平成元年

年次世界経済報告 本編

自由な経済・貿易が開く長期拡大の道

経済企画庁


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第1章 軟着陸をめざす世界経済

第4節 財政・金融政策の動向

88,89年の主要国の財政・金融政策は,インフレ抑制のため,引き続き慎重なものとなっているが,引き締めは金利引き上げなど金融面により比重がかかっており,財政政策については,財政赤字の削滅,財政再建といった中期的な観点が重視されているのが特徴である。

1. 財政政策の動向

80年代に入って,主要国では財政赤字削減,歳出構造の改善(移転支出の抑制),税制改革(中立,課税ベース拡大)をすすめており,かるりあ進展がみられた。しかし,アメリカのようになお大幅な財政赤字を抱え,経常収支の赤字と相まって,これらの赤字削減が課題となっている国もある。

(1) 主要国における財政再建

80年代に入ってからの主要国の財政収支(中央政府)の動きをみると,いずれも当初は第2次石油危機後の大型不況の中で,赤字幅が拡大したが,84年頃からは赤字幅は縮小傾向にある。しかし,88,89年には,予想外の景気拡大により大幅な税収増がみられたにもかかわらず,イギリス,フランス,日本を除いて,主要国の財政再建はやや足踏みしている(第1-4-1図)。

(アメリカの財政収支動向)

アメリカでは,財政赤字の対GNP比はレーガン政権以降,急速に高まり83年度には6.3%に達したが,その後低下し88年度には3.2%となっている。歳出についてみると,80,88年度はともにGNP比20%強とほぼ同水準であった(第1-4-1表)。防衛費,利払い費を除く歳出でみると,GNP比で80年度の15.1%から88年度の13.0%まで低下しており,このことは義務的な経費の抑制などを含め「小さな政府」の目標をある程度達成するものであった。しかし,防衛費,利払い費などの高まりから,歳出全体の規模の縮小にはならなかったのである。歳入については,83年の社会保障税の増税が歳入増にかなり寄与しており,これを除くと歳入の対GNP比は83年度以降あまり増加していない。

つぎに,88年度以降の財政収支の動向をみると,88年度(87年10月~88年9相の連邦財政赤字は1,552億ドルに拡大し,「修正財政収支均衡法」(グラム・ラドマン・ホリングズ法)の上限1,440億ドルを上回った(第1-4-2表)。これは,①「1986年税制改革法」により87年初にキャピタル・ゲイン課税が強化されたが,それを控えてのかけ込み的な資産売却による税収増が87年度に集中した反動で,歳入の伸びが鈍化した(11.1%→6.4%)こど,②歳出の伸びが前年度にみられた小幅化の反動もあって高まった(1.4→6.0%)ことなどによる。

89年度についても,1,521億ドルの赤字(対GNP比2.9%)となり,前年度よりは赤字幅は縮小したものの,同法の財政赤字上限の1,360億ドル+100億ドルを上回っている。歳入面では,89年4月の歳入の大幅増(前年同月比18.0%増)にみられるように,景気上昇持続による税収の自然増が大きく前年度比981%増加したにもかかわらず,当初見通しを上回る赤字となっているのは,もっぱら歳出面での抑制が進まないことによる。歳出の伸びは,防衛費の伸びは小幅化したものの,利払い費は依然2桁の伸びとなっており,加えて,年度途中で貯蓄金融機関救済資金への追加支出や干ばつ対策費など大規模な歳出増を余儀なくされたことから,全体としては7.5%増と前年度の伸びを上回った。

90年度については,89年10月,修正財政収支均衡法の財政赤字上限1,000億ドルに対して,同法に基づく政府の最終の赤字見通しが1,161億ドルとなったことから,161億ドルが同法によって一律削減(国防費,非国防費それぞれ81億ドル)される命令が発動された。ただ,今後,財政調整法案が成立すれば,この命令は取り消される可能性もある。さらに,議会予算局(CB0,89年10相の赤字見通しはl,413億ドルとなっているなど,増税なき財政赤字削滅路線はいまだに軌道に乗ったとは言い難い。

このように,アメリカの財政赤字削滅が財政均衡法の目標をなかなか達成できない理由の一つとして,同法が年度開始前の当初予算編成時においては,歳出削減への効果があるものの,89年度の例のように年度途中での歳出の増加には何ら効果をもたないことがあげられている。

また,今後の中期的な問題もいくつかあげられている。第1は,貯蓄金融機関の救済・再建のために89年度200億ドルをオン・バジェット(予算内)で,90年度300億ドルをオフ・バジェット(予算外)で,合計500億ドルの資金調達が決められているが,救済資金がこれ以上に必要となるという見方が強くなっており,財政赤字増加の要因となりうることである。第2は,財政均衡法の財政赤字削減目標には,社会保障基金の収支が算入されるようになっていることである。この基金は85年度以降かなり急速に黒字幅を拡大していおり,このことがアメリカの財政赤字削減努力を緩ませる結果となる可能性がある。第3は,後にみるように,歳出の中で投資的支出の比率が低下していることである。

(その他諸国の財政収支動向)

西ドイツでは,80年代に入って,連邦財政の赤字幅縮小を目指す財政再建をすすめている。財政赤字(純借入れ)の対GNP比は,85,86年には1.2%まで低下していたが,87年には歳出の伸びが高まったことから1.4%へ,さらに88年には1.8%へと上昇した。88年には,所得税の減税(約140億マルク)が実施されたほか,EC拠出金や連銀納付金などの歳入減が予想を上回ったことが赤字幅の拡大をもたらした(当初予算295億マルク→実績354億マルク)。89年については,利子源泉課税(約42億マルク)を年初に遡って廃止することとしたものの,予想を上回る景気拡大から歳入の伸びが大きく(前年の実績見込み比9.7%増),赤字幅の縮小が見込まれている(278億マルク,補正後)。90年予算案では,かねてから予定されていた総額約250億マルクの減税もあって,赤字幅は337億マルクに拡大する見込みである。しかし,歳出の伸びは名目GDPの伸びを下回るように設定されており,財政再建のコースをはずれるものではないと蔵相は述べている。

イギリスでは,財政収支の目標は中期財政金融戦略(MTFS)の中で,公共部門全体についての収支(PSBRまたはPSDR)で示されているが,87年度(87年4月~88年3月)の収支は当初見通し40億ポンドの赤字に対して,実績では35億ポンドの黒字となった。88年度についても,前年度実績と同程度の黒字という予算案の見通しに対して,実績では143億ポンド(対GDP比3%)の黒字となり,89年度にもほぼ同規模の大幅黒字(138億ポンド,対GDP比2.75%)が見込まれている。こうした,予想を上回る財政黒字化には,①景気上昇の持続から税収が大きく伸びたこと(88年度実績8.6%増),②歳出の伸びの抑制(同6.2%増),③民営化の促進による純収益増(88年度実績70億ポンド,計画は50億ポンド)などが主要因となっている。

フランスでは,財政赤字(一般予算)は83年をピークに徐々に縮小している。

88年には,前年に引き続いて個人所得税などの減税措置がとられ,歳入は前年比3.5%増と伸びが鈍化した。しかし,歳出が同1.9%増にとどまったため,財政赤字実績は1,069億フラン,GDP比1.9%となった(87年はl,124億フランの赤字,GDP比2.5%)。89年度予算案では,大統領選挙中の公約(教育などの拡充,最低所得制度の導入など)実施のため,歳出の伸びが総合で前年予算比4.5%とされた。一方,歳入は,所得税,法人税減税の一方で富裕税(約40億フラン)が導入され,全体では滅税となっているが,景気上昇の持続から同6.7%増とより大幅な伸びが見込まれている。このため,赤字幅は更に縮小して1,003億フラン(対GDP比1.7%)とされている(89年上期の歳入・歳出実績は各々5.8%増,7.4%増)。90年度予算案(89年9月閣議決定)では,歳出の伸びを前年比5.3気と引き続き高めに維持する一方で,前年度(145.3億フラン)を上回る減税(貯蓄課税減税,法人税率の引き下げ,付加価値税(VAT)の割増税率の引き下げなど約167億フラン)を予定している。しかし,景気上昇持続による税収増が大きく,財政赤字は900億フランに縮小すると見込んでいる。

カナダでも,財政赤字の対GDP比は85年度の8.6%をピークに急速に低下し,88年度には4,8%となった。89年度には,財政赤字幅は305億加ドルと前年度実績の287億加ドルをやや上回るが,対GDP比は4.7%と見込まれている。89年の赤字幅の拡大は,所得税付加税の増税など各種の歳入増措置がとられたものの,利払い費の急増(19.4%増)など歳出の伸びがより大きくなるとみられていることによる。

イタリアでは,財政赤字の対GDP比は83年の13.9%をピークにやや低下したものの,88年にも11.5%といぜん2桁となっている。このため,88年5月,財政再建5か年計画が作成され,92年までに,財政赤字の対GDP比を6.1%に低下させることが目標とされた。しかし,その後,政権の交代もあり,89年度予算ではすでにこの計画の赤字目標(116兆リラ)を上回る130兆リラとされているなど,計画の有効性は弱まっている。イタリアの場合には,特に,これまでの政府累積債務が大きく(88年の対GDP比94.5%,OECD推計),そのため利払い費が歳出の大きな割合を占めており,これを除くと財政赤字の対GDP比は,88年に3.4%となるとされている(第1-4-1図,参考)。

日本では81年度より「増税によらない財政再建」をすすめており,90年度までに特例公債依存体質を脱却し,公債依存度の引き下げに努めるという目標が設定されている。公債依存度は88年度当初予算の15.6%から,89年度には同11.8%へと低下し,特例公債の発行額の減少も着実に進んでおり,89年度予算では1兆3,310億円(前年度当初発行予定額3兆1,510億円)となっている。しかし,公債残高の高水準(対GNP比42.2%,88年度末)から,国債利払い費は歳出の約2割を占め,また,国債整理基金への定率繰入れの停止など,いわゆる特例的歳出削減措置を講じてきている面もあるなど,財政はなお厳しいものがある。

(2) 歳出・歳入構造の変化

主要国の財政赤字削減の動きにはこのところ一部に足踏みがみられるものの,80年代には,いずれも積極的に財政構造の健全化に取り組んでおり,その成果が徐々に現れてきている。各国の財政制度にはかなりの差があるため,以下には,より広いベースである一般政府(中央政府,地方政府,社会保障基金の合計)の収入および支出について,その構造の変化を,そうした変化をもたらした政策要因との関連からみていこう。

(政府支出・収入比率の動き)

主要国の一般政府支出(OECD国民所得データ)の対GNP(GDP)比率は,60年代,70年代と急拡大した後,80年代に入ってからも,第2次石油危機後の大型不況の中で上昇を続けたが,80年代半ば以降は,イタリアを除いて,低下傾向を示すようになった(第1-4-3表)。こうした動きは,経済活動に対する政府の役割を積極的に支持する経済理論に対する批判とこれまでの福祉国家主義による政府支出増,いわゆる「大きな政府」が,経済のパフォーマンスを悪化させたという考え方の広まりが背景となっているとみられる。しかし,歳出の削減は,政治的な理由から導入が難しく,ほとんどが伸び率の抑制にとどまっており,したがって,名目GDPの伸びの大きい国,時期(景気拡大期)に,政府支出比率の低下が顕著となる傾向がみられる。最近の主要国の支出比率の低下には,景気拡大の持続が大きく作用している。

一方,一般政府収入の対GNP(GDP)比率は,70年代央までは一般政府支出とほぼ足なみを揃えて上昇しており,したがって政府赤字の対GNP比はほぼ横ばいであった。しかし,その後は,一般政府収入の伸びがより大きくなって,対GNP比率は相対的に高まった。これは,主要国の所得税率がいずれも累進的であり,高率のインフレが続く中で名目所得が伸び,課税所得が上の税率区分に押し上げられたことが主因とみられる。

OECD全体の一般政府収入および,一般政府支出の対GNP比でみると(第1-4-3表,参考),1975~80年の間に一般政府支出比率は0.9%ポイント上昇しただけなのに,一般政府収入比率は同期間に2.4%ポイントも上昇している。しかし,80年代入り後は,インフレに対するインデクセーションの導入や,累進度の緩和など税制改革が進められたこともあって,一般政府収入の相対的に早い上昇は抑制された。85年以降は,一般政府収入比率は景気回復の持続から再びより早いテンポで伸びており,多くの国で赤字縮小の要因となっている。

(歳出抑制策と歳出構造の変化)

歳出抑制のために,主要国では,①中期財政再建計画(イギリス,1981年以降,西ドイツ),日本の厳しい概算要求基準等の設定(1981年度以降),アメリカのグラム・ラドマン・ホリングズ法(1985年)などのように何らかの財政計画や歳出削減措置を講じて歳出の伸びの抑制を図ってきた。また,②政府サービスの民間移管による資源の効率的な利用(イギリス,西ドイツ),政府部門賃金上昇の抑制(イギリス)なども実施されてきた。この結果,政府部門の雇用シェアは,80年代に入って,安定を示す国が多くなっており,アメリカ,イギリス,日本などでは低下している。また,政府投資のシェアも,積極的な民営化を図っているイギリスを初めとして,低下している。このほか,③所得維持のための福祉政策の見直しなどが進められていることも,直接的な政府支出の伸びの抑制ばかりでなく,労働意欲を高める効果があったとみられている。

こうした政策がとられる中で,主要国の歳出構造は80年代に入って徐々に変化している。しかし,①経常支出は,各国で資本支出の伸びを上回る傾向にあり,②経常支出の中では,アメリカの防衛費・利払費シェアの拡大,カナダの移転支出シェアの拡大,カナダ,イタリア,日本の利払費シェアの拡大が目立つ。③資本支出の中では,アメリカ,西ドイツで総固定投資のシェア低下が大きい。総固定投資の対GDP比をみると,アメリカでは,80年の1.8%から84年の1.4%へ低下した後やや回復したが,87年1.6%であり,引き続き1%台のきわめて低い水準にとどまっている。西ドイツは,80年の3.4%から85年に2.2%へ低下した後,ほぼ横ばいとなっている(87年2.3%)。日本でも,80年の6.1%から85年には4.8%へ低下したが,その後の内需拡大政策を反映して,このところ公共投資が回復しており,87年には5.1%となっている(第1-4-3表,付表1-12)。

(3) 税制改革の進展

税制改革については,所得税の最高税率引き下げと,税区分の簡素化,特別措置の縮減と課税ベースの拡大は各国で出そろった。間接税については,日本の消費税導入,ECにおける税率の調和の動き等がある。アメリカでは,財政赤字削減の一環として,課税をいかに行うかが議論されている。西ドイツでは,90年減税が決定している。

(所得税制改革)

所得税制については,主として,①課税ベースの拡大による所得税率の引き下げ,②限界税率の段階数を少なくし,税体系を簡素化する,③最高税率の引き下げ,などの改革が実施されている。この結果,主要国では,税率の段階数がアメリカ,イギリスで2,カナダ3,日本5,イタリア7と著しく簡素化されている(付図1-4)。ただし,西ドイツでは,累進性は必要として従来からの曲線をフィットさせる方式が依然としてとられているが,そのカーブを次第に緩やかにしており,さらに90年以降は,曲線を直線に代えて累進性を緩和することとしている。また,税率の適用範囲についても,経済情勢の変化に応じて適宜見直されてきており,最高税率もほとんどが50%以下に低下している。最高税率が均一化する傾向は,労働・資本移動の自由化の進展の中で,最高税率の格差は高い国からの高所得層の流出をもたらしたことなどを背景としている。

(消費税制の合理化・調和)

主要国では,所得税負担の軽減が必要とされるにともなって,一般消費税への依存が高まる傾向にあり,①新たな消費税の導入(日本),②課税ベースの拡大と税率の段階数を少なくする,などの政策がとられている。特にECでは,92年末の単一市場完成のために,国によってまちまちな現行の付加価値税率を,標準税率14~20%,軽滅税率4~9%(食料,光熱費)に調和することが提案されている。すでに,フランスの89年予算案では,このEC共通VATへの調和を図るために,税率が5段階から3段階に減らされており,89年9月,割増税率の一部引き下げが導入されている。

(法人税制の改革)

法人税についても,税引き後利潤の統一化を目指して,各種の改革が試みられている(アメリカ,イギリス,カナダ,日本)。法人税率の引き下げが多くの国で実施された(アメリカ,46→34%,イギリス,52→35%,フランス,50→42%,西ドイツ,56→50%*,日本,40→37.5%。*印は,90年実施予定)が,それは,しばしば,各種の特別控除の撤廃(イギリスの在庫調整,初年度特別償却制の廃止,1983年,アメリカの投資税額控除の廃止,86年)と引きかえに行われている。

こうした税制改革の結果,GDPに対する間接税収入の比率や社会保険拠出の比率が高まるなど,主要国の歳入構造も変化している(付表1-13)。

2. 金融政策の動向

87年10月の株価急落後の金融緩和から,88年上期には,欧米諸国は力強い景気拡大,インフレ率上昇の懸念を背景に金融引き締めへと政策を転換した。このため短期金利は上昇傾向を続けた。他方,長期金利は金融引き締めがインフレ抑制に成功するとの市場の見方等を反映して,比較的安定した推移を示した。

マネーサプライは,各国とも目標と実績との乖離がみられるが,その要因は各国それぞれ異なっている。

為替レートは88年中は総じて安定した推移を示したが,89年入り後は金利差,インフレ格差,貿易収支等の要因がドルに有利にはたらいたことから,ドルが強含みとなっている。

また,アメリカのS&L(貯蓄貸付組合)救済問題や,隆盛をきわめているM&A,LBOは,負債体質が借入金利の上昇を通じてその脆弱性を露呈する危険性を秘めており,特に金利上昇局面においては,今後注意が必要であろう。

(政策金利の引上げと短期金利の上昇)

87年10月の株価急落に端を発した世界的な金融・為替市場の動揺により,各国金融当局は,景気が深刻な影響を受けるのではないかという懸念の下,迅速に金融緩和を行った。その後,各国とも景気はむしろ予想を上回る力強い拡大を続け,財,労働市場の需給が引き締まりをみせるとともに,88年の春先以降は欧米主要国で物価上昇の懸念が生じ,また,年者にかけては国際商品市況が大幅に上昇したことから,各国は相次いで政策金を数次にわたって引き上げた。89年に入ってからも,政策金利の引き上げが続いた(第1-4-2図)。

アメリカでは,88年入り後も力強い景気の拡大が続くなか,インフレ圧力に対抗すべく,FRB(連邦準備制度理事会)は春以降引き締め気昧の政策に転じた。公定歩合は,緩やかに上昇を続けていた短期の市場金利に追随する形で,8月9日に6.5%へ引き上げられた。夏から秋にかけてドル相場が上昇し,また景気が若干減速する気配をみせたものの,インフレ圧力にはさしたる変化がなかったことから,FRBは引き続き短期金利を高めに誘導した。さらに89年2月24日にはインフレ圧力の高まりに対応して,公定歩合を7.0%に引き上げた。

イギリスでは,88年に入っても過熱ぎみともいえる内需拡大と記録的な経常収支の悪化が続いたことから,イングランド銀行は短期金利の高め誘導を行い,2月には市中銀行の貸出基準金利を,それまでの8.5%から9.0%に引き上げた。

しかし,ポンド相場がEMS(欧州通貨制度)内での対マルク相場で上昇を続け,輸出競争力の面で懸念が生じてきたことから,貸出基準金利は春先にかけて3回にわたり引き下げられ,5月には7.5%と78年5月以来の低水準となった。しかし,拡大を続ける国内景気の下,イングランド銀行の政策目標は再びインフレ防止に重点が移り,88年央以降,同金利は11次にわたって引き上げられた。

西ドイツでは力強い景気拡大が持続する中,87年秋に決定された利子源泉課税導入(実施は89年1月,同年7月廃止)を主因とする長期資本の大量流出等によりマルク相場が下落を続けたことに加え,折から国際商品市況が上昇してきたため,輸入インフレが国内インフレへと波及する様相をみせていた。また,後述のように,資金が証券市場から金融市場にシフトしたため,恒常的にマネーサプライが目標圏を上回る増加を続けたことから,ブンデスバンクは88年6月以降金融引き締めに転じた。公定歩合は7月1日に3.0%に引き上げられたのを皮切りに段階的に引き上げられ,ロンバート(債券担保貸付)レートも6回にわたって引き上げられた。

日本では,内需主導の景気拡大が続くなか,物価は総じて落ち着いているが,先行きの物価情勢にはなお注視を要するものがあるとみらていた。この間,市場金利はこのような経済動向を背景として上昇してきた。こうした状況の下,日本銀行は短期金利の市場実勢を勘案して,5月31日に,80年3月以来約9年ぶりに公定歩合を0.75%引上げた後,10月11日には0.5%引上げた。

このような各国の政策金利引き上げにより,短期金利は趨勢として上昇を続けた。

(長期金利の安定的推移とイールド・カーブの平坦化,逆転化)

短期金利の上昇に対し,長期金利は各国ともおおむね安定的推移を示した。

これは,①短期金利の引き上げにより需要インフレが抑えられるという期待が市場にあった,つまり金融当局の引き締めが成功し,インフレが本当に起こるとは考えられていなかった,②金融当局の引き締めはむしろ過度であり,不況につながりかねないという見方があったーためであるといわれている。

このような状況の下,イールド・カーブ(利回り曲線)が平坦となるか,または逆転するという現象がみられた。例えばアメリカについてみれば(第1-4-3図),金融が緩やかに引き締めに転じ始めた88年4月の時点では,イールド・カーブはアセンディング・カーブ(ascendin gcurve)と呼ばれる形状を示し,金利は残存期間の短いものから長いものへと順次高くなっていたが,引き締めが強化されていた89年3月30日の時点では,ハンプト・カーブ(humpedcurve)と呼ばれる形状となり,金利は短期金利を中心に上方にシフトするとともに,残存期間2年のものが頂点を描く形となった。しかしその後,インフレが頭打ちとなりつつあるなかで,短期金利,長期金利ともに下落し,イールド・カーブはフラットの状態となっている(89年8月16日,10月16日)。

(マネーサプライの目標と実績)

各国で金融自由化が進展し,マネーに構造変化が起きてきていること等もあって,広義マネーサプライの指標性が低下しているとの指摘もある。実際,マネーサプライ目標とその実績をみると,各国では乖離が起こっている(付図1-5)。

アメリカではマネーサプライ指標の一つであるM2が,88年中はおおむね目標圏内にあったものの,89年入り後はFRBの引き締め強化等から年前半は目標圏の下限を下回るようになった。その後,FRBが6月,7月にかけて金融緩和を行ったこともあって,7月~9月は目標圏に入ってきている。他方,実質のマネーサプライでみると,その伸び率は顕著に鈍化している。

イギリスでは88年上期にポンド安を誘導するために金融を一時緩めた際に,銀行の個人部門への貸出が伸びたことが,マネーサプライ(MO)の目標圏を上回る増加をまねく一因となった。その後金融引き締めに転じたものの,目標圏を上回る増加が続いている。

西ドイツでは,87年末の史上最低水準への公定歩合引き下げによる金融緩和効果発現,及び金利先高期待に基づく長期金融資産の買い控え等に加え,利子源泉課税導入を背景に長期預金から現金及び一覧性預金へのシフトが起こったため,88年もマネーサプライ(M3)は,目標圏(89年よりレンジをもたない単一の目標値に変更)を上回る増加が続いた。最近になり,利子源泉課税の廃止とともに長期資本の流出傾向に歯止めがかかり,マネーサプライの増勢にも鈍化がみられるようになった。

日本ではマネーサプライ(M2+CD)に関する目標は設定されていないが,前年同月比9~10%増と高い伸びで推移している。既存資産取引によるマネーの需要が大きいことや,自由金利商品にマネーサプライ指標対象外の金融商品からマネーの流入が起こってきていることなどによるものとみられている。

(為替相場の安定的推移と89年入り後のドル高)

為替相場は85年9月のプラザ合意以降,86,87年と大幅なドル安が続いたが,88年ははるかに落ち着いた推移となり,年間を通しておおむね緩やかな変動となった(第1-4-4図)。EMS参加通貨の間でも総じて安定した関係が維持され,EMSは87年1月以来現在まで調整が行われていない。これは,①ドルに対して強かったマルクが弱含みで推移したこと,②EMS加盟諸国内におけるインフレ率格差が70年代初頭以来最も小さくなったこと,③為替安定等のためEMS諸国通貨当局の金融政策での協調が維持されたことーが要因である。

他方,G7による為替安定を目標に置いた政策協調も,88年の為替相場の安定的推移に貢献した面も大きい。88年4月のワシントンのG7,6月のトロント・サミット,9月のベルリンのG7では,基本的には87年2月のルーブル合意ー為替安定のための政策協調ーを踏襲した。

89年に入ると,春先以降は金利差,インフレ格差,貿易収支等の要因がドルに有利にはたらいたことから,ドルが強含みとなった。FRBの金融引き締め姿勢の強化による短期金利の持続的な上昇を背景に,ドル買いへの投機的な動きも加わって,6月中旬には実質実効相場ベースで87年8月以来の高値をつけた(モルガン銀行発表のドル実質実効相場指数〈1980~82年=100〉89年1月平均88.1,6月平均94.8)。さらに9月にワシントンで開かれたG7では,「最近数か月におけるドルの上昇は,長期的視点からみた経済の基礎的諸条件に合致しない」とし,さらに「当面の水準を超えるドルの上昇または過度のドルの下落は,世界経済の今後の見通しに悪影響を与える」旨で合意が成立し,その合意にそった形で各国による為替市場における緊密な協力が行われている。

ドル高の進行は,他国にとっては為替相場を減価させることによって輸入インフレをもたらすおそれがあるほか,各国の金利引き上げ競争に繋がりかねない。また何よりも経常収支不均衡の調節を遅らせる副作用が生じる可能性がある。

(アメリカのS&L救済問題とM&A,LBOの負債超過構造)

アメリカでは,伝統的に住宅金融の担い手となってきたS&L(貯蓄貸付組合)の経営危機がここ数年来深刻化し,現在約500もの機関が事実上倒産状態にあると推測されている。加えて,これら機関の清算・救済に当たっていたFSLIC(連邦貯蓄貸付保険公社)自身も債務超過状態にあり,89年8月には財政面がら同業界を総合的に救済する「金融機関改革救済執行法」が成立した。この法律に基づき,破綻先の整理・清算のために約500億ドルの資金援助がなされることとなり,89年度中に188億ドルを予算内での財務省からの移転で,90,91年度に300億ドルを予算外の整理資金調達公社(REFCORP)による債券発行で処理することとなった。また,金融監督の面からも,S&Lに対しては自己資本比率や預金保険料率等に関して国法銀行並みの厳しい規制が課せられることになり,FDIC(連邦預金保険公社)からも,資金運用等について規制を受けることになった。同業界が破綻に陥ったのは,直接的にはS&Lが多く所在するテキサス州を中心とする農業,エネルギー,不動産不況が原因であるが,加えて経営姿勢の甘さという内生的要因があった。また,その資産・負債構造として,資産側では業容拡大のための規制緩和(商工業・農業貸出の一部許可等)に乗じた高リスク貸付の増大,負債側では預金金利自由化を契機とした市場金利に対する感応度の高い大口預金取り入れの急増があげられる。

一方,アメリカでは第2章第2節で述べるように,伝統的なM&A(企業買収・合併)に加えて,買収資金のおおむねを借入に依存するLBO(レバレッジド・バイアウト)がこのところ盛んに行われており,企業の負債比率は年々上昇している。

金融自由化が進んだ今日では,金融機関の資産・負債管理に難度が増すとともに,非金融企業も負債比率の上昇によって,金利上昇によるリスクを増大させている。特に,LBOの重要な原資となっているジャンク・ボンド(格付けがBB以下と信用が低いが,相対的に高利回りである債券)は,金利上昇によるリスクを直接的に受ける可能性が高く,LBOに関与している金融機関にもある程度影響が及ぶことも考えられる。こうした状況下,金利が上昇した場合には返済が困難に陥る企業も生じ,貸出側の金融機関にも悪影響が及ぶ可能性も考えられる。したがって,非金融企業の負債比率の上昇は,マクロ経済全体の脆弱性を高めるものであり,特に金利上昇局面においては,今後注意が必要であろう。