昭和51年
年次世界経済報告
持続的成長をめざす世界経済
昭和51年12月7日
経済企画庁
第1部 景気回復下の世界経済
第5章 主要国の政策と景気上昇の現段階
これまで述べてきたように,ほぼ75年央にはじまった先進国の景気回復はその後順調にすすみ,その回復テンポも76年春までは急速であった。それに伴い世界貿易も回復し,途上国の先進国向け輸出も増え,貿易収支も改善した。こうして発展途上国の経済活動は中進国を中心に上向いてきた。
その後先進国の景気上昇テンポがどの国でも著しく鈍化している。主要国の実質GNPまたは鉱工業生産の動きをみると,第2四半期の上昇速度は第1四半期にくらべて半減またはそれ以下になっており,7月以降についても同様である (第5-2図,第5-3図)。
過去においても,景気上昇は必らずしも一本調子ではなかったし,75年秋から76年春にかけてのような急スピードの景気上昇のあとで,その反動として一時的な鈍化の時期があっても不思議ではない。むしろ,現在の情勢では景気上昇を長もちさせるためには,速すぎる上昇よりも緩慢で着実な上昇の方が望ましい。また各国政府が75年中にとった景気刺激策においても,過度の刺激を避けるために慎重な配慮がなされていたし,いくつかの国が採用した適正通貨目標の設定にしても同じ狙いをもっていた。その意味では,緩慢ではあるが着実な景気上昇の持続こそ,各国の政策目標に合致するといえよう。
しかし他方では,景気上昇があまりにも鈍化し,または長びくようであれば,景気が失速して再び後退局面に突入する可能性があることも否定できない。
そこで現在みられる先進国の景気中だるみ現象の原因を検討するとともに,現在の景気局面にみられるいくつかの問題点を指摘することにしたい。
現在みられる中だるみ現象の原因としてまず指摘されるのは,それ以前の急上昇を支えてきたいくつかの一時的要因が解消したことである。
そうした一時的要因としては,①在庫べらしから在庫再蓄積への転換点で生ずる在庫需要の急増局面がおわった,②不況中に延期されていた自動車など消費需要の充足が一巡した,③75年中に各国でとられた景気刺激策の効果が次第に出つくしてきた,などが指摘される。
第一に在庫需要についてアメリカの例でみると,75年を通じて在庫べらしの規模が次第に小幅となり,ついで76年にはいって在庫の再蓄積がはじまった。具体的にいうと,75年第4四半期には55億ドル(72年価格,以下同じ)の在庫べらしが行われたのに対して,76年第1四半期には104億ドルの積増しとなったが,これによって159億ドルの需要増加が生じた。つまり第1四半期のGNP増加の約6割がこうした在庫投資の動きによって生じたことになる。ついで第2四半期にも111億ドルの在庫積増しがあったが,これにまる需要増加はわずか7億ドル(前期GNPの0.1%)にすぎなかった。この要因だけで第2四半期のGNP増加率がぐんと落込んだことになる。
第二に不況中延期されていた消費需要,とりわけ耐久消費財の充足が急速な景気回復の一因であったが,これが一巡したらしいことは第5-4表から読みとれる。個人消費(実質)の伸びはアメリカ,イギリス,西ドイツとも第2四半期以降大きく鈍化または減少しているが,この主因は耐久消費財,とくに乗用車需要の伸び悩みにあった。乗用車販売台数の動きをみると (第5-4図),アメリカでは76年3月の年率1,090万台(季調済)をピークに,その後弱含みとなっている。西ドイツの乗用車新規登録台数は,第1四半期には前年同期比28%増だったのが第2四半期は8.3%増にとどまり,さらに7~8月平均は3.7%減となった。イタリアでも乗用車新規登録台数が第1四半期前年同期比27.6%増から,第2四半期の2.7%増,7~8月の1.7%増へと伸び悩んでいる。
こうした耐久消費財を中心とする延期需要の充足一巡もあって,不況中異常に高かった貯蓄率の低下傾向も最近とまった。
第三に主要国は75年中に各種の景気刺激策をとったが,その効果は76年上期中に次第に出つくしてきたとみられる。たとえばアメリカと西ドイツでは75年上期中に大幅減税が行われ,それが75年の個人消費の回復に大きく寄与したが,76年には新たな減税はなかった。
また,西ドイツの投資補助金の設備投資刺激効果についてみると,設備財の引渡期限が76年6月末までとなっていたため,設備投資は第1四半期まで急増したあと,第2四半期には高水準横ばいとなり,7月以降は資本財生産の動きなどからみると一時的にせよ停滞的となった。また75年秋の特別公共投資計画も,76年上期中にその効果の大部分が出つくしたとみられそいる。
フランスでも投資減税(75年4月導入)の発注期限が76年1月7日となっていたため,資本財生産が75年秋から76年春まで急増したが,その後は反動減となった。
このほかイキリスの賦払信用規制緩和(75年12月)の効果も,過去の事例と同じように,一時的なものにとどまったようである。
以上のように,急速な回復を支えてきたいくつかの要因が次第に弱まってきたのに加えて,若干の特殊要因も最近の個人消費の伸び悩みの一因となった。本年春頃に食料品の値上がり,各種公共料金の引上げなどで消費者物価の騰勢がどこの国でも高まり,それが実質可処分所得を減少させて,消費不振の一因となった (第5-5表)。
また西欧諸国の夏頃の小売売上げ不振には,異例の暑さといった特殊要因も働いていたようである。
個人消費の今後の動きについては,物価の騰勢が最近アメリカや西ドイツで弱まってきたという有利な面がある。またイギリスでは8月1日から新しい賃金自主規制と引換えに減税が実施されたし,西ドイツでも7月に老令年金が11%引上げられたなどの事情もある。したがって,インフレ再燃を防止さえすれば,個人消費は緩慢ながら持直すものと思われる。すでに西ドイツでは8月に小売売上げが持直すなど消費回復のきざしがみえはじめている。
それよりもっと重要な問題は,設備投資の盛り上がり不足である。アメリカの場合,過去の経験からみると,景気回復局面においては最初まず在庫投資,耐久消費財を中心とする個人消費,及び住宅建築が景気回復の先導役となり,ついで設備投資が盛り上がって本格的な上昇局面となるというのが,通常のパターンであった。また西ドイツの場合は,景気刺激策による公共投資の増加や在庫循環が景気回復のキッカケとなり,そのあと輸出が回復をリードし,ついで輸出産業を中心に設備投資主導型の上昇局面に移るというパターンがみられた。今回は,アメリカ,西ドイツとも概ね過去のパターン今たどっているものの,設備投資の盛り上がりがいま一つ弱い点に問題がある。
最近の景気スローダウンの原因の一つとして,引締政策の影響があげられる。それが最も顕著に出ているのはイタリアであって,春以来のきびしい金融引締めの影響が漸次浸透してきたことが,現在のスローダウンの重要な原因となっている。
他の西欧諸国においても7月以降の通貨動揺を契機に相ついで引締政策がとられてきた。7月以降,フランス,イタリア,イギリス,ベルギー,オランダ,デンマーク,スウェーデン,ノルウェーなどが公定歩合を何度も引上げ,その結果イギリス,イタリアの公定歩合は15%と戦後最高となり,フランスとデンマークの公定歩合も二桁となった。またイタリア,イギリス,デ.ンマークなどではかなり包括的な増税等の財政引締措置をも発表している。
以上のように,主要国景気の現状をみると,消費性向の上昇や在庫調整の終了を中心とする回復の初期局面から,個人所得の増大,設備投資の拡大などを主体とする拡大局面への移行過程にあるといえる。このような過程における一時的な回復テンポの鈍化は過去の回復期にもみられたことであるが,今回は設備投資が出おくれていることや,企業が在庫増に慎重であることも加わって,やや顕著になっているようである。
しかし,主要国の最近の経済指標の動きをみると,10月に入ってきびしい抑制措置を講したイタリア,イギリスは別として,多くの国の拡大傾向は維持されるものとみられる。
アメリカでは,第3四半期の実質GNP成長率は,年率4.0%となり,第一四半期の9.2%はもとより,第2四半期の4.5%にくらべても若干低下した。しかし,これはもっぱら在庫投資の変動によるもので,最終需要は年初来,年率4%程度の伸びを維持している。その内訳をみても,個人消費は年率4%,非住宅関連投資は同7~8%と,ほぼ第2四半期並みの増加テンポをつづけている。9,10月の指標には,自動車産業ストライキの影響もあって,鉱工業生産の横ばい(9月),雇用の減少(9,10月),個人所得の鈍化(8,9月)など芳しくないものもみられるが,その一方,住宅着工数の大幅増加,資本財受注の増大など,最終需要の強さを示す動きもみられる。さらに在庫率も低水準にあること,などを考慮すると,回復基調はつづくものと思われる。
西ドイツでも,輸出の好調がつづいているうえに,国内受注も8,9月と資本財を中心にかなり大幅に増大し,また春以後停滞していた小売売上げが,8月にかなりふえている。また,7-9月の賃金も,前年同期を6%上回っている。10月下旬に発表された五大経済研究所の報告は,76年の実質成長率を政府予測同様6%と予想している。
フランスでは,7~8月の鉱工業生産は,前2カ月比2.0%の増大を示し,小売売上げも持直しているなど,景気はゆるやかな回復をつづけている。賃金も堅調な伸びをつづけている。ただ今後は秋以後にとられていた金融引締め等の影響があらわれてくると思われるので,明年の成長率については,多くを期待できないと思われる。