平成元年
年次世界経済報告 各国編
経済企画庁
I 1988~89年の主要国経済
第8章 アジア・中東
韓国経済は,「三低」現象も手伝って86年以降3年連続で二桁成長を達成するなど目覚ましい拡大をみせた。89年に入ると,消費や投資の内需を中心に経済は拡大を続けているものの,外需の不振から拡大テンポは大幅に減速している。
鉱工業生産は,89年に入って,外需の伸び悩みに加え,労使紛争が年初から多発していることなどもあって増加テンポは目立って鈍化している。また,経済成長を長らく牽引してきた輸出は,ウォン高,賃金コストの上昇等による価格競争力の低下,労使紛争の影響を受け,89年に入ってドル・ベースではほとんど停滞し,ウォン・ベースでは減少している。物価は,88年に高騰したのに続き,89年も根強い騰勢を続けている。雇用情勢は,高度成長の継続により相当程度の改善がみられるが,生産の鈍化,輸出の不振,景気の先行き見通し難等から失業率は下げ止まりをみせるなど,改善テンポに足踏みがみられるようになっている。
政府は,こうした厳しさを増す経済状況に対し,構造調整推進,景気浮揚,物価安定等の経済対策を相次いで打ち出している。
90年の経済見通しは,先進国景気の減速,貿易摩擦の深化等を見越して政府を始め各機関とも低めの成長見通しとなっている。
実質GNPは,85年にやや伸び悩んだ後,86,87年には先進国景気の順調な拡大とウォン安,原油安,金利安の「三低」現象の下で,輸出と投資が大幅に増加したことなどから前年比でそれぞれ12.9%増,12.8%増と極めて高い成長をみせた(第8-1-1表)。88年には,ウォン・レートや賃金の大幅上昇等,それまでの高度成長を支えてきた与件に変化がみられたものの,輸出は輸入を上回る伸びを示し,加えて,投資,消費を中心にした内需がGNPの増加寄与度において初めて外需を上回って好調に拡大したことから,実質GNPは前年比12.2%増と3年連続の二桁成長を記録した。89年の1~3月期には,消費,投資等の内需が引き続き好調であったものの,ウォン高や賃金コストの上昇による価格競争力の低下と労使紛争の多発の影響からウォン・ベースの輸出は減少に転じ,実質GNPは前年同期比5.6%増と目立って増勢が鈍化した(88年1~3月期は同15.2%増)。その後も内需は好調であったものの,輸出は振わず,実質GNPは4~6月期は前年同期比7.3%増,7~9月期は6.9%増と伸び悩んだ(政府の89年の経済成長当初見通しは8%)。
需要項目別にみると,実質民間消費支出は,所得水準の向上を背景に88年には前年比9.6%増と80年代で最高の伸びを示した後,89年に入っても好調は続き,上期には前年同期比10.2%増,7~9月期にも同9.5%増と高い伸びが続いている(第8-1-1表)。消費の内訳(形態別民間消費支出)では,耐久財(88年前年比16.3%増),サービス(同10.7%増)が好調であった。89年に入っても耐久財消費の好調が民間消費の拡大を牽引しているとみられ,内需用消費財出荷の中で耐久財が大幅に増加している(89年1~3月期前年同期比10.4%増,4~6月期同39.6%増,7~9月期同23.7%増)。
実質固定資本形成は,87年に続き,88年も内需の好調に支えられ前年比11.8%増と高い伸びを示した(第8-1-1表)。機械類への投資が86,87年と著増した(それぞれ前年比22.1%増,28.1%増)こともあって88年は前年比5.7%増と伸び悩んだが,建設投資が住居用,非住居用ともに好調であったことから,全体として二桁の増加となった。89年に入っても,上期に前年同期比11.2%増,7~9月期同16.8%増と好調を持続している。
対外面では,実質輸出は,86,87年には海外景気の好調,ウォン安等による価格競争力の強化から大幅増加となった後,88年には,逆にウォン・レートの上昇や賃金コストの上昇による価格競争力の低下にもかかわらず前年比13.1%増と輸入の伸びを上回る増加となった(第8-1-1表)。しかし,89年に入って,ウォン・レートはさらに上昇し,また,生産性を上回る賃金上昇が続いたことなどから国際競争力はさらに低下したとみられ,これに年初からの労使紛争の多発が鉱工業生産の減少,出荷の遅れを誘発して,実質輸出は上期には前年同期比3.6%減,7~9月期は同5.6%減となった。一方,実質輸入は,内需が好調なことから88年には前年比12.2%増,89年上期には前年同期比13.3%増,7~9月期は同13,1%増と大幅な増加を続けている。
鉱工業生産は,輸出の好調から86,87年と急増した後,88年も内需の好調な拡大に支えられて前年比13.4%増と高い伸びを記録した(第8-1-1表)。しかし,89年に入ると,国際競争力の低下等による輸出需要の不振が顕在化し,.また,年初から労使紛争が多発した影響もあって,鉱工業生産は1~3月期には前年同期比1.2%増,4~6月期同4.2%増,7~9月期同3.8%増と低迷した。業種別にみると,韓国の伝統的な輸出産業である労働集約的な繊維・衣類等が労働コストの上昇,ウォン高による競争力低下等から88年になって目立って低迷したものの,近年急速な拡大を続けている電子・電気,自動車を中心とした輸送機器等は88年も引き続き高い伸びを示した。しがし,89年に入って,生産低迷はそうした業種にまで拡大している。労使紛争は5月頃をピークに急速に鎮静化し,それに伴って鉱工業生産にも回復がみられるが,輸出不振の継続,投資マインドの萎縮等,生産を取り巻く環境は改善していない。
農業生産(林業・水産を含む,GNPベース)は,88年は好天だったことがら米や唐辛子等が記録的豊作となり,前年比9.0%増と87年の減産(同6.8%減)を取り戻した。89年も農業生産は比較的に好調であり,上期には前年同期比5.9%増(88年上期同1.0%増)となったが,7~9月期は台風による水害の影響もあって同5.5%減となった。89年の米の生産は,夏場に水害は発生したものの,作付面積の拡大,病虫害の減少などから9年連続の豊作見通しとなっている。
輸出(通関,ドル・ベース)は,韓国にとって最大の輸出市場であるアメリカや日欧等の先進国の順調な景気拡大による需要増とウォン安による価格競争力の強化などもあって86,87年と大幅に拡大した後,88年も前年比28.4%増と高い伸びを示した(第8-1-2表)。89年は,競争力の低下や労使紛争の影響等もあって,上期に前年同期比6.7%増,7~9月期には同0.8%増とほとんど停滞している。
輸出先では,アメリカ向けが依然として最大のシェア(88年35,3%)を占めており,次いで日本,西ヨーロッパ(EC4大国)の順となっている。88年の輸出では,日本,西ヨーロッパ向け輸出が前年に続きアメリカ向け輸出の伸びを上回る増加をみせたほか,アジアNIEs,アセアン向け輸出が当該地域における景気の急速な拡大を反映して著しい増加をみせた(第8-1-3表)。89年に入り,アメリカ向け輸出は殆ど停滞しており,また,西ヨーロッパ向け輸出は減少している。他方,日本向けは増勢鈍化はみられるものの二桁の増勢を維持している。また,アジアNIEs,アセアン向けは共に大幅な増加を続けている。
一方,輸入は,変化がみられるとはいえ輸出の増加が輸入の増加をもたらす貿易構造になっていることや,貿易摩擦に対応して関税率の引き下げ,輸入規制品目の縮小等,国内市場の開放を進めていること,さらには,消費,投資などの内需が急速に拡大してきていることもあって,87年以降大幅な増加を続けており,88年は前年比26.3%増,89年上期には前年同期比20.1%増,7~9月期は同16.1%増となった(第8-1-2表)。地域別にみると,アメリカからの輸入が88年に続き89年に入っても高い伸びを維持しているのに対し,日本からの輸入の増勢は次第に鈍化して,89年4~6月期にはほとんど停滞を示し,輸入額でみると対米輸入と肩を並べる水準になっている(第8-1-3表)。最近では,賃金の大幅上昇等,所得水準の向上を背景に消費需要の拡大と消費の高級化が進み,輸入消費財に対する需要も急速に拡大しており,消費財輸入の急増が輸入の大幅拡大を招く現象も指摘されている。
収支をみると,貿易収支(国際収支ベース)は,86年に黒字化した後も輸出が輸入を大幅に上回って拡大する傾向が続いたことから,88年には114億ドルの出超と黒字が急増した。89年に入って輸出が低迷したため,89年上期の黒字は20億ドルと88年同期(47億ドル)に比べ,黒字が半減している(第8-1-2表)。経常収支黒字も,貿易収支黒字の動向に足並をそろえており,88年には142億ドルの大幅黒字を計上した後,89年に入って,貿易収支黒字が縮小していることから,上期に25億ドルの黒字と黒字幅が縮小している。対外債権の急速な拡大に伴い,投資収益収支の赤字縮小がみられるものの,海外旅行の自由化(89年1月)により海外旅行ブームが起きており(海外渡航者は10月末で100万人を超えた),そうした旅行収支黒字の縮小も手伝って,貿易外収支は89年に入って,全体として黒字が減少している。
貿易摩擦の高まりや賃金の急激な上昇,規制緩和等から,製造業を中心とした海外直接投資が急増している。89年1-10月期の海外直接投資額は5.46億ドル,件数は297件とそれぞれ前年同期比で85.l%増,55.2%増となった。業種別では製造業,地域別では東南アジア向けが最も多かった。
雇用情勢は,86年以降の生産活動の活発化に伴い,製造業を中心とした就業者数の大幅増加,失業率の低下等,改善が進んでいたものの,88年後半以降は改善テンポが次第に足踏みするようになっている。就業者数は,87年に大幅増加したこともあって,88年は前年比3.2%増と鈍化したが,89年上期は前年同期比3.7%増,7~9月期は同3.7%増と着実に増加している(第8-1-4表)。
製造業就業者数は,88年は前年比5.7%増となった後,89年上期は前年同期比6.5%増となった。農林水産業の就業者数は製造業への移動もあって減少傾向が続いている。失業率は,製造業就業者数の増加を背景に85年以降低下をみせ,88年は2.5%となったが,四半期別でみれば,88年後半以降はほとんど低下していない(89年上期は2.6%)。
賃金は,87年夏,88年春,そして89年春と3度にわたる労使紛争の山を経て,その都度大幅な賃金引き上げが実施されたことがら,大幅な増加が続いている。製造業賃金上昇率(ボーナス,超過勤務手当てを含む総賃金,名目)は,87年前年比11.6%,88年同19.7%となった後,89年上期も前年同期比23.8%と高い伸びが続いている(第8-1-4表)。
物価は,87年央頃より高まり始め,88年に目立って加速した後,89年に入っても,根強い騰勢を続けている。卸売物価上昇率は,88年に前年比2.7%と高まった後,89年上期には前年同期比1,6%,7~9月期同0.9%と騰勢が鈍化している(第8-1-4表)。一方,消費者物価上昇率は,88年に前年比7.1%と目立って加速した後,89年上期には前年同期比5.6%,7~9月期は同5.8%と政府見通しの水準(年末対比で5%)を上回る勢いで上昇が続いている。88年の急騰は,一次産品を中心とした国際商品市況の上昇や,国内での農産物の需給逼迫,貿易黒字の累積等による過剰流動性の発生,さらには賃金の大幅上昇を背景としたサービス価格の上昇等によるところが大きい。また,89年は,国際商品市況には軟化がみられるものの,3年連続の大幅賃上げを背景とした民間消費の過熱化,過剰流動性に根差した投機活動の活発化による不動産,家賃等の値上がり,一部食料品の需給逼迫,等によって根強い騰勢を続けている。政府は,特別消費税(物品税に類似した税目)率引き下げによって年初に耐久消費財等の24工業品目の価格引き下げを,また,3月にはガソリン価格引き下げを実施し,7月には電気・ガス料金の引き下げを行い,物価安定に努めた。
89年の主要な政策面では,まず,2月に物価の根強い騰勢に対して88年に引き続き,「物価安定総合対策」が決定された。この対策によって,①ガソリン価格と電力料金の引き下げ(実施時期は前述),②国内価格が国際価格より高いものの高関税率のため輸入が制限されている加工食品及び需給ひっ迫から物価への影響が懸念される衛生陶器,タイル等,150余の品目の割当関税引き下げ(3月実施)等が決められた。また,6月にはウォン高や賃金コストの上昇等による国際競争力の低下,労使紛争の多発等から低迷する生産,輸出をテコ入れするため,「下半期経済総合対策」が策定され,①賃金引き上げの一桁抑制と労使関係の正常化に向けた措置の実施,②マネー・サプライ管理の強化と各種サービス料金の抑制等,物価安定化措置の実施,③為替レートの安定運用,貿易手形制度の導入,輸出支援金融の強化等,輸出テコ入れ策の実施,④臨時投資税額控除制度の導入による設備投資支援等多岐にわたる対策が決定された。さらに,11月には長引く輸出不振と消費の過熱化等,不均衡な経済拡大が続いていることに対して,「経済社会安定と競争力強化のための当面の対策」が策定され,①公定歩合引き下げ等の金利引き下げ(韓国銀行再割引率は8.0%→7.0%,プライム・レートは11%→10%),②輸出産業や先端産業の設備投資,技術開発,中小企業の生産性向上支援等に充てるため,1兆ウォン規模で長期・低利の設備資金を新設する,③6月対策実施の臨時投資税額控除制度の期限延長(90年上期実施分まで対象とする)等が決定された。
対外面では,対米貿易黒字の累積等を背景とした貿易摩擦の高まりを受けて,通貨調整,国内市場の開放努力を続けている。ウォンの対ドル・レートは,88年中に15.8%上昇した後,89年1~3月期中も2.5%上昇し,その後はドル高もあって比較的安定的に推移した。9月からは為替取引の自由化の一貫として,まず銀行の対顧客レートの自由化に踏み切っている。市場開放に関しては,4月に農林水産物243品目の段階的自由化措置(91年まで4段階に分け自由化を実施,農林水産物の輸入自由化率を71.9%から84.9%に高める)を発表した。これに加え,対米通商交渉を通じて,外国人投資規制の緩和,輸入制限のための国産化政策の緩和と基準・認証制度をガット規定に合わせていくことなどを決めた。また,10月には,GATTの国際収支委員会において,韓国が90年1月よりGATT18条B項(国際収支を理由にした輸入制限許容条項)の適用対象国から除外(但し,完全自由化までに7年半の猶予期間が認められた)されることが決められた。
「北方外交」への積極的な取組みに伴って89年もソ連・東欧諸国との経済交流の動きは引き続き活発であり,前年のハンガリーに続き,ソ連,ブルガリア,ポーランドとの間で相互に貿易事務所が開設された。こうしたことから,社会主義国との貿易取引は目立って増加している。
政府は,12月末に,①労使関係・賃金の安定,②物価安定と不動産投機の抑制,③生産性向上と技術開発促進,④輸出・設備投資促進,等を主要政策課題とした「90年度経済運用計画」を決定・公表した。それによると,90年の経済見通しについては先進国景気の減速,貿易摩擦の深化等を見越して,実質GNP成長率は前年比6.5%と89年並み(89年実績見込み同6.5%)の低めの成長を見込んでいる(第8-1-6表)。消費者物価上昇率は5~7%(同5.2%),失業率は3.5%(同2.7%)といずれも悪化する見通しである。また,輸出は660億ドルと前年比6.5%増加するものの,輸入が680億ドルと同10.6%増加するため,通関ベース貿易収支は20億ドルの赤字(同5億ドルの黒字)と5年ぶりに赤字に転化し,この結果,経常収支黒字は20億ドル(同50億ドル)へと縮小する見通しである。民間の各研究機関も,輸出の伸び悩み等による経常収支黒字のー層の縮小などから成長率は概ね89年並みと厳しい見通しをするところが多くなっている。