昭和60年
年次世界経済報告
持続的成長への国際協調を求めて
昭和60年12月17日
経済企画庁
第2章 経済の成長過程と産業構造の変化
第1節では,マクロ面から技術進歩等成長の要因をみてきたが,それだけでは,マクロの指標の背後に隠されている経済のダイナミズムを見逃すこととなる。そこで本節では,産業構造の変化を動態的に捕えることによって,更に詳しく各国の経済成長の内容を探っていくこととする。
ある国の経済が成長を遂げるとき,全業種が均一な成長を遂げることは稀であり,多くの場合,そこには成長の核となるような産業群が存在する。そのような産業は,多くは技術革新による新製品の開発や,従来にない低コストの製品の生産により,需要を伸ばし,急速に発展していく。また,そのような製品が,他産業の中間材として用いられる場合には,間接的に他産業へ技術革新の成果を及ぼすであろう。そして,ある時期に成長の主役となった産業は,時間の経過とともに成熟産業となり,代わって新たな成長産業が出現していく。
一般に,一国の経済は,その主要な産業を,労働集約型から資本集約型へ,資本集約型から技術集約型へと移動させていることが多い。この動きは,貿易による国際分業により,促進される。各国の製造業における付加価値シェアの動きには明確にこうした傾向が認められる(第2-2-1図)。60年代以降で比較的伸びが大きい分野は,電気機械,精密機械等であり,繊維は,先進国では長期的な低下をみせている。一次金属は,アメリカ,西ドイツは低下,日本は一時上昇し,80年代に急低下,韓国は上昇という流れとなっている。
アメリカにおいては,一次金属,金属製品の生産は,伸びが戦後一貫して製造業平均以下となっており,シェアは低落を続けている。一般機械,電気機械,精密機械,化学はともに,70年代に生産の伸びが鈍化しているものの,80年代の不況後には,著しく上昇しており,製造業内のシェアを伸ばしてきている。
一次金属と金属製品の技術知識ストックの寄与は70年代に縮小し,その後もほとんど回復していない(第2-2-2図)。しかも生産の伸びも小さくなりつつある。こうした点から,これらの分野においては,技術進歩の伸びがシーズ(新たな技術革新の「種」)の枯渇や技術進歩を体化した新鋭設備の導入の遅れによって低下し,産業自体も成長力を失いつつあり,既にいわゆる成熟産業化しているとみることができよう。
電気機械,精密機械及び化学の場合,技術進歩は60年代に活発であった後70年代には伸びが鈍化したものの,80年代にふたたび上昇してきている。また一般機械も70年代にいくぶん鈍化したものの,その後底堅く推移している。
60年代にはトランジスターの普及等により通信関連機器の生産が増加した。プラスチック器具等の技術革新も盛り上がった。こうした60年代に対し70年代央には一時,技術革新の動きが停滞した。しかし,70年代後半以降においては技術革新が,情報化とともに再び勢いを盛り返した。電子・通信機器の研究開発の動向をみても同様な傾向がみられる(第2-2-3図)。コンピューターの発達,通信技術の進歩等によって多くの新製品が登場し,性能も著しく改善され,製造コストも大幅に低下した。性能の上昇とコストの低下が通信・情報処理等の分野の需要を急上昇させた。また化学の分野においてもバイオテクノロジー,新素材等の技術革新により,70代年末から一斉に製品化が起きている。
このように技術進歩が,これら業種を成長の核に押し上げ,その結果として一次金属等のシェアを低下させたものといえよう。
西ドイツにおいても,60年代まで一般機械,電気機械,事務機械を中心に生産の大きな伸びがみられた(第2-2-4図)。しかし,それらの生産の伸びも,73年以降は著しい鈍化がみられ,80年以降はいずれも低下するようになった。しかし,これは,82年末まで厳しい不況が続いていたためでもあり,問題は,これらの業種における成長力が上昇しているかどうかということである。
西ドイツにおける技術知識ストックの成長に対する寄与をみると,とりわけ電気機械,事務機械等(精密機械を含む)において大きく,かつ上昇が続いている。これらは,アメリカと同様,情報関連分野における技術革新が生産の技術進歩をもたらしているとみることができよう。しかし,これらの業種においても,賃金上昇が著しいため労働投入の減少傾向がみられる。高賃金の下,資本収益率の伸び悩みがもたらされ,成長力は弱められてきた。しかし,80年代に入って実質賃金の上昇には鈍化がみられる。
日本における情報化関連を中心とする先端技術分野の力強い伸びは更に明確である。80年以降は,一次金属が著しく減少したほかは,一般機械,電気機械,化学いずれも好調に生産を伸ばした。電気機械の分野における技術知識ストックの寄与は,74~79年間に一時停滞したが80年代に入り上昇をしている(第2-2-5図)。また,一般機械,化学においても,技術知識ストックの成長に対する寄与は,80年代は,74~79年間より低くなっいるものの依然として上昇を続けている。80年代は,こうした業種の力強い伸びにより,日本の製造業全体が生産性を上昇させ,収益率を上げて,他にみられないほどの上昇を示している。
代表的なアジアNICsである韓国は,70年代から重化学工業を中心として,急速に成長してきた。その成長をみると,上述のような先進国において成熟産業であった一次金属などの資本集約産業がまさに成長産業として急速に伸びている。一方,他の諸国において伸びの著しかった一般機械等の加工組立型産業も伸びはやや鈍いものの,今後の成長が期待される動きを示している。これら業種は,技術知識ストックを非常に効率的に生産に結びつけて成長してきた(第2-2-6図)。韓国は,輸入技術の導入が著しく,後発国の利益を生かしつつ,急速な工業化を続けてきたことがわかる。特に,一次金属を取り上げてみると,76年に第2期工事を完成した浦項製鉄所は,世界でも有数の規模の一貫製鉄所として,輸入技術と規模の利益を十分に生かしたものであり,韓国の経済成長にも多大な貢献をしたのである。
成長の核となる産業では,技術進歩等により資本の収益率が高い。このような資本収益率の高まりは設備投資を誘発する。有限な資源としての資本は,比較的効率の高い産業,つまり成長の核となるべき産業へと流れ込んでいくのである。
第2-2-7~9図は,資本収益率と設備投資比率(設備投資と資本ストックの比率)の変化を産業別にみたものである。ある産業が成長期にあるときは,資本収益率が高く,他の要因を一定とみれば,設備投資も増えるので,これらの図において点は右上の方向に,また,成熟しつつある時期には,左下の方向に進んでいく傾向があると考えてよい。
アメリカにおいては,一次金属,金属製品は左下へ継続的な移行をみせている(第2-2-7図)。また,自動車については,75年まで左下に進み,その後80年代にはいくぶん右上に戻した。化学は65年まで右上に進み70年に一時的に左下へ戻したが,その後右上へ進んだ。一般機械,電気機械も75年以降右上へ進んでいる。これらは,一般機械,電気機械などの分野が成長産業であり,資本収益率も高まっていることを示している。
西ドイツでは,アメリカと対照的に,全体として左下方向へ進んでいる(第2-2-8図)。これは,西ドイツにおいてあまり資本収益率が高まらず設備投資が伸びないことを示している。高賃金の下で投資の期待収益率が低下し,80年代前半の純設備投資の対GNP比率にみられるように設備投資自体の停滞を招いているのである。
日本においては,アメリカと同様に,素材型産業は左下へ加工組立型産業は70年代後半から右上に進行という傾向を示している(第2-2-9図)。
このように,アメリカ及び日本においては,同様に技術集約的な加工組立型産業の技術進歩の盛り上りが経済成長をリードする原動力となってきた。一方,西ドイツでは,そのような成長の核になるべき産業があまり力強い動きを示していない。
成長の核となる産業に対しては,資本と労働の産業間移動の調整コストが小さい場合には,資本と労働が集まり,比較的成熟の進んだ産業から,資本と労働の退出が生ずるであろう。しかし,現実には,国の制度,風習,慣行等により,資本と労働の自由な移動は困難なことが多い。主役となるべき産業へのシフトには,様々な調整コストが伴う。これを最小限にし,シフトを迅速に行い得た国が高成長を享受できるのである。
第2-2-1表は,各国の製造業においてどの程度の構造変動があったかをみたものである。ここでは構造変動をみる一つの目安として,産業構造変化係数を用いた。この係数は,製造業の業種別名目付加価値額構成比の期間中における変化幅の絶対値を合計したものであり,これが大きいほど産業構造の変動が著しい。これによると,日本は最も高く,アメリカが西ドイツよりも総じて高いという結果となっている。このようなシフトは,技術進歩や相対価格の差に応じて,資本と労働がどの程度円滑に移動していくかどうかで決まってくる。
企業が生産方法を考える場合,自己の生産物がどの位販売できるかという需要見込みとともに,資本と労働の価格を比較し,最も利潤の大きくなる方法によって生産を行おうとするものと考えられる。このとき,需要見込みが大きいほど,また,賃金が資本コストと比較して低いほど,企業は労働者を多く雇用しようとするであろう。しかし,現実の雇用が最適レベルに一致する保証はなく,しかもそのレベルに調整するにはコストを要する。このようなコストは,最適レベルに調整するのにかかる速度に反映されるであろう。こうした考えに基づき,アメリカ,西ドイツ,日本の労働の調整速度をみたのが,第2-2-2表である。労働の調整速度は,アメリカが最も高く,西ドイツ,日本は低い。アメリカについては,レイオフ制度が有効にはたらいていることが大きく影響している。アメリカ企業は,不況時には一時的解雇が可能であるため,好況期の採用も積極的に行えることは広く知られている。これに対し,日本は終身雇用制が一般的であり,解雇は決して容易ではない。ただし,日本では企業内配置転換が比較的柔軟に行われており,日本の調整能力は必ずしも低いとはいえない。西ドイツが雇用調整を遅らせている背後には一般に日本同様に解雇が容易にできない制度となっているほか,労働者の地域間の移動が不活発であること,熟練工を中心とする職制となっており,職間移動がスムーズにいかないということもあるとみられている。また,政府が不況業種への補助金を付与し続け,また好況業種の収益を税金として徴収することにより,間接的に好況業種と不況業種の間の賃金の平準化を支持し,産業構造の調整を遅らせてきたこともあるといえよう。
資本の移動は設備投資によって行われる。その調整速度の高低は,収益性の高い事業に対してどの程度設備投資が行われるかでみることができよう(前掲第2-2-2表)。
これによれば,資本移動の調整速度は日本,アメリカは高く西ドイツは低い。
このような,調整速度は,企業家がリスクを踏まえた上でどの程度積極的に投資を行い得るかで決まってくる。ここから,日本,アメリカの企業家の積極的な姿勢がうかがえよう。また,特に日本では労使関係が比較的良好であり,労働側も新規事業に柔軟に対応していくため,調整コストが低いと考えられる。
成長の核となる主役産業の変遷は国内だけでなく国際的にも伝播していく。
一国における新たな技術の開発等は,その製品生産の拡大を促す。こうした動きによってその製品における支配的地位が得られる。そしてその国は,開発者としての利益を享受できよう。しかし,技術進歩が止まり,あるいは製造工程の標準化に伴って,その製品の生産は他国においても可能となる。ある国において研究開発等の結果発生してきた成長産業が需要を増やし成長を続ける時期においては,他国においてもキャッチ・アップの努力を続けていることが多い。
このため,リーダーとなっている国において技術進歩が停滞し,生産性の向上が鈍化する時には,他国によるキャッチ・アップが成功しやすくなる。
繊維については,アメリカ,日本,西ドイツでは既に成熟産業となっているとみられる(第2-2-10図)。これらの国々では,繊維産業は,高級繊維を用い,デザインの高級化をはかる等高付加価値製品への移行で,製造業内での地位を保ってきた。こうした動きに対し,韓国では60年までに,一般衣料ではキャッチ・アップを遂げ,さらに75年前後には高級品志向の衣料についてもピークを迎えた。この時期,繊維は韓国内で成長産業だったのである。しかし,その後,他の途上国の追い上げを受け,そのシェアは低下を続けた。
一次金属(主として鉄鋼)についても,アメリカ,西ドイツは既に成熟国となっている。一方,日本は80年代初まで,そのシェアを低下させず保ってきた。
これは,連続鋳造化などの生産工程の合理化,効率化に加え,技術水準の高いシームレスパイプなどや特殊鋼の生産に圧倒的な優位を保持してきたためとみられる。韓国,ブラジルは,それらを追いつつある段階とみられる。韓国においては,70年代から生産は上昇を始め80年代に入ってもその上昇は鈍化していない。また,ブラジルでは,上昇期は更に遅れ,むしろ80年代に入ってシェアが急拡大しているのがみられる。
電気機械は,各国とも成長期にある。しかも,各国ともシェアを上昇させつつある。最近は供給が需要の伸びに追いつき,供給過多となっている面もあるといわれている。しかし,電気機械に分類されている製品のうちハイテク分野に属しているものについては,59年度年次世界経済報告で分析したように,需要の所得弾性値が高く,需要の伸びが急激に低下することは当面は考え難い。
その意味から,これらの製品については,各国とも成熟産業化しつつあるというよりは,成長を続けるとみることができよう。しかし,特にアメリカと日本については,そのシェアのレベルも既に高く,後発国からの追い上げを受けており優位を保つためには不断の技術革新が求められることはいうまでもない。
以上のように,先進各国(特にアメリカ)において,先端技術関連の製造業部門の生産の伸びが中期的な上昇をみせている。しかし,一方で,先進各国においては,第3次産業の比重の増加(いわゆるサービス経済化)が進行している。サービス経済化は,とりわけアメリカにおいて進展が著しい。この現象は,第2次産業の比重低下も伴っているため,近年,アメリカ経済が「空洞化」しているのではないかという議論がなされている。
各国のサービス経済化の現状を,まず,就業者数でみると(第2-2-3表),各国とも第3次産業の比率は一貫して上昇を続けている。この比率は,アメリカにおいて最も早く上昇がみられ,既に60年代に60%を超え,83年には70%近い高率に達した。一方,西ドイツ及び日本においては,この比率の上昇は遅れ,70年代に50%を超えたが,80年代にはそれぞれ53%,57%(84年)となっている。イギリスは,アメリカには及ばないものの,かなり早くから第3次産業が高比率になっている(84年64%)。
このような第3次産業の比率の一貫した傾向に比べ,第2次産業の比率は国によって相違がみられる。まず,イギリスにおいては,この比率は一貫して低下を続けている。一方,アメリカ及び西ドイツでは,60年代にこの比率はーたん高まりが見られたが,70年代当初から低下を続けた。ところが,日本では,第1次石油危機後の70年代半ばまでこの比率は上昇を続け,その後もあまり大きな低下が見られない。
産出構造の変化でみると(第2-2-4表),欧米各国においては,総じて名目,実質とも第2次産業の構成比低下,第3次産業の構成比上昇という動きがみられる。しかも,その動きは73年以降に比較的明確となっている。しかし,日本については,後述のように第3次産業の付加価値デフレーター上昇率が高いことにより名目では第3次産業の構成比は上昇しているものの,実質ではほぼ横ばいの動きを示している。以上から見る限り,サービス経済化はアメリカで最も著しく,西ヨーロッパと日本がそれに続いているといえよう。
各国のこうしたサービス経済化はなぜ起こるのだろうか。一般に,財とサービスに対する需要の所得弾性値を比べた場合,サービスに対する需要の方が大きいとされている。消費の面から見れば(第2-2-11図),各国とも,実質所得の増加に伴ってサービス消費の割合を上昇させている。その背景には,所得水準の上昇に伴う余暇時間の増大,教育水準の高度化等のほか,寿命が伸びることによる人口の高齢化等があると考えられる。
サービスに対する需要の所得弾性値が財よりも大きい場合,所得の増大により産出・就業構造は第3次産業化していく。このような効果の他に,労働生産性が第2次産業より第3次産業の方が低いことにより,両産業が同程度に成長したとしても,第3次産業の方が相対的に雇用吸収が大きくなるという効果がはたらいている可能性がある。ただし,労働生産性上昇率が低い場合,物価上昇圧力はより高まるため,第3次産業で生産されたサービスに対する需要が,価格上昇により一部打ち消される。財とサービスのそれぞれのデフレーターの上昇をみると,アメリカでは70年代は総じて財の方が大きく,80年代になって財の方がいくぶん小さくなっているがほとんどその水準は変わらない。これに比べて日本では,70年代以降おおむねサービスのデフレーターの上昇の方が大きい。こうしたことのため,アメリカでは,名目・実質ともに第3次産業のシェアが増大しているのに対し,日本では,名目ではそのシェアは上昇するが,実質ではシェアが上昇していないと考えられる。
一般に,サービス産業の労働生産性上昇率は,財生産産業に比べて低いことから,サービス経済化が進展した場合,成長力が低下する傾向があるともいわれている。この議論の前提として,サービス産業は性質上資本集約化及び技術進歩に限界があり,労働投入を大きく増やさない限り高い成長が困難であるとい認識がある。アメリカ経済の「空洞化」の議論もこれに密接に関連しているといえよう。すなわち,サービス需要がいかに高まっても,供給面の伸びに制約がある以上,その制約以上の需要増はサービス価格の上昇を招くだけであり,経済全体の成長には何ら寄与しないということになるからである。
第2-2-5表は,経済全体の労働生産性の上昇を,①産業構造を固定したときの各産業の労働生産性上昇率の加重平均,②産出の産業間シフト,③労働投入の産業間シフト,の三つの要因に分けてみたものである。アメリカでは,産出構成の変化及び労働投入構成の変化という産業構造変化の2要因がいずれも全産業の労働生産性上昇にほとんど影響していない。一方,イギリス及び日本においては,74年以降,産出構成変化が全産業の労働生産性上昇率を引き上げたのに対し,労働投入構成変化は,それを引き下げている。イギリスでは,74~79年には,北海油田の開発による石油生産の著しい伸びがあり,産出構成の面からは高生産性部門へのシフトがみられた。しかし,このような石油生産の拡大は,製造業部門の生産を著しく圧迫することとなった。すなわち,油田という新たな富が自己の資産に追加されたことにより,一般に居住者による支出は増加する。国内において生産される財を国内財(貿易されない財)と貿易財(貿易可能な財)に分ければ,居住者による支出増は,国内財価格を引き上げ,生産の誘因となる。貿易財においてもこれと同様の影響はあるが,これについては他国との競争があるため価格上昇はより緩やかである。このため,貿易財の国内財に対する相対価格は低下し,その結果,生産は貿易財から国内財ヘシフトする(いわゆるオランダ病)。イギリスにおいては,産出が,高生産性部門である石油部門とこれも比較的生産性の高い製造業との間でシフトが起きた結果,全産業の労働生産性を上昇させることとなった。他方,労働投入については,国内財の有利化とともに,第3次産業へのシフトが起きた。このため,労働投入の面からは,全産業の労働生産性を低下させるという影響を及ぼした。80年代に入っても第3次産業の比重の増加が続いた。しかし,産出構成面からは第3次産業の中でも労働生産性水準の比較的高い金融等の部門へのシフトが大きかったため,産出構成変化の寄与度はプラスとなったが,労働投入構成面からは,むしろ低生産性部門であるサービス業のシェアが上昇したため,その寄与度は小さなマイナスとなった。
日本では,70年代央以降,産出構成面では製造業を中心とした第2次産業のシェアが増加傾向を示しており,第3次産業の中でも金融等が伸びるなど,労働生産性の水準の高い部門のシェアが上昇したことにより,産出構成変化は,全産業の労働生産性を上昇させた。一方,労働投入は第3次産業(とりわけ労働生産性の低いサービス業)のシェアが増大したため,全産業の労働生産性を低下させる方向に働いた。
以上の各国に比べて西ドイツでは,産出構成変化要因はごく小さいマイナス,労働投入構成変化はプラスとなっている。西ドイツでは,サービス分野のうち金融・運輸・通信等の分野に資本集約が進んでいると考えられ,その労働生産性の水準が高く,これらの部門が労働投入構成で大きく増加したため労働投入構成変化の要因はプラスに働いたものである。
以上のように,各国ともサービス経済化を中心とする産業構造の変化は,それ自体では経済全体の労働生産性を大きく引き下げる要因とはなっていない。
むしろ,経済全体の労働生産性は,個別産業の生産性の伸びによって左右されてきたものといえる。
第3次産業のシェアが増大している現状では,経済全体の成長を高めるためには,第3次産業の成長をも高める必要がある。前項でみてきたように,産業が高い成長を遂げるためには,需要の伸びとともに,供給側の能力も向上させることが必要である。そのためには,究極的には技術進歩によって,資本と労働の効率性を高め,これらの投入を増やしていくことが要求される。第3次産業においては,技術進歩が起こり難いとされてきたが,近年は,運輸・通信・金融等の分野において,事情が変化している。第2-2-6表はアメリカにおいてこれらの分野の技術進歩等を示し全要素生産性上昇率をみたものであるが,相当に高い伸びを示している。特に,運輸・通信・公益については,70年代中葉にその伸びが大きかった。これは,運輸における運送手段の改良(大型ジェット化等),通信における先端技術の導入等によるものであろう。また,金融の分野においても,徐々にではあるが,「コンピューター・バンキング」を取り入れる等新規業務を導入するなどして,効率性を上げてきたものとみられる。
これらのサービスは,貿易もある程度可能であり,需要も国内だけに限られないことから,今後とも需要の伸びも期待できよう。アメリカについて,貿易外収支の中のサービス貿易をみると,その規模はあまり大きくないものの,ドル高の下でも,その収支は黒字となっている。
さらに,近年の情報・通信技術の発達の中で,情報処理機器(コンピューター,ワードプロセッサー,等),通信機器(ファクシミリ,光ファイバー等)等がこれらサービス産業の技術進歩を促進していること,また,逆にこれらのサービスを製造業部門で使用する度合いが強まっていること(相互依存関係の増大)により,これらのサービス部門も情報化の波に乗って需要を大きく伸ばしていくと考えられる。
一方,運輸・通信・公益,金融以外の分野については,資本の伸びも労働の伸びに比べて低く,また技術進歩も比較的緩慢であった。このため,労働生産性の伸びはかなり低いものとなっている。しかし,これらについても,サービス化の進んでいるアメリカでは資本装備率が高水準にあるなど,サービス経済化の進展はあっても,必ずしも生産性の停滞を招いて経済を全面的に停滞させてしまったとは考え難い。むしろ,近年のチェーン店方式によるレストランや卸売・小売に情報関連の技術革新を導入するなど,サービス業における様々な技術進歩と成長の可能性が広がりつつある。
つまり,サービス経済化は,必ずしも経済の停滞を招くとはいい難い。運輸・通信・金融等は技術進歩により発展していく可能性をもっている。しかも,最近のサービス産業は先端技術関係の製造業と相互に関連性を強めており,製造業を支えるソフトな分野として発展していく可能性を有している。
現在,アメリカの経済が「空洞化」しつつあるという議論がなされている。
「空洞化」について必ずしも一般的な定義はないが,仮にここでアメリカ経済において製造業全体が競争力を失い,国内から重要産業が撤退して直接投資等を通じて国外へ流出し,国内にはサービス産業のみが滞留し,成長力が弱化する状況と定義することにする。
(現状の評価)しかし,以上でみてきたように,アメリカにおいては,
(1)製造業の先端技術関連業種において技術進歩が進み,期待収益率が上昇して設備投資が伸びるなど基礎的諸条件に改善がみられる。
(2)サービス経済化が進んでいるが,その中でも,運輸・通信,金融等の分野は,需要の伸びに応じて生産性を上昇させ供給力をつけつつある。
(3)サービス業と製造業が相互依存関係を強めつつ発展している。
これらから,通常の比較優位の下では,貿易財生産部門のうち比較的収益の低い業種は縮小を余儀なくされる。また,国内で先端技術産業や一部のサービス産業の収益率が比較的大きく上昇する場合には,外国から資本を集め,その結果,ドル高を誘発し,国内の貿易財産業のうち比較的競争力の弱い部門の需要を減少させ打撃を与える可能性もあろう。しかし,これは,国内経済が高収益部門ヘシフトしていく結果であり,アメリカ経済の成長力が弱化するという意味での「空洞化」が進んでいるとはいえない。
一方,サービス産業の高収益化に伴って先端技術産業まで縮小させないかとの懸念も生ずるはずである。しかし,これらの資本収益率を比較すると,電気機械,一般機械の伸びは,運輸・通信,金融よりも高くなっており,サービス産業の収益率上昇が先端技術産業に極端な悪影響をもたらしたとは考えられない(第2-2-12図)。したがって,サービス化が先端技術産業に打撃を与えているということは,必ずしもない。むしろ,前述のような相互依存関係の高まりから,相互に需要を伸ばしていることさえ考えられる。アメリカの先端技術製品のOECD諸国の輸出総額に占めるシェアをみても,アメリカは高く,かつ上昇している(第2-2-13図)。以上のように,アメリカ国内において基礎的諸条件の改善が進み,再活性化が進んでいるとみられるのである。
一方,アメリカの再活性化の進行に大きな障害となっているものとして巨額の財政赤字等がドル高の水準を押し上げている面を挙げることができる。59年度年次世界経済報告によれば,経常収支赤字幅の拡大940億ドル(81年から84年上期にかけての変化)のうち約600億ドルが国内投資超過の拡大によるものであり,さらにその半分弱が財政赤字の拡大によるものであるとの試算がなされている。その後も,財政赤字は更に拡大を続けており,アメリカの経常収支赤字に対する財政赤字の影響はますます大きなものとなっていると考えられる。ドル高は,一般に,貿易財部門を不利とし国内財部門を有利とする。財政赤字を通じたドル高は,再活性化の進行している先端技術貿易財産業の需要までも引き下げ,収益率を落とし,投資活動を鈍らせて,成長を阻害する。このように大幅なドル高が長期間にわたって継続する場合には,技術水準等の面では十分に競争力のある産業さえも国際競争力を失い,縮小を余儀なくされたり,海外立地を迫られることになる。近年の一部の産業機械産業等の動きはこのような現象が生じつつあることを示している。そして,一度閉鎖された工場や海外に立地した生産設備は,ドル高が是正されたとしても,容易に再開したり米国内に立地したりするわけにはいかないことも考えなければならない。このような観点からも,ドル高がなるべく早く修正されることが望ましい。ただ,最近ドル高修正の動きが進行しつつある。こうした傾向の定着は前述した懸念からして望ましいものであろう。
以上,3大国の成長過程を産業構造変化をも含めて検討してきたが,それをもとに考えると,持続的な成長のためには以下のような課題があろう。
第1に,研究開発を活発に進めることである。そのためには,企業・政府によるシーズの発掘等長期にわたりリスクの大きい研究開発についても不断の努力が要求される。しかし,研究開発投資は,成長には不可欠のものであり,長期的視点から推進していくことが必要となろう。第2に,産業調整の努力を進めることである。成長産業へのシフトは,当然のことながら成熟産業,衰退産業の縮小を伴う。この調整はコストを伴うものであり,簡単には達成ができないものでもある。しかし,これを推進しない限り国民は高成長を享受できない。長期的な観点からは,この調整努力も不可欠なものである。