昭和61年

年次世界経済報告

定着するディスインフレと世界経済の新たな課題

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

第1章 最近の世界経済の動向

第4節 安定的に推移した共産圏経済

1. 中国経済は過熱鎮静化へ

(経済改革の下での生産・投資過熱)

84年,85年は,中国の経済改革が大きく進展した年であった。78年12月の中国共産党第11期中央委員会第3回総会(3中全会)における農村の生産責任制確立決定以後,農家の生産意欲が高まり,農業生産が拡大したことを受けて84年10月の第12期3中全会では,都市部の経済改革を目的とする「経済体制改革に関する決定」が打ち出された。これは,企業自主権の拡大(調達・生産・販売活動の自由,内部留保金運用の自由,製品価格決定権を承認),労働に応じた賃金分配(85年7月1日実施),合理的な価格体系の確立(85年6月1日実施)の3本柱を目標としていた。この一連の改革は,84年,85年の経済を刺激し,経済の過熱状態を引き起した。なかでも,投資意欲の増大に伴い,基本建設投資総額が対前年比84年25.1%増,85年は42.8%増と急拡大した。その内訳をみてみると(第1-4-1図),国家予算内投資がほぼ前年並にとどまっている一方で,国家予算外投資(自己資金や融資による)が急激に伸びている。こうした傾向は84年末から顕著になっており,84年10月以降,自主権を与えられた企業が,利潤を目指して投資を拡大したことが原因とみられる。しかし,この投資急増の一方で従来からボトル・ネックとされていた原材料・エネルギーや輸送部門の能力拡大が追いつかず,投資活動の効率性を示す固定資産供用開始率(一定期間内に完成した固定資産と同期間の基本建設投資総額の百分比)は,81年の86.6%をピークに,84年71.8%,85年68.2%と低下してきている(第1-4-1図)。政府はこの投資過熱を鎮静させるため,85年5月に全国銀行工作会議で融資管理強化の措置を決定した他,85年4,8月には市中預金金利引上げ,9月には基本建設投資規模拡大中止の通達を出すなど一連の投資抑制策を採っている。

投資の活発化を受けて,84年末から85年にかけての鉱工業生産も第6次5か年計画(81~85年)の目標4%を大きく上回り,84年前年比14.0%増の後,85年同18.0%と今までにない急拡大となった。しかし,生産活動に必要な設備・機械等重工業品が,輸入額の50~60%を占める中国にとって(第1-4-2図),鉱工業生産の増大は輸入の増大につながり,85年の重工業品輸入額は前年比149.7%増,輸入全体では,同102.7%増と膨張した。一方輸出も,85年前年比39.4%と大幅に伸びたものの,重工業品は同7.9%減となり,工業製品が輸出に占める割合は,84年54.4%から,85年49.3%に落ちた。85年の貿易収支は,448.5億元の大幅赤字となり,外貨準備高は,84年9月末166.7億ドル(うち国家保有分121.8億ドル)だったものが,85年末には119.1億ドル(同26.4億ドル)まで減少した。政府は,急激な外貨減少に伴い,為替相場の切り下げ(1ドル当たり84年末2.80元→85年末3.20元→86年7月5日3.70元)や,輸入調節税(85年7月),輸入許可制(同年9月)の実施,2年間の自動車輸入禁止(同年11月)など,各種の貿易収支改善策を採った。

(経済過熱鎮静化へ)

以上のような財政・金融両面にわたる厳格な引締め策の下で,86年上期は鉱工業生産,基本建設投資,輸入は鎮静化し,落ち着いた動きをみせているが,85年後半の調整の反動から,前年同期比でみた各指標の伸びは高まりつつある。

鉱工業総生産額の対前年同期比の推移をみると,85年7~9月期17.3%増がら鈍化を始め,86年1~3月期4.4%増まで伸びが鈍化したが,その後徐々に伸びが高くなっており,7~9月期には8.7%増となっている。86年1~9月では,前年同期比6.4%増となっており,次第に伸び率が高まっていることから,86年目標の8%は達成可能と見られている。

基本建設投資総額は,86年1~9月前年同期比9.5%増と,85年1~9月の同38.6%増から大幅に鎮静化した。一方更新改造投資は,製品の品質向上等の観点から高めの伸びが容認されており,86年1~9月同49.0%増と,昨年同期の伸び29.6%を大幅に上回った。この結果両者をあわせた固定資本投資額全体では,86年1~9月前年同期比18.7%増と依然高い伸びとなった。

貿易(通関・ドル・ベース)をみると,86年1~9月では,輸出が前年同期比14.8%増,輸入が同5.1%増となっており,85年来の輸入抑制策が効いて,輸入の増加率が小幅化している。この結果,86年1~9月の貿易収支赤字は89億ドルとなり,昨年同期の105億ドルからは縮小した。外貨準備高は,86年6月末104.7億ドル(うち国家保有分22.2億ドル)と85年末より更に減少し,依然苦しい状態にある。

(第7次5か年計画開始)

86年3月25日より開催された第6期全国人民代表会議(全人代)第4回会議において,「第7次5か年計画(86~90年)」が承認された。

それによると,工農業総生産額,国民総生産額,農業総生産額,鉱工業総生産額の年平均伸び率は,それぞれ6.7%,7.5%,4%,7.5%と設定されている。第6次5か年計画平均実績のそれぞれ11%,10%,8.1%,12%と比べて,かなり低い(第1-4-1,2表)が,これは余裕を持った目標数字を掲げ,効率重視の永続性ある成長を目指そうというものである。政府によれば,第7次計画は第6次計画の次のような反省点に基づくものとされている。①賃金引き上げに伴う需要の膨張の抑制不足,②経済効率と製品の品質向上への措置不足,③1984年末からの固定資産投資と消費基金の膨張に対するマクロ管理が不十分。

(中国経済の今後の問題点)

中国の国民所得の実質成長率は,ここ10年間をみると平均8%を越えている。

この高い成長率は,投資比率の高さに支えられていた。国民所得のうち,消費基金と蓄積基金(投資元資)の比率をみてみると,過去20年近くもの間,設備投資に当たる蓄積基金が国民所得比約30%という高水準を保ってきた。しかし,このような投資偏重及び投資の急拡大は,第7次5か年計画策定時にも問題とされたように,①国民生活における消費を圧迫し,②輸入が増え貿易収支悪化につながるほか,③急成長の下で投資の部門間の歪みも発生しやすく,資源部門,エネルギー部門,インフラストラクチュア部門の整備が追いつかない,等の問題を持ち,特に84,85両年には蓄積基金の国民所得比率(蓄積率)が各々31.2%,33.7%と大幅になっていることから,政府は蓄積率を抑制することを当面の課題としている。

しかし,中国にとってインフラストラクチュアの整備や鉄鋼,発電等基礎産業の育成は焦眉の課題であり,古くなった工場設備の更新など,依然として投資需要は大きい。一方商品小売総額85年前年比27.5%増が示すように,国民の消費意欲も高まっている。カラーテレビ,洗濯機等耐久消費財の普及率も急激に高まりつつある(第1-4-3表)。国民生活の一層の改善は第7次計画の基本任務の一つであるから,消費基金の抑制は不可能である。

このように,蓄積基金,消費基金の両方とも,その額を減少させることはできないため両者のバランスを適正に保ち,しかも「今世紀末に工農業総生産額を80年基準の4倍増にする」(82年第12期全人代で決定)を達成するためには,中国は投資の効率性を高めていかねばならない。なお,投資のマクロ的な調整策として中国は銀行の役割を重視するようになっている。銀行が余剰資金吸収を積極的に行い,貸付先や貸付金額の決定権を得ることによって,資金の流動方向の誘導,資金の利用効率の向上などマクロ的な経済調整の役割を果たすことをねらっている。銀行の管理強化を目的とした「銀行管理暫定条例」(86年1月)も公布された。

さらに,全体としての資金不足を補い,投資を効率的に拡大するため,中国は新たな経済発展戦略として,外国企業による直接投資を重視している。86年4月の第6期全人代第4回会議において「外資企業法」が採択され,10月には「外国投資奨励に関する規定」が公布された。企業経営等ソフト面で遅れている中国にとって直接投資を受け入れることは,経済効率向上,近代化への近道といえるであろう。

2. ソ連・東欧諸国経済は改善傾向

(1) 経済の現況

ソ連・東欧諸国の成長率は総じて81,82年に大幅に落ち込んだ後,83,84年には高まったものの,85年には再びやや鈍化した。この結果,各国とも85年に終った経済計画の目標は未達成に終わった。こうした70年後半以来の成長の鈍化傾向の背景には,経済体制,経済構造,管理機構等に関する問題があるとみられ,これに対して,ソ連のゴルバチョフ政権の登場以来の経済改革をはじめとして,各国とも改革を徐々に進めてはいるものの,急速な改善は現れていない。

同時に,80年代に入ってソ連・東欧各国とも先端技術分野における遅れが目立ち,西側諸国との格差は拡大する方向にあり,この格差を域内における技術交流のみで埋めることは,非常に困難になっている。また,東欧諸国は80年代に入って累積債務問題等もあって,輸入制限を行っているが,これに伴う資本財輸入の制限は,西側との技術格差を更に広げてきている。こうしたことから,86年に始まる新5か年計画において,各国とも科学技術の進展,域内協力体制の確立を重視しているが,なお西側からの技術導入が不可欠であることには変わりがないと思われる。

(ソ連)

ソ連の経済情勢(第1-4-4表)をみると,85年の国民所得(NMP)は前年比3.1%増と計画(同3.5%増)を下回ったものの,工業総生産をみると,ヨーロッパ全域に及ぶ寒波の影響にもかかわらず年間を通じては3.9%増となり,比較的堅調な成長を示したといえる。農業総生産高は,穀物生産の7年連続の不振(77~85年平均1.81億トン)から前年並にとどまり,国民所得が計画を下回る主因となった。また,84年に戦後初めて前年生産を割り込んだ原油生産は,85年初の寒波による生産低下もあって更に低下し,6億トン(日量約1.200万バーレル)を下回った。貿易面では全体の貿易収支は黒字であったが,対西側の貿易収支(ソ連統計)は原油生産の不振及び輸送面のボトル・ネックを主因とする石油輸出不振から3年振りに赤字化した。

86年に入っても,農業,対西側貿易面での不安要素はあるものの,全般的には85年春以降からの経済改善傾向は続いており,比較的高い成長が続いている。

支出国民所得は,1~6月前年同期比3.7%増と計画(前年比3.8%増)は下回ったものの,生産国民所得が1~9月同4.3%増と堅調な伸びを示し,工業総生産も1~9月前年同期比5.2%増と計画(前年比4.3%増)を上回るなど堅調な成長を続けている。農業生産では,穀物生産はソ連政府発表では2.1億トン(米農務省推計では1.95憶トン)が見込まれており,計画には満ないものの78年来の2億トン台に回復した。貿易面は,85年末からの世界的な原油価格低下により打撃を受け,対西側貿易収支は昨年に引き続き上期で23億ルーブルの赤字となった。

(東欧)

東欧諸国の経済情勢(第1-4-4表)をみると,85年はソ連同様年初の寒波により成長を大幅に制約された国が多く,比較的順調な成長を示したのは東ドイツ,チェコスロバキア,ポーランド(ただし,経済調整期間中のためレベルとしては低い)の三国であった。工業では,計画を達成したのは東ドイツであり,他の国もおおむね計画をやや下回る程度で比較的順調であったが,ハンガリー,ルーマニアは低調に推移した。ルーマニアにおいては年初の寒波の影響が大きく,電力不足による生産停滞は大幅なものであった。また,ハンガリーにおいては,寒波の影響の他に経済改革による急激な物価上昇に対する引き締め等の調整局面にあることもその低迷の要因となっている。農業では,各国とも84年が史上最高ないしそれに次ぐ水準であったため,85年は軒並低い伸びにとどまった。特に,農産品をその輸出主力としているハンガリーでは,天候不順により農業生産は大幅な後退を示し,一次産品需給が世界的に緩和していることもあって,同国の貿易収支悪化の主因ともなっている。ブルガリアにおいても干ばつ等により大幅な生産減となった。

86年に入っては,比較的堅調な生産の増加を示している国が多いものの,ハンガリー,ルーマニアでは不振が続いているとみられる。国民所得をみると,東ドイツでは上期前年同期比4.3%増(計画前年比4.4%増)と堅調な成長を示し,チェコスロバキアでは計画は下回ったものの,同3.2%増と比較的安定した伸びを示した。工業生産ではハンガリー等では低い伸びにとどまっているものの,全般的には計画を達成ないし,やや下回る程度の伸びであった。農業では,一部で干ばつ等により不振であるものの,東欧全体では前年を上回る穀物生産が見込まれている(米農務省推計)。

(2)原油価格低下の東西貿易に与える影響

(東西貿易の現状)

東西貿易(対OECD貿易)をみると,80年代に入っての減少傾向の下に85年も不振である(第1-4-3図)。ソ連は,85年には輸出11.1%減,輸入4.2%減となった。東欧諸国も西側の景気回復にもかかわらず輸出が2.2%減となる一方,輸入は7.0%増となった。この結果,ソ連の対OECD貿易収支は約21億ドルの黒字にとどまり(84年約40億ドルの黒字),東欧諸国の対OECD貿易収支黒字幅も縮小した。86年に入っての情勢をみると,石油価格下落によりソ連の交易条件はさらに悪化しているほか,食料品輸出を主力とするルーマニア等は,ソ連の原発事故によるECの輸入規制等から打撃を受けている。

(原油価格低下の影響)

原油等のエネルギー輸出額はソ連の対西側貿易の約8割を占めており,この価格低下による影響は大きい。石油生産・輸出の動向をみると第1-4-5表の通り,生産は日量1,200万バーレル,西側への原油等石油製品輸出は85年,日量136万バーレルに達している。10月現在スポット価格(北海ブレント)は,14~15ドル前後で推移しており,ソ連の原油輸出価格も14ドル前後まで低下してきているものとみられる。このため,86年の対西側原油輸出量が前年並であれば,輸出額の減少は約65億ドルにのぼることが予想される。なお,8月のOPEC総会において減産が合意されたが,これに並行しソ連側も日量10万バーレルの輸出削減を発表している。

一方,東欧諸国についても今回の石油価格下落は不利に働いているとみられる。その理由は第1に,原油等の輸入の大宗を占めるソ連産原油の価格が過去5か年の国際市場価格の平均を採っていることから,価格は国際市場程急激に低下しないことであり,第2は,東ドイツ等における石油精製などが西側への輸出価格低下により打撃を受けていることに加え,石炭等が原油安によるつれ安によりポーランド等の貿易収支悪化をもたらす可能性がある点である。

以上のことから,ソ連・東欧における累積債務問題の今後の動向も注目される。85年末のソ連・東欧の対西側純債務は,約670億ドルと,81年末の約790億ドルに比べ改善を示しており,ソ連・東欧は債務返済の面では,他の累積債務国に比べ成績がよかったことから,西側銀行は近年,貸し付け金利のスプレッドを低下させていた。しかし,85年の対西側貿易収支が悪化したこと,86年の輸出もやや不振なこと等により,ソ連・東欧の累積債務問題の先行きには不安感も出ており,資金の取り入れ等が悪化することも懸念される。

(3)ゴルバチョフと新5か年計画

(経済改革)

ソ連では,ゴルバチョフ政権への転換にともない,行政面でも改革がなされてきており,現在ある36工業関係省の統廃合が目指されている。機械工業関連では,統一した指導,調整等の権限を持つ「機械工業に関するソ連閣僚会議本部」も創設(85年10月)されている。また,農業でも国家農工委員会が新設されるとともに関係する5省と一つの委員会は廃止されている。貿易関連もこれまで外国貿易省が持っていた直接に貿易取引を行う権限は87年から各管轄省及び企業・企業合同に分割された。これらは,中央計画システムの機能を円滑化させるとともに,経済の効率化を意図したものであろう。

(第12次5か年計画)

ソ連は,86年2~3月にかけて開催された第27回ソ連邦共産党大会で「2000年までの長期社会・経済発展計画」とこれの下に策定された中期計画である第12次5か年計画案(以下,5か年は省略)を採択した。第12次計画は,最終的には6月のソ連最高会議で採択されたが,その内容をみると,2000年までに国民所得,工業総生産を倍増(年平均成長率4.8%)するとした長期計画に比べ,国民所得成長率を年平均4.1%とするなどやや低めに抑えられている。これは,第12次計画の目標を第11次計画までの未達成部門の調整に置き,80年代後半を各部門間のボトル・ネックの改善と調整に当てることにより90年以降の経済的飛躍を目的としていることに対応している。

第12次計画の重点施策をみると,①科学技術発展の重視,②エネルギー浪費的経済構造の改善,③機械工業優先とこれに伴う積極的投資策,④民生重視の推進等があげられている。

第12次計画の各指標(第1-4-6表)をみると,前述の国民所得同様,工業総生産の年平均成長率も4.6%増と抑えられている。なお,民生重視から,消費財生産は同4.9%増と生産財生産の同4.4%増に比べ高目に計画されている。これに対して農業生産は,穀物生産を年平均目標2.5憶トンと高目に計画していることもあって,その達成は困難とみられている。