昭和56年
年次世界経済報告
世界経済の再活性化と拡大均衡を求めて
昭和56年12月15日
経済企画庁
第1章 1981年の世界経済
非産油途上国の経常収支赤字は1978年の375億ドルから80年には821億ドルへと著しく増大し,さらに,81年には970億ドルとほぼ1千億ドル近くに達すると推計されている(第1-7-1表)。この赤字額は対GNP比率でみても78年の3.2%から80年で4.8%と大幅に高まっている。
経常収支赤字の約8割は貿易収支赤字であるが,それが悪化した第1の原因は石油価格高騰による石油輸入額の増大である。純石油輸入途上国の輸入に占める石油の比率は73年には9.1%にすぎなかったが,75年に18.8%へ,そして80年には28%にまで高まった。国別にみてもインド(80年時点で42.6%),ブラジル(同41.4%)等では総輸入の4割を上回っている。その結果経常収支赤字全体に占める石油収支赤字の割合も73年の41.7%から80年には55.5%へ高まっている。
経常収支悪化の第2の原因は輸出の伸び悩みである。非産油途上国の石油を除くその他貿易収支赤字も78年の112億ドルから80年には168億ドルと悪化し,81年には250億ドルとさらに悪化するとみられている。これは先進諸国の景気停滞等から一次産品価格が軟化するとともに途上国の工業製品に対する需要も鈍化したため,輸出の増勢が鈍化したことが主因である。先進国の非産油途上国からの輸入は80年上期に前年同期比32.4%増となった後,下期同9.5%増,81年1~3月期1.3%増と急速に鈍化している。この結果,第1-7-2表でみるように,非産油途上国の輸出は80年全体としては前年比26.1%増と比較的高水準を示したものの,その増勢は年央頃から鈍化し,81年1~3月期には前年同期比4.5%増と一桁台の伸びとなった。このうち,主として一次産品を輸出しているアフリカ地域の81年1~3月期の輸出は前年同期比11.9%減となった。一方,主として工業品を輸出している中進国の輸出は81年1~3月期同26.9%増と比較的高い水準にあるものの,その増勢は同様に80年央頃から鈍化している。
非産油途上国の経営収支悪化の第3の原因は,世界的な高金利下での金利支払負担増である。金利支払負担は第一次石油危機後にはそれ程大きくなかったが今回は79年213億ドル,80年には305億ドルに上っている。これは累積債務が対民間債務を中心にひきつづき増大している上,金利が世界的に極めて高くなっているからである。ユーロ・ダラーの3か月物預金金利の推移をみると78年末11.69%の後,79年末14.44%,80年末17.62%,81年8月末18.44%となっている。発展途上国のユーロ借り入れの大部分が変動金利制となっているためこうした金利上昇は利子支払いを急増させることになる。
こうした急激な経常収支悪化に対して非産油途上国は79年,80年はまず外貨準備積み増しを急減させることで対処した。一方対外借入れをみると,長期資金は公的資金が増大したものの,民間資金は前年を下回った。これは非産油途上国の累積債務の増大,特に借入れ能力のある特定国(ブラジル,メキシコ等)の借入れが高水準に達していることから,民間の貸手側が長期貸出しを手控えているほか,借手側も長期金利が高水準なため借りきれないためと思われる。この結果,非産油途上国は民間からの短期金融及びIMF等国際金融機関への依存を高めている。
このためIMFでは,80年9月の暫定委員会で,①各国別借入限度の拡大,②融資条件の弾力化,③補完的融資制度(SFF)利用国に対する利子補給金勘定の設立等を合意したのに続いて,81年5月の理事会では一時的に食糧輸入コストが急増した低所得発展途上国を対象とした輸出所得変動補償融資制度(CFF)の拡充が決定された。また発展途上国向け融資の原資を拡充するための加盟国からの借入につき,サウジアラビア及び主要先進16か国との合意が成立した(サウジアラビアについては出資割当額の増加も決定)。
非産油途上国の経常収支赤字ファイナンスは今までのところおおむね順調に進んで来たが,いくつかの問題点を内包している。
その第1は,政府開発援助(ODA)の伸びが不十分であるために,低所得国のファイナンスが総じて困難化していることである。低所得国の経常収支赤字は78年の67億ドルから80年には141億ドルへとこの2年間に他の非産油途上国と同様,2倍強に拡大した。しかし,もともと民間資金の流入がほとんどないことから国内開発を進めるための資金調達などは主としてODAに頼らざるを得ないにもかかわらず,ODAの増加率は総じて低く,このため,多くの低所得国は80年には外貨準備を取り崩さざるを得なかった(例えば,アフリカ地域の外貨準備高は79年末47.5億ドル,80年末44.0億ドル,81年7月末36.7億ドルと減少している。但し,南アフリカを除く)。
第2は,前述のように高金利が続いていることや非産油途上国の債務残高の増加から民間長期資金の貸出しが慎重となっていることである。このため,民間資金によりファイナンスを進めていた諸国は短期資金に頼らざるを得なくなり,より安定的な長期資金への転換が困難となっている。
70年代の2度にわたる石油危機により,非産油途上国の経常収支赤字は大幅に拡大し,かつ,累積されてきた。この結果,非産油途上国の債務残高(短期債務を除く,なお公的保証のない債務を含む)は73年の973億ドルから78年2,727億ドル,80年3,701億ドルと増加し,81年には4,251億ドルに達するとみられている(第1-7-4表)。もっとも,この間,非産油途上国の経済規模も拡大してきたので,GDP及び貿易に対する債務残高の比率は73~4年頃に比べてそれ程急速に高まっているわけではない(輸出に対する債務残高の比率は73年の89.3%から80年には93.3%に上昇)。しかしながら債務残高の中味は,この間のファイナンスが主として民間資金によってなされたことを反映し,貸付け条件の厳しい民間資金のウエイトが高まっている(73年の49.6%から80年の57.9%へ)。さらに,変動金利制の普及と79年後半以降の高金利も加わって債務返済額は急増しており,債務返済比率(債務返済額/財及びサービスの輸出)は74年の11.2%から80年には18.2%へと上昇した。特に,債務支払いの中で金利支払いの占める部分は74年以降32~36%の間にあり,79年も35.2%であるのに対し,80年は40.6%へと急上昇した。モルガン銀行の分析によると,1%のドル金利の上昇により対外債務残高の多い中所得途上国12か国の利子支払い額は年間13億ドルも増加し,輸出総額の17%にも及ぶ。
80年の非産油途上国の成長率は前年の4.9%から4.4%へと小幅な鈍化にとどまり,先進諸国の成長率1.2%を大きく上回った(第1-7-5表)。
地域別にみると,ヨーロッパ途上国では隣接するヨーロッパ先進諸国の不況の影響を受けて成長が大幅に鈍化した。一方,中南米ではアルゼンチン等一部諸国を除き,農業の好調や拡大政策の維持でブラジル,メキシコ,チリ等の成長がなお順調で,全体としての成長鈍化はわずかなものにとどまった。また,中東諸国の成長鈍化もわずかであった。アジアでは台湾,香港,フィリピン等が前年より成長鈍化し,とくに,韓国の成長率はマイナス5.7%となったが,農業生産の回復を主因にインドが前年の不振から立ち直ったほか,シンガポール,バングラディシュ等も前年の成長を上回り,全体として,なお低水準ながらも前年より成長率を高めた。またアフリカも一部諸国の国内紛争の収拾等もあって成長率が高まった。
産業別にみると,80年の農業生産は韓国やアフリカ諸国等一部で不作に見舞われたものの,全体としてみると好調で,うち穀物生産量は前年を6.7%上回った。これに対し,製造業は輸出の鈍化やインフレの高進による内需の伸び悩み等で各国とも増勢を鈍化させている。
非産油途上国の消費者物両上昇率は79年前年比24.7%高の後,80年は31.8%高と再び加速している(第1-7-6表)。これは石油価格を中心に輸入物価が大幅に上昇したことを主因としており,このため各国で石油製品・公共料金等の引上げか相次いで行われた。また一部諸国で引締めへの転換が遅れたことも影響している。地域別にみても80年に中南米が年率56.1%もの極めて高い上昇を続けているほか,比較的安定していたアジア諸国の物価も80年には二桁上昇に転じている。
81年に入ってからも物価の騰勢は引続き強く,こうした物価情勢に対処して各国様々な対策を実施している。金融面をみると,公定歩合を公表している非産油途上国31か国中80年18か国,そして81年に入っても8月までに9か国で公定歩合が引上げられるなど金融引締めは前年に続き一段と強化されている。また,アジア各国の82年度予算も総じて緊縮型となっている。
経常収支赤字の拡大とそのファイナンスの困難化,インフレ悪化等から多くの非産油途上国は輸出促進を図る一方(韓国,台湾,タイ等は80年以降,輸出促進のため通貨を切下げている),輸入抑制,財政・金融両面での引締め強化等への転換を余儀なくされている。
81年の非産油途上国経済をみると,石油需給の緩和,順調な農業生産等明るい面もあるが,先進国経済の停滞による輸出の伸び悩みやいぜん高水準の物価等から,その成長は,外需,内需とも80年より総じて鈍化するものとみられる。