昭和56年
年次世界経済報告
世界経済の再活性化と拡大均衡を求めて
昭和56年12月15日
経済企画庁
第4章 世界貿易と動態的国際分業の課題
戦後の世界貿易は大きく次の4つの特徴をみせている。
まず第1は,これまでにない高い伸びが続いたことである。これを共産圏を除く輸入数量でみると50年~80年の30年間の伸び率は年率6.6%であった。こうした世界貿易の高い伸びはとくに50年代,60年代で著しく,50年代の伸びは6.4%,60年代は8.3%に達した。70年代に入るとその伸びは5.3%に鈍化したが(第4-1-1図),それはなお今世紀初めの貿易拡大期(1900~1910年)の伸び率(約4%)を上回るものであった。
第2は,しかもこの間世界貿易量は工業生産を上回って伸びたことである。50年~80年の工業生産の伸びは年率で4.7%であった。10年ごとには50年代が4.8%,60年代が6.0%,70年代が3.3%となっており,貿易の伸びは常に工業生産の伸びを約2パーセント・ポイント上回った。
第3は,なかでも工業品貿易量が貿易全体を上回る(約1パーセント・ポイント)増加率を続けたことである。工業品貿易量の伸びは年率で50年代が7.4%,60年代が9.5%,70年代が6.7%であった。これは工業品の技術革新が特に速かったこと,工業品需要の所得弾性値が,農産品や鉱産品などの一次産品のそれに比較して高いこと等の表われである。またこのことが一次産品輸出の比率が高い発展途上国の貿易の伸びが世界貿易の拡大に遅れた理由の1つである。こうした中で工業品輸出に占める途上国のシェアは金額ベースで65年の4.1%から70年の6.3%,79年の8.9%へと着実に増加している。
特に発展途上国間での工業品貿易のシェアが65年の1.6%から75年の2.3%,79年には3.2%に増加しているのが注目される。
第4は,50年代,60年代の世界貿易は,先進国間貿易を中心に伸びたが,70年代にはそれに代って中進国や産油国のウエイトが高まったことである(第4-1-1表)。先進国間貿易の世界貿易に占める割合は,金額ベースで1948年の41.0%から60年には46.2%に,また70年には55.3%に大きく増大した。しかし80年にはそれは45.5%に低下した。一方,70~80年には石油価格の大幅上昇を主因にOPECの輸出金額の世界輸出総額に占める割合は5.8%から14.7%に増大し,非産油途上国もこの間中進国6か国のそれが3.6%から5.3%に大きく伸びたことなどからそのシェアを僅かながら増大した。
こうした戦後(とくに50年代,60年代)の世界貿易の拡大を可能にした大きな要因として次の3点を指摘できる。
その第1は,貿易拡大を目ざした国際協力体制が確立され,整備されたことである。その柱となったのはガット(GATT,関税及び貿易に関する一般協定)である。
1930年代の深刻な不況下で,各国は国内産業の保護や,雇用維持のため高関税,輸入制限,為替管理など保護貿易措置を強め,かつ差別的関税適用で「ブロック経済」の結成に走り,これがやがて第二次世界大戦を引き起こす1つの要因となった。こうした苦い経験から戦後,先進各国は自由,多角,互恵,無差別を原則とする国際経済体制の確立を目ざした。具体的には通貨面のIMF(国際通貨基金),貿易面のガットである。ガットは関税,その他の貿易障害を実質的に軽減すること,国際貿易における差別を廃止することの2点を基本的任務としており,1947年の第1回一般関税交渉以来79年の多角的貿易交渉(東京ラウンド)の終了までの7回の関税交渉により関税率の引下げや各種貿易ルールの整備に大きく貢献した。また,戦後経済力で圧倒的優位にあったアメリカが,ガット体制の確立を提案し,自らの門戸を開放しつつ強力にそれを支援したことも大きかった。さらに発展途上国の経済開発を経済協力面から支援した世界銀行,OECDの開発援助委員会(DA C),また途上国の60年代以降の世界貿易体制への本格的参入とその後の比重の拡大を可能にした国連貿易開発会議(UNCTAD)をはじめとする国連諸機関の存在も重要な役割を果した。
その第2は,先進諸国が50,60年代に豊富で,低廉な資源・エネルギー供給のある好環境下で積極的な成長政策をとったことである。先進諸国の積極的成長政策は貿易需要を拡大し,それが巡り回って成長を促進する力として働いた。
貿易は輸入,輸出両面から経済成長を促進する力として働く。まず輸入は国民経済を物質的に豊かにするほか,国内産業との競争を通して物価の安定に貢献する。また国際競争を通じて企業は技術,経営面で進歩,合理化を進めて国際的資源利用の適正化を果すことになる。また,発展途上国等においては,資本財,部品原材料等の輸入は生産能力の拡大に必要不可欠となっている。一方輸出は,その伸びが国内産業の需要を高め,経済成長を高める働きをもっている。第4-1-2図は実質経済成長と輸出及び輸入数量の伸びの相関を示したものである。第1次石油危機以前(1960~73年)では先進国,発展途上国ともに非常に高い相関がみられる。また,その後(73~78年)も一部の発展途上国の輸入(ブラジル,メキシコ,ペルー等で輸入制限や国内経済の混乱から極端に小さくなった)を除けば,相関が認められる。また,第4-1-2表は主要国での総需要増加額に占める輸出増加額の割合をみたもので,各国ともこの比率が増大しており,輸出が経済拡大の重要な要素となったことを示している。貿易は輸出,輸入の両面において貿易参加国の比較優位を生かすことによって,国際的に資源のより効率的な利用を可能とし,成長を促進する力として働くのである。
その第3は,先進国で技術革新が進み,しかもそれを後発国が有効に利用しつつ工業化に成功したことである。60年代後半からの中進国に代表される一部の発展途上国の工業化と世界貿易への進出は目ざましいものがあった。
これは後発工業国として先進国で開発された工業技術を安価な労働力と結びつけ有効に活用するのに成功したことが大きな要因と思われる。すなわちある工業品のライフ・サイクルを考えると,まず新製品として発明され,開発・改良の行なわれる新生期があり,次いで生産工程の確立で大量生産,大量販売の行なわれる成長期となり,最後に商品が広く市場に普及し生産工程が定型化される成熟期が訪れる。科学者・技術者の研究開発能力が決定的重要性をもつ新生期,企業の経営能力が重要な役割をもつ成長期には比較優位は先進国にあるが,成熟期になると,安価な労働力の豊富な発展途上国が比較優位をもちうるようになる。多くの工業品が,こうした成熟期にあった時期に次節で詳述するように一部発展途上国が工業品輸出指向の成長政策を推進したため,中進国の台頭が実現したのである。
こうして世界貿易は戦後経済の発展に大きな役割を果してきたが,70年代に入るとアメリカの経済力の相対的な低下や二度にわたる石油危機等から,拡大テンポが鈍化するなど,その流れに変化が現われている。
世界貿易に占める各国の地位は60年代以降大きな変化をみせている(第4-1-3表)。すなわち世界貿易に占めるシェアを見ると,日本,アジア中進国,産油国がシェアを伸ばした反面,アメリカやイギリスのシェアは大きく低下した。アメリカのシェアは60年から70年に2.7パーセント・ポイント低下し,70年から80年には3.3パーセント・ポイント低下している。特に70年代初期の低下が大きいが,この時期は貿易収支が従来の黒字から赤字基調に転換し,ドルと金との交換性の停止,輸入課徴金制の採用などにみられるように,アメリカが自ら築いてきた戦後の世界経済体制を支えきれなくなった時である。アメリカの貿易に保護主義的色彩が,現われ始めたのもこの時期からであるといえよう。
70年代に2度にわたって世界経済を襲った石油危機は世界貿易に甚大な影響を及ぼした。
その第1は,世界貿易数量の伸びの鈍化である。第一次石油危機が発生した73年から80年までの世界貿易数量の伸びは年平均4%であり,それ以前の10年間の同8.5%に比べ半分以下に鈍化した。とくに80年の世界貿易の伸びは1.5%に落込んでいる。これは世界貿易の7割弱を占める先進諸国がスタグフレーションに陥り,そこから抜け出せないでいるのが主因である。
第2は,貿易価格の著しい高騰を招いたことである。産品別価格上昇率(年率)を第1次石油危機以前の10年間(1963~73年)と,その後の6年間(73~79年)とで比較すると,石油などの鉱産品が6.7%から26.3%に高まったのをはじめ,工業品も4.3%から12.2%に高まり,農産品も6.3%から8.5%に高まった。この結果,世界貿易金額の伸び率(年率)は同期間で比較すると14%から19%に大幅に高まった。
第3は,貿易参加国間の交易条件の大幅変化である。すなわち,産油国の交易条件は当然ながら対先進国,対非産油途上国とも大幅に改善したのに対し,非産油途上国の先進国に対する交易条件は70年代央には一次産品価格の高騰から一時的に改善したものの,80年には再び低下しており,50年代前半と比較すると悪化している(第4-1-3図)。
また,石油価格の急騰等による相対価格体系の大幅変化が各国間の比較優位構造に大きな影響を与え,それが各国の比較優位構造の変化に対する対応の差と相まって,貿易構造の変化や貿易摩擦をひき起す原因となっている。
ここで第1次石油危機と第2次石油危機が世界貿易に与えた影響を比較してみよう。第4-1-4図は,数量ベースでみた1973年以降の世界貿易(共産圏を除く)の動向を図示したものである。世界貿易はいずれの場合にも,石油ショック発生の3~4四半期後に減少に転じている。先進工業国の輸入でみると前回の縮小規模(山から谷までの落ち込み度合)は11.7%,今回は9.0%で,その縮小期間は3~4四半期であった。しかし今回の方が先進国のスタグフレーションが進み,その回復力が弱いため世界貿易の回復に力強さがみられない。また,こうした先進国輸入の不振が各地域へ及ぼす影響をみると(第4-1-5図),前回は中進国からの輸入の伸びが真先に低下したが,今回は各地域ともほぼ同時であり,むしろ中進国を除く非産油途上国の伸び率低下が大きくなっている。ここにも今日の中・低所得の非産油途上国の経済困難打解の道の厳しさの一面がうかがわれる。
世界貿易の拡大過程を通じて各国経済の相互依存が深まった。その動きは貿易の伸びが鈍化した70年代にも進展した。
これを主要国の貿易依存度でみると,先進国,途上国を問わず傾向的に上昇している(第4-1-4表)。また工業品貿易の各地域間の相互依存度係数でみると,先進国間,先進国と途上国間,途上国問いずれも65年以降それが高まっている(第4-1-5表)。
これらは世界経済の相互依存の深まりをみたものだが,さらに先進国間における水平分業関係についてみよう。アメリカ,ヨーロッパ,日本3極間の水平分業度を品目グループ別にみたのが第4-1-6図である(ここでは水平分業とは,貿易を通じて相手国との間に同一産業(品目)内での分業関係が成立していることをいう。当該品目グループの(水平分業度)=(両国間輸出額の差)/(両国間輸出額の和)とした)。これは棒グラフが0に近い程,その品目グループ内で両国が相互に同程度の金額の輸出と輸入を行っており,水平分業が進んでいることを示し,+1(又は-1)の時は一方の国が全面的に輸出(又は輸入)に特化していることを示している。これによれば,日米間では食料や織物用繊維はアメリカに大きく輸出特化しており,逆に鉄鋼,機械,自動車は日本に大きく輸出特化していることを示している。欧米間では著しい特化品目が少なく,その度合もゆるく,工業品合計でみるとほとんどOに近く,両地域間の水平分業が進んでいる。これに対して,日米間,日欧間では工業品合計でみると日本の輸出特化度が高い。
また,ここでは貿易面についてのみ見てきたが,資本,技術,エネルギーなど生産要素面でも相互依存が高まっていることはいうまでもない。
相互依存の深まりは,関与するすべての国が国際分業の利益を享受し,成長と国民福祉の一層の増大を可能ならしめるはずであるが,その反面各国の経済的困難が高まる中で,国際的比較優位構造の急速な変化に国内的調整が追いつかない場合には,保護主義的動きや貿易摩擦を発生しやすくする原因ともなっている。世界貿易の拡大と国際分業の利益をすべての国が公平に享受して,それを「成長のエンジン」として活用していけるよう,国際的な努力が求められている。