昭和63年
年次世界経済報告 各国編
経済企画庁
I 1987~88年の主要国経済
第9章 中南米
原油輸出価格の急落により大きな打撃を受けたメキシコ経済は,原油輸出価格の持ち直し(バーレル当たり,86年平均11.86ドル→87年同16.04ドル),工業製品輸出の好調,観光収入の増加等外需の増大により,87年下期から回復に向かった。87年の実質GDPは,前年比1.4%となり,年前半の落ち込みや緊縮政策等による内需の低迷があったものの,プラスの成長を達成した。
しかし,消費者物価上昇率は為替レートの切り下げによる輸入物価の値上がりや公共料金の値上げもあって加速し,過去最高(前年比131.8%)となった。
また,財政赤字も税収の減少や国内債務の金利支払いの増加等から増大し31兆ペソ(対GDP比15.8%)に達した。こうした中で,世界的な株価暴落の余波もあり通貨ペソの対ドル為替レートが急落したことから,メキシコ経済の先行きへの懸念が強まった。政府では,こうした事態に対処するため,12月,物価や賃金の凍結,為替レートの固定化等を含む「経済連帯協約」を締結,実施することとした。
88年には,同協約が年間に渡って実施され,消費者物価上昇率は88年1月前月比15.5%をピークに月を追うごとに低下,9月には同0.6%となり,同協約の主目的であるインフレ抑制は着実に成果を挙げている。しかし,物価や賃金の凍結の影響から生産,消費は低調となっており,貿易収支黒字も為替レートの固定化の影響に加え,原油輸出価格が再び下落したことにより,大幅に縮小するなど,景気は再び後退している。
87年の実質GDPは,年前半までは前年同期を下回ったが,年後半に入ると原油や工業品を中心とした輸出の大幅増加等による好調な外需の寄与により,回復に向かい,87年前年比では1.4%増と小幅ながらプラスの成長を達成した。これを部門別にみると,緊縮政策のため政府部門が3年連続で前年を下回ったものの,民間部門はすべて前年を上回っており,鉱業(原油を含む)が前年比4.2%増と高い伸びを示したほか,電力同3.7%増,金融・保険業同3.3%増,運輸・通信業同2.3%増等となっている。需要項目別では,輸出が前年比12.2%増と大幅に増加し,輸入は同3.6%増にとどまるなど,外需は好調であったが,内需は民間消費支出が同1.4%減,総固定資本形成が同0.7%減となるなど,総じて不振であった。また,一人当たり実質GDPは86年の前年比6.4%減から87年には同0.7%増の2,423ドル(86年価格)へとわずかに増加した(第9-1表)。
一方,鉱工業生産は87年前年比4.1%増加したが,その財別の動きをみると,資本財が前年比9.6%増,中間財も同5.0%増と大きく増加したほか,消費財も耐久財を中心に増加しており,不振だった86年の減少分を埋め合わせた形となっている。
しかし88年に入ると,製造業生産(季調値)は,「経済連帯協約」による価格凍結等の影響もあって,88年1~3月期前期比4.5%減,4~6月期同1.6%減と再び落ち込みをみせており,実質製造業販売(同)も賃金凍結による購買力低下の影響もあって,1~3月期前期比2.0%減,4~6月期同0.8%減,7~9月期同0.1%増と低調となっている。そのため,実質GDPは88年1~3月期前年同期比3.3%増,4~6月期同0.7%増と再び後退しており(87年10~12月期同5.1%増),88年は再びマイナス成長となるとの見方が有力となっている(第9-2表)。
国際収支動向(名目,ドル建て)をみると,経常収支は86年の16.7億ドルの赤字から87年は38.8億ドルの黒字へと大きく改善した。これは,貿易収支黒字が86年46.0億ドルから87年84.3億ドルへと大幅増となったことが大きい。87年の輸出(fob)は,原油輸出が輸出価格の持ち直しから,前年比41.2%増の78.8億ドルを記録し,工業品輸出も為替レートの切り下げや国内需要の低迷に伴う企業の積極的な輸出姿勢等により金属,機械,鉄鋼,化学等を中心に好調で前年比39.2%増の99.1億ドルとなったため,全体では,前年比28.8%増の206.5億ドルとなった。一方,輸入(fob)は,民間部門で増加に転じたものの,公的部門は政府の緊縮政策による公共支出の減少から引き続いて減少したため,全体では,前年比6.9%増の122.2億ドルにとどまった。
88年に入ると,原油輸出価格が再び下落(88年8月,バーレル当たり12.35ドル)したことから,輸出は1~3月期前年同期比9.3%増,4~6月期同1.5%増,7~8月同1.1%増と伸びが急速に鈍化している。一方,輸入は,「経済連帯協約」の一環として88年3月以降固定化されているペソの対ドル為替レートが割高となってきていることや,インフレ抑制のため87年末に輸入関税率が大幅に引き下げられたこと等の影響もあり,1~3月期前年同期比48.8%増,4~6月期同57.3%増,7~8月同54.6%増と高水準の伸びが続いている。その結果,貿易収支黒字は1~8月累計24.7億ドル(前年同期60.2億ドル)と大きく縮小している。この貿易収支黒字の縮小等により,88年1~6月の経常収支黒字は1.7億ドル(前年同期28.1億ドル),外貨準備高は8月末現在120.6億ドル(前年末137.2億ドル)となるなど,国際収支は悪化している。(第9-3表,第9-4表)。
87年の消費者物価上昇率は,非石油製品輸出や観光収入の増加促進をねらいとした為替レートの切り下げの影響による輸入物価の値上がりや,財政赤字削減のための公共料金の値上げ等により高騰を続け,過去最大の前年比131.8%となった。しかし,88年に入ると,「経済連帯協約」により主要公共料金や食料品等基礎物資の統制価格が凍結されたこと,統制品以外の価格も値上げ抑制勧告が出されたこと等のインフレ抑制効果から,消費者物価上昇率は着実に沈静化傾向を示しており,1月前月比15.5%をピークに月を追うごとに低下,9月には同0.6%の上昇にとどまった。
一方,87年の製造業の平均賃金は,激しいインフレから最低賃金の引き上げが5回にわたり実施(87年1年間の累計引き上げ率145.0%)されたため前年比128.9%増となったが,実質では低下した。88年に入ると,最低賃金が1月に20%,3月に3%それぞれ引き上げられた後は,凍結されているため,実質購買力はかなり低下してきている(第9-5表)。
累積債務問題については,86年は債務危機再燃で揺れ,外国からの新規融資資金の流入が途絶えたが,87年以降は,87年3月の民間債権銀行団との間の金融パッケージ(多年度リスケジュール437億ドル,新規融資77億ドルが骨子)合意等による新規融資資金の流入の復活,「債務の株式化げツド・エクイティ・スワップ)」の進展等好材料もあり,依然厳しい状況にはあるものの,やや改善をみせており,メキシコ中央銀行の発表によれば,88年6月現在の対外債務残高は1028.6億ドル(87年末1074.5億ドル)どなっている。
86年5月に開始された「債務の株式化」は,先進諸国の企業等が,メキシコの対外債務(ドル建て)を外国債権銀行を仲介に割引価格で購入し,メキシコ中央銀行に持ち込み額面相当のペソに替え,これを現地法人への出資,増資などに当て,株式に転換する手法で,転換された債務は,86年の4.1億ドルから87年には17.4億ドルに急増し,債務の削減に貢献した。ただし,メキシコ中央銀行がドル建て債務を自国通貨(ペソ)で買い取る結果,通貨供給量を増加させインフレ要因となるマイナス面を持っているため,87年12月の「経済連帯協約」実施とともに,新規案件の受付を停止したが,インフレの鎮静化によりサリーナス新政権では再開されるものと見られている。
また,87年末に米国・メキシコ両国政府により発表された「債務の債権化計画」は,88年2月に入札が実施され,平均割引率30.23%で落札された対外債務36億65百万ドルが,25億57百万ドルの新型債券と交換された。この結果,差額11億8百万ドルの債務が削減されたが,メキシコ政府の目標100億ドルをかなり下回った。しかし,新たな債務削減の方策として政府は,この方式に積極的な姿勢を崩していない。
財政面をみると,87年の財政赤字は,緊縮政策が引き続きとられたものの,税収の減少や国内債務の金利支払いの増加等により増大し,31兆ペソ(対GD P比15.8%)に達した。そのため,87年末に締結された「経済連帯協約」では,政府系企業の整理・合理化(売却,解散,合併)等による公共支出の削減を盛り込み,88年度国家予算案では,予算総額を当初原案の235.7兆ペソから208.9兆ペソヘ減額修正し,一層厳しい緊縮財政をとることとした。しがし,88年に入っての原油輸出価格の再下落により,原油輸出は当初見込みの85億ドルを大きく下回る60億ドル程度にとどまる見通しとなった。そのため,88年10月,政府は公共支出の追加削減(5,900億ペソ),政府系企業の整理・合理化の促進による歳入増(7,000億ペソ)等の緊急措置を発表した。
なお,88年12月1日,カルロス・サリーナス氏が新大統領に就任した。経済テクノクラートであった同氏は,基本的には前政権の経済外交路線を踏襲するものとみられるが,景気の後退,厳しい緊縮政策への国民の不満の高まり,野党のかってない勢力の増大,等厳しい環境のながで,どのような経済運営が計られるか注目される。