昭和61年

年次世界経済報告

定着するディスインフレと世界経済の新たな課題

経済企画庁


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第3章 ドル高修正,原油高修正の影響

第5節 金利低下の影響

1. 低金利時代の到来

(名目金利の低下)

1970年代末から80年代初頭にかけて,世界主要国の金利は,アメリカにおける金利の上昇を反映して高水準となり,ドル高とともに各国の金融政策を制約する要因となっていた。第2章でもみたように,アメリカの高金利は,金融政策の中立化により,81,82年にかけてやや是正されたものの,財政赤字の拡大,マネーサプライの急増に伴う引締め懸念の高まりなどから金利は再び高水準となった。しかし,84年下期以降,物価の安定,景気拡大速度の鈍化等から金利は低下傾向を示し,特に86年に入ってからは,原油価格の低下によるインフレ期待の低下を受け,金利は長期,短期ともに一段と低下している。

一方,アメリカの金利低下と同時に世界主要国の金利高も是正に向かっていった。86年に入ると,各国で公定歩合,介入金利の引下げが数次にわたって実施されたこともあって,各国の金利は70年代後半の水準にまで低下し,世界的に低金利時代が到来したともいえる。各国の金融政策にはさまざまな制約条件があるものの,こうした金利の低下は,それ自体としては各国の金融政策の自由度の回復をある程度意味するものとして評価できよう。

(累積債務国への影響)

また,このような最近の金利低下傾向は,債務負担軽減の観点から累積債務国に好影響を与えるものと考えられる。

発展途上国の累積債務に占める変動金利債務の比率は,78年の32.5%から83年には51.2%へと上昇しており(世界銀行「世界開発報告」1985年),金利変動の債務負担に与える影響は次第に大きいものとなっている。こうした中で,70年代後半から80年代前半にかけての高金利は,累積債務問題を急速に悪化させる大きな要因であった。

しかし,ドル建て債務の基準となっているロンドン銀行間出し手レート(LIBOR,6か月もの)の動きをみると,84年では年平均で11.08%という高水準であったものの,86年8月には,6.06%へと大幅に低下している。この金利低下による債務負担軽減額は各累積債務国によって異なるものの,各国でGNPの1%~4%程度に相当するものとなっている(第3-5-1表)。もちろん,この効果は変動金利債務の割合が高いほど大きく,特に,ブラジル,メキシコ,チリ等において著しいことがわかる。

2. 実質金利は低下しているか

(実質金利をどう算出するか)

しかしながら,以上のような金利の低下はあくまでも名目金利についてのものであり,最近の金利の低下が,原油高修正あるいはドル高修正等によるインフレ期待の鎮静化を背景に進行していることを考えると,実物面に与える影響が相対的に大きいと考えられている実質金利はそれほど低下していないのではないか,との疑問が生ずる。

ところで,実質金利をどう算出するかという点については問題が多い。実質金利は,名目金利から期待インフレ率を差し引くことによって算出されるが,名目金利としてどの金利を選ぶかという問題があるだけでなく,人々のインフレ期待を直接観察することは,そもそも不可能であろう。また,期待インフレ率を過去の物価上昇率から便宜的に計算するとしても,どの物価を選ぶのが適切かという問題がある。さらに,金利が長期金利か短期金利かによって異なると考えられるインフレ期待の形成の仕方についても,それをどう把握するかという問題がある。

(実質金利の動き)

このように,実質金利の算出方法についてはいろいろ問題があるが,ここでは,アメリカ,イギリス,西ドイツにおいて,単純にGNPデフレータあるいは卸売物価の前年同期比上昇率を名目金利から差し引いたものを実質金利とみなし,その動向を名目金利のそれと比較してみよう。第3-5-2図によると,名目金利は,最近やや上昇傾向にあるイギリスの短期金利を除くと,総じて81~82年の高金利時代に比べるとかなり低下し,78~79年の水準にまでもどっている。一方,実質金利の方をみると,最近特にその鈍化が著しい卸売物価で計算した場合,明確な上昇傾向が認められ,卸売物価上昇率が前年同期比でマイナスとなっているアメリカ,西ドイツでは,実質金利が名目金利を上回ってすらいる。GNPデフレータで計算した場合の実質金利をみると,イギリスでは卸売物価の場合とほぼ同じ動きをみせているが,アメリカでは,名目金利ほどではないものの,ある程度低下していることが認められる。一方,基本的にGNPデフレータの動きが安定している西ドイツでは,実質金利は名目金利の低下の影響をかなり受けて推移している。

このように,国によって,また物価のとり方によって様相は異なるものの,全体としては,実質金利は名目金利ほどには低下しておらず,依然やや高目とみることもできよう。

3. 企業,家計と実質金利

(企業にとっての資本コストと設備投資)

実質金利の高止りの影響を最も強く受けるのは,民間企業の設備投資行動であると考えられる。企業が資本の借り入れコストを計算する場合,実質金利だけでなく,資本減耗に伴うコスト,減価償却制度による法人税の節約分等も考慮することになるが,ここでは,こうした点を踏まえてアメリカにおける資本コストを試算し,その動向をみてみよう(第3-5-3図)。

名目の社債金利(AAAレート)は77年頃の水準にまで低下しており,(税引後)資本収益率も技術革新の影響等によって同じく77年頃の水準にまで回復しているが,資本コストの方は,84年頃の高水準からは低下しているものの,名目金利ほどには低下しておらず,70年代後半に比べると依然高い水準にあるといえる。

最近の設備投資増加の要因を調べても(第3-5-4図),70年代末から84年までの,高金利が投資を抑制していた高金利時代とは異なり,資本コストの低下自体は投資増加にプラスに寄与しているが,投資の動向を増加の方向に向かわせる決定的要因とはなっていないことがわかる。

(家計にとっての金利負担と住宅投資)

一方,家計にとっての実質金利をどう考えるかは容易ではない。例えば,住宅投資をローンで行う場合,実質的な借り入れコストはどう算出されるべきであろうか。

実質化の方法としては,第1に,投資財価格による実質化が考えられる。現在投資した住宅を将来売却しようと考える場合には,投資財価格の動向に関する予想が重要となる。あるいは,名目所得が上昇し債務返済能力が高まれば金利負担もそれだけ相対的に低下すると考えることにより,名目所得の上昇に関する予想で金利を実質化することもできよう。

さらに,アメリカの場合を考えると,現行の税制の下では住宅ローンの金利支払額が全額所得控除されることになっているため,金利負担もその分軽減されるということも考慮する必要がある。

ここでは,アメリカのデータに基づいて,上記の二つの方法で名目の住宅抵当金利を実質化するとともに,税制の影響も踏まえて,いわゆる実質実効金利を試算してみた(第3-5-5図)。それによると,実質化の方法によりやや違いはあるものの,実質実効金利自体は名目金利ほど低下していないことがわかる。

しかし,これらの金利と,実質住宅投資のGNP比との関係をみてみると,実質実効金利よりも名目金利の方が相関が相対的にかなり高いことが認められる。特に,82年頃の住宅投資の落ち込みとその後の急速な回復は,もちろん金利以外の要因もあると考えられるものの,実質実効金利より名目金利の動向によって説明する方が容易であるように見受けられる。

以上のように,最近の名目金利の低下は,金融政策の相対的な自由度の回復,累積債務国の債務にかかる利払い負担の軽減をもたらし,さらには住宅投資を押し上げる要因にもなっているなど,世界経済にとって基本的に好影響を与えているものと評価できる。しかし,ディスインフレの進行の下で,企業の資本コストに大きな影響を及ぼすとみられる実質金利はそれほど低下してはおらず,金利低下のメリットがその分減殺されているとみることもできよう。