昭和63年

世界経済白書 本編

変わる資金循環と進む構造調整

経済企画庁


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第3章 世界に拡がる構造調整

第4節 発展途上国における構造調整

途上国・地域のうち韓国,台湾といったアジアNIEsでは,従来より輸出主導の下で設備投資は活発であり,産業構造も労働集約的産業から徐々に脱却しつつある。また,86,87年には輸出の急増から,貿易収支黒字が拡大している。

一方,ラテンアメリカNIEsでは,工業化の歴史はアジアNIEsに比べ長いものの,輸入代替型であり,しかも一次産品依存度が極めて高い。また81,82年以降は累積債務問題が表面化し,設備投資も停滞している。

本節では,アジアNIEsのうち韓国,台湾と,ラテンアメリカのうちメキシコ,ブラジルについて工業化の進展と今後の課題について検討する。

1. アジアNIEsの発展と今後への対応

(輸出と設備投資に主導された経済発展)

アジアNIEsの内,韓国・台湾の経済成長は,石油危機時に伸びが鈍化したものの,急速な工業化を伴いつつ総じて高い成長を遂げてきた。70年以降のGNPに占める製造業の割合は,韓国が70年に21%から着実に上昇し87年には30%に達している。また,台湾の製造業の割合は韓国より高く70年にすでに30%を超えており,その後さらに高まり87年には44%となった。一方,農林水産業のGNPに占める割合は一貫して低下傾向にある (第3-4-1図)。工業化の進展とともに現在では両者ともに輸出品の内訳は工業製品が90%以上となっている。また,就業構造も大きく変化し,韓国では農林水産業就業者の割合が70年の50%から87年には22%へと低下し,台湾でも同期間に37%から17%へと低下した。

韓国・台湾の工業化は初期の段階ではインフラストラクチャーの整備とともに輸入代替を図るものであったが,比較的早期に輸出指向型に移行している。

質が高くかつ安価な労働力を豊富に有してはいたが,資源に乏しく,また,国内市場の規模が相対的の小さいことなどから輸出指向の経済構造を目指すのは当然で゛もあった。

韓国・台湾の産業構造が輸出指向型となっていることから(87年の実質輸出の対GNP比,韓国48%,台湾71.5%),生産活動は輸出動向に影響されやすい。

実質輸出(GNPベース)と生産の動きをみると,輸出の増加が生産の増加をもたらしており,86,87年にドル安(=NIEs通貨安)を背景として輸出が急拡大した時には生産も急増した。逆に輸出の伸びが鈍化した石油危機時及び,最大の輸出先であるアメリカの景気拡大のテンポが鈍化した85年には,生産も伸び悩んだ。しかし,輸出の増加は生産の増加をもたらす他に,輸入も増加させている。韓国・台湾とも急速な工業化を果たし,資本・中間財を生産する分野も発達してきているが,まだ十分な自給体制に達しているとはいえず,これらは日本,アメリカなどの先進国に依存せざるをえなくなっている。このため,輸出の増加の一方で輸入も増加する形となっている。

86,87年と韓国・台湾の輸出は急増したが,この要因には産業構造の高度化,安価な労働コストに加え,為替面の影響が強い。85年初以降のドル高修正で日本・欧州通貨の対ドルレートは急速に増価したが,韓国・台湾の通貨は極めて緩やかな調整にとどまった。韓国ウォンの対ドルレートは85年中はむしろドル高・ウォン安の傾向にあり,86年以降に調整がなされ,86年中に3.3%,87年中に8.7%増価したにすぎない。台湾ドルは韓国ウォンに比べ調整の幅は大きく,85年中は小幅であったが,86年には10.7%,87年には22.8%増価した。

(太平洋圏貿易の変化)

これまでの韓国・台湾の貿易構造は,資本財・中間財の多くを日本から輸入し,最終製品をアメリカに輸出する形態であった。韓国・台湾の輸出先はアメリカが最大のシェアを占めており,次いで日本となっており,ヨーロッパ向けのシェアは低くなっている。一方,輸入先では,日本が最も多く,次いでアメリカとなっている。韓国・台湾の貿易相手国として日本,アメリカのシェアが極めて高くなっている。さらに,日本,アメリカにアジアNIEs,ASEANを加えて太平洋圏としてみるとシェアは一層高まり,韓国・台湾の輸出,輸入の60%以上が太平洋圏向けとなっている。

しかし,87年以降,韓国・台湾の輸出先でアメリカのシェアが低下してきており,日本のシェアが高まっている。韓国の対米輸出は86年の40%から,87年には38.7%へ,さらに88年上半期には35%へと低下する一方で,対日輸出は86年の15.6%から88年上半期には19.8%へと高まっている。台湾でも対米輸出は86年の47.7%から88年上半期には38.9%へと低下し,対日輸出が86年の11.4%から88年上半期には14.5%へと上昇した (第3-4-2図)。

なお,日本の製品輸入は,アジアNIEsからが87年前年比59.7%増,88年上期同58.1%増となっている他,ASEANからも87年同49.8%増,88年上期同71.9%増と急増している。しかし,途上国の製品輸出全体のうち日本が輸入した割合は86年に6.2%と,アメリカの44.6%,EC12か国の19.2%と比較して,経済規模の違いもあるものの相対的に低いものとなっている。87年についてアメリカ,EC12か国,日本の途上国からの製品輸入額を,各国資料により推計すると,先進3地域で総額2,032.7億ドルとなっている。この総額に対する割合をみると,日本が11.2%,アメリカが55.6%,EC12か国が33.1%と,日本は86年の9.7%より高まったものの,まだ低いものとなっている (第3-4-1表)。

今後も,アジアNIEs,ASEANを含め広く途上国からの輸入の拡大に一層努めるべきであろう。

87年以降,韓国・台湾の対日輸出が急増した背景として,日本の輸入拡大努力や韓国・台湾の対日輸出努力の他に,日本企業のこれら地域への直接投資による生産基地の移転や技術移転・協力により,国際分業が促進されたことも要因としてあげられよう。かつて日本はフルセット型の産業構造となっており,製品輸入は比較的少なかったが,国際分業が進展してきていることなどにより,製品輸入が拡大しているもの思われる。また,大幅な円高はこの傾向をさらに加速したと言える。

(変化する産業構造)

労働力の豊富な途上国では労働集約的産業をまず興し,資本や技術が蓄積されるに従って資本集約的,技術集約的な産業へと移行していくことを目指すのが一般的である。韓国・台湾ではこの発展形態が明確に現れており,製造業の内訳が大きく変化してきている。

韓国の製造業(GDPベース)の内訳をみると,75年に製造業生産の21%を占めていた繊維・同製品はその後はシェアが低下し86年には16.5%となっている。一方,一次金属が同期間に3.2%から6.5%へ,金属加工・電機・機械が19.6%から28.3%へと大幅にシェアを高めた。台湾は韓国より工業化の歴史は長く,産業も高度化しており労働集約的な産業のシェアは低い。75年から86年の間に,食品加工,紙・パルプといった分野のシェアが低下し,繊維・同製品は14.7%から14.5%へと横ばいとなっている。これに対して,金属加工・電機・機械は32.5%から40.8%へと拡大した。

韓国・台湾の産業構造が輸入代替から輸出に特化していく過程を,輸出品の変化によってみると,韓国・台湾とも衣類,繊維といった非耐久消費財及び労働集約的中間財は70年代以前に輸入代替を終了し,輸出の主力品になっていた(第3-4-3図)。耐久消費財については,韓国で70年代初から,台湾では60年代後半から輸出に特化している。しかし,資本財等は輸入依存度は小さくなってきてはいるが,依然として輸入超過が続いている。産業構造が労働集約的なものから次第に資本集約的・技術集約的なものへと移行し,また,それに応じて輸出品も新たなものが生まれてきている。しがし,研究開発費の低さ,産業の裾野の狭さ等や先進国との技術面での格差が大きいことなどから,高度先端技術的な分野に進出するためには,依然として資本財等を日本などの先進国に依存せざるをえなくなっている。

工業化を推進する過程では,海外から積極的に資金,技術も導入しなければならなかった。投資面では,特に韓国で顕著であるが,貯蓄率が低く投資資金が不足していたことから海外からの多額な借入によって賄われた (前掲第2-1-2図)。このため韓国では85年末の対外債務残高が468億ドルと巨額なものになった。しかし,実質所得の着実な上昇と80年以降のインフレの鎮静から貯蓄率も高まり,86年に初めて貯蓄率が投資率を上回った。また,86,87年の輸出の急拡大により予定を上回るペースで債務返済がなされ,87年末の対外債務残高は356億ドルに縮小した。技術導入は韓国が3,786件(86年6月末現在),台湾が2,722件(87年末)となっているが,内訳では機械(韓国27.8%,台湾14.3%),電子・電機(韓国20.2%,台湾26.2%)といった技術進歩の激しい分野が中心であり,導入先はアメリカ,日本からが多くなっている。なお,韓国の特許支払い料は87年に5.2億ドル(87年輸出金額に対する割合は1.1%)となっており,電子・電機,機械分野のシェアが高く,支払い相手先ではアメリカ,日本が上位にある。

(韓国・台湾の今後の課題と対応)

途上国の中でも韓国・台湾では輸出指向による経済発展を目標とし,産業構造も当初の労働集約的なものから次々と新たな産業へ活発な設備投資が行われてきた結果,資本・技術集約的なものへと移行しつつある。この間,輸出も輸出品の変化を伴いつつ飛躍的に増加し,台湾では70年代初から貿易収支は黒字基調にあり,韓国でも86年に黒字に転換し,その後は黒字が拡大している。地域別の収支でみれば,対米収支黒字幅が大きなものとなっている。しかし,貿易赤字に悩むアメリカはアジアNIEsに対して,既に特恵関税の廃止(89年1月実施)を決定した他,一層の通貨調整,NIEs市場の開放などを要求してきた。

韓国・台湾にとって輸出の停滞は成長を停滞させるだけでなく,輸出産業の低迷が産業構造変化をも遅らせることになる。このため,輸出の増加基調を維持しつつ,輸出先の多様化を図り,過度の対米輸出依存度を改めることが必要となっている。韓国・台湾とも輸出先の多様化を推進し,またアメリカからの輸入増加に努めており,88年には対米収支黒字は縮小の兆しがみえてきている。代わって,日本がアジアNIEs,ASEANなどからの輸入拡大に努めてきたこと等から,対日輸出が急増してきている。従来アメリカが果たしていた需要アブソーバーの役割の一部を日本が果たしていると言える(第3-4-2表)。

対ASEANとの関係では,ASEANから追い上げを受ける分野がある。

アジアNIEsが成長してきたことにより,所得水準も向上してきた結果,繊維・同製品,はきもの類,電子・電機のうち加工組立工程などは,労働コスト面で比較優位を失いつつある。これら労働集約的分野ではASEANの輸出が87年以降急増すてきている。この背景には,労働コスト面でASEANが優位にあることから海外からの直接投資が増加していること,技術水準も向上し品質も改善していること,などが考えられる。韓国では,87,88,年連続して労使紛争が多発し,賃金は大幅に上昇した。また,台湾でも労働需給がひっ迫賃金上昇率は高まっている。こうした賃金上昇の高まりが,ASEANとの比較で,労働コストの優位性を加速的に低下させよう。しかし,賃金の上昇は,韓国・台湾では耐久消費財支出の増加等,消費の高まりの大きな要因となっており,内需による景気拡大の役割を演じていることに注目する必要がある。

韓国・台湾をはじめとしてアジアNIEsは,各々の発展段階,比較優位に応じ,太平洋圏を中心とした国際分業を通じて,これまで順調な発展を遂げてきた,しかし,過度の対米依存の貿易構造,ASEAN等の後発国の追い上げなど解決しなければならない問題もある。対外面では,輸出先の多様化を一層推進し,自らの市場も可能な分野から順次開放することが迫られている。産業面ではより高付加価値部門への移行の努力を継続すべきであろう。すでに価格競争力の低下した産業は直接投資等を通してASEAN等へ生産基地を移動し,非価格競争力を有する製品の開発が必要である。しかし,研究開発費(韓国の対GNP比,86年1.8%)は日本に比べ低く,独自の技術開発は困難な面もある。

このためアジアNIEsは日本,アメリカ等との分業をさらに進め,着実に産業構造を高度化させるべきである。日本もNIEs,ASEANのみならず,中南米等を含め途上国からの製品輸入を現在以上に拡大し,国際分業を推進させつつ拡大均衡による発展に寄与すべきであろう。

2. ラテンアメリカにおける構造調整

(メキシコ,ブラジルの工業化)

メキシコ,ブラジルの経済成長をみると(第3-4-4図),メキシコが60年代年平均7.0%,70年代同6.6%,ブラジルも70年代同8.7%と,比較的高い実質GDP成長率を達成していた。しかし,80年代に入ると世界的な金利の上昇による対外債務支払いの増大やメキシコの原油価格下落等により,相次いで債務危機に陥る中で,ブラジルでは81年に,メキシコでは82年にそれぞれマイナス成長となった。そして,その後も回復のテンポは遅く,80~87年平均でメキシコは0.8%,ブラジルも2.8%と極めて低い成長に落ち込んでいる。

この間の産業別GDP構成比をみると,70年代はメキシコ,ブラジル共に,農林水産業のシェアが縮小(メキシコ70年12.2%→80年9.0%,ブラジル同11.5%→10.0%)し,輸入代替工業化の進展により製造業のシェアが拡大(メキシコ70年23.7%→80年24.9%,ブラジル同27.4%→29.2%)しているが,そのテンポは極めて緩やかなものにとどまっている。そして80年代に入ると逆に農林水産業がメキシコではやや拡大(87年9.8%)に転じ,ブラジルでも横ばい(85年9.8%)となり,製造業は共に縮小(メキシコ87年24.2%,ブラジル85年24.8%)するなど,工業化は足踏み状態となっている。

メキシコのプロダクト・サイクルを貿易特化係数でみると (第3-4-5図),60~70年代までの間で,非耐久消費財の輸入代替はほぼ完了(貿易特化係数,77年0.001)したが,資本集約的中間財(79年マイナス0.581)や資本財(79年マイナス0.844)の輸入代替はまだ不十分な段階にとどまっている。その後も,製造業生産(実質GDPベース)の内訳の変化でみて(付図3-12),70年から86年までの間で,織物・衣料・皮革でシェアが減少(70年14.8%→86年11.7%)し,化学・石油製品・ゴム・プラスチックで増加(同17.5%→25.7%)しているほかは,ウエイトの大きい食料・飲料・タバコ(同27.9%→26.3%)や金属加工・機械(同17.9%→16.4%)等大部分の業種でシェアは変わっておらず,工業の高度化やそれに伴なう周辺産業の育成が進まなかったこと,中間財や資本財をみても,今でもその多くを輸入に依存していることなどから,輸入代替は現在も深化していないものとみられる。

また,メキシコの工業化が深化しなかった要因としては,経済活動に高い比重を占める公共セクターが,概して非効率,非計画性により,長年低生産にとどまっていること,民間企業は小規模なものが多数を占め,技術水準が低く,生産性も低いこと,70年代の大量な埋蔵石油発見により輸出構造が石油依存となったこと,等も挙げられる。

一方,ブラジルのプロダクト・サイクルをみると,70年代前半に非耐久消費財(貿易特化係数,71年0.159),労働集約的中間財(72年0.209),後半に耐久消費財(77年0.157)の輸入代替を完了した後,80年代に入り,初頭に資本集約的中間財(83年0.245)の輸入代替をほぼ完了,資本財(83年マイナス0.031)についても,概ね輸入代替が完了しており,その工業力はラテンアメリカの中では高いものとなっている。しかし,ブラジルではもともと輸出指向が希薄だったことに加え,その工業化が,経済計画間の不整合,巨額の財政赤字の発生など国家予算の総合的管理の欠如,多数の大型プロジェクトの同時着工とそのための比較的高利な民間資金の借入,など非効率に進められたこともあって,アジアNIEsのような輸出競争力を得ることはなかった。

次に,工業品輸出額の名目GDP比をみると(第3-4-6図),70年代はメキシコが1~2%でほぼ横ばい,ブラジルも70年1.6%から80年4.4%へと緩やかな拡大にとどまった。80年代に入ると,債務危機発生により債務返済にあてるため貿易収支の黒字化が急務となり,輸入抑制とともに工業品を中心とする輸出振興策がとられたが,それに加え,一次産品価格の低迷が続いたため,工業品輸出額の名目GDP比は徐々に高まり,メキシコでは87年7.0%に,ブラジルは84年8.2%となった。しかし,台湾では70年19.4%から87年49。6%へ,韓国でも71年9.3%から86年33.6%へと急速に増加しており,これと比較するとラテンアメリカの工業品輸出が,その水準,増加のテンポともに大きく立ち遅れている。そして,工業化の最も進んでいるブラジルも含め,依然,一次産品輸出への依存度が大きくなっている。

両国を含めてラテンアメリカ諸国は,アジアNIEsと異なり,概して豊富な一次産品や広い国内市場に恵まれてきたことから,長い間,輸入代替による工業化に終始してきており,そのため,競合する外国製品の輸入抑制や補助金支払いなどによる国内産業の保護を長期間行ってきたため,工業品の輸出競争力が育成されなかった。また,現在の工業品輸出指向政策は,アジアNIEsのように当初から目指していたものではなく,債務返済のためにやむおえず輸入代替工業化から転換せざるえなかったもので,その趣きを大いに異にしており,その時期もアジアNIEsに比べ遅いものとなっている。

(メキシコ,ブラジルの為替政策)

次にメキシコ,ブラジルの輸出入と実質対ドルレートの推移をみると (第3-4-7図),両国ともに実質対ドルレートを,債務危機発生直前までは自国通貨に割高に設定し,債務危機発生後は,大幅に切り下げ割安に設定している。債務危機発生前までは,輸入代替を主眼とする工業化が進められてきており,これに必要な資本財や中間財の輸入を有利にする等のため割高に設定したもので,この期間の貿易収支は両国とも赤字となっている。

債務危機発生後は,債務返済にあてるため貿易収支の黒字化が急務となり,両国とも輸出振興と輸入抑制政策をとった。輸出は,一次産品価格の低迷が続いたこともあって,工業品による振興を図ったが,脆弱な工業品輸出力を補い,合わせて輸入を抑制するため,為替を割安に設定している。これらにより工業品輸出は高水準となり,輸入も減少し,貿易収支は両国とも大幅な黒字となっている。

しかし,厳しい輸入抑制のため,ブラジルでは資本財輸入額が81年以降減少するなど,将来の生産能力拡充に支障となっている。

また,この対ドルレートの割安設定は,ドル建てで取引されている財の輸出入(87年財の純輸出の名目GDP比,メキシコ5.9%,ブラジル3.4%)を除き,自国通貨建てGDPをドル建てで減価させるため,対外債務残高のGDP比率を増大させるマイナス効果を生じている。そのため,毎年の大幅な貿易収支黒字創出にもかかわらず,対外債務負担はさほどには軽減されていない。

(望まれる構造調整)

メキシコ,ブラジルでは,国営企業の非効率等による巨額な財政赤字(86年名目GDP比,メキシコ9.2%,ブラジル11.6%)や物価のインデクセーション等によるハイパー・インフレ(87年消費者物価上昇率,メキシコ131.8%,ブラジル213.3%)の影響から,消費性向が高く,国内貯蓄率(名目GDP比,メキシコ86年25.7%,ブラジル87年22.7%)が低い状況になっている(第3-4-8図)。81,82年の債務危機発生直前までは投資率が国内貯蓄率を上回っており,そのため,国内投資の不足分は対外債務に依存する構造となっていた。また投資が非効率に進められてきたことや,投資率の水準自体が低いこともアジアNIEsに比べ工業化が進まなかった要因となっている。そして債務危機発生後は,純対外要素支払いの増大(ピークは83年,名目GDP比,メキシコ6.1%,ブラジル5.7%)から,メキシコでは,82年以降,財政赤字削減,輸入抑制,輸出振興等の緊縮政策をとってきた。その財政支出削減により公的投資が減少し,輸入抑制,引き締め気味の金融政策や実質賃金の減少による国内購買力の衰え等により民間投資も減少するなど,投資率は大きく低下(名目GDP比,81年29.0%→86年22.1%)している。また,財政赤字は82年(名目GDP比15.4%)よりは縮小しているものの,依然大きなものとなっている。一方,ブラジルも,輸入抑制による資本財不足や国内需要の落ち込みによる稼働率の低下から民間投資は冷え込んでおり,国内貯蓄率が低迷していることもあって,投資率は大変低い水準(87年名目GDP比,19.7%)となっている。このように,元来低い水準にあった投資率がさらに低下したことは,ラテンアメリカの今後の生産拡大,経済成長への大きな阻害要因となっている。

ラテン・アメリカでは,インフレの抑制が共通した課題となっている。過去の例をみると (第3-4-3表),ボリビアでは,85年に消費者物価上昇率が前年比11,748%にも達したが,財政や金融を厳しく引き締めることにより,87年には同14.6%まで鎮静化させた。またチリでも,73~76年の前年比200~500%ものインフレを,現在の同20%弱まで引き下げることに成功しているが,同様に財政,金融の緊縮策を長期間とったことが功を奏しており,財政赤字の名目GDP比は72年の13.0%から86年には1.1%に縮小している。一方,アルゼンチン,ブラジルでも,85~86年にインフレ抑制政策をとったが,税制改革や歳出削減等,財政赤字の縮小策がうまくいかなかったこともあって失敗に終っている(財政赤字の名目GDP比は,アルゼンチン86年8.0%,ブラジル同11.6%に拡大)。

なお,メキシコでは,経済再建のためインフレ抑制を主目標とした「経済連帯協約」を87年末より実施しており,インフレは急速に沈静化傾向(消費者物価上昇率,88年1月前月比15.5%→9月同0.6%)を示している。しかし,同協約の一環としてとられた,通貨ペソの対ドル為替レート固定化や輸入関税率の大幅引き下げから輸入は急増(87年前年比6.9%増→88年1~6月前年同期比53.3%増)し,輸出は原油価格の下落等もあって伸びが鈍化(同28.8%増→5.2%増)したため,貿易収支黒字は大幅に縮小(87年1~6月47.6億ドル→88年同23.9億ドル)している。

一方,ブラジルでは,輸出は,対ドル為替レートが引き続き切り下げられていることや,内需の落ち込みによる振り替え等から,工業品や大豆,アルミ等を中心に大きく増加(87年前年比17.1%増→88年1~6月前年同期比45.2%増)し,輸入は内需の落ち込みの影響もあって減少(同7.2%増→4.3%減)しているため,貿易収支は大幅な黒字(87年1~6月34.8億ドル→88年同86.0億ドル)を続けている。反面,インフレはその騰勢をますます強めている(消費者物価上昇率,88年9月前年同月比598.6%)。

ラテンアメリカが現状を脱するためには,①国営企業の効率化等,財政赤字を削減等により国内貯蓄率を引き上げ,それにより投資を高め,生産力を増強すること,②割安な為替レートに過度に頼らない工業品の競争力強化を図ること,③インフレの抑制等により,外国からの直接投資がしやすい投資環境をつくること,④純対外要素支払いの縮小(債権国の協力による利払いの縮小)を図ること,等を実現させることが必要である。