昭和53年度

年次世界経済報告

石油ショック後の調整進む世界経済

昭和53年12月15日

経済企画庁


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むすび

1 1979年の展望と課題

1978年の世界経済は,前年につづいて緩慢な成長を示すにとどまった。このなかでアメリカ経済は順調な拡大傾向を維持したが,経常収支の大幅な赤字が続き,インフレが加速されたことも加わって,ドルの低落がつづいており,国際通貨市場は不安定な動きに終始している。

このように,戦後最大の74~75年不況からの回復の歩みは着実さを欠いており,世界貿易の伸びもゆるやかなものにとどまっている。このような情勢は79年になっても著しく改善されるとは期待できない。

しかし,78年中の動きをみると,若干の明るい側面が現われはじめている。

第一は,77年中停滞気味であった西ヨーロッパ主要国やわが国の経済が78年に入って回復テンポをたかめていることである。7月の主要国首脳会議の合意に基づいて追加措置がとられたことも加わって,アメリカとその他主要国との間にみられた景気上昇テンポの格差は縮小される方向にある(78年7~9月までの1年における鉱工業生産増加率は,アメリカの6.0%に対し,日本は6.8%,西ヨーロッパ4か国は3.6%)。これを反映して77年中伸び悩んでいた世界貿易も持ち直している。

第二は,景気上昇テンポの格差縮小に,77年央以来のドル低落,円上昇などの効果が加わって,日米両国の経常収支不均衡が改善される傾向を示していることである。アメリカの貿易収支赤字(FASベース)は,78年1~3月期の年率387億ドルから,7~9月期には252億ドルに縮小する一方,わが国の経常収支黒字は1~3月には年率220億ドルにのぼったが,7~9月には同179億ドルへと縮小している。

第三は,OPEC諸国の経常収支黒字が顕著に縮小したことである。産油国の経常収支は石油ショック直後の74年には680億ドルに激増し,世界輸出総額の9%近くにのぼり,世界経済に大きなデフレ効果を及ぼし,その後も年350~410億ドルにのぼっていた。しかし,78年には約200億ドル(IMF推計)に縮小し,世界輸出額に対する比率も2%を割ると推定される。

第四は,11月に入ってアメリカが本格的なドル防衛策を打出した結果,長らく低下傾向にあったドルがかなり反騰していることである。

79年の世界経済の課題は,このような改善傾向の定着を図りながら,先進国全体としてインフレを回避しつつ失業率がこれ以上高まらない程度の適切な経済成長を達成することにあると考えられる。このためには,アメリカがインフレ抑制,国際収支の改善,ドルの安定に努める一方,その他の主要国が,内需拡大を中心とした適切な成長に努めることが要請される。

こうした観点から79年の先進国経済を展望すると,全体としての成長テンポはなお不十分なものにとどまるとみられるが,国際収支不均衡の改善という点ではかなりの進展が期待される。

アメリカ経済は公定歩合の度重なる引上げにも拘らず,最近まで着実な拡大傾向を維持している。しかし,11月に公定歩合が一挙に1%も引上げられたことも考慮すると,今後,79年にかけて金融引締めの策の影響が次第に表面化し経済成長率は著しく鈍化すると予想される。物価の騰勢が急速に衰えるとは期待できないが,経済収支は改善傾向をつづけるとみられる。

西ヨーロッパでは,年央以後,西ドイツを中心に景気情勢は明るさを増しており,雇用情勢にも改善の気配がみられる。79年についても,当面はこの傾向が維持されるとみられるうえ,西ドイツでは78年夏に決められた財政面の刺激策が実施に移されることもあって,景気上昇テンポはやや高まると期待される。10月に発表されたEC委員会の報告によれば,EC9か国の経済成長率は,78年の2.6%から,79年には3.5%に高まると予想されている。

このような情勢の中でわが国としても,雇用情勢の改善や,国際収支の不均衡是正のためにも,本年につづいて,内需拡大を中心とした経済政策の運営に努めることが必要と思われる。

2 成長条件変化への適応過程にある先進国経済

このように,先進国経済が3年も続いて低い成長にとどまる一方,国際通貨市場の動揺が収まらず,不安定な状態が長びいているのは,一つには多くの国の政策当局が,インフレ再燃を警戒して76~77年に控え目な政策をとったことや,78年に入ってアメリカの物価高騰からその他諸国との間にインフレ格差が生じたためであるが,同時に,最近数年間の世界経済が,多くの面での条件変化に対する調整過程にあり,新しい均衡状態を模索している段階にあることによると思われる。

第二次大戦後1970年代はじめまでの世界経済は,①アメリカをリーダーとする先進国が中心となり,②固定相場制のもとで,③低廉な原燃料を使用しながら,④民間設備投資を柱として,先進国が高い成長を実現し,⑤その結果年2~3%のゆるやかなインフレが生じる,という状況をつづけていた。

ところが,70年代に入ってからは,このような条件は大きく変化した。第一に,石油価格の大幅上昇と石油供給の将来に対する不安は,エネルギー価格の高騰を通じて物価の上昇に拍車を掛けただけでなく,相対価格を大きく変化させ,投資活動にも少なからぬ影響を与えた。また,OPEC諸国の巨額の経常黒字は,世界経済に大きなデフレ効果を及ぼす一方,石油輸入国の国際収支を悪化させた。

第二に,先進国の物価上昇率は,60年代後半から次第に高まっていたが,73~74年には殆どの国で10%をこえるという異常な事態となった。この過程で各経済主体のインフレ心理がたかまったために,インフレの鎮静化が遅れただけでなく,マイルド・インフレのもとで高成長を持続するという政策をとることができなくなった。

第三に,固定相場制が70年代はじめに崩壊し,73年以来主要国通貨はフロート制に移行したが,各国がフロート制下の経済運営に慣れていなかったうえに,投機による主要通貨の変動が,当初予想されていた以上に大幅となったために,フロート制下の為替レートの変動が企業活動にとって一つの不安定要因となっていることは否定できない。

第四に,50年代から60年代末まで,民間設備投資を中心に高成長を続けてきた西ヨーロッパや日本の経済成長パターンが,70年代に入って大きく変化したことである。投資比率の上昇には本来限界があるはずであり,石油ショック以前にも,投資の伸びが鈍化する兆候が表われていたが,石油ショックとその後の戦後最大の不況によって,設備の過剰が一挙に表面化した。このため,とくに西ヨーロッパと日本では75年以来民間設備投資が停滞しており,これが景気回復の本格化を阻げる大きな要因になっている。

第五に,60年代の先進国,とくに西ヨーロッパと日本の高成長は,先進国相互の輸出増加によるところが大きかったが,75年以来世界貿易の伸びが鈍ったために,少なからぬ影響が生じている。

第六に,70年代に入って中進国の工業品が先進国市場にめざましい進出を示すようになった。従来先進国相互の工業品貿易に慣れてきた先進国の工業にとって,これは大きな環境変化をいみしている。

先進諸国は,このような諸条件の変化に直面して,これに懸命に対応しようとしている。

インフレについては,石油ショック後低成長の過程で全体としては鎮靜化が進んでいるものの,物価安定と完全雇用を両立させる方策を見出すには至っていない。この点は,物価安定第一主義をとってきた西ドイツでは雇用情勢の改善が思わしくなく,一方,失業削減に重点をおいてきたアメリカがインフレの加速に悩まされている,という米独両国の経験にも示されている。

「中進国の追い上げ」については,繊維,衣類など特定の産業がこれによってかなり影響を受けていることは事実である。しかし,その反面,中進国の工業化にともなって,機械類などの中進国に対する輸出が急速に増大しており,それが,先進国相互貿易が停滞しているなかで世界貿易の拡大を支え,不振にあえいでいる先進国の資本財産業にとって少なからぬ好影響を与えていることを見逃してはならない。先進国としては,公正な競争にもとづく中進国製品の進出に対しては門戸を開放し,中進国に対しては工業化に必要な商品の輸出を拡大することにより,拡大均衡の方向で対処していくことが望ましい。

このように,全体として,これら中進国をはじめとする非産油途上国経済の拡大が,石油ショック以来沈滞している先進国に代って世界経済の拡大に貢献していることは注目に値する。

一方,条件変化への適応がかなり進展している面も少なくない。

まず,石油問題については,経済成長率の鈍化-つまり生活水準向上テンポの抑制-と同時に,エネルギーの節約,非OPEC原油の増産,代替エネルギー開発への努力が続けられている。この結果,エネルギー消費の経済成長に対する弾性値はかなり低下し,産油国の輸入増大とも相俟って,OPEC諸国の経済収支黒字もかなり縮小している。

つぎに,設備の過剰はアメリカを除いて未だに大きな問題であるが,すでに4年間も投資の低迷が続いた結果,GNPに占める固定投資の割合は大きく低下し,60年代前半の水準ないしそれ以下になっている国が多い。また,この間に設備の老朽化が進んでいることも考えると,今後は更新投資などを中心に,投資も総需要の拡大にほぼ並行して増加すると予想され,中期的な投資調整過程も,最悪期を脱したものと思われる。世界貿易については,当分の間,過去1,2年にくらべて目立った改善は期待できそうもないが,日本を除いては,輸出の減速に伴なうショックはほぼ吸収されたと考えられる。

フロート制下の為替レートの変化はたしたに大幅であるが,大勢としては各国間にみられる物価上昇率の相違を相殺する方向に動いており,また,これをこえるレートの変化-実質為替レートの変化-は国際収支不均衡を調整するうえでかなりの効果を発揮している。しかし,レート変化が国際収支の調整をもたらすにはかなりの期間が必要であり,この間に投機も加わって為替レートが大きく変化し,経済活動にとって不安定要因となるなど,問題も少なくない。結局,フロート制の下でも,各国とくに赤字国がインフレ抑制に努めるとともに,各国の事情に応じて赤字国は総需要抑制,黒字国は景気拡大に努めるなど,景気対策の調整が必要と思われる。78年夏の主要国首悩会議などで国際的に合意された「総合的戦略」も,この必要性が認められたことのあらわれといえる。また,新欧州通貨制度創設への動きが活発になる一方,従来貿易収支改善や物価安定など,基本的条件でドル安を是正しようとしてきたアメリカが本格的市場介入方針を打出すなど,国際為替市場安定への新しい試みが行なわれている。

このようにみてくると,70年代はじめ以来の条件変化に対する適応はかなりの進展をみせているといえる。この傾向をさらに促進し,新しい条件のもとで世界経済が再び健全な拡大を実現するためには,先進主要国が中心となって失業の漸減が可能な程度の適切な経済成長の持続に努め,景気政策の協調によって大幅な国際収支不均衡を回避することが何よりも必要である。同時に,中進国や産油国の活力が世界経済の発展に役立つよう,先進国が新しい国際分業関係に適応しながら産業調整を推進していくことが緊要である。


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