平成元年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

I 1988~89年の主要国経済

第9章 中南米

1. メキシコ:安定成長のための過渡期の年

(1) 概 観

メキシコでは,82年に債務危機が顕在化してマイナス成長となった後,景気回復のテンポは遅く,88年の実質GDP成長率も1.1%の低いものにとどまった。しかし,89年上半期には前年同期比2.4%と,やや成長率を高めており,景気は緩やかながら回復に向かっているものとみられ,政府経済見通し(89年11月)では89年2.5%,90年3.5%の実質成長を見込んでいる。

また88年の消費者物価上昇率は,「経済連帯協約」による物価凍結の効果により,前年比114.l%(87年同131,8%)と改善した。89年に入っても「経済安定・成長協約」により引き続き物価抑制政策がとられていることから,物価上昇率は20.1%と,79年(18.2%)以来の低い上昇となるなど,かっての高インフレを克服しつつある。

累積債務問題については,依然厳しい状況が続いているが,89年は,新債務戦略(ブレイデイ提案)適用による債務削減,利払い軽減,新規融資等の債務救済策がとられるなど,債務問題解決に向けて大きな前進があった年となった。

また,国の財政収支も政府の緊縮政策等による自助努力もあって着実に改善している。

メキシコの経済は,まだまだ力強さに欠け,物価・賃金等の抑制による歪みも累積するなど問題も数多く残っているものの,着実に改善をみせており,サリーナス大統領は89年を「安定成長のための過渡期の年」と位置づけている。

(2) 需要・生産動向

メキシコの実質経済成長の推移をみると,70~80年平均6.6%,81年8.9%とかっては高い成長を達成していた。しかし,82年に債務危機が顕在化してマイナス成長となった後は,回復のテンポは遅く,極めて低い成長に落ち込んでいた。

88年の実質GDPは,前年比1.1増と,87年(同1.5増)に続き低成長にとどまった。これを業種別にみると,建設業(前年比3.3%減)や農業(同1.6%減)でマイナス成長となったほか,どの業種も総じて低い成長にとどまっており,わずかに電力業(同5.5%増),金融・保険業(同3.0%増)で比較的高い成長がみられた。

また需要項目別にみると,内需面では,実質賃金の低下による購買力低下から,国内消費が前年比1.6%増と不振だったが,輸入自由化により急増した外国製品に対する競争力確保のための設備投資が積極的に行われたため,国内投資は,前年比16.1%増と高い伸びとなった。一方,外需面では,輸出等は前年比1.5%にとどまったが,輸入等は,輸入関税率の引き下げ等,輸入自由化が進展したことや,為替レート固定化(ペソの割高化)により価格の低下した輸入資本財が,生産設備近代化の旺盛な需要から大量に輸入されたこともあり,同40.1%増と著増した。また一人当たり実質GDP(88年価格)は,2,588ドル(前年比1.1%減)と3年連続して減少した(第9-1表)。

一方,88年の製造業生産は前年比3.0%増加したが(87年同3.9%増),その財別の動きをみると,消費財(前年比1.3%増),中間財(同2.4%)は低い伸びとなったが,資本財は前年比11.2%増と87年(同9.6%増)に続き高い伸びを示した。また,製造業実質販売は88年前年比2.4%増と低調であった(第9-2表)。

89年に入り,上半期の実質GDPは前年同期比2.4%増と低水準ながらも88年(前年比1.1%増)に比べ伸びを高めた。特に,製造業(前年同期比5.8%増)や電力業(同7.5%増)が好調であった。景気は緩やかに回復に向かっており,下半期には実質賃金の増加による国内消費の回復も見込まれることから,政府では,89年2,5%,90年3.5%の実質成長を見込んでいる(89年11月政府経済見通し)。

(3) 国際収支

88年の国際収支動向(ドル建て)をみると,貿易収支が原油輸出価格の下落や貿易の自由化の進展に伴う輸入の急増等から17.5億ドルの黒字(87年84.3億ドルの黒字)と大幅に黒字幅を縮小させ,貿易外収支も国際金利水準がほぽ1%上昇したことに伴う対外債務の利払いの増加等もあって52.7億ドルの赤字(同51.1億ドルの赤字)となったため,経常収支は29.0億ドルの赤字(同39.7億ドルの黒字)となった。資本収支も外国からの直接投資の減少(88年26.0億ドル,前年比20.1%減)等から33.6億ドルの赤字(87年5.8億ドルの赤字)と赤字幅を拡大させた。そのため,総合収支は71.3億ドルの大幅赤字(同69.2億ドルの黒字)となり,外貨準備高も88年末65.9億ドル(87年末137.2億ドル)へ激減するなど,大きく悪化した。

88年の貿易動向(ドル建て)をみると,輸出(FOB)は,工業品輸出が機械,化学等を中心に好調で116.2億ドル(前年比17.2%増)となったものの,原油輸出が輸出価格の落ち込み(1バーレル当たり,87年平均・16.0ドル→88年同12.2ドル)により,58.8億ドル(前年比25.3%減)と大幅減となったため,全体では,前年比横ばいの206.6億ドルにとどまった。一方,輸入(FOB)は,輸入関税の引き下げ,事前輸入許可の撤廃等の輸入自由化の進展,為替レート固定化による通貨ペソのドルに対する割高化からの食料品などの輸入数量の増加,保税加工工業(マキラドーラ)の成長に伴う輸出向け工業用消費財の輸入増大,民間部門の設備投資意欲等により,189.0億ドル(前年比54.7%増)に著増した。この結果,88年の貿易収支黒字は87年84.3億ドルから88年17.5億ドルへと大幅に縮小した。

89年に入ると,工業品輸出が引き続き好調なことに加え,原油輸出価格も持ちなおしてきたこと(7月,1バーレル当たり15.7ドル)から,輸出は1~3月期前年同期比3.8%増,4~6月期同11.3%増と徐々に増勢に転じつつある。

一方,輸入は1~3月期前年同期比39.0%増,4~6月期同30.6%増と依然大幅な増加が続いている。この結果,貿易収支は,89年上半期3.5億ドルの黒字(88年下半期6.4億ドルの赤字)となりやや好転しつつあるものの,黒字幅は微小なものにとどまっている。

89年上半期の国際収支は,経常収支19.2億ドルの赤字(88年下半期33.3億ドルの赤字),資本収支11.4億ドルの黒字(同30.2億ドルの赤字)で,総合収支は11.9億ドルの赤字(同75.7億ドルの赤字)と依然赤字ながら,輸出の回復基調や資本収支の黒字化など好転の兆しがみられる。

なお,外貨準備高は,89年10月現在73.2億ドルと88年末(65.9億ドル)からやや増加している。メキシコの累積債務に対し,新債務戦略が適用されたことによる金融面での信用回復の好影響は大きく,サリーナス大統領は89年11月の第一回大統領教書の発表の中で,「本年に入り,これまでに約30億ドルの逃避資本の還流があった。」と述べている(第9-3表,第9-4表)。

(4) 物価・賃金動向

88年の消費者物価上昇率は,前年比114.1%(87年同131.8%)と改善をみた。

これは,政府,労働組合,農民,経営者の4者間で締結された,賃金や物価の凍結,為替レートの固定化等を柱とする「経済連帯協約」が年間にわたって実施されたことが奏功したもので,消費者物価上昇率の前月比でみると,1月の15.5%をピークに急速に低下し,9月にはわずか0.6%まで低下,その後も1~2%台で推移した。

こうしたインフレ沈静状況を定着させるために,政府は88年12月,前協約と同じく4者間で「経済安定・成長協約」を締結し,89年中実施した。新協約の内容は基本的には前協約を引き継ぐものであるが,賃金や公共料金の凍結を幾分調整する方向を示したほか,為替レートについて,対ドル・レートを毎日1ペソずつ切り下げるクローリング・ペッグ方式を導入した。そのため89年に入っても,消費者物価上昇率は前月比1~2%台で安定的に推移しており,89年の年平均上昇率は20.1%と,79年(18.2%)以来の低い上昇となった。

このようにメキシコの物価は,極めて安定的に推移しており,かっての高インフレを克服しつつある。

一方,88年の製造業の名目平均賃金は,前年比105.8%の増加となったものの消費者物価上昇率(同114.1%)を下回り,実質では同3.9%の減少となった。

これは「経済連帯協約」による賃金抑制政策によるもので,最低賃金(名目)は,88年前年比87.6%の増加にとどまった。

89年に入っても,最低賃金が1~3月期前年同期比10.2%増,4~6月期同8.0%増と低い増加にとどまるなど,賃金抑制政策が引き続きとられているが,上半期に行われた労使間の労働協約改定交渉が比較的高めに決着したこともあり,上半期は名目平均賃金の増加が,消費者物価上昇率を上回ったとみられており,実質購買力の回復が期待されている(第9-5表)。

(5) 累積債務問題

メキシコは,ブラジルに次ぐ世界第二の重債務国(債務残高88年末1,074億ドル)であり,他の重債務国と同様,経済は低投資・低成長と多額の資金流出・資本逃避の悪循環に陥っている。

こうした重債務国の経済立て直しのため,先進国側により新債務戦略(ブレイデイ提案)が発表され,メキシコがその最初の適用国となった。89年7月に合意されたメキシコの債務救済策をみると,(1)IMFは,今後3年間総額36億ドル,また世界銀行は総額15億ドルの新規融資をそれぞれ決定し,メキシコの経済構造調整に用いるとともに,その一部を民間債務の削減に用いることを認める,(2)民間銀行は,対メキシコ中長期債務のうち527億ドルを対象に,次のいずれかを選択することにより債務削減に協力する,①元本削減-融資債権を35%削減して,額面の65%相当額のメキシコ政府30年物債券(金利は現行のロンドン銀行間取引金利(LIBOR)プラス16分の13%)と交換する,なお,メキシコ政府は同時に米国財務省の発行する30年物のゼロ・クーポン債を購入して,メキシコ政府債の元本の担保とする,②金利減免-融資債権を同額の低金利(年6.25%)のメキシコ政府30年物債券と交換する,③新規融資-今後4年間に保有債権の25%相当額の新規融資に応じる,なお,メキシコからの利払いをこれに充ててもよい,等となっており,メキシコの債務救済のため,民間銀行,債務国,国際機関が国際協調の下に適切な対応をみせている。なお,メキシコ政府と民間債権銀行団のコミュニケによれば,これにより年間30億ドル以上のメキシコ側負担が軽減されるものとみられる。

なお日本は,日本輸出入銀行のIMF及び世界銀行との協調融資20億5千万ドルの供与を発表した。

ただし,新債務戦略適用だけではメキシコの債務問題の全てを解決させたこととはならない。今後,メキシコは,財政赤字の削減,インフレの抑制,国内投資環境の改善等,IMFとの合意にもとずく中期経済調整プログラムを着実に実行することが必要であるが,そのための自助努力には厳しいものがある。

しかし,これにより自国経済への信任が取り戻されれば,逃避資本も還流し,債務削減,利払い軽減,新規融資等債務救済策の効果と合わせて,国内投資・経済成長を回復,向上させてゆくものと期待される。

(6) 財 政

88年の国の財政収支をみると,非石油部門収入は好調だったものの,石油部門収入が輸出価格の低下から大きく減少したため,歳入は当初予算(150兆ペソ)を下回る133.9兆ペソ(対GDP比33.7%)にとどまった。一方,歳出を,公共支出の削減や政府系企業の整理・合理化の促進等により,当初予算(190兆ペソ)を下回る172.5兆ペソ(対GDP比43.4%)にとどめたため,財政収支は,38.5兆ペソの赤字(対GDP比13.0%の赤字)となり,87年(同16.6%の赤字)から改善した。また,利払いを除く財政収支ではGDP比7.6%の黒字となった。

89年の上半期の財政収支では,歳入は,石油輸出価格の改善や企業資産税の新設による税収増等から44.2兆ペソ(前年同期比,実質4.4%増)と好調で,歳出も,緊縮政策の効果に加え,インフレ沈静化や対外債務交渉などの結果を反映した金利低下による利払い費軽減から54.8兆ペソ(同,実質21.1%減)と縮小したため,財政収支赤字は10.6兆ペソ(同,実質60.0%減)と大きく改善した。また,利払いを除く財政収支ではGDP比7.6%の39.6兆ペソの黒字(同,実質31.0%増)となった。

このように国の財政は,政府の緊縮政策等による自助努力もあって着実に改善している。