昭和50年
年次世界経済報告
インフレなき繁栄を求めて
昭和50年12月23日
経済企画庁
第2章 トリレンマの変貌
世界景気の同時的拡大と石油危機を契機に多くの国を襲った二桁インフレも,景気後退の深刻化とともに,一部の国を除いてようやく74年央から75年初にかけて,,鎮静化の傾向に入った。
(一次産品価格の低落と原油価格の落着き)
インフレの収束はまず一次産,品価格の低落か,ら始まった。工業原材料のエコノミスト指数(70年=100,ドル建て)は,71年第4,四半期の86.2から74年第2四半期には3倍近い230.0となったがその後低下をつづけ75年第3四第半期には147.3にまで落込んだ(第2-1図)。
また,72年以降高騰を続けてきた食料品価格も同指数で71年第4四半期の91.7から,74年第4四半期に3倍半の311.7に達したあと,需給の緩和等により,75年第2四半期には243.3にまで値下りをみせた。食料,工業原材料を含むロイター指数でみても74年2月末をピークに低落に向っている。
一方,73年秋以降のOPECの値上げ攻勢も,後述するような石油需給の大幅緩和のもとで落着きをとり戻し,75年10月に10%の値上げが実施されるまでは,名目価格でもほぼ横這いを続け,一部には値下げさえみられるまでになった。
(物価上昇の鎮静化)
以上のような一次産品価格の低落を反映して卸売物価の騰勢は,74年央前後よりすでに著しい鈍化をみせてきた。
OECD加盟主要7ヵ国の卸売物価を四半期別の推移でみると,74年第1四半期に前期比8.8%(年率40%)とピークに達した後,第2,3四半期4%台,第4四半期2.7%と鈍化を続け,75年第1四半期には0.4%の上昇に止まった。国別では,まず西ドイツ,フランスが年央,日本が秋口,イタリア,アメリカ,カナダが秋から年末にかけて前月比1%を割り,75年初にはマイナスを示す国が多かった。これに対して,イギリスでは75年に入りむしろ加速し,夏以降漸く鎮静化の兆をみせてきたところである。この結果,75年8月ないし9月には1年前に比し,フランス,日本,西ドイツ,イタリアで0~3%,アメリカ,カナダが6%,イギリスが23%の水準となっている(第2-2図)。
卸売物価の鎮静化に伴い,消費者物価も漸く74年末から75年初にかけて鈍化をみせてきた。OECD加盟国平均の消費物価は,74年中前期比3%台で推移してきたが,75年第1四半期には同2.1%(年率8.7%),第2四半期同2.8%(同11.7%)となり,第3四半期には同2.1%(同8.7%)と,おな高率ながらも総じて鈍化傾向が目立ってきている(第2-3表)。
しかし,このような消費者物価の騰勢鈍化も国によって相違がみられる。74年に主要国最も安定した7%の上昇に止まった西ドイツで,75年も引続き一桁に止まっているのに加え,日本,アメリカ等の上昇鈍化が著しかった。一方,イギリスでは,74年末から年央までむしろ上昇は加速した。また,74年に30%近い大幅上昇を示した発展途上国の消費者物価も,アジア諸国での上昇鈍化を中心に,本年に入りやや鈍化をみせきている(第2-4表)。
それでは,こうしたインフレの鎮静化がどのような原因によってもたらされたものか,以下主要国について要因別にみてみよう。
(一次産品価格の低落とその波及)
今回のインフレ収束のきっかけとなったのは,先にみたような一次産品価格の低落であった。
こうした一次産品価格の低落は,第1に先進国の生産活動が73年秋ごろから鈍化に向い74年後半からは各国とも著しく景気後退が進行したため工業原材料需要が著しく低下したことに加え,原材料在庫の放出がみられたこと,第2に,本章第3節でみるように食料も北米における穀物等の供給見通し改善と需要減による需給緩和があったことが主因であるが,これに,一部商品については投機の反動という面も加わったものである。
また,一次産品価格の低落に加え,原油価格も73年秋の大幅引上げ以降75年9月までほぼ安定的に推移し,追加的な物価引上げ要因とならなかったことも物価に好影響を及ぼした。
こうした一次産品価格の動きはまず各国の原燃料輸入物価を通じて卸売段階の原燃料価格次いで半製品,工業製品価格へ波及し,消費者物価段階の製品価格へと広がっていった(第2-5図)。
すなわち,原燃料輸入物価の動向をみると,各国とも73年末~74年初まで急騰がみられたが,その後は微騰ないし下落に転じている。卸売段階の原燃料価格もこれとほぼ同様の動きを示しており,74年春ごろからの卸売物価(総合)の上昇率鈍化はこれによって説明される。もっとも原燃料価格の上昇幅は輸入依存度,エネルギー消費構造の違いから各国でかなり相違がみられるが,イギリス,イタリアの大幅上昇は,フロート下で実効レートが大幅に下落したことも一因である。製品段階の卸売物価も原燃料価格の落着きを反映し一部の国を除き74年中かなり鈍化がみられた。しかし,原燃料コストの上昇が解消しているといっても,追加的なコスト増がなくなったということである。74年初まで高騰した原燃料コストはなお製品段階での価格上昇要因となっているが,74年以降は需給ギャップ拡大下で各国とも総需要抑制策が維持されたため,企業はこうしたコスト増を製品価格へ容易に転嫁しがたい環境にあったのである。
(需給ギャップの急拡大)
74年から75年にかけ各国とも需給ギャップは急速に拡大し(第2-6図),ほとんどの国で戦後最高ないしそれに近い水準にまで達した(第1章,第3章参照)。
このため,72~73年のインフレ昂進期において支配的なインフレ要因であった超過需要要因は大きく後退した。また,73年後半にはアメリカなどで基礎資材部門等の供給不足によるボトルネック・インフレが広くみられたが,景気後退が進むにつれてこうした部門の需給も緩和し,この面からのインフレ要因も解消した。
こうした需給の大幅な緩和は前記の輸入価格の低落と相俟って,まず卸売物価の鎮静化として現われ,消費者物価の騰勢鈍化にも大きく寄与した。いま需給の緩和がどの程度物価に影響を与えたか主要7ヵ国合計の卸売物価・消費者物価関数によって試算してみると(但しここでは需給の指標として鉱工業生産のトレンドからの乖離率を代理変数としている),74年第1四半期から75年第2四半期までの間に前年同期比の卸売物価(工業品)を7.4%ときわめて大きく押し下げ(寄与率75%),これを通じた消費者物価(食料を除く)への波及効果はマイナス2.9%となる(第2-7図)。
(マネー・サプライの増鈍勢化)
72~73年にかけて急増したマネー・サプライはその後各国でとられた厳しい金融引締め措置に伴いほとんどの国で著しく増加率の低下をみた(第2-8表)。
とくにアメリカ,日本,西ドイツの三大国では他の国に先がけて73年後半からマネー・サプライ(M2ないしM3)の鈍化が始まり,75年央には日本,西ドイツでは60年代の平均増加率をも下回っている。また,イギリス,イタリアでも74年末にはそれまでの20%をこえる上昇率から10%台にまで低下している。
マネー・サプライの増勢鈍化がインフレ収束にどの程度寄与したか,前記の主要7ヵ国の物価関数を用いて推計すると,73年第4四半期から75年第1四半期の間に卸売物価(工業品)に対しマイナス2%(寄与率20%)程度,これを通じた消費者物価(食料を除く)への波及効果はマイナス1%弱程度となっている(第2-7図)。
(異常なインフレ心理の鎮静)
72~73年のインフレ昂進過程での一つの大きな特徴は,インフレ心理が蔓延し,投機的な行動が広くみられたことであった。このような異常なインフレ期待にもとづく行動が各経済主体に組み込まれてしまったため,その後とられた引締め政策の効果発現が遅れる大きな要因となった。各国で需給ギャップの大幅拡大下にもかかわらず引締め政策を基本的に維持し続けたのは,激しいインフレ過程で醸成された根強いインフレ心理を鎮静させることが一つの大きな理由であった。しかし,こうした根強いインフレ心理も引締めが長期化する中でようやく落着いてきた。
西ドイツ,フランス,イタリア,日本について企業経営者の先行き販売(又は製品)価格見通しに関するアンケート調査をみると,今後の販売価格上昇を予想する者と下落を予想する者との差が74年第1四半期をピークにかなりのテンポで減少し,西欧では最近ほぼ71年の水準に戻っている(第2-9図)。
(依然残る賃金コスト圧力)
以上のように一次産品価格の低落,需給ギャップの大幅拡大等インフレをもたらした要因が急速に緩和したにもかかわらず,多くの国でなお高率のインフレが続いている。これは賃金を中心としたコストの増大によるものである。74年春以降ほとんどの国で賃金上昇が加速する一方,景気後退が進行する中で労働生産性は低迷ないし低下してきたため,賃金コストは74年中急速に高まった(第2-10表)。
74年春以降の賃金上昇率の加速化は,73~74年にかけての消費者物価の急騰により,賃金の目減りが大きくなってきたため労組がこれを回復しようとしたことや,一部では労働協約の中で物価スライド条項の拡大・強化が進んできたため,物価上昇が賃金に波及しやすくなったこと,インフレ心理の高まり等があげられる。このほか,多くの国でインフレによるフィスカル・ドラッグが実質可処分所得を実質賃金収入以上に低下させるという現象も名目3第引上げ要求を高める要因となった。
しかし,名目賃金上昇率は国によってかなりの相違がみられ,75年に入ると賃金上昇が加速する国と鈍化傾向をみせる国との差がはっきりしてきた。
74年中の名目賃金上昇率をみると,日本が最高で約30%,イギリス,イタリア,フランスが20~21%,カナダは15%,低い方のアメリカ,西ドイツでは10~12%であった(いずれも第4四半期の前年同期比上昇率)。75年に入るとイギリス,イタリア,カナダで上昇の加速化がみられた反面,日本,アメリカ,西ドイツ,フランスでは上昇鈍化がみられ,とくに日本においてそれは著しかった。75年第2四半期の上昇率をみると,イギリス,イタリアでは(製造業)の推移30%前後,フランス,カナダで17~18%,アメリカ,西ドイツ,日本では10%前後の上昇率となり高い国のグループと低い国とでは20%ものひらきが生じた。こうした相違は,物価上昇・労働需給・企業の支払能力にみられる差によるもののほか,制度的条件の違いによってこれらに対する賃金の反応も国によって異なることなどから生じているとみられる。
イギリスでは,所得政策第3段階に基づく生計費条項(73年10月以降消費者物価が7%上昇した場合,1%毎に週給を40ペンス引上げる)が石油危機後の物価上昇の下で賃金の急増につながった。また,上記の法的規制撤廃(74年7月)後は,公共部門を中心に消費者物価を上回る賃上げが相次ぎ(74年10月における週給賃金は公共部門26.8%,民間部門18.4%上昇),賃金・物価の悪循環が一層進行した。また,ポンドの実効レートが大幅に切下がったため食料価格が急騰したことも賃金引上げ要求を高める要因となった。
こうした中で,74年以降は生産性も低下気味となったため賃金コストは著しく高まった。
イタリアではすでに73年春の大幅賃上げ妥結が賃金コストの大幅上昇をもたらしたが,その後も賃金協約の中の生計費スライド条項に基づく賃金上昇が続いていた。さらに著しい物価上昇の中でスライド額の目減りが著しくなったため,75年初にこの条項の改訂が行われ,このため,賃金上昇は75年から再び急速に高まった。このため,賃金コストも75年から上昇テンポを高めている。
他方,西ドイツでは74年の春闘の賃上げ妥結が11~12%と西ドイツとしては比較的高く,74年からは概ね生産性も停滞的となったため,賃金コストはかなりの上昇がみられた。しかし,75年の春闘は物価の相対的安定を背景に「協調行動」によるガイド・ラインに労組が従ったため,6~7%の線で収まった。このため生産性の低下にかかわらず,賃金コストの上昇は鈍化している。
アメリカでは,74年4月に所得政策第4段階廃止後物価上昇の加速化にともない賃金上昇も加速したが,物価スライド条項の適用される労働者数は比較的少なく(74年末現在,主要協約締結労働者1,025万人中の約半分),しかも物価上昇の30~40%程度をカバーするにすぎないため,名目賃金上昇は物価上昇にかなり遅れた。また,失業の急増も未組織労働者を中心に賃金上昇をおだやかなものとしたほか,とくに75年には主要な労働協約の改訂が少なかったこともあげられる。他方,生産性は74年以降低下が続いており,この面から賃金コストを押し上げる要因となったが,最近では生産性の改善の動きもみられ,賃金コスト上昇は鈍化している。
フランスでは,74年後半から賃金上昇が加速し,20%を越す上昇となったうえ,生産性もこのころから急速に低下したため賃金コストは急上昇した。
また,カナダでは,74年の減税と所得税の税区分の物価インデックス化で一部物価上昇による実質賃金低下の相殺を図ったが,74年後半から賃金上昇が加速化する一方,生産性も停滞しているため賃金コストも上昇している。
主要国の賃金上昇率の動きを賃金関数によって分析すると,西ドイツを除いて消費者物価上昇によって説明される部分が大きいが,アメリカ,西ドイツ,フランスでは74年後半頃から労働需給の緩和が賃金上昇を低める要因として働いている(第2-11図)。
以上のように,各国とも74から75年初にかけ賃金急上昇と生産性の停滞ないし低下により賃金コストは急速に高まった。もっとも最近では,アメリカ,西ドイツ,日本においては生産性の若干の回復がみられ,賃金上昇率も日本で著しく鈍化したほか,アメリカ,西ドイツでも比較的おだやかな上昇にとどまっているため,賃金コスト圧力はかなり鈍化している。しかし,これらの国でも賃金コストの上昇は前年同期比で最近時点でも依然としてかなりののがあり(第2-10表),なおインフレ圧力として残るものとみられる。
(インフレ収束をもたらした政策)
スタグフレーション(不況下の物価高)の傾向は,すでに前回70~71年の景気後退期からみられているが,今回は石油危機等の外的要因もあって前回よりもはるかに厳しい不況下にもかかわらず物価上昇率はむしろ高まり,スタグフレーションは一層悪化する形となった。
こうした状況の下でとられた各国の経済政策をみると,主要国では前回はアメリカ,イギリスのように所得政策で対処した国がみられたが,今回は総需要抑制策が原油価格高騰によるインフレ高進で一段と強化され,その後インフレがコスト・プッシュ局面に移行してもなお引続くインフレに対処するため総需要抑製策が概ね堅持されたことが特徴であった。
これは,高率のインフレが長期にわたって続いたため各経済主体の行動の中にインフレ期待感が根強く残っていたこと等の理由によるものである。
こうしたインフレ対策により各国のインフレは概ね収束に向っているが,なかでも厳しい総需要抑制策をとった国では収束のテンポも著しいものがあった。しかし,反面,この収束過程は不況の長期化,失業の急増といった面で大きな犠牲を伴うものであった(第1章参照)。
こうした主要国のインフレ対策に対し,6大国以外の先進諸国では一部の国(ベルギー,デンマーク等)を除き概して引締めの程度は緩く,北欧三国,オランダなどむしろ財政面では拡張的に運営した国がみられた。これらの国では賃金コスト・インフレに陥り易い経済体質をもっている国が多いため,長い間の豊富な経験からコスト・インフレに対する総需要抑制策以外の政策手段がかなり発達しており,また労使の中央交渉により賃金決定などその条件第整っていることがあげられる。74年以降のインフレ対策についてもきめ細かな政策により賃金・物価の悪循環を緩和するための政策に重点をおく国が多かった(第2-12表)。また,石油価格高騰が国内経済にもたらすデフレ効果や世界的不況進行による海外需要低下に際し,国内需要を維持・換起することによりこれを相殺しようという意図もスウェーデン,ノルウエー,オランダなどにはみられたことも指摘できる。
以上のように今回の高率インフレに対して主要国を中心とした総需要抑制政策は,不況という代価を払ったとはいえ,概ね効果的であったといえよう。一方,総需要抑制政策を補完する政策もひきつづき多くの国で試され,その中のある国々では効果を持ったようである。ここでは74年以来のこうした諸政策の動きをふりかえってみよう。
まず第1に,石油価格の高騰や超過需要によるインフレの下で,74年中には法的所得政策がアメリカ,イギリス,オランダ等で廃止されてきたことである。もっとも,石油価格高騰も一巡し著しいデフレ圧力の下にある75年には,やむをえず法的所得政策を導入ないし再導入する国も物価鎮静が不満足なカナダ,ベルギー,デンマーク,オランダなどあらわれてきた。
第2に,不況下でガイドラインを設け国民経済的見地を加えて話し合いを行う協調方式が比較的成功をおさめてきたことである。その代表的な国は西ドイツである。西ドイツでは67年経済安定成長法の規定に基いて政府と労使代表の協調行動のための協議が必要に応じて開かれ,その場で政府は成長率・物価・賃金・利潤・政府支出等に関する見通しを労使に提示することになっており,これが労使の行動の指針となるべきことが期待されている。特に75年の賃金交渉の際には賃金上昇が政府のガイドライン内に収まったが,それにはこの協調行動も一役かっているものとみられる。
第3に,所得減税,間接税引下げ,被雇用者の社会保険負担率の軽減,食料補助金などの手段の他に重要物資の価格規制,企業の超過利得吸収等多様な政策手段を組合わせて賃金交渉に影響を与えようというアプローチが北欧諸国を中心にかなりの国でとられたことである。こうした政策は,賃金のガイドラインが明確でないうえその実効確保の方策がなくまた法的規制撤廃後の反動という条件下にあったイギリスで不成功であったのに対し,北欧諸国ではかなり有効であったとみられる。
(残された問題-インフレ再燃の可能性)
以上よたように今回のインフレは漸やく収束してきた。しかし,この収束にばなお多くの問題点が残されており,今後の景気,回復過程でインフレが再燃する可能性をはらんでいる。
それは第1に,インフレが収束したといってもせいぜい二桁インフレを克服したという程度であり,最近における消費者・卸売物価上昇率をみると総じて過去の不況期は勿論,60年代の平均上昇率をも大きく上回っていることである。現在,需給ギャップ率は非常に大きいため超過需要インフレの懸念は少ないものの,なおかなりの物価上昇が続くなかで各国とも景気回復を図らざるをえないのである。
第2に,景気回復に向う時点でコスト圧力が根強く残っていることである。
まず,国内的なコスト圧力は賃金コストを中心に多くの国でなお根強いものがある。今後賃金コスト増は景気回復の進捗に伴う生産性の向上によって鈍化してこようが,予想される景気回復のテンポからみて過去の回復期程多くは期待できないであろう。さらに,73年から74年初めにかけて急騰した一次産品,原油価格の影響はその後の引締めと不況の長期化の中で価格への転嫁過程が長びいたこともあって,現在においてもなおコスト圧力として根強く残っている。こうした外的要因に基づくコスト・インフレ圧力は勿論過去の景気回復期にはみられなかった性格のものである。このため,原材料コストや賃金コストの増加から,現在圧縮されている利潤マージンの回復意欲が高まるとみられることである。今後の景気回復過程で利潤マージンを正常に戻そうとする力が働けば,コスト圧力の減少を多く期待できない状況の下では製品価格引上げの動きとなって現われてこよう。
こうした懸念は現在最も順調に景気回復が進んでいるアメリカの最近の物価動向にもあらわれてきた。アメリカの卸売物価上昇率(工業品,季調済み)は本年3~4月に前月比平均0.1%にまで低下したあと,景気回復が軌道に乗ってくるに従い上昇テンポが高まり,7~9月には平均0,6%,10月は1.8%も急騰した。いま最近の製造業のコスト・利潤マージンの動向をみると,労働コスト及び非労働コストは74年後半からの急上昇後鈍化ながらもなお上昇が続く一方,利潤マージンは本年第2四半期にはやや回復の兆しをみせていることが注目される。75年第3四半期に製造業の価格デフレーターがやや上昇したのはこうした動きの現われとみられる(第2-13図)。
第3に,石油価格再引上げの影響がある。75年9月末にはOPECによる10%の原油再値上げが決定されたがこれが,物価に与える影響についてみると,主要国の政府試算ではさほど大きな影響を見込んでいないようである(第2-14表)。しかし,景気回復過程ないし回復に向う段階での値上げだけにその影響は無視しえないものがある。