昭和58年

年次世界経済報告

世界に広がる景気回復の輪

昭和58年12月20日

経済企画庁


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第2章 今回の景気回復の特徴とその波及の条件

第3節 景気回復の波及過程

各国経済の相互依存が深まったため,一国の景気変動の国際的波及は強まっている。現在の先進国の景気回復は,アメリカ中心のものであるがそれが様々の経路を通じて多様な形で波及してゆく。

アメリカ経済は比較的貿易依存度の小さい経済であるが,その規模が大きいため貿易を通じて各国の経済に与える影響は大きい。特に累積債務などの困難を抱え,輸出増を必要としている発展途上国にとって,アメリカは最大の市場である。伝統的に日本への輸出の多いアジア諸国についても,アメリカの市場の重要性は日本を上回っている。

更に,最近各国の輸出中におけるアメリカ向けの輸出の比率は上昇している(アフリカ,ソ連等は例外)。アメリカから各国への輸出も増加しているから,このことは相互依存の進行を示すものである。同時に各国は,ますますアメリカの景気変動の影響を受けやすくなり,特に発展途上国のアメリカ経済への依存が一層深まっている (第2-3-1表)。

1. 景気回復の波及現象

第1次石油危機後の1975年の回復期についてみると,アメリカの鉱工業生産が回復を始めてから2カ月後に輸入が増加に転じ,また各国の回復がほぼ同時に起こっている。しかし,80年のアメリカの短い不況とそれからの回復期には,カナダが同調し,日本と西ドイツがやや似た動きをしているものの,他の国にはアメリカの景気回復の波及は明瞭にはみられない。これは各国の国内事情その他で,波及の効果が打ち消されたことを示すと考えられる(第2-3-1図)。

今回の回復期においても,80年の場合程ではないにしても,やはり回復の波及はフランス,イギリスなどでは明確ではない。しかしこれは波及が起こっていないことを意味するのではない。このように波及の大きさやその速度を考えるには,特に変動為替相場制度の下では為替相場の動向なども考慮しなければならないため現実の経済をみただけでは不明な点が多い。このため実物,金融,為替各面での世界経済の相互連関を取り扱っている世界マクロモデルの助けを借りることが有用となる。

2. 世界経済モデルによるシミュレーション分析

(政策変更の効果と景気波及のプロセス)

まず,今回の景気回復のうち,アメリカの減税(ここでは個人税の税率の引下げ)及び金利の低下による寄与がどの程度になるかを,経済企画庁経済研究所開発の「世界経済モデル」のシミュレーションでみてみよう。

減税の効果と金利低下の効果では,その経済に与える影響はかなり異なる。特に景気の国際波及を考えると,アメリカ単独の減税の効果は減税方法や財源措置の如何にもよるが,一般的には他国の景気に好影響を与えるのに対し,金利を各国が協調して引下げれば世界全体としてGNPに対しより大きなプラスの効果があらわれるが,仮にアメリカが単独で引下げた場合は他国のGNPにマイナスの影響を与える。

景気回復の波及過程は,実物経済の連関でみるとまず一国の生産や所得が増加し,これによって輸入が増加する。更に貿易の相手国では輸出が増加するため,生産や所得などが増加し,これが輸入を増やす。そうなれば最初に景気の回復した国の輸出が増え,これが更に生産や所得などを増やすという好循環が起こる。

一方,このような実物面の変化に加えて金利や物価などが変化し,その結果資本の国際的な移動などが起こって為替相場が変化し,更にこれが実物面に波及するなどの複雑な効果が生まれる。シミュレーションの結果はこうした種々の波及の効果の合成されたものとなる。特に,最近は資本取引の自由化が進み取引が大きくなっているため為替相場の変動も大きくなっていることから,金融面の変化の影響は予想以上に大きい。

ここでは計量モデルによる実証的分析の結果考え得る限りでの各種の波及過程とその大きさを一つの試算として紹介してみよう。ただし,計量モデルによるシミュレーションには種々の限界があることはいうまでもなく,例えば個人税減税の財源としての公債増発によってもたらされる金利上昇幅はやや小さ目かもしれない。

(アメリカの減税政策の効果)

アメリカの個人税を5%引下げた場合の,アメリカ及び他の主要国への影響は 第2-3-2表の通りである。

現実には限界所得税率は81年10月に5%,82年7月に10%,83年7月に10%それぞれ引き下げられているので,世界モデルの乗数によれば83年のアメリカのGNPはこの3年続きの減税で約3.2%押し上げられることになる。

このGNPの増大は金利上昇によるGNP削減効果を含んだものである。

この場合,金利は減税の財源が通貨供給の増加ではなく公債増発によって賄われていることを反映して上昇しているが,その上昇幅は通貨需要には資産効果が含まれていないためやや小さ目かもしれない。

以下5%の個人税率の引下げの効果について,その国際的波及をみてみよう。まずアメリカの輸入は減税のない場合に比較して(以下同様)初年次1.0%,2年目は2.2%増加する。これの波及の結果,主要8か国 ()の輸出は初年次0.2%,2年目は0.5%増加する。各国のGNPも,それぞれ第2-3-2図のように増加するが,特に対米輸出に依存する度合の大きい韓国が,大きな波及効果を受けることが見てとれる。

アメリカの輸出も,初年次0.2%,2年目は0.7%増加する。

しかし,輸入増の方が大きいため,アメリカの経常収支は悪化する。国内需要の増加は通貨需要を増加させることになる。このためアメリカの国内金利は上昇し,また各国の為替相場は,輸出増を主因として経常収支が改善するため,いったん増価するが,2年目以後にはアメリカの金利上昇のため資本流出が大きくなるとともに次第に減価に転じる。

なお,サービスの輸出入についてみると,特に韓国の場合輸入の伸びが輸出の伸びを上回り,サービスの収支が悪化する。これは金利の上昇や貿易取引の増大に伴う貨物運賃の上昇などが原因とみられる。

(アメリカの金利低下の効果)

次に,アメリカの公定歩合が(ハイパワード・マネーの供給を悪化させず)2%引下げられた場合の効果をみてみよう。

結果をみると日本,西ドイツのGNPはアメリカの公定歩合の引下げによって若干低下する。これは,円やマルクが増価して各国の輸出が減少する効果が,金利低下によるアメリカの景気の上昇が輸入を増加させ各国の輸出を増加させる効果を上回ることによる。各国の為替相場増価の原因はアメリカの金利低下による各国への資本流入である。しかし,現実にはアメリカの単独の公定歩合引下げはまず考えられない。

(減税政策と金利引下げ政策の比較)

モデルによるシミュレーションの結果をみる限りではアメリカ以外の国にとっては,アメリカが単独で利下げを行うより減税を行った方がGNP拡大効果は大きい。ただ,現状では国内景気を刺激するため各国と国内金利を下げたいと同時に自国の為替相場の減価も回避したいため,アメリカの金利低下が期待されている。各国が協調して金利を下げれば,アメリカ自体にとっては,その金利低下の効果はある程度打ち消される。しかし,世界全体としてはより大きな効果がもたらされる。

シミュレーションによればアメリカのGNPに対し5%の減税が及ばす効果は,アメリカが公定歩合を(各国が追随するとの前提で)約4%引き下げたときとの効果とほぼ同じになる。このように大幅な金利の引下げは将来にわたっては考えにくい。しかし住宅投資や設備投資の回復のためには,金利の引下げがより有効である。

なおこのシミュレーションによれば協調して公定歩合を同率だけを引下げた場合,アメリカと西ドイツの経常収支は悪化するが,日本の経常収支は改善する。ここでの結果は一定の仮定に基づく試算であることに留意する必要がある。

3. その他の要因

以上の波及過程の分析には,計量モデルに組み込めない政治的,軍事的要因や,保護主義の影響などは含まれていない。例えば最近アメリカの輸出は減少を続けている。それはドル高が予想以上に大きいということのほかに,アメリカの輸出の中でウエイトの大きい中南米向け輸出が減少していることによる。これは中南米諸国が累積債務問題などのため輸入を制限していることによる。また中近東向け輸出も大きく減少しているが,これも中近東諸国の輸入制限による。

更に,輸入の各国への波及についても,現在生じている産業別の成長力の差と,その結果生ずる各国の競争力の差を考慮しなければならない。

石油危機をきっかけに産業構造において,エネルギー多消費型の基礎素材産業のウエイトが低下した結果,エネルギー寡消費型の加工組立産業とりわけエレクトロニクスを初めとする技術先端産業関連産業部門のウエイトが相対的に増加し新たな経済のけん引力となった。アメリカ,日本では,技術先端産業に対する投資が活発で,貿易量も増えているが,西欧諸国ではエレクトロニクス部門でアメリカ,日本に大きな遅れをとったため,工業品の国際競争力を弱めているものと思われる(詳細は第3章第2節を参照)。

ちなみに全工業製品輸出額に占める技術先端産業製品輸出額の割合をみると,アメリカ,日本が西ドイツ,フランスに比べて高い(前掲第2-2-5表)。一方,産業の国際競争力を純輸出額(輸出額マイナス輸入額)として定義すると,アメリカ,日本が強い (第2-3-3図)。

以上みてきたように,アメリカ等の内需中心の回復がアジアの中進工業国や日本の輸出にリードされた回復へと波及しつつある。しかし,これら諸国での回復が更に進展するとともに,まだ回復していないその他の諸国へと波及していくためには,以下のような課題を解決しなければならない。

まず,貿易を通ずる景気回復の波及という面からみれば,世界的な需要の高まりが必要である。このためには,アメリカ等内需主導の回復国については,設備投資の回復がより確実なものにならなければならない(設備投資の問題については第3章を参照)。また日本等輸出にリードされた景気回復国については,適切な政策を講ずることにより内需の拡大が図られねばならない。更にこうした貿易を通ずる景気の波及を早めるためには,累積債務問題などを解決し,世界的な保護貿易の動きをでき得る限り阻止する努力が必要であろう。

世界的な需要の拡大のためにはまた,インフレの再燃と金利の再上昇を阻止せねばならない。このうちインフレについては第3章で検討する。金利については,第1節でみたようにアメリカでは比較的高い金利の下でも需要が拡大するメカニズムもみられる。しかし,その他の国では,国内金利の上昇が需要も抑制することはもとより,アメリカの金利の上昇も対ドル為替相場の下落や累積債務に対する利払いの増大等を通じて経済成長の制約要因として働く。このことは第3節のシミュレーション結果の示す通りである(為替相場と累積債務については第4章を参照)。したがって金利水準を現在の水準以上に上昇させないよう,金融政策を運営してゆくことはもとより,更には協調的な利下げが図られるような状況を生み出すことが望ましい。このためには,各国が財政赤字の縮小に努力するほか,財政,金融・為替などの広範な政策面での国際協調が必要となっている。

(注)