昭和58年
年次世界経済報告
世界に広がる景気回復の輪
昭和58年12月20日
経済企画庁
第3章 持続的成長と経済再活性化の条件
これまでみてきたように,インフレ体質の是正,貯蓄・投資の促進による生産性の向上を中心的課題とする各国の再活性化政策は,失業の増大という大きな犠牲を伴いつつも,最近になって一部に成果をもたらし始めている。
アメリカ,イギリス,西ドイツでは物価上昇率の低下等に伴い,労働組合の対応は弾力化し,人々のインフレ心理も改善しつつあるとみられる。また,設備投資も増加し始めている。エレクトロニクスを中心とした技術革新の進展は,労働生産性を高め,インフレなき持続的成長にとって大きな好材料になるとみられる。しかし,一方で今次調整過程で生み出された,多数の失業者の存在は社会不安や保護主義の温床となるほか,今後とも大きな労働供給圧力となり,設備投資や技術革新,産業構造の変化等が不十分な場合は,就業者数の増加が生産性の低下,ひいてはインフレの再発を招きかねない可能性を持っている。また,既にみたように,各国で進行している経済のサービス化は,労働需要を拡大するが,労働生産性に対してはマイナスの影響を与える可能性が強いことに留意すべきである。
失業の経済的・社会的コストは深刻なものであり,インフレなき持続的成長と共に,失業者数の速やかな減少は各国政府の今後の重要な課題である。
これら二つの目標の達成のためにも,現在の技術革新の波を大きく育て,投資を促進し,産業構造の変化を促すことが必要不可欠といえよう。
これまでみてきたように,経済再活性化政策が対象としているインフレや貯蓄・投資は,各経済主体の心理が重要な役割を果たす分野であるだけに,各国の政策スタンスの変更は,直ちにこれらに影響を与える。したがって,現在生まれつつある成果をより確実なものとするためには,各国の実情に応じつつ,投資コスト引下げ等のミクロ的政策,インフレに対する厳しい対応,財政赤字の縮小と一定の景気の維持という企業家のコンフィデンスを損わぬ政策スタンスを継続し,将来の不確実性を取り除いていくことが重要と考えられ,急激な政策の変更を慎む必要がある。
第1節でみたように,アメリカ,イギリスではインフレ体質がかなり改善してきているとみられ,従来より景気に配慮する余地が生まれている。もっとも,アメリカについては,現在,景気の回復速度がかなり早く,インフレ期待の再燃に特に注意する必要がある。また,減税による貯蓄促進策はまだ十分な効果がみられず,かえって財政赤字の拡大から,最近の住宅建設の中だるみにみられるようにクラウディング・アウトの懸念を生んでいる。したがってアメリカについては,財政赤字の縮小により一層留意した政策対応が望まれる。フランス,イタリア等,インフレ体質の改善がなお十分でない国でも,今後ともインフレ抑制に重点を置いた政策スタンスの継続が必要であろう。
各国における経済再活性化政策,特に,金融・財政政策のポリシイ・ミックスによって招来された結果は,相互依存度の高まった現在の世界経済のネット・ワークの中では,一国内にとどまらず波及していく。アメリカの高金利が第2章第3節や第4章で分析するように,国際資金移動等を通じて相互に影響し合っていることが最も端的な例である。したがって,OECD閣僚理事会,サミット等の合意にもあるように,各国は他国への影響に十分に配慮しつつ,インフレなき持続的成長という共通の目標に向けて調和のとれた政策対応を行うことが重要である。