤字を削減するための信頼性,実効性の高い赤字削滅プログラムを策定することが必要であり,今回成立した赤字削減策は,その意味で評価しうるものであるが,今後引続きその着実な実行に努めることが重要である。

2. 貯蓄金融機関問題の経緯と政府の対応

過去1年間の財政赤字の増加の主因は,貯蓄金融機関の整理・清算費用の増加にある。この貯蓄金融機関問題は,80年代に加速化された金融自由化の流れのなかで,各機関のリスク管理能力が必ずしも十分でない状況の下で生じたものであるが,その原因は特定地域の不動産不況に加えて,手厚い預金保険制度のもたらしたモラルハザード(後述),および貯蓄金融機関の経営姿勢の甘さ,不十分な監督制度である。89年8月には「金融機関改革救済施行法」が成立し,貯蓄金融機関の整理・清算が進められている。

(貯蓄金融機関の経営危機の背景)

貯蓄金融機関の経営悪化がアメリカ経済に大きな影響を及ぼしているが,まず,貯蓄金融機関とはいかなるものかを概観する。アメリみには銀行制度を担う金融機関として,商業銀行と貯蓄金融機関(貯蓄貸付組合(S&L)と相互貯蓄銀行(MSB)の総称)が存在する。貯蓄金融機関は,その業務が主として貯蓄預金を原資としてモーゲージ・ローン(不動産担保貸出)を供与している点で,要求払預金業務を営み,多様な資金運用を行っている商業銀行と異なる。貯蓄金融機関と商業銀行を比較した場合(第1-5-3表),貯蓄金融機関は機関数では3,536(88年末)と全体の2割程度であるが,総資産および預金量では全体の3分の1程度を占めており,アメリカの銀行制度のなかでの位置は決して無視できる規模ではない。また,1機関当たりの総資産規模を比較した場合にも(第1-5-5図),商業銀行が2億3,828万ドルなのは対し,貯蓄金融機関は4億5,829億ドルと平均的な規模は大きく,問題が発生した場合の影響あ大きさをうがう匂ことができる。貯蓄金融機関として総称される貯蓄貸付組合と相互貯蓄銀行は,前者が連邦法と州法を設立根拠としているのに対し,後者は元来州法のみを設立根拠としていた点で異なるが,両者の業務内容は総じて類似している。相互貯蓄銀行は経済的に比較的安定していた地域で多くが営業していることや,与信面において連邦住宅局等の連邦政府保証の付いた安全性の高いモーゲージ・ローンのウェイトが比較的高いこともあって,業界全体としての経営問題は貯蓄貸付組合の方がより深刻である。

貯蓄金融機関は70年代まで総じて安定した収益を確保していたが,80年代に入ってからは,81~82年および86年以降現在までの2回にわたり業況が著しく悪化した(第1-5-6図)。81~82年の経営悪化は,貯蓄金融機関の業務内容が,短期の貯蓄預金を原資として,固定金利の長期のモーゲージ・ローンで運用する構造となっていたため,市場金利の高騰によって,資金調達コストが資金運用利回りを上回る逆ザヤとなったことが背景となった。こうした貯蓄金融機関の経営悪化に対処するため,70年代より段階的に進められてきた貯蓄金融機関の業務に関する自由化が,80年の「金融制度改革法」および82年の「預金金融機関法」により加速化された。すなわち,自由金利商品(MMDA(各金融機関が金利を自由に設定できる決済機能のついた金利自由の貯蓄預金))の導入,商工業・農業貸出および消費者信用の一部許可等,業容拡大のための規制緩和が打ち出された。そのなかで,貯蓄金融機関はモーゲージ・ローンの証券化およびモーゲージ・ローンの金利変動化を促進して金利変動リスクを軽減するとともに,商工業貸出等与信先の多様化をはかってモーゲージ関連の比率を低下させる努力を行い(第1-5-7図),折しも金利が低下してきたことから,83年以降は再び業績が好転した。

このように,81~82年の経営悪化がいわば貯蓄金融機関の業務構造にあったのに対し,86年以降現在にいたるまでの経営悪化は,特走地域の不動産不況にともなう不良資産の増加と,預金保険制度に係わるモラルハザード,および不十分な監督システムが要因としてあげられる。石油等特定産業への依存度が高いテキサス州等南西部地域では,86年のいわゆる逆石油ショックを境にエネルギー不況に陥り,不動産価格が下落を示すなかで,かつてのエネルギー開発ブームに乗って急速に拡大しか貯蓄金融機関のモーゲージ・ローンは不良資産化した(第1-5-6図)。また,手厚い預金保険制度(貯蓄金融機関のほとんどがかつての連邦貯蓄貸付保険公社(FSLIC)または連邦預金保険公社(FDIC)に加盟)の存在が,金融機関に対する規制緩和の進展から,保険本来の機能である預金者保護,信用秩序の維持とは別に,貯蓄金融機関の安易な経営姿勢を助長してしまう,いわゆるモラルハザードを招くこととなった。すなわち,保険の料率が貯蓄金融機関ごとの経営状態の相違に応じて差別化されておらず,一律の保険料で預金の払い戻しを保証する仕組みとなっていることから,被保険貯蓄金融機関による過度のリスク負担の誘因となっていた。換言すれば,預金者に対する最終的な責任を自ら負わなくても済むことから,ハイリスク・ハイリターンの投資,あるいは採算を度外視した投資等を行うインセンティブが働いていた。このような制度の下で,金融自由化の進展による業務規制の緩和は,このようなモラルハザードが拡大する格好の環境を提供した。すなわち,金融自由化が進展し,業界内外の競争が激化していったなかで,貯蓄金融機関の経営者は,調達面で市場金利に対する感応度の高い大口預金の取り入れを増加させ調達構造が不安定化した一方,運用面では新たに進出可能となった与信分野のなかで,リスクの高い新設企業向け貸出や,企業買収関連融資およびジャンク・ボンド(信用度が低いが相対的に高利回りである債券)への投資を増加させた。

さらに,貯蓄金融機関に対する監督システムの不備も問題を深刻化させた要因である。ほとんどの貯蓄金融機関の検査・監督を行う連邦住宅貸付銀行(FHLB)の理事の過半数は業界の意向を反映したメンバーで占められるなど,加盟機関からの独立性が十分でなかった上,検査官数や検査官の経験の不足等から,経営上の不正行為等に対する検査能力自体も不十分であった。

このような状況のなかで,88年末には当時の連邦貯蓄貸付保険公社加盟の貯蓄金融機関2,949社の7.6%に当たる223社が緑営破綻に陥り,同機関全体の損失(税引き後)は88年には121億ドルにのぼった。

(政府の対応)

貯蓄金融機関の経営悪化に加えて,貯蓄金融機関の合併・買収を指導し,債務負担の一部肩代わりを行ってきた連邦貯蓄貸付保険公社の預金保険基金残高が,86年に赤字に転じ,その後も赤字幅が拡大した(同基金残高赤字,86年63億ドル,87年137億ドル,88年274億ドル)。このため,貯蓄金融機関の経営悪化問題は,アメリカの金融システムの秩序維持という観点にとどまらず,連邦財政レベルの問題としても認識されるようになり,89年8月,ブッシュ政権の下,「金融機関改革救済施行法(Financia Institutions,Reform,Recovery and Enforcement Act),以下改革法)」が成立した。同法は,①貯蓄金融機関業界の抜本的な制度改革,②同業界に対する規制の強化,③経営破綻に陥ったか,もしくは近い将来破綻に陥るとみられる貯蓄金融機関の整理・清算等を骨子としている。

89年8月以来,「改革法」に基づいて整理信託公社(RTC)が貯蓄金融機関の整理・清算を進めており,90年6月末までに累計で454社を監督下に置き,そのうち207機関の整理・清算を行った。さらに9月末までに新たに77社の整理・清算を計画しており,計画通りに進めば,貯蓄金融機関の1割弱が整理・清算されることになる。

3. 貯蓄金融機関問題のアメリカ経済への影響

こうした貯蓄金融機関問題は,同業界の経営問題にとどまらず,アメリカの財政面に多大な影響をもたらすとともに,商業銀行を含めた金融機関経営の健全性,不動産市場の需給動向等アメリカ経済の各分野に極めて大きな影響を及ぼしている。

(財政への影響)

アメリカの連邦財政支出には,貯蓄金融機関の整理・清算を行っている整理信託公社の支出が計上され,貯蓄金融機関の整理・清算が財政赤字の大きな拡大要因となっている。90年度の財政収支実績では,整理信託公社の支出が90年1月の予算教書段階での23億ドルから465億ドルに大幅拡大しており,整理信託公社の支出がこの間の財政赤字拡大の5割近くに寄与している。また,90年9月末の予算合意の際の財政赤字見通しでは,91年度の財政赤字額見通し2,937億ドルのうち,同公社の支出は973億ドルと,3分の1近くを占める,形となっている。

整理信託公社の支出には,整理・清算を行う貯蓄金融機関の資産の売却にともなって発生する損失の償却費用に加えて,資産売却までの運転資金とそれにかかる金利費用,整理信託公社等の一般経費が含まれている。このうち,損失の償却費用については89~91年度分として合計500億ドル(89年度中に予算内での財務省からの移転188億ドルに加え,12億ドルを連邦住宅貸付銀行からの支出で,90,91年度に300億ドルを予算外の整理資金調達公社(REFCORP)による債券発行で調達)が計上されていたが,ブレイディー財務長官の証言(5月23日)によれば,5月14日の段階で損失の償却は約115億ドルにのぼっており,9月末までの284社の整理・清算が計画通りに行われれば,償却は372億ドルに膨らむことが見込まれている。このことから,当初計上していた500億ドルが近い将来に払底するのは確実な情勢になっている。これは,①貯蓄金融機関の整理・清算のペースを上げる必要があることに加えて,②地域によって不動産市況が低迷していることや,ジャンク・ボンド相場が急落したことから,整理信託公社が引き受けて止むなく償却する資産が増加していることによるものである。一方,貯蓄金融機関監督局(OTS)の調査によれば,連邦預金保険公社に加盟している貯蓄金融機関(「89年改革法」によって連邦貯蓄貸付保険公社は解体され,その業務は連邦預金保険公社に基金を引き継ぐ形で継承された,)のうち,整理信託公社の監督が必要とされているものが299社,それ以外に,現在は損失は計上していないものの,将来的には要注意なものが315社にのぼることが明らかにされており,これらの貯蓄金融機関の整理・清算が実行に移されれば,さらに多額の資金が必要となるのは明らかである。

そのほか,整理信託公社が買い入れる対象となる貯蓄金融機関の資産が増加していることから,それを売却するまでの間必要となる運転資金が増加を余儀無くされる見込みである。加えて金利費用についても,金利水準が「改革法」時点での見込みよりも高くなっており,運転資金に対する利払いや,整理資金調達公社債発行にかかるコストが増加しており,同公社の総支出は増加を免れない情勢である。ちなみに議会会計検査院(GAO)の見通しでは,整理信託公社が設立される以前に,連邦貯蓄貸付保険公社および連邦預金保険公社が既にコミットしていた費用680億ドル等を含めれば,貯蓄金融機関の整理・清算のための総費用(今後の利払い費用等を含む)は,現在価値で今後43年間に最低でも3,350~3,700億ドルに達するとしている。

(アメリカ国内の貯蓄・投資バランスへの影響)

貯蓄金融機関を整理・清算するための財政支出は,それがなければ破産した貯蓄金融機関に対する預金者の預金のロスを補填するため,預金保険機構が支出していたと考えられる支出を肩代わりする支出であるがら,有効需要の創出にはほとんど結びつかない性格のものである。もっとも,財政支出による救済がなければ,預金保険機構が十分機能せず,預金者のロスが大きくなっていた可能性があるので,需要抑制効果がかなり働いていたかもしれない。その意味では,そうした需要抑制効果を抑えたという意味で,投資超過傾向の是正を遅らせたかもしれないが,その影響を測ることは困難である。

第4節では,アメリカの財政赤字削減が,世界の貯蓄水準を高める上で重要な意義を有することを述べたが,整理信託公社の支出はアメリカの貯蓄・投資バランスに直接的な影響を及ぼさないと整理しておいた方がよいであろう。

(商業銀行の動向)

貯蓄金融機関に加えて,商業銀行も収益悪化の兆しがみえており,アメリカの金融システム全体の健全性の維持にとって予断を許さない状況となっている。

連邦預金保険公社に加盟している商業銀行の収益状況をみると,総資産利益率は70年以来最低を記録した87年(0.11%)に次いで89年は0.51%に低下し,80年代の平均(0.64%)を下回った。これは87年と同様,総資産規模の大きいいわゆるマネーセンター銀行を中心に,途上国向け債権の引当金積み増しを行ったことが銀行全体の収益減につながったという点で,貯蓄金融機関とは別の要因が働いている。しかし,不動産関連融資の不良債権化の進行,および企業買収関連融資の焦げつき等,貯蓄金融機関と類似した収益環境悪化要因が商業銀行にもみられる。特に不動産関連融資の状況が商業銀行の収益を大きく左右しており,南西部および北東部地域を中心に不動産関連融資の損失が商業銀行の収益を圧迫している(第1-5-8図)。

商業銀行の総貸出に占める不動産関連融資は,80年の26.7%がら89年には38.0%に増加しており,特に89年には総貸出が6.3%の伸びだったのに対し,不動産関連融資は12.8%増とその突出ぶりが顕著である。しかし87年頃から住宅着工が低迷し,不動産市況が低迷するにつれ,不動産関連融資の不良債権化が進行した。金額ベースで89年には前年比約5割増となり,全商業銀行で約177億ドルが不履行債権となっている。

また,商業銀行の収益環境悪化は,90年に入り,不動産関連融資の不良債権化比率の高い南西部および北東部地域を中心として,銀行の慎重な貸出姿勢に結びついている。連邦準備制度理事会(FRB)が商業銀行に対して行っている貸出姿勢の調査(年4回実施)によれば,最近時(90年8月時点)の調査ほど貸出基準の厳格化が進んでおり,特に不動産関連融資に対しては,貸出金利引上げや担保基準の引上げ等,貸出態度が厳しくなっていることがわかる。このため,不動産市場の取引きの低迷は,さらに長引いている。さらに,こうした動きは意図せざる金融引締めにつながる可能性も否定できないことから,金融政策当局の留意事項となっている。事実,90年7月のフェデラル・ファンド・レートの小幅引き下げは,このような意図せざる金融の引き締まりに対応したものであった。マネーサプライの動向についても,貯蓄金融機関の整理・清算にともなって同機関の預金が減少していることや,貯蓄金融機関が経営安定化のため大口の資金調達を圧縮していることに加えて,商業銀行からの信用供与が引き締まっていることから,M2,M3ともこのところ目標圏の下限に近い動きとなっている(第1-5-9図)。このように,貯蓄金融機関問題,商業銀行の収益環境悪化は,金融政策の運営にも相当の影響を及ぼしている。

アメリカの金融監督当局は,貯蓄金融機関間題の反省およびこうした最近の商業銀行の動向を踏まえて,金融システムの健全性維持のための新しい枠組み作りに取り組もうとしている。不動産関連融資の不良債権化進行に加え,景気が減速局面にあるなかで,企業買収関連融資は焦げつきが増加する懸念があり,商業銀行の収益状況はさらに悪化する可能性がある。しかも,商業銀行が加盟している連邦預金保険公社の保険基金は,88,89年と収支が赤字となるなか,減少している。したがって今後の動向いかんでは,貯蓄金融機関の場合と,同様,保険公社自体の存立基盤が危うくなる可能性も否定できない状況にある。一方,貯蓄金融機関の事例では,手厚い預金保険制度によるモラルハザー

ドの発生が問題を深刻化させた大きな要因となっていることから,リスクに見合った保険料率の導入等により,連邦預金保険公社の収支改善をはかるほが,銀行の自己責任原則を徹底させるとともに,その経営基盤を強化するため,自己資本比率の引き上げを目指した規制の導入が検討されている。

以上みてきたように,貯蓄金融機関問題,さらには商業銀行を含めたアメリカの金融制度を取り巻く状況には,各国が金融自由化を進めるなかで,金融機関の経営規律を維持する制度的枠組みの在り方等について,他山の石とすべき教訓を見出すことができる。