昭和49年
年次世界経済報告
世界経済の新しい秩序を求めて
経済企画庁
第3章 供給制約に対応する世界経済
主要先進国は,石油危機に対応して,節約と資源開発を二本の柱とした資源,エネルギー政策を確立しつつあり,消費国間の協力,資源保有国との対話も進展しつつある。また,食料については,各国で増産対策がとられる一方,国連世界食料会議が開催され,国際協力の面でも前進がみられた。
資源・エネルギーの供給制約,石油の高価格等の状況の変化に伴い,今後需給の安定を図るに際して,資源・エネルギー政策が果す役割は,次にみられるように極めて大きいものがある。
第1に,資源・エネルギーの節約ないし有効利用の推進,資源の回収システムの確立である。第2に,新しい資源・エネルギーの開発とそのために必要な技術開発の促進である。第3に資源・エネルギーの安定供給等に関する国際協力の推進である。
まず,各国のエネルギー政策をみてみよう。
アメリカにおいては,ニクソン前大統領は,節約と国内資源開発を柱に,80年にエネルギー自給の達成を目標にした「インデペンデンス計画」を発表した。フォード大統領は,基本的にこの路線をひきつぎ,さらに75年末までに1日当り百万バーレル(73年輸入量の16.1%相当)の輸入削減という短期的目標を設定した。
具体的には,全米エネルギー会議を創設し,節約措置としては,現在の石油を燃料とする発電所を石炭,核燃料に切り替え,80年には石油を燃料とする発電所をなくすとの目標を設定し,供給増大措置としては,天然ガスの価格規制撤廃,大気汚染法の改正などを提案している。また,研究開発については,5年間に100億ドル(初年度75年は18億ドル)の支出を予定している。
イギリスにおいては,北海油田の開発に力を入れ,80年代初めにはエネルギー自給を目標としている。北海油田開発の将来は明るく,産油量は80年代初めまでに,年間1~1.4億トン(現在の消費は約1億トン)に達しイギリスの石油自給が実現する見通しといわれる。
また,自給を達成するまでの間,石炭産業(一次エネルギーに対する石炭依存度34%)をエネルギー資源分散化の見地からその維持をはかり,85年までに新規に23百万kWの原子力発電所の設置を計画している。さらに,74年11月の補正予算案においてガソリンの付加価値税をこれまでの8%から25%に引上げるなどエネルギー消費の抑制に厳しい姿勢を打出した。 西ドイツでは,伝統的に自由な経済政策をとっており,エネルギー政策も例外ではないが,政府は74年8月にはエネルギー保全法を承認し,通常の市場メカニズムでは供給が保証されない場合の政府による規制を意図している。
また,10月にはエネルギー需給計画を修正し,85年における一次エネルギー消費量を昨年末の計画610百万トン(石炭換算)から555百万トンに減らし,特にこのうちの石油依存度を54%から43%に大幅に低下させることを目標とし,節約の強化を基本としている。
具体策としては,節約措置として石油専焼型発電所の建設禁止を含む発電所の石油使用の節約,建設部門におけるエネルギー節約基準の作成などであり,供給増大措置としてエネルギー確保のための大規模プロジェクトに対する資金援助,民族系石油資本の強化(デミネックス計画)のための追加資金の供与,原子力発電所の増設などが挙げられている。
対外政策については,産油国との経済協力の強化を図る方針であり,74年4月イランとの間で25億マルクに上る石油精製,製鉄所の建設で,基本的な合意に達している。
フランスは,エネルギーの海外依存度が高く,また国際収支の不調もあって,国内ではエネルギー節約に重点をおき,また原子力発電所の建設に意欲的に取組んでおり,対外政策は,産油国との協調に重点をおいている。
節約措置としては,政府は74年3月に74年のエネルギー消費量を73年の水準とし,75年以降のエネルギー消費量を毎年3%程度の増加率に抑えることを決めた。さらに,9月には,75年の原油,石油製品の輸入を絶対額で510億フラン(75年の消費量から10%の節約分を差引き,これに現行の石油価格をあてはめたもの)に抑制し,家庭暖房用燃料を事実上の配給制とし(販売を前年の80%に抑制),産業用重油については業界別に目標を設定するという厳しい内容である。他方,火力発電所の建設を中止し,80年までに50カ所の原子力発電所の建設に着工し,85年までに発電所の30%を原子力に依存することを目標としている。対外政策については,産油国との協調に重点をおき,74年6月にイランとの間で総額250億フランに上る長期技術産業協力協定を締結し,サウジアラビアとの間で20年間8億トンの原油購入協定を計画している。 以上のように,主要先進国のエネルギー政策は,消費節約と国内資源開発が中心である。
エネルギー節約は,資源開発に比べて,速効的かつ確実であるとともに,自然環境に対しても積極的なメリットを与える面もある。各国の節約の進め方については,エネルギー資源の賦存度,部門別使用度の相異等により,一様というわけにはいかない。例えば,アメリカは1人当り国民所得に比してエネルギー使用量は高く,また民生用消費の割合が高いため最も節約の余地は大きいと考えられる(第3-19図)。
また,エネルギー以外の鉱産物などの資源については石油のような事態が発生する可能性は少ないとの見地から,包括的な政策は出されていない。しかし,アメリカ,西ドイツなどの政府は,将来に備え国民経済的にみて重要な資源について備蓄保有などの予防措置を検討している。
アメリカについては,73年3月以降ボーキサイト・ニッケルなどの戦略物資の備蓄が20億ドル以上も売却された結果,ニッケル・アルミニウム・銅などの備蓄は底をついたものといわれている。アメリカの鉱産物に対する輸入依存度はきわめて高く(第3-20図),万一の事態に備えて政府出資の経済的備蓄機関の新設が議会に提出されている。
なお,基礎資材産業の供給拡大については,第2章第3節インフレとの闘いのなかで述べたとおりである。
最近,世界各国の相互依存関係の緊密化に伴って,資源・エネルギーの分野でも国際協力がますます必要となってきている。
まず,消費国間では,74年2月にアメリカの主導の下で,石油危機後のエネルギー問題を中心とした情勢を分析し,世界経済秩序の新しい方向をさぐるために,主要先進消費13カ国によるエネルギー・ワシントン会議が開催された。そして,この会議のフォロー・アップを行うために,フランスの反対はあったものの,エネルギー調整グループが設置された。
調整グループは数次の会合の結果,国際エネルギー計画に関する協定をまとめ,11月に日本を含む主要消費国16カ国の代表によって署名され,正式に決定された。本計画の主な目的は,緊急時に対処するための共通措置として備蓄体制の整備,需要抑制,石油融通措置を講ずること及びエネルギーの節約,代替エネルギーの開発,研究開発の分野において長期的な国際協力を行うことなどであり,この実施機関としてOECDのなかに「国際エネルギー機関(IEA)」が設立された。
他方,資源と開発問題に関する第6回国連特別総会は,74年4月から5月にかけて開催され,新しい国際経済秩序樹立に関する宣言と行動計画及び石油危機を契機として発生した経済変動により特に影響を受けた諸国(MSA C)に対する特別計画が採択された。
この総会は,資源問題全般をとりあげ,先進国と発展途上国の格差是正を主題としたものであり,結局宣言について天然資源恒久主権と生産者同盟の問題を除いてほぼ合意が成立し,特別措置が採択された。
しかし,天然資源恒久主権と最近特に問題となっている生産者同盟の基本問題について,南と北との見解のへだたりは大きく,具体的な行動計画についても殆ど合意がみられていない。
72年の異常気象による世界的な生産の減少を契機とした世界貿易の急増,主要輸出国における在庫の急減,それに伴う価格の急上昇,ならびに主要輸出国における農産物輸出規制と世界の穀物市場はかつてない混乱に見舞われた。このような情勢を背景として各国とも増産対策に踏み切っている。
従来生産制限政策をとっていたアメリカでは73年1月に「73年産小麦計画」における作付制限を緩和し,同年7月には「74年産小麦計画」を公表し,74年には作付制限を行わないことを決定した(第3-23表)。また8月には「1973年農業法」を制定し,従来のパリティ価格による価格支持政策に代って新たに小麦,とうもろこし及び綿花について目標価格制度を導入し,市場価格が目標価格を下回った場合その差を補助することとし,生産者に対して最低価格を保証して増産を図るなど対策をとった。
小麦及び大麦の主要輸出国であるカナダも70年には小麦の過剰在庫を削減するために9割減反方針を打ち出したが,72年以降海外からの強い輸入需要に対応して73/74年度から出荷割当を廃止してフル生産に入っている。
共通農業政策により域内自給策をとっているECでは74/75年度の農産物の共通価格を74年3月に平均8.5~9%引上げたが,さらに生産コストの上昇から10月に再び5%の引上げを決定した。なお,穀物の国際価格が依然高く,またアメリカが10月7日に小麦等穀物の大口輸出の事前承認制を実施したここともあり,これによって各国の穀物の輸入需要が集中することを恐れたEECは,10月11日普通小麦の輸出税をトン当り55 uaから65 uaに引上げ-た。
オーストラリアも68年に小麦が記録的豊作で在庫が急増したことから69/70年度から小麦の出荷割当制度を実施し,生産調整を図って来たが,世界の需給動向からまず73/74年度は小麦の出荷割当を前年より300万トン増加し,さらに本年9月に75/76年度以降出荷割り当てを停止することとした。 以上のように先進穀物生産国は73年以降穀物のフル生産体制へと政策を転換しているが,発展途上国でも様々な食料増産政策をとっている。例えばメキシコでは食料農産物生産の振興が国内食料の安定的供給と農業者の所得確保のために極めて重要であるという政府の認識のもとに73~76年の間に農業開発計画(生産性の向上,流通の合理化,農村と都市の所得格差是正等)に200億ペソ(16億ドル)を投資することとしている。
アルゼンチンでは従来,65~69年を基準とした75年までの農業開発5カ年計画を策定して生産量では小麦14%増,とうもろこし79%増等の目標を設定していたが,73年9月に農業団体と協約した新生産計画(74年,77年,80年の生産目標をかかげている)では一層の増産計画となっており,小麦については65~69年を基準として74年には64%増,77年には78%増,80年には105%増と大幅に目標を引上げている。
東南アジア諸国をみるとフィリピンでは政府は食料自給達成のため,肥料投入の増大,高収量耐病性品種の開発と普及,機械化の促進,かんがい推進及び農業金融拡充を計画しているが,同時に「マサガナ99」(注)と称するスローガンの下に国をあげての食料増産大キャンペーンを実施している。
72年以降,世界的に広まった食料危機感は,第2次世界大戦直後の混乱期を別にすると,戦後世界が経験した最も厳しく広汎なものとして各国に受けとめられている。現在,世界食料問題と呼ばれているものは第1は自然災害等不測の事態によって生じる需給変動に起因する問題(食料不足,価格高騰等)にいかに適切に対処するかであり,第2は発展途上国における慢性的食料不足状態をどのように解決するかである。こうした問題解決のためには国際的な協力関係がそれも緊急のものとして必要とされている。
こうした時代の要請のなかで,73年9月の国連総会でキッシンジャー米国務長官が世界食料会議を提唱し,同年12月の本会議で開催が決議され,本年11月ローマにおいて閣僚レベルの会議として「国連世界食料会議」が世界130カ国の代表を集め開催された。
議題は広汎にわたっており,(1)農業増産対策,(2)栄養,食料消費面での改善,(3)情報システム,在庫,食料援助問題に関するいわゆる食料安全保障,(4)貿易及び農業調整問題,(5)会議の勧告ないし決議の適切な運営機関を含めたフォロー・アップ機構についての取決めが討議された。
本会議に先だち,事務局は「世界食料事情の現状と将来に対する暫定評価」と題して食料情勢全般についての報告を行ったが,この中で,72年の食料生産はここ20数年来ではじめて前年に比し食料生産が減少したこと,73年には価格が上昇するばかりでなく絶対量が不足したこと,そして74年の著しい穀物収穫不足は世界穀物在庫の立て直しを遅らせ,このことは75年にいずれかの重要な地域で減産が起った場合,非常な危機が発生するとしている。
また将来に関しては発展途上国の生産増大が現在のテンポであれば需要増大に追付けないとして,85年には85百万トン,不作年には100万トン以上の殻物不足が発展途上国に生じるとしている。こうした報告に基づき前記の議題が討議され,会議は「飢餓と栄養不足解決のための宣言」と21の決議(実質的決議は20)および会議報告書を採択した。
本会議は複雑かつ緊迫した世界食料事情を背景に,ソ連・中国を含めた世界的規模で開催され,現在および将来の世界食料をめぐる諸問題に真正面から取組んだ点で画期的であり,国際協力面で大きな前進をみせた。
なお本会議で①食料増産及び消費に関して,食料生産の目的(発展途上国における生産目標作成とそれに対する援助及び先進国における生産増大),肥料(肥料スキームへの支持及び発展途上国における肥料プラント設置の必要性),栄養改善,人口と食料供給のバランス,国際農業開発基金(発展途上国の農業増産に対する資金援助)等15決議,②食料安全保障に関し,わが国提案の食料情報システム,食料援助(75年以降各年1,000万トンの食料援助を行うとの努力目標),備蓄増強(注)(バーマ提案の推進と米国提案にもとづく備蓄問題検討の早急な開始)の3決議,③貿易及び国際農業調整の決議,④フォロー・アップ機構設立(世界食料理事会,世界食料安全保障委員会等の設立)の決議,等が採択されている。