昭和52年
年次世界経済報告
停滞の克服と新しい国際分業を目指して
昭和52年11月29日
経済企画庁
先進国景気の拡大テンポは1976年央以後緩慢になっており,とくに77年に入ってからは,米国が好調な拡大をつづけているのに対して,西欧諸国の停滞傾向が目立っている。
このように,74~75年の戦後最大の不況からの回復は必ずしも順調に進まず,先進諸国では,投資の停滞,失業の高水準,依然高いインフレ,多くの西欧諸国における経常収支赤字の継続など多くの問題をかかえており,一部には保護主義的な動きもみられる。
このような情勢を考慮して,本年の白書では以下の三点に重点をおいて検討する。
① 77年に入ってから先進国景気拡大が緩慢化(とくに西欧)している原因と,緩慢な拡大の影響を明らかにするとともに
② 74~75年不況からの世界経済の回復が行き悩んでいる理由をやや長期的な観点から分析し,このような不況から脱出するための条件を検討する。
③ また,70年代の世界の生産・貿易構造の変化‐(a)東西交流の深化,(b)産油国パワーの台頭,(c)発展途上国の工業品輸出の増大‐などを検討し,先進国経済が中進国や共産圏をも包含する新しい国際分業関係の樹立を迫られている状況を明らかにする。
本年度報告の構成は次の通りである。
第1章 1976~77年の先進国経済
第2章 緩慢な景気回復の影響
第3章 緩慢な回復の背景と脱出の条件
第4章 発展途上国と共産圏の経済動向
第5章 変貌する国際分業関係
むすび
第1章 1976~77年の先進国経済
1977年は,世界経済にとって,不十分な景気回復の年であった。
1975年のなかばに,戦後最大の不況から立ち直った先進諸国の経済は,76年春ごろまで急速な回復を示したが,その後全体として回復テンポは鈍り,77年に入ってからは,アメリカ経済がほぼ順調な上昇をつづけたほかは,予想以上に停滞的となった。とくに西ヨーロッパでは,国復第三年目を迎えながら,失業者数が増加するという,戦後としては前例のない事態が生じた。
また,わが国でも国内需要の回復はゆるやかなものにとどまり,雇用状態の改善もはかばかしくは進んでいない。
このように主要国の回復が遅れているため,世界貿易も77年に入って増勢が弱まっている。とくに注目されるのは,アメリカとその他主要国との間にみられる景気情勢の相違を反映して,経常収支が英・仏・伊で赤字幅は目立って縮小したものの,アメリカでは年初来巨額の赤字となっていることである。他方,西ドイツは黒字をつづけ,わが国の黒字は大幅に増大した。
この結果,わが国や西ドイツに対して,国内需要の一層の拡大と,円,マルクの為替レート上昇を要求する声が強まる一方,高い失業率を背景に,保護主義的傾向が強まっている。
75年央以来の景気回復局面にみられる特徴を要約すると次のとおりである。
(1) 76年春以降先進国全体としての景気上昇テンポが鈍化し,その結果,景気の谷から最近までの上昇率も,大不況からの回復としては緩慢なものとなっている。
(2)大量失業が定着し,とくに西ヨーロッパ諸国では,回復過程にありながら,失業者数がふえる傾向をみせている。
(3)それにもかかわらず,インフレ再燃の懸念などから,財政金融政策が慎重化し,それが景気上昇鈍化の一因となっている。
(4)76年には,国際収支や物価の面で比較的問題の少ないアメリカ,西ドイッ,日本と,経常収支赤字と激しいインフレのつづいたイギリス,フランス,イタリアの間に分極化傾向がみられたが,77年に入ってからは,好調な拡大をつづけるアメリカと停滞気味な西ヨーロッパとの間の対照が目立っている。
(5)需要面では,全般に設備投資の回復が遅れ,とくにアメリカ以外ではその傾向が著しい。
これを要するに,石油ショックと二桁インフレ,戦後最大の不況などの後遺症がなお残っており,それが景気,雇用,物価,国際収支や経済政策に大きな影響を及ぼしてきたといえよう。
先進国の景気動向を鉱工業生産の動きでみると,76年春までの急速な回復,その後の「中だるみ」,さらに同年秋または年末からの持直し,という点までは,アメリカと西ヨーロッパ諸国はほぼ同様のパターンを示した。しかし,77年に入ってからは,アメリカの生産が比較的順調な増加をつづけたのに対して,西欧では著しく鈍化し,とくに春以後は全くの停滞状態を示している。
その結果,先進国全体としてみると,今回の景気回復過程は,過去の回復期にくらべて著しく緩慢である。たとえば,景気の谷から77年4~6月期までの9四半期にOECD諸国の鉱工業生産は15%増加したが,これは過去2回の回復期の上昇率が,同じく9四半期で17 ~ 18%にのぼったのにくらべて,かなり下回っている。
とくに,74~75年不況の生産低下が大幅であったために,最近の生産水準は,4年前の73年末にくらべてもわずかに上回っているにすぎない。このため,産業の操業度が低く,失業率も高いなど多くの面で問題が生じている。
また,先進国の景気回復が緩慢化したため,世界貿易数量も,76年秋以来増勢が鈍っている。
先進国の物価は1976年春頃までは,石油ショック直後の狂乱物価からの鎮静化をつづけていたが,その後は概して足踏み状態となっている。
しかしながら,賃金上昇率が概して小幅化してきたこと,需要ギャップが依然として大きく,一部の国では最近再び拡大しつつあることや,世界的な穀物豊作など,基本的な物価環境は76~77年を通じてむしろ改善されてきている。
また,一次産品価格(石油を除く)も,76年末から77年春にかけて大幅に上昇したものの,その後は工業原材料の需給緩和や穀物の豊作の影響で大きく低下している。
石油ショック以来,産油国の経常収支が大幅な黒字を示し,石油輸入国が赤字という構造がつづいている。その中で,1977年には,アメリカとその他諸国との景気情勢の相違を反映して,先進主要国間の国際収支には少なからぬ不均衡が生じた。
(国際収支の変化)
第一に,アメリカの経常収支は,77年に入って大幅な赤字をつづけ, 1~6月の赤字幅は88億ドルに達した。これは,他の先進国の景気上昇の鈍化を反映して輸出が76年央以後伸び悩む一方,国内景気の上昇や石油輸入の急増から,輸入が大幅な伸びをつづけたことによる。
第二に,日本,西ドイツでは前年にひきつづいて経常収支は黒字を示している。とくに,西ドイツの黒字幅はやや縮小しているのに対して,わが国の黒字は拡大し, 1~9月で64億ドルにのぼった。
第三に,76年に経常収支が大幅な赤字になっtこ英・仏・伊三国では,昨年中の通貨の大幅な下落や緊縮政策の影響で77年はじめ以来,赤字幅は目立って縮小している。とくにイギリスとイタリアでは夏には経常収支はほぼ均衡し,外貨準備も著増している。
第四に,スイス,オランダ以外の西欧小国では景気抑制が遅れ,またインフレ傾向もつづいているため,77年に入っても,依然として大幅な経常収支赤字がつづいている。
(通貨の調整)
このような各国の国際収支動向を反映して,77年年央以後,国際為替市場にはかなりの波乱が生じた。
円とマルクは年初来上昇傾向をつづけていたが,とくに年央以後,わが国の大幅黒字を背景として,円が大幅に上昇し,年初来10月末までの上昇率は16.8%にものぼった。
一方,ポンド,フランス・フラン,リラは国際収支の改善から,年初来安定をとりもどし,むしろ堅調を示している。とくにポンドは多額の外貨流入を背景に強含みとなり,10月末,当局の介入方針変更を契機に上伸した。
これに対して,米ドルは,アメリカ経常収支の大幅赤字を背景に,年央以後軟化し,とくに10月には円の急騰に加え,ポンド,マルクなどほとんどの主要通貨に対して下落した。
このほか,77年には,スウェーデン,デンマーク,ノルウェー スペイン,ポルトガルなど,赤字に悩む西欧小国の通貨が相ついで切下げられた。
今回の回復過程で,アメリカの順調な回復と,西欧の拡大テンポの低さは大きな対照をなしている。このような相違をもたらした主要な原因は以下の4点にあると考えられる。
① 民間設備投資の回復テンポの相違―
今回の回復期には,民間設備投資が出おくれていることが大きな特徴であるが,それでも,アメリカでは1975年秋以来,年率8%内外の増大がみられるのに対して,西欧では概して著しく不振である。これは主として,操業度の回復が,アメリカでは相対的にはやかったことによる。
② 住宅建設の相違―
アメリカでは,75年春以来,住宅設備は飛躍的に増大しているが西欧では,若年人口の停滞もあって,概して不振をつづけている。
③ 対外依存度の相違―
76年に英・仏・伊で引締め政策がとられたが,貿易依存度の高い西欧では,一部の国の停滞は,他の国々に大きな影響を与えた。これに対して,貿易依存度の低いアメリカへの影響はそれほど大きくなかった。
④ 財政金融政策の相違―
各国とも総じて政策態度は慎重であるが,アメリカでは76年末から77年はじめにかけて,公定歩合の引下げ,2年間にわたる財政上の刺激策が打ち出される(ただし,一部は撤回)など他の主要国に比べてやや積極的であった。
第2章 緩慢な景気回復の影響
生産の回復が緩慢なために,失業者数は未だ著しく多く,アメリカと西ドイツ以外では,不況期よりもむしろふえている国が多い。とくに,若年失業者の増加は,社会的にみても重大な問題である。この傾向は西欧で著しく,EC諸国では失業者の4割が若年層で占められている。
若年失業者が増大した理由としては,①不況の長期化にともなって,失業期間が長期化し,②これに欧米の一時解雇制度や中高年層に対する解雇制限規定などが加わって,若者の就職機会が少なくなる傾向にあること,のほか,③失業手当が改善されていることや,数年来最低賃金が大幅に引上げられたことも多少ひびいている。
最近においても,先進国全体としての工業生産の水準は,4年前のレベルをわずかに上回る程度にとどまっている。さらに,需要項目別の回復テンポの相違や,発展途上国製品の先進国市場への進出なども重なって,産業部門別にみても,最近の生産水準には少なからぬ跛行性がみられる。すなわち,工業生産全体としてみると,1977年1~3月の水準は前回ピークを3.4%上回っているが,業種別にみると,食品工業,輸送用機械(自動車など),化学などでは前回ピーク水準を7~8%上回っている。一方,繊維,非電気機械などの産業では,ピークにくらべてなお1~2%低く,さらに一次金属産業,とくに鉄鋼産業は73年当時の生産を12~13%も下回っている。
西ヨーロッパ諸国では生産回復の遅れている鉄鋼,繊維や,造船業はもとより,業界全般としては必ずしも不振とはいえない電気機械や自動車産業においてさえ,輸入品の増大を抑制しようという気運が擦上がっている。
一方,アメリカでも,鉄鋼の輸入規制を求める声がたかまっており,とくに1977年に入ってからは,大幅な貿易収支赤字を背景に,その要求は一段とエスカレートしている。
このように保護主義への動きがたかまっている理由は5つ挙げられる。
(1) 多くの国で大量失業をかかえ,とくに若年層の失業が激増している。
(2) 生産水準の低さに,産業別の跛行性が加わり,鉄鋼,繊維などの業績がとくに不振である。
(3) これらの産業では発展途上国などの進出が著しい。
(4) 多くの国で貿易収支が赤字となり,保護主義の台頭しやすい状態となっている。
(5) 多くの国で,政治的に不安定な情勢にあり,強い態度がとりにくい。
このため,保護主義的傾向は,①生産回復が遅れていて,しかも雇用者数の多い産業‐鉄鋼,繊維,②欧米以外からの輸入が大幅にふえている産業-鉄鋼,鋼維,はきもの,ラジオ,テレビ,造船などでとくに著しい。また,第四の理由なども重なって,黒字国日本からの輸出に対する風当りがとくに強くなっている。
第3章 緩慢な回復の背景と脱出の条件
先進諸国経済の回復が順調に進んでいない基本的な理由は,1973年以後のオイル・ショックや二桁インフレなどの後遺症が未だ完全に払拭されていないことにあると考えられる。その主要なものを列挙してみると,
① 物価上昇率は,未だ高く,インフレ再燃の懸念がつきまとっている。
② 多くの国では,経常収支の赤字がつづいており,緊縮政策の採用を余儀なくされている。
③ インフレ再燃を警戒し,政府当局の財政金融政策が慎重になっている。
④ 設備の操業度は概して低く,その他の不確定要因も重なって民間設備投資の回復がおくれている。
⑤ 長期的にみたエネルギー供給への不安,環境規制の強化などによる不確実性が増大している。
しかし,最近一年の先進国,とくに西欧諸国の景気停滞に影響を与えた注目すべき現象としては以下の二つがあると思われる。
1973年の二桁インフレや石油価格高騰による経常収支悪化に対処するため,多くの国は引締め政策を採用した。しかし,そのタイミングや程度には大きな差があり,大別すると,①比較的早く強力な引締め策をとり,インフレの鎮静も早かったアメリカ,西ドイツ,日本,②引締めへの転換がやや遅れ,インフレの抑制もおくれたフランス,イギリス,イタリア,及び③雇用水準維持に重点をおいて引締め政策の採用が遅く,10%近いインフレ傾向がつづいた西欧小国(スイス,オランダを除く)の三つのグループに分けることができる。
このような引締めの政策のタイミング,程度の格差は,その後の成長率,国際収支にもはっきり反映されている。76年の実質GNPの水準を73年とくらべてみると,米独日では平均して3.5%上回ったのに対して,英仏伊では4.5%,西欧小国では7~11%も増加している。
また,76年の経常収支尻をみると,米独日ではGNPの0.2%に相当する黒字を示したのに対して,英仏伊はGNPの1.6%に相当する赤字となり,西欧小国では赤字幅はGNPの4~5%にものぼった。
このため,英仏伊では76年中に緊縮政策がとられ,また西欧小国でも76年末以来,かなりの国で為替レートの切下げ,金融引締めなどの措置が講じられている。その結果,これら赤字諸国の輸入の伸びが鈍化し,それがついで近隣諸国の輸出にブレーキをかけ,景気回復を阻害する原因になっている。
1974~75年の不況に際してとられた各国の財政刺激策は大規模で,とくに75年にとられた対策は,過去の不況期を大きく上回っており,これが不況の克服に大きな力を発揮した。しかし,76年以降になると,多くの国の財政政策は一転して慎重になった。たとえば,アメリカでは,76年の政府支出は前年比7.4%の増加にとどまる一方,収入は14.5%増大した。その結果,連邦政府の財政収支赤字は162億ドル縮小している。この赤字幅縮小はGNPの0.9%に相当する。西ドイツ,フランスについても同様の傾向がみられた。また,過去の回復期にくらべても,今回ほど慎重であったことは余り例がない。
このように76年以後,多くの国の財政政策が慎重なものになった理由としては,第一に,インフレの再燃を警戒し,過度の刺激を避けようとの配慮が働いたこと,第二に,英,仏,伊などでは国際収支赤字やインフレ抑制の必要を考慮したことが挙げられる。第三に,76年前半までの景気回復が予想外に急速であったために,財政面からの刺激を加えなくても,民間需要を中心とする持続的上昇が可能であろうとの期待が生じたことである。第四に多くの国で,不況期に著しく大きくなった財政赤字を縮小させたいという考慮も強く働いていた。
政策当局の慎重な態度は,マネー・サプライの動きにも現われている。76年以後のマネー ・サプライの増加率は,アメリカがひとり民間活動の活発さを反映して高い伸びとなっているほかは,比較的通貨供給が安定していた60年代と比べてもむしろ下回っている国が多い。
このように,回復2年目に当る76年以来の財政金融政策は,とくに西欧諸国では民間投資の伸びが予想を下回ったことも加わって,結果的にみると控え目なものになり,全体としての需要回復が遅れる一因になったとみられる。
1977年にみられたような停滞状態を脱け出し,先進国全体として,少なくとも失業者が漸減する程度の経済拡大を実現するためには,77年前半にとられたものより,積極的な政策をとることが必要との認識が広まり,西欧諸国では相ついで景気政策が打出されている。
しかし,このような政策がとられた場合に,インフレが再燃するおそれはないか,また,拡大策によって,企業の投資や個人の消費が刺激され,持続的な拡大過程に入る可能性があるのか,という点について検討しなければならない。
今回の回復過程における消費者物価の上昇テンポは,国によって大きな差はあるものの,概して従来の回復期にくらべて急速であった。供給余力が大きく,マネー・サプライもゆるやかななかで,このような物価上昇をもたらした要因は,賃金コストと輸入価格の上昇にあった。しかし,今後については,まず,前者は最近の賃金上昇が総じて落着いていることが評価できる。
また,英仏伊では輸入価格が大幅に上昇したことが物価上昇の一因となったが,これは76年秋までの為替レートの大幅低落によるところが大きかった。しかし最近ではこれらの国の為替レートはむしろ堅調を示しており,この面からの物価上昇圧力も弱まっている。
また, 一次産品価格についても,穀類,大豆,綿花,銅,亜鉛など主要産品の需給はいずれも緩和しており,錫などに供給不足がみられる程度である。したがって,石油以外の一次産品が大幅に上昇する可能性は小さい。
設備投資が盛上がりを欠いている原因としては,①操業度が未だ低いこと,②アメリカを除いて企業利潤の回復が不十分なこと,のほか,③将来のインフレ動向が見究めにくく,また環境規制や環境問題による住民運動,エネルギー価格やエネルギー供給など,「不確実性」がたかまっていることもひびいている。
しかし,1960年以後のアメリカ,西ドイツ,日本,イギリスの4か国について,毎年の操業度と民間設備投資の増加率との関係をみると,両者の間にかなり強い相関関係が認められる。とくに,75~76年の設備投資変化率も,操業度との関連でみると,過去十数年間みられた両者の関係からみて,予想される範囲に入っている。
このように,設備投資の動向は基本的には現有設備の操業水準と,それに密接に関連する収益の動きに支配されているとみることができ,種々の「不確実性」も,当面の操業度の低さ,景気見通しの不透明さによって増幅されているところが大きく,操業度が向上するにつれて緩和される可能性が大きい。
この点は,同じように「不確実性」に直面しているにもかかわらず,操業度の上昇したアメリカの自動車産業などでは投資が大きく伸びていることからも裏付けられる。
したがって,経済成長率がたかまり,操業度が上昇し,需要見通しが好転するにつれて民間設備投資が上向く可能性は十分にあるといえよう。
1974~75年の不況期には,激しいインフレのもとに多くの国で個人貯蓄率が大幅に上昇し,個入消費が減少したことが不況を深刻なものにする大きな原因となった。しかし,75年後半以後,インフレが鎮静化に向かい,景気も回復に転ずるに伴って,個人貯蓄率は顕著に低下し,日木を除いて,過去15年間のすう勢を下回るようになっている。
一方,個人消費の内容をみると,サービス支出の比率が漸次たかまっているという60年代以来の長期的傾向がつづいている。しかし,その他の費目については,景気循環に伴う変動を別とすれば,欧米諸国では石油ショック以来とくに大きな変化は認められない。
このようにみてくると,先進国の消費者行動が,二桁インフレや大不況の経験によりやや安定性を欠く傾向がみられるものの,個人消費の内容,所得と貯蓄との関係については基本的に変っているとはいえない。
第4章 発展途上国と共産圏の経済動向
1976年の発展途上国は実質成長率が産油国で11.7%,非産油国で5.1%といずれも前年の低迷から,比較的順調な回復をたどった。これは農業生産が前年に引続き豊作であったこと,先進諸国の需要回復やそれに伴う一次産品価格の上昇などから輸出が大幅に増大したこと,によるものである。なかでも,中進的工業国である韓国,台湾,メキシコ,ブラジル等諸国は先進諸国向け工業製品輸出急増を背景に著しい成長を遂げている。また,貿易収支の改善も進み,このため75年に若干の減少をみた外貨準備高も76年には再び増加している。
77年上期においても,農業生産は穀物について豊作であった前年並みの生産が見込まれるなど順調に推移しており,鉱工業生産も総じて拡大基調にある。一方,輸出の好調も続いており,貿易収支の改善が進んでいるが,3月をピークに一次産品市況が低落していることや,先進諸国の景気回復が思わしくないことなどを反映し,輸出の拡大テンポが鈍化している。
一方,発展途上国の債務残高は70年代に入り急増し,76年末の対外公的債務残高は2,123億ドルに達している。これは70年の約3倍の水準であるが,この間輸出額も約3倍にふえているので,対外債務残高と輸出規模との関係は70年とかわっていない。ただ,その内訳をみると民間資金の比率が拡大しており,その結果,債務返済額の輸出に対する比率はやや上昇している。
OPEC諸国の原油生産は,1977年1月からの値上げを見越した先買いから,76年後半に大幅にふえたあと,77年上期にはやや減少した。
原油価格は,77年1月から,サウジアラビアとアラブ首長国連邦は5%,その他11か国は10.3%の値上げとなり, OPEC原油の二重価格制という異例の事態が生じた。しかし,7月以降は,サウジアラビアとアラブ首長国連邦が5%値上げするかわりに他の11か国は7月に予定していた再値上げを撤回し,二重価格制は半年間で解消した。
産油国の輸出は,75年に前年比7.5%減少のあと,76年には20.9%の増加となったものの,先進国景気の上昇鈍化から77年には伸びが鈍って,1~6月で前年同期比14.3%増にとどまっている。また,76年の輸入は75年の前年比65.O%増を大きく下回ったものの,なお23.8%増とかなりの伸びを示した。このため貿易収支の黒字幅は75年から約100億ドル増加して660億ドル程度となった。経常収支については400億ドル前後との推計が多い。
他方,国内では根強い物価上昇がみられ,多くの国で金融引締めや物価統制の措置がとられており,最近年度の歳出予算も伸び率が低下しているケースが多い。
中国では,1976年の実質GNPの伸びは2~3%にとどまった。これは主として,政情不安や河北地震の影響で工業生産が不振であったことによる。
しかし,76年秋以降,政治体制の安定に伴い,工業生産も回復に向かい,77年1~9月には前年同期比12%の増加を示した。食糧生産は,天候不順のため,76年にはわずかな増加にとどまったが,77年は比較的順調と伝えられる。
一方,73~75年の大幅な貿易赤字に対処して,輸入抑制策がとられたうえ,「四人組」の反貿易拡大政策も加わって,76~77年の輸入は減少をつづけ,対OECD貿易収支は77年上期にはほぼ均衡化した。
ソ連では,76年の工業生産は前年比4.8%増と過去5か年の平均を大きく下回ったうえに,前年の穀物不作から畜産も不振だったため,穀物生産が記録的豊作となったにもかかわらず,経済成長率は5%にとどまった。77年については,穀物生産は前年をかなり下回る見込みである。一方,工業生産は, 1~6月で前年同期比5.7%増と計画を上回っているが,政府が重視している労働生産性の伸びは計画に達しなかった。
先進工業国との貿易をみると,76年後半から輸入が減少傾向を示し,輸出は鈍化しながらも増加をつづけている。これは,豊作による食糧輸入の減少と,赤字縮小のための輸入抑制による。その結果,対OECD赤字はかなり縮小した。しかし,対西側債務の増加はつづき,76年末には140億ドルに達した。
第5章 変貌する国際分業関係
1970年代前半に世界経済がオイル・ショック,二桁インフレ,戦後最大の不況などと大きく揺れ動いている間に,世界の生産や貿易・金融の構造は大きな変貌を示した。
まず工業生産については,先進国の生産拡大テンポが,60年代の年平均5.8%から70~76年では同3.4%と著しく低下したのに対して,発展途上国では7.2%から6.8%へ,共産圏では10.2%から8.6%へと鈍化の程度が小さく,伸び率自体も高かった。この結果60年においては世界工業生産の%を占めていた先進国の割合は,今や6割となり,かわって共産圏が3割,発展途上国が1割を受けもつに至っている。
大きな変化の第二は,石油価格の引上げを契機に,世界の国際収支構造が激変したことである。これを反映して世界の金・外貨準備の分布も大きく変化し,73年に世界(除共産圏)の8%を保有するにすぎなかったOPEC諸国は,77年央では,実に25%以上を保有している。この反面,先進諸国の比率は概して大幅に低下したが,非産油発展途上国はほぼ一定のシェアを保ち続け77年央で17%となっている。
第三の変化は,世界貿易についても一部発展途上国や共産圏の重要性が,輸出・輸入両面で大きくなっていることであり,戦後30年間,相互の工業製品貿易を中心に依存度を高めつつ経済成長をつづけてきた西側先進工業国は,いまや産油国,非産油発展途上国,さらには共産圏諸国をも包含する新しい工業製品の国際分業関係への適応を求められている。
以下ではこの第三の変化に焦点をあてて,実際の状況をみていく。
過去約20年間について,世界の工業品輸出額(共産圏を除く)に占める発展途上国の割合をみると,1955年の7.6%から74年の8.5%へとゆるやかながら高まっている。
とくに,韓国,台湾,ブラジル,メキシコなど一部の発展途上国の工業品輸出はめざましい伸びをつづけている。また,たとえば,香港,韓国,ブラジルの74年の工業品輸出量はそれぞれ55年当時のフランス,日本,イタリアのそれに匹敵し,一国だけでも相当な規模になっている。
いまOECD諸国への発展途上国の進出ぶりをみると,次の3つの特徴があげられる。
第一に,先進国の輸入自体が急テンポで増大している労働集約的商品でのシェア拡大は著しく,繊維,衣類では65年の16%から,75年には26%に達しているし,軽機械のシェアも2%から9%にたかまっている。
第二に,70年代に入ってからは中南米諸国の進出が目立っている。たとえば繊維,衣類に関する中南米のシェアは,70年代前半の5年間に1.7ポイント上昇したが,これは60年代後半にみられたアジア諸国のシェア拡大テンポを上回っている。
第三に注目されるのは,労働集約的商品の分野ではわが国のシェアが近年低下ないし頭打ちになっていることである。とくに70年代に入ってからは円レートの上昇も加わってこの傾向が激しくなっている。
主要先進国(米独英仏)について,工業生産額に対する輸入の比率をみると,次第に上昇している。とくに,繊維,衣類や革・木製品,はきものなど,労働集約的な軽工業品では概して輸入比率が高く,しかも速いテンポで上昇する傾向をみせている。たとえば,衣類の輸入比率は,65年から73年までの間に,西ドイツでは14%から40%へ,イギリスでは10%から25%へとたかまっている。しかもこの間に衣類の輸入額に占める発展途上国からの割合は,西ドイツでは20%から28%へ,アメリカでも35%から69%へ著しく高まっている。
このような輸入比率の増大,とくに発展途上国からの輸入の増大は,一部の労働集約的産業については,先進国産業にかなりの影響を及ぼしているとみられる。
数多くの発展途上国の中で,なぜこれらの国々だけが他に抜きんでて輸出拡大に成功したのであろうか。まず,アジアについてみると,アジア中進国,とくに韓国,台湾では,日本,アメリカという輸入の伸びの大きな市場に当初から進出したことである。これに対して,インド,スリランカなどの南西アジア諸国では,伝統的に輸入の増加テンポの低いイギリス向けの輸出が多かった。
しかし,相手国市場でのシェア拡大,新商品の輸出こそがその最大の理由であった。
アジア中進国の工業品輸出のこのような伸長を支えていたものは1960年代後半に入ってからの工業化の急速な進展であった。
工業化に成功した理由は多岐にわたるが,南西アジア諸国との対比で注目されるのは次の三点である。
第一は,農業生産が順調に拡大していることである。
第二は,韓国や台湾では製造業の設備近代化,競争力の強化を図るために外国資本の導入を積極的に進め,優遇策をとっているのに対して,インドでは外資にきびしい態度をとっている。
第三は,輸出指向型の工業化に向けて活発な投資が行なわれたことである。
次に中南米では70年代に入ってとくに輸出の増勢を強めているのはブラジルとメキシコであり,これに対して,アルゼンチン,チリなどの伸びは低い。
従来,中南米諸国の工業化は主として国内市場向けであり,手厚い保護政策のもとで,いわゆる 「輸入代替」を中心とする政策をとっていた。しかし,次第に国内市場の限界につき当るようになる一方,従来の高い保護障壁のもとで発展してきた工業の多くは,コスト,品質の面で対外競争力が劣るだけでなく,工業化に必要な原材料,機械の輸入が増大して,国際収支の負担が重くなるなど,輸入代替工業化の限界が問題となった。このため60年代に入って,ブラジル,メキシコなどで次第に輸出に重点をおいた政策をとるようになってきた。たとえば,ブラジルでは,64年以後,各種の輸出振興策がとられた。このような政策の結果,外国資本の流入が増加していることも輸出拡大に貢献しているとみられる。
石油値上げによる豊富な外貨所得を背景に, OPEC諸国は大規模な工業開発計画を中心とする経済開発を積極的に進めている。その結果OPEC諸国の輸入は開発用資材を中心に急速に増大しており,世界の輸入総額に占める比率も1976年には7.4%に達し,なかでも工業品の世界輸入に対する比率は75年には9%弱になっている。他方,これらの国の多くは野心的な経済開発,工業化計画を推進している。最近2, 3年における余りに性急な工業化政策は種々の隘路に向面し,反省の機運がたかまっていることも事実であるが,これら諸国の石油化学工業や一部の重工業が国内需要の充足,さらには輸出市場へと進出してくることも十分予想される。
1960年代後半以来,東西貿易は急速に拡大している。ソ連や中国が経済成長に必要な機械,その他の資本財を輸入し,その代金支払いのために主として原材料を西側に輸出するという東西貿易の基本的性格には大きな変化はみられない。しかし,ソ連においては労働力人口の増加が鈍っていることなどから,今後の経済成長率の低下を阻止するために,西側先進国の資本財,技術の導入による生産性向上がますます重要になっている。中国でも,中ソ対立によってソ連からの資本財輸入に依存できない現在,華国鋒体制のもとで近代化路線を推進するために,西側からのプラント,機械を輸入する必要性がますますたかまっている。
他方,中ソ両国は資源の保有国であり,とくに石油危機以来,石油の輸出増大によって必要な外貨を獲得しようと努力している。また,機械類輸入に必要な資金を賄うために,共産圏諸国は工業品の輸出増大にも力を入れはじめており,西側先進国の産業にとって少なからぬ影響を及ぼす可能性もある。
しかし,現在までのところとくにソ連・東欧諸国は西側先進国との間で大きな貿易赤字をつづけ,債務残高は76年末で450億ドルにのぼったと推計されている。これに対処して,輸入が大きく抑制される場合には,ソ連・東欧向け輸出依存度の高い西欧諸国にもかなりの影響が生じる可能性がある。
むすび
1977年は回復から持続的成長へ移行することが期待された年であったが,この課題は達成されたとはいえない。5%近い成長が見込まれるアメリカは別として,その他の主要国では景気上昇テンポは年初の予想を大きく下回る傾向を示し,とくにヨーロッパ諸国の経済は著しい停滞状態を示している。
また,アメリカとその他諸国との景気情勢の相違を反映して,主要国間の国際収支にも少なからぬ不均衡が生じた。このため,国際為替市場では円,マルクの上昇傾向がつづき,とくに年央以後,わが国の大幅黒字を背景として円の対米ドル・レートは大幅に上昇した。
一方,米ドルは,マルク,スイス・フラン,ポンドなどの主要通貨に対しても夏以後かなり軟化している。
こうした中で,78年の課題を考えてみると,それは依然としてインフレの再燃をもたらさない範囲で,先進国全体が失業を漸減しうる程度の経済成長を達成することであるといえよう。
このような見地に立つと,77年夏以来,西ヨーロッパの主要国が相ついで引締め政策の緩和や新しい景気刺激策の採用に踏切ったことは歓迎される。
その結果,今後78年前半にかけて,先進国の景気情勢はやや好転するものと期待される。
アメリカでは,夏以後の公定歩合引上げの影響が懸念されるものの,住宅建設や設備投資の堅調,政府支出の増大を中心に当面年率4~5%程度の経済成長が維持されるものとみられる。
一方,西ドイツではGNPの1.3%にのぼる財政的刺激策がとられた。英仏伊三国でも経常収支の改善,通貨の安定によって,景気の再上昇を可能にする条件がととのいつつあり,イギリスでは10月末に財政的景気浮揚策が決定された。
しかし,各国のこのような政策のもとで,先進諸国が失業を漸減させるに足りる成長を実現できるかどうかは疑問とみられている。アメリカでは,78年の成長率を4~5%と見る向きが多いが,失業率の低下を促進するためには,追加的減税が必要であるという見方が,たかまりつつある。また,10月に発表されたEC委員会の報告は,現在の政策を前提とした場合,EC加盟国の78年の実質成長率は3.5%(77年の見込みは2.5%)と予測され,失業はさらに増加することが避けられないとみて,景気対策をさらに強化して,4~4.5%の成長を確保する必要があると強調している。
このような世界情勢の中で,わが国の果すべき役割も大きい。経常収支が大幅な黒字をつづけているわが国としては,国内需要を中心とする景気上昇を図り,黒字幅の縮小に努めているところであるが,今後ともこのような努力をつづけることが望ましい。
このように,先進国経済にとって,雇用状態の改善が可能な程度の成長を実現することが当面の課題であるが,同時に,世界の生産・貿易・金融構造が数年来大きく変化し,先進国経済のおかれた環境が厳しくなっていることも見逃せない。とくに,一部の発展途上国の工業品の輸出が著増している点や, OPEC諸国の台頭,東西貿易の増大は,先進国経済に対して少なからぬ影響をもたらしつつある。
この結果,今後世界経済が順調な拡大と繁栄をとりもどすためには,たんに先進諸国が国内需要の拡大によって成長を維持するだけではなく,新しい国際環境に適応した産業構造への転換を図っていくことが要請されている。