昭和63年

世界経済白書 本編

変わる資金循環と進む構造調整

経済企画庁


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第1章 不均衡縮小傾向の中で拡大続く世界経済

第3節 経常収支不均衡の縮小傾向

83年以降の世界経済の拡大局面で最大の不安定要因となってきたアメリカ,日本,西ドイツを中心とする国際的な経常収支不均衡は,依然大幅ながら87~88年にようやく縮小の傾向をみせている。これは85年以降のアメリカ,日本,ヨーロッパの政策協調を通じた役割分担と,ドル高修正の効果がようやく実体経済に浸透してきたためと考えられる。経常収支不均衡縮小のための処方箋は,(1)為替レートによる調整,及び(2)需要面及び供給面を通じる調整があり,後者はさらに,①短期の財政金融政策によるもの,②中長期の規制緩和,市場アクセス改善,産業構造調整等の構造調整政策によるものがある。これらの中には,市場で自律的に起こる場合もあり,また政策により行われる場合もある。このような処方箋は85年以降の各種国際的討議の中で明らかとなっていった。しかし,個々の政策の実行や効果の発現,自律的な動きの発現はタイミングが国によりまた分野により異なり,また必ずしも当初の予期した通りのものではなかった。本節ではこのような85~88年の経常収支不均衡縮小への過程を中心に振りかえり,その過程で生じた種々の論点を概観する。

1. 経常収支不均衡縮小への4局面

85年以降の経常収支不均衡拡大から縮小に至る過程は4っの局面に分けることができる (第1-3-1図)。局面Iは,85年3月から86年9月までの時期であり,この間ドルは大幅に下落する一方,経常収支不均衡はむしろ拡大した。局面IIは,86年10月から87年9月までの時期であり,ドルは比較的落ち着いた動きを示す一方,アメリカの貿易収支赤字は高水準横ばいとなった。日本,西ドイツの経常収支黒字は縮小の動きとなったが,西ドイツの貿易収支黒字はマルク建てで若干増加する傾向をみせた。局面IIIは,87年10月から88年3月までの時期であり,株価暴落後,アメリカの貿易収支赤字が,ならしてみると縮小の方向に転じた。局面IVは,88年4月から現在に至る時期であり,アメリカ,日本の貿易収支赤字,黒字は縮小の傾向が続く中で,西ドイツの貿易収支黒字がドル建て,マルク建てで拡大傾向となっている。以下ではこれらの局面毎に,経常収支,貿易収支,為替レート,政策の動き等をたどってみる。

(1)局面I(85年3月~86年9月)

局面Iでは,実質海外経常余剰(純輸出)は,タイムラグを持ちながらもドル安を反映して,日本では85年7~9月期には減少をはじめ,西ドイツでは85年7~9月期をピークに,その後減少傾向に転じた。これに対して,アメリカでは,86年1~3月期に純輸出が増加したものの継続的な増加は局面IIの86年10~12月期からであった。このように日本がいち早く内需主導型に転換したのに続き,西ドイツも内需転換したのに対し,アメリカの外需転換は遅れた。しかしながら,名目での規模は,対GNP比,ドル建て,円・マルク建てのいずれで見ても経常収支不均衡は拡大した(第1-3-1表)。すなわちアメリカの経常収支赤字のGNP比は85年2.9%から,86年3.3%に拡大した。日本の経常収支黒字は同じく3.6%から4.3%へ,西ドイツでは同じく2.6%から4.4%へ拡大した。これは後述のように,為替レートによる調整の効果の発現を遅らせる種々の要因があったからである。

局面Iでの経常収支不均衡の変化は,85年2月末からの,アメリカの金利低下等を主因とするドル高の自律的な修正が続く中で,同9月からの政策的なドル高修正を反映するものとなった(局面Iでは,85年2月から86年9月まででドル実効レート(1980~82年=100)は,136.4から102.2まで25.1%減価,260円から155円へ,3.30マルクから2.04マルクヘ)。すなわち,85年9月の5か国蔵相・中央銀行総裁会議は,「大臣及び総裁は,為替レートが対外インバランスを調整する上で役割を果たすべきであることに合意した。このためには,為替レートは基本的経済条件をこれまで以上によりよく反映しなければならない。

彼らは,合意された政策行動が,ファンダメンタルズを一層改善するよう実施され強化されるべきであり,ファンダメンタルズの現状及び見通しの変化を考慮すると,主要非ドル通貨の対ドル・レートのある程度の一層の秩序ある上昇が望ましいと信じている。彼らは,そうすることが有用であるときには,これを促進するようより密接に協力する用意がある」との発表を行った(プラザ合意)。その後,ドル下落の続く中で,86年5月の東京サミットでは,「有益であれば為替市場に介入するとの1983年のウィリアムズバーグ・サミットにおける約束を再認識しつつ,是正努力は,何よりも基礎となる政策要因に焦点をあてるよう勧告する」ことが宣言された。

ファンダメンタルズの改善については,85年4~5月のOECD閣僚理事会,ボン・サミットでアメリカの財政赤字削減の必要性が合意された。プラザ合意では,アメリカの財政赤字削減,日本,西ドイツも財政赤字削減とともに,日本では民間活力の発揮,西ドイツでは86,88年減税を通じた成長強化が盛り込まれた。さらに86年4月のOECD閣僚理事会では,経常収支赤字国では生産の成長が内需を上回り,黒字国ではその逆となるべきことが合意された。各国の政策の実行をみると,アメリカでは,財政収支均衡法(いわゆるグラム・ラドマン法)が85年12月に成立し,86年度(85年10月~86年9月)の財政赤字1,719億ドル,87年度目標1,440億ドルの後,毎年360億ドルの赤字削減を行い,91年度には均衡させるとの目標と手続きを立法化した。しかし86年度の実績は2,212億ドルの赤字と前年(2,123億ドル)をも上回り,また強制的な赤字削減手続きの一部が違憲とされたため,実効性に疑問も呈されることとなった。日本は85年10月の内需拡大策に次いで86年9月に公共投資の拡大,電力業の設備投資や住宅建設の拡大を含む3兆6,000億円の規模の総合経済対策を決定した。また西ドイツは86年100億マルク,88年90億マルクの減税を決定した。

このようにアメリカの財政赤字削減等の経済政策の国際協調が端緒につく一方,金融政策においては,日本の提唱もあって,86年3,4月に主要国の協調金利引下げが行われた(公定歩合は,アメリカで7.5%から6.5%へ,日本で4.5%から3,5%へ,西ドイツで4%から3.5%へ)。このような同時金利引下げは,為替市場への影響を回避しつつ,各国の需要の拡大に寄与した(アメリカは景気鈍化の懸念があり,86年4~6月の実質成長率は前期比年率0.8%のマイナス成長となった)。かつ,世界的な高金利を修正して,先進国の財政支出に占める金利負担の軽減,途上国の対外債務の利払い負担の軽減にも役立った。アメリ力は86年7,8月にさらに単独の公定歩合引下げを行った(5.5%へ)。さらにより広範な観点から,日本では86年5月に構造調整推進要綱が取りまとめられた。その後も国際協調型の経済構造に転換するための需要面,供給面からの構造調整政策(87年5月「経済審議会建議」)が策定され,内需主導型経済への転換・定着を柱とする新経済計画(88年5月「世界とともに生きる日本」)が決定されるなど,着実に構造調整政策が推進された。

この間,アメリカの経常収支赤字ファイナンスは,大宗は民間資金の流入によるものであった。

以上のように,局面Iにおいては,ドルの大幅下落,主要国間の政策協調の枠組みの合意と一部実行があったものの,経常収支不均衡縮小の効果は,まだ目に見えて発現するには至らなかった段階と言えよう。

(2)局面II(86年10月~87年9月)

局面IIでは,実質純輸出のGNPに対する寄与度はアメリカではプラスで増加傾向,日本,西ドイツではマイナスで増加傾向と,不均衡縮小の姿となってきた。名目ベースでは,アメリカの経常収支赤字のGNP比は86年の3.3%から87年には3.4%に微増し,また貿易収支赤字は増加の基調は弱まったものの,月平均140億ドル台の高水準で横ばいの傾向となった。これに対し日本では,経常収支・貿易収支黒字が縮小の動きとなった。すなわち,経常収支黒字はドル建てでは微増したもののGNP比は86年の4.3%から,87年には3.6%へと縮小し,貿易収支は,円建てで86年の15.3兆円から87年には13.9兆円に縮小した(第1-3-2図)。西ドイツでも経常収支黒字はドル建てで増加したが,GNP比の減少も,86年4.4%から,87年4.0%と緩やかであり,マルダ建て貿易収支黒字は,86年の1,126億マルクから87年には1,177億マルクにむしろ拡大した。

局面IIでは,ドルは比較的落ち着いた動きを示すものとなった。(ドルは,86年9月から87年9月までに,実効レートで9.2%の減価,155円から143円,2.04マルクから1.81マルクヘ)。86年10月の日米蔵相会談では,為替の不安定は安定成長を阻害するという認識で一致した。また87年2月の6か国蔵相・中央銀行総裁会議は,「大臣及び総裁は,プラザ合意以来の大幅な為替レートの変化は対外不均衡の縮小に今後一層寄与するであろうとの点に合意し,この声明に要約された政策コミットメントを前提とすれば,今や各通貨は基礎的な経済諸条件に概ね合致した範囲内にあるものとなった点に合意した。各通貨間における為替レートのこれ以上の顕著な変化は,各国における成長及び調整の可能性を損なう恐れがある。それゆえに,現状においては,大臣及び総裁は,為替レートを当面の水準の周辺に安定させることを促進するために緊密に協力することに合意した」と発表した(ルーブル合意)。

この為替レートの動きの比較的落ち着いていた間に,経常収支不均衡の拡大が鈍り,あるいは縮小の動きを見せたことは,局面Iにおける条件変化が,局面IIにおいて実体経済に徐々に反映されてきたことを示している。ドルの下落及び石油価格の下落は,日本,西ドイツでは実質購買力の上昇となり,内需の拡大に貢献したし,アメリカにおいても,ドル安による輸入物価上昇を石油価格下落が相殺する形で,実質所得の維持に役立った。これに加えて,政策協調による金利の一斉引下げ,日本の総合経済対策,西ドイツの86年減税は,日本の87年の個人消費,非製造業設備投資,住宅投資等,内需に主導された景気回復,西ドイツの85年まで低迷した個人消費の86年における回復に貢献した。

このような局面Iの条件変化の影響に加え,局面IIにおいても,財政金融政策における国際協調がさらに進められた。アメリカの財政赤字は,87年度には税制改革に伴う駆け込み的納税による一時的増収もあって,1,497億ドルと前年比715億ドルの大幅削減となり,予算ベースでのグラム・ラドマン法の目標にほぼ合致したものとなった。日本では87年5月に1兆円以上の減税を含む6兆円の緊急経済対策が決定され,西ドイツは88年の減税規模を140億マルクに拡大し,90年にはネットで200億マルクの減税を行うこととした。金融政策においても,日本の86年11月,87年2月の公定歩合引下げ(2.5へ),西ドイツの87年11月の公定歩合引下げ(3.0へ)が行われた。これらの措置は,経常収支不均衡縮小への動きを確実なものとすることに役立った。

しかしながら,局面IIにおいては,アメリカの貿易収支赤字の縮小が期待されたようには進まないことが市場の関心事であり,いくつかの問題点が生じた。

第1に,アメリカの金利は長短とも87年4月頃から上昇傾向となった。石油価格下落の効果一巡から,FRBもインフレ予防の観点から通貨供給量の伸びを抑制的に運営し,87年9月には公定歩合を5.5から6に引き上げた。日本,西ドイツにおいても,市中金利上昇を容認する動きとなった。

第2に,ドル先安感を反映し,アメリカへの民間資金の流入は大きく減少し,87年全体で1,540億ドルの経常収支赤字に対し,87年中の外国政府のドル外貨準備高の増加は,1,307億ドルとなり,結果として経常収支赤字の大宗をファイナンスした形となっている。なお,アメリカの資本収支においては外国公的部門のアメリカ内におけるドル準備保有増は475億ドルとなっている。

第3に,アメリカにおいては貿易収支赤字が目に見えて縮小しない中で,貿易相手国の市場の閉鎖性,輸出国が利益マージンを縮小してドル建て価格を上げないこと,アジアNIEsが為替を対ドルリンクして引き上げないこと等を理由として,相手国を非難する動きが目立ってきた。そして保護主義的な色彩の強い包括貿易法案が議会で審議されることとなった。

このように,局面IIでは経常収支不均衡の拡大はほぼ止まったものの,アメリカの赤字縮小が遅かったことから,市場の不安定感が高まった段階と言えよう。

(3)局面III(87年10月~88年3月)

この局面においては,87年10月の株価暴落力引き金となって,ドルの下落およびアメリカの消費の減少が起こり,アメリカの貿易収支赤字は縮小傾向に転じた。88年1~3月期のアメリカの貿易収支赤字は352億ドル,名目GNP比で3.0%となり,87年の四半期平均400億ドル,GNP比3.5から縮小した。経常収支も88年1~3月期は369億ドルの赤字と87年の四半期平均385億ドルから縮小,GNP比は3.1に低下した。この間,日本,西ドイツの経常収支・貿易収支黒字も88年1~3月期にはGNP比では87年より縮小したものの,四半期の動きでみると,ドル建て,自国通貨建てでは横ばい傾向となった。しかし,87年四半期平均比でみると減少している。

ドルは87年10~12月の間に一段安となり,その後落ち着いた動きとなった(87年9月から88年3月の間に,ドルは実効レートで7.6減価,143円から127円,1.81マルクから1,68マルクヘ)。87年12月の7か国蔵相・中央銀行総裁会議では,「大臣及び総裁は,為替レートが過度に変動すること,これ以上ドルが下落すること,あるいは調整過程を不安定にしてしまうほどドルが上昇することは,いずれも,世界経済の成長の可能性を損なうことにより,逆効果となる恐れがあることに合意した。彼らは各国通貨間の為替レートをより安定させることについて共通の利益を有していることを再び強調し,為替レートの安定を促進するため,経済の基礎的諸条件を強化するような政策の監視および実施について,緊密に協力し続けることに合意した。加えて,彼らは,為替市場において,緊密に協力することに合意した」と発表した。

株価暴落後の市場の信認を回復するため,アメリカは貿易収支赤字・財政赤字縮小のための確固たる決意を必要とした。このため,行政府と議会で財政赤字削減のための合意づくりの努力がなされ,88,89両年度にわたる財政赤字削減方策が合意された。内需主導型の景気拡大の進む日本に比べ,西ドイツでは成長鈍化からくる税収不足および外貨準備評価損による連銀益金納付金の減少(86年の127億マルクから87年には73億マルクヘ)による財政赤字の拡大(88年度当初予算の301億マルクから,補正では391億マルクの赤字に拡大)を容認する一方,地方政府の投資拡大のため,復興金融公庫(KfW)に150億マルクの低利融資枠を設けた。金融政策は,株価暴落後の一時的な金融ひっ迫を回避し,また経済全体へのデフレ効果を抑えるため,各国とも緩和策に転じた。アメリカの通貨供給量(M2)は,88年初には,87年10~12月期対比4~8%の目標域の上限に張りつく形となった。株価暴落は当初アメリカの実質GNP成長率を1%ポイント程度引き下げるとの予測がなされたが,直接の実体経済への影響は87年10~12月期にアメリカの個人消費が前期比で減少したことに限定され,その後アメリカの消費は伸びは鈍化したもののなお緩やかに拡大を続けた。また88年に入り,アメリカの財別貿易収支にも改善が出てきた (付図1-12)。赤字を続ける消費財においては,輸入額が減少するとともに,輸出額は漸増を続けている。黒字となっている資本財においては,輸出額は緩やかながら増加している。さらに,アメリカ,日本,ヨーロッパとも設備投資が高い伸びを示し,景気拡大の要因となってきている。

このように局面IIIにおいては,株価暴落後も世界経済は予想外に根強い成長を続ける一方,経常収支不均衡縮小への動きがより明確こなってきたといえよう。

(4)局面IV(88年4月~)

局面IVにおいては,アメリカの実質成長における外需の寄与度が順調に高まり(ただし,88年7~9月期(暫定値)では,外需寄与度はマイナスとなった),また日本の成長は内需主導型になっている。西ドイツでは,マルク相場が87年末に史上最高値をつけた後反落し,特に88年5月後半以降マルク安の展開となったこと,及び周辺諸国の景気拡大に伴い,4~6月期には輸出の増加が顕著となり,外需が増加に転じている。各国とも堅調な成長が続く中で,アメリカ,イギリス等において物価上昇の予防ないし抑制を目的として金融が引き締められる(アメリカの通貨供給量は4~8%の目標域の中間である6%へ鈍化)一方,アメリカ,日本では経常収支不均衡は,依然大幅ながら縮小傾向となっている。

アメリカの経常収支赤字は88年4~6月期には333億ドルと前期より減少し,GNP比も2.8%に低下した。貿易収支赤字は通関ベースで87年は各四半期420億ドル台であったものが,88年4~6月期には330億ドル台に低下している。アメリカの88年4~6月期の資本収支を見ると,民間資金の流入が再び活発化している。日本の経常収支・貿易収支黒字はGNP比,ドル建て,円建てのいずれでも縮小し,経常収支のGNP比は88年4~6月期には2.4%に低下した。これに対して西ドイツの貿易収支黒字は通関ベースで拡大し,203億ドルと,日本の同167億ドルを上回った。

ドルは局面IVでは,88年3月の127円,1.68マルクから,10月には129円,1.82マルクへと若干上昇し,実効レートで2.3%増価している。これはアメリカの貿易収支の改善,インフレ予防のための8月初の公定歩合引き上げ(6%から6.5%へ)を背景とするものであったが,8月末にヨーロッパ諸国が一斉に公定歩合等を引き上げた(西ドイツでは3%から3.5%へ)ことや,アメリカのインフレ懸念が市場で後退したことから,その後は小動きとなっている。88年9月の7か国蔵相・中央銀行総裁会議では,「大臣及び総裁は,各国通貨間の為替レートの安定に,引き続き利益を有していることを強調した。そのため彼らは,為替レートの安定を維持する政策を追究するとともに,引き続き為替市場において緊密に協力していくというコミットメントを再確認した」と発表した。

アメリカの財政赤字は88年度は1,551億ドルと,前年度より赤字幅がやや拡大した。89年度については大統領府行政管理予算局が1,455億ドルと見込んでいるのに対して,議会予算局は1,518億ドルとグラム・ラドマン法の目標額1,360億ドルを100億ドル以上上回る財政赤字となるとしている。他方,88年8月には,保護主義的な色彩の強い包括貿易・競争力法が成立した。88年9月のIMF暫定委員会コミュニケでは日本の内需主導型成長が評価されるとともに,アメリカの財政赤字の一層の削減と個人貯蓄の向上のための施策の必要性が強調された。そして西ドイツ等,対外黒字が大きい欧州の国々は力強い内需主導の成長が必要であるとしている。また保護主義に抵抗することの重要性が強調された。

このように局面IVは,アメリカ,日本では経常収支不均衡が縮小傾向にあり,かつインフレなき持続的成長が維持されている。引き続きこのような傾向を確実なものとするために,これまでの国際的な政策協調を継続強化することが必要であろう。

2. 経常収支不均衡縮小過程の問題点と評価

以上みたような経常収支不均衡縮小の過程においてさまざまな問題点が議論されてきた。ここでは(1)大枠としての政策協調に関する問題,(2)為替レートによる調整の考え方と効果発現の遅れに関する問題,(3)アメリカ,西ドイツの需要面・供給面の政策上の問題を概観しよう。

(1)大枠としての政策協調

経済成長を持続しながら,国際的な経常収支不均衡を縮小するためには,経済政策の国際協調が有効であることは,経済分析的には早くから明らかにされていた。例えば,経済企画庁の世界経済モデルによる分析では,①アメリカの財政赤字削減,これに伴うデフレ効果を相殺するため②アメリカ,日本,ヨーロッパの同時金融緩和,③日本,ヨーロッパの政府支出の若干の増加,という各国の政策協調により,成長の持続,高金利・ドル高の修正,経常収支不均衡の縮小が可能であるとの結果を得ていた(84年11月経済企画庁「世界経済モデルによる政策シミュレーションの研究」)。これは外国の大規模世界経済モデルによっても確認されていた。しかし,各国のモデルは細部の構造が異なり,またパラメータも異なるため,これを根拠とした各国の政策協調は難しいとの見方が出されている。そこで,これら大規模世界経済モデルの原型である簡単な理論モデルによって分析すると (付注1-2),自由な資本の国際移動のもとで,成長を持続しつつ,経常収支不均衡を縮小するためには,上記のような政策協調が有効であることが明らかにされる。すなわち,A,B2国があり,A国は貿易収支赤字,B国は黒字としよう。為替レートが内生的な場合,次の点が示される。①A国の内需抑制と,B国の同規模の内需拡大により,A,B両国のGNP,金利は不変に保たれる。A国の通貨は減価し,貿易収支不均衡は縮小する。②A,B両国の同じ幅の金利引き下げをもたらす協調金融緩和により,A,B両国ともGNPは増加する。

このように,前項1.で見た85年以降の政策協調は,各国の経済成長を持続する,という各国の利益を満足させつつ,共通の不安定要因である経常収支不均衡を縮小するための政策として,大枠としては適切なものであると言えよう。

しかしながら,政策協調の個々の政策の決定,実行は国により,また分野によりタイミングを異にすることも多く,また長い政治的プロセスを要するものであった。また政策の効果の発現には,予想を上回る時間を要するものもあった。

これらを理由として現在の政策協調の意義に疑問を呈したり,為替レート以外の要素を軽視する見方もある。しかし後者については,中長期的には為替レートは,経済の基礎的条件を反映して決まるものであり,基礎的条件を改善することこそ重要である,とういう点が忘れられている。前者については一般論としては,政策協調が常に経済的に正当化されるとは限らないとか,困難な政治的プロセスを要するとか,効果の発現が遅く不確実であるとかの立論は可能であろう。しかし現にアメリカ,日本,ヨーロッパが取り組んでいる政策協調は,一応の分析的根拠がある政策の組合せを実行しようとするものであり,また3年以上にわたる努力で政治的プロセスの困難も克服してきている。そして,前項1.でみたように効果も明確に現われてきているのである。現時点では,これまでの政策協調のラインを継続強化することが適切であると言えよう。

(2)為替レートによる調整と効果発現の遅れ

(為替レートによる調整)

資本の国際移動が自由な世界では,経常収支は常にゼロになる必要はなく,為替レートも,経常収支をゼロにするように動くわけではない。ある国が所得を上回って支出するという意図をもち,他の国が所得を下回る支出を計画するならば,前者が後者から借り入れる形で資本が移動し,為替レート,金利が財市場,資本市場の均衡をもたらすように内生的に決まる。その結果,前者は経常収支赤字・資本収支流入超となり,後者は経常収支黒字・資本収支流出超となろう。

このように経常収支不均衡は,資本の国際移動が自由ならば資源の効率的配分の結果起こり得る現象である。ただし,上記の関係が経済合理的なのは,将来のある時点で借り入れは返済される,という前提があるからである。現在,経常収支不均衡が問題となっているのは,アメリカが借り入れによって所得を上回る支出を続け,日本,西ドイツ等が貸し付けによって所得を下回る支出を続ける,という姿は,もし永久に続くならば返済不可能となり経済合理的でないからである。このような状況が持続不可能(unsustainable)になったと将来ある時点で市場が判断し為替レートが激変するのを避けるため,所得,支出のパターンの背後にある経済の基礎的条件を改善しつつ,為替レートの緩やかな変化による不均衡縮小効果に期待する,というのがこれまでの政策協調の背後にある考え方である。この点,為替レートの変化のみに依存して,経常収支不均衡を縮小するという考え方は,基礎的条件の変化の必要性を考慮していないという問題があろう。

(効果発現の遅れ)

為替レートによる経常収支不均衡縮小の効果をこのように位置づけても,その効果の発現は予期されたよりも時間を要するものであった。これらは実証的な問題であり,これまでの年次世界経済報告でもいくつか分析したところであるので要点のみをまとめておこう。

    (ア)Jカーブ効果: 為替レートの変化による輸出入価格の変化が,数量を変化させ,輸出入額を期待した方向に動かすまでに約1年半かかること。

    (イ)初期条件: すでに,輸出と輸入額の差が大きく開いている状態からの調整であるため差が縮まりにくいこと。アメリカの通関輸入額の輸出額に対する比率は,85年1.61,86年1.68,87年1.67のあと,88年1~3月1.49,同4~6月1.42,同7~9月1.39と改善してきている。

    (ウ)輸出入の所得弾性値: アメリカでは,輸入の所得弾性値が2.0と,輸出の所得弾性値1.2を上回るため,アメリカは貿易相手国よりも低い成長率となる必要があること。

    (エ)  NIEsの為替レート: ドルは対先進国通貨に対しては大幅に減価したものの,アメリカの輸入の約15%を占めるアジアNIEsの通貨は87年に入るまではほぼドルとリンクしていたため,ドル下落の効果がなかったこと。

    (オ)中南米の輸入: 中南米は80年には,アメリカの輸出の16%を占める主要輸出先であったが,債務累積の深刻化から,これらの国が輸入を減少させたため,87年には12%とシェアが縮小したこと。

    (カ)利益マージン:  一般に為替レートが変動するとき,企業がこれにあわせて価格をすぐ調節するということは不確実性のもとでは必ずしも合理的ではなく,自国通貨が減価しているときは企業の利益マージンは拡大し,増価しているときは縮小するといった動きがみられる。今回のドル安下においてアメリカは,輸入価格の上昇が遅いとして,貿易相手国を非難したが,上記のような企業行動の傾向,さらには輸入原材料のコスト低下を考えれば,必ずしも意図的なマージン縮小との見方は当たらない。その上アメリ力自身の輸出価格もまた上昇し利益マージンを拡大している。

    (キ)アメリカ企業の海外立地: ドル高のときに,アメリカ企業は生産基地を海外に移動させたので,ドル安が直ちにアメリカ国内での生産を刺激することにならない。実際,世界輸出に占めるアメりカの輸出のシェアは86年には10.9%まで低下している。しかし世界の工業品輸出において,アメリ力の多国籍企業全体の占めるシェアは1950年代から17.5%程度で安定している( 付表1-4)。

    (ク)外国企業のアメリカ内販路確立: ドル高時に,日本,ヨーロッパの企業は海外に販売網を確立しており,その設立に要したコストはすでに埋没費用となっている。その分,ドル安となっても,日本,ヨーロッパの企業の競争力が強くなっている。

    (ケ)アメリカ企業の非価格競争力: 需要の伸びの高い製品の生産,品質,納期,サービス等,為替レートのみでは調整できないものがある。

以上の多くの要因のうち,(ア)Jカーブ効果は終了する段階であり,(イ)初期条件の差は縮小しつつあり,(ウ)所得弾性値の違いは,外国の成長率の高まりと,これまでのドル安による価格弾性値からの効果により相殺することが期待でき,(エ)NIEsは87~88年に為替レートを切り上げており,それぞれ,問題は軽減してきていると見られる。(カ)利益マージンについては上記の通りである。(オ)中南米の輸入は第2,3章で見るように依然大きい問題として残っている。(キ)(ク)(ト)はいずれもアメリカの産業の競争力強化の問題であり,第3章で考える。

(3)アメリカ,西ドイツの需要面・供給面の政策上の問題点

経済の基礎的条件を改善するため,各国とも需要面,供給面の各種政策を行なっている。これらと経常収支不均衡縮小との関係は,経常収支を①所得が支出を超過する分,②民間部門の貯蓄投資バランス(貯蓄‐投資)と財政バランス(歳入‐歳出)の和,③財・サービスの輸出入の差(プラス移転収支),④資本収支の符号を変えたもの,という4つの面から見ることができよう。さらに,1国の経常収支は,その他世界の経常収支の符号を変えたものである,という第5の面がある。各国が不均衡縮小の政策をとることにより,相互に好影響を及ぼすこととなる。このような考えから88年6月のトロント・サミットでは,アメリカの財政赤字削減,貯蓄のインセンティヴの増大,産業部門の国際競争力の強化を要請しており,同9月のIMF暫定委員会では,西ドイツ等対外黒字の多い欧州の国々の内需主導型の成長を要請している。ここでは,これらのアメリカ,西ドイツの政策課題の問題点を概観する(アメリカ産業の国際競争力や西ドイツの構造調整については第3章参照)。

(アメリカ民間部門の貯蓄投資バランス)

1960年代の財政赤字が小さかった時期にはアメリカの民間貯蓄と民間投資の名目GNP比(以下,民間貯蓄率,民間投資率)は16%程度で安定していた。80年代に入り,民間投資率は84年のブーム時に18%に上昇した後,再び16%程度の水準に落ち着いてきている。これに対し,民間貯蓄のうち,企業貯蓄(内部留保プラス減価償却)はGNP比が60年代の12%から13%に上昇し安定している。しかし個人貯蓄率(対可処分所得比)は,60年代の6~8%から80年代には低下を続け,87年には3.2%にまで下落した。これは,対名目GNP比では,1.9%となり,結局,87年から民間貯蓄率は15%と民間投資率を1%程度下回る状態になっている (第1-3-3図)。このため財政赤字が前年の5.3%から87年度にはGNP比で3.4%と,かなり改善されたものの,経常収支赤字のGNP比はそれ程には改善されない結果となったのである。経常収支赤字の縮小とともに,今後の発展基盤となる民間投資の拡大のためにも個人貯蓄の向上により,国内で資金供給を増やし,資金コストの低下を図ることが必要である。このためには,昨年の年次世界経済報告で指摘したように,住宅抵当借入れに係る利子の所得控除の抜け穴を改める等,借入れのインセンティヴを弱めることが必要であろう。

(アメリカの連邦政府財政赤字)

アメリカの財政赤字削減はGNP比でみるとかなり進展している。しかし,グラム・ラドマン法に定められた連邦財政収支は,オフバジェットとされた社会保障信託基金とオンバジェットたる統合予算の合計であり,後者の赤字を前者の黒字が一部相殺する形となっている(第1-3-2表)。オフバジェットの黒字は,87年度の200億ドルから,毎年100億ドル以上のテンポで増加すると見込まれている。しかし,オフバジェットの黒字は,将来ベビーブーム世代の高齢化がはじまり年金支払が増えれば,とり崩されていくこととなろう。議会予算局の見通しでは,オンバジェットの赤字は今後も長期にわたり2,000億ドルを上回り続けることになっている。したがって,グラム・ラドマン法に定められた連邦財政の赤字の削減に努めると同時に,オンバジェット・ベースでの赤字にも留意する必要があると思われる。

(西ドイツの内需拡大)

西ドイツでは減税を主体とした内需拡大策をとってきており,86~87年の消費拡大はその効果のあらわれも一因であった。しかし,88年には140億マルクの減税にもかかわらず,消費は87年の伸び3.5%に対し,88年上期3.2%と伸び悩んでいる。西ドイツはさらに,87,88年には,成長鈍化による歳入不足を容認し,ビルトイン・スタビライザー機能も活用している。このため連邦政府財政赤字のGNP比は,87年1.4%から,88年1.8%に拡大した。しかしながら,歳出の増加は,社会保障費や企業補助金等の移転支出が大きなウェイトを占めている。例えば,87年にはドル安のため国内炭への補助金は22.5億マルクにのぼった。公共投資は抑制され総固定投資に占める公共投資のシェアは1970年の18%から1987年には12.5%まで縮小している。公共投資の大宗を占める(87年の公共投資570億マルクの63%)地方政府の投資は,80年の412億マルク(歳出の28.3%)から,87年には358億マルク(同20.1%)まで圧縮されてきている(第1-3-4図)。これは地方政府が課されている借入限度額を守るため,公共投資が最大の削減の対象となっているからである。特に,構造不況地域では,社会保障支出が大きいため,公共投資の余地は極めて限られたものとなっている。

87年末の復興金融公庫による150億マルクの低利融資枠(88~90年まで)はこのような地方の公共投資を刺激しようとするものである。88年7月末までの申込み額は32億マルク,約束額は24億マルクとなっている。しかし融資適格となるためには,借入限度額にまだ余裕のあることが条件のため,構造不況地域ではその利用可能性は限られたものとなっている。西ドイツでは,内需拡大のために公共投資を拡大する余地は大きいと言えよう。連銀は優先分野としそ,下水道や道路の防音壁等の広義の環境保全,都市再開発,病院改築等をあげている。