昭和56年

年次世界経済報告

世界経済の再活性化と拡大均衡を求めて

昭和56年12月15日

経済企画庁


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第3章 先進国経済再活性化のための新たな試み

第4節 主要国の設備投資と設備投資促進策

先進国の生産性上昇率鈍化の要因の1つに,設備資本ストックの伸びの低下,特に労働力と対比しての資本ストックの伸びの低下が指摘される。また,エネルギー価格高騰による設備の陳腐化や,新規投資の中で安全・環境保護に振向けられる投資の増加などから,生産能力の伸びも鈍化している。

こうした状況を背景として,各国における設備投資関連政策も,アメリカ等を中心に従来の景気調整を主目的とした短期的なものから,資本充実化による生産性向上という構造調整目的の色彩を強め,恒常的かつ促進度合いの強いものとなってきている。

本節では,近年の主要先進国における設備投資と資本蓄積の実状とその背景にある問題点を考察した後,各国の租税制度を中心とした設備投資促進策の展開とその考え方について,アメリカ,イギリスを中心に検討することとする。

1. 近年における主要国の設備投資動向

主要先進国における民間設備投資は,73~74年の第1次石油危機後の景気後退期に総じて減少あるいは増加率の鈍化をみせた後,各国間で足並みの違いはあるものの一応の回復をみせてきた。実質GNPに占める民間設備投資の比率をみると,各国とも75年以降の平均水準はほぼ60年代の水準に,ある(第3-4-1図)。

しかしながら,その回復速度は,60年代の景気回復期に比較すると弱さがみられる。75年から79年にかけての4年間の回復期における民間設備投資の年平均伸び率は,60年代の4年間での年平均回復率最高値を,アメリカで2.5%,〔10.7%(62~66年)→8.2%〕イギリスで3.6%,〔7.0%(63~67年)→3.4%〕西ドイツで4.6%,〔12.1%(67~71年)→7.5%〕いずれも下回っている。また,アメリカ,イギリスの民間設備投資の伸び率は77,78年をピークにその後鈍化ないしは減少をみせている。

製造業の設備投資動向をみると,アメリカでは,60年代後半から70年代前半にかけて不振であったが,この間停滞をみせていた自動車,電機産業等を中心に,76年以降回復をみせている。しかしながら生産能力増加の伸びは,60年代前半の投資拡大期に比べてきわめて小さい。西ドイツでも,同様に生産能力の伸びの鈍化が顕著である。また,イギリスの製造業設備投資は,75年から79年までの回復期の年平均増加率が2.4%と,回復期としては低い伸びにとどまっている (第3-4-2図)。

このように設備投資回復が,いまひとつ盛り上がりに欠ける中で,各国とも資本ストックの伸びが鈍化してきている(第3-4-3図)。特にアメリカにおいては,機械設備などの耐用年数の短かい資産へ投資の比重が移っているため(この背景には,将来の不確実性の高まりとインフレ高進により,長期資産の投資リスクと実質的な租税負担が増加していることが影響しているとみられる),純投資(粗投資―更新コスト・ベース減価償却費)の伸びの鈍化とともに,純資本ストックの伸びが粗資本ストックの伸びを下回り,そのすう勢的な鈍化傾向が強まっている(第3-4-4図)。また,とくに70年代前半には公害防止投資の比率が高まったため直接生産増加に結びつく純資本ストックの伸びはさらに低まった。

本来,設備投資の適正水準について最近と過去の単純な比較は不適当な面があり,以上のような設備投資の相対的な弱まりは単に60年代の活発な投資活動の後の正常な水準への回帰にすぎないとの見方もある。しかしながら,70年代の投資が望ましい投資水準に比べてなお過少であったと考えられる理由がいくつかある。

その第1は,エネルギー価格の上昇等の供給ショックの発生により,一部設備資本財の陳腐化が早まった可能性が強く,これを考慮すると国民経済計算上の減価償却費はインフレ調整や耐用年数の調整がされてはいるもののそれが不十分となって,なお過少な償却にとどまっている可能性があり,前述したアメリカの純投資の水準も実態的には更に低水準であると考えられることである。

第2は,労働力に対する資本ストック,いわゆる資本装備率の伸びが鈍化あるいは停滞していることである。特に,近年若年層を中心に労働力供給の急増をみたアメリカでは,こうした資本装備率の停滞が著しく,設備投資が労働力の伸びに追随してこなかった。

また,エネルギー価格の急上昇は,直接的なエネルギー投資を刺激したはずであり,その全体的な投資への波及を考慮すると,投資水準はより高くてしかるべきであったと考えられることなども指摘されよう。

2. 設備投資の相対的弱さの原因

以上みてきたような近年の設備投資の相対的な弱さは,どのような要因によってもたらされたのであろうか。

第1は,経済成長率の低下に伴う需要の伸びの低下の影響が挙げられる。設備投資と鉱工業生産の推移をみると(第3-4-5図),特にアメリカにおいて両者に高い相関がみられるほか,イギリスにおいても,1974年以降急拡大した北海石油開発投資等の影響を除くと,両者の足取りは高い相関を示している。

第2に,60年代から70年代初にかけての労働と比較しての資本財の割安さが,第1次石油危機後縮小したことから,生産投入要素が過去との対比で,設備資本から労働力に傾斜した可能性のあることが考えられる。特に労働供給力増加の大きいアメリカでは,この可能性が強い。第3-4-1表にみるように,60年から73年までの間,各国の資本財価格上昇率は賃金上昇率を2~4%下回っていたが,75年以降はこの価格上昇率の差はO~2%に縮小している。

第3に,企業の利益率及びそれに伴なう企業の内部資金の動向が,設備投資に影響を与えているとみられる。けだし,ある期間の利益率が高ければ期待される利益率も高くなって,新規設備投資の採算性の信頼を高めるであろうし,利益率の高い状況においては,内部留保を中心に企業の内部資金フロー(内部留保と減価償却費)も増えて資金面でも投資が容易となるとみられるからである。

アメリカを例にとってみると,企業の純資産利益率や,内部資金フローの対GNP比率は,景気循環の影響もあって近年一応の回復をみせてはいるものの,すう勢的には60年代央をピークに低下の傾向がみられる。そして,設備投資と純資産利益率との間には一応の相関がみられるほか,設備投資と内部資金フローとの間にはかなり高い相関がみられる(第3-4-6図,第3-4-7図)。

また,アメリカの非金融法人企業の場合,全体でみると60年代後半から70年代前半にかけては内部資金フローを上回る設備投資が行われていたのに対し,76年以降はほぼ内部資金フロー並みの投資水準で推移しており,第1次石油危機後著しく不確実性の高まった企業経営環境の下での経営者の慎重な投資行動を物語っている。同時に,こうした影響下においても,内部資金フローが許す範囲内での投資が確保されている点も注目される。

第4に,このように設備投資と企業収益率,内部資金との高い相関がみられる中で,更に設備投資を困難にしていると思われる要因として,高インフレ下における企業会計と租税制度に関する次のような問題が指摘される。

現在の企業会計では,原価を構成する原材料や製品の払い出し価格や設備資産の減価償却費については,取得原価主義の考え方に基づいて,過去の実際の取得額のうちから,生産または販売に応じた部分を期間の原価とみなして当該期間の利益が計算される。したがって,原材料や設備資本財の価格上昇が高水準かつ恒常的である近年の状況においては,過去に取得したこれらの原価は,最近時の取得価格に比べて安いため,企業会計上の利益は,最新時点での実質的な利益水準(最新コストを前提にした利益)に比べて,過大となっており,設備資産については耐用年数が長期に及ぶため更新時における再取得額とそれまでの償却累計額との差が拡大し,償却費をもって設備更新投資資金を賄うことが困難になっている。第3-4-8図は,アメリカの非金融法人企業における会計実績上(税務目的ベース)の減価償却水準と,設備再取得に必要な減価償却水準を示したもので,インフレの高まった74年以降の実質的な償却不足がうかがわれる。

さらに,この実質過大とみられる利益をベースとした法人税課税や配当支払いは,みかけ以上の負担となって企業の自己資本の保全に悪影響を与えていることが指摘されている。アメリカにおいて法人税は,60年以降2度にわたって引下げられてきたが,インフレによる償却費や在庫評価を調整した利益をベースとした実質的な税率や配当性向は近年上昇をみせている(第3-4-9図)。

第5に,70年代において,環境保護・安全等の問題を背景に,公害防止投資等の必要性が高まり,その投資全体に占める比重も増加したが,こうした公害防止機能を備えた新規投資は従来に比べて概して投資採算性が低いことから,新規投資が一部抑制された可能性がある。

このほか,根強いインフレ圧力やエネルギー供給面での不安等経済の不確実性の増加が,企業家精神を消極化の方向へ導いたとみられることなども指摘されよう。

3. 主要国の設備投資促進策とその考え方

これまでみてきたような状況を背景として,各国とも設備投資拡大の必要性の認識が強まってくると同時に,租税面での優遇措置を中心とした設備投資促進政策も各国間でニュアンスの違いはあるものの,従来の景気循環調整を主眼とした短期的なものから,生産性向上や産業構造調整を念頭においたより長期的で優遇度合の強いものとなってきている。

(アメリカ)

アメリカでは,60年代において景気調整を目的とした投資税額控除制度の施行と廃止が2度繰り返された後,70年代に入って控除率が引上げられ(75年に7%-10%),更に恒久化されるに至った(78年)。また,減価償却制度は,62年に耐用年数の短縮を主眼として改正された後,72年には一定範囲の償却自由化が認められた(第3-4-10図)。

1981年,レーガン新政権は経済再生計画の1つの柱として,第3-4-2表にみるような一連の大幅な企業減税による設備投資促進策(AcceleratedCostRecoverySystem,ACRS)を打ち出し,同年年初に遡及して実施した。これは,従来の減価償却制度の思いきった簡素化と期間短縮による加速減価償却と,投資税額控除の適用拡大を骨子としており,設備資金の早期回収と,税引後利益率引上げにより,設備投資にインセンティブを付与することを狙いとしたものである。このACRSによる企業減税は,81年以降5年間にわたり段階的に拡大され,86年での減税額は639億ドルにのぼる。これは80年の民間設備投資の実質15%に相当する。

また,この外にも,研究開発直接費の税額控除や中小企業法人税率引き下げ等の企業減税が実施されている。

さらに,レーガン政権は,70年代における各種の政府規制の拡大が,民間の設備投資意欲や生産性向上を阻害したとの見方から安全・環境保護等の社会的規制緩和を進めているほか,個人減税により貯蓄増加を通じての設備投資拡大を図ろうとしている。

また,個人所得限界税率の引下げによって,支払金利の所得控除扱いから受ける借入依存の有利性が以前よりも減少することから,民間住宅投資が相対的に抑制されて,設備投資の資金基盤が厚くなるという点も指摘されている。

(イギリス)

イギリスにおいては,戦後,期初償却(初年度に年次償却のほかに認められる特別償却)などの施策を中心として償却制度の拡充が行われ,投資促進策として用いられるとともに,こうした特別措置の改廃が景気対策的手段として利用されてきた。現在においても初年度償却制度(初年度に年次償却に代えて,認められる特別償却)により,機械設備や科学研究用資産については初年度100%の償却が認められるなど,減価償却面での投資促進措置はかなり講じられている。

加えて,79年以降サッチャー政権の経済政策の一部として,企業インセンティブ付与のためのいくつかの課税減免措置が実施されている。

イギリスの投資促進策として特徴的な点は投資補助金制度であろう。これは66年,投資促進をより重点的に行うことを目的として創設された。その後,70年に廃止されたが,「1972年産業法」の下に新たな選択的設備投資補助金制度として復活した。しかし,こうした補助金は,その支給と設備投資のタイミングが,景気の循環過程の中で必ずしもうまく整合しなかったことや,補助金増加が財政負担を増加させてきたことなどから,インフレ対策として公共支出削減を目指すサッチャー政権の下で,一部エレクトロニクス産業援助計画等を除きほとんど停止されている。

第3-4-3表 主要国の投資関連税制と投資補助金制度

(今後の見通し)

このような設備投資促進策は,企業の内部資金を増加させ,投資基盤の充実化に寄与するとみられる。前にみたように近年においても,企業の設備投資が全体として内部資金フローの水準を保って行われてきた点に鑑みると,こうした減税等による内部資金の増加が設備投資水準を引き上げる可能性は十分あると考えられる。

そして,設備投資の増加は,産業構造の再調整促進に寄与するものと期待される。

しかしながら,投資の原因考察の項でもみたように,投資決定のかなり大きな部分が,需要水準とその伸びに依存していると思われる。現在のような高インフレの下では,コスト上昇→価格上昇→需要減退→生産減少によるコスト上昇といった悪循環過程に陥りやすいこと,そして,コスト上昇が価格に転嫁できないことによる収益率低下の可能性即ち投資リスクの増加等の点が,投資を抑制する可能性は依然強いといえよう。こうした観点から,以上の様な投資促進策が奏功するためには,インフレの鎮静化等による経済の安定度の高まりや安定的な政策運営があわせて重要な要素と考えられる。