昭和48年

年次世界経済報告

新たな試練に直面する世界経済(資源制約下の物価上昇)

昭和48年12月21日

経済企画庁


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第4章 フロート下の経済運営

2. フロート下の経済運営

(1) フロートの特徴

主要国の通貨は,72年2~3月にかけて相次いでフロートに移行し,スミソニアン合意成立後1年余りで,世界は再び総フロートに移行した。各国がフロートに移行したのは,直接的には投機的な短資移動に対処しようとするものであったが,政策意図は必ずしも一様でなく,成長政策を志向する国もあれば,インフレ対策に重点をおく国もある。

次に,各国のこうしたフロート移行の背景をふまえつつ,フロート移行後の政策運営を個別にみることにしよう。

(フロートと固定相場制の違い)

フロートは「為替相場が公開市場において主として民間取引によって自由に決められ,他の市場価格と同様に日々変動する制度」と定義することができる。

したがって,フロートは固定相場制と比較した場合,理論的には次のような特徴をもつといわれる。

第1は,為替相場が自由に変動するため投機のリスクが増大し,固定相場制下でみられた撹乱的な資本移動を抑制する効果をもっことである。これと反対に大規模な投機が発生し為替相場が大幅に変動して,国際取引の阻害,企業活動の冷却をもたらすと見方もある。

第2は,為替相場の変動が輸出,輸入の相対価格を変え,輸出量,輸入量を変化させる結果,長期的には国際収支を均衡に導くことである。これの国内物価へ与える影響をみると,固定相場制下で赤字国であった国では,為替レートは低下し,輸入価格が上昇するため,国内物価上昇の要因となる。一方,黒字国であった国では,逆の作用で物価には安定化効果をもたらす。

第3に,政策当局にとって国内経済政策手段の自由度は増す。国際収支が為替相場の変動によって自動的に調整されるため国際収支の均衡達成という制約条件から解放されるからである。この結果,固定相場制下で黒字国であった国が,調整インフレ政策をとる必要もなくなるだけでなく,逆に対策は強化できる。赤字国であった国も国内経済拡大をめざし積極的な財政金融政策をとりうる。ただし,この場合,成長政策が放漫に流れ物価上昇を加速する危険がある。また固定相場制の場合,国内経済を拡大すると外国からの輸入を増大させ,政策効果が海外へ洩れるのに対し,フロートのもとにおいてはレートの変化で効果は国内にとどまるため政策効果は高まるといえる。

(現行フロートの特徴)

現行のフロートは,固定相場制からフロートに移行して間がなく,いわば過度期にあること,また大量の過剰ドルを背景に,撹乱的な短資移動がみられることから,これを阻止するため,各国でフロート移行後も為替管理がとられている。さらに,西ドイツ,フランスなどEC共同フロート参加国は城外に対してはフロートをしつつも,域内では固定相場制であるため,フロートのメリットはかなり制約されるという面がある。

このように現行フロートは各国それぞれの政治的経済的条件の下で,かなり制限されたフロートとなっている点に注意する必要がある。

以上の諸点をふまえて,以下固定相場制下で赤字国であった国,黒字国であった国をそれぞれいくつかとりあげ,フロート移行後の経済運営をみることにしよう。

(2) イギリス

イギリスは72年6月フロートに移行した。これは直接的には,平価切下げを予想した投機的な短資流出に対する措置であったが,基本的には,戦後,イギリスの経済運営に大きな制約となっていた慢性的なポンド不安の制約からのがれて成長政策を推進していくことを目的としていた。

(財政金融政策の積極的な展開)

イギリスは失業の解消をめざして,70年以降財政金融面から拡大政策を進めてきたが,とくに72年以降積極化した。72年度予算では大型減税(所得税を中心に初年度減税12億1,200万ポンド)を行い,金融政策も公定歩合の引下げなど緩和政策が進められた。

こうした中で,6月にポンド投機が激化すると,政府はポンドをフロートさせ,財政金融面での成長政策は変えなかった。67年11月の平価切下げ時には,緊縮財政に転換したのと対称的である。

財政政策は引続き積極的で政府支出は72年度を通じて主要な景気支持要因であった。金融政策も72年6月央のポンド危機に際して,公定歩合は1%引上げられて6%とされたものの,イングランド銀行は成長促進の観点から引続き大幅な通貨供給の増加を容認していた。

こうした積極的政策によって実質GNPの伸びが72年下期には前期比年率4.4%,73年上期には7.6%(最近10年間平均の2.9%)と急速な拡大を示し,失業者数も年初の約86万人から年末には約73万人へ低下した。

73年度予算は,公共部門の借入必要額が44億2,300万ポンドと前年の28億5,500万ポンドをさらに上回るなど,かなりの拡犬効果をもつものとなった。

しかし,春以降一部に景気過熱が懸念される情勢となったったため,政府は5月218,公共支出の削減措置(73年度1億ポンド,74年度5億ポンド)を発表した。

金融政策は72年秋以降インフレ対策との関連で一時引締められたが,73年2月以降はやや緩和ぎみに運営されていた。しかし,6月央以降,ポンドの低下傾向が強まり,とくに7月末には大幅な低下を示したことから,再び引締め基調に転じた。イングランド銀行は特別預金制度の発動,割引商社の公社債保有義務の撤廃を発表した(7月19日)。

さらに11月央,10月の貿易収支赤字幅の急拡大(2億9,800万ポンド)によるポンド相場の急落を回避し,また国家非常事態の宣言を招いた中東戦争による石油需給のひっ迫,炭坑争議による石炭,電力供給不安などのエネルギー危機に対処するために,最低貸出し金利を13%に引上げるなど一連の緊急措置をとった。

(ポンドの低落により物価上昇は加速化)

フロートへの移行によるポンドの実質切下げは,まず,輸入価格の上昇をもたらしインフレ圧力をそれだけ強めた。また,貿易収支も交易条件の悪化から一時的に悪化するため,ポンド相場がさらに低落するという悪循環がみられた。

イギリスの輸入価格は,72年第2四半期から73年8月までに34.8%の大幅上昇(食糧43.8,原料44.2,燃料36.7,工業品27.9%)となっている。このうち,食料や原燃料などについては,72年秋以来の国際商品相場の異常な高騰によるところが大きいとみられるが,工業品輸入価格の上昇は,主としてポンドの実質切下げを反映したものとみられる。

こうした,輸入価格の大幅上昇は,経済成長の過程で加速した物価上昇をさらに高進させており,72年11月以降,きびしい物価・所得政策が導入されいるにもかかわらず,物価上昇テンポは一段と高まりを示している(73年10月の消費者物価は前年同月比9.9%高)。

政府は,73年11月から物価・所得政策を第3段階に移行させ,より厳しい物価規制を導入する他,ポンド相場の急落を防いで輸入物価上昇をできるだけ抑制するため,金融をさらに引締めた。

(ポンドの買支え)

スミソニアン合意以降のポンドの実効切下げ率(主要14ケ国通貨に対するポンドの実効レート,貿易ウエートにより加重平均)は,第2-4図のように下降傾向をたどっている。

イングランド銀行は,フロート移行の当初より,ポンド相場がすう勢を大きくはずれて変動する場合には,随時介入を行なってきた。これはあくまでも正常な為替取引をねらいとしたものであり,ある一定のレートを維持するという観点からではなかった。しかし,7月以降は,為替レート推持のため中央銀行がしばしば介入するようになった。これは,国際収支がフロートによる実質切下げを反映してやがて改善に向うとしても,短期的には交易条件の悪化の面が強く出て,貿易収支赤字はむしろ拡大し,それがポンド相場をさらに下げる要因となっているため,介入によって過度の相場の低下とそれによる輸入価格の急騰を防ぐことにある。

73年7月末のポンド相場の急落は,内外金利差縮小を主因としていたことから,最低貸出し金利の大幅引上げを余儀なくされ,フロート下でも金融政策の自由度に制約のあることが明らかにされたといえる。

(国際収支に対する影響)

ポンドのフロート移行後も,イギリスの経常収支は赤字基調を続け,とくに73年に入って年率10億ポンドにも達する大幅赤字を計上している。総合収支では73年上期には約4.5億ポンドの黒字を計上した(第4-3表)。しかし,7月末のポンド急落以降,相場は軟調を続けており,経常収支の改善もはかばかしくないことから,第3四半期には再び赤字となったとみられる。しかしながら,これまでのところ大規模な投機にみまわれることもなく推移していることは,フロートのメリットといえよう。ポンドの実質切下げによる貿易収支改善効果は,これまでのところまだはっきり現れていない。輸出は世界的好況のなかで,73年上期に前年同期比22.7%増と世界貿易の伸びをかなり上回る上昇となった。しかし,景気上昇にともなって輸入は原燃料ばかりでなく工業品も急増して33.8%増と輸出の伸びを上回ったために,貿易収支赤字はさらに拡大した。これは主として,実効レートの切下げによって,輸入価格の上昇と輸出価格の低下による交易条件の悪化によるところが少くない。交易条件は73年第2四半期に前年同期比9.9%低下した(輸入価格23.1%高,輸出価格10.9%高)。

貿易数量でみると,73年上期に輸出11.6%増に対して,輸入15.9%増(前年同期比)となっており,輸出については切下げの数量効果が出はじめているものの,輸入抑制効果はあまり現われていない。67年11月のポンド切下げの場合にも,貿易収支に改善傾向がみられるまでに約1年半かかっており,今回は景気拡大テンポが異例に高かったこともあって,数量効果がいっそ)制約されたとみられる。

73年夏頃から,イギリスの経済成長は生産性の伸びにほぼ見合ったテンポ(年率約3.5%)に鈍化した。政府はこれを見通しに沿った動きとみて,現行の成長優先政策の継続を再確認している。

しかし,最近の石油危機は国際収支に新たな負担をかけるおそれがあり,この面から現行の需要管理政策の変更を迫られるかもしれない。

(イギリスにおけるフロートの評価)

フロートへの移行は,従来のストップ・ゴー政策から成長優先政策への転換を可能とし,その結果,イギリス経済ば景気拡大軌道にのり,現在,適正成長率3.5%にちかいテンポで拡大を続けている。このため,フロートはCBI(イギリス産業連盟)やTUC(労働組合会議)をはじめとして多くの支持を受けているようである。

大蔵省やイングランド銀行は,従来の固定相場制下にくらべ,現在は相場の弾力化がバッファーとなっているため政策運営に余裕ができていることを認めている。

NIESR(全国経済社会研究所)も,フロートが経常収支の大幅赤字にもかかわらず,従来のような巨額の撹乱的短資移動が生せず,拡大政策がとれたことを高く評価している。

(2) アメリカ

アメリカは71年8月,ドルの交換性を停止した。この措置は当時,アメリ力経済が大幅な国際収支赤字,高水準の失業,インフレの進行という困難な状況にあったため,国際収支面の制約をのがれ,国内均衡の達成を優先するごとを目的としたものである。

71年12月にスミソニアン合意が結ばれ,各国は対ドル基準レート尊重の義務を負ったが,アメリカはドル買支えの約束をしたわけではなかったので,アメリカにとってはスミソニアン合意のもとで実質的にはフロートと同じ状況にあったといえる。

(財政金融政策の積極的な展開)

アメリカ政府は,71年8月のドル交換性停止と同時に,財政金融面から景気刺激措置を強化する一方,インフレに対しては90日間の賃金物価凍結を実施した。まず,財政面では自動車物品税の廃止,個人所得税減税の1年繰上げ実施,新規国産設備財に対する投資減税などが実施された。

金融政策についても,それまでは引締めであったが,8月以後は対外面の顧慮は不要となり,金融緩和方向に変った。12月のスミソニアン合意成立後も積極政策が堅持された。

72年1月の73年度(7~6月)予算教書では「インフレなき新たな繁栄」をめざして完全雇用予算(255億ドルの赤字)案が提出された。

積極的な財政金融面からの刺激措置により,72年の実質経済成長率は6.1%(最近10年間平均4.1%)と大幅な伸びを示した。しかし,失業率は労働人口の増加もあって,あまり低下しなかった(72年1月5.9%→12月5.1%)。

失業率が依然高いこともあって,73年1月に出された74年度予算教書は「戦争の衝撃とインフレの損失のない年」を目標として,73年度同様の景気刺激予算(財政赤字127億ドル)となった。

しかし,経済成長率は,72年第4四半期から73年第1四半期にかけて実質年率8%を上回る高成長となった。他方,物価・所得政策が73年1月から自主規制へ緩和されたこともあって,物価が上げ足を強め,73年3月の卸売物価上昇率は前月比2.3%(工業品1.2%),消費者物価0.9%と朝鮮動乱期にせまる上昇テンポとなった。

このため,政策は次第に引締めへと転換した。連邦公開市場委員会は,72年秋以降通貨供給速度の減速を決定していたが,73年1月15日には公定歩合が引上げられた。13カ月ぶりの政策転換であ,る。その後8月までに合計7回公定歩合の引上げがあり,史上最高の7.5%に達した。預金準備率も引上げられた。通貨供給増加速度は第2四半期に11%(年率)増のあと,第3四半期はゼロとなった。これに伴いプライム・レートも再び上昇し,9月にはついに10%の最高水準に達した。もっとも最近は高金利も頭打ち状態にある。

財政面でも7月に数10億ドルの支出削減による74年度財政均衡目標を明らかにした。

(物価に及ぼす影響)

73年3月以降の総フロートによってドルの実効レートが切下げになった。

これが輸入物価にどう影響したかをみよう。

輸入単価は,73年3月,前年同月比15.7%高であったが,5月には27.8%高となった。これは5月の卸売物価の上昇率12.9%をはるかに上回る。これには73年2月のドル切下げの影響も含まれており,また世界的なインフレの影響も併せ考えねばならない。しかし,アメリカの輸入依存度は,72年にはGNPの6%と他の先進国にくらべ格段に低いため,イギリスのようにフロートによって国内物価が著しく上昇するということはなかった。しかし,ドルの減価は世界的なインフレを促進する要因になった。

(国際収支への影響)

ドルの2回にわたる切下げと,73年3月以降の総フロートによって,ドルの実効レートがかなり切下げとなったことは,73年に入ってからのアメリカの国際収支改善に貢献した(第4-4表)。

貿易収支は73年3月から赤字幅が縮小し,その後,黒字基調に転じた。もっとも,これには世界的な食料不足による農産物輸出増という特殊要因も含まれる。これまで固定相場制下で国際収支に大きな衝撃を与えた流動民間短期資金の移動は,73年3月の総フロート以降,赤字から黒字へ転換し,この結果,総合収支(公的決済ベース)は73年第1四半期の105億,ドルの赤字から,第2四半期4億ドルの黒字へと大幅に改善されIこ。

(ドル買支えを実施)

アメリカはドルの交換性停止によって国際収支面の制約を軽減し,高度成長を達成できた。またドルの実効レート低下による輸入物価の上昇もイギリスのように国内物価に深刻な影響を与えるまでに至っていない。

しかし,ドルはいぜんとして国際決済に広く使われているため,ドルの動揺は国際経済関係の緊張を高め,フロートのメリットをもおびやかすという問題がある。

こうした問題に直面して,ナメリカが譲歩したのがドルの買支えである。

まず,為替市場の動きをみると,73年3月,総フロートに移行して一時小康を保ったが,5月央以降,アメリカ国内の政治問題もあってドル相場は急激に低落し,市場ではドルの過小評価という見方も強まってきた。

さらに,6月末のマルク切上げにもかかわらずドル相場は底なしに下落を続けたため,ついに7月7日からのBIS月例会議で,アメリカはドルの買支え実施にふみ切った。それは3月16日の先進10カ国,EC合同蔵相会議の「各国とも必要かつ望ましい場合には自国市場において,自己のイニシアティブに基づき市場の状況にてらしながら弾力的に,かつ売買される通貨の国の当局と緊密な協議のうえ,市場に介入する用意がある」という声明の主旨をアメリカが初めて実行に移したものである。

アメリカがそれまでドルの買支えを渋ったのは,ドル相場の適正水準をみきわめようとしたほか,アメリカはマルク,ギルダーなど強い通貨の買支えをするにも,保有外貨が極めて少なかった(73年3月末1,000万ドル)からである。そのため,アメリカは買支え実施に当り,主要14カ国中央銀行及びBISとのスワップ取決めを117億ドルから180億ドルに増額した。[アメリカはスワップ取決めを通じて必要外貨を借り入れるが,一定期間後にはそれを返済せざるをえず,こうして,ドルの部分的な交換性回復を認め,るーこととなった。アメリカのこうした変化自体が市場に好感をもたらし,またアメリカの貿易収支が顕著な改善を示していたため,比較的少額の買支えでドル相場を著しく回復させた。

(アメリカにおけるフロートの評価)

ドルの交換性停止は,国際収支面の制約を大幅に軽減し,,-その結果72~73年にかけて記録的な高成長の実現と,かなりの失業の解消をみた。また再フロートによって,ドルは主要国通貨に対して実質切下げとなり,2回のドル切下げ効果も合わせて,貿易収支は改善に向っており,国際収支も好転し始めた。

またフロート下では,アメリカ企業が海外直接投資を考え直す効果もあった。海外直接投資はこれまでアメリカ国際収支の大きな赤字要因であったが,フロートによってドル相場が下がり,海外直接投資が必ずしも有利とはならなくなったからである。

このような利点のある反面,フロートによって先物カバーの費用がかさむとか,輸入価格が上がるなどの欠陥はあるが,輸入依存度の低いアメリカでは,これがインフレの主因となるほどのことはなかった。

こうした事情から,両院合同経済委員会国際分科会では,第1節の「世界は総フロート」で触れたような評価をしたあと,「いかなる環境にあってもアメリ左通貨当局による為替市場介入は,大規模,継続的であってはならないし,また,ドルとその他通貨間の固定為替レートを維持する約束をしてはならない」と結論づけている。

ドルの交換性が停止された今日でも,なおドルは大量に国際決済に行使されている。アメリカはフロート下でも国際通貨のメリットを引続き利用でき,しかも,国際収支を均衡に向わせえたという事実から,フロートは一般に歓迎されている。

(4) 西ドイツ

(フロート移行の背景)

西ドイツは3月19日共同フロートに移行しRoこれは73年2~3月のドル危機と,大量の投機的短資の流入に対し,為替管理の強化では十分対処しきれなくなったためだが,その背景に次のような事情があった。

    ① 西ドイツ経済は,72年秋以降景気が急拡大を示すなかで,物価の騰勢が強まり,他方,貿易収支黒字は拡大したため,政府はインフレ対策を強力に進めていた。金融引締めを強化する一方,財政面でも73年1月第1次安定計画を発表した。こうした事情にあるため,スミソニアン合意の固定レートを守るため,無制限のドル買支えをすることは,国内通貨量を膨張させ,インフレ対策の効果を台無しにする。

    ② マルクが強い通貨として投機の対策となりやすいため,強力な財政金融引締め政策がとりにくい。この点フロートは金融政策の自由度を増すことで,インフレ対策を進めやすくする。

    ③ フロート移行は,実質切上げとなるので,西ドイツ経済に対する次のような効果が期待された。第1に輸出の抑制,輸入の促進によって国内需給を緩和させるとともに,輸入価格を低下させる。第,2に共同フロート移行は金融・財政上の引き締め政策と相まって,企業の景気見通しを悪化させ,企業行動を慎重化させるとの期待もあった。

以下,これらの点について現実にはどうであったか,順をおってみることにしよう。

(投機的な外資流入は阻止されたか)

共同フロートはドルに対してはフロートだが,域内通貨間では固定相場制のため,投機的短資の流入を完全には阻止できなかった。

しかし,ドル投機にくらべ,域内通貨からマルクへの逃避は比較的小規模であった。これまで6月,7月,9月と-3回の投機の波があり,それによるブンデスバンクの域内通貨買支え額は合計107億マルクで,2月と3月の2回のドル投機によるドル買支え額261億マルクにくらべれば半分にも足りない。

その意味では,共同フロートは投機的外資の流入を完全には阻止できなかっことはいえ,その規模を小さくすることで,国内流動性増大効果を抑制したというメリットがあげられよう。

(財政金融面による引締め強化)

共同フロート移行後,5,6月,インフレ対策強化の見地から財政金融面の引締めは強化された(詳細は第2章西ドイツのインフレ対策参照)。

だが共同フロートによる国内政策の自由度増大といってもその特殊な性格による制約もあって一定の限界があることが次第に明らかになってきた。

第1に,西ドイツの経常収支は,72年秋以降均衡水準から黒字拡大の傾向をみせていたため,6,9月と大きな買い圧力をうけ,共同フロート維持のため域内通貨を買支えざるをえなかった。

6月にばマルクの再切上げ(5.5%)が実施されたが3月の3%切上げ後わずか3ケ月足らずで再度の切上げに追いこまれたことになる。

第2に7月下旬に国内の極度の金融ひっ迫にともなう短期金利の異常高から,対外的にはポンド相場の低落をまねきイギリスの最低貸出金利の大幅な引上げを余佛なくさせた。

以上のように,西ドイツは共同フロートによる経済政策の自由度の増大により引締め政策を推進する反面で,共同フロートという制度的な問題もあって,そこから生ずる外的摩擦については,通貨調整を機敏に実施することによってこれを切抜けてきたといえる。

(物価に及ぼす影響)

① 企業活動に及ぼす影響

共同フロートの企業に対する心理的効果については,共同フロート後金融,財政上の引締め措置が強化されているので,共同フロートの心理的効果のみをとりあげて論ずることは難しい。しかし共同フロートが国内引締め借置と相まって企業の景気見通しを悪化させ,企業行動を慎重化させたことはたしかなようであった。現に,景気の現状と向う6カ月間の見通しに関する企業の判断を指数化したIFO研究所の景気動向指数は;共同フロート発足の3月から低下しはじめ,7月以降は下方「過冷地帯」へ突入している。

② 輸出数量抑制効果

フロート下のマルク実質切上げによる(3,6月の切上げ効果を含む)輸討抑制効果はこれまでのところほとんど認められない。輸出数量の増加率は72年の8.6%,73年1~3月の前年同期比18.6%に対して,4~9月間は19.8%増となっている。これは世界的な好況とインフレによって切上げ効果がおおわれているのと,不安定な国際通貨情勢下での小幅かつひんぱんなマルク切上げのために切上げ通貨としてのイメージが定着し,近い将来での再切上げを見越した西ドイツ製品の買急ぎ現象があったためとされている。

③ 輸入価格低落効果

他方,輸入面の効果についてみると,これには切上げによる輸入価格の低落効果と,輸入数量の増大効果が考えられるが,前者についてはかなりの効果があったといえる。世界的なインフレ,とくに食料や原燃料価格の急騰にもかかわらず,西ドイツの輸入単価は共同フロート移行後,それまでの上昇基調から弱含みに変わり,9月の前年同期比上昇率もわずか3.0%の上昇にとどまっており,とくに製品の単価は5月以降前年同期を下回っている(5~7月間に前年同期比1.5%低下)。イギリスの輸入単価が23%,アメリカのそれが14%上昇したのにくらべて著しい対照をなしている。この点は過去のマルク切上げ(69年10月,71年5月,同12月)後の輸入単価の動きとほぼ同様である(70年から72年まで毎年低落し,その低落幅は3年間に4.9%となった)。このように共同フロートによる輸入価格抑制効果は大きかったと考えられる。ただし,それが消費者段階までどの程度波及したかは疑問であるが,いずれにせよ物価上昇を抑制するのに役立ったことは疑いない。

④ 輸入数量増大効果

次は輸入数量増大効果であるが,73年1~7月の輸入数量は前年同期比10.1%増で,72年のそれ(9.2%)よりやや増えているものの,好況局面としては(上期の実質GNPは前年同期比6%増)少なかった。しかしこれには,輸出の場合とは逆に,マルク切上げを見越した輸入の手控え,春以降の金融引締めによる原材料在庫輸入の鈍化,食料事情好転による食料輸入の減少などの要因が指摘されている。いずれにせよ,輸入数量増大効果は今回はあまりみられず,これは過去の切上げ時の経験と異なる点である。前回の切上げのあとでは,70~72年間に輸入数量は38.2%増加して,輸出数量の増加率25.7%を上回ったし,また同期間における実質GNPの増加率11.9%と比較しても切上げによる輸入数量増大効果は明らかであった。

(国際収支への影響)

共同フロートにより投機的資本の流入がある程度抑えられたため,総合収支の黒字幅が減少した(1~3月の198.7億マルクに対して4~9月間は110億マルク)。

貿易収支は,共同プロート後の4~9月間についてみると,72年の85億マルクに対して73年は170億マルクと黒字幅がさらに拡大した(第4-5表)。

他方,貿易外の赤字幅は主として旅行収支の赤字増により拡大,また移転収支の赤字幅も外国人労働者による海外送金の増加から拡大したが,貿易収支の増加額がこれを上回っているため,経常収支は1~3月の6億マルクに対し4~9月36億マルクと増加している。

ただし,西ドイツ当局の見解では,この大幅な黒字は海外ブームという遁環的な要因でもたらされた面が強いからマルク再切上げの必要はないとしている(たとえばエミソガー連銀副総裁の10月20日の演説)。

(西ドイツにおける共同フロートの評価)

共同フロートの評価としては,何よりもそれが国内の経済政策の自由度をますことで,引締め政策の遂行を可能にした点が指摘されている。たとえばブンデスバンクはその月報(73年6月号)において「過去数カ月間ブンデスバンクは総需要抑制を目的として金融引締めを強化してきたが,そのための主要な前提条件が3月の共同フロートによってつくり出された」としている。またブンデスバング総裁クラーゼン氏は10月24日の全国貯畜銀行総会の席上で「われわれがドルとのきづなをたち6カ国とともに共同フロートにのり出したことはわれわれの安定政策にとって決定的に重要な措置であった」と述べている。

またフロートによる輸入価格の抑制もインフレ対策の見地から高く評価されている。

このように共同フロートに対する西ドイツの評価は概して高く,アメリガの国際収支が健全化し,国際通貨制度の改革が行われるまでは,共同フロートを維持するとの立場をとっている。しかし,単独フロートをよしとする意見は現在でもたえない。たとえば,エツセンのライン・ウエストファーレン経済研究所は,共同フロート発足当時から単独フロートの方がよいとの意見だったが,現在でも同意見のようである。

とはいえ,西ドイツにとって政治的に重要なEC通貨同盟の維持のためには,共同フロートやむなしとする考え方が多数を占め,政府も同じ考えである。

(5) カナダ

カナダは70年6月1日にフロートに移行したが,これは主として巨額の外資流入に対処し,国内流動性の急増によるインフレの加速化を抑制することを狙いとしていた。

(フロート移行の背景)

カナダの国際収支は,70年初来輸出が好調を続ける一方,輸入は国内景気の停滞から,伸び悩んだため,経常収支が大幅な黒字を示していたが,資木収支面においても,州政府,民間企業の外債発行による大量の長期資本の流入があり,さらにカナダ・ドルの切上げ思惑による短資の流入もあって,対外準備が急増(70年1~5月に10億ドルの増加)した。これは国内流動性を増大させ,67年以降続いているインフレを加速化させる懸念があった。これに対し,国内経済は不況で失業率も高かったため,失業の解消とインフレの抑制の同時的解決にせまられることになった。

フロート移行のねらいは,実質的切上げにっながるフロートによって,外資の流入を阻止するとともに,輸入価格の低下をはかることにあった。こうした事情に加えて,カナダ経済がおかれている次のような特殊な事情がある。

カナダ経済は巨大なアメリカ経済ときわめて緊密に結びついており,アメリカ経済の影響を受けやすい(カナダのGNPはアメリカの約9%であり,輸出入取引の約7割をアメリカ市場に依存している)。このため米国との金利格差のいかんによって,大量の資本移動を生じやすく,したがって金利は米国金利の動向に追随せざるをえない状況にある。

このような状況下で,為替管理制度のない(1951年に廃止)カナダにとっては,急激な国際経済情勢の変化,とくにアメリカ経済の影響による為替相場の変動を緩和する上で,フロートを採用する基本的要因が存在する。それ故に,スミソニアン合意の際にも,カナダ側の強い要請によって例外措置がとられたのであった。

(財政金融政策の積極的な展開)

カナダは,フロートによって国際収支の巨額の黒字がもたらす国内流動性増大の抑制をはかりつつ,経済成長を促進し失業を減少させるため,積極的な財政政策をとってきた。また,,景気の浮揚をはかるとともに,為替レートの過度の上昇を防ぐために,公定歩合を70年5月の8%から71年10月には4.75%に引下げ金融を緩和した。この結果,実質経済成長率は70年の2.6%から71年,72年ともに5.8%と高まった。しかし,失業については,,構造的要因もあって,あまり改善されていない。なお,72年後半からばアメリカの短期金利が上昇したため,カナダからの短期資金流出を防ぎ,あわせて銀行貸出の大幅増加を抑制するため,73年4月以降公定歩合を引上げ,現在7.25%となっている。

物価については,フロートの採用ば輸入価格を低下させ,物価・所得政策など国内政策の実施もあって,消費者物価上昇率は70年第1四半期の前年同期比4.7%から第4四半期には2.1%に低下し,大きな効果をあげた。しかし72年末頃から物価は急騰し,73年10月には卸売物価が26.8%(前年同月比),消費者物価が8.7%と大幅な上昇となった。こうした物価急騰は,アメリカを始め,世界的なインフレ高進と西欧,日本の為替レート実質切上げによる輸入価格の上昇を主因とする。

(為替レートの動き)

為替レートはフロート移行前は1カナダ・ドル=93.2米セントであったが,フロート移行直後には97.56米セントに上がり,70年下期にはほぼその水準にあった,これは旧平価に比べて実質7~8%の切上げに相当する。

その後現在に至るまで,カナダ・ドルはきわめて安定しており,ほぼ98~102米セントで推移している。

中央銀行の介入は,72年3~6月には約5億ドルの米ドルの買い,11月に約1億ドルの売りなどがあったが,おおむね為替市場の秩序を維持するための介入にとどまっている。

(国際収支への影響)

70年の国際収支は大幅な黒字を記録し,経常収支も前年に比べて20億ドルも改善して11億ドルの黒字と過去の赤字パターンから大きく変貌した(第4‐6表)。

しかし70年6月のフロートによって,71年以降は,輸出は順調であるが国内景気の上昇を反映した輸入増大もあって,経常収支の黒字は減少傾向に転じた。他方,長期資本収支は,国内資金調達の増加により,経常収支とは逆の動きを示して,70,71年と大幅に減少したが,72年には再び増加に転じ総合収支は均衡へ向っている。なお短期資本は,内外金利の格差によって移動しているが,投機的な動きはみられなかった。

(カナダにおけるフロートの評価)

フロートは,為替管理のないカナダにとっては,短期資本の移動に対するバッファーとしての役割りが評価されている。カナダの為替市場は72年6月のポンド・フロート,73年初の通貨不安,米ドルの切下げによってもさほどの影響を受けず,カナダ・ドルのフロートは貿易,資本両,面で円滑に機能しているといえよう。

しかし,カナダ経済はアメリカ経済との関係が密接で両国の経済成長,雇用,物価,国際収支,金利等の動向は相互に運動しており,フロートのみによってカナダ経済をアメリカ経済の影響からしや断することはできない。

現在フロート下におけるカナダの経済政策の主目標は,失業率の低下にあるので,積極的な財政政策をとり,他方,物価安定をも図るため,に,アメリカの金利上昇に追随しつつ金融引締め政策をとっている。

今後,前回のフロートの経験にもかんがみ,カナダのフロートは景気後退の局面においてその真価が問われることになろう。その際,国際収支の均衡と国内経済の安定的調和を図る財政金融政策の適切な運営が必要となろう。

(6) 通貨システムとしてのフロートの評価

主要国についてフロート下の経済運営についてみてきたので,最後にこれらの点をふまえてフロートが通貨システムとして有効に機能しているか検討してみよう。

現行のフロートは,多くの国において当局の市場への介入や短資移動に対する為替管理が行われている「管理されたフロート」であり,しかもフロート移行後,日が浅いこともあるので,フロートの効果を正確に評価することは難しいが,フロート移行当初,重要な関心事であった以下の4点についてみることにしよう。

    ① 撹乱的な資本移動を防ぎ,為替市場は安定したか。

    ② 為替レートが市場の力で調整されて,国際収支の不均衡は解消したか。

    ③ 国内経済政策の自由度は増したか。

    ④ 世界貿易は悪影響を受けたか。

(為替市場は安定したか)

3月19日の世界的フロート移行後の為替市場の動きをみよう。

為替市場は5月上旬までは小康を保った。しかし,5月中旬,アメリカのインフレ再燃や国内政治問題からドル相場は,低落し始めた(第4-3図)。6月に入るドルの下落は一層激化し,イタリア・リラも政治上,社会上の不安や貿易収支の悪化から急落する一方,共同フロート内でマルクが国内金利の高水準や経常収支,貿易収支の黒字増大傾向から上昇した。西ドイツ連銀は共同フロート維持のため市場介入を続けたが,ついに6月29日,マルクを5.5%切上げた。

マルク切上げ後も市場に不安心理は消えず,ドル相場は大幅に低落し,7月6日には共同フロートは基準レート比約13~16%高にまで達した。為替市場の動揺を反映して,自由金価格(ロンドン市場)も騰勢を続け,7月上旬には金1オンス=127ドルと公定価格の3倍に達した。こうした事態に対し,7日からの国際決済銀行月例会議でアメリカは市場介入原則を再確認し,スフップ網を60億ドル余拡大してドル買支えを実施した。これをきっかけに,以後ドル相場は顕著な立ち亘りをみせた。

7月にポンド投機,9月にEC共同フロート内の小波乱,10月に中東戦争などの不安要因があったにもかかわらず,為替市場は7月央以降大きな波乱に見舞われていない。それはフロートが撹乱的資本移動の防波提となっているほか,おおむねドルが回復基調にあるからある。自由金価格も7月央以降落ち着きを取り戻してきた。11月央には公的保有金の市場売却を禁止する68年のワシントン協定(いわゆる二重価格制)廃止合嵩の発表もあり,90ドル台にまで低下した。

フロート下において為替相場の短期的変動を惹起する要因として,

    ① 財及びサービス取引による資金の流れ

    ② 利子率を中心とする各国の金融環境

    ③ 為替相場の将来の動きについての見通し

などがあげられよう。

このうち③は,他の要因と無縁ではないが,独自の生命を持ち,為替相場を変動させる大きな要因となる。とくに通貨不安時にはこうした心理的要因が強く働く。5月央以降のドル相場の低落はアメリカ国内の政治,経済的要因からドルに対する弱気の見通しが広まっためである。

一方,7月央以降のドル相場の回復は,アメリカの貿易収支,総合収支の改善傾向が明らかとなり,ドル見直しの気運が広まったことによる。さらに10月下旬以降は,中東産油国の石油供給削減措置が,西欧や日本により深刻な影響を及ぼすとみられていることもドル相場の上昇を助けている。

以上のように世界的フロートに移行した後,為替市場は一時期大きな波乱に見舞われたとはいえ,その後はおおむね安定した動きをみせている。

(国際収支の不均衡は解消したか)

国際収支の不均衡は,73年に入ってかなり是正の方向に向っている。これは71年12月のスシソニアン通貨調整や73年2月のドル再切下げの効果も含まれるので,フロートだけの効果を取り出すことは困難だが,フロートによる実効レートの切下げ,切上げの効果もかなり現われているとみられる。とくに著しい改善がみられるのは,日本とアメリカであり,日本では貿易収支の黒字幅が縮小し,73年3月来総合収支の赤字が続いている。逆にアメリカは貿易収支は顕著に改善し,総合収支も73年第2四半期に赤字から黒字に転換し,その後も黒字幅はさらに拡大している。イギリスの貿易収支は依然として大幅な赤字を続けているが,73年初来輸出の伸びが高っており,総合収支も黒字に転じた。しかし西ドイツは数度の切上げにもかかわらず貿易収支の黒字は増大し,また依然として強い通貨とみられていたこともあって,通貨不安時には大きな買い圧力を受け,資本が流入する傾向があった。

(国内経済政策の自由度は増したか)

アメリカは71年8月のドル交換停止がアメリカにとってフロートと同じ効果をもたらし,国際収支面の制約から逃れて景気刺激策を採った結果;72年から73年にかけて記録的な高成長を実現し,失業率も大幅に低下した。イギリスも同様,72年6月のフロート移行により,かつてのストップ・ゴー政策をやめ拡大政策を続けた結果,戦後最高の経済成長を実現した。

一方,実質切上げ国である西ドイツは,共同フロート移行により,インフレ抑制のため金融財政とも一層の引締め強化が可能となった。またマルクの実質切上げにより輸入単価はほぼ横ばいに推移,とくに製品のそれは5月以降前年を下回った。消費者物価の上昇率も6月の7.9%から10月の6.6%,(前年同月比)へと騰勢が鈍化した。

このように各国はフロートにより個々の経済事情に応じて国内経済政策の自由度増大を活用しかなりの成果をあげたが,次のような限界があることも:明らかとなっている。

第1にイギリス,西ドイツにみられたように,各国間の金利水準に大きな差が生じると投機的な短資の移動が生じ,国内経済政策の有効性が損われるため,金融政策も対外的影響を全く考慮せずに運営することはできない。フロートにより国内経済政策が国際収支の制約から全く解放されるというものではない。

第2に,EC共同フロートの場合には,その特殊な性格のため通貨投機を呼びやすく,中銀の市場介入が必要となるが,これも国内経済政策の有効性を減ずる。

第3に,先進国では流通機構の問題などもあり為替レートが切上がっても物価の下落に結びつきにくい。また,イギリスのように輸入依存度の高い国では,大幅な為替レートの下落はインフレ対策の観点から無視しえない。

(世界貿易は悪影響を受けたか)

総フロート移行後,為替市場は一時波乱をみせたが,世界貿易は順調に拡大している。73年第2四半期のドル建て貿易額の前年同期比伸び率は,輸出26.3%増,輸入30.7%増と第1四半期のそれを上回った。もっともこれには世界的なインフレやドルの減価に伴う名目的な膨みが含まれているが,実質ベースでも増勢を維持している。

フロートが世界貿易にどのような影響を及ぼすかを評価することはフロート移行後日が浅いので難しいが,スミソニアン合意以前のような不安心理がみられないことは確かのようである。貿易業者は総じて大きな困難に見舞われることなく,現在の状況に対応しているとみられる。それには次の3点が指摘されよう。

第1は,スミソニアン合意前のフロートは戦後初めての経験であり,先行き不安惑が強かったのに対し,今回は多角的通貨調整などの過程で貿易業者などの対応が進んでいることである。

第2は,前回と異なり世界経済は好況局面にあり,各国とも輸入需要が強いことである。また,世界的かつ急速な物価上昇から輸入を急ぐ動きもみられ,為替レートの変動が及ぼす悪影響を小さくしているとみられる。

第3は,前回のフロート時にアメリカによって採られた輸入課徴金ほど大きな貿易阻害効果をもった措置が今回は採られていないことである。今回は輸出規制の広がりが見られたが,その世界貿易に支えた影響は輸入課徴金ほど大きくはないとみられる。

(現行フロートシステムの評価)

以上のような諸点をみる限り,現行のフロートは概してうまく機能しているとみられる。フロートは固定相場制下でドル流出が過剰流動性としてインフレ圧力となる経路をかなりの程度しゃ断した。だが,世界的なインフレは依然として進行し,実質的切上げ国といえどもこれに十分対処しきれていない。また過剰ドルが滞留し,投機的な資本移動が激しい現状では,フロート移行後も引続き為替管理の強化が必要となった。為替管理の強化は戦後進めてきた為替・資本自由化の方向に逆行するかの観がある。

フロートにもいろいろな制約があることが明らかとなっている。フロート下でも財政金融政策の節度が引続き必要なことはいうまでもない。当面は節度ある国内経済運営を行うため各国協力してフロートのメリットを活用するとともに,新しい安定した通貨システムの再建にむけて国際通貨制度改革交渉を進展させることが望まれる。