昭和63年
世界経済白書 本編
変わる資金循環と進む構造調整
経済企画庁
第3章 世界に拡がる構造調整
ドル安の効果により,アメリカの製造業の価格競争力が強化されてきたこともあり輸出が拡大している。この輸出拡大を続けるにはアメリカ製造業の供給力を強化する必要がある。ごのため現在みられている民間設備投資の増加を維持することはむろんであるが,更に需要の伸びの高い産業において設備投資を高め構造調整を推進し,国際競争力を強化することが重要となる。さらに,品質面,経営面の非価格競争力を含めた広い意味での国際競争力の回復・向上が期待されている。ただし,こうした国際競争力は保護主義によってもたらされるものではなく,あくまで市場メカニズムを通じて生み出していかなければならない。この節では,現在みられている変化が,こうした望ましい方向に沿ったものになっているか,アメリカの産業構造,地域経済構造にいかなる影響を与えつつあるのかを検討する。同時に,米加自由貿易協定についても併せて検討する。
60年代から最近にいたるまでのアメリカ製造業の国際競争力の推移を概観しよう。
まず,アメリカ製造業の国際貿易に占める地位をみると,自由世界における製造業製品輸出におけるアメリカのシェアは,60年代以降一貫して低下傾向にある。80年代に入ってからはシェアは一段と低下し,80年代初の15%から86年には11%にまで落ち込んできている(第3-2-1図)。これに対して,日本は最近やや頭打ちの感があるものの急速な上昇傾向を続けており,西ドイツも84年以降回復し,アメリカとの差を拡げ続けている。さらに,発展途上国の輸出シェアも増加傾向を続けてきた。このように,日本,西ドイツ,発展途上国の地位の向上と裏腹に,アメリカの貿易における地位は相対的に低下している。
アメリカ国内における製造業の地位をみても,全産業に占める製造業の企業収益のシェアは,最近のドル安等によってやや改善の兆しがみられるようになったものの,低下傾向にある (付図3-2)。また,雇用についても,製造業のシェアは一貫して低下してきている。もっとも,実質生産額に占めるシェアは変わっていない。
このように,雇用面からサービス経済化が進展し非製造業のウエイトが高まる中で,アメリカ製造業は,貿易面,国内面とも長期にわたりその相対的ウエイトを低下させてきた。これは一つには,第1章第3節でみたように,アメリ力多国籍企業が海外に生産基地を移動させたことも要因となっている。
次に,先端技術産業についてみると,アメリカの代表的産業である電子産業の生産額の世界に占めるシェアは日本のシェアの拡大に伴って全品目において低下を続けている (第3-2-2図)。従来からシェアの低い民生用機器が82年の30%から87年には15%と更にそのシェアを低下させただけでなく,アメリカの得意としていた産業用機器も82年の65%のシェアから87年には50%を切る水準にまでなってしまっている。電子部品,半導体・ICでも同期間にシェアは50%から40%程度に低下している。また,産業用ロボット (マニュアルマニュピレータ,固定シーケンスロボットを除く)の稼働台数でみても,60%以上という日本の圧倒的なシェアが続く中で,アメリカはシェアを15%弱に低下させてきている(第3-2-3図)。
以上のように,代表的な先端産業の一つである電子産業を含め,アメリカの製造業が相対的地位を低めているなかで,最近やや変化の兆しも現れてきている。85年を境として80年代前半のドル高期とその後のドル安期における品目別の輸出入比率の変化をみると,ドル高期のようにほぽ全品目が輸出比率を低下させ,輸入比率を上昇させるという傾向(図の矢印が左上方向を示す)には歯止めがかかってきている (第3-2-4図)。さらに,工作機械や光学機器のように輸出比率を高めてきている業種もみられる。しかしながら,コンピューター,自動車・同部品,繊維などの業種では輸入比率の上昇傾向がなお続いている。80年代前半のドル高期に加速されたアメリカ経済の輸入依存の高さは,業種によって若干の違いはあるものの,ドル安基調を経ても依然根強く残っている。
こうした製造業の動向を地域経済の視点から見直してみると,ミシガン州,オハイオ州などの伝統的な五大湖周辺部工業地域の相対的な地位の低下と,マサチューセッツ州,カリフォルニア州などハイテク産業を積極的に導入している両岸地域の興隆という二極化がみられる。こうした五大湖周辺部工業地域の地盤沈下は,鉄鋼,自動車などの伝統的な産業を保護し,両岸地域が積極的に導入を図ったエレクトロニクス産業等の新しい分野への対応に消極的だったためである。
失業率の動向をみても,全体として低下傾向にある中で,ミシガン州,オハイオ州などの五大湖周辺部工業地域では雇用があまり増加せず,失業率は比較的高い水準で下げ止まっている。一方,マサチューセッツ州,カリフォルニア州などの両岸地域では雇用の増加が著しく,失業率は急激に低下してきている。また,一人当たりの個人所得でみても,マサチューセッツ州,カリフォルニア州とミシガン州,オハイオ州の格差は拡大を続けている (付図3-3)。このように,積極的に構造調整を行ってきた地域と保護主義的色彩が強く,構造調整の進展を遅らせてきた地域の格差はますます拡大しつつあるといえよう。
次に,アメリカ製造業の国際競争力の低下の要因について,生産性5単位労働コスト,研究開発支出,企業経営の面から検討する。また外国の対米直接投資の役割についてふれる。
まず,アメリカの生産性について主要国と比較してみると,70年代に長期にわたって停滞し80年代に入ってやや伸びを高めたものの,日本と比較するとその伸びは依然として低く,西ヨーロッパ主要国に比べても低いものとなっている(第3-2-5図)。ECによれば,アメリカを100とする85年の製造業の付加価値生産性(購買力平価により換算)は,日本も100となっているが,西ドイツ,フランスは65,イギリスは42となっている。このようにアメリカの生産性の絶対水準は西ヨーロッパ主要国よりも高いものの,日本と同水準になってきており,電気機械等の分野では,日本がアメリカを上回るようになってきている (第3-2-1表)。また,第1節でみたように,アメリカの全要素生産性は,日本,西ヨーロッパ主要国よりも低くなっている。
次に,単位労働コスト(時間当たり賃金/労働生産性)を自国通貨建てべースでみると,アメリカでは,80年代に賃金が比較的安定していたこともあって低下傾向となっており,80年代に入ってからも上昇を続けている西ドイツ,イギリスなどの西ヨーロッパ主要国と比べると良好なパフォーマンスを示している。また,アメリカの国際競争力をみる上で重要なドル・ベースの単位労働コストで比較すると,80年代の前半のドル高期には,アメリカ以外の国の単位労働コストが大幅に低下する中で,アメリカの単位労働コストは相対的に大幅な上昇を示し,価格競争力を大きく低下させた。しがしながら,85年以降はドル安の効果によってアメリカ以外の単位労働コストが急上昇しており,アメリカの価格競争力は相対的に回復してきているといえる。アメリカ労働省の資料によると,アメリカを100とした賃金率は,日本で85年には50だったものが,87年には84,88年には95となり,絶対水準においても,アメリカと日本はほぼ同程度になるものと見込まれている。西ドイツでは87年に125とアメリカを上回っており,イギリス,フランスは各々67,92となっている(第3-2-2表)。こうした傾向が,上述のような輸入依存の高まりに歯止めをかけた主因となっている。しかしながら,こうした価格競争力の相対的回復に対して,品質面の評価,アフターサービス等の非価格面については,依然として格差が指摘されてきている。
次に,技術開発力等の要因をみてみよう。アメリカの産業が知識集約産業に傾斜していく中で,こうした産業が,競争力を維持・向上していけるがどうかは,その技術力を支えていくだけの研究開発にかかっているといえよう。一般にアメリカは基礎研究の分野で比較優位にあると言われている。たしがに,アメリカはノーベル賞の受賞者等で他国を圧倒しており,こうした基礎研究を基にさまざまな発明等を生みだしてきている。例えば,VTR,IC,産業用ロボットといった製品はアメリカで発明・技術化されたものである。産業別の研究開発費の売上高比率はアメリカは日本より高くなっている。しかしながら,上述したようにそれらの世界的な生産シェアは低下してきており,こうした優位性がそのまま商品化等を必要とする産業の国際競争力に反映されるわけではない。また,アメリカの研究開発の中で国防の占める割合が他国に比較して極めて大きく,航空・宇宙産業の絶対的な強さに反映されているものの,産業の国際競争力の観点からは,その技術が商業分野に応用しにくい等多くの問題を抱えていることを考慮する必要があろう。
以上のような点を踏まえ,アメリカの研究開発の状況をまず国防研究費を除く研究開発費のGNP比率の推移でみると,60年代以降低下が続き,80年代に入ってやや回復傾向がみられるものの,60年代から一貫して上昇してきた西ドイツ,日本に比べて低い水準となっている(第3-2-6図)。特に,80年代に入って急速にGNPの比率を増加させてきている日本との格差が開き続けている。しかしながら,国防研究費を含んだ研究開発費のGNP比率でみるとアメリカは依然として日本を上回る水準にある(86年,アメリカ2.82%,日本2.75%)。次に,人口千人当たりの研究者の推移をみると,80年代前半までのアメリカは日本,西ドイツを上回る水準を維持してきたものの,85年以降やや低下し,日本を下回る水準となっている (付図3-4)。また,国籍別特許出願件数でみても,アメリカ,西ドイツがほぼ横ばいで推移する中,日本が急速な伸びを示している。加えて,アメリカ国内における日本の特許出願件数が増加してきている(第3-2-7図)。
このように,アメリカの研究開発の状況をみると,80年代に入っでやや回復の兆しをみせてはいるものの,特に,日本との関係において相対的にその地位を低下させてきている。先端技術産業の現状のところでもみたように,西ヨーロッパ諸国との関係以上に,日本との相対的な技術力の関係によつて,こうした分野での国際競争力を低下させてきている。基礎研究の成果を産業化に生かすことが必要である。
また,企業経営の観点からアメリカ企業をみると,特に日本企業と比較して次のような特徴が指摘されている。日本の企業は,収益率の維持・向上とともに新製品の拡大等も重視している一方,アメリカの企業は,収益率の維持・向上を非常に重視しているといわれている。これは,日本の企業が,やや中期の企業発展を指向しているのに対して,アメリカの企業はやや短期の動向に目を向け過ぎているものと考えられる。こうした短期的収益重視のアメリカの企業経営は,最近の企業買収・合併ブームで一層助長され,産業の国際競争力の低下にもつながっているとみられる。アメリカの企業買収・合併は,80年代に入り急増しており,87年は件数で減少したものの,金額は依然として高い水準が続いており,設備投資額の37%に当たっている (第3-2-8図)。このような企業買収・合併が,企業のリストラクチュアリングを図り,企業の活性化に果たしている役割はあるものの,買収を阻止するため自社株を買い戻したり,買収のため資金を調達するなど生産と関係のない支出が行われることとなる。このため,企業の長期的な生産面の投資が先送りされ,長期的な競争力がおろそかになっている点が指摘できよう。
最後に,製造業の構造調整を推進する上で期待されているアメリカに対する外国からの直接投資の動向についてみてみよう。アメリカ製造業への外国の直接投資は,82年から84年のドル高期にも貿易摩擦回避,企業のグローバリゼイションの強化等の観点から比較的高い水準を維持してきたが,85年以降はドル安によるアメリカ国内での生産の有利化,貿易摩擦への一層の対応等から更に拡大してきている (第3-2-9図)。業種別の内訳をみてみると,化学,食品のシェアが高くなっており,アメリカの豊富な資源に目を向けているものと考えられるが,機械等の分野でも増加がみられる。また,アメリカ国内の製造業設備投資に対する比率でみても,84年以降上昇を続けており87年には14.0%となっている。こうした製造業に対する直接投資の増加は,アメリカ国内における生産能力の拡大を通じて,輸入の減少と輸出の増加という両面からの貿易収支の改善効果が期待できること,さらに,直接投資を通じて技術・経営ノウハウが移転され,アメリカ企業の中に新しい活力が生まれることによって製造業の競争力強化につながるというメリットも期待されている。現実の動きをみても,イギリスでは経済活性化のため政策的にも製造業の直接投資を積極的に受け入れてきており,製造業設備投資に対する比率も85年には10.9%と高い水準になっている。こうした直接投資の受け入れは,ハイテク産業の活性化等のためにますます活発になってきている。
なお,第2章でもみたように,アメリカ企業は60年代以降の海外進出により,輸出よりも直接投資による現地生産・販売を増加させてきた。80年代に入ると,投資収益率の悪化を背景に製造業全体では低調となったものの,電機・電子産業の企業は,アジア途上国向けを中心に投資を増加させてきている。こうしたアウト・ソーシングの動きは,第1章第3節でみたように海外の進出先に生産能力を移動させることにより,アメリカ国内における供給力の拡大を抑制してきたものと考えられる。ただし,アメリカの輸出販売力を高めるための販売部門の強化等を意図し,た直接投資の増加は今後とも期待されよう。
以上,アメリカの製造業の国際競争力について,いくつかの観点からみてきたが,価格面の競争力の改善がドル安の効果,賃金の安定等によって現実の動きとなって現れつつあるものの,技術力,企業経営といった非価格競争力を形成する分野において,特に日本との関係では,競争力を回復しておらず,アメリカの製造業が完全に立ち直るための要因が整ったとはいいがたい。アメリカの製造業の構造調整が進展し,貿易収支を引き続き改善していくためには,アメリカ国内における生産能力を高め,国内市場,海外市場双方における競争力を強化しなくてはならず,現状では悪化傾向に一定の歯止めがかかったにすぎない。しかしながら,アメリカ企業の一部には輸出指向等の新しい動きが出始めており,アメリカへの直接投資の増大もあって,今後の改善にやや明るさも見え始めている。こうした分野の改善には時間と構造調整による困難が伴うこととなろうが,あくまで市場原理に基づくものでなければならない。その困難を避けるために保護主義に陥ることは,地域経済構造の変化でもみたように,結果としては,かえって状況を悪化させるだけに終わるであろう。したがって,アメリカの構造調整を一層推進させるためには,アメリカ自身による更なる努力がますます必要とされよう。
アメリカ政府は,GATTのウルグアイ・ラウンド交渉の進捗状況,アメリカ議会における保護主義の高まり等を背景として,多国間交渉を進める一方で米加自由貿易協定等にみられるように二国間の自由貿易協定を展開しつつある。
こうした協定の目的としては,協定国相互における経済の活性化を通じて国際競争力の強化を図るとともに,難航しているウルグアイ・ラウンドを促進させること等があげられる。以下では米加自由貿易協定の背景,内容,効果とその影響について検討する。
88年1月に署名された本協定については,アメリカにおいて9月に議会が承認し,その後レーガン大統領の国内実施法案への署名が行われた。今後更に,カナダにおいて議会の承認が得られれば,89年1月に発効されることとなっている。アメリカ,カナダは,地理的に近く,言語,慣習といった共通点に加え,協定調印のアメリカ側の背景としては,①行政府がアメリカ包括貿易・競争力法の成立にみられるような議会の保護主義を牽制しようと意図したこと,②アメリカ側が競争力で優位にある製品(エレクトロニクス製品等)について,カナダ市場を開放させようとしたこと,③金融,流通,保険等に係わるサービス産業への参入を図9たかったこと,④カナダ側の平均約10%(アメリカ平均約3%)の関税撤廃による市場拡大を意図したこと,等があげられる。これに対して,カナダ側は,①対アメリカ輸出の増大に伴い80年代から激化した通商摩擦を回避すること,②アメリカという巨大市場を優先的に確保したかったこと,③アメリカとの自由貿易によりカナダ産業の国際競争力の強化を図りたがったこと,等が考えられよう。
米加自由貿易協定は,これまでの自由貿易協定に盛られている内容(関税,数量規制,政府調達など)の他に,サービス貿易,金融サービス,および投資の自由に関する条項,相殺関税及びアンチ・ダンピング税に係わる二国間紛争処理手続き(中立的で独立した両国の専門家からなる仲裁パネル手続きであり,アメリカの一方的な制裁を回避することが可能)等を含むものである。
関税については,89年1月1日以降,三つのカテゴリーで関税を撤廃することとし,最も長い期間を必要とする農産物,鉄鋼,織物等についても,89年から毎年10%ずつ引き下げ10年間で廃止することとしている(ただし生鮮果実・野菜等については20年間は暫定関税を課しうる)。また,本協定が対象とするサービス貿易の範囲は,高度情報通信サービス,コンピューター・サービス,専門サービス(会計士,建築家,エンジニア,科学者,経営コンサルタント等),旅行業,保険業等多岐にわたっており,こうしたサービス分野において相互に内国民待遇が保証されることとなろう。このように,米・加間の多く分野の関税,非関税障壁の撤廃(ただし,ウェーバー対象品目等は除外),サービス貿易分野の自由化にみられるように,新分野も含む包括的な自由貿易協定となっている。
88年2月に発表されたカナダ大蔵省の報告書では,本協定の経済効果を試算している。そこでは,93年にカナダのGDPは2.0%増加し,輸出数量は3.4%の増加,雇用面では12万人の増加がもたらされるとしている。カナダでは,輸出がGNPの約30%(87年)を占めており,そのうち対アメリカ輸出が約76%であることから,本協定によって一層のアメリカへの輸出拡大と,それによるカナダ経済の安定化が期待されている(付図3-5)。また,CEA(アメリカ大統領経済諮問委員会)によれば,アメリカにもたらされる経済的な便益は,毎年11億~29億ドルのオーダーであるとしている。世界貿易や第三国への影響については,現在でも両国の貿易の約75%が無関税であること等から,世界貿易面への影響はさほど大きくないといわれている。しがしながら,比較優位のある第三国から域内へ貿易がシフトするなど資源配分が非効率になる可能性がある。今後,この協定がブロック経済化への一つの引き金とならないよう,引き続き第三国はこの協定の動向を注視する必要があろう。