昭和59年

年次世界経済報告

拡大するアメリカ経済と高金利下の世界経済

経済企画庁


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むすび

1. 世界経済の現局面

1984年の世界経済は,アメリカの予想を上回る景気拡大に先導され,国別・地域別の相違はあるものの,回復基調にあった。アメリカの景気拡大は,ドル高の下で,各国のアメリカへの輸出増を通して,世界的に波及していった。しかし,大幅財政赤字,経済の基礎的諸条件の改善,先端技術産業における技術進歩による設備投資の活発化によって生じたアメリカの高金利も,世界的に波及し,各国の設備投資の足かせとなっている。また,多額の債務を抱える累積債務国の利払い費を増大させ,これら諸国の困難を強めている。しかし,総じていえば,ヨーロッパでも景気は緩やかながら回復し,途上国においても,アジアNICs(新興工業国)を中心にアメリカ向け輸出の増加に先導されて,景気は拡大している。累積債務国においても,輸出が拡大し,インフレ率が鈍化するなど,一部に改善がみられている。

(アメリカ経済)

アメリカの景気拡大が世界経済回復の主役である。アメリカの景気は1982年末を底として回復に転じ,実質金利が高水準を続けたにもかかわらず,84年央に至るまで予想を上回る回復を続けた。

設備投資も景気回復後,朝鮮戦争時以来の高い伸びを記録した。実質金利が高いにもかかわらず設備投資が著増したのは,先端技術産業における技術進歩等によるものとみられる。

急速な景気拡大に伴い,雇用情勢も大幅な改善をみせた。さらに,景気が回復に転じて2年近く経た現在に至るまで物価は安定している。一方,経常収支は赤字がかつてない大きさに拡大している。

84年央まで続いたアメリカの景気拡大は,7~9月期に鈍化したものの,設備投資は堅調であり,今後急速に景気後退に突入するとはみられない。

(ヨーロッパ経済)

西ヨーロッパ経済の回復力は総じて弱い。イギリスでは,景気は回復基調にあるものの労働争議の長期化の影響が現れている。西ドイツでは,労使紛争が解決した夏以降,景気は拡大軌道に戻っている。フランスでは企業の設備投資など一部に明るさが見え始めている。イタリアでは景気は回復している。しかし,ヨーロッパの雇用情勢は依然として厳しく,失業率はむしろ上昇傾向にある。

このような,ヨーロッパ諸国での景気回復力の弱さには,経済再活性化政策が徹底していないこと,産業構造調整の遅れ,先端技術産業の遅れなどの構造的要因もあり,困難な課題を抱えている。

(発展途上国経済)

アメリカ向け輸出の増加等により順調な景気拡大を続けているアジアNICs(新興工業国)を除き,総じて景気は停滞しているが下げ止まり気配もみられる。中南米の累積債務国では,輸出の増加,インフレ率の鈍化など,最悪期を脱しではいるが,依然として困難な調整過程にある。アフリカ等の後発途上国は,干ばつによる食料不安や政治不安を抱えている。産油国は石油収入の減少に悩んでいる。

(共産圏経済)

西側と体制を異にする共産圏経済では,概して改善傾向がみられる。中国では,経済改革の進展に伴い,良好なパフォーマンスを示している。ソ連・東欧でも,各国の経済調整の進展に伴ってやや改善傾向を示している。しかし,大幅な軍事負担の下で,生産効率の悪化などの構造的な問題はまだ根本的には解決されておらず,このため,各国ともその国の事情に応じながら経済調整を進めている。

2. 世界経済の課題

このように世界経済はアメリカの力強い景気拡大を原動力として,回復基調にある。しかも,物価は安定し,世界的高金利にもかかわらず,設備投資は総じて堅調である。世界経済はインフレなき持続的成長軌道への足がかりをつかんだようである。この足がかりを一層確実なものとするためには何が必要だろうか。

アメリカの力強い景気回復は,インフレの鎮静化,企業家の信頼感の回復,先端技術産業を中心とする技術革新による投資の期待収益率の上昇など,アメリカ経済の基礎的諸条件の改善に伴う設備投資の増加を主要なけん引力として起きたものである。すなわち,アメリカの景気回復は経済の基礎的諸条件の改善に伴うアメリカ経済の再活性化が大きな要因となったものである。アメリカ経済の再活性化は,安定的なマネーサプライの管理によるインフレの鎮静化を基本要因として規制緩和などの政策と,先端技術産業を中心とした技術革新の波とがあいまって,作動したものである。むろん,すべてがうまくいっているわけではない。特に財政支出抑制努力が行われているにもかかわらず,アメリカの財政赤字は大幅なものにとどまっており,高金利・ドル高を生みだす単一の要因ではないにしても大きな要因であることには違いなく,巨額の経常収支赤字への不安も消えたわけではない。アメリカの財政赤字の縮小が強く求められるゆえんである。財政赤字が縮小すれば,経常収支赤字もまた縮小するであろうことは,第2章で述べたとおりである。

ヨーロッパにおいても,ある程度アメリカと同じような経済再活性化政策は行われたが,再活性化への途は遠く,失業率は依然高いままである。しかし,雇用改善のためには,あくまで中長期的視点に立った着実な施策を進めていくことが必要であり,安易な景気拡大策を採用して,失業という大きな代償によって得られた物価安定を失ってはならない。それは,81年央よりのフランスのミッテラン政権が当初の拡張政策の転換を余儀なくされたことにも示されている。ヨーロッパもまた,安定的マネーサプライ管理,財政支出削減,規制緩和等の再活性化政策の効果が全く現れていないわけではない。

景気は緩やかながら回復し,設備投資も順調に伸びている。

ヨーロッパ経済の回復の遅れの背景には,既存の産業における調整の遅れと先端技術産業への産業高度化の遅れもあるとみられる。前者に対しては,いたずらに保護貿易主義に頼ることなく,市場機能の改善や労働力市場の弾力性の回復等中長期的視点に立った最も適切な積極的調整政策を進め,後者に対しては国際協力の下に産業政策を促進することが必要であろう。すなわち,自国又はEC内での保護主義や,各国政府による競争相手の力や市場の動向を無視した育成策ではなく,アメリカや日本との協力の下に,先端技術産業の育成を図ることが必要であろう。

途上国の経済情勢は,累積債務国とアジアNICsとで二極分化している。

累積債務国,特に一次産品の輸出国は,ドル高・高金利と一次産品価格の低迷に挟撃されている。同時に,国内の経済政策の不手際が,これらの影響を拡大したことも否めない。着実な財政金融政策によって安定的な経済環境を創出し得た国々が,相対的に良好なパフォーマンスを示している。アジアN ICsをみてもほぼ同じことがいえる。着実な財政金融政策と,海外の開かれた豊かな市場を目指した政策を採った諸国は,良好なパフォーマンスを維持している。

総じていえば世界経済はインフレなき持続的成長への途を歩みつつある。

この途を確実なものとするためには,次のことが重要である。

まず第1に,各国が安定的なマネーサプライ管理を行い,かつ,財政赤字を縮小するなど着実な財政・金融政策を行うことである。

第2に,保護貿易主義的措置の拡大に歯止めをかけ,自由貿易体制を堅持しなければならない。自由な貿易の下で,世界の資源配分は効率的に行われ,各国は国民経済的利益を高めることができると考えられる。また,自由な貿易は,現在のアメリカ経済の再活性化の恩恵を世界に行き渡らせる一つの径路である。ドル高やアメリカの経常収支赤字は,他の諸国に恩恵を与える面もある。ドル高は,アメリカ以外の国々の国際競争力を強化し,アメリカの経常収支赤字の増大は他の国々の輸出伸長の結果でもある。こうした中で,保護貿易主義的な動きが出ていることが問題であり,それを回避・阻止しなければならない。

自由貿易は,累積債務問題解決のためにも重要である。貿易によって外貨を稼がない限り,債務国は利子を支払い債務を返済するすべがない。債権国が債務国からの輸入を規制し,かつ利払い債務の返済を求めることは自己矛盾である。

第3に,自由で安定的な資本移動が必要である。世界経済は,自国の貯蓄のみならず,海外の貯蓄も活用して発展してきた。資本移動の制限,特に予想されないような政策の改変によってなされる制限は世界経済の安定性を損なうであろう。ただし,現在のアメリカへの資本流入には,大幅な財政赤字等による高金利から生じている面がある。安定的な資本移動のためにも,アメリカの財政赤字の縮小が強く望まれる。

第4に援助の拡大が必要である。特に最貧途上国においては,民間資金の流入が期待できないので,政府開発援助の拡充によって,これらの国々の困難に対処することが必要である。

この関連で軍縮により生じた各種資源の有効利用の重要性が指摘し得る。

軍事費は,東西両陣営とも増嵩する傾向にあり,東側ではそれが経済の成長を阻害しているとみられているように,その経済に大きな影響をもたらしている。もとより軍縮は各国の安全保障と密接に結びついたものである。しかし,各国の安全保障を損なうことのない軍縮が実現できるならば,それにより生じた余力を各国とも自国経済の再活性化に利用するとともに,途上国の開発のためにも活用することが,世界平和はもとより,世界経済の発展と安定のためにも強く望まれる。

このような中で,世界経済に占める地位が高くなった我が国は,いまやますます大きな役割を果たすことを求められている。そのため,自らインフレなき持続的成長を目指した経済運営を行うとともに,より一層市場の開放に努め,国際的な資本移動が円滑に行われるよう環境を整備し,各種経済協力を推進することが必要である。


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