昭和51年

年次世界経済報告

持続的成長をめざす世界経済

昭和51年12月7日

経済企画庁


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むすび

1. 77年の展望と問題

景気回復がはじまってから一年余を経過した今日世界経済にとって最大の問題は,この拡大局面がいつまでつづくか,また,やや長い眼でみて,今後数年間の成長発展が順調なものになるかどうか,という点にある。

現在までのところ,主要国の景気回復は一応順調に進んでいるといえよう。4~6月ごろからほとんどの国で回復テンポが鈍化していることは事実であるが,通貨防衛のために春以来金融引締政策をとっていたイギリス,イタリアを除き,欧米主要国では最終需要は底固い増勢を示し,景気は上昇基調をつづけている。

たとえば,アメリカの実質GNPの増加率は,第1四半期の年率9.2%から,第2四半期には4.5%,さらに第3四半期には4.0%へと低下している。しかし,これは主として在庫投資の動きによってもたらされたもので,最終需要の伸びをみると,ほぼ一貫して年率4%程度の増加テンポを維持している。また,物価についてみても,為替レートの低下によって,輸入価格が上昇しているイギリスとイタリアは別として,現在までのところとくに上昇テンポがたかまっているとはみられない。

しかし,明年の世界経済を展望してみると,インフレ再燃を防止しながら,失業の減少をはかるために持続的成長を達成するという点からみて,三つの大きな問題がある。

第一は,多くの国について現在予想される経済拡大のテンポは,インフレ再燃防止のためには好ましい状況にあるといえるが,失業の漸減を実現するには,やや低過ぎるとみられることである。アメリカ,西ドイツなどの場合,現在の景気上昇が腰くだけとなるおそれはまずないと思われる。しかし,当面民間設備投資の大幅な増加が期待できないうえに,各国政府当局の政策態度が慎重なことも加わって,現在予想されている拡大テンポは,従来の長期的成長率を多少上回る程度にとどまっている。たとえば,10月に発表されたEC委員会の見通しによると,77年の成長率は,西ドイツで5.0%,フランス4.5%とされている。西ドイツについては,この程度の成長が4,5年続けば失業は徐々に減少するとは期待されるものの,景気上昇期としてはやや低いと思われる。フランスの場合は,60年代の平均5.8%を大きく下回ることになり,また第7次計画で雇用維持のために必要とされている年平均5.5~6%の成長率を2年つづけて下回ることになりそうである。

アメリカについては,政府は77年5.7%という成長率見通しを現在のところ変えていないが,民間機関の予測は5~5.5%内外のものが多い。60年代の平均成長率は,3.9%であったから,これにくらべればかなり高い。しかし70年代に入ってから,労働力人口の増加率がたかまっていることを考えると,成長率が政府予測を下回る場合には,失業の減少は余りすすまないおそれがある。

第二はイギリス,イタリアなど通貨防衛のために厳しい引締政策を採用している国の経済が停滞するおそれがあることである。76年を通じて米・独・日など「強い通貨国」と,仏・英・伊などの「弱い通貨国」への分極化がみられたが,その結果10月に入ってイギリス,イタリアでは,一段と強力な引締め策がとられた。15%という史上最高の公定歩合に象徴されるこのきびしい引締政策が,もしかなりの期間にわたってつづけられるようなことになれば,この両国の経済が停帯に陥ることは避けられない。この二国は,OECD全体のGNPの約10%を占めており,両国の停滞は先進国全体の拡大テンポにかなりの影響を及ぼすとみられる。

第三は,本年末のOPEC総会で,石油価格の引上げが検討される予定であるが,仮に引上げが決定された場合には,これによって,世界経済に少なからぬ影響が生じることである。引上げの幅にもよるがインフレが多少なりとも促進され,また,各国の国際収支の負担をふやすことなどを通じて,世界経済の拡大にマイナスの影響を与えることは避けられない。とくに,国際収支の悪化やインフレ抑制のために引締政策をとっている国については,その影響は大きいものと考えられる。

2. 「分極化」と主要国の責務

以上のような「分極化」現象は,76年春ごろから,物価上昇率の格差,国際収支の格差として表面化してきたのであるが,その根はかなり深いものがあり,少なくとも過去数年間の経済動向の結果を反映したものとみなければならない。

すでにみたように,1970年代前半にはすべての国がいろいろな面で大きな変動に見舞われた。しかし,この間における各国の経済の対応状況をみると,多くの問題について比較的良好な対応を示した国々と,そうでない国々との間の対照が目立ち,それが現在の「格差」ないし「分極化」のもとになったということができる。

第二部で述べたように,70~73年のレート大幅調整,資源価格の高騰,及び二桁インフレなどに対する主要国経済の対応の結果を大観すると,アメリカ,西ドイツ,日本が良好なパフォーマンスを示し,イギリス,イタリア,フランスのパフォーマンスは余りよくない。

70~73年に生じた大幅な為替レートの変化に際して,アメリカはドルの低落による国際競争力上の有利性をかなり活かし,世界貿易に占めるシェアの低下傾向を食止めることに成功している。また,西ドイツはマルクの上昇にも拘らず,かなりの輸出拡大をつづけている。一方,イギリスとイタリアは,為替レートの面では競争上有利となった筈であるが,その後の輸出入の動きからみて,この利点を十分に発揮しているとはいえない。

石油価格の高騰によって,石油輸入国は国内需要を切り詰めるか,少なくともその伸びを従来より抑えることが必要となっている。この点を,75年の国内需要水準と従来の傾向値との差についてみても,イギリス,イタリアにくらべて,西ドイツ,日本の方が大幅に下回っていたことはすでにみた通りである。

また,73~74年の異常なインフレの収束についてみても,西ドイツ,アメリカの方が,時期的にも早く,鎮静化の程度もすすんでいるのに対し,イギリス,イタリアは大幅におくれ,日本とフランスはその中間にあるということができる。

このような多くの面にわたる各国間の格差―それはとくに,米,独と英,伊の間に著しい―は景気後退期には余り目立たなかったが回復期に入るにつれて,国際収支や通貨面の問題として表面化するようになった。

このように,分極化傾向はかなり根強いものがあり,短期間に是正される可能性は小さい。この問題を解決する最大の鍵が物価上昇率が高く,国際収支の赤字に陥っている諸国がインフレを抑制することにある点はいうまでもない。

しかし,同時に,世界経済が混乱に陥ったり持続的成長が脅かされたりするのを防ぐためには,国際収支や物価に比較的問題の少ない主要国―米・独・日―が中心となって主要国間の協調をつづけていくことが必要である。

もとより,これらの国についてみても,物価上昇率は,満足すべきものからは,ほど遠い状能にあることを考えれば,経済の拡大テンポをインフレの再燃をもたらさない範囲にとどめることが必要であろう。

しかし,最近における情勢の変化も考慮すべきである。従来OECD閣僚理事会やサンファンの首脳会議などにおいて,各国の慎重な政策運営が望ましいとされてきた理由の一つは,主要国が一斉に拡大することによって,相互に刺激し合い結果的に予想外の高い成長率になるという72~73年のような事能を避けるべきだという点にあったと思われる。つまり各国が国際的な波及効果を考慮に入れて,やや控え目の政策をとるべし,という考え方である。インフレ再燃を避けながら持続的成長を図るという基本的方向は今でも堅持すべきである。しかし現状ではイギリス,イタリアはもとより,フランスの明年の拡大テンポは決して大きくなく,当面「同時的拡大」が生ずる可能性は,ひと頃より小さくなっていると思われ,引締めを余儀なくされている国以外は,いままで考えていたところより,やや積極的に政策を運営する余地が多少とも大きくなっているといえよう。

アメリカについては,11月の大統領選挙の結果,成長の促進と失業の減少を唱道する民主党のカーター氏が大統領に選ばれたことによって,従来にくらべてより積極的な景気対策がとられる可能性が大きくなったと考えられる。もっとも,従来のマネーサプライ重視の方針からみて,金融政策の基調が大きく変るかどうかは疑問であり,財政についても,77年度(76年10月~77年9月)の予算はすでに大筋が固まっており,明年1月に新大統領が就任して,積極政策を打出すとしても,早急な効果を期待することは難しい。

世界第3の経済規模を有するわが国が果すべき役割も大きい。わが国の経済規模はすでに,イギリス,イタリアの2国を合せたものに匹適し,わが国経済が健全な拡大をつづけることが世界経済の持続的成長にとっても極めて重要な意味をもっている。本年はじめには,輸出の増加と内需の拡大により年率10%をこえる急速な拡大を示したわが国経済は春以後拡大テンポが緩慢になっている。今後,インフレの再燃をもたらさない範囲で,着実な景気上昇を図っていくことは,雇用状能の改善,企業経営の健全化など,わが国経済自体にとっても望ましいことである。

3. インフレ再燃の防止と持続的成長

つぎにやや長期的な観点からみると,持続的な成長の実現にとって,最も大きな問題は,インフレの再燃を防止しつつ,持続的成長をいかに実現していくかという点にあると思われる。

73,74年にみられたような石油価格の一挙数倍にものぼる引上げや,著しく過大な流動性による爆発的インフレは,過去の経験を生かすことによって避けることができると思われる。しかし,中,長期的にみても,インフレ傾向がつづき,またこれにともなって,先進国の景気動向も不安定になるおそれがある。

すなわち,発展途上国の発言力の増大を背景として,一次産品の価格は長期的に堅調をつづけると予想される。一方生産性向上を上回る賃金上昇をはじめ,社会の各階層やグループが所得の分け前をたかめようとする動きは急速に解消するとは考えられず,このため先進国経済のインフレ的体質も払拭されないと思われる。この結果,先進工業国では,全体としての経済拡大が急速になると,一次産品の値上がりなどから物価上昇率が再びたかまる可能性が大きい。しかも,国民がインフレに対して敏感になっているために,物価上昇がたかまると再び消費性向が低下して,消費支出が停滞し,政府のインフレ抑制策と相まって,景気後退をもたらすおそれがある。

このように,今後数年間についてみると,先進工業国においては,比較的高い失業水準のもとで比較的高い物価上昇が併存するという状能がなかなか解消されず,その結果,政策の舵とりも一段と難しくなると考えられる。

このような状能のもとで,雇用状能の改善を図っていくためには,主要国が協力して,拡大テンポの行き過ぎが生じ,インフレが再燃しないように努めると同時に,インフレ再燃防止を重視する余り,拡大が短命に終ったり,将来の成長に必要な民間設備投資の回復が阻害されたりしないように注意することが必要となる。


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