昭和58年

年次世界経済報告

世界に広がる景気回復の輪

昭和58年12月20日

経済企画庁


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第1章 1983年の世界経済

第1節 景気回復に転じた先進国経済

1930年代以来最悪といわれた80年春以降3年に及ぶ長期の世界不況も,83年に入ってようやく回復に転じた。

最近の先進国経済をみると,まずアメリカ経済は82年末以降個人消費,住宅投資の増加等から生産が増加に転じ,83年春以降は内需の全般的な拡大から実質GNPが大幅に増大するなど景気は力強い回復過程をたどっている。カナダ経済も83年に入って鉱工業生産が大幅に回復するなど,景気は着実に回復している。西ヨーロッパ経済は,イタリア,フランスでは景気が依然停滞しているものの,イギリス,西ドイツでは個人消費や住宅投資の増加等から回復しており,全体としては83年中緩やかな回復を続けている (第1-1-1表 及び第1-1-1図)。

このように,欧米諸国の景気が83年に入って回復してきた主因は,インフレの鎮静化,金利の低下,アメリカの大幅減税などによる個人消費等国内民間最終需要の増加である。また,在庫調整の完了,在庫積増しへの転換も貢献した。

1. 景気回復続く北アメリカ経済

(アメリカの景気は急速に回復へ)

81年夏をピークに後退を続けていたアメリカの景気は,82年末を底に急速な回復へと転じている。実質GNPは前期比年率で83年1~3月期2.6%増,4~6月期9.7%増,7~9月期7.7%増,3期通算では4,9%(年率6.6%)増と政府経済見通し83年第4四半期前年同期比5.5%増を上回る増加を続けている (第1-1-2表)。

これは個人消費,民間住宅投資が急速に拡大し,在庫も削減幅の縮小から積増しへ向かったためである。鉱工業生産及び同稼働率も82年12月以降増加,上昇を続け,前者は83年10月には前回ピーク(81年7月)を上回り,後者も同月で78.6%となっている(前回ピーク81年7月81.7%)。

インフレの鎮静化,金利の低下,81年10月以来三度にわたる個人所得税減税等により,個人消費,民間住宅投資は大幅に増加した。中でも乗用車等耐久消費財や住宅に対する需要が急増している。これらの需要は,不況の長期化によって現実には大きく落ち込んだものの潜在的には高まりつつあったものとみられる。それが82年央以降の消費者信用及び住宅抵当信用の金利の低下等から一斉に顕在化した。また,非耐久消費財やサービスに対する需要も着実に増加している。

個人消費と所得の関係をみると,83年の当初34半期に名目個人可処分所得は6.1%増加したが,同期間中に個人貯蓄率が低下した(82年10~12月期5.4%,83年4~6月期4.0%,7~9月期4.9%)ことから,名目個人消費は6.6%増と可処分所得の伸びを上回った。

民間設備投資は6四半期にわたり減少を続けた後,83年4~6月期には増加に転じ,7~9月期には前期比年率16.4%の大幅増となった。現状をみると,金利水準が過去の回復期に比べ高いこと,石油化学,金属等資本集約型産業の回復が遅れていること等設備投資にとってのマイナス要因もあるが,企業収益が稼働率の回復,賃金上昇率の鈍化等から83年4~6月期に増加に転じ,83年7~9月期にも前期比11.6%(税引後企業利益)と増加し,これが設備投資回復の主因とみられる。

政府の財貨・サービス購入も連邦国防支出を除けば伸び悩んでいる。これは連邦財政赤字の拡大,州・地方での歳入減に伴い裁量的支出が抑制されたことによる。

財貨・サービスの輸出も減少傾向にある。これは世界的な経済停滞に伴う需要の落込みによるが,特に中南米諸国等で累積債務返済の困難化から余儀なくされた輸入制限が最大の要因である。ドル高による価格競争力の低下,各国との景気回復局面に差があること等もその要因となっているものとみられる。また,財貨・サービスの輸入も景気の急速な回復に伴い急増し,貿易収支,経常収支の赤字幅が急拡大している。

雇用情勢をみると,失業率は82年12月の10.7%をピークに83年に入ると依然高水準ながらも徐々に低下し,10月には8.7%となった。しかし,非白人や若年層の失業率は依然極めて高く,地域的にも五大湖周辺から南部にかけて高失業が続いている。また,高失業率を背景に賃上げ率の鈍化が続いている。

一方,インフレは,石油価格の低下,賃上げ率の鈍化,食糧価格の落ち着きなどから82年央以降鎮静化した。この結果,83年7月には消費者物価の前年同月比で2.4%まで上昇率が鈍化した(10月2.9%)。

(経済政策等の変化)

今回の景気回復に直接的な影響を与えたものに経済政策の姿勢変化がある。

金融政策としては81年以降マネー・サプライ管理を中心に据えた強固な引締め策が堅持され,高金利状態が長期化していた。しかし,82年央以降,インフレの鎮静化,景気後退の長期化,国際金融不安の発生等を背景に一部緩和の姿勢が明らかとなり,金利もインフレ率に比すれば依然高水準ながらもかなりの低下をみた。その後も情勢に応じて柔軟な政策運営が図られている。83年春から目標圏を大幅に上回って増加していたマネー・サプライ(M1)も,夏以降は伸びが鈍化し,また増加率目標が7月に上方改訂されたこともあって11月には目標圏の下限を下回った。

一方,財政政策は連邦財政赤字の拡大と裁量的景気対策に対する消極姿勢から軍事費支出を除いては引締め的に運用されてきた。しかし,雇用情勢の悪化から83年初めに失業対策がとられ,また景気後退に伴う税収等の自然減と社会保障給付等の自然増がいわゆる自動景気安定装置としての役割を果たした。個人所得税減税も当初の目的である個人貯蓄の増加よりは個人消費の増加に大きく寄与したとみられる。なお,83年度(82年10月~83年9月)の連邦財政赤字は,l,954億ドルと大幅なものとなった(前年度は1,107億ドル)。

今後のアメリカ経済については設備投資,輸出入等の動向やインフレ再燃,金利上昇の可能性等に左右されよう。しかし,84年中はインフレ率は若干上昇するものの,景気回復が続くとの見方が多い。政府の83年年央見通しでは84年の実質成長率は5.2%と見込まれている。

(カナダは急速に景気回復)

カナダでは81年央以降続いた景気後退が,アメリカの景気回復に伴い82年末に底を打ち,実質GNPは83年1~3月期には前期比年率7.6%増,4~6月期には同7.5%増と急速に回復している(第1-1-3表)。

これは,①インフレの鎮静化等から個人貯蓄率が低下し,個人消費が増加したこと,②住宅購入適齢人口の増加から潜在的に需要の強かった住宅投資が,住宅抵当金利の低下等から急増したこと,③在庫調整の一巡に伴い在庫削減幅が縮小したこと等によるものである。しかし,設備投資は稼働率が低いことやエネルギー価格の軟化に伴うエネルギー開発投資の繰り延べ等からまだ低迷している。

このような景気回復に伴い,失業率も年初来低下してきているが,83年9月現在も11.3%となお高い水準にある。

一方,高水準を続けてきた物価上昇率は昨年末来急速に改善し,72年以来最も低い水準になっている。また,82年の経常収支は,他の先進諸国以上に深刻であった不況の影響等から大幅に改善し,73年以来8年振りの黒字を記録した。

このように,カナダ経済は回復しつつあるものの,鉱工業生産の現在(8月)の水準は前回ピークをなお9%下回っており,雇用情勢も厳しいことから,83年度予算(83年4月~84年3月)は景気対策,雇用対策を含む景気刺激的なものとなっている。83年度の財政赤字額は313億加ドルとなり,82年度実績243億加ドル(GNP比6.7%)を更に上回ると見込まれている。

2. 回復力の弱い西ヨーロッパ経済

(緩やかな回復を続けるイギリス経済)

イギリス経済は,実質GDP(生産ベース)でみると,81年7~9月期から増加に転じ,82年には1.5%増と2年振りの増加となった。83年上期も前期比年率1.8%増と増加を続けている。しかし,83年4~6月期までの2年間の増加は3.4%(前半1.4%,後半1.8%)で過去の回復期と比べて小幅である。同期の水準は後退前のピークである79年水準をまだ2.5%下回っている(第1-1-4表)。

過去1年間の回復テンポが緩やかであったのは,次の要因による。まず,個人消費は,82年下期には賦払信用規制の撤廃,ローン金利の低下などから前期比3.O%増加したあと,83年上期には同1.3%増に伸びが鈍化した。総固定投資は,82年下期には住宅投資の好調や建設・流通・金融部門を中心に前期比3.3%増となったあと,83年上期には再び前期比0.5%減少した。また,在庫調整が,景気の.先行き不安などから長引いており,本格的な積増しが依然みられない。輸出も石油や工業品の伸び悩みなどから,過去1年間ほぼ横ばいとなっている。

この間,雇用情勢は悪化を続けている。雇用者数は,82年47万人減少のあと,83年1~3月期にも前期比で21万人減少した。一方,失業者数は82年に37万人増加したあと,83年に入ってからも300万人前後(失業率では12.5%前後)の高水準が続いている。

賃金上昇率は82年9.4%,83年1~7月の前年同期比8.3%と緩やかながら鈍化傾向にある。消費者物価も82年春に前年同月比上昇率が一桁に低下したあと,83年上期中,急速に鎮静化した。特に5,6月には3.7%と15年振りの低水準となった。その後は前年の水準が非常に安定していたため,上昇率はやや高まった(9月5.1%)。

経済政策面では,財政・金融共に引締め基調を維持している。しかし,金融面では,内外金利,為替レート,景気の動きなどを勘案して機動的な運用を行っている。このため,介入金利は83年初に一時引上げられたが,3月以降は徐々に引下げられた(1月11%-10月9%)。

83年11月の政府見通しでは,83年の経済成長を実質3%と上向き改訂しており(前3月見通しは同2%),84年についても同3%としている。84年についての民間機関の予測は概して慎重ないし悲観的である。

(回復に転じた西ドイツ経済)

西ドイツでは80年春以降3年間にわたって景気後退が続き,実質GNPは81年が前年比0.3%減,82年は1.1%減となった。しかし,83年初から景気は回復に転じ,実質GNPは1~3月期が前期比年率2.5%増,4~6月期は4.3%増と増勢を強めた(第1-1-5表)。

景気回復の要因となったのは,まず年初の個人消費の持直しである。実質可処分所得が減少を続ける中で,実質個人消費は81,82年に続き83年も不振を続けるとみられていた。しかし,83年1~3月期には前期比年率7.5%の大幅増となって景気回復をリードした。これは,インフレの鎮静化,7月1日からの付加価値税引上げ(13-14%)を控えて,年初に満期となった大量のプレミアム付貯蓄預金などが消費に回ったためとみられる。その後は貯蓄率の低下にもかかわらず,実質可処分所得の低下から個人消費は再び勢いを失なっている。

次に,在庫の積増しである。在庫は82年中調整を続けていたが,原材料価格の上昇予想や企業の在庫過剰感の縮小を背景に,83年初より積増しに転じた。

第3は固定投資の順調な増加である。このうち住宅投資は82年春以降増加傾向にあり,更にコール新政権が住宅投資促進策を採用したこともあって,83年に入ってからも増加を続けた。企業の設備投資も,シュミット政権時に雇用対策としてとられた投資補助金の発注期限が82年末だったために,83年に入ってから増加している。

しかし,従来景気回復をけん引した輸出は,83年夏まで不振であった。一方,輸入は内需の回復から増勢を強めたため,貿易収支黒字は前年に比べ縮小した。この結果82年以降改善を続けてきた経常収支は,83年4月以降はむしろ悪化することとなった。

雇用情勢は依然として厳しいものの,景気回復を映じて,上昇を続けてきた失業率(季調値)は夏以降横ばいとなった。

経済政策をみると,財政面では,民間設備投資促進策はとられているものの,財政赤字削減を最重視した厳しい引締め政策が続けられている。また金融面では,金利の引下げとマネー・サプライの目標を上回る増加の容認という形で緩和策がとられてきたが,マルクの対米ドル相場の下落,物価再上昇懸念から9月にはロンバート・レート(債券担保貸付金利)が5%から5.5%へ引上げられた。

83年11月発表の経済専門家委員会(五賢人委)年報では,83年の実質GNP成長率を1%(年初の政府見通しではゼロ),84年は2.5%と予測している。

(緊縮強化の下で停滞続くフランス経済)

フランスの景気は,81年5月に発足した社会党政権による景気拡大策等により,81年央に底入れした。しかし,本格的な回復を見ないまま82年後半に再び後退し,83年に入っても停滞が続いている (第1-1-6表)。82年の実質GDP成長率は2.O%であったが,83年の改訂政府見通しは0.1%にとどまり,当初見通しの2.0%を大幅に下回るとみられている。

実質GDPは政府の積極的景気拡大策により,82年前半までは消費主導型で高い伸びを示したものの,輸出の減少,設備投資の不振が続いた。また,インフレが高進し,財政赤字及び貿易収支赤字が増大したことなどから,82年央以降賃金物価凍結の実施(6月半ば~10月末)を初めとするインフレ抑制重視の緊縮政策へと軌道修正を余儀なくされた。このため82年後半からは個人消費が鈍化し,景気は後退した。

83年3月には現政権3度目の欧州通貨制度(以下「EMS」という。)の通貨調整(フラン切下げ)が実施された。これに伴い,政府は対外均衡,インフレ抑制,歳出削減などを目的とした経済緊縮政策を発表し,金融・財政両面から引締めを強化した。83年春以降輸出は増加しているが,消費の不振,設備投資の減少,在庫調整圧力の上昇など内需の低迷が続き,景気は依然停滞している。また企業の倒産件数は増加し,雇用情勢は厳しさを増しており,企業家の先行き見通しも弱い。また,インフレも83年9月には消費者物価の前年同月比上昇率が再び二桁となるなど,依然目立った改善の兆しを見せていない。しかし,緊縮政策やフラン切下げの効果もあって貿易収支は改善傾向にある。

こうした中で,極めて緊縮型の84年度予算案(歳出の前年当初比伸び率6.3%,83年度予算案では同11.8%)が策定され,引締め政策は84年も継続されることとなっている。一方,産業振興を図るため,研究開発,産業界への補助関連支出には重点的配慮が払われている。

政府見通しでは,主として輸出の伸びから84年度の実質GDPの成長率は1%と見込まれている。

(停滞を続けるイタリア経済)

イタリア経済は,80年初より景気後退に転じたあと,81年末から82年初にかけ一時回復の兆しをみせた。しかし,その後は内需の不振に加え,世界経済の長期停滞による輸出の伸び悩みもあり,景気後退は長期化している (第1-1-7表)。

実質GDP成長率は82年の0.3%減のあと,83年も政府見通しでは,個人消費及び固定資本形成の減少により1.2%減となると見込まれている。

鉱工業生産は82年央から減少幅を拡大した。特に繊維,エンジニアリング部門での減少が大きい。財別では,82年後半にやや持ち直した消費財,投資財も83年央にきて減少している。

国内消費は,82年にほぼ横ばいのあと,83年に入り減少している。実質小売売上げも前年に比べ減少している。乗用車の新規登録台数は,81,82年と2年続いて好調に増加したが,83年上期にはその反動もあって前年同期に比べ大幅に減少している。

輸出はEMS内の度々の通貨調整(リラ切下げ)の効果もあって,82年末より持ち直してきている。一方,輸入は増勢が鈍化し,貿易赤字幅は縮小してきている。

8月成立したクラクシ内閣の緊縮型の84年度予算案は9月末閣議決定された。同予算案は,利子所得税の増税等による歳入増と社会保障費の削減等の歳出抑制により,財政赤字を本年度並みに抑制することなどを内容とするものである。

3. 一部に明るい兆しが出てきたオーストラリア経済

81年末から始まった景気後退は,82年以降後退の度が強まり,83年4~6月期には実質GDPは前期比2.3%減とかなり減少した(第1-1-8表)。この景気後退の要因は次のとおりである。まず民間設備投資が外需低迷等による大型資源プロジェクトの延期,労働コストの急上昇などから急減した。農業生産も大干ばつにより,82/83年度(7~6月)に大幅に減少した。在庫も大幅に削減された。また,82年央以降の実質可処分所得の伸び悩み等により,個人消費が低迷した。更に82年末から83年前半まで輸出が減少した。こうしたことを背景に雇用情勢も急速に悪化して,失業率は82年初の6.O%から83年9月の10.4%まで上昇した。

しかし,83年に入って一部に明るい兆しが出ている。まず,81年央以来不振であった住宅投資が,政府の優遇策や住宅ローン金利の引下げ等から83年初来回復に転じている。また,工業生産も4~6月期には前期比で5四半期振りに増加し,農業総生産額も,83/84年度に前年度比31%増(前年度同12%減)と回復が見込まれている。

消費者物価上昇率は,83年7~9月期に2年振りに前年同期比で一桁台(9.2%)へ鈍化した。

金利は,高水準ながら82年央以降低下傾向に転じた。豪為替制度は毎日公表されていた貿易加重指数と対米ドル相場が廃止され,83年12月より実質変動相場制へ移行した。財政面をみると,83/84年度予算案は景気刺激型である。財政赤字幅は公共投資増加,失業・住宅対策等から拡大するものと見込まれている。同年度の政府の経済成長率見通しは3.0%増(前年度実績2.O%減)となっている。