昭和53年度

年次世界経済報告

石油ショック後の調整進む世界経済

昭和53年12月15日

経済企画庁


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第2章 フロート制下の為替相場変動と国際収支

第3節 主要国の貿易収支のすう勢

主要国の経常収支を数年間にわたってならしてみると,日本,西ドイツなどのように大幅な黒字を示している国がある一方,イギリス,フランスなどは,60年代以来ほぼ一貫して赤字をつづけている。このように,フロート制になってからも黒字傾向の強い国と赤字傾向のつづいている国があるのはなぜであろうか。以下,主要国の貿易収支の長期的な動きを検討して,この点を解明してみよう。

1 主要国の経常収支のすう勢

1960年代以来について主要国の経常収支尻のすう勢をみると第II-3-1表のとおりである。まず,アメリカでは76年までは一貫して黒字傾向にあったが,黒字幅は次第に縮小する方向にあると思われる。黒字幅のGDPに対する比率は,60年代前半には0.8%にのぼっていたが,74~77年には0.1%となっている。つぎに,西ドイツは50年代以来,また日本は60年代後半以来黒字基調を示しており,74~77年平均では黒字幅は西ドイツがGDPの1.2%,日本が0.4%となっている。

一方,フランスとイギリスでは70年代初めの2~3年間を除いて一貫して赤字を示しており,イタリアも70年代前半以降相当の赤字となっている。

73年以来フロート制に移行し,各国の為替レートは大きく動いているにもかかわらず,このように国によって黒字傾向,赤字傾向がつづいている第一の理由は,73~77年間の為替レートの変化は,ならしてみると各国の物価上昇率の差を相殺するにとどまったことである(前出第II-1-3表参照)。

第2に,もっと重要な要因として,レート変化によって価格競争力面の有利性,不利性が相殺されても,非価格競争力や各国の輸出商品構成の差などを反映して,輸出の伸びにはかなりの相違が生じるとみられることである。

以下では,このような要因を明らかにするために,アメリカとその他主要国に分けて,貿易収支の長期的な動きを検討しよう。

2 アメリカ貿易収支の長期的傾向

(1) 悪化する貿易収支

1960年代はじめ以来のアメリカの貿易収支の推移をならしてみると,次第に悪化する傾向を示している。60年代前半には平均54億ドルの輸出超過であったものが,70年代にはいってからは赤字となり,75~77年平均では105億ドルの赤字を記録している(第II-3-2表)。年々の貿易収支尻が輸出総額に占める比率でみても,60年代前半には25%の黒字であったものが,次第に低下,75~77年平均では輸出額の9%近い赤字となっている。こうした傾向は世界貿易に占めるアメリカのシェアの変化にもあらわれている(第II-3-1図)。輸入のシェアは,年々かなり変化しながらも,ここ20年近くを通じて世界輸入の13~15%程度と比較的安定している。これに対して輸出シェアは,72年ごろから75年ごろまで横ばいであったのを除けば,60年代初の18%程度から最近の11%台まで一貫して低下傾向にある。

このような貿易収支の悪化傾向が生じている原因を探るために,まず,商品大分類別の収支の動きをみよう。食料品(SITC,0.1類)についてみると,収支尻はむしろ改善傾向にある。第II-3-2表にもみられるように,従来多くは赤字であった食料品貿易収支は,穀物輸出の著増を反映して,75年以来は黒字となっている。また,工業品(SITC5~8類)は,72年を例外として常に黒字であるが,黒字率(黒字額の輸出額に対する割合)をみると,60年代後半の24%から,70年代前半には4%に低下,その後は16%へとふたたび高まっている。

これに対して,原・燃料(SITC2,3,4類)は,60年代以来赤字であるが,特に74年以後は石油輸入額の激増を主因に急速に赤字幅を拡大している。この結果,77年の原燃料輸入は輸出の3倍近くにのぼっている。

こう見てくると,貿易収支の長期的悪化のうち,①60年代後半から70年代前半にかけての悪化は工業品によるところが大きく,②70年代前半から75~77年にかけての悪化は原・燃料によるところが大きい。

原・燃料貿易収支の悪化は,第一に,OPECによる石油価格の大幅引上げ,第二に,国内エネルギー生産の減少に伴う石油輸入量の増加によって生じたものである。国内の天然ガスや原油など国産エネルギーの生産は72年をピークに77年まで減少したが,これはアメリカの油田やガス田が物理的に減退期に入っているといわれることに加えて,天然ガスや国産原油の価格が人為的に低水準に規制されていることによるところが少なくない。こうして,近年ではエネルギー消費増加の大部分(76年は増加分の80%,77年は86%)が石油輸入の増大に頼ることとなったのである。

原燃料貿易収支は,今後も悪化する傾向をつづけるとみられる。ただ,カーター政権によるエネルギー法案が部分的ながら成立し,天然ガス価格の引上げによって天然ガスの生産が増大し,これが石油輸入の増大を抑制する効果をもつと期待されるので,悪化のテンポはやや鈍るものとみられる。問題は輸出入額の過半を占める工業品貿易の動向である。

(2) 工業品貿易黒字幅も縮小傾向

(相対価格及び景気格差の役割)

1960年代はじめ以来のアメリカ,工業品貿易の動きを分析してみると,①アメリカ以外の先進国の経済がとくに急速に拡大するか,②アメリカ製品の輸出価格が他の国にくらべて低下する,という条件がない場合には,貿易収支が悪化したり,世界の工業品輸出総額に占めるアメリカのシエアが低下するという傾向を示しているように思われる。

以下では工業品の黒字率を中心に検討しよう。

工業品の黒字率は60年代に低下を続けたあと,72年を底に75年まで上昇し,76,77年には再び低下した。こうした動きを黒字率の変化幅(前年の黒字率とのポイント差)でみると第II-3-2図の点線のとおりである。これでみると黒字率の変化幅は,①相対輸出価格(アメリカの工業品輸出価格の世界工業品輸出価格に対する関係)の動き,②主要貿易相手国とアメリカの鉱工業生産増加率の相違,の双方と深いつながりがあることがわかる。つまり,①アメリカ製品の輸出価格が他の国に比べて上昇したり,②他の国の産生増加テンポがアメリカを下回ったりすると,貿易収支は悪化する。たとえば77年には,第II-3-2図のとおり黒字率が10ポイント以上低下したが,これには,①2年前(75年)にアメリカの相対輸出価格が3%以上も上昇したこと,及び②カナダなど主要貿易相手国の鉱工業生産の伸びがアメリカより2.5ポイントも低かったこと,の2点が大きく影響していると思われる。

いま,上述のうち①を相対価格要因,②を景気格差要因とよび,この2要因が工業品黒字率の変化に与えた効果をみたのが第II-3-3表である。これによると,75年までの3年間の黒字率上昇のうち9割弱は相対価格要因によるものであった。すなわち,70年6月(カナダ・ドルのフロート制移行に伴う米ドルの実質切下げ)から71年末のスミソニアン合意をへて73年2月(米ドルの対SDR10%切下げ)に至る間,米ドルは減価を続け,これに伴って相対輸出価格も71年に3%,72年に5.3%,73年に7.6%それぞれ低下した。こうした価格競争力の強まりを映じて2年後の73,74,75年と黒字率め上昇,つまり貿易収支の改善がみられたのである。次に,77年までの2年間についてみると,黒字率が再び低下したが,これには相対価格要因(3割弱)よりも景気格差要因の効果(5割強)の方が大きかった。すなわち76,77年には海外諸国よりもアメリカの方が景気がよかったために,アメリカの工業品輸入はかなり増加したが,輸出は余りふえず,黒字率の低下がつづいた。

今後については,77,78年にみられたドルの下落によって,相対輸出価格がアメリカに有利になっており,そのうえ,第1章でみたようにアメリカとその他主要国との景気格差も78年になって縮小する方向にある。したがって,今後当分の間アメリカの貿易収支は改善傾向を示すものと思われる。

しかしより長期的にみると,アメリカ工業品貿易収支の黒字率は,ゆるやかではあるが低下する傾向にあるといえる。第II-3-3表の回帰式で仮に相対価格の変動がなく,かつ景気格差もない状況を想定して試算すると,黒字率は年々若干の低下を示すという結果がえられる。

(発展途上国との関係)

60年代には固定相場制のもとで悪化する一方であった工業品貿易収支も,フロート制移行後は改善局面と悪化局面が表われるという意味で,より安定的になっている。しかし前述のように,最近でも,相対価格に変化がなく景気格差もないと仮定すると,工業品貿易収支は多少悪化する傾向にあるとみられる。これには,アメリカ企業の輸出努力が他国にくらべて不十分といわれていることにもよると思われるが,同時に,中進国との貿易収支が悪化していることもひびいているとみられる。

この点をみるためにアメリカの工業品貿易を地域別,商品別に検討してみよう。第II-3-4表は地域別にアメリカの工業品貿易収支を示したものである。これで,75年から77年までの変化をみると,先進国に対して大きく悪化している。これは前掲第II-3-3表のとおり,景気格差(アメリカの方が他国よりも景気が良かった)を主因とするものとみられる。また途上国にて対しも悪化しており,特に韓国,台湾,香港を含む東南アジアとの収支の悪化が目立つ。

次に,工業品のうち完成財について世界全地域に対する収支を①資本財,②自動車,③消費財に3分類してみると第II-3-5表のとおりである。資本財は一貫して黒字であり,時とともに黒字幅が増加している。これに対して注目されるのは消費財である。消費財は次第に輸入超過の幅を拡げており,75~77年では平均105億ドルにものぼった。消費財はこのように常に貿易収支を悪化させる要因となっている。消費財のうち,例えば衣料とはきものを合わせた77年の赤字幅51億ドルは同年の航空機の黒字幅に匹敵する。

第II-3-6表は,衣料とはきもの地域別収支を示している。両品目を通じて,韓国,台湾等を含む東南アジアに対する赤字が急増しており,75年から77年にかけての悪化幅はこの2品目だけで16億ドルと,全品目の悪化幅46億ドル(前掲第II-3-4表)の3分の1以上にも達している。

こうみてくると,アメリカの貿易収支悪化は,①相対価格の変化や景気格差の存在といった一般的な要因による面が大きいことは否定できないが,②アメリカにとってもともと弱い分野であった消費財市場に対して中進国が急速に進出し,これに伴って収支が悪化したことによる面も少くない,と考えられる。

3 日独と英仏伊の貿易収支動向

(1) 輸出動向に見られる相違

主要国の工業品輸出動向を見ると,71年以後,主要国間の為替レート調整やフロート制への移行にもかかわらず,そこには以下のようなほぼ一貫した傾向が見出される。すなわち第一は,60年代から日本がOECDの工業品輸出総額に占めるシェアを急速に高めているのに対し,イギリスがそのシェアを著して低下させていることである。第二は,西ドイツが70年から76年までのマルクの実質実効レートの上昇にもかかわらず,OECDの工業品輸出総額に占めるシェアではおおむね一定の水準を維持している反面,イタリアはリラの実質実効レートの下落にもかかわらず,シェアが上昇していないことである。つまり,フロート制への移行により一般物価水準の上昇率格差から生じる価格競争力上の差は,かなり調整されているはずであるが,実際には競争力の一つの指標である工業品輸出シェアで見る限り,日本は増大を続け,西ドイツが落ちていないなど,各国の輸出パフォーマンスには依然として相違が残っている(第II-3-3図)。以下,この理由を検討してみよう。

第一に考えられる理由は,70年代はじめにおける各国の輸出商品構成の相違である。商品大分類別にみると,世界の工業品輸入需要のなかで,もっとも高い伸びを示しているのは「機械類及び輸送機器」(以下機械類と呼ぶ)である(第II-3-4図)。いま70年における各国輸出総額に占める機械類の比率をみると,第II-3-7表の通りで,西ドイツ(46.5%)が最も高く,ついで,イギリス,日本が41%程度であり,フランス,イタリアは30%台と低かった。つまり,商品構成の面でみると,西ドイツ,日本,イギリスは比較的有利な状況にあったといえる。ただ,この中で,イギリスはこの有利性を活かすことができず,OECD諸国の機械類輸出額に占めるイギリスのシェアは,70年の10.2%から76年の7.6%へと大きく低下している。

この点からみても,商品構成の有利性は,輸出伸長の一つの条件ではあるが,むしろ他の要因-とくに世界的成長商品における価格面,非価格面の競争力の大小-が重要であることを示している。

第二のより重要な理由は,価格競争力である。フロート制のもとでは工業品全体としての輸出価格上昇率の差は為替レートの変動を通して,ほぼ相殺される傾向がある。しかし,一国内でも価格上昇率には商品によってかなりの相違があり,しかも,その相違の程度は国によって一様ではない。この結果,レート変動によって,仮りに全工業品の平均物価上昇率の差が相殺されたとしても,商品別にみると,価格競争力には変化が生ずることが多い。

第II-3-5図は70~76年の6年間について,各品目の卸売物価上昇率と,全工業品卸売物価上昇率との差を主要国について示したものである。これでみると,たとえば,電気機器の価格上昇率は,どこの国でも工業品全体の上昇率より低い。しかし,日本はその下回り方がもっとも大幅であり,イギリスではもっとも小幅である。この結果,日本の電気機器の価格競争力は,円レートの上昇にもかかわらず,この6年間に強化されたといえる。

この図にみられるように,日本の場合,化学品については不利になったが,一般機械,輸送機器,電気機器など,主要輸出品の相対価格は,いずれも5ヵ国中もっとも大幅に下っている。これに対してイギリスは,輸送機器,電気機器では5ヵ国中もっとも大きく上昇している。日本とイギリスの間にみられる輸出パーフォマンスの大きな差は,このような相対価格の関係によるところが少なくないとみられる。

フロート制の下でも,各国の輸出増加率に差が生じる第三の理由は,非価格競争力にある。たとえば一般機械の相対価格上昇率をみると,第II-3-5図のように,西ドイツとイギリスには大きな差はみられず,工業品の平均上昇率を上回っている。それにもかかわらず,OECD諸国の一般機械輸出に占める両国のシェアをみると,西ドイツではほぼ横ばいとなっているのに対して,イギリスのシェアは低下をつづけている(第II-3-6図)。これは,西ドイツの場合,品質,機能,納期など非価格面での優位性が,価格面での不利を大きく補っているためとみられる。

このようにみてくると,日本は商品構成の有利性と,主要輸出品である機械類の相対価格の低下が相俟って輸出の大幅な増大に成功し,西ドイツは,価格面での不利を商品構成の有利性と非価格競争力の卓越性によって補って,シェアを維持してきたといえる。これにと対して,イギリスは,商品構成は有利で,実質実効レートも低下したにもかかわらず,非価格競争力の弱さや機械類の相対価格め上昇に禍いされて輸出市場を失っている。ラランス,イタリアはこの中間にあり,イタリアの場合,商品構成の不利を,実質実効レートの低下,化学品や電気機器の相対価格の低下によって補い,工業品輸出のシェアを辛うじて維持しているとみられる。

(2) 輸入動向にみられる相違

輸入の動きについても,日本,西ドイツと英仏伊3国の間にはかなり明瞭な相違がみられる。

まず,輸入総額についてみると,第II-3-8表の通りで,たとえば70~76年の平均増加率は最も高い日本の23%と最も低いイギリス17%の間にそれほど大きなひらきはみられない。しかし,ドル表示の輸入の伸びを名目GDP(ドル表示)増加率と比較してみると,表のように,日本と西ドイツでは弾性値が1.2~1.3にとどまっているのに対して,英仏伊では1.5~1.8に達している。この関係は,1960年代後半についてみても変らない。つまり,仮に各国がほぼ同程度の名目成長を示したとすれば,英仏伊3国の輸入は,日・独にくらべてはるかに大幅に増加する傾向をもっているということになる。

このような輸入弾性値の相違は何によってもたらされているのであろうか。

まず考えられるのは,輸入の商品構成の相違である。しかし,第II-3-7図にみられるように,商品大分類別の輸入構成をみると,欧米主要国の場合,輸入総額に占める工業品の割合は76年ではほぼ55~60%で,イタリアが45%とやや低いほかは,余り大きな差はみられない。ただ,日本の場合,76年の工業品輸入は全輸入額の21%と著しく低い。

一次産品の輸入弾性値は概して工業品にくらべて低いことを考えると,日本の場合は工業品の比率が小さいために,全体としての輸入弾性値を低める因となっていると思われる。しかし,西ドイツの場合には,他の西欧主要国との間に商品構成に大きな差はなく,したがって商品構成が輸入増加率を相対的に低める要因になっているとはみられない。

つぎに,商品別の輸入弾性値を検討してみよう。

第II-3-9表は商品類別の輸入増加率と,名目GDP,あるいは当該商品に関係の深い需要項目増加率との比率(弾性値)を70-76午について計算したものである。弾性値を用いる輸入分析では,数量ベースの数値が使われることが多いが,ここではデータ上の制約もあり,また検討の対象である貿易収支が本来金額上の問題なので,名目値による弾性値によることとした。

前にも述べたように,日独の総輸入の弾性値は,仏英伊にくらべて低いが,この差は主として工業品での相違によるものである。

すなわち,「食料,原材料」の輸入弾性値は各国ともほぼ1前後であり,イタリアを除いて,とくに大きな差はみられない。鉱物性燃料の弾性値も,60年代後半には1をやや上回る程度であったが,70年代に入ってからは,O PECの石油価格引上げの影響で各国とも2を大きく上回っている。

一方,工業品についてみると,日本の0.8,西ドイツの1.2に対して,仏英伊では1.4~1.8にのぼっている。

そこで,工業品を①化学,鉄鋼,織物,板紙などの中間財,②一般機械,重電機器,トラック,船舶などの資本財,③衣類,はきもの,乗用軍,ラジオ,テレビなどの消費財の三つに分けて,輸入の動きを検討してみることにする。

第II-3-8図 財別輸入弾性値の比較

第一に,工業品輸入に占める割合が最も大きい中間財についてみると,GDPに対する弾性値は日独の0.8~1.0に対して,仏英伊は1.3~1.5と大きな差がみられる。

第二に,資本財輸入の固定資本形成の増加に対する弾性値をみると,日本は0.6と極端に低いが,西欧諸国は1.4~1.8の間にあり,西ドイツがとくに低いとはいえない。

第三に,消費財輸入の個人消費支出に対する弾性値を比較してみると,イギリスが3.0と極めて高いことが注目されるほか,フランス,イタリアがかなり高く,日・独を上回っている。このような差は,耐久消費財部門では一層顕著である。

これを要するに,西ドイツでは化学品,鉄鋼など中間財の競争力が強いことが輸入の伸びを相対的に低くする主因となっているのに対して,日本の輸入弾性値の低さは,工業品の割合が小さいうえに,中間財,資本財の輸入の伸びが小さいことによるところが大きい。

一方,仏英伊の場合には,個人消費がふえると,消費財の輸入がその2~3倍のスピードで増加する傾向があるうえに,中間財(とくに化学品,鉄鋼)の輸入も誘発されやすい構造になっていることが輸入の伸びをたかめる主因になっている。

最後に資本財部門で圧倒的な強さをもつといわれている西ドイツの輸入弾性値に他の西欧諸国と大きな違いがみられない理由を考えよう。第II-3-10表は,IFO研究所が西ドイツ企業を対象に資本財輸入の理由を調査した結果であるが,ここで注目されることは,国内での入手が不可能という理由が全体の1/4以上を占めていることである。これは資本財では商品の差別化が比較的行なわれ易く,また,西ヨーロッパ諸国間の国際分業が進んでいるために国産資本財による代替が不可能な非競争的製品が西ドイツ以外でも数多く生産されているためである。第2の要因は西ドイツ資本財産業の価格競争力の減退である。資本財部門での競争力要因の中では,技術力,納期等の非価格要因の比重が高く価格要因は相対的に小さいものの,度重なる通貨調整の結果,西ドイツ資本財産業の競争力は少なからず打撃を受けたためである。たとえば西ドイツの国産資本財の価格は70年から76年の間に45%上昇したが,輸入資本財の価格は25%しか上昇せず相対的に輸入資本財が割安となり,輸入が促進される結果となった(第II-3-11表参照)。

以上のように,日本と西ドイツでは,世界的に輸入需要の伸びが大きい機械類などの輸出競争力が強いことが,輸出堅調に少なからず貢献している。

特に日本では,フロート制移行後も機械類の卸売物価上昇率が,工業品平均より低く推移したことが注目される。また,この両国では中間財の輸入増加が比較的小幅にとどまっていることが,全体としての輸入増を相対的にゆるやかなものにしている。これに対して,イギリス,イタリアの場合,成長商品についての輸出競争力が弱いうえに,フランスを加えた三国は経済成長につれて,中間財,消費財の輸入がふえやすい体質をもっている。このような事情が重なって,変動レートのもとでも,77年までは日独両国の黒字傾向がつづき,仏英伊では赤字になり勝ちという動きがみられたものと思われる。