昭和63年
年次世界経済報告 各国編
経済企画庁
I 1987~88年の主要国経済
第9章 中南米
87年のブラジル経済は,実質GDP成長率が2.9%となり,85-86年の8%台の成長から大幅に鈍化した。消費の過熱,物価凍結による生産活動への弊害,貿易収支黒字の急減等,経済に大きな歪みを生じさせた「クルザード計画」は2月に廃止されたが,政府の対応が遅れたためその反動から再び高インフレとなり,実質賃金の目減りにより消費は一転して著しく減退した。また同月,政府は,外貨準備高の減少を理由に対民間銀行中長期債務の利払い停止を宣言し,世界に衝撃を与えた。こうした経済情勢打開のため,6月には「新クルザード計画」が導入され,再度の物価凍結とともに賃金凍結が行われた。しかし,凍結期間の90日間が過ぎると,その後は基準を無視した値上げ・賃上げが続出したこともあって,インフレはまたも騰勢を強め,同計画も失敗に終わった。また,消費の減退から生産も大幅に落ち込むなど,年後半からはスタグフレーションの状態に陥った。88年に入ると,経済政策は財政赤字削減など伝統的な手法(緊縮政策)に転換された。しかし,インフレの高騰は止まず危険ラインとされた月間20%を大きく突破,購買力の低下や公共投資の削減と相まって景気後退が顕著となり,スタグフレーションの様相を一層強めており,88年はゼロないしマイナス成長となるものと見られる。そうした中で,貿易収支黒字は,為替政策(クルザードの切り下げ)や内需の落ち込みの振り替え等による輸出の急増と輸入抑制政策の効果もあって急拡大している。また債務問題は,政府が国内的には緊縮政策に,対外的にはIMFとの協調を初めとする柔軟路線に転換したこと等が効を奏し,6月に対民間銀行中長期債務,7月に公的債務と相次いで返済繰り延べ等の合意が成立し,当面の債務危機を脱することに成功した。
なお,新憲法が88年10月発布されたが,内容はナショナリズムの濃いものとなっている。
87年の需要動向をみると,国内消費は高インフレによる実質賃金の低下等のため86年の前年比10.1%増から同3.4%増へ鈍化し,国内投資も86年の前年比21.0%増から同3.1%減へ大幅な減少を示した。輸出は,通貨クルザードの切り下げや内需の落ち込みの振り替え等により86年の前年比10.1%減から同5.3%増へ急増し,輸入は,政府の抑制政策の効果もあって86年の前年比26.3%増から同2.6%減へと激減した。そのため純輸出の87年実質GDPへの寄与度はプラス4.1%(86年プラス3.5%)となった。87年の生産を部門別にみると,コーヒー,とうもろこし,大豆等の増産から農林水産業が前年比14.0%増の大幅増となったものの,非農林水産部門は総じて不振で,鉱業が鉄鉱石,石炭,石油の生産減少から同0.7%減のマイナス成長となったほか,製造業同1.0%増,商業同2.0%増なども低い成長にとどまった(第9-6表)。
88年の動きをみると,鉱工業生産は,87年前年比0.9%増と86年(同10.9%増)を大きく下回った後,88年1~3月期前年同期比6.0%減,4~6月期同4.1%減と低迷している。内訳をみると,資本財,中間財,消費財のいずれの財も減少しており,中でも家電製品や乗用車等耐久消費財生産の落ち込みが目立っている(第9-7表)。リオ・デ・ジャネイロの実質小売販売も,87年前年比24.7%減の後,88年1~3月期前年同期比19.5%減,4~6月期同35.2%減と不振を続けている。なお,88年の実質成長について,国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会では,ゼロないしマイナス成長と予測(88年9月)している。
87年の輸出(FOB)は,為替政策(クルザードの切り下げ)や内需の落ち込みの振り替え,一次産品価格の上昇等により,前年比17.1%増の262.1億ドルと好調だった。内訳をみると,一次産品は前年比16.8%増と急増,大豆・同製品同41.8%増,オレンジジュース同22.0%増等となった。また,工業製品も前年比8.2%増となり,中でも石油製品が同55.8%増と大幅増となったほか,輸送機械同47.4%増,繊維製品同21.7%増等となった。一方,輸入(FOB)は,政府の抑制政策の効果もあって前年比7.2%増の150.6億ドルにとどまった。
内訳をみると,原油は価格の上昇により前年比31.8%増となったが,消費財は同31.0%減と急減した。この結果,貿易収支黒字は,111.5億ドルとなり,86年の83.5億ドルから大きく増加した。また貿易外収支は,対外債務の利払いが金利低下により減少し,旅行支出,利潤・配当金送金等も縮小したため,120.6億ドルの赤字と前年(129.1億ドルの赤字)よりやや改善した。そのため,経常収支は前年の44.8億ドルの赤字から8.1億ドルの赤字へと大幅に改善した。
また,外貨準備高も87年末74.6億ドルと,前年末の67.6億ドルに比べ増加した。
88年に入ると,輸出はさらに増加のテンポを強めており(1~10月前年同期比29.5%増),輸入も抑制政策が引き続きとられていることに加え,原油価格が再び下落したこと等から,前年を下回っている(1~10月前年同期比5.3%減)。そのため,貿易収支は記録的な大幅黒字(1~10月累計160.7億ドル)を続けており,ブラジル中央銀行では,年間の貿易収支黒字は過去最高の170億ドルに達すると予測(88年9月)している(第9-8表,第9-9表)。
インフレは,「新クルザード計画」による物価凍結により87年6月に一旦収まりをみせたものの,凍結の解けた9月には再燃し,輸出振興のための為替レートの大幅切り下げ(87年末,前年末比383.6%の切り下げ)による輸入物価の値上がりの影響もあって,87年の消費者物価上昇率は213.3%と前年(142.4%)を大きく上回った。88年に入るとインフレはさらに加速し,危険ラインとされた月間20%を大きく越え,10月には月間27%強の過去最高を記録するなど,ハイパー・インフレの状況が続いている。こうした状況から88年末の消費者物価上昇率は前年末比で1000%近くに達するものと見られる。
一方,87年の平均賃金は,高インフレから最低賃金が再三引き上げられたため,前年比178.7%増となったものの,実質では前年に比べ27.0%減少した。88年に入ってからもインフレと賃金上昇の悪循環の中,実質賃金は低下を続けており,国内消費低迷の主因となっている(第9-10表)。
87年2月政府は,外貨準備高の減少を理由に,対民間銀行中長期債務の利払いの停止を発表,全世界に衝撃を与えた。しがし,先進諸国がその後,新規の融資や投資を控えたこともあり,政府の思惑ははずれ外貨準備高は増加しなかった。その後,政府と民間債権銀行団は協議を続け,まず,11月,ブラジル側の一部利払い(45億ドル)の再開と,銀行団のつなぎ融資(30億ドル)で合意。88年に入ると,政府のIMFとの協調を初めとする柔軟路線への転換や,国内政策の緊縮路線への変更が好感されたこともあり,2月には,銀行団の新規融資(52億ドル)と貸出金利の引き下げ,ブラジル側の利払い全面再開等で原則合意し,3月には87~93年が返済期限となっている中長期債務の元本約620億ドルの95年までの返済繰り延べ等で基本合意をみた。また,公的債務についても,パリ・クラブ(債権国14か国で構成)との間で,87年1月~90年3月が返済期限となっている49億9200万ドルについて返済繰り延べ等の合意が成立した。
これにより,ブラジルの債務問題は大きく好転し,当面の債務危機を脱することに成功した。
88年10月,新憲法が,制憲議会での審議を終了し発布された。新!法の主な内容は,①大統領の任期を現行の6年から5年に短縮する,②貸付金利の上限を実質年12%とする,③鉱物の採鉱を国内企業に限定する,④労働時間を週48時間から44時間に短縮する,等で,ナショナリズムと労働者の権利強化の色彩が濃いものとなっている。しかし,ブラジルの現状に照らしそ完全実施が不可能と思われるもの,規定が明確でなく補足法の必要なもの等が数多く存在しており,実効性に疑問を持つ向きが多い。
88年に入って,政府は大幅な財政赤字(87年名目GDP比5.5%)の削減を目標とした緊縮政策をとっており,小麦の消費補助金の廃止(3月)に続き,連邦政府公務員及び政府関係機関の職員数の削減と給与調整の2が月間凍結,銀行に対する法人税率の引き上げ等の措置(4月),連邦政府予算の減額修正(5月)を行った。こうした政府の対応はここ数年見られながったものとして,海外からは評価されている。また,8月に議会に提出された89年度連邦一般予算案でも,緊縮政策を継続することとしており,歳出の大幅削減等により財政赤字を名目GDP比2%以下とすることを目指している。ただ,議会ではこうした緊縮政策に反対も強く,歳出の上方修正は必至とみられている。
付注9-2 「クルザード計画」と「新クルザード計画」について