平成元年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


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I 1988~89年の主要国経済

第8章 アジア・中東

2. 台湾:経済は内需主導による安定成長路線模索へ

(1) 概 観

台湾では,86,87年と二桁の経済成長を達成した後,88年は消費,投資等,内需は好調であったものの,為替,賃金の大幅上昇による輸出の鈍化と輸入の急増から外需寄与度がマイナスとなったため,経済成長率は一桁台へと減速した。89年も内需は好調に拡大しているものの,引き続く輸出の伸び悩みから外需寄与度はマイナスを続けて成長率は前年水準を維持するに止まっている。鉱工業生産は,輸出の鈍化に伴って伸び率を低めており,89年に入ってやや持ち直す場面もみられたが,概して低い増加率に止まっている。貿易面では,輸出は88年に目立って鈍化した後,89年に入って一時期伸び悩んだが,その後やや伸びを高め,88年並みの拡大テンポを維持している。他方,輸入は金の大量輸入等もあって88年も大幅な拡大をみせた後,89年はその反動から小幅な拡大となっている。物価は,88年末より高まりをみせていたが,89年央以降,輸入価格の下落,金融引き締めの影響もあって上昇テンポは鈍化している。雇用情勢は,成長減速にもかかわらず,サービス部門の雇用拡大もあって改善が続いている。

(2) 需要動向

実質GNPは,86,87年と2年連続の二桁増加をみせた後,88年は前年比7.8%増と増勢が鈍化した(第8-2-1表)。消費,投資等,内需が好調であったものの,輸出が元高,賃金の大幅上昇による賃金コストの上昇等の影響から増勢が大幅に鈍化し,他方,輸入は金の大量輸入や市場開放効果もあって急増したため,純輸出寄与度はマイナス4.5%となった。89年も,内需は消費,投資共に好調を持続しているものの,輸出の伸び悩みから外需寄与度のマイナス状況が続き,実質GNPは,上期には前年同期比6.8%増,7~9月期も同7.8%増となった。

需要項目別にみると,実質民間消費支出は,高度成長に伴う所得水準の向上を反映して,年々高まりをみせており,88年は前年比13.1%増,89年上期は前年同期比12.7%増,7~9月期同13.6%増と大幅な拡大が続いている(第8-2-1表)。内訳をみると,家財道具(88年前年比20.0%増,89年上期前年同期比22.6%増),運輸・交通・通信(同じく27.4%増,23.5%増)等,生活水準の向上を反映する費目に対する支出が大幅に増えている。

実質総固定資本形成は,88年には設備投資を中心に前年比14.6%増とやや鈍化した後,89年上期も前年同期比14.8%増,7~9月期同13.0%増と高い伸びを続けている(第8-2-1表)。実質機械設備投資は,88年に前年比14.0%増と87年の急拡大からは増勢鈍化となったものの,89年上期も18.3%増,7~9月期同11.5%増と高い伸びを維持した。輸出の増勢鈍化にもかかわらず,内需が好調なことが設備投資の高成長を支えている。

実質輸出は,元高,賃金コストの上昇等,国際競争力の低下から88年には前年比5.7%増とそれまでの2割増加から大幅に鈍化し,89年上期も前年同期比5.6%増,7~9月期同8.5%増となった(第8-2-1表)。実質輸入は,88年には内需が好調であることに加え,大量の金輸入や市場開放・輸入拡大努力等もあって前年比18.6%増と引き続き高い伸びを示した。89年に入って,前年の大幅増の反動から,実質輸入は上期に前年同期比12.5%増,7~9月期同8.5%増と増勢がやや鈍化している。この結果,外需寄与度は,88年以降マイナス基調となっており,外需に依存して高度経済成長を遂げてきた台湾経済にとっては,国内市場開放の圧力とともに厳しい経済環境になっている。

(3) 生産動向

鉱工業生産は,輸出の好調を背景に86,87年と大幅に拡大した後,88年は,輸出の鈍化もあって前年比4.2%増と低い伸びに止まった(第8-2-1表)。89年に入っても年初は低い増加を示したが,韓国の労働争議の影響から台湾へ発注が振り替えられたこと等もあって,鉱工業生産はやや伸びを高め上期に前年同期比5.4%増となった後,7~9月期は同4.1%増と再び増勢が鈍化する気配をみせている。業種別にみると,労働コストの上昇や元高等によって輸出面で価格競争力を急速に失っている労働集約的な縫製,皮革,木製品等が88年に減産となった後,89年に入っても概して低迷を続けている。他方,電気・電子,機械金属等は86,87年の大幅拡大からは増勢が鈍化しているものの,内需の好調等もあって相対的に高い伸びを示している。

農業生産(実質GNPベース,林業・水産を含む)は,87年には86年の不作から回復した後,88年は前年比0.2%増と殆ど横這いとなった(第8-2-1表)。生産指数ベースでみると,88年は米生産が前年比2.9%減となったほか,野菜も同4.4%減となったため,農耕生産は全体として前年比1.4%増に止まった。林産も振るわず,前年比35.2%減と大幅に落ち込んだ。他方,漁業は87年の大幅増産(前年比14.7%増)の後も拡大を示し,88年は前年比3.0%増となった。

(4) 貿易動向

貿易をみると,輸出(通関,ドル・ベース)は,元安や先進国の景気拡大による需要増等から86,87年と前年比で3割程度の大幅増加をみた後,88年は元や賃金コストの上昇による価格競争力の低下,輸出規制等から前年比13.0%増と増勢は目立って鈍化した(第8-2-2表)。89年に入って,韓国が労働紛争の影響で輸出を伸び悩ませる中で,台湾への振替受注があったこともあり,上期は前年同期比9.9%増となり,さらに,7~9月期は同14.0%増と為替調整が続く情勢の中で健闘をみせている。輸出先では,アメリカ向けが韓国の場合と同様に最大のシェアを占めている(88年では38.7%)が,86.87年の大幅増加の後,対米貿易黒字の急拡大に対する風当たりの強まりもあって88年には前年比1.0%の減少となった(第8-2-3表)。他方,日本,EC向けは86,87年に続き,88年もそれぞれ前年比25.6%増,25.4%増と大幅な拡大を続けた。また,香港を経由した大陸との交易活発化から香港向けが35.5%増となり,さらに,アセアン経済の活況を映じてアセアン向けが同39.8%増と大幅に伸びた。89年に入って,対米輸出は僅かながら回復しているものの,日本,EC向け輸出は,元がドルに対して切り上げ調整を続ける中でドルが上昇したため,日欧通貨に対する元の上昇が大幅となり,目立って鈍化するようになっている。商品別にみると,88年は,労働集約的な品目の衣類,履物,木製品,家具,家電製品,ミシン,自転車等,台湾が従来得意としていた品目の不振が目立った。反面,パソコン,VTR,板鋼,電線等は好調であった。

輸入は,輸出の急増と内需の好調な拡大を背景に86年以降急増を続け,88年は元高に加え,関税引き下げ,さらには主にアメリカからの金の大量輸入(351トン,金額では51億ドル〈前年比4.5倍〉と日本を凌ぐ世界最大の金輸入国となった)もあって前年比42.0%増と著しい増加をみた(第8-2-2表)。89年には,その反動もあり,輸入は上期には前年同期比5.1%増,7~9月期には同7.9%増と大幅に増勢鈍化となった。輸入先では,最大のシェアを占める対日輸入(88年で29.9%)が88年には前年比25.3%増と増勢が目立って鈍化したのに対し,対米輸入は金輸入の急増もあって同70.4%増となり,対EC輸入も若干鈍化したものの同43.6%増と大幅な伸びであった(第8-2-3表)。商品別にみると,88年は金以外に内需の好調から家電製品,乗用車等の耐久消費財の輸入が好調であったほか,鋼材,天然ゴム,石油精製品,とうもろこし等の原資材も大幅に伸びた。他方,原油,繊維,綿,羊毛等は関連加工産業の低迷から減少した。

収支をみると,貿易黒字は87年に187億ドルとピークをつけた後,88年は,輸出の増勢鈍化と輸入の大幅増加から109億ドルと黒字幅を著しく減少させた(第8-2-2表)。黒字減少分の約7割が対米貿易黒字の減少分(88年の対米貿易黒字は104億ドル,前年比39.4%減)であった。

国際収支をみると,経常収支は,88年には貿易収支の黒字減少(87年207億ドル→88年138億ドル)と海外旅行の急増等による貿易外・移転収支の赤字拡大(同26億ドル→36億ドル)から102億ドルの黒字と前年に比べて約80億ドルの減少となった(第8-2-2表)。長期資本収支は,海外送金の自由化(87年7月)や元高に伴う企業の海外進出等,直接投資,ポートフォリオ投資が急増したことにより赤字が急拡大(同24億ドル→60億ドル)した。また,短期資本収支も,元の対ドル・レートが87年に比べ小幅な変動に止まったことから投機的資金の流出がみられ赤字に転化した(同39億ドルの黒字→15億ドルの赤字)。この結果,総合収支黒字は87年の203億ドルから53億ドルへと著しく縮小している。

(5) 雇用・賃金・物価動向

雇用情勢をみると,就業者数は86,87年と景気拡大に伴って製造業やサービス業での雇用の大幅増加から全体としても順調な拡大をみたが,88年はサービス業の就業者数は前年比5.3%増と引き続き大きく伸びたものの,輸出に大きく依存している労働集約的な業種が外需の不振から減産を余儀無くされる中で,製造業の雇用者数は同0.4%減となり,このため,全産業の雇用者数も同1.1%増と小幅の伸びに止まった(第8-2-4表)。農林水産業の雇用者数は製造業やサービス業へのシフトもあって87年に続き,88年も前年比9.3%減と大幅に減少した。失業率は,85年の2.9%をピークに景気拡大を反映して改善が進み,88年には,1.7%にまで低下した。89年は製造業の雇用がやや持ち直していることに加え,サービス業の雇用拡大も続いていることから,さらに改善が進み,上期の失業率は1.5%となり,労働需給はひっ迫の度を強めている。こうした中,政府は,89年9月に台湾内に1万5千人いると言われる外国人不法就労者の取り締まり強化を打ち出すとともに,他方で,住宅建設難解消のため大規模の住宅建設業者に対して,条件付きながら外国人の単純労働力の雇用を認める決定をしている。

製造業労働者の賃金は,好景気を背景に労働需給がひっ迫する中で86,87年と高い伸びが続いた後,88年は前年比7.4%増と若干鈍化したものの,物価が落ち着いていることもあって実質賃金は引き続き大幅なプラスとなった(第8-2-4表)。89年には,失業率がさらに低下し,労働需給がさらに引き締まりをみせており,製造業賃金は上期に前年同期比15.4%増と伸びを高めた。

物価は,景気拡大が続く中で,元高や原油安等,輸入物価の低下もあって落ち着いた動きを示していたが,貿易黒字の累積等による過剰流動性の発生や賃金の大幅上昇による消費需要の拡大,一部食料品の需給ひっ迫等から88年末頃より89年上期にかけて騰勢が強まった(第8-2-4表)。しかし,その後は騰勢は鈍化をみせている。卸売物価上昇率は,88年には前年比1.6%の下落と4年連続の低下となった。89年に入って,上期は前年同期比1.6%の上昇となったものの,国際商品市況の軟化,元の対円レート上昇等による輸入価格の下落もあって7~9月期は前年同期比2.1%の下落となった。一方,消費者物価上昇率は,88年に前年比1.3%の上昇となった後,89年に入って騰勢が高まり,上期には前年同期比4.5%の上昇となったが,金融引き締め等の効果もあり7~9月期は同4.3%の上昇とやや騰勢が鈍化している。

(6) 金融・為替動向

通貨供給量(M1B)は,貿易収支黒字の急増から86,87年と急拡大を続けた後,88年も年初から急増傾向にあったため,7月にプライム・レート引き上げ,9月に「建設」公債発行,12月には預金準備率の引き上げが行われるなど金融政策が引き締められたことから増勢は次第に鈍化し,年末には年率25.2%と目標圏(20~25%)の上限近くにまで低下した(第8-2-5表)。しかし,89年に入って,通貨供給量は3月末に年率29.0%増と再び増勢を強める傾向を示したため,4月には公定歩合が5.5%に引き上げられ(前回変更は86年10月),また,それに伴いプライム・レートも段階的に引き上げられて5月央には10.5%の水準にまで達した。こうしたことから通貨供給量は目立って鈍化し,6月末に年率7.6%,11月末には同3.9%にまで低下している(目標圏は20~25%)。なお,8月に公定歩合が再度引き上げられた(2.25%引き上げられて7.75%へ)が,これは7月の銀行法改定による金利上限の撤廃以降上昇していた市場金利の水準に合わせたものとされている。

株式市場をみると,88年中に株式発行量の加重平均指数で約2.2倍の上昇をみた株価は,89年も過剰流動性等を背景に大幅に上昇し,取引量も引き続き拡大している。88年9月をピークに軟調地合に推移していた加重平均株価指数は,年初に5,000を割り込んでスタートしたが,その後はほぼ一本調子で上げ,4~5月には取引量が大幅に膨らむ等の市場の加熱化もあって6月央には10,000の大台に乗せた。その後一時,高値警戒や地下投資会社の取り締まり強化が伝えられたこと等もあって株価は大幅に下落する場面もみられたが,9月末頃までは基本的には上昇傾向を辿り,その後は10,000の大台を挟んで上昇・下落を繰り返している。

元の対ドル・レート(期末対比)は,86年に続き87年も24.3%と大幅な上昇となった後,88年は1.3%の小幅上昇に止まった(前掲第8-2-2表)。しかし,89年に入って,再び上昇テンポが高まり,上期には8.8%の上昇となった。これに対し,元の対円レートは,84年以降低下を続けていたが,88年には2.9%の上昇をみた後,89年上期にはドル高・円安もあって25,2%の急激な上昇となっている。こうした中,中央銀行は,89年4月に外為中心レート制(対米ドル・レート決定に関し,当日の銀行間の為替取引の加重平均レートを翌日の対ドル中心レートとして,翌日の銀行間取引レートと対顧客取引レートの基準とする方式)を廃止し,為替取引の自由化を実現した。

(7) 経済見通し

行政院主計処は,89年11月央,89年経済実績見込みと90年の経済見通しを発表したが,それによると,90年の台湾経済は,政府支出主導による内需を中心とした成長が続き,実質GNP成長率は前年比7.2%と89年と同率の成長を見込んでいる(第8-2-6表)。また,物価上昇率はやや鈍化するとともに,貿易収支黒字(国民所得ベースの財・サービス貿易収支)も僅かながら縮小する見通しである。

なお,12月央には,第10期経済建設中期計画(1990~93年)が行政院において決定された。この中期計画では,公共支出の拡大,経済社会規範の健全化,経済自由化方針の貫徹等により投資環境の改善,交通建設の推進,環境保護の強化,社会福祉の増進を図ることを重点目標に掲げている。期間中の消費者物価上昇率を年平均3.5%以下に抑制し,財・サービス輸出は同4.9%増,財・サービス輸入は同7.8%増,財・サービス貿易収支は91年までは110億ドル,92年以降は68億ドルと縮小に向かう計画である。4年間の平均成長率を7%と現在とほぼ同率とし,安定成長路線の追求を明確にしている。この結果,一人当たりのGNPは,1993年には11,055ドル(89年は7,518ドル)に達する見込みである。